Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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月末の締め切り
 今日で11月も終わりだ。今年もあと1カ月しかない。
 こういうときに、私はいつもミッシャ・マイスキーのことばを思い出す。
「私はあと1カ月しかないと考えず、まだ1カ月あると考える。そのほうが前向きに物事をとらえることができるから」
 そうね、ミッシャの考えかたのほうが本当にポジティブでいいと思う。
 今日は音楽誌の月末の締め切り原稿を何本か仕上げ、その合間にたくさんの新譜を聴き、資料を山ほど読んだ。
 すると、あっというまに夜になってしまう。なんと時間の経つのは早いものか。ああ、もう月末かー。ホント、早いよなあ。いかんいかん、前向きだ、前向きに考えなくちゃ(笑)。
 とはいえ、あと1カ月でれいのアーティストレシピの本のレシピを全部仕上げて写真を撮ってしまわないと、まにあわない。
 さて、リストを見直して、お料理を作る順番を考えるかな。材料の問題もあるし、時間も考慮せねばならないし、さらに作りかたももう一度吟味しなくちゃ。
 師走とはよくいったものだ。さて、明日からは私も走らなくては…。

 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:06 | - | -
単行本のリリース
 今日は、PR会社のかたから単行本のリリースが送られてきた。私のことを非常によく知っているこの会社の社長さんが書いてくださったもので、彼女はこれを新聞社、雑誌社をはじめとする各メディアに渡し、プロモーション活動を展開してくれることになっている。
 これを見て、私はとてもうれしいとともに、なんだか恥ずかしくなった。自分のことをこんなにもリアルに書いてくれる人がいるとは…。
 でも、この本に込めた気持ちが率直に書かれていたため、エネルギーが湧いてきたのも事実。ここでその文を紹介しちゃいます。

伊熊よし子のおいしい音楽案内
パリに魅せられ、グラナダに酔う

“パリに魅せられ、グラナダに酔う” このサブタイトルにズバリ今作のテーマが込められています。著者は誰よりもわかりやすく、知的で魅力ある音楽記事を書いている伊熊よし子さんです。
 この本では音楽をその“土地”からアプローチし、土の匂い、空気の匂い、そこで育まれた音楽家と作品を全方位に紹介する紀行文となっています。
 今作からは絵画、建築、食、旅と音楽を取り巻く全てが生きる喜びと知的刺激に包まれていることを感じます。それは、こんなに素晴らしいクラシック音楽の魅力を一人でも多くの人と分かち合いたい、という伊熊さんの想いが込められているからです。
 ピアノ音楽を仕事の中心に据えて、音楽ライターを始めた伊熊よし子さんも、この本に登場する「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の音楽アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタンもピアノがとりわけ好きで、ピアノについて語り始めると話が尽きません。
 この本では、2013年のLFJで予定されているフランス・スペインの作曲家と演奏家について今一番新しい話題を紹介しています。

 これに続いて、目次と私のプロフィールが掲載されている。
 今後は、私もいろんな形でプロモーション活動に加わることになる。いつもはアーティストの新録音やコンサートのプロモーションに対して、取材をしたりインタビューをしたりする立場なのだが、今回はちょっと勝手が違う。
 この本のお話をいただいたのは、5月末から6月にかけてのことだった。実際にどんな形で書けばいいのかなかなか決まらず、夏の間中、悩みに悩んだ。ちょうどオリンピックが開催されていたころのことだ。
 そしてオリンピックが終わって、ようやく飛行機が取れるようになった8月中旬にパリに調べ物に出かけた。
 戻ってから、またもや悶々と悩み、ようやく秋風が吹くころになって一気に書き出した。といっても、残暑がきつかった。
 いま思い返してみると、よく10月末の締め切りにまにあったものだと思う。最後はあまりにも集中しすぎて、腰痛がぶり返した。
 とまあ、いろいろあったけど、なんとかここまでこぎつけた。あとは見本誌を待つばかり。出版社のかたもPR会社のかたも、みんなとても仕事熱心でいい人ばかり。彼らのためにも、これから私ができることは何でもするつもり。
 ひとつの本ができあがるまでには、本当に担当者全員が一丸となって仕事に取り組む。まさにひとつの「チーム」である。今回もつくづくそれを感じた。
 今日の写真はそのリリース。先日も書いたけど、やっぱり、自分の名前がタイトルについていると、ものすごく恥ずかしいよねえ(苦笑)。


 
| 日々つづれ織り | 21:55 | - | -
インゴルフ・ヴンダー
 今日は、来年2月に来日するラファウ・ブレハッチの来日記念盤(ビクター)として、ショパン・コンクール優勝時のライヴを再発売(既存の2枚をまとめてひとつのボックスにする)のライナーノーツの原稿を仕上げ、午後はインゴルフ・ヴンダーのインタビューでユニバーサルに出かけた。
 ヴンダーは、「300」と題した新譜をリリースしたばかり。これはピアノ音楽の300年を俯瞰し、彼がこれまで愛奏してきた作品を17曲収録したもの。加えて、この300という数字は、彼が今年ピアニストとして300回目の演奏会を開くことになっているため、この数字をつけたそうだ。
 だが、実際に会って「300回目のコンサートはどの土地で行われるものなの?」と聞いたところ、「実は、子ども時代のコンサートの数が正確に把握できていなくて、大体のところ今年のどこかのコンサートが300回目にあたるという感じなんだ」と苦笑い。
 ヴンダーはこのCDのなかでポーランドのピアニストで作曲家でもあるラウル・コチャルスキ(1884〜1948)の「幻想的ワルツ」という美しい曲を取り上げているが、これはとても珍しい曲で、これまで耳にしたことがなかった。
「そうでしょう。ぼくもたまたま耳にして魅了され、すぐに楽譜を探したんだ。これまで知らなかった作品だけど、とても心に残る美しさをもっているよね」
 ヴンダーは、この録音のなかでスカルラッティやモーツァルトからジョン・ウィリアムズまで披露している。
 今後はベートーヴェンに目を向けているそうで、集中してピアノ・ソナタと協奏曲に取り組んでいきたいと語る。
 ここでひとつ最新のニュース。2013年5月に大野和士指揮ウィーン交響楽団が来日ツアーを行うが、そのソリストのひとりにヴンダーが選ばれた。
 5月15日にはサントリーホールでベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏する予定になっている。
「来日公演の前、3月にウィーンでマエストロ大野とウィーン交響楽団と一度共演してから日本にくることになっているんです。すばらしい指揮者と、ウィーンを代表するオーケストラとの共演でベートーヴェンを演奏できるなんて、ことばにできないくらい幸せ。しかも、ぼくもウィーン人だからね(笑)」
 彼はベートーヴェンの第4番のコンチェルトは出だしがとても難しいが、自分のソロで始まることにより、最後までテンポ、主題の歌わせかたなど、あらゆる面でリードしていくことができるため、とても充実感がもてる作品だという。
 この作品に関して、彼は楽章ごとにどう弾きたいかということをこまかく解説してくれた。 
 今日感じたことだが、ヴンダーはショパン・コンクール入賞後よりも非常に落ち着き、自分の道をしっかり歩んでいる感じを受けた。当初は自分の置かれている位置を理解するのにとまどっていた様子だったが、いまではすっかりツアーにも慣れ、時間の配分にもかなり余裕を持ち、自分らしさを取り戻した感じ。おだやかな笑顔がそれを示していた。
 今日の写真はインタビュー後のワンショット。それにしても、あいかわらず「目がナイーブ」だなあ(笑)。
 今日のインタビューは12月下旬の「日経新聞」に書くことにしている。


 
| アーティスト・クローズアップ | 22:05 | - | -
校正をすべて終了
 ようやく、すべての校正が終了した。初校、再校、三校と見るうちに、もうなんだかわからなくなってくるから困る。
 集中しなくちゃ、とひたすら自分にいいきかせ、何度も同じところを読んでいく。ああ、もっとこうすればよかった、ああすればよかったと思うところが出てくるが、いまさら大幅に変えることはできない。
 どこで自分を納得させることがてきるか。いや、完全に納得することはできないんだろうな。
 読めば読むほど、もっとこうしたい、ああしたいと欲求は尽きなくなる。
 でも、もうこの時点ですべてを担当者に任せたわけだから、腹をくくるしかない。
 というわけで、気分転換をしようと思い、昨日いただいた京野菜で「九条葱のグラタン」を作った。
 九条葱と冷蔵庫のなかにある野菜も入れ、実だくさんに。
 まず、九条葱3本とエノキダケひと束、ズッキーニ(小)1本は適宜な大きさに切ってバター大さじ2で炒める。
 ユリ根5枚はさっとゆでておく。
 グラタン鍋に炒めた野菜を敷き、グラタン用の溶けるチーズひとつかみをパラパラかぶせ、マヨネーズ大さじ2にしょうゆ少々を混ぜたものを乗せ、最後にパン粉をバラリ。
 220度のオーブンで約10分、パン粉がキツネ色になり、チーズが全体に溶ければ出来上がり。
 すごくおいしくできたのに、写真を撮ったらパン粉の白さが目立つ。もっとこげめがついたほうがおいしそうに見えたなあ。
 これは反省事項だ。もうちょっとオープンの温度を上げたほうがよかったのかも。次はそうしてみよう。こうして上達していくわけだ。
 まだまだ京野菜はたくさんある。また、レシピの研究をしようっと。
 さて、単行本のタイトルが最終的に決まった。
「伊熊よし子のおいしい音楽案内―パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書)。私は最後まで自分の名前をタイトルにするのはちょっと、といったのだが、出版社とPR会社の熱意に負けてしまった(笑)。
 中身は「天才はスペインから生まれる」「芸術家はフランスで磨かれる」の2章立て。いろんな作曲家や演奏家が登場、取材やインタビューしたことも盛り込んだ。
 さて、もうまな板の鯉だ。見本誌が届くのが楽しみでもあり、怖くもあり。
 ええい、ここまできて悩んでいても始まらない。京野菜のグラタン食べて、ワインでも飲んでしまおう(笑)。

| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 21:49 | - | -
京野菜
 知り合いのTさんが京都に旅をし、京野菜をお土産にくださった。
 九条葱、安納芋、静むらさき、葉人参、葉大根、京かんざし(金時にんじん)、ユリ根など、まるで絵のような美しい野菜ばかり。
 昨日は校正で疲労困憊し、その疲れが今日もまだ完全に抜けきれなかったが、この雅で上品で楚々とした野菜を見たら、一気に疲れが吹き飛んだ。
 さて、このすばらしい素材をどうお料理すべきか。思案のしどころだ。Tさんは八百屋さんでいただいたレシピもくださったので、それとにらめっこ。
 うーん、私がまったく試したことのないような新たなレシピがたくさんあるゾ。これは楽しみだ。
 私は京都が大好きだが、それは両親のおかげ。小学生のころから両親の仕事の関係で、夏休みは必ず京都に連れていってもらった。「一見さんお断り」のような敷居の高い料亭や老舗のお店にも連れていってもらったため、舌だけは肥えた。
 大人になったいまでは、本当はそういうお店にいって自らの舌を磨くべきなのだろうが、どうも勇気が出ない。父のうしろからそっと入っていったときを思い出すばかり。なさけないですなあ(笑)。
 そういえば、しばらく京都にいっていない。この京野菜を前にして、旅心がむくむく。ああ、京都が呼んでいるー!!
 今日の写真はいただいた野菜たち。こうしてながめていると、なんだかセザンヌの絵のようだと感じた。なんと色彩感豊かなんだろう。
 さあて、何から作ろうかな。Tさん、ありがとう、元気が出ました。京都の香りがただよってくるようです。


 
| 美味なるダイアリー | 22:12 | - | -
単行本の校正
 この連休は、単行本の校正に明け暮れた。
 そして、ついに今夜の宅急便で出版社に向けて発送。あとは責了ということで、担当者にすべて委ねる形となった。
 いよいよ12月7日には見本誌があがってきて、14日に出版、書店に並ぶことになった。
 夏からずっと息が抜けない状態だったためか、校正を戻した時点で一気に気が抜け、いまはなんだか虚脱状態だ。
 最後の最後までタイトルでもめ、いろんなことがあったけど、ようやく私の手は離れた。
 さて、久しぶりにのんびりしようかなと思ったのだが、何も手につかない。こういうときは、何もしないほうがいいのかも。今日のブログも短いけど、これでおしまいです。何も浮かんでこないので…。ボーッとふぬけた状態になっている私(笑)。
 

 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:09 | - | -
ピエール=ロラン・エマール
 今日は、トッパンホールにピエール=ロラン・エマールの《ル・プロジェ エマール》のプログラム兇鯆阿に行った。
 昨年11月に開催されたプロジェクトに続く第2弾で、今年はドビュッシーの前奏曲集が2日に分けて演奏され、21日はドビュッシーの前奏曲集第1巻にクルターク、シューマンが加わり、今日は同第2巻とアイヴスの「ピアノ・ソナタ第2番《マサチューセッツ州コンコード1840―60年》が演奏された。
 エマールのドビュッシーは、輪郭の非常に明確な奏法で、響きが幾重にも変容していく美しさが特徴。今日はペダルを踏む足がよく見えたため、絶妙のペダリングに目が奪われた。
 エマールはこの前奏曲集を得意としている。各々の曲が命を与えられたように生き生きと語り、歌い、情感豊かな響きを紡いでいく。全編に創意と知性が息づいているが、けっして作曲者の意図からは離れず、楽譜に忠実に内奥に迫る姿勢を崩さない。
 それは後半のアイヴスでも同様の解釈を見せ、4つの作品からなる連作をそれぞれの個性を重んじ、リズム表現に工夫を凝らし、楽器を豊かに鳴らして大きなコラージュのような味わいに仕上げた。
 この公演評は、次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定である。
 実は、今夜は珍しい出会いがあった。20年以上前にヨーロッパの旅でご一緒した人に会場で会ったからだ。彼女は「伊熊さん、私を覚えていらっしゃるでしょうか」と話しかけてくれた。
 ずいぶん前のことなのに、自分でも驚いたが、私は彼女の顔を覚えていた。人間の記憶とは不思議なものだ。Oさんは、「ブログを読んでいます」といってくれた。
 こういう出会いは、本当に貴重だ。一気に何年間の空白が埋まる感じがする。
 エマールが引き合わせてくれたこの久々の出会い、名刺交換をして別れた。彼女は私がマツーエフのことをブログに書いたのをきっかけに、先日の彼のコンサートを聴きにいったとか。
 まさにこれこそが私の願いだ。ひとりでも多くの人に音楽を聴いてほしいと思っていろんな記事を書いているから。
 今夜は、コンサートの帰り道、ほんわか心が温かくなった気がした。
 
 
| クラシックを愛す | 22:49 | - | -
ユジャ・ワン
 先日、ユジャ・ワンのインタビューを行った。
 彼女には以前にも話を聴いたことがあるが、語り口は演奏同様とても前向きで、パワフル。ただし、話した後に「フフフ」と笑うのが特徴的で、これが緊迫感あふれる刺激的な演奏とはひと味異なるところだ。
 ユジャは先ごろ「ファンタジア」(ユニバーサル)と題したアルバムをリリースした。これは大好きな作品ばかりを集めた、いわゆるアンコール・ピース集。だが、各々の曲がすさまじいまでの磨き抜かれたテクニックと深い表現力に貫かれ、小品集とはとてもいえない充実した内容となっている。
 彼女はホロヴィッツを敬愛し、その話になると一気に雄弁になる。このアルバムにはビゼー/ホロヴィッツ編による「《カルメン》の主題による変奏曲」が収録されているが、まさに超絶技巧をものともせずに自由闊達に突き進んでいくユジャがいる。
 そして13歳で単身アメリカに渡ったユジャは、才能はもちろんだが、努力の人である。以前、その苦労話を聞いたときは、「すごい」と思ったが、今回もひたすら前進あるのみの姿勢を崩さないひたむきな姿勢に触れ、さらに進化した演奏はこの努力の賜物だと感じた。
 長いアジア・ツアーの最後の時期だったため、彼女は風邪をひき、咳が止まらないといっていた。それでも一生懸命インタビューに答えてくれ、「フフフ」も何度か飛び出した。
 このインタビュー記事は、来年初頭の「CDジャーナル」に掲載される予定になっている。
 彼女はいつも「ショパンに恋に落ちた」と語っているが、今回は「クライバーのブラームスの演奏に恋に落ちた」と語っていた。実は、ブラームスが大好きだそうで、ヴァイオリニストのレオニダス・カヴァコスとソナタの録音を予定しているそうだ。うーん、またひとつ楽しみが増えたなあ。
 今日の写真はインタビュー後のユジャ・ワン。実は、スカートは超ミニで、模様のタイツを履いていた。でも、風邪ひいているんだから、もっと温かい格好のほうがいいのに、なあんて、余計なお世話か(笑)。



 
| アーティスト・クローズアップ | 22:02 | - | -
音楽大学での講義
 今日は洗足学園音楽大学に「音楽ジャーナリズム論」の講義に出かけた。
 いまは、スペインとフランスの本の校正に追われているため、これを機に両国の音楽についていろいろ話した。
 いつもこの講義ではCDやDVDをたくさん携え、時間が許す限り音楽を紹介ながら話をすることにしている。
 ただし、授業は90分間立ちっぱなし。集中して講義をするため、終わるとへとへとになる。
 いまはとにかく単行本の校正、来日ラッシュゆえのインタビューとコンサート、アーティストレシピの本の準備と、息をつくひまがない。
 というわけで、帰宅したらどっと疲れが出て、生あくび連発。あかんなあ、相当きているよ、これは。
 もっと時間に余裕がもてないものだろうか。
 今日は、もう夜の仕事はやめにして、少し心身を休ませることにした。
 というところへ、「末っ子トリオの会」の忘年会のお誘いがきた。ああ、こういうのは、本当に疲れが抜ける。でも、みんな忙しそうで、どんどんスケジュールが詰まってきて、ついに年末ギリギリになりそう。
 それでも、今年中に3人で会って発散するに限るということで、どうやら本当の忘年会になりそうだ。
 それまでに、大仕事を終わらせなくちゃ。


 
 
 
| 日々つづれ織り | 21:37 | - | -
ネマニャ・ラドゥロヴィチ
 先日、セルビア出身で現在はパリに住むヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチのリサイタルを聴きに浜離宮朝日ホールに行った。
 この日は、J.S.バッハとイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタが4曲というプログラム。彼はいつも皮のパンツにカーリーのロングヘアでステージに現れるが、このときもロック歌手のようないでたちでのびやかな音色を響かせた。
 特に「シャコンヌ」が自由さと雄弁さと果敢な精神を感じさせ、彼らしい闊達な音楽が全編に息づいていた。
 実は、ネマニャには5年ほど前からずっとインタビューを続けている。いつも次なる目標に向かってまっしぐらに進んでいく前進あるのみのエネルギーを感じるが、今回もリハーサルの前にインタビューを行い、いつもながらのおおらかで感じのいいトークに気持ちが高揚する思いがした。
 ここで速報をひとつ。
 ネマニャは、2013年10月19日(土)に第一生命ホールで無伴奏ヴァイオリン・リサイタルを開くことが決まった(14時開演)。今回は、それに先駆けたインタビューで、無伴奏作品についていろいろ質問した。
 彼はすでにバッハ、イザイ、パガニーニをはじめとするさまざまな作曲家の無伴奏ヴァイオリン作品を録音しているが、やはりバッハとイザイがもっとも演奏したい作品だという。
 まだプログラムは未定だが、おそらくこの両者の作品がメインとなるに違いない。
 ネマニャのモットーは「自由な演奏」。今回のリサイタルもドラマティックで推進力に富み、聴き手の心に深く切り込んでくる演奏だったが、その奥に繊細で緻密な表現が潜んでいた。
 一見すると、通りでスケボーをクルクル操っている若者のように見えるネマニャ。でも、演奏は本物だ。今回もインタビューに現れた彼ははじけた格好をしていた。素顔と本番とのギャップも興味深い。
 今日の写真はふだん着のネマニャ。首に巻いているスカーフにはどくろの模様がついていて、「えーっ、写真撮るの。いま、急いで来たからひどい顔しているんだけど…」といいながら、スカーフをすっぽりかぶり、どくろの部分を見せていた。
 いえいえ、素顔もすごくステキよ、といってすかさずパチリ。彼のブーツと靴下と腕輪もぜーんぶ見てね(笑)。

| 親しき友との語らい | 22:06 | - | -
ギドン・クレーメル
 今日は、「日経新聞」の連載原稿を仕上げた。
 今月のテーマはギドン・クレーメル。先日、サントリーホールで聴いた室内楽がすばらしかったためその様子と、ピアソラ没後20年を記念してリリースされた「クレーメル・プレイズ・ピアソラ・ボックス」、新譜の「器楽の技法―グレン・グールドへのオマージュ」(ワーナー)の紹介を綴った。
 クレーメルは以前インタビューしたときに、強烈な印象を受けた。彼の演奏は類まれなる集中力と緊迫感がみなぎり、聴き手も集中力を要求されるが、インタビューも同様の空気がただよう。そして今回のサントリーホールでの演奏もまた、一瞬たりとも気が抜けない、息詰まるような緊張感に支配されたものだった。
 しかし、特有の磨き上げられた美音は限りなく美しく官能的で妖艶ですらあり、心に深々と響いてきた。
 彼のヴァイオリンには、悪魔と天使が共存しているように感じられる。喜怒哀楽の表情をこまやかに表現するそのテクニックもさらに進化し、圧倒的な存在感を示した。
 さて、なんとか週末までの締め切りを全部終えることができた。この土日は、アーティストレシピの本のお料理の撮影をしなくてはならない。
 明日は、食材を買いにニコタマに行こうかな。何を作ろうかな。この本の仕事はとっても楽しい。遊び心満載で、ルンルンしながら進められる。
 でも、実際は編集のかたから少しずつ催促が入っている。だから、遊んではいられない。でも、遊んじゃうもんね。趣味が高じた本だから、少しは遊ばせてくださいな、締め切りは守りますから(笑)。
| アーティスト・クローズアップ | 23:42 | - | -
久しぶりのフィットネス
 今日は、約2カ月ぶりにフィットネスに顔を出した。
「お帰りなさーい」「わあ、久しぶりっ」「単行本、終わったの?」
 トレーナーや会員のかたたちに口々にいわれ、なんだかとってもなつかしい空気を感じた。
 特に「お帰りなさーい」という人が多く、はて、私の家はここだったのか、と不思議な感覚にとらわれた。
 ただし、久しぶりに行うフィットネスは結構きつく、ああ、いかんなあ、こんなに時間を空けては、と思いながらからだを一生懸命動かした。
 終わってから、またいろんな人たちと話をし、「忘年会は絶対参加してよ」といわれ、スケジュールとにらめっこ。さて、どうなることやら…。
 いつもフィットネスに行くと、全身の筋肉や神経が目覚めるためか、すっきりするのだが、その夜は一気に眠気が襲ってくる。
 夏ごろから長い間パソコンにかじりついていたから、腰痛はぶり返すし、首や肩はバリバリになるし、眼精疲労もひどい。
 今日は少しいい空気をからだに送ったので、熟睡できるだろう。
「また、時間を見て、いつでもきてくださいね。からだを大切にしないと…」
 トレーナーのかたに優しく声をかけられ、ちょっとウルウル。 
 さて、来週はいつ行こうかな、といまは11月の時間割をじっくり眺めている。
 
| 日々つづれ織り | 21:52 | - | -
レオ・ヌッチ
 近ごろ、これだけ会場が湧いたコンサートはないのではないだろうか。
 今日は東京オペラシティにイタリアの名バリトン、レオ・ヌッチのデビュー45周年記念リサイタルを聴きに行った。2013年はヴェルディ生誕200年のメモリアルイヤーだが、この公演はプレイヤー企画として行われたもの。
 ヴェルディのオペラ・アリアはもちろんのこと、珍しい歌曲も加わり、さらにトスティも何曲か入ったプログラム。
 レオ・ヌッチはオープニングからすでに声が全開。ひとつひとつの役柄、曲の内容に合わせ、短い序奏の間にストンとその役になりきる。そして張りのあるドラマティックな低音を朗々と響かせ、こまやかな表現力で聴き手を酔わせていく。
 今回のバックを務めているのは、イタリアン・チェンバー・オペラ・クィンテット。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ハープという組み合わせで、本公演は昨年パルマで大成功を収めた記念リサイタルの再現となっている。
 1曲終わるごとに「ブラボー」の嵐だったが、曲が進むにつれて声の出がどんどん加速し、表現が鬼気迫るものになり、ひとり芝居のような様相を呈し、最後は「レオ・ヌッチ劇場」という感じ。
 アンコールを求める拍手喝采はいつまでも止まず、「ありがとうございます」と日本語であいさつし、「リゴレット?」とみんなに聞くと、大歓声のなか、またもやストンと役に入り、自家薬籠中の「リゴレット」の「悪魔め、鬼め」を歌い出した。各地で何百回も歌っているというこのアリアのなんとすばらしいことか。「リゴレット」はレオ・ヌッチ以外には歌えないのではないだろうかと思ってしまう。
 その後、何曲かアンコールに応え、「忘れな草」が登場すると、もうみんな拍手と叫び声が止まらない。するとヌッチは「オー・ソレ・ミオ」を笑顔で歌い始めた。そして「オー・ソレ・ミオ」の箇所を一緒に歌え歌えと聴衆に合図。みんな大声を張り上げて一緒に和し、会場は興奮のるつぼと化した。
 ヌッチは今年4月に70歳になった。しかし、声はまったく衰えず、成熟度と洞察力が増し、聴き手を圧倒的な感動へといざなう。
 今日は、日ごろの疲労がたまりにたまってコンサートに行くのもおっくうな感じだったが、ヌッチのすばらしい歌声に疲れが吹き飛び、帰り道はずっと「忘れな草」を口ずさみながら家まで元気にたどり着いた。
 やはり音楽は偉大である。疲労困憊していた私は、音楽に救われたのである。 今日、会場で知り合いの編集者に会ったのだが、「伊熊さん、ちっとも疲れているように見えないよ。なんか、すごく生き生きとしている」といわれた。あらら、不思議…。
 これが音楽の持つ力だと実感。というわけで、私は以前にも増してレオ・ヌッチが大好きになってしまった。またすぐに来日してほしいなあ。 
 
 
| クラシックを愛す | 23:22 | - | -
ワレリー・ゲルギエフ&ナタリー・デセイ
 昨夜は、サントリーホールで行われたワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の来日公演を聴きに行った。
 演目は、ドニゼッティの歌劇「ランメルモールのルチア」のコンサート形式。ルチアをナタリー・デセイが歌うことで、ホールは満席。開演前から熱気がただよっていた。
 クラシックの音楽家は、「完璧主義者」と呼ばれる人が多い。そのなかで、ゲルギエフとデセイは抜きん出た存在。演奏の冒頭から最後の音が終わるまで、ピーンと張り詰めた緊迫感がただよい、並々ならぬ集中力が支配し、ひとつひとつの音が磨きに磨かれ、一瞬たりとも弛緩しない。
 ゲルギエフはオーケストラの細部までこまやかに目を配り、バランス感覚を大切に、歌手と合唱との融合を図っていく。
 コンサート形式だから舞台装置もなく、演技も行われないわけだが、だからこそ歌に集中でき、聴き手も次第に神経が研ぎ澄まされていく。
 デセイの表現力は身震いするほどで、鬼気迫る歌唱に圧倒された。彼女のコロラトゥーラの超絶技巧は、やはり「狂乱の場」で全面的に開花。正気を失いながら歓びと苦悩と恐怖の間をさまようルチアを、ひとり舞台のように歌い上げ、ときに叫び声を上げ、また泣き崩れ、嗚咽のなかから夢見るような表情を見せ、迫真の演技力と表現力で歌いきった。
 これが完璧主義者の歌なのだろう。ゲルギエフが高く評価するのも納得だ。両者の音楽に賭ける一途な思いがこの舞台に結集し、まさに心に残る名演を生み出した。
 2010年9月にサンクトペテルブルクで行われたゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団、デセイ主役のライヴ録音がリリース(キングインターナショナル)されているが、やはりここでも緊張感がみなぎっている様子が音から伝わってくる。
 ナタリー・デセイは来日ごとにすばらしい感銘を与えてくれるが、今回もまた彼女の完璧に磨き上げられた「ルチア」に胸が熱くなった。
| クラシックを愛す | 22:44 | - | -
柿とカブのサラダ
 お隣さんは実家が佐渡ということで、よくお土産に海の幸をいただくが、今回はいま旬のおけさ柿をいただいた。
 もちろん柿はこのままでもおいしいけど、つややかなその姿を眺めていたら、サラダを作りたくなった。名付けて「柿とカブのサラダ」。
 まず、柿(大)1 個とカブ(大)2個は皮をむいて5ミリ厚さに切る。カブは塩小さじ4分の1をふりかけてもむようにし、5分ほど置いておく。
 水菜2分の1束は2センチ長さのざく切りにし、水に放してさっと洗い、水気をしっかりふきとっておく。
 生ハム2枚は1センチ〜1.5センチ長さに切る。レンコン(小)1節は4ミリ厚さに切り、オリーブオイル大さじ1〜2でカリッと炒めておく。
 カブを流水で洗い、水気をペーパータオルで拭き取る。
 ドレッシングは、エクストラバージンオリーブオイル大さじ2、白ワインビネガー大さじ1、白ワイン大さじ2分の1、コショー少々。柿とカブと水菜をざっくりドレッシングであえ、お皿に盛って生ハムとレンコンチップを乗せる。
 和と洋がミックスしたこのサラダ、おつまみにも食事にも合う。
 カブと生ハムのほどよい塩気に柿のほのかな甘さが加わり、おしゃれな一品になりますよ。ぜひ、お試しあれー。
 今日の写真はできたてのサラダ。全部を混ぜて、こじゃれた小さなお皿に盛りつければ、お客さま用にもなりますよ。


 
 
| 美味なるダイアリー | 16:06 | - | -
カティア・ブニアティシヴィリ
 新しい才能の出現は常に心躍るものがあるが、グルジア出身のピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリも彗星のごとく登場した期待の星である。
 デビューCDは2010年に録音された「リスト・アルバム」(ソニー)。そして今回の来日に合わせてリリースされたのが「ショパン・アルバム」。
 いずれもこれまでのだれの演奏とも似ていない、彼女ならではの美しい音色とゆったりとしたテンポ、特有のアンニュイで官能的な空気がただよう演奏。もちろん超絶技巧をものともしない自由闊達なテクニックと表現力が根底に息づき、ある種のロマンもただよわせる。
 11月4日にはサントリーホールでヴァイオリンのギドン・クレーメル、チェロのギードレ・ディルヴァナウスカイテとのトリオの演奏会があり、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の想い出のために」ほかをすばらしいアンサンブルで聴かせてくれた。
 クレーメルはカティアを高く評価し、彼女に数多い共演の場を提供しているという。
 次いで11月6日には浜離宮朝日ホールでカティアのリサイタルが開かれた。
 前半はショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」と、ショパンのバラード第4番、リストの「メフィスト・ワルツ第1番 村の居酒屋での踊り」。後半はシューベルト/リスト編の「3つの歌曲」と、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカより3楽章」。いずれも彼女が大得意とする作品ばかりだ。
 リサイタルには、大勢の男性が聴きにきていたのが印象的だった。彼女はとても美しく個性的で、往年の女優のような雰囲気を持っている。まだ20代半ばだが、とても妖艶で不思議な魅力を醸し出す。
 演奏も、ナマで聴くとより風情があり、みずみずしく色香が感じられる。男性ファンが集まるのも、納得だ。もちろん、クレーメルが認めるだけあってテクニックは安定し、推進力に富み、迷いがない。
 トリオの演奏会の前日、「レコード芸術」のインタビューに行った。
 会った途端にとても親密的な雰囲気が生まれ、ひとつひとつの質問にとてもていねいに答えてくれ、しかも内容が濃い。
 すでに年間130回近いコンサートが入っていて、超多忙だそうだが、根がのんびりしていて自由人だという。
「趣味の時間はまったくないし、ピアノ漬け。でも、いろんなところに行くことができるから楽しいわ」
 グルジアは語学が堪能な人が多いそうで、カティアも5カ国語を話す。
「日本語も習いたいけど、難しそうね。ちょっと急には無理だわ」
 今回はすっかり和食にはまり、「たまらなく好き」といっていた。
 デビュー作にリストを収録したのは、子どものころから、初レコーディングには絶対大好きなリストを入れようと思っていたという。ショパンも好きで、その作品論を雄弁に語ってくれた。
 特有の美に彩られ、たっぷりと歌うピアノは大きな個性だ。その歌心は祖国の民謡から学んだという。
 リサイタルのアンコールには、「カティア編曲 グルジア民謡より」という曲が演奏された。旋律が牧歌的なおだやかさを備え、ゆったりしたテンポで聴き手の心に響くように奏でられるこの音楽は、彼女が愛してやまないといっていた祖国の音楽のすばらしさを伝えていた。
 今日の写真はインタビュー後の2枚。
「ええっ、写真撮るの。今日はそんなにいい格好していないのよ」
 大丈夫よ、というと、こんなにステキなポーズをとってくれた。すぐにでも再来日してほしい逸材だ。



 

| アーティスト・クローズアップ | 22:37 | - | -
ラドゥ・ルプー
 何年に一度か、感動の涙が胸を満たすという演奏に出合うことがある。
 昨夜のラドゥ・ルプーのピアノ・リサイタルがまさにそれだった。以前にも書いたが、ルプーは2010年に来日したものの、京都公演の後、体調を崩して急きょ帰国せざるをえなくなった。
 それゆえ、多くのファンがすぐにでも来日してくれるのを首を長くして待っていた。
 私も長年待ち続けたひとりである。
 この日のプログラムはオール・シューベルト。まず、「16のドイツ舞曲」から始まった。シンプルで素朴で、ときに即興的な色合いを見せるこの作品をルプーはゆったりとしたテンポで訥々と表現。いずれの曲もリズムを微妙に変化させ、ピュアな舞曲らしさを前面に押し出した。
 次いで登場したのは、私が愛してやまない即興曲集作品142。4曲とも、ルプーならではのリリカルな演奏で、次第に胸がいっぱいになり、涙がこぼれそうになった。
 この夜は、多くのアーティストが会場に姿を見せていた。小菅優に会ったので、「すばらしいわね、もう泣きたくなっちゃった」といったら、彼女もまったく同感だといっていた。
 後半はピアノ・ソナタ第21番。このシューベルト最後のソナタは、ロマン豊かな深い詩情に彩られた作品で、さまざまな素材が自由にかろやかに、また深みを伴って展開されていく。ルプーの真骨頂ともいうべき演奏で、しっとりとしたリリシズムが全編にただよい、一瞬たりとも弛緩することなく、デリカシーとエレガンスに富む奏法がシューベルトの歌心を美しく表現していた。
 このソナタは55分ほどかかる大作。ルプーの上半身はその間、微動だにしない。美しい姿勢を保ちながら、しなやかな腕と手と指のコントロールで、生き生きとした音楽を紡ぎ出していく。ただし、その奥には、シューベルトの晩年の作とひとりじっくりと対峙するルプー特有の静謐で孤独な世界が存在していた。ステージで演奏しているという感じではなく、孤高の世界でモノローグを表出している雰囲気に満ちていたからだ。
 なんとすばらしい時間だろうか。至福のときはあっというまに過ぎていってしまうが、心に深く刻まれた感銘は、褪せることはない。
 帰路に着く途中、音がずっと頭のなかで鳴っていて、私はなんだかどこを歩いてどう帰ったのかわからないほどボーッとしていた。
 すばらしい演奏は、聴き手を異次元の世界へと運んでくれる。私はまだその世界にずっといるような感覚から抜け出せない。
 
| クラシックを愛す | 14:33 | - | -
ダン・タイ・ソン
 昨夜は、すみだトリフォニーホールで行われているダン・タイ・ソンの「ロシア・ピアニズムの継承者たち 第7回 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全曲演奏会」の第1夜を聴きに出かけた。
 プログラムは第1番、第2番、第3番。2日目が第4番、第5番「皇帝」となっている。
 ダン・タイ・ソンはベートーヴェンのピアノ協奏曲を各地で何度も演奏しているが、全曲演奏は初めての挑戦。以前それについてインタビューしたところ、目を輝かせて雄弁に語ってくれた。
「昔はからだが細く、大きな作品を弾くことに苦労しましたが、いまは体重が増え、ピアノに向かう姿勢も改良され、ロシア作品やベートーヴェンを弾くことが可能になりました」
 彼はモスクワ音楽院でウラディーミル・ナタンソンに師事し、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの基礎をじっくりと伝授されている。ナタンソンは生前、「私の夢は、きみがベートーヴェンだけのプログラムで演奏会を開けるようになることなんだよ」といっていたという。
「ですから今回、ピアノ協奏曲全曲演奏のオファーをいただいたとき、とても驚き、次第にそれが喜びに変わり、ナタンソン先生へのオマージュになると思ったのです。私にとって、このベートーヴェンは、特別な意味を持っています」
 そのことば通り、第1番から第3番まで、ダン・タイ・ソンは特有の静けさとおだやかさを感じさせる美音を遺憾なく発揮し、作品全体を俯瞰する目を備え、ときにロマン豊かに、またあるときは陰りや苦悩をにじませ、躍動感と清涼感をちりばめ、作曲家に敬意を表す演奏を展開した。
 特に各曲の緩除楽章が印象的で、目の前に美しい自然が広がるような、えもいわれぬ美しい情景を描き出した。
「ベートーヴェンの緩除楽章は天上の音楽です。まるでコラールのように感じられます。ここでは音色の変化、ペダリングの工夫、フレーズのとらえかた、主題の歌わせかたなど、さまざまな面に繊細な神経を張り巡らさねばなりません」
 だが、ダン・タイ・ソンのベートーヴェンは、全体の構成は確固たるものがあり、全体が一本芯の通った表現で有機的に結びついていた。
「これらの作品は、マラソンのようです。決して短距離走ではないですね。ベートーヴェンの作品は体力、気力、意識がしっかりしていないと、最後まで聴衆の心を引き付けながら進むことはできません。決して寄り道せずに、目的に向かって一心に進むべき作品だと思います」
 彼はナタンソンの後、ウラディーミル・バシュキーロフに師事してロシア・ピアニズムの真髄を学んだ。それがいま大きな成果を示している。
「バシュキーロフ先生からは、からだ作りも教えてもらいました。ベートーヴェンのピアノ協奏曲を5曲演奏するためには、体幹がしっかりしていないと弾けません。いまはそれができましたので、安定した姿勢で弾くことができます」
 ダン・タイ・ソンの演奏は、聴くたびに成熟度が増し、磨き抜かれた音色が心に沁み入り、感動が新たになる。
 彼は常に挑戦したいと語っているが、さて、次はどんな挑戦を見せてくれるのだろうか。心が浄化するような昨日のベートーヴェンは、いまなお胸の奥で静かな歌を歌い続けている。 
| クラシックを愛す | 14:57 | - | -
おしゃべり食事会
 昨夜は久しぶりに親しい友人のKさんと会い、恵比寿でフランス料理をいただいた。
 おしゃべりと食事がスタートしたのが、6時ころ。フルコースのすばらしく美味なフレンチとおいしいワインでふたりとも口がなめらかになり、ずっとしゃべりっぱなし。気がついたら5時間半が経過していた。
 でも、まだしゃべりたりないねえという感じで、また近いうちに会おうということになった。 
 Kさんとは、不思議に趣味が合う。性格も血液型(?)も仕事も異なるのに、なぜか興味を抱くことが一致。だから、話が止まらなくなる。
 私が単行本の執筆がひとつ終わったとブログに書いたら、すぐにお誘いの連絡が入った。なんとうれしいことか。
「あなたの忙しさがひと段落するのをいまかいまかと待っていたのよ」とのこと。
 私こそ、すぐに誘っていただいて、うれしい限り。
 あまりに話が楽しくて、ふたりとも声が次第に大きくなり、格式のあるレストランのギャルソンに「もう少し、声を落としていただけますか。他のお客さまのこともありますし」と、注意される始末。アリャリャ、まずかった(笑)。
 帰りにまた彼女が私の健康を気遣ってくれ、ヘルシーな日本の食べ物をお土産にくださった。ああ、なんという幸せ。こんなにも私の体調を気にしてくれるなんて、どうお礼をいったらいいのだろう。
 Kさん、ありがとう。からだに気をつけ、また頑張ります。
 今日の写真はコースのなかの印象的な2品。ずわい蟹とアボカドのフルーツトマトソース添えと、カリフラワーと生ハムのスープ。アミューズからデザートまで、見事な美味しさだった。
 それからKさんからいただいた日本食の絶品おかず。これ食べて、次の単行本の力をつけなくちゃ。





| 親しき友との語らい | 14:25 | - | -
マウリツィオ・ポリーニ
 昨夜は、サントリーホールで行われている「マウリツィオ・ポリーニ ポリーニ・パースホペクティヴ2012」のリサイタルを聴きに行った。
 今回のプロジェクトは、10月23日から11月14日まで全6公演が組まれ、ベートーヴェンと現代の作品を組み合わせて演奏するもの。作曲家たちに新作を委嘱し、ベートーヴェンのピアノ・ソナタと一緒にプログラムに組むというコンセプトに基づいている。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタは第21番から第32番までが選ばれ、各日に何曲か順番に沿って演奏される。
 作曲家は、イタリアのジャコモ・マンゾーニ(1932〜)、ドイツのカールハインツ・シュトックハウゼン(1928〜2007)、ドイツのヘルムート・ラッヘルマン(1935〜)、イタリアのサルヴァトーレ・シャリーノ(1947〜)の作品が組まれている。
 昨夜は、前半がシュトックハウゼンの「ピアノ曲察(1954)と「ピアノ曲宗(1954/61)。ポリーニは音色をこまやかに変化させながら、ペダル用法も微妙に変容させ、すべての音に色彩感を持たせ、点描画のような音の世界を描き出していった。
 次いでベートーヴェンの第24番「テレーゼ」、第25番が情感豊かに明快なタッチで演奏され、後半への期待へとつなげた。
 後半はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第26番「告別」から開始。ルドルフ大公との別離が作品の背景にあるとされるこの作品を、ポリーニは力強い主題の提示、おだやかな表情、かろやかで生き生きとしたテンポと楽章によって明確な表現変化を示し、一気に弾ききった。
 最後のピアノ・ソナタ第27番は、ポリーニならではのロマン主義的様式の探求が隅々まで感じられ、濃厚な色彩を紡ぎ出す演奏となった。
 鳴りやまぬ拍手に応え、アンコールは「6つのバガテル」から2曲。
 帰路に着く途中、私はポリーニの初来日公演(1974年)を聴いたときの、胸の高まりが止まらなかったことを思い出していた。
 あれから長年ポリーニを聴き続けているが、彼の演奏の基本姿勢はまったく変わらない。ただし、「コンピューターのように精確」といわれた演奏は徐々に人間味豊かなピアニズムへと変貌し、今回はよりヒューマンな演奏に感じられた。
 この公演評は次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定になっている。
 ずっと家にこもって書く作業に追われていたため、昨夜は本当に久しぶりのコンサートだった。それがポリーニで、しかも彼の得意とするベートーヴェン。やはりナマの音楽に勝るものはない、と実感。その感動はいまなお続いている。
 
| クラシックを愛す | 22:44 | - | -
庄司紗矢香
 庄司紗矢香には、デビュー当時からインタビューを続けている。
 先日は、「東芝グランドコンサート2013」のソリストとして、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番を演奏する予定になっている彼女にプログラム用のインタビューを行った。
 彼女は、つい先ごろサンクト・ペテルブルクでテミルカーノフの指揮により、この作品を演奏してきたばかり。同行したレコード会社のディレクターいわく、現地の聴衆から熱狂的な歓迎を受けたそうで、終演後は大変な騒ぎだったとか。彼女自身はテミルカーノフとプロコフィエフのシニカルなユーモアについて語り合い、作品をより深く知ることにつながったという。
「昔からロシアには強く惹かれるものがあり、あの土地で演奏すると、もっともっとその作品が好きになります。特有の空気が感じられ、作曲家の人間性にも近付くことができるような気がします。プロコフィエフの書いた日記などを読むと、本心が書かれているため、とても興味深い。いつも最後にはひとこと皮肉めいたことが記されていて、性格が現れています」
 プロコフィエフのこのコンチェルトは、傑作として知られる。庄司紗矢香は、最初から最後まで気が抜けない作品で、テクニック的にも非常に難しく、オーケストラとの対話も緊張感を強いられるという。
 来年の「東芝グランドコンサート」は、いまヨーロッパでもっとも勢いのある指揮者のひとりとして大人気のヤニック・ネゼ=セガンが、音楽監督を務めるロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団と来日。ソリストは先日書いたヤン・リシエツキと、庄司紗矢香のふたりで、1月から2月にかけて全国ツアーが展開される。
 庄司紗矢香も、ネゼ・セガンはエネルギッシュな指揮で大評判なので、共演をとても楽しみにしていると語った。
 今日の写真はインタビュー中の彼女。ミッソーニの微妙な色合いのワンピースがとても似合っていた。この日は、長い日本ツアーがようやく終了したばかりで、ほっとひと息ついたところ。
「でも、私はずっと緊張感が続くコンサートツアーが終わると、必ず風邪をひいてしまうんですよ。ようやくゆっくりできるかなと思い、遊びに行こうと思うと風邪をひく。どうしてでしょうねえ」
 これを聞いて、私も自分にあてはまるため、なんだか身につまされた。やはり疲れがたまると、からだが「休め」という信号を出すんでしょうね。
 庄司さん、今回は風邪の菌が寄ってこないといいですね。ぜひ、追っ払ってくださいな(笑)。

| 親しき友との語らい | 22:46 | - | -
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