Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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2011年の終わり
 本当にいろいろなことがあった2011年が今日で終わる。
 玄関にはお正月の飾り付けをし、年越しそばを用意し、お餅などの買い物に出かけ、あわただしい大晦日があっというまに過ぎていく。
 思えば、今年は仕事で深刻な悩みを抱えたが、家族、親しい友人、よき仕事仲間に助けられたり励まされたりして、ようやく長いトンネルから這い出ることができた。助言や温かいサポートをしてくれたみんな、本当にありがとう!!
 来年こそはくよくよ悩まず、前向きに進んでいきたいと思う。
 日本が未曾有の震災に見舞われた年、多くのアーティストが支援を申し出て、チャリティーコンサートをはじめとするさまざまな活動で日本に対する深い愛情を示してくれた。
 いま、自分に何ができるのか、何をすべきかを考えさせられた年でもあった。それなのに、個人的な理由で壁にぶつかった。もっと強くならなくては…。
 来年は、自分がすべきことをより明確に意識し、実践したいと思う。
 今日の写真は玄関の正月飾り。これを外すころ、いよいよ仕事が始まる。

| 日々つづれ織り | 22:09 | - | -
ケーテン
 J.S.バッハゆかりの地ケーテンは、アイゼナハやライプツィヒ、ワイマール、ドレスデンなどにくらべ、現在ではあまり注目されない町になってしまった。
 しかし、バッハはここで「ブランデンブルク協奏曲」「平均律クラヴィーア曲集第1巻」をはじめとする数多くの協奏曲や室内楽曲、器楽曲を書いている。
 ルター派のワイマールとは異なり、同じプロテスタントでもカルヴァン派を国教とし、ケーテン公レオポルトは器楽曲を非常に愛したといわれる。それゆえ、バッハはこの地で代表作となる器楽曲をいくつも生み出した。
 ケーテンはワイマールの北東約100キロ、ヘンデルの生地ハレの北方約30キロに位置する。
 2009年、バッハの取材に訪れたさい、ライプツィヒで約半日ほど自由時間があった。ライプツィヒ・ゲヴァントハウスでマチネーのコンサートを聴いた後、私はぜひケーテンを訪れたいと思い、取材班と別れてひとりでケーテンに出かけた。
 このときは100年に一度という猛烈な寒波がドイツを襲い、ただ歩いているだけでもからだが凍りそうだったが、勇気を出してライプツィヒ駅に向かった。ここから電車に乗ったが、日曜日だったため直行はなく、ハレで乗り換えが必要だといわれた。
 ハレに着くと、さすがにガタガタ震えが止まらず、待ち時間を利用して熱いコーヒーとホットドッグを買い、旅人に交じって食べた。
 ようやく着いたケーテンは、夏は音楽祭などでにぎわうそうだが、道路にも歩いている人はほとんど見当たらず、閑散としている。案内板を頼りに2時間ほど散策するうちに、道に迷ってしまった。
 道を聞こうにも人がいないし、お店は日曜日だからみんな閉まっている。はて、どうしたものかと思案に暮れていると、はるか向こうから自転車に乗った男性がやってきた。走っていって駅に戻る道を聞くと、かなりの距離があるという。でも、タクシーも見当たらないし、バスも走っていないから歩くしかない。延々とまた凍った道を歩き、やっとの思いで駅にたどり着いた。
 バッハが宮廷楽長として活躍していた時代、1717年から1723年ころはきっと輝かしく栄えた町だったのだろうが、いまは観光客もあまり訪れないようだ。
 まあ、もっともこんな真冬の寒波が押し寄せている時期にここにくる人などいないことはわかっていたが、町の空気をほんの一瞬でも吸い、あちこち歩きまわっただけで、私は少しだけケーテンを知ることができた。
 道に迷ったときはとても心細く、果たしてライプツィヒに戻れるだろうかと思ったが、いま思い出すと行ってよかったと思う。
 旅は、苦労するほど印象が深くなる。私にとって、ケーテンは極寒のイメージだが、いつの日か夏の音楽シーズンに訪れたいと願う町でもある。
 今日の写真は、ひとっこひとり見当たらないケーテンの風景。考えてみれば、よくひとりでフラフラ歩いたよなあ(笑)。





| 麗しき旅の記憶 | 21:40 | - | -
アルハンブラの手鏡
 昨年の年末年始のスペインの旅から、はや1年がたった。
 10日間のロストパゲージはキツかったが、いまではいい思い出だけが記憶として脳裏に刻まれている。
 そのなかで、もっとも印象深いのはアルハンブラ宮殿の変わらぬ荘厳で静謐な美しさ。ここは、いつ訪れても心が解放され、新たな発見がある。
 以前はその日に窓口に行けばすぐにチケットが入手できたのに、いまや世界中の観光客が多数訪れるため、事前に入場券を手に入れないと入れなくなった。
 それもまだ真っ暗な明け方から売り場の行列に並び、チケットを購入する形。グラナダはスペインの南に位置しているとはいえ、朝早いととてつもなく寒い。世界各地から訪れた観光客は、コーヒーやパンを持参して並んでいる。
 ようやく自分の番になると、窓口の番号が呼ばれ、そこに行ってチケットを購入する。
 さらに内部に入ってからもまた行列。昔はガラガラにすいていたのになあ。本当に人が多くなった。
 このときは獅子宮にあるライオンの庭の12頭のライオンが修復のために撤去され、その修理方法がことこまかに紹介されたビデオが流されていた。
 非常に興味深かったのは、世界中のカメラマンがさまざまなアングルと方法でこれらのライオンを撮影した写真が展示されていたこと。見る人によってこの被写体はこうも変わるのかと、印象深かった。
 ショップでは、ひとつ小さな丸い手鏡を買った。これは裏に獅子宮のパヴィリオンの柱廊の模様が描かれていて、とてもエキゾチック。手のひらに乗るサイズで、いつもハンドバックに入れている。
 これを取り出すたびに、心は大好きなグラナダへと飛んで行く。何か嫌なことがあると、必ずこれを手に持つ。すると、不思議に気分が落ち着き、おだやかな気持ちになる。
 こんな小さなお土産だが、ミステリアスな魅力を放っている。目を閉じると、あのアルハンブラ宮殿を包み込む空気のなかに自分がいるよう。なんとも不思議な鏡である。
 今日の写真はその直径7.5センチのちっちゃな手鏡の裏面。イスラムのアラベスク模様が美しいでしょう。



 
 
| 麗しき旅の記憶 | 21:07 | - | -
仕事納め
 ようやく年末入稿がすべて終わり、今年の仕事納めとなった。
 もちろん、フリーだから何か規則があったり、約束ごとがあるわけではないが、一応自分のなかでは1年の仕事のけじめがついた感じがする。
 そしてフィットネスの最終日の最終クラスに参加し、これも2011年の締めくくりとなった。
 今日のフィットネスは1週間お休みになるためか、トレーナーのかたたちがかなりリキが入っていて、絞られるのなんの…。ようやく終わったときには、みんなで「今日はキツかったねえ」「腰がガタガタになっちゃった」「足が痛い、明日の大掃除、できるかなあ」と口々にいい合い、それでも「お疲れさまあ」「よいお年を」「来年もよろしくね」といいながら元気に別れた。
 一生懸命指導してくれたトレーナーのかたたち、本当にありがとう。5月から通い始めたけど、続けてきてよかった。また来年も頑張りまーす。
 というわけで、これから年末にしなくてはならないことが山積み。
 今夜は、北海道のかたからいただいたカニを使ってカニしゃぶを作った。これを食べて、明日から大掃除に、片づけに、お正月のお料理作りに精を出さなくては。そうそう、年賀状も書かなくちゃ。そんなこんなであっというまに日が過ぎていくんだろうな。
 今年はどこにも出かけず徹底的に資料の整理をすることに決めたため、それに集中することに。2012年はもうあれこれ資料を探すことなく、すぐに原稿が書ける状態にしたい。これは長年の目標であり、夢でもある。
 さて、年末年始にどれくらい目標が達成できるか、ちと心配…。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:55 | - | -
近藤嘉宏
 近藤嘉宏に会うと、デビュー当初の演奏に賭ける一途な目をした彼を思い出す。
 彼は常に聴き手のことを真っ先に考え、「聴いてくれる人がスーッと音楽に入れるようなプログラムを組みたい」「聴衆が楽しんでくれることが一番」と語る。その思いはいまもまったく変わることがなく、演奏に対する真摯な取り組みかたは最初に会ったときと同じだ。
 現在、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音が進行中だが、来年からベートーヴェンの作品を毎回取り入れ、他の作曲家の作品をこれに組み合わせるという「with Beethovenシリーズ」をスタートさせることになった。
 そのシリーズに関してインタビューを行った。これは「ぶらあぼ」の次号に掲載される予定である。
 近藤嘉宏は3月7日の紀尾井ホールの第1回に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、シューマンの「クライスレリアーナ」、ショパンの「スケルツォ第2番」、ラフマニノフの「楽興の時」を選曲した。
「ロマン派の足跡を追い、前半はベートーヴェンと対極にあるシューマンを組み合わせ、後半は歌心あふれる作品を選びました。この4曲でロマン派の歴史や変遷、世界観の違いを楽しんでいただければと思います」
 彼は以前のブログにも書いたが、しばらく病気でピアノを弾けない時期があった。それを乗り越え、いまは「作品のこまやかな面に反応できるようになった」という。そして「病気を経験してよかったとさえ思えるようになった」と心の内を明かした。
 近藤嘉宏は、自分の演奏が非常に大きく変わったと感じているそうだ。その変貌した演奏をシリーズの第1回の練られたプログラムで聴くことができる。
 長年ひとりのアーティストの演奏を聴き続けると、その人の人生が浮き彫りになり、自分自身の聴きかたも変わり、とても意義深い。
 近藤嘉宏は今後のレパートリーとして近・現代作品にも目を向け、特に邦人作品に注目したいという。そしてリゲティにも。さらに私がスペイン作品をぜひ、といったら、アルベニスとグラナドスに興味があると語った。
 そして何より演奏したいのはブラームスだという。
 こういう話を聞いていると、本当に体調がよくなったのだと実感した。うれしい限りだ。いまはもうおかゆやゆでたキャベツは卒業したそうだが、毎日野菜は山ほど食べるという。
「トンカツ食べに行くでしょう。ぼくは肉を一切れ食べるごとに千切りキャベツをお代わりするので、お店の人がびっくり。しかも、キャベツの盛りかたが少ないと文句までいう(笑)」
 そりゃ、お店の人は驚くのを超えて、とんでもないお客がきたと思うでしょうね。あとはホウレンソウも常食とか。同行した編集者が「近藤さん、どうしていつも若々しいんですか。何か秘訣でも?」と聞いたら、このキャベツとホウレンソウの話が出たというわけ。
 彼は肌もきれい。それも野菜モリモリの結果かも(笑)。今日の写真はインタビュー時の1枚。若々しさが伝わるかな…。

| 親しき友との語らい | 22:23 | - | -
ヴェネツィアンガラス
 クリスマスにヴェネツィアンガラスのネックレスとピアスをゲット。SALVIATI(サルヴィアティ)の製品で、とても繊細で洗練されていてシック。
 グレーのセーターと、最近手に入れた黒の皮のハーフジャケットと合わせると、ピッタリという感じ。
 サルヴィアティを調べると、アントニオ・サルヴィアティ(1816〜1900)が1859年に創設したガラス工場で、古いヴェネツィアンガラスの復元に力を注ぎ、ムラーノ島の復興とヴェネツィアンガラスの再評価に貢献したという。
 欧米ではそのガラスは非常に評価が高く、アクセサリーも人気があるそうだ。それが日本で手に入るとは、なんと幸せなことか。
 パリのマドレーヌ寺院のすぐそばにもアクセサリーのお店があるとか。いつもあの辺に行くと、マイユの食材や調味料を買いに行くことに集中してしまうため、サルヴィアティは行ったことがなかった。
 イタリアの歴史を調べていると、メディチ家に嫁いだ人がサルヴィアティ家の名前だったり、そのルーツをたどっていくと非常におもしろい。
 アクセサリーひとつから、イタリアのさまざまなことに視野が広がっていく。そしてまた、ヴェネツィアに旅をしたくなった。このアクセサリーは、そんな旅心を刺激してくれる。
 今日の写真はエレガントなネックレスとピアス。サルヴィアティのクリスマスのテーマカラーはゴールドと赤だそうだが、私はこのグレーと黒のコンビネーションに魅せられた。
 さすが、イタリア。すばらしいデザインでしょう。 

| 日々つづれ織り | 22:10 | - | -
イダ・ヘンデル
 指揮者やピアニストは長命で、演奏活動の非常に長い人も多いとされるが、ポーランド出身でイギリスで長く活躍しているヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルも80歳を超えてなお現役である。
 彼女は歴史に名を残すカール・フレッシュやジョルジュ・エネスコに師事し、1991年にはイギリスでCBEを受勲しているほどの偉大なアーティストだが、素顔はとても気さくで人なつこい。
 写真撮影になるとしきりに髪型を気にしたり、「顔、変じゃない?」などと私に聞き、「大丈夫ですよ」というと乙女のような笑顔を向ける。
 こうした長年の歴史、偉大な足跡を感じさせるアーティストに会うと、身が引き締まる思いがすると同時に、生きる活力を与えられる。
「インタビュー・アーカイヴ」第30回はそのイダ・ヘンデル。とても印象に残るインタビューだった。

[muse'e 2004年1月号]

人生のあらゆることに好奇心をもつこと!

「あなたが長年演奏を続け、しかも常に聴き手を深い感動に導く、そのエネルギーのもとは、いったい何なのですか?」
 こう質問した私に、イダ・ヘンデルはごくシンプルな答えを返した。
「人生のすべてに興味を抱いているからよ」
 彼女は、オペラや芝居をはじめとする芸術、さらに生きていく上で遭遇するあらゆること、多くの人との出会い、さらにファッションなどにもいつも好奇心をもって接するという。
「自分の気持ちの赴くまま、自然に生きることがモットーなの。子どものころからずっとそうだったわ。自分を表現することが好きだった。子どもってみんなそうでしょ。私の場合、それがヴァイオリンを弾くことだったわけ」
 3歳からヴァイオリンを始め、7歳でカール・フレッシュに弟子入り。やがてジョルジュ・エネスコに師事する。初めてオーケストラと共演したのも7歳のとき。オランダでメンデルスゾーンのコンチェルトを演奏した。そして9歳でベートーヴェン、10歳でブラームスのコンチェルトを演奏する。
「このころから、ブラームスがすごく自分の心に近い存在だと気づいたの。いまでもブラームスを弾くたびに作品のすばらしさを実感する。フレッシュやエネスコから学んだもっとも大切なことは、作曲家に敬意を抱くこと。楽譜からすべてを読み取り、それをあるがまま演奏すること。よくマスタークラスの生徒から『一日どのくらい練習したらいいか』と聞かれるけど、時間じゃないの。どれだけ作曲家に近づくことができるかが大事なの」
 イダ・ヘンデルの演奏は、実に自然体。作品と真摯に向き合い、その深い部分に入り込んでいく。派手なパフォーマンスもなければ、超絶技巧を見せつけることもない。エレガントで高潔でぬくもりが感じられる。
 ポーランドに生まれ、戦争を体験し、さまざまな試練を乗り越えてきた彼女はいま、「人生のすべてを愛している」と悠然と語る。凛とした演奏と相まって、そのことばは力を与えてくれる。
「また、5月に日本に戻ってくるのも楽しみよ」
 友人のマルタ・アルゲリッチに、「別府アルゲリッチ音楽祭」への参加を要請されたのだという。アルゲリッチとはよくベートーヴェンのトリオで共演しているのだそうだ。
「共演する音楽家からはいろんなことを学ぶわね。チェリビダッケからは冷静に作品を分析し、知性を働かせることを学んだ。私はそれまで自分の本能の赴くままに演奏していたから。フレッシュはフィンガリングの大切さをいつもこまかく教えてくれたけど、それもあらゆることを考慮した上で決めること。音楽に終着点はない。私はこれからもずっと作品のすばらしさを学び続けていくつもり」
 現在は、愛犬Deccaとアメリカに暮らす。
「初めてDeccaと録音契約したとき、スタッフがクリスマスに犬を贈ってくれたの。もう何代目にもなるけど、名前はずっとDecca。別府に連れてきたいんだけど、何かいい方法ない?」

 今日の写真はその雑誌の一部。彼女は本気で愛犬との同行を考えていた。その話をするときも、とってもチャーミング。愛すべきすばらしいキャラクターの持ち主である。もちろん、演奏も喜怒哀楽の感情がストレートに伝わるもの。
 イダ・ヘンデルにはその何年か後に東京のホテルのロビーでばったり会い、再会を喜んだ覚えがある。また、ぜひ会いたい人である。


  

| インタビュー・アーカイヴ | 23:13 | - | -
かぼちゃのプリン
 いまは各誌の年末入稿が重なっているため、クリスマスだからといって特別なお料理をしている時間はないが、みんなに大人気のかぼちゃのプリンを作った。
 これは食べた人がみな笑顔になる、おだやかで優しい味わいのスイーツ。お酒を飲んだ後でも、男性でも、ペロリとたいらげてしまう不思議な一品。
 まず、キャラメルソースの準備。グラニュー糖100グラムと水50CCを火にかけ、淡いキャラメル色に焦がし、熱いうちに熱湯50Ccを注ぎ入れる。このときに中身がはねるため、やけどをしないように注意することが大切。
 それを型に流し込み、荒熱がとれたら冷蔵庫で固まるまで冷やしておく。
 次にかぼちゃの種を取り除いて正味300グラムをいくつかに切り分け、蒸す。やわらかくなったら薄く皮をむき、マッシャーでつぶし、卵3個を入れて裏ごしする。私はバーミックスを使っているため、あっというまにこの作業は完了。
 鍋に牛乳400CCと砂糖100グラムとシナモン(スティックなら1本、パウダーなら5ふりほど)を入れ、沸騰する直前まで温める。これをかぼちゃに加え、キャラメルソースが固まった型に流し込み、湯を張った天板に置き、160度に温めたオーブンで約40分焼く。
 今日の写真はできたてのプリン。茶色の点々は、シナモン。これを冷蔵庫で冷やすのだが、食べるときに容器の底を熱湯に浸して温め、さっとひっくり返すとキャラメルソースがフワーっと流れ出すというわけ。
 ここにミントの葉を少し散らし、ジェラートを組み合わせ、エスプレッソを用意して、「さあ、召し上がれ!」


 
 
| 美味なるダイアリー | 14:52 | - | -
マリア・グレギーナ
 来日するごとに圧倒的な歌唱力と演技力、そして存在感で聴衆を魅力するウクライナのオデッサ出身のソプラノ、マリア・グレギーナ。
 彼女はいま歌っている役にのめり込むことで有名だが、インタビューでもひとつひとつの質問に対してじっくりと考え、誠意ある答えを戻してくれた。
 インタビュー・アーカイヴの第29回はそのグレギーナ。彼女はドラマティック・ソプラノと呼ばれ、「トゥーランドット」「トスカ」「マノン・レスコー」「アンドレア・シェニエ」「ナブッコ」「マクベス」「運命の力」など、幅広いレパートリーをもち、それぞれの役で個性を発揮している。

[marie claire 2002年8月号]

愛に包まれた生活をしたい

「何度歌ってもいつも新しい発見がある。それがひとつの役を練り上げていくことにつながると思うの。同じ歌いかた、表現力で満足したら、もうおしまい。毎回毎回その役にいかにしたらなりきれるか、そればかり考えているのよ」
 いま、世界中のオペラハウスから引っ張りだこの人気ソプラノ、マリア・グレギーナは努力の人である。
 学生時代は「ちっとも勉強せずになまけていた」そうだが、プロとしてスタートを切ってからは自己の限界まで練習し、役になりきり、自分の声を鍛え上げている。
「いつも声がどんな状態にあるか自分の内面に問いかけ、オペラの役を慎重に選んできたの。だれでも若いころは大きな役がくると無理して挑戦してしまう傾向があるけど、これは危険なこと。声をつぶしてしまうから。私はいまだから《トスカ》が歌える。25歳だったら歌えなかったわね。この役はさまざまな歌唱、表現力を要求されるとても深い役だから。いまや私の分身よ」
 現在は「トスカといえばグレギーナ」といわれるまでになった。彼女はこれを歌っている間トスカになりきり、私生活でも彼女のように情熱的にふるまってしまうという。
「歌手は情熱を失ったらダメよね。私もいつも愛に包まれた生活をしたいと思っているわ」
 こういって笑う彼女のかたわらには、学生結婚したというバリトン歌手のご主人が寄り添う。
 彼はグレギーナを世界的な歌手へと押し上げた立役者。一目ぼれでいまでも彼女に熱い気持ちを捧げる。
「今後は《ノルマ》と《椿姫》を歌いたい。どちらも劇的なアリアが多く、一途な愛に生きる役。またずっと熱い目をしていなくちゃ(笑)」
 そんなグレギーナの「トスカ」が今夏日本に上陸。聴衆の心を揺さぶるはげしい舞台になるだろう。

 今日の写真はその雑誌の一部。
 実は、インタビューが終わって彼女はこんな打ち明け話をしてくれた。
 学生時代に彼女に魅了されたご主人は、貧しかったため、昼食を食べずにそのお金をため、それで花束を買って毎日グレギーナに届けたのだという。 
「ここまでされたら、女はみんな降参するわよね。でも、その熱意がいまでも続いているんだから、主人の情熱はすごいと思うわ。私も負けないようにしなくちゃね」
 こういってにこやかに笑う彼女を、温かく見守るようにじっと見つめるご主人。いやあ、まいりましたなあ。グレギーナの話も熱気あふれるものだったけど、ふたりの愛情の深さに部屋はムンムンと熱くなっていました。

| インタビュー・アーカイヴ | 21:16 | - | -
樫本大進&コンスタンチン・リフシッツ
 ベルリン・フィルの第1コンサートマスターを務める樫本大進と、盟友であるピアニストのコンスタンチン・リフシッツが2010年12月からスタートさせた「黄金のデュオ ベートーヴェン・シリーズ」の第2回が、2012年3月に開催される。
 今回は3月1日から13日まで全国7公演が予定され、ソナタ第2番、第6番、第7番、第8番が組まれている。
 大進にはこれまでさまざまな話を聞いているが、今回のデュオ・リサイタルに関しても、インタビューすることができた。
 その記事が、「ジャパン・アーツ」のホームページに今日アップされた。ここでは彼のシリーズに対する思い、リフシッツのこと、またベートーヴェンの作品に対する考えなどを語っている。
 ヴァイオリニストは、無伴奏作品以外は常にピアニストをはじめとする共演者を必要とする。多くのヴァイオリニストが、いつも自分と音楽性、人間性の両面でピタリと合うパートナーを探し続けている。
 大進は10年前にリフシッツと出会い、意気投合。いまやリフシッツのベルリンの家に泊まりながらリハーサルをするほど親しい。彼らは性格も演奏も非常に異なるが、音楽に対する考えが見事に一致。それが緊張感と創造性に富むデュオを生み出し、聴き手の心を刺激する。
 3月の演奏会というと、まだまだ先のことのように思えるが、あっというまに来るんだろうな。昨年同様、心が高揚するようなデュオが期待できそう。
 
 
| 情報・特急便 | 21:50 | - | -
ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート
 毎年、1月1日の午前11時にウィーンのムジークフェラインで開幕となるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは、新たな年の始まりとして華やかな雰囲気をたたえている。
 最初にこのコンサートを聴きに行ったのは、1984年のロリン・マゼールが指揮したとき。当時はマゼールが毎年指揮台に立ち、現在のように代わる代わる著名な指揮者が登場するスタイルではなかった。
 それから何年か後に、マゼールにインタビューをしたとき、このときのことをつい話したのがいけなかった。彼は当時ウィーン・フィルとはあまりいい関係ではなく、その後このコンサートから離れる結果となった。
 私は幸い前から3列目の非常にいい席だったため、アンコールでマゼールがヴァイオリンを弾きながら指揮したときに写真を撮った。通常は演奏中にこうしたことは許されないが、ニューイヤー・コンサートはお祭り気分の雰囲気がただよい、まわりの人たちがみなアンコールになったらシャッターを切っていたため、私もついまねして1枚だけ撮ったのである(もちろん、演奏終了後の一瞬)。
 その話をマゼールにすると、「きみ、ぜひその写真がほしいんだけど」といい出した。当時はまだデジカメではなく、フィルムの時代。私は家に戻ってあちこち探しまくったが、このフィルムはなぜか見つからなかった。
 もうすっかり忘れていたころ、またマゼールのインタビューがあった。
 彼は私の顔を見るなり、「ああきみ、よかった会えて。あの写真もってきてくれたかね」といわれ、私は彼のあまりの記憶力のよさにことばを失った。
「すみません、探したんですけど、見つからなくて…」というと、インタビューの最中ずっとこのことばかりいわれた。
「私はね、あのときの気持ちをずっと忘れたことはないんだよ。とても複雑な気分で指揮したコンサートだったんだ。もちろんプロが撮ったオフィシャルな写真はいくらでもあるよ。でも、私はきみが客席から撮ったというたった1枚のリアリティのある写真がほしいんだよ」
もう、冷や汗タラタラである。以後、私はマゼールのインタビューに行くことはできなくなった。依然として写真は見つからないからだ。
 そして1987年、再びニューイヤー・コンサートに出かけた。このときの指揮者はヘルベルト・フォン・カラヤン。当時、私は仕事でとてつもないストレスにさらされ、体調も悪く、何か自分を解放することをしない限り、気が変になりそうだった。そんなとき、カラヤンが指揮することを知り、急きょチケットを申し込み、ウィーンに飛んだ。
 そのときの様子をいま発売中の「モーストリー・クラシック」に書いている。今月発売号の特集は「ワルツ王シュトラウス」。雑誌を見ているだけで、ウィーンの空気が伝わってくるようだ。
 カラヤンはただ一度の指揮となってしまったが、このコンサートは私の生涯の宝物として心の奥に深い記憶となって残っている。
 マゼールも、もう写真のことは忘れてくれただろうか。あれから長い年月がたったから、そろそろ会っても大丈夫かしら(笑)。
 今日の写真は「モーストリー・クラシック」2012年2月号のカラヤンのページ。たった1ページの記事だが、私の思い出が詰まった1ページである。

| 終わりよければ…取材奮闘記 | 21:45 | - | -
ポヴォンスキ墓地
 東京の木々が黄色に色づくこの季節になると、ワルシャワの「黄金の秋」と呼ばれる美しい光景を思い出す。
 ワルシャワでは10月になると町中の木々が一斉に黄葉し、折しもショパン・コンクール開催中は1年でもっとも美しい時期となる。
 私はショパン・コンクールの取材に行くと、いつも旧市街の先にある広大な墓地、ポヴォンスキ墓地を訪れる。ここは1790年創設の歴史ある墓苑で、ポーランドの王族、偉人、著名人などが埋葬されている由緒あるところ。ボヴォンスコフスカ通り14番地に位置している。
 10月といえどもワルシャワはとても寒く、奥ゆかしさと静寂に包まれた墓地はひんやりとした空気がただよい、足元から冷え込んでくる。
 ここはとてつもなく広い墓地で、入口の案内板の番号をいくら見ても、すぐに目指すお墓は見つからない。それでも、なんとか記憶を頼りに今回はショパンの両親、ショパンの先生のヴォイチェフ・ジヴニーとユゼフ・エルスネル、ショパン・コンクールの創設者イェジ・ジュラブレフ、「乙女の祈り」の作曲者、テクラ・バダジェフスカのお墓を見つけ、花を捧げた。
 これだけのお墓を探して歩くだけで1時間半以上もかかり、もうからだは冷えっぱなし。ガタガタと震えながら献花をしたが、とても有意義な時間を過ごすことができた。
 今日の写真はショパンの両親のお墓。木漏れ日を受け、なんともいえない美しさを醸し出していた。丸い形の小さな輪になった2つの花が、私が捧げたもの。集中力と緊張感を要するコンクールの合間の、ほんのひととき静けさに包まれた落ち着いた時間だった。もう1枚は墓地の風景。ねっ、これ見ただけできれいだけど、しんしんと冷えてくるのがわかるでしょう。



| 麗しき旅の記憶 | 15:39 | - | -
フィットネスの忘年会
 昨日は、仕事を急ピッチで行い、18時からのフィットネスクラブ「Thera Fit」の忘年会に参加した。
 場所は目黒のアトレ2にあるデリ&ダイニング「由庵」。トレーナーのかたたちから「乾杯は18時10分ですので、それまでには来てくださいね」といわれていたため、もう午後の仕事はマキマキの突っ走り状態。でも、そのかいあって、なんとか乾杯にはまにあった。
 席が決められていて、私は仲のいいNさんと、初めてお会いするNさん、Sさんとの4人一緒のテーブル。でも、このメンバーが実に気が合い、楽しい忘年会が終わってからも「まだ話したりないね」「2次会行こうか」ということになり、初めて会ったNさんの知り合いの恵比寿のフレンチ・レストランになだれ込むことに。
 そこでまたおしゃべりが果てしなく続き、新年になったらNさんのご自宅で食事会をすることまで決まってしまった。
 ふだんはクラシック界で仕事をしている友人との飲み会や食事会が多いため、いつもはほとんど仕事がらみの話題となるが、このフィットネスのクラスにはいろんな人が集まってくるため、話題もさまざま。とても新鮮で、なんだか一気に視野が広がった気がした。
 それもこれも、トレーナーのかたたちの配慮と、工夫を凝らした忘年会の楽しさあってのこと。ここは会員のかたたちがみんなとてもおだやかで、あったかい人ばかり。「由庵」の食事も素材が新鮮で味付けが自然、とてもおいしかった。ただし、ビンゴゲームでは私たちのテーブルの4人ともまったく当たらず、みんなガッカリ。ちなみに今回は60名が集まり、30人がなんらかのプレゼントをゲット。ほとほとこの4人はくじ運が悪いのね。
 でも、こんな出会い、なかなかないと大いに感謝。2次会は夜中の12時すぎまで延々と続いた。
 今日の写真は、いつも笑顔で迎えてくれるトレーナーのかたたち。3周年を迎え、一気に会員が増えたのも、彼らの体育会系のさっぱりした、わけ隔てのない、優しい対応による成果だと思う。
 さて、なんとか年内も時間を作ってせっせと通わなくっちゃ。



 
| 親しき友との語らい | 18:07 | - | -
バーバラ・ボニー
 世界一美しいリリック・ソプラノといわれるバーバラ・ボニー。しかし、そのキュートな声とは裏腹に、冒険心旺盛な女性だ。
 彼女の得意とするオペラの役は数々あれど、1994年3月にウィーン国立歌劇場で聴いたクライバー指揮によるR.シュトラウスの「ばらの騎士」のゾフィーが忘れられない。このときはフェリシティ・ロット、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、クルト・モルら、当時考えられる最高の歌手陣が勢ぞろい。
 いま思い出しても心が高揚してしまうくらいだ。このライヴはDVDに残されているが、最高の「ばらの騎士」と称されている。
 インタビュー・アーカイヴの第28回はそのボニーの登場。ボーイッシュで凛とした美しさがあり、知的で人なつこく、とても魅力的な人だった。

[マリ・クレール 2003年2月号]

人のハートに触れる歌が歌えたら最高

 バーバラ・ボニーの歌声は透明感のある美しい高音が特徴。世界でもっとも優れたリリック・ソプラノ(叙情的な)といわれている。それゆえ、彼女にはオペラのかわいい女性役が多く回ってくる。
「昔からピンクの洋服を着るような役ばかり。声質によるのでしょうが、私自身はショートヘア、パンツ、ゴルフが大好きなタイプ。オペラを20年間歌ったときにもっと違う道があると思い、リート(歌曲)を始めたの。これが可能性を広めてくれた。ピアノ伴奏だけでずっと歌うのはキツイけど、作品は山ほどある。聴衆とのコミュニケーションも密度が濃いの」
 最近、シューマンの歌曲集「詩人の恋」を録音し、注目を集めた。なぜなら、これは男声用の作品だから。
「ハイネの詩は男性の愛を表現したものだけど、それを女性側からとらえるとまた違った魅力が出ると思ったの。私はいつもクラシック音楽の新しい顔を見出し、それに挑戦していきたいと考えている。でも、新しいことをするとヨーロッパではなかなか受け入れられない。冒険をするのも勇気がいるわ」
 ポニーのチャレンジ精神は、遠い祖先がビリー・ザ・キッドということにも関係あるのかもしれない。
「この話にはいろんな説があるのよ。本当はビリーを殺したほうらしい(笑)。でも、私は末裔だと信じている。冒険心は子ども時代から旺盛だったわ。ジュリー・アンドリュースの映画《サウンド・オブ・ミュージック》にあこがれ、髪を切ったりギターを習ったり。いつも何か新しいことを自分に課そうとしていた。
  ザルツブルクに留学したのは、チェロをもっと上達させたかったことと、ドイツ語を勉強するためだったけど、たまたまオペラのオーディションに受かり、オペラ歌手としてスタートすることに。オペラを長年歌ううちにまたチャレンジ精神が頭をもたげてきた。もっと聴衆とじかに向かい合いたい、ハートに触れる歌を歌いたいと思うようになったの。それでリートを歌う道を選んだの」
 ステージでは、故ダイアナ妃のデザイナーとして知られるエスカダの衣裳を着ることが多い。だが、ふだんはTシャツとジーンズばかり。趣味は、ボーイッシュな外見とは逆に女性らしい料理と手芸だ。
「私の職業は、空港や楽屋など待ち時間が長い。そういうときにはいつも刺繍をしている。頭が休まるから。家には年間40、50日しかいられないから、主人と一緒のときは料理三昧。そしてまた舞台へと飛び出すの」

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。インタビューを終えて私がテレコを止めた途端、「もうオフレコね」といって、ジョークやここだけの話というのをたくさんしてくれた。女性にも男性にも愛される、素敵な人だ。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:48 | - | -
季節の飾り
 今日は、近所の親しくしているお花屋さんでクリスマスリースを手に入れた。
 ただし、これはナマのリース。いずれ枯れてしまうが、クリスマスまでは家の玄関のドアを美しく飾ってくれる。
 これと一緒に、色違いの小さなシクラメンをいくつか買ってきて玄関前に植えたら、なんとなく季節を感じさせる雰囲気になった。
 もう今年も残りわずか。今週は打ち合わせの食事会やいろんな忘年会が入り、夜は出っぱなし。その合間を縫って、インタビューや締め切りをこなさなくてはならない。
 でも、帰宅するとエレガントなリースが迎えてくれ、ホッと心が和む感じ。花や植物の力を痛感するひとときだ。
 今日の写真はそのナマのクリスマスリース。枯れてしまうの、もったいないなあ…。


 
| 日々つづれ織り | 15:16 | - | -
イヴ・アンリ
「ムジカノーヴァ」で行っている連載インタビュー「ピアニスト探訪」には、世界各地でさまざまな後進の指導を行っている名教授が多数登場する。
 今月発売号はフランスのイヴ・アンリ。パリ国立高等音楽院、パリ国立地方音楽院の教授を務め、各地でマスタークラスを開き、ショパンを中心とする演奏活動も活発に展開しているピアニストである。
 彼は教えかたが非常にていねいで、個人の才能を的確に把握し、その人の個性を伸ばすことに長けているため、教えを請う人が後を絶たない。そのレッスンは非常に人気が高く、日本でも「アンリ先生に師事したい」と願う生徒はたくさんいる。
 このインタビューでもっとも興味深かったのは、「さまざまな時代、メーカー、仕様の楽器を弾いてみること」「自分の演奏を録音してみること」「偉大なピアニストの録音を聴いて耳を鍛えること」を彼が力説したこと。
 イヴ・アンリは役者のような風貌で、さまざまな表情を見せながら、説得力のある話を流れるように語っていく。
 こういう先生にレッスンを受ける生徒は幸せだ。きっと自分がピアノを弾いていることに、幸せと誇りと自信が持てるに違いない。
 このインタビューにはいつも「心に残る恩師の言葉」というコーナーがあるのだが、彼は迷わずアルド・チッコリーニの名を挙げ、演奏するときに作品に対するイメージを持つことの大切さを教えられたと語った。
 もう何年にもわたって来日し、多くの日本人を教えているアンリ。次なる来日を首を長くして待っている若きピアニストたちは多いのではないだろうか。
 今日の写真はインタビュー時の1枚。ねっ、笑顔も魅力的でしょ(笑)。



 
 
 
 
 
| 情報・特急便 | 21:31 | - | -
クリスティアン・ゲルハーヘル
 昨夜は、待ちに待ったドイツのバリトン、クリスティアン・ゲルハーヘルの「没後100年記念 マーラーを歌う」を聴きにトッパンホールに出かけた。
 ゲルハーヘルはオペラでもさまざまな役を歌っているが、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを継ぐドイツ伝統のリート歌唱の担い手。豊かな声量、歌詞の深い読み込み、ドイツ人ならではの適切な発音、各々の曲に対する洞察力の深さと表現力の幅広さ。それらすべてがマーラーで発揮された。
 彼はマーラーのリートに対して、こう語っている。
「マーラーの歌曲は、ドイツ芸術歌曲の完成形であり、終着点である」
 昨日のプログラムは、まず「さすらう若人の歌」の4曲から開始。「子どもの魔法の角笛より」6曲が続けて歌われて前半が終了。後半は「子どもの魔法の角笛より」5曲からスタート。次いで「亡き子をしのぶ歌」が歌われた。
 マーラーの歌曲は死の影や孤独、哀感、天国へのあこがれ、シニカルなユーモア、貧困、幻想、胸をえぐるような辛さ、牢獄、暗い炎などが全編を覆っている。ゲルハーヘルはそれらをひとつひとつの詩をじっくりと聴かせ、歌の世界へと聴き手を導いていった。
 なんとぜいたくな時間だろうか。私は何度もそう感じた。ピアノのゲロルト・フーバーもニュアンス豊かな演奏を聴かせ、盟友ゲルハーヘルの深々とした歌唱にピタリと寄り添う。
 私は昔からリートが大好きである。ピアノ伴奏に乗って、声による味わい深い小宇宙が広がっていく。詩と音楽との融合が濃密で、歌手がまるで私ひとりに語りかけてくれるような錯覚を覚える。それほど、偉大な歌手が作り出すリートの世界は、親密で奥深い。
 マーラー・イヤーにすばらしい歌曲を聴いた。ゲルハーヘルにはインタビューを申し込んであったのだが、今回はとてもナーバスになっていて受けられないとのことだった。すごく残念だ。
 彼はステージに登場したときから、完璧にマーラーの世界に入り込んでいる表情をしていた。ほとんど大きな動きを見せず、直立不動で朗々とマーラーを聴かせたゲルハーヘル。そのすばらしき歌声は、何日たっても心の奥に偉大なる記憶となって残る存在感のあるもの。次回はぜひ、話を聞いてみたい。
| 日々つづれ織り | 21:27 | - | -
たけのこ三昧
 今日は鳥取の立派なたけのこを2本いただいた。
 さて、どんなお料理にしようか。じっとたけのことにらめっこをしていたら、いろんなレシピが浮かんできた。
 まず、おいしい薄揚げを用意して、定番のたけのこごはんを作ろう。香りづけのトッピング、木の芽も探してこなくっちゃ。
 この間買った新鮮なかつお節があったから、おかか煮もすぐにできそう。煮崩れないしっかりしたワカメを探してきて、若竹煮も必須だな。
 中華では、豚肉とザーサイと炒めるレシピもおいしい。あと、姫皮は酢味噌あえにするとお酒に合いそう。
 というわけで、週末はたけのこ料理をたくさん作らなくっちゃ。まずは買い物に行き、材料をそろえる。この時間も楽しいんだよね。
 私はとにかく作ることが大好きなので、お料理ができあがったころには、もうなんだか胸がいっぱいというか、おなかがいっぱいというか、達成感と疲労感で食べるほうはトーンダウン。
 でも、こんなにおいしそうな新鮮なたけのこだから、目いっぱい食べなくちゃね。
 今日の写真は届いたばかりのたけのこ。迫力あるでしょう。



| 美味なるダイアリー | 23:35 | - | -
ポール・ルイス
 イギリスのピアニスト、ポール・ルイスが世界で展開している2年越しのシューベルト・チクルス全5回。
 日本では王子ホールで開催されているが、今日はその第3回目。前半が「4つの即興曲Op.142」。後半が「楽興の時」と「さすらい人幻想曲」という人気の高い作品が組まれた。
 ポール・ルイスのこのチクルスは第1回から聴き続けているが、回を重ねるごとに底力が発揮され、今夜はいずれの作品も自信にあふれ、クリアで迷いのない音にいっそう磨きがかかり、最後の「さすらい人幻想曲」では気合い十分。あまりの迫力に聴衆はあぜんとして静まりかえり、そのエネルギーが聴き手に乗り移ってくるようだった。
 ルイスはアルフレッド・ブレンデルの弟子として知られるが、その奏法も解釈も師とはまったく異なる。ただし、楽譜の内奥へとひたすら迫る姿勢は同じだ。
 ひとりのピアニストをずっと聴き続けていると、その人の演奏の変遷を味わうことができて興味深い。
 次回は2012年4月12日。第4回はシューベルティアーデの雰囲気を伝える作品が組まれ、「16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ」「ピアノ・ソナタ第14番」「アレグレット ハ短調」「ピアノ・ソナタ第16番」の予定。
 全5回が終了したとき、きっとルイスのシューベルトの全体を俯瞰した気持ちが湧き、感慨深い思いにとらわれるに違いない。イギリスから世界へ飛翔するポール・ルイス。応援したいピアニストだ。
 
 
| クラシックを愛す | 22:50 | - | -
音大での講義
 今日の午後は、洗足学園音楽大学の「音楽ジャーナリズムと音楽プロデュース」の講義に出かけた。
 今回の内容はリスト・イヤーとマーラー・イヤー、ウィーン・フィルとベルリン・フィルの来日、海外からのオペラハウスの引越し公演、チャイコフスキー国際コンクールの結果、今年登場した若い才能など盛りだくさん。
 90分の講義のなかでこれらをさまざまな角度から話し、学生たちの今後の方向なども踏まえ、現在国際シーンでどんなことが起きているかをジャーナリスティックに伝えていく。
 使用するのはCDとDVDをいくつか。しかし、いつも感じることだが、時間内でいろんな音源を紹介したいため、つい駆け足状態になる。こういうとき、私はものすごく早口になり、一気にまくしたてるため、あとで「本当に早口ですよねえ」といわれてしまう。それでも時間が足りない。
 講義が終わって教室の外に出たら、校門周辺の木々に巻かれた無数の小さな電球がブルーの光を放ち、クリスマスのイルミネーションが年末が近いことを告げていた。
 ああ、今年もあとわずか。溝の口駅まで歩く道すがら、今年1年のことが走馬灯のように浮かんできた。きっと、1年間のクラシック界を振り返る内容の話をしたからだろう。でも、震災以後はキャンセルが続いていたものの、ようやく来日アーティストが増え、まだまだすばらしいコンサートが続く。
 明日は王子ホールにポール・ルイスのシューベルト・チクルスVol.3を聴きに行き、明後日はトッパンホールでクリスティアン・ゲルハーヘル(テノール)、ゲラルド・フーバー(ピアノ)による「没後100年記念のマーラーを歌う」を聴く予定。私はゲルハーヘルの声が大好きで、ナマを聴くのをずっと楽しみにしていた。どんなマーラーが聴けるだろうか…。
| クラシックを愛す | 21:57 | - | -
マーク・パドモア
 現代最高のエヴァンゲリスト(福音史家)のひとりといわれるロンドン生まれのテノール、マーク・パドモアは、ピリオド楽器の大家や偉大な指揮者との共演でバッハをはじめとするバロック作品を数多く歌っている。
 そんな彼が、近年シューベルトの3大歌曲集を各地で歌い、ポール・ルイスのピアノとの共演によるシューベルトの「冬の旅」の録音は、高い評価を得た。
 今夜はトッパンホールにそのパドモアの「冬の旅」を聴きに行った。
 パドモアのシューベルトは、歌うというよりも語りかける唱法。透明感に満ちた特有の高音は繊細で気高く、曲によってテンポを速めにとり、快活で生命力あふれる響きを生み出す。
 その解釈はこれまで聴いたどの「冬の旅」とも異なる個性的なもので、主人公である青年の深い孤独と疎外感と虚無感と絶望などが、節度ある歌いかたと端正な表現のなかで静かながら劇的なドラマとして綴られていく。
 彼はテキストに深く入り込むことで知られているが、まさに「冬の旅」の内奥に迫るべく、あるときは詩を朗読するように静謐に、またあるときは歌詞の内容を挑みかかるような表情で表現し、聴き手の心を揺さぶった。
 以前、ポール・ルイスにインタビューしたとき、「マークは楽譜の読みがとても深く、洞察力に富むシューベルトを生み出す。一緒に演奏していると、シューベルトの異なった面が見えてくるんだ」と語っていたが、まさに今夜は新たな「冬の旅」に出合った感じがした。
 今日の共演者はティル・フェルナー。彼らは来日直前の11月28日に、パリのサル・ガヴォーで「冬の旅」を演奏してきたばかり。抑制した響き、歌にピタリと寄り添うルイスとはまた異なる奏法のピアノだったが、フェルナーもパドモアのお気に入りのピアニスト。2008年に同ホールで「冬の旅」を演奏したときはイモージェン・クーパーだったが、3人のピアニストがみなブレンデルの弟子というのも興味深い。ブレンデルといえば、シューベルト。パドモアの共演者の選びかたは一貫しているようだ。
| アーティスト・クローズアップ | 22:00 | - | -
山本貴志
 ピアニストの山本貴志が2005年のショパン国際ピアノ・コンクールで第4位入賞を果たしてから、はや6年目を迎える。
 このコンクールを取材に行き、以後ずっとインタビューを行ったり演奏を聴き続けてきた私は、彼の常に前向きで真摯な姿勢に心が温まる感じがする。
 そんな彼が2012年に長野県須坂市文化会館メセナホール大ホールで、「山本貴志ショパン・チクルス〜ショパン物語」と題したシリーズを開催することになった。
 この話を聞くために先日インタビュー(「音楽の友」の現在発売中の号に掲載)をしたのだが、山本貴志はとても興味深いタイトルを教えてくれた。
 というのは、このシリーズは全8回で、ショパンの誕生日の3月1日にスタートし、命日の10月17日に最終日を迎える。彼は各回になんと、日本語のタイトルをつけていたのである。
 第1回から順に「煌」「躍」「詩」「彩」「麗」「想」「瞑」「魂」。そして各々に補助的な表記も付されている。
「溢れ出す生命の煌き」「躍動するリズム」「ピアノの詩人の言葉たち」「目くるめく色彩の世界」「麗しいサロンへのいざない」「孤独を癒す優しい想い出」「瞑想と静寂」「魂は遥かなる未来へと続いて」。
 なんとユニークなアイディアだろうか。ショパンの音楽を日本語で表記するとは…。
「これを考えるために一切仕事をせずに、かなり長い間集中しました。もっとも時間がかかったのは、タイトルに見合う作品をプログラミングしていくこと。作曲年代、内容、時代、作風、奏法などを考え合わせ、作品番号が付いた全作品を分類、組み立て、演奏時間も考慮して選曲していきました」
 まるでパズルを解いていくようでしたよ、と笑う山本貴志。それはそうでしょう、全作品をひとつひとつはめ込んでいくわけですからね。
 山本貴志の演奏はユニークな前傾姿勢が印象的で、集中力に富み、聴き手をその作品の内奥へと一気に引き込んでしまう強い引力を感じさせるもの。彼はコンクール時にとても人気があり、終演後の楽屋はいつもファンであふれていた。
 このシリーズもきっと人気を博すに違いない。須坂市のこのホールは、19年前に彼が長野県ピアノコンクールに参加し、初めて聴衆の前で演奏した記念の場所。そのホールでの全曲演奏ゆえに、気合いの入りかたも並ではないはず。ぜひ、長野県以外の人にも聴いてほしいと願う。
 東京から何人か集まってツアーのような形ができれば最高なんだけど…。だれか計画してくれないかなあ。
 今日の写真はインタビュー時の山本貴志。いつ会っても話がはずみ、おだやかな笑顔と熱く音楽を語る姿勢に魅せられる。6年もたっているのに、彼に会うといつしかワルシャワのあのときの情景がフーッと脳裏に浮かんできて、かの地へと思いが飛んで行くから不思議。

| 親しき友との語らい | 23:24 | - | -
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