Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ワレリー・ゲルギエフ
 11月にマリインスキー歌劇場管弦楽団とともに来日する指揮者のワレリー・ゲルギエフは、ロシア・オペラの象徴であるこの劇場を復活させた立役者。
 今回は12日にナタリー・デセイがタイトルロールを務めるドニゼッティの「ランメルモールのルチア」のコンサート形式、14日にデニス・マツーエフをソリストにラフマニノフのピアノ協奏曲第3番、そしてショスタコーヴィチの交響曲第5番というプログラムを組んでいる。
 2007年にはゲルギエフの活動の中心地であるサンクト・ペテルブルクを訪れ、オペラとシンフォニーの演奏を聴いた。
 そのときに雑誌「カイラス」に書いた記事を振り返ってみたい。

 かつてのロシア帝国の首都、サンクト・ペテルブルクが、いま大きな変貌を遂げている。町はあちこちが工事中で、人々は臨時に組まれた足場の悪い通路を文句をいいながらしぶしぶと渡っている。
「まったく工事ばかりで嫌になるよ。でも、町の発展のためには仕方ないんだろうね」
 こう語る市民の目は、いまもっとも大きな工事が行われている大ネヴァ川のほとり、マリインスキー劇場のすぐ隣の細い運河をはさんだ土地へと向けられる。
 マリインスキー劇場は、サンクト・ペテルブルクが世界に誇る、偉大な歴史と伝統を有したオペラとバレエの劇場。1988年にワレリー・ゲルギエフが35歳の若さで芸術監督に就任した。
 彼はソ連崩壊後の混乱期を持ち前のパワーと忍耐力で乗り切り、同歌劇場管弦楽団の質を向上させ、新人歌手の発掘を行って世界の舞台へと送り出し、ロシアの古典オペラに新しい演出を加えて上演回数を増やし、マリインスキー劇場の名を世界に知らしめた。
「私はこの町を愛しています。サンクト・ペテルブルクは美しい景観とすばらしい聖堂や美術館、多くの歴史的な建造物が随所に存在し、人々の心を魅了します。私はそこに音楽の楽しみを加えたいのです。芸術は人々の心のよりどころと成り得るものですから」
 マエストロ・ゲルギエフは、1993年に「白夜の星国際芸術祭」の本格的な運営に着手、毎年5月から6月にかけての白夜の季節にさまざまな劇場でオペラからシンフォニー、室内楽、バレエなどを幅広く上演。いまでは世界各地から音楽祭を聴きにファンが訪れる。
 ゲルギエフのサンクト・ペテルブルクを芸術的な都市にする壮大な計画はまだ始まったばかりだが、2007年11月には2003年に火災で焼失した舞台装置の倉庫で、レンガ造りの建物を外壁のみを残して一新、新コンサート・ホール(マリインスキー)をオープンさせた。
 このホールは小規模なオペラも演奏できるようにオーケストラ・ピットも備え、バレエの上演も可能。ロビーも広々し、明るく華やかな雰囲気をたたえている。内部はといえば、木のぬくもりが感じられる造りで、響きはとても温かく柔らかい。音響はゲルギエフが日本のサントリーホールや札幌のKitaraホールの音響を設計した豊田泰久氏に依頼し、ひとつの大きな夢を実現させた。
 さらに、いまゲルギエフはより大きな夢に向かって構想を練っている。市民が注目するマリインスキー劇場の隣の造船所跡地に建設中の建造物は、マリインスキー供ニューヨークのリンカーンセンターのように、さまざまな芸術センターが集合する形となるようだ。
 プーチン大統領の信頼も厚いゲルギエフ。指揮だけにとどまらず、経済面の交渉など多大なリスクを背負いながら、ロシア芸術を世界へと広めることに意欲を燃やす。数時間しか睡眠をとらずに走りまわる彼は、演奏も生きる姿勢も、まさにエネルギー全開だ。
| アーティスト・クローズアップ | 21:27 | - | -
カルシウム大集合の和風サラダ
 日本人はカルシウム不足だとよくいわれる。それなら、カルシウムがたっぷりの和風サラダで補強してしてしまいましょう。
 用意する素材はひじき、小松菜、チーズ、ニンジン、枝豆。どれもカルシウムやカロチンが豊富なスグレモノ。
 まず、乾燥ひじき(10グラム)は水で戻して熱湯で歯ごたえを残す程度にゆでる。
 小松菜(小1杷)は塩ゆでしてしっかり水分をしぼってざく切り。この水気を切るのがポイント。
 ニンジン(50グラム)は細切りにしてさっとゆでる。
 枝豆(50グラム)も塩ゆでし、さやから出して薄皮をむいておく。
 チーズはプロセスチーズでもなんでもお好みで20グラム用意し、ひと口大か細切りに。
 ボウルにすべての材料を入れ、ゴマドレッシング(市販のものでOK)大さじ2〜3を混ぜ、スダチまたはカボスなどの柑橘類のしぼり汁(小さじ2)を加える。
 お皿に盛ったら、煎りゴマか磨りゴマをパラパラとトッピングして出来上がり。
 さあ、カルシウム不足を解消しましょ。
 今日の写真は出来上がったばかりの和風サラダ。ごはんにも合うし、これからの季節は熱燗の友にも。くれぐれも野菜の水気をしっかりしぼって。濃い味が好きな人はドレッシングを少々増やすか、最後に麺つゆをたらりとしても美味。



 
| 美味なるダイアリー | 22:00 | - | -
山本貴志
 またまた、毎月の締め切りが集中する時期が巡ってきた。
 いまは、山本貴志が須坂市文化会館メセナホールでチクルスを開催しているショパンのプログラムを書いている。
 以前も書いたが、これは今年の3月から10月まで8回に分けて行われているもので、いよいよシリーズの最終日が近づいてきた。
 第7回は10月14日、第8回は10月17日で、最終日はショパンの命日となっている。
 山本貴志からじかに依頼されたため、すべてのプログラムの曲目解説を書いてきたが、ショパンの作品番号付きのピアノ曲全曲を演奏するという彼の初の試みは、本当に大変だったと思う。
 それがついに最終回を迎えるわけだ。
 本当は須坂市のホールに駆けつけて演奏を聴き、ピアニストとともにシリーズ最終日を祝いたいのだが、いまはそれもままならない。本当に残念…。
 陰ながらエールを送ることしかできない。
 それにしても、全曲とは頑張ったよねえ。フィナーレまでもうひとふんばりだよー。
 このプログラムの原稿を書いているときは、いつも山本貴志のショパン・コンクール(2005年)のときの演奏が浮かんできた。人間の記憶とは不思議なもので、ショパンの作品について書いていると、その曲が脳裏に浮かび、それを演奏していた彼のステージの様子が走馬灯のように浮かび上がる。
 そういえば、昨日インタビューしたベン・キムもこの2005年のショパン・コンクールを受けたひとりである。セミファイナルまでしか進めず、演奏の順番が早かったため、私は聴き逃してしまったが、彼はこのコンクールに参加したことで日本公演が可能になったのだそうだ。
 その後、ダブリン・コンクールも受けたが、ここでもセミファイナル止まり。次いで受けたミュンヘン・コンクールでついに優勝を手にしたわけだ。
 一方、山本貴志は第4位入賞を果たし、以後ショパンをレパートリーの根幹に据えてじっくり作曲家と対峙し続けている。
 今回のシリーズを終えたら、ショパンに対する思いがどう変化したか、演奏がどのように変容したかを聞いてみたい。
 さて、また原稿に戻るとしますか。ショパンの作品を頭に思い描きながら…。私ももうひとふんばりだワ。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:45 | - | -
ベン・キム
 今日は、2006年のミュンヘン国際音楽コンクールで優勝し、一気に世界の舞台へと飛翔したベン・キムのインタビューに行った。これは「レコード芸術」のインタビューだが、記事の掲載は数カ月先になりそうだ。
 彼には以前にも話を聞いたことがあり、再会を喜び合った。いつも真面目でひたむきで感じのいいナイスガイだが、今回も質問に対してことばを尽くし、真摯に答えてくれた。
 ベン・キムは韓国人の両親のもと、1983年アメリカに生まれた。レオン・フライシャーに師事し、3度目のメジャー・コンクールの挑戦で栄冠に輝いた。
 ショパン、ドビュッシーを得意とし、新譜はショパンの「24の前奏曲、4つの即興曲」(ユニバーサル)がリリースされたばかり。ここではみずみずしく勢いに富むショパンを聴かせ、才能を遺憾なく発揮している。
 10月5日には東京オペラシティコンサートホールでリサイタルがあり、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシーを予定している。
 ペン・キムは、両親が韓国からアメリカに移住して大変な苦労をしたその背中を見て育ったためか、地に足が着いた生きかたをしている。現在はベルリンでさらに研鑽を重ね、一歩一歩実力派ピアニストとしての道を歩んでいる。
「ドビュッシーがすごく好きなんだけど、今年のメモリアルイヤーはみんなが演奏したり録音するから、ちょっと静まるまで待っているんだ」と笑う。
 ただし、「12のエチュード」の数曲を来日公演では披露する。
 今日の写真はインタビュー後のひとこま。すごく足が長くてスリム。気取ったところがまったくなく、自然体で感じがいい。
ショパンの新譜も自然なルパートが印象的なてらいのないもので、ショパンのはかなさ、ほの暗さ、初々しさを表現する反面、祖国に対する強い思いなどを力強く表現している。
 リサイタルが楽しみだ。


 
 
| 情報・特急便 | 21:47 | - | -
ニコライ・ホジャイノフ
 今年4月、日本でレコーディングをしたニコライ・ホジャイノフの日本デビューCD「マイ・フェイヴァリッツ」(ビクター)が10月3日にリリースされる。
 収録曲はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番作品110、シューベルトの「さすらい人幻想曲」、ショパンのスケルツォ第4番とバラード第2番、リストの超絶技巧練習曲集より第5曲「鬼火」と「メフィスト・ワルツ第1番(村の居酒屋での踊り)」。
 このライナーノーツを書いたため、ひと足早く新譜が届いた。
 以前ブログでも紹介したが、ホジャイノフは20歳という年齢にもかかわらず、非常に思慮深く、知的で、死の影を感じさせるような作品に無性に惹かれるという。
 今回の選曲も、特にベートーヴェンとシューベルトにそれが色濃く映し出されている。そうした作品を鍛え抜かれた技巧と楽譜の深い読み込みで情念の深さを表すように弾き進めていく。
 ホジャイノフの演奏は2010年のショパン・コンクール、今春の日本公演でも聴いたが、絶妙のペダリングに支えられた明快な響きが特徴。もちろん若手ピアニストゆえ、一気に疾走していくようなはげしさも見せるが、終始思考し、作品の奥に潜む文学的な要素に肉薄し、美しいポエティックな表情をのぞかせる。
 彼はショパン・コンクールの第1次予選では最高点をマークした。その底力が、今年5月に受けたアイルランドのダブリン国際ピアノ・コンクール優勝という栄冠につながった。
 実は、このデビューCDのプロモーションで10月に来日する。そのイヴェントのインタビュアーをすることになった。
 ホジャイノフは決して雄弁なほうではない。気に入った質問になると一気に語彙が増えるものの、あまり気の乗らないと感じる質問には結構そっけない。
 こういう人を公開の場でインタビューするのは、かなりテクニックを要する。気を引き締めて、会場を盛り上げなくてはならないし、少しでも多くのことばを引き出さなくてはならない。
 それまで何度も録音を聴き、インタビューに備えなくては。それにしてもこの若さで作曲家の苦難の人生の痛みが映し出された作品が好きとは、おそるべきピアニストだ。
 きっと、今後も一気に階段を駆け上がって才能を開花させていくに違いない。そのプロセスを聴き続けるのが楽しみだ。
 今日の写真はCDのジャケット。フワフワの巻き毛がキュート。それにいつ会っても、ものすごくおしゃれ。


 
 
 
| アーティスト・クローズアップ | 21:43 | - | -
ボー・スコウフス
 オペラ歌手は、舞台ではその役柄になりきっているため、つい本人をその役柄に重ねてしまう場合が多いが、インタビューで会うと、素顔はまるで反対というケースがよくある。
 デンマーク出身のバリトン、ボー・スコウフスも、ドン・ジョヴァンニとはまったく逆の明るい気さくな人柄だった。
「インタビュー・アーカイヴ」の第43回は大柄で陽気なスコウフスの登場だ。

[FM fan 1997年5月5日〜18日号 No.11]

私は歌で喜びを見出し、それを人々に伝えることができれば最高です

 いま、ウィーンで大人気を博しているのがボー・スコウフス。当たり役の「ドン・ジョヴァンニ」のタイトルロールを始め、「タンホイザー」のヴォルフラムなどを得意とし、カヴァリエリ(騎士のように高貴な)バリトンと評されている。 そんな彼はリートも大切なレパートリー。シューベルト・イヤーの今年は日本で「美しき水車小屋の娘」を披露した。190センチを超すスコウフスはステージ映えする容姿の持ち主。さて、その素顔は…。

私はドン・ジョヴァンニというのは若くないとダメだと思う

―1988年に「ドン・ジョヴァンニ」でセンセーションを巻き起こしたわけですが、そのときの様子を聞かせていただけますか。
「実は、初めて大きなステージに立ったのがそのときだったんです。リハーサルから大変で、とにかく初日さえ終わればリラックスできると自分にいいきかせていました。地獄落ちのシーンがすばらしい演出だったんですが、そこまで進めば楽になるだろうと、そればかり考えていました。でも、実際はあそこでミスしちゃった、あそこはこうすればよかったという思いばかりが残り、すべてが終わってもまったく満足が得られませんでした。それから現在にいたるまで、満足のいくステージというのはありません。常に何か課題が残ります」
―どんなドン・ジョヴァンニ像を描いていたのでしょう。
「私はドン・ジョヴァンニというのは若くないとダメだと思うんです。いまを生きる、いまを楽しむ、そんな人間だと思うからです。彼は後悔というものをしないし、誠実感がみなぎっている。あなたを愛していると女性にいうときは本当にそう思っているんです。もちろん3分後には忘れてしまいますけどね(笑)。
 この役を歌うときにはその感覚が一番大切だと思いました。常に情熱を持って、カメレオンみたいに変幻自在にサッと変わっていく」
―フォルクスオーパーの総監督、ヴェヒターさんはどうおっしゃいましたか。
「彼はドン・ジョヴァンニを得意としていた人ですし、私自身とても尊敬しています。そのヴェヒターさんがこの公演直後、『次はウィーン国立歌劇場の契約だよ。いままでのことは忘れて、さあここにサインして』というんです。天にものぼる気持ちでした。
 それから5年間、本当に世話になりました。彼から学んだことはゆっくり役をこなしていくこと。若い歌手はすぐに多くの役を歌い、スターを夢見がちですが、彼はその点をしっかり私に教えてくれました。声の成長に合わせて役を選ぶということを」

リートをできる限り新鮮な声で歌いたい
若い時代に歌いたいリートがたくさんある


―スコウフスさんはオペラとリートを同時にスタートさせていますね。
「リートをできる限り新鮮な声で歌いたいと考えているからです。若い時代に歌いたいリートがたくさんある。それにリートを歌っていると、オペラで何がたりないかがわかるときがあるんです。リートが声楽の先生のような役割を果たしてくれる。シューベルトの『冬の旅』は大好きなんですが、この作品を歌うにはまだ機が熟していない。いろんなことを経験しないと、あの曲は歌えませんから」
―セーナ・ユリナッチ先生から一番学んだことは?
「彼女がヴェヒターさんに紹介してくれたんです。彼女は人生をとても大切にし、歌にも真剣に取り組む。そうした姿勢を教えてくれました。リートには美しい詩がつけられている。その詩を音楽を通して人々に紹介する。その大切さを学びました。
 私は昔から詩を暗唱して朗読することが好きでした。ですからリートに対する彼女の考えがよく理解できます。いま、欧米の大きなオペラハウスから話がくると、キャリアになるから引き受けたほうがいいでしょうが、やはりリートを勉強する時間もほしいし、オネーギンを歌った次の日に『詩人の恋』を歌うなんていうことは私にはできない。ひとつのことに集中したいほうなので。次の計画としては98年秋に初めてハンブルクで『ヴォツェック』を歌います」
―忙しい合間には何か息抜きを?
「ワインを作ることが趣味なんです。ウィーン郊外にワイン畑を持っていて、私は外国人なので友人の畑なんですが、そこで年間400本のワインを作っています。ラベルには毎年オペラの役柄をつけています。いつの日か歌えなくなったらワインを作って暮らそうかと思っているんですよ(笑)。
 私は学費を払うために肉屋でアルバイトをしたり、ボートこぎをしたり、音楽だけではなくいつも何か仕事をしてきました。そういうふつうの人との交流から多くのことを学んできたんです。ですから、そういう人がオペラハウスにきてくれるような音楽を目指したい。みんなが興味を持ってくれるためにはどうしたらいいか、それを常に考えています。
 妻も忙しく、いまウィーンに新しくできたカラヤン・センターの所長をしているんですが、ふたりとも自分がしていることに喜びを見い出せれば一番幸せだと考えています。私は歌で喜びを見出し、それを人々に伝えることができれば最高なんですが―」

 スコウフスの名前であるボーは芸名で、本名はすごく長くてみんなが覚えにくいとか。そのためにデビューしたときに「一番短くボーにしたんだ」と笑う。
 最近はナマの歌声を聴くチャンスに恵まれないが、ぜひオペラの新しい役かリートを聴きたい。来日してくれないかなあ。
 今日の写真はそのときの雑誌の一部。近くで会うと、やっぱりデ・カ・イ。


 
| インタビュー・アーカイヴ | 22:26 | - | -
スコット・ロス
 いま書いているスペインとフランスの本のなかに、私の大好きなチェンバリスト、スコット・ロスが登場する。
 彼は1989年、病気のために38歳という若さで亡くなってしまった。この年は私が独立した年なので、よく覚えている。
 スコット・ロスはこの年に来日公演を予定していたそうだ。本当に残念でたまらない。
 彼の名は、世界初のドメニコ・スカルラッティのソナタ全曲録音で一躍広く知られるところとなった。1980年夏にはブルージュでナマの演奏を聴いたが、いまでもそのときのスカルラッティは強烈な印象として脳裏に刻まれている。
 ロスの新譜はもう発売されることはないだろうと思っていたが、EMIから未発売音源2枚がリリースされた。1988年1月に録音されたJ.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」と、死の直前1989年3月に録音されたフレスコヴァルディの「トッカータ集」である。
 もう、第1音から異次元の世界へと運ばれ、至福のときを味わうとともに、ブルージュでの姿が浮かんできて、平常心は保てない。
 こういうすばらしい演奏に出合うと、それをことばで表現することの難しさをつくづく感じてしまう。以前、アシュケナージにインタビューをしたとき、彼が「私は演奏ですべてを表現しているのだから、それをことばでいい表すのは意味がないと思う」といわれて絶句したことを思い出す。
 しかし、私の仕事はアーティストの思いを文章で伝えなければならない。それを懸命に説明してアシュケナージからことばを引き出した。
 さて、もう一度スコット・ロスを聴こう。本当はもっと聴かなくてはならない音源が山ほどあるのに、今日はロスにつかまってしまった。
 こういう躍動感あふれる心にグサリと迫ってくる演奏を聴くと、「ああ、チェンバロが弾きたい」という思いがふつふつと湧いてくる。調律時間を必要としない電子チェンバロを買いたいのだが、そうなったら仕事そっちのけになってしまうことは明らか。
 うーん、がまんがまん。フレスコヴァルディ、すごく好きなんだよねえ。でも、聴くだけでがまんしなくちゃ。ロスは罪な人じゃ(笑)。
 今日の写真はそのジャケット。この絵もステキ。
 
| アーティスト・クローズアップ | 22:28 | - | -
新譜、新譜、新譜…
 毎月、この時期になると各社から一斉に新譜が送られてくる。再発もあり、輸入盤もある。
 どれから聴こうか、なんて悠長なことはいっていられない。とにかく時間の許す限り、片っぱしから聴いていく。
 そしてこれとこれは音楽専門誌の新譜評に、こっちは新聞のNEW DISKのコーナーに、これは女性誌のエッセイに、そしてこれはWEBの記事用にと、それぞれ選んでいく。
 以前は出張に出かけるときも、電車のなかでも聴くようにしていたが、どうしても集中できないため、家でじっくり聴くことに絞った。
 ただし、これは時間との勝負だ。自宅では原稿を書くことがどうしても優先されるため、新譜を聴く時間は限られる。いかに時間をひねり出すか。これがいつもこの時期、私に課せられた大きな問題となる。
 でも、今月は聴きたいものが多い。こういうときは大変だけど、心は燃える。さて、次はどれを聴こうかと、気持ちははやるばかり。
 新人ピアニストの意欲的な録音も多いし、ベテラン指揮者のオペラやオーケストラ作品も聴き逃せない。
 そうこうしているうちに、リマスタリングされた往年の巨匠たちの名盤がドーンと届いた。これまたじっくり聴き込んで書かなくては。
 さて、1日の時間は24時間しかない。それをどう配分するか。これが毎月巡ってくる私の定番となりつつある問題。
 ああだこうだいっていないで、まずは聴きますか(笑)。すばらしい演奏が目の前にあるのだから。
 それに加え、いよいよクラシック・シーズンの幕開けだ。秋は来日アーティストが多く、数々のコンベンションやイベントも目白押し。さてと、本当に気を引き締めてかからないと、この時期を乗り越えることはできないゾ。
 
 
 
| クラシックを愛す | 22:40 | - | -
ユンディ・リ
 9月末から10月にかけて日本ツアーを予定していたユンディ・リの公演が中止となった。尖閣諸島問題を受け、中国政府から訪日を見合わせるようにと行政指導があり、ユンディが来日中止を決意したという。
 彼は今回30歳の記念公演になること、ベートーヴェンのピアノ・ソナタに挑戦することなどから、非常に力を入れていた。
 以前にもブログで紹介したが、先日の来日時に「シグネチャー」のインタビューを行い、7月号が出たばかり。
 そのときは「ショパン・コンクールから12年、成長した面を聴いてください」と意欲を示していた。
 それだけに、彼自身もとても残念だとのコメントが音楽事務所に届いている。今回はサントリーホールだけでも3回コンサートが予定されていた。私もデビュー以来ずっと演奏を聴き続け、そのつどインタビューも行ってきたため、演奏を聴くことができず本当に残念だ。
 近いうちにぜひ今回のプログラムで実現してほしいと願う。
 ユンディは、「ベートーヴェンは偉大です。ピアノ・ソナタは各々異なった世界が含まれていますから、それをひとつずつ解きほぐしていくのがたまらなく楽しい。まだ時間は十分にありますから、ベートーヴェンにはゆっくりと歩み寄っていきますよ」と笑顔を見せながら語っていた。
 そのベートーヴェン、いつ聴くことができるだろうか。待ち遠しい。
 今日の写真は「シグネチャー」の雑誌の一部。真面目なユンディの真面目な表情。


| 情報・特急便 | 22:55 | - | -
もう秋の気配
 週末は久しぶりに高原の仕事部屋に出向き、ゆっくりと時間をかけて資料を調べたり、本を読んだり、新譜を聴いたりして過ごした。
 すでに朝晩の空気は秋の気配が濃厚で、ススキが生い茂り、虫が鳴いている。
 もう9月も中旬を過ぎ、締め切りを抱えている身としては気持ちばかりが焦るが、こうした静けさとゆったりした時間の流れのなかに浸っていると、少しだけ気分が落ち着く。
 この季節になると、ヒグラシの鳴き声が一番大きく響いてくる。「かなかな」と一生懸命大声で鳴いている。だが、姿は見えない。
 今回は、駅のそばに新しいお店がたくさんオープンしたので、おそば、イタリアン、カフェ、ラーメン、そしていつも行く和食屋さんと、あちこち食べ歩きをした。
 こういう時間だけは、しばし仕事を忘れてのんびりできる。
 でも、どのお店も連休ゆえか満員で、活況を呈していた。みんなおいしい物には目がないのね。
 そのなかで、「からいすけ」を使ったお料理がおいしかったので、早速小さな瓶詰めを購入。
「からいすけ」とは、かぐら南蛮味噌のことで、「これは辛いから気をつけて食べなさいよ」という意味だとか。
 ふつうの唐辛子よりもまろやかで、田んぼの畦に作り、米の刈り入れとともに収穫して塩漬けや味噌と混ぜて保存食とするそうだ。
 今回は焼きナスにこのからいすけがはさんであり、とても美味だった。一番おいしい食べかたは熱々の白いごはんに乗せるか、焼きおにぎりに塗る方法だということだが、いろんなレシピに使えそう。麺類やなべ物の薬味としてもよさそう。
 今日の写真はその「からいすけ」。マイルドと書いてある緑色のもあったけど、やっぱりピリ辛じゃないとね。というわけで、辛いほうをゲット。
 夏バテで心身がピリッとしないときには、これが効くかも。ハフハフいいながら食べると、脳に効いて仕事がはかどるんじゃないかな、と大いに期待をして(笑)。
もう1枚は、和食屋さんで出された「秋野菜のコンポート」。この真中の小さなナスに「からいすけ」がはさんであった。



 

 
 
 
| 日々つづれ織り | 15:05 | - | -
タチアナ・ニコライエワ
 ロシアの名ピアニスト、タチアナ・ニコライエワが神に召されてから、来年ではや20年目を迎える。1993年11月22日、サンフランシスコの病院で亡くなった。享年69。
 彼女は13日に同地で行われたリサイタル中に脳動脈破裂で倒れて急きょ入院、こん睡状態が続いていたという。
 ニコライエワは1924年生まれ。モスクワ音楽院でピアノと作曲を学び、1950年ライプツィヒで開かれたバッハ・コンクールで優勝し、以後バッハ弾きとしての名声を確立する。1965年にはモスクワ音楽院の教授に就任し、多くの憂愁な弟子を育てた。
 このバッハ・コンクールの審査員のひとりだった作曲家のショスタコーヴィチは、ニコライエワの演奏に触発され、かねてからの課題であった「24の前奏曲とフーガ」を作曲、公開初演はニコライエワが行っている。
 この作品はバッハの「平均律クラヴィーア曲集」をモデルとしていながら、全曲の配列はショパン「24の前奏曲」と同じ形をとっている。各曲はトッカータ、ソナタ形式、幻想曲などさまざまな要素が取り入れられ、ピアニストとしてもすぐれた腕を持っていたショスタコーヴィチの力量が遺憾なく発揮されたものとなっている。
 それゆえ難曲が多く、いまではあまりピアニストが演奏に取り上げなくなってしまったことが残念だ。(ただし、最近ロシアのアレクサドル・メルニコフが文字通り命を賭けて挑戦した全曲録音は、各地で絶賛されている)
 ニコライエワは1989年に来日したさい、リサイタルでこの全曲を演奏するという快挙を成し遂げた。現在では、彼女が1962年に録音したものが貴重な音源となって残されている。
 指揮者はよく「指揮台の上でタクトを振りながら死にたい」などというが、ニコライエワはステージの上で、このショスタコーヴィチの作品を演奏中に倒れたとか。
 もちろん偉大なピアニストが亡くなったことはことばにならないほど悲しいことだが、自分に捧げられた作品を弾いたのが生涯最後の演奏になるなんて、演奏家冥利に尽きるのではないだろうか。
 各地のコンクールに取材に行った折、審査員として参加していたニコライエワとたびたび顔を合わせることがあったけれど、いつも彼女は静かな笑みをたたえていた。まるでショスタコーヴィチのハ長調の前奏曲のような風情で。
 すばらしい録音を残してくれたことに感謝しながら合掌…。
 
| アーティスト・クローズアップ | 23:40 | - | -
モンマルトルのブドウ畑
 フランスのワインといえば、ボルドーやブルゴーニュが有名だが、モンマルトルの丘の上に小さなブドウ畑がある。ここはガメイ種とピノ・ノワール種が植えられていて、毎年10月には酒の神バッカスに捧げる収穫祭が行われている。
 夏に訪れたときはまだ青々とした葉が大きく茂り、ブドウの実はそんなに大きくは見えなかったが、このブドウ畑で採れるワインはほんの少しゆえ、「幻のワイン」と呼ばれている。
 場所は、有名なシャンソン酒場「ラパン・アジル」の真ん前。本当に小さな畑で、いったいどのくらいの収穫量があるのだろうかと思いをめぐらせてしまった。
 このあたりは、ユトリロ、サティ、ベルリオーズ、ピカソ、アポリネールらがたまり場としていたところ。その時代の面影がいまも色濃く残っている。
 実は、以前デンマークのバリトン歌手、ボー・スコウフスにインタビューしたとき、ワインの話題になり、彼がこんなことをいい出した。
「モンマルトルにブドウ畑があるの、知ってる? 僕の友人があそこのひと区画を所有していてね、毎年ワインができると1本だけ分けてくれるんだよ。本当に数えるほどしか生産できないから、この1本も貴重品。だから毎年すごく楽しみにしているんだよ」
 そのときにスコウフスは自分もそのひと区画を買いたいと申し出たそうだが、まったく空きはなく、あったとしても審査がきびしく、新たに入ることはできないのだそうだ。
「だからこそ、貴重なワインなんだよね。飲むときは、ほんの少しずつチビチビと味わいながら飲むんだよ」
 スコウフスは「ドン・ジョヴァンニ」のタイトルロールを当たり役としている大柄な人。その彼が「チビチビ飲む」と物まねをしながら話すから、つい大笑いしてしまった。
 なんでも、ここのワインは18区の区役所の酒倉で仕込まれるのだそうだ。そして翌年の春に競売にかけられるという。
 ワイン好きのフランス人は、いったいどのくらいの値段をつけるのだろうか。
 今日の写真はそのブドウ畑。ねっ、本当に小さいでしょう。
 でも、「幻のワイン」、ひとなめでいいから味わってみたいものだワ(笑)。


| 麗しき旅の記憶 | 21:58 | - | -
アガサ・クリスティ
 昔からアガサ・クリスティの大ファンである。彼女の文章の簡潔さ、小説の創造性、一気に読ませる術に心酔している。
 もう10年以上前になるが、イスタンブールを旅したとき、アガサが「オリエント急行殺人事件」を執筆したホテルを訪れた。
 オリエント急行の終着駅として、多くの賓客を迎えるために1892年に建設されたイスタンブール初の西洋風ホテル、ペラバレスである。
 彼女はこの411号室であの名作を生み出した。
 ペラバレスは、タキシム・イスティクラル通りの中央に位置し、オスマントルコ帝国時代にはこのあたりは外国人居住区だったという。実際に訪れてみると、古色蒼然とした建物だが、とても風情があり、歴史を感じさせた。
 コンシェルジュに「アガサ・クリスティの部屋が見られますか」と聞くと、一般公開はしていないという。でも、日本から来たこと、アガサのファンであること、私も少しばかり物を書いていることを話すと、若い男性に合図し、部屋を見せてくれることになった。
 当時、初めてのエレベーターだったという旧式のエレベーターに乗って案内された部屋は、アガサの時代そのままの姿で私を迎えてくれた。
 ほどよい広さの部屋で、シンプルで居心地がよさそう。特に大き目のデスクが印象的だった。ここで彼女は執筆したわけだ。
 なんと感動的なひとときだっただろう。
 あまり長居はできないため、ていねいにお礼をいって下に降りると、先ほどのコンシェルジュが「どうだった?」と笑顔で迎えてくれた。
 私は何か記念になるグッズのような物がないかと訊ねた。
 するとしばらく考え込んでいた彼は、オフィスに入ってデスクまわりをあれこれ探していたが、ようやく小さなキーホルダーを持って現れた。
「これ、アニバーサリーのときに作った物だけど、かなり前の物でね。もうひとつしか残っていないんだよ。よかったら持っていく?」
 私は声にならないほど感激し、思わず彼の手を握って「ありがとうございます。大切にします」と叫んでしまった。
 そして彼から、しばらくするとこのホテルは大々的な改装工事に入り、アガサの部屋もアガサ・ルームとなって博物館のように公開される予定だと聞いた。現在のレストランもアガサ・レストランとなり、往年のはなやかさを取り戻すことになるという。
 そのことば通り、ペラバレスは長い期間リニューアルのために休館となり、2010年9月に新装オープンとなった。
 私が訪れたときの古めかしいペラバレスはアガサ時代をいまに伝えているようで感慨深かったが、いまはきっと華麗な姿に変貌して世界中から訪れる観光客に夢を与えているに違いない。
 ここはグレタ・ガルボやピエール・ロティ、アーネスト・ヘミングウェイも宿泊したそうだ。
 今日の写真はその貴重な記念品であるキーホルダー。表にはペラバレスの文字が、そして裏にはアガサ・クリスティの名が刻まれている。
 これをながめるたびに、「ああ、もっといい文章が書けたらなあ」と願いを込めてしまう。大切な私のお守りである。
 実は、20代のころに女ふたりでパリのリヨン駅からヴェネツィアまでオリエント急行に乗る旅をしたことがある。テレビでよく紹介されている華麗な列車ではなくかなり素朴な車体だったが、それでも胸がドキドキしたものだ。
 このときは大失敗をし、イタリア国境近くで口のうまい車掌にまんまとだまされ、両替が必要だからとお金をいくらかとられてしまった。いまとなってはなつかしい想い出だか…。
 その続き。
 お金を持って行ったまま、ちっともその人が戻ってこないので不思議に思って探しに行くと、なんと交替になった彼は線路の向こう側で「サンキュー」といってニコニコしながら手を振っていた。私たちは初めて「してやられた」と気付いたのである。おバカな話はこれでおしまい。



| 麗しき旅の記憶 | 21:50 | - | -
アンドレイ・ガヴリーロフ
 最近は来日公演もなく、新譜のリリースもないため、なかなか演奏を聴くことができなくなってしまったロシア出身のピアニスト、アンドレイ・ガヴリーロフ。1974年のチャイコフスキー国際コンクールの覇者である彼は、以前はひんぱんに来日し、楽器を存分に鳴らすスケールの大きな演奏を聴かせてくれたものだ。
 そんなガヴリーロフを含む数人で食事をしたことがある。そのときの彼は場を楽しくしようと、懸命にいろんな話をしてくれ、ユーモアたっぷりの小話がいろんな話の端々にはさみ込まれていた。
 当時ドイツに住んでいた彼は、日本のホールの響きはどこもすばらしいとほめたたえ、それに引き換えドイツはねえ、と一瞬沈黙し、次に得意の小話が飛び出した。
「ドイツのある都市にかなり音響のよくないコンサートホールがあるんだけど、どんなにひどいかというと、それを示すいい例としてこんなエピソードがあるんだ。生前バーンスタインがここで指揮をしたときに、演奏が終わったあと彼はムッとした表情をして、いつもはおるガウンを肩にかけたまますわっていたんだって。そこへこのホールの支配人がニコニコしながらやってきて“マエストロ、わがホールの響きはいかがでしたかな”と問いかけた。するとバーンスタインはひとこと“テリブル!”と叫んだ。支配人はびっくりして“では、マエストロ、どこをどう直したらよくなるのでしょうか”とおそるおそる聞いた。バーンスタインは何ていったと思う? 彼は顔色ひとつ変えず“焼いてしまえ”って叫んだんだってさ」
 ここで一同大爆笑となった。
 食事のときにみんなが興味を持つ話題を提供することは本当に難しい。ある一部の人にだけ理解できる話題に偏ってもいけないし、かといってあまり音楽的につっこんだ話では堅苦しくなってしまう。
 まあ、この話は真偽のほどは確かではないが、ガヴリーロフのようにこうした話題をたくさん持っていると、場がしらけず時間がスムーズに流れる。
 最近、和食の食材に興味を持つ海外の音楽家が多い。それにまつわる気の利いた話でもできればいいのだが、急には思いつかない。食事は黙ってするという図式が変わってくると、日本人は大変だ。
 この前「アーティスト・レシピ」の話をしたら、そのなかに入っていないアーティストから「ぼくのレシピは何?」と聞かれて答えに窮したことがある。やっぱり外国人と食事をするのは難しいものだなあ(笑)。 
| アーティスト・クローズアップ | 21:53 | - | -
ラドゥ・ルプー
 今月発売の「音楽の友」に、「いまイチオシのピアニスト」を何人かの評論家やジャーナリストが書くというページが登場する。
 私は、ラドゥ・ルプーを選んだ。長年、彼の演奏を聴いていないため、切望しているからだ。ヨーロッパのコンサートの絶賛された批評を読むたびに、静かな歓喜とでもいおうか、人々の深い感動が伝わってくる。
 現在は録音も放送収録もいっさいやめ、コンサートだけにしぼっているというから、ホールに足を運ぶ以外、演奏に接する機会はない。
 2010年には9年ぶりの日本ツアーが予定されていたが、初日公演直後に急病で帰国してしまい、非常に残念な思いをした。
 そのルプーが11月に来日し、8日と13日に東京オペラシティコンサートホールでシューベルトをメインにしたリサイタルを開く。いまから胸がドキドキするような思いだ。
 ルプーの演奏では、1994年に来日したときのことがいまだ忘れられない。すばらしく心に響く演奏だったからである。
 聴衆をまったく意識しないでピアノを弾くということははたして可能なのだろうか。やたらに客席ばかり意識して演奏する人には首をひねるが、ルプーのように楽器に向かうと何も目に入らないという人も、およそ人間ワザとは思えず不思議な感覚を抱く。
 演奏家はよく、演奏が始まると別世界に入ってしまうから他のことは見えないというけど、ルプーほどの没頭型も珍しい。
 ラドゥ・ルプーは1945年ルーマニア生まれ。「千人にひとりのリリシスト」と呼ばれ、情緒豊かで繊細なその演奏は、シューベルトやブラームスなどで真価を発揮してきた。彼は音楽以外では決して自己主張をしない。インタビューはもってのほか、音楽観を語ることには意義を見出さない。だから、常に素顔は謎に包まれている。
 相当の気難し屋のようだが、演奏はこのうえないロマンにあふれている。7度目の来日にあたる1994年の11月の日本公演では、ドイツ音楽のほかバルトークをじっくりと聴かせた。これがとてもロマンティックで、土の匂いのする民族的なバルトークではなく、リリックで香り豊かな舞曲に仕上がっていた。
 これほど美しい響きを生み出すルプーはいったいどんな性格の持ち主なのだろうか。インタビューできないとなると、なお興味がそそられる。
 彼はアンコールでもシューベルトやベートーヴェンの小品をかろやかに弾き、曲のなかで音楽に対する気持ちを明確に表現していた。9年ぶりに録音したシューベルトのピアノ・ソナタでも作曲家の歌心をあくまでも清らかに再現していたが、演奏を聴く限りこんなロマンティストはいないのではないかと思ってしまう。
 彼の場合は録音よりもナマのほうが数段響きが強い。決して打鍵は強くないのだが、響きが遠くまで静かに浸透する。それは絶妙のペダリングに秘密がありそうだ。このへんのこと、本当は質問して聞きたいんだけどな。
 取材は無理だから、演奏だけでがまんしなければならない。きっと11月の来日公演も、また私の心をとりこにしてくれるに違いない。
 今日の写真はその演奏会のチラシ。以前は、修行僧か哲学者のような風貌だと思ったが、今回もそれに拍車がかかっているのではないだろうか。

| クラシックを愛す | 22:57 | - | -
キッチングッズ
 来年1月締め切りの「アーティスト・レシピ」の単行本のために、時間の空いた折々にお料理をし、写真を撮りだめしている。
 写真には登場しないが、気分を盛り上げるためにはキッチングッズや調理道具が必要とばかり、自分にいいわけをしつつ、少しずつ楽しいものを手に入れている。
 今回は、ボールや水切り、計量スプーンなどが一体となった、カラフルな逸品をゲット。これは全部がひとつにまとまるデザインゆえ、収納場所をとらない。とても考えられた、アイディア小品だ。
 小さなザルやボールは毎日必ず使うし、計量カップもさまざまな用途があって実に便利。色がいろいろあるから、使うたびにワクワクする。
 これで本のレシピ用のお料理がはかどるといいんだけど、まあ、ボチボチかな(笑)。
 一番の問題は、お料理の材料の季節が限られている場合。これだけは夏の間に作っておかなくちゃ、というものが優先。
 全部で50人のアーティスト・レシピ。まだまだゴールはかなり遠い。でも、今年中にはすべて終わらせたい。その後、文章を書く作業に集中したいからだ。
 今日の写真はカラフルなセット。本当にピタッとひとつに収まるんですよ、スグレモノでしょう。


| 美味なるダイアリー | 16:18 | - | -
夏野菜と豚肉のみそいため
 まだまだ暑い9月、ここはしっかり食べて夏の疲れを残さないようにしたいもの。
 今日は新聞に紹介されていたレシピを参考に、夏野菜をたっぷり使い、豚肉と合わせ、ごはんにもビールにもピッタリのいためものを作った。
 まず、いまの時期にはやっぱりナスを使いたい。これを5〜6本用意し、ざくざくと乱切りにする。合わせるのはシシトウ10本ほど。ピーマンでもOK。今日は、長めのシシトウが手に入ったので、これを7本使った。
 私はシシトウはヘタをとって半分に切り、種を出してしまう。こうすれば、飛びあがるほど辛いものに遭遇することもなく、口あたりもいいからだ。
 ここからは実に簡単。全部、大さじ2が目安。
 中華鍋にゴマ油大さじ2を熱し、豚肉200グラム(もも肉でもバラ肉でもお好みで)をひと口大に切ったものをいため、軽く塩、コショー少々を振る。
 ここにナスを加えて十分に油がまわるまでゆっくりいため、シシトウを加えてさっといためる。
 味付けは砂糖、しょうゆ、みそをすべて大さじ2。これらを加えて焦げないようにいためれば出来上がり。
 お皿に盛りつけたら、白ゴマの煎ったものかすりごまをバラリとトッピング。
 今日の写真は出来上がったばかりのみそいため。材料をズッキーニにしたり、色とりどりのパプリカにしたり、シイタケを入れるなど、いろんな変化が楽しめる。
 ビールが進みますよー。でも、炊きたてのアツアツごはんが一番合うかな。冷えても大丈夫だからお弁当にもいいかも。ぜひ、お試しあれー。夏パテがどこかに飛んでいきますよ(笑)。

| 美味なるダイアリー | 16:40 | - | -
ウラディーミル・ソフロニツキー
 先日あるピアニストと話していて、ロシアの偉大なるピアニスト、ウラディーミル・ソフロニツキーの話題になった。
 私は以前からソフロニツキーの演奏に魅せられていて、多くの録音を聴いている。昔はまったく音源が手に入らず、いわゆる「幻のピアニスト」のひとりだったが、1997年に遺族の承認と協力を得たエディション(コロムビア)がリリースされ、その全貌が明らかになった。
 ソフロニツキーはウラディーミル・ホロヴィッツとほぼ同時代に生きたピアニスト(1901〜1961)で、長い間西側の世界ではほとんど知られていなかった。しかし、彼の名前はロシアやポーランドなどでは特別な存在として知られる。
 深い抒情性をたたえ、神秘的で崇高なるピアノを奏でた稀有なピアニストとして、人々の記憶に深く刻み込まれている。
 だが、これまで正規の録音がほとんど紹介されなかったため、私たちはその名声だけで実際の音楽を耳にすることはできなかった。
 ようやく日の目を見た録音では、ソフロニツキーは形式的な解釈をあざ笑い、ひたすら自己の音楽を追求し、演奏前には緊張のあまり口もきけなくなり、終演後は悔恨にくれるという人物だったらしいが、そのすべてがこれらの録音に現れている。
 たとえばシューベルトの「即興曲作品90−3」。美しい旋律に彩られたこの曲は、よくアンコールとして弾かれる。しかし、ソフロニツキーの演奏はそうしたアンコール・ピース的な弾きかたとはまったく異なり、深い憂愁に満ち、悲嘆にくれた表情を持つ。それは晩年健康を害して心に大きな苦悩を抱えていたシューベルトの秘められた気持ちを代弁するような演奏で、聴き手の心にグサリと切り込んでくる。
 こんなにも作曲家の魂に寄り添った即興曲がいままであっただろうか。
 シューマンの「幻想曲」もショパンのマズルカもスクリャービンの前奏曲も、みな特有の打鍵の深さを伴って重々しく迫ってくる。
 テンポもゆっくりとり、神に祈りを捧げるように一音一音敬虔な響きをもって弾き込んでいく。
 ロシアのピアニストに聞くと、だれもがため息をもらしながら「すばらしい!」と称賛するソフロニツキー。私もいつもCDを聴くたびにため息をもらすどころか、頭を垂れてひたすら聴き入ってしまう。
今日の写真はそのジャケット写真。高貴な表情をしているが、演奏も「リラの馨しさ」と称された。



| アーティスト・クローズアップ | 22:07 | - | -
背中を押されて
 いま抱えている単行本のすぐあとに、ピアニストのCDブックのシリーズが入ってきたと先日書いたばかりだが、この編集のかたから、第1回と第2回の原稿締め切りの具体的なスケジュールが送られてきた。
 それが、なんと10月末と11月下旬。第2回はお正月をはさむため、印刷の関係上、締め切りが前倒しになっているからだ。
 これを聞いて私こそ、前倒しの姿勢になりそう。おっとっと、どうしよう。
 ということは、いまの本を急ピッチで仕上げなくてはならないということだ。
いいかえれば、これが「背中を押される」という意味なのだろう。
 書けなくて悶々としていたが、一気に「背中を押される」どころか、「お尻に火がついた」(失礼)感じ。
 とにもかくにも、やるっきゃない。
 よく、テニスのフェデラーがセット終盤に入って、「一気にギアを上げる」と評されているが、まさにこれですね。
 とはいえ、これまで悩んでいたのに、そう簡単にスイスイと筆が進むはずもない。どこかでバシッと切り替えなくてはいけないのかも。
 ああ、救世主はいないかなあ。ちょうどメシアンについて書いているため、神に祈るような気分になってきた。
 さて、ああだこうだと考えていても始まらない。また、メシアンと対峙するかな。
 
| ロジャー・フェデラー | 22:16 | - | -
バッサリと10センチ以上切って
 今日は、1年半伸ばした髪をバッサリと10センチ以上も切り、すっきりとしたショートヘアになった。
 いつも通っている美容院のかたたちには「これで気持ちを新たに原稿に取り組めますね」とか、「早く仕事を終わらせて、パーっと飲みにいきましょう」とか、「いつごろメドがつくんですか」とか、いろんなことをいわれたが、そのつど明快な答えをすることができず、ムニャムニャ…。
 もちろん、私だっていつごろまでに手が離れるとはっきりいいたいですよ。でも、遅々として進まないため、お茶を濁すことになる。
 ああ、なんとなさけないことか。
 本当はパリから戻ってすぐにさらさらと書けると思ったのに、連載やレギュラーの原稿に追いまくられているうちに、どんどん単行本から遠ざかってしまった。
 いかんいかん、何をやっているんだと自分を律し、駆り立てているのだが、なんとも歩みはのろい。カメさんになってしまったようだ。
 こういうときは、どうしたらいいのだろう。書くに書けない、暗闇にもぐり込んでしまったときは、そこから明るいところに這い出る努力をしなければならない。
 そういえば、パリに行く前も、雑誌の原稿がたまって悶々としていたっけ。いつもこの繰り返しだ。
 まあ、なんとかもがいているうちに出口が見えてくるだろう。と、のんきなこともいっていられないか(笑)。
 もう9月だもんね。最初の単行本の締め切りは10月だ。いやあ、焦りますなあ。
髪がすっきりしたんだから、気分もすっきりさせねば、と自分を叱咤激励。
しばらくはこの繰り返しになりそう。ヒェー……。
| 日々つづれ織り | 22:23 | - | -
チェリストの原稿
 ようやく、次号の雑誌と新聞の連載&レギュラーの原稿をすべて入稿した。
 今日仕上げたのは、今月発売の「モーストリー・クラシック」のチェリストの特集の原稿。私の担当は、「いま活躍している海外のチェリスト」。6人を選んで、お勧めのCDもチョイスした。
 さて、これからしばらく単行本の原稿に集中できる。いや、できるはずだが、休日返上で仕事をしていると、やっぱり何か発散したくなってくるんだよね。
 今日はいま何が一番リラックスできることかと思案した挙句、結局いろんな食材を買いに出かけ、キッチンに立ってしまった。
 ミートソースをじっくりと煮込み、夏のおいしい肉厚のナスをオリーブオイルで炒め、北海道のモッツァレラチーズを合わせて「ナスとモッツァレラのボロネーゼ」を作った。
 パスタはもちろんイタリアのペンネ。合わせるワインもイタリアの赤。うーん、おなかはいっぱいになったけど、まだ発散しきれない(笑)。
 そうだ、明日は髪を切りに行こう。1年間ほど伸ばして「イメチェン?」「エレガントになったね」などといわれてきたけど、パリに行ってから急にまたショートにしたくなった。
 髪を切ると、きっとすっきりするかも。発散だ、発散。
 いつものなじみの美容師さんには「えーっ、ようやくここまで伸ばしたのに切るなんて」と驚かれるだろうけど、発散だ、発散(笑)。
 それで心機一転、原稿に新たな気持ちで取り組むことにしよう。と、いまは思っているけど、果たしてその通りになるだろうか…。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:34 | - | -
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