Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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走りつづけた1年
 仕事で走りつづけた2012年が今日で終わる。
 今年の冒頭は、お正月返上でいわゆる断捨離に取り組んだ。いまはやりの片づけ術の実践である。
 私の仕事はあらゆるところから資料が送られてくるため、日々それらがたまり、いつのまにか整理しきれない状況に陥る。
 こうなると、大切な資料がどこにあるのかわからなくなるため、いつもこれらと格闘している自分にほとほと嫌気がさしていた。
 そんな私の前に断捨離の本が現れ、一気に読破し、実行に移したというわけだ。断捨離はダラダラやっていてはダメ、余分なことを考えずに心を鬼にして捨てることに徹することと書いてあったため、それを素直に受け止めて行動に移した。
 その結果、3日間でゴミ袋の山ができ、部屋が多少なりともきれいになった。その後、資料の整理に移り、少しだけだが何がどこにあるのかわかりやすくなった。
 本には、「断捨離をすると、心が軽くなり、ストレスが軽減され、人生が好転する人が多い」と記されていた。
 これが実は本当だったんですよ。
 今年は前半から大きな仕事が次々と舞い込み、忙しいのに変わりはないのだが、自分が本当に書きたいものが書けるようになった。
 1年を振り返ると、いつもの年とはかなり精神的に異なり、なんでも前向きに対処することができたように思う。
 これは絶対に断捨離のおかげだと、私は信じて疑わない(笑)。
 余分な物を捨てる、これはことばでいうのは簡単だけど、実際にしてみると結構大変なことである。思い出の品やいつか使うだろうと思う物、まだ使えるのにもったいないと未練が残る物、一応とっておこうと思う物などにすっぱり別れを告げるのはとても勇気のいることだ。
 でも、本にはそれらはもう十分に人生で役立ってくれたわけだから、「ありがとう」といって別れを決意することが大切と書いてあった。
 これでとても気が楽になった。
 本当に必要な物というのは案外少ないものである。でも、なんとなく捨てられないということが往々にしてある。
 この1年でまたまたいろんな物が増えてしまった。また断捨離をしなくちゃ、と思っている。人生のぜい肉を落とすために(笑)。
 今年1年、ブログを読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。また、来年もどうぞ寄ってくださいね。それでは、どうぞよいお年をお迎えください。心からの感謝を込めて…。
| クラシックを愛す | 16:49 | - | -
ゆり根ごはん梅風味
 以前いただいた京都のゆり根は、さまざまなお料理で楽しんだが、そのひとつが「ゆり根ごはん梅風味」。
 ゆり根を炊きこんだあっさり味のごはんで、カリカリの小梅を添えて風味をプラスしてみた。
 まず、米2合は炊く30分前にといで分量の水に浸しておく。ゆり根大2個は洗って1枚ずつはがし、大きいものは半分に切る。これでだいたい4人前だ。
 炊飯器に米と調味料(酒大さじ1、みりん大さじ1、塩小さじ2分の1、しょうゆ小さじ1)を入れてゆり根を上に乗せてふつうに炊く。
 炊きあがったらゆり根を上のほうに見せるようにお茶碗によそい、小梅の荒みじん切りを散らし、最後に大葉少々の千切りをトッピングして出来上がり。
 ねっとりとした特有の味わいをもつゆり根と、梅の風味がマッチし、とても滋味豊かなごはんになる。
 お酒を飲み過ぎたお正月には、最後にこんなあっさりしたごはんが胃を休めてくれるかも。
 今日の写真はその炊き込みごはん。ゆり根の白と、梅の赤と、大葉の緑が一緒になり、なんだかイタリア国旗のようになった。
 イタリアのアーティストも、最近は和食通が結構多い。今度、だれかイタリア人に取材する機会があったら、このレシピを伝授しようかな(笑)。


 
| 美味なるダイアリー | 16:15 | - | -
年末年始の仕事
 2012年の年末締め切りの原稿が何本かこぼれてしまい、休み明け一番で入稿することを約束し、各担当者に連絡を終えた。
 やれやれと思ってすべてを書き出してみたら、なんと9本ある。
 これにプラスしてアーティストレシピの本があるし、どう配分したら効率よく仕事がはかどるだろうかと考え出したら、頭がクラクラしてきた。
 でも、悩んでいても始まらない。こういう場合はひとつずつメモに書き出して、終わったものからチェックを入れていくしかない。
 今年は大掃除もおせち作りもパス。ひたすら原稿書きに集中する。
 今日はいつも通っているおいしいパン屋さんの年末年始の予約分を受け取りにいき、「来年もまたよろしくー」といって焼き立てのパンをたくさん抱えて帰ってきた。そのパンのいい香りとぬくもりがたまらない。
 これでお休みの間のパンは十分に確保できたゾ。
 イギリスパン、パケット、アップルパイ、マフィン、レーズンブレッドと、このお店ならではの特製をたくさんゲット。
 いま残っているパンは早速フレンチトーストにし、明日のランチ用に備えた。
 こういうことばかりやっているから、原稿が遅れていくんだよね。
 お料理の合間を見て、仕事をしなくちゃ。あっ、これって逆か(笑)。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:16 | - | -
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのアンバサダー
 昨日は「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の打ち合わせで、PR会社のかた、東京国際フォーラムのかたと表参道でランチをご一緒し、午後は単行本のプロモーションの一環で女性誌の編集のかたと打ち合わせをした。
 そして今日の午前中は、「国際音楽祭NIPPON」のプログラムの原稿の打ち合わせのために、音楽事務所に出かけた。
 これで今年の出かける仕事はすべて完了だ。
 ようやくアーティストレシピに集中できるゾ。というわけで、渋谷で買い物をし、帰宅後に時間のかかるレシピに挑戦。
 あとは6つを残すのみとなった。本当は年内にお料理と写真撮影を全部終わらせたかったのだが、どうも少しこぼれてしまいそう。
 まあ、お正月もまったくお休みをとることはできないから、もう腰を据えてやるっきゃない。仕事、仕事のお正月になるのは覚悟の上だから…。
 実は、れいの単行本は「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013」の公式本となっていて、その関係で音楽祭のアンバサダーを仰せつかった。
 ナントとパリ出張はもとより、来年2月12日に東京国際フォーラムで行われる記者会見にも出席し、アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタン氏と同席して檀上でトークを行うことになった。
 さて、どうなることやら…。
 このアンバサダーで思い出したが、私の大好きなテニスのロジャー・フェデラーが世界トップのシャンパンメゾン、モエ・エ・シャンドンの「ブランド・アンバサダー」に就任した。
「私たちのブランドの価値観―エレガンス、寛大であること、壮大さ、成功への祝福―を体現するアンバサダーとして彼ほどふさわしい人はいない」
 モエ・エ・シャンドンのステファン・バスキエラ社長兼CEOはこう語っている。
 今後はさまざまな広告キャンペーンにフェデラーが登場することになりそうだ。
 うーん、アンバサダーとはそういう役割なのね。まったく業種も立場も役割も異なるが、雑誌に紹介されていたフェデラーの記事はすごくためになった。
 さて、まったく異なる音楽祭のアンバサダーだが、これからいろんなことをすることになりそうだ。初めてのことも多いため、気を引き締めていかなくてはならない。
 来年の前半は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」関係のことでまたたくまに時間が過ぎていくに違いない。
 その前に、レシピ本を仕上げなくちゃ。さて、リストのチェックに戻ろうっと。
| クラシックを愛す | 22:07 | - | -
末っ子トリオの忘年会
 昨夜は仲のいい3人の会、末っ子トリオの会の忘年会を行った。
 みんな年末で忙しさがハンパではないため、なんとかやりくりしてようやく集まったため、話は尽きない。
 今回は、麻布十番のちょっと隠れ家的な和食屋さんに集まったのだが、このお料理のおいしいこと。味付けがごく自然で、素材もすべて新鮮。ひと皿ずつ運ばれてくると、3人ともおしゃべりを止めずにあっというまにたいらげてしまい、さあ、次は何だろうという感じ。
 夜が更けていくにつれ、舌がよりなめらかになり、ここぞとばかりおしゃべりで発散。おいしい食事と3人のかしましい話術で、時間がたつのも忘れる。
 こういうほんの短い友人との楽しい時間が大切なんだと実感。これこそ「忘年会」だ。これでまた元気に仕事ができるな。
 今日の写真は、最後に出てきたひと口大のにぎり寿司。ひとつひとつがとっても美味でおしゃれでていねいに作られている。
「また、来年すぐにでも会おうねー」
 外に出ると、すさまじい寒さだったが、心はかろやか。約5時間の年忘れのひとときだった。

 
| 親しき友との語らい | 21:06 | - | -
ヴェルディ&ワーグナー生誕200年
 2013年は、ヴェルディとワーグナーというオペラ界の2大巨匠の生誕200年のメモリアルイヤーにあたる年。
 すでに各地のオペラハウスや音楽祭、コンサートホールでは、来年に向けてふたりのさまざまな作品を上演する予定が組まれている。
 日本でも、大物歌手の来日などが目白押し。オペラファンは財布のひもとにらめっこの日々がつづくのではないだろうか。
 私が大きな期待を寄せているのが、「東京・春・音楽祭―東京のオペラの森2013―」のワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(演奏会形式、4月4日、7日 東京文化会館15時開演)。
 選りすぐりのメンバーが組まれているが、とりわけ注目はヴァルターを歌うクラウス・フロリアン・フォークトだ。
 今年の来日時にインタビューしたときに、「次はヴァルターを歌うよ」といわれ、キャッホーと飛びあがりたい気持ちになった。
 来年は1年間、ヴェルディとワーグナーに明け暮れそう。
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」といえば、1988年のバイエルン国立歌劇場の来日公演は忘れがたい想い出として脳裏に刻まれている。11月13日にNHKホールで行われた公演の指揮は、ヴォルフガング・サバリッシュ。歌手陣がすばらしく、ベルント・ヴァイクル(ハンス・ザックス)、クルト・モル(ポーグナー)、ルネ・コロ(ヴァルター)、ペーター・シュライヤー(ダーヴィット)、ルチア・ポップ(エヴァ)、そしてベックメッサーは私のもっとも好きな歌手、ヘルマン・プライという豪華な布陣だった。
 この公演は何年たっても色褪せない強烈な印象を残し、これまで多くのオペラを観てきたが、私のベスト3に入るひとつとなっている。
 これを観てから、私はニュルンベルクという町に興味をもち、ドイツに出張したおりにニュルンベルクに回り、町をあちこち散策したほどだ。
 さて、来年のフォークトのヴァルターはどんな演奏になるだろうか。いまから胸が高鳴る思い…。
 
 
 
| 情報・特急便 | 22:10 | - | -
あったかブーツ
 先日、いつも洋服を買っているブティックに行き、あったかそうなブーツを見つけた。
 このお店は洋服がメーンだが、バッグや靴も多少置いている。ほとんどが輸入製品である。以前ここでスペイン製のミュールを買い、夏の愛用品となった。
 だが、今回見つけたフランス製のブーツは、私にとってはかなり高いお値段。ながめながら悩んでいると、いつも私に合う洋服を選んでくれる店長さんが「それ、すごく履きやすいんですよ、あたたかいし。ウチはみんな履いているんです」といって試着を勧めてくれた。
 見ると、お店にいた店員さんたち全員が履いている。それもいろんな履きかたをして。
 そうか、そんなに履きやすいのね、ちょっと試してみよう。
 一度履いたら、もういけません。まさに歩きやすいし、あったかいし、デザインもいいし。
「知り合いで、このブーツ20年間履いている人がいるんですよ」
 店長さんのひとことで、エイッと買ってしまった。10年くらい履けそうだから、値段を10で割れば、そんなに高くないか、とこじつけて…。
 その後、昨日書いたように1月末からのフランス出張が決まった。このブーツは、石畳でも歩きやすいように底がしっかりしたゴム製。これにヒートテックのタイツを合わせれば、真冬のフランスでも大丈夫そうだ。
 それにフランス製だから、お里帰りの意味もあるしね、なあんて勝手なことを考えている。
 今日の写真は、わが家のシューズボックスに加わったスウェードのブーツ。かなりガッチリした感じだけど、ロングスカートに合わせるとエレガントな感じになるから不思議。パンツやジーンズをなかに入れて履いてもグッド。


   
| 日々つづれ織り | 22:12 | - | -
音楽祭の仕事
 今月は各誌の年末進行で、原稿の締め切りがふだんよりずっと早めに設定されている。そのため、明日からの3連休も私にはまったく関係なく、入稿に追われる日々だ。
 これらにプラスし、来年の音楽祭の仕事が入ってきた。
 ひとつは、単行本にも関係のある「ラ・フォル・ジュルネ」のナントの取材。1月末に出発して1週間の出張。まず、ナントでの音楽祭を聴き、インタビューや取材をし、最後はパリに寄って、もうひとつアンサンブルのリハーサルを聴くことになった。
 さらに2013年2月に横浜と仙台で開催される「音楽の未来へ〜夢を紡ぐ〜国際音楽祭NIPPON」(芸術監督:諏訪内晶子)のプログラム原稿に携わることになった。
 その打ち合わせが年末に入り、全部の締め切りが年明けの9日に決まった。
 ああ、「アーティストレシピ」のお料理作りが遅々として進まないのに、どんどん他のことで時間がとられてしまう。
 まったく師走とはよくいったものだ。私もずっと走りつづけている。
 寝不足と疲労でちょっと風邪気味だけど、休んではいられないから、必死で風邪のウィルスを蹴散らし、ショウガハチミツを飲んでいる。
 これ、風邪のひき始めにすごく効くんですよ。私はハチミツ屋さんから取り寄せ、それをお湯で割って飲んでいるけど、ショウガとハチミツを混ぜればいいから手軽にできる。
 私のまわりは風邪ひきさんばかり。みんな仕事が忙しく、過労気味で大変だ。
 ぜひ、ショウガハチミツをお薦めしたい!!
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:00 | - | -
単行本のプロモーション活動
 今月の下旬から来月にかけて、単行本のプロモーション活動を行うことになった。
 PR会社のかたがさまざまな媒体に働きかけてくれ、新聞や雑誌のインタビューが次々に決まっている。
 ふだんはアーティストに新譜のリリースに合わせたり、コンサートに関してインタビューをするのが私の仕事だが、今回は逆にインタビューされる立場。
 以前も単行本の出版時に何本か取材を受けたことがあるが、インタビューをするときよりも、インタビューをされるほうが緊張するから不思議だ。
 さて、どんなことを聞かれるのだろうか。楽しみでもあり、またちょっと怖くもあり…。
 一番苦手なのは、写真を撮られることである。アーティストも、写真に関してとてもこまかくチェックする人がいるが、あの気持ちわかるなあ。変な顔をした写真が掲載されたら、いくらいいことをしゃべっても、イメージダウンだものね。
 でも、写真は撮らないでくださいとはいえないし、これが悩みの種だワ。
 私は写真を撮られるよりも、自分が撮るほうが断然好きだから、いつも旅ではカメラが大活躍するけど、被写体になるのはどうもねえ(と、ブツブツ)。
 まあ、いざとなったら腹をくくるしかない。せっかくPR会社のかたががんばってくれているのに、私が引いていちゃ、いかんいかん(笑)。
 せいぜい寝不足せずに元気な顔をしていくしかないな。そうだ、これから一生懸命パックでもしようか。と、取材の内容はそっちのけで、余計なことばかり考えている私…。でも、女性だったら、この気持ち、わかるでしょう。
  
| 日々つづれ織り | 21:05 | - | -
白菜の煮びたし
 冬になると、白菜がおいしくなる。
 私のいつも通っているオーガニックのお店にも、抱えきれないほど大きい白菜や、小ぶりの使いやすい白菜、そしてミニ白菜など、さまざまな種類が店頭に並ぶ。
 今日は中くらいの白菜を使って、「白菜の煮びたし」を作ってみた。これはひとりで白菜半分くらいをペロリとたいらげてしまうくらい、たくさん食べられるレシピ。
 私の冬の定番で、白菜を見ると、作らずにはいられないほど。お酒のおつまみにも向いているし、もちろんアツアツの白いごはんにもピッタリ。
 まず、白菜2分の1個(約1キロ)は茎と葉に分け、茎はひと口大のそぎ切り、葉はざく切りに。
 厚揚げ(大)1枚は熱湯をかけてさっと油抜きし、縦半分に切ってから1センチ幅に切る。
 大鍋にゴマ油大さじ2を熱し、まず白菜の茎をしんなりするまでゆっくり時間をかけて炒める。タカノツメ少々と厚揚げを加え、酒大さじ2としょうゆ大さじ4を入れ、弱火で3〜4分煮る。
 さらに葉を加えて3分煮てできあがり。最後にユズの皮の千切りをトッピング。
 とてもシンプルでやわらかな味ゆえ、いくらでも食べられるというわけ。どっさり作ってもりもり食べる。白菜があまって困る、というときにはぜひ!
 今日の写真はできたての「白菜の煮びたし」。厚揚げも調味料も、ちょっとだけ上質なものを使うと、たまらないおいしさに。うーん、1杯飲みたくなってきたゾ(笑)。

 
| 美味なるダイアリー | 17:22 | - | -
チェルシー、敗れる
 昨夜は、サッカーのトヨタ・クラブワールドカップ(W杯)最終日の決勝で、欧州代表のチェルシー(イングランド)が南米代表のコリンチャンス(ブラジル)に0―1で敗れるという波乱があった。
 私は以前からチェルシーのディディエ・ドログバとフェルナンド・トーレスを応援しているが、いまやドログバはいない。トーレスは、エースとしてひとり頑張らざるをえない状況がつづいている。
 しかし、トーレスは今シーズン不調といわれ、今回も泥臭く執拗に攻撃してくるコリンチャンスの前に、いつもの華麗なプレーは影をひそめた。
 コリンチャンスは、とにかくつぶしが速い。あっというまにボールを奪い、カウンターを仕掛け、一気にゴールに突っ走る。
 GKのカッシオも好セーブを連発、ついに69分にペルー代表FWのゲレロに頭で押し込まれ、チェルシーは痛い先制点をとられてしまった。
 後半ずっとこの流れは変わらず、終盤にトーレスがようやく1点入れたと飛びあがったら、これがオフサイド。ああ、もう万事休す。
 南米勢は6年ぶりの優勝を手にし、チェルシーは初優勝を逃した。
 あのトーレスの1点が入っていれば延長戦に突入し、試合の行方はわからず、もっとおもしろくなったはずなのに、かえすがえすも残念…。
 今日の新聞には、チェルシーのベニテス監督の「決定機を逃した」という談話が載っていたが、私の目は「エース(トーレス)は報道陣の問いかけにまったく口を開かなかった」という記事に釘付け。そりゃ、そうでしょう。
 不調といわれつづけ、起死回生のゴールがオフサイドに終わったんだから。さぞ悔しい思いで日本をあとにしたに違いない。
 私もすごく悔しい。本当にオフサイドって、微妙だよね。たいていの場合、ワーッて大喜びして、旗が上がっているのを見るなり、みんながガクーッとくるんだから。
 フェルナンド、がんばれ。またチャンスは巡ってくるよ。私も応援しつづけるからね!!
 
| 日々つづれ織り | 21:20 | - | -
オリーブオイルの効用
 イタリア、ギリシャ、スペインの人々は、「1日1杯のオリーブオイルは、医者知らず」といって、毎日の食事に欠かさずオリーブオイルを使う。
 最近は、フランスやベルギーなどのバターを使うお料理が多い国でも、オリーブオイルの効用を考慮し、レシピに変化がもたらされているそうだ。
 オリーブオイルはオレイン酸を多く含み、βカロテン、ビタミンE、ポリフェノールが豊富。その効用は、血行促進、便秘解消、ダイエット、動脈硬化の予防、むくみ解消、脂肪燃焼など実にさまざま。自然の恵みはすばらしい。
 私も、オリーブオイルが大好き。各地のエクストラバージンオリーブオイルの味くらべをし、大好きな紅茶とともにいろんな種類を楽しんでいる。
 そんな私のところへ、すばらしいオリーブオイルが2本やってきた。1本はスペインのアンダルシア地方で採れたレゼルバ・デ・グァダルーペ2012。もう1本はイタリアのプーリア地方で採れたオレアリア・クレメンテ2012。どちらも最高のエクストラバージンオリーブオイルである。
 キャッホー、なんて美しいオイル。
 これらはフレーバーオイルで、サラダのシンプルドレッシングや白身魚のカルパッチョ、ヘルシーマヨネーズ、肉料理のハーブソースに用いるとひきたつようだ。
 いまは「アーティストレシピ」のお料理と撮影に日々悪戦苦闘しているため、こういう最高品質のオリーブオイルをいただいただけで、疲れが吹き飛ぶ感じ。
 このボトル、ながめているだけで次々にレシピのアイディアが浮かんでくる。さあて、目指せ50レシピ、頑張らなくっちゃ!!
 今日の写真は、そのアートを感じさせるオリーブオイルのボトル。見ているだけで幸せ、地中海に心が浮遊していくワー(笑)。

| 美味なるダイアリー | 22:05 | - | -
単行本の発売
 今日は、「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書)の単行本が発売された。
 ところが、セラフィット洗足の仲間のHさんがメールをくださり、「大井町の書店にいったけど、みつからなかった」と書いてあったため、発売が延期になったのかと内心ドキドキ。
 実は、当初、出版社の担当者から14日発売と聞き、その後16日といわれ、最終的に15日に決まったといわれたため、みんなに15日と伝えてしまったのである。
 Hさんは雨の日に本を探しにいってくれたのかと思うと、すごく悪くて、メールであやまりまくり。
 今日は出版社が休みのため、確認することもできない。
 ああ、どうしよう、悪いことをしてしまったと悔やんでいたら、またもやメールが入って、渋谷の書店で手に入れたとのこと。
 ああ、ホッと安心。
 これまでも単行本の発売当日はいろんなことがあったけど、今日もハラハラドキドキした。Hさんのメールには「サインくださいねー」と書いてあった。
 もちろん、サインでもなんでもしますよ(笑)。ありがとうございました!!
 
| 情報・特急便 | 21:42 | - | -
セラフィット洗足の忘年会
 今日は、いつも通っているフィットネスの「セラフィット洗足」の忘年会が恵比寿で行われた。
 昨年初めて参加したが、本当に和気あいあいの会で、心が温かくなる。
 今年も同じテーブルになった人たちと楽しくおしゃべりしながら飲み、食べ、トレーナーのかたたちが工夫を凝らして考えてくれたさまざまなアトラクションに参加しているうちに、あっというまに3時間がたっていた。
 思えば、1年半前の入会時には、腰痛がひどくて大変だった。それがいつのまにか軽減し、ふだんはまったく意識しないようになっている。
 もっとひんぱんに通いたいが、なにしろ原稿の合間を縫って、その日に「すみませーん、この時間まだ入れますか」と電話してから飛んでいく状態なので、なかなか月に8回こなすのは難しい。
 でも、まわりの人の話を聞くと、16回コースにさらに回数券をプラスして通っている人もいるとか。すごいなあ。
 私の親しいNさんは数年前大病をしたのだが、セラフィットに1年間通うことにより、からだのあちこちが鍛えられて、いまではみちがえるように元気になった。ご本人はもっともっと元気になりたいと、やる気満々。表情もすごく明るくなった感じ。
 やはり続けることに意義があるようだ。私もできる限り回数多く通いたいと思っている。
 ここは本当にスタッフがすばらしい。何度も書いているが、こんなにも気持ちよく通えるのは、ひとえに彼らのおかげ。もう3年も通っている人が多く、ここでは3年目に記念のロゴ入りのTシャツが贈られる。
 私も名誉あるTシャツがもらえるよう、頑張りたい。
 仕事を続けるためには、体調管理が一番。食事、睡眠、そして適度な運動。この3つが基本要素だとつくづく感じる。そしてストレスをためないこと。
 今日はスタッフの4人からひとりひとりにメッセージカードが渡された。そこにはこんなことばが綴られていた。
「雨の日も風の日も、いつも頑張っているあなたに、たくさんの元気をいただきました。あなたの言葉に励まされ、あなたの笑顔で明るくなれる。そんなあなたに出逢えて本当によかった。心をこめて、ありがとう」
 ねっ、すばらしいスタッフでしょ。
 
| 日々つづれ織り | 22:42 | - | -
腰痛の直しかた
 最近、私のまわりは腰痛に悩む人が多い。
 みんなパソコンの前で何時間も同じ姿勢で仕事をしているためか、運動不足によるためか、かなり腰痛が深刻な状態となっている。
 私も去年はひどかったが、フィットネスに通い出してから、かなり軽減した。
 今日も久しぶりにフィットネスのクラスに顔を出し、ちょっとハードなクラスに参加した。
 このなかで、腰痛に効く動きが多々ある。マットの上に寝て、まず両足を伸ばし、次に左の足を右側にぐるっと倒し、腰をひねる。この間、両手は万歳をする形で、右側にからだを倒すときは右手を上のほうに引っ張り上げる感じ。それを左右交互に何度か行う。
 両足のひざを立てて、パタンと一方に倒すのも効果的。このとき、反対側の肩はできる限り床から放さないようにする。
 このクラスでは、股関節と腹筋とお尻の筋肉とももの裏側と背筋などを鍛える運動を取り入れている。終わると、かなり筋肉を使った気がするが、必ずクールダウンも行うため、翌日に筋肉痛が起きることはあまりない。
 ただし、いつも帰ってくると猛烈な睡魔が襲ってくる。きっとふだん使っていないからだのあちこちの筋肉が目覚め、血流がよくなり、休息を求めるようになるんだろうな。
 というわけで、私のように夜中に原稿を書く人間はとても困る。睡魔との闘いになるからだ。
 でも、からだを動かすことは大切。まして腰痛を遠ざけるためには、適度な運動は欠かせない。
 それにしても眠いなあ。ようやくヤマハのWEBの記事を仕上げたが、もう頭のなかまでほんわか、ぼんやり、ムムムの状態。
 今日は何も考えずに、ぐっすり眠れそうだワ(笑)。
 
| 日々つづれ織り | 22:21 | - | -
ロリン・マゼール
 ロリン・マゼールは真の神童と呼ばれた人で、子どものころからさまざまな才能を発揮してきた。とりわけ記憶力が群を抜いていて、指揮者になってからは全曲暗譜。そして一度会った人の顔は絶対に忘れない。
 5〜6カ国語を操り、どんな分野においても才能をまたたくまに発揮する天才性ゆえ、オーケストラとの衝突もしばしば。
 だが、現在は人間性も音楽性も円熟味を増し、おだやかな表情を見せるようになった。
「インタビュー・アーカイヴ」の第45回はそのマゼール。もう18年も前の記事だから、現在とはかなり雰囲気が異なっているが、彼は非常に率直でストレートに物をいうタイプ。これはずっと変わらない。

[FC VOICE] 1994年 春号

私の基本はドイツ音楽。ドイツの自然が目の前に見えるような音を出したい

 1985年1月1日、マゼールはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを自らヴァイオリンを弾きながら指揮した。彼のエンターテイナーぶりはすでに定評のあるところだが、このときの姿はまさに音楽を聴衆とともにエンジョイし、オーケストラとともに楽器を奏でて演奏の醍醐味を共有し、その楽しみを衛星放送を通じ、世界中の人々に伝えるという大きな成果をもたらした。
 しかしこの直後、マゼールはウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィル)を去り、故郷のピッツバーグ交響楽団の指揮に力を注ぐことを宣言してアメリカに戻ってしまった。ニューイヤーの踊るような指揮ぶりを目の当たりにした私にとって、マゼールとウィーン・フィルとの突然の決別は大きなショックとして心に残った。
 思えばマゼールは若いころからオーケストラとの決裂を繰り返してきた。フランス国立管弦楽団の音楽監督をやめるときも、ウィーン国立歌劇場の総監督を持すときも、常に物議を醸し出してきた。カラヤン亡きあとベルリン・フィルの音楽監督の最右翼といわれたが、その地位をアバドにさらわれるや、「2度とベルリン・フィルの指揮台には立たない」と爆弾発言もした。
 彼は物別れに終わったオーケストラについて多くを語ろうとはしないが、1993年春に来日したときのインタビューで話がこのニューイヤー・コンサートにおよぶと、途端に相好を崩した。
「ニューイヤー・コンサートの指揮は私も本当に楽しみで、あのころのウィーンを思い出すと、なんだか夢のような気がするよ。いろいろ大変なこともあったけど、いまはもう楽しかったことだけが胸の奥に残っている。ヴァイオリンはあれからずっと弾いていないから、いまはもうきちんと弾けないんじゃないかな。ヴァイオリンというのは、日々ものすごく練習しなければいけないからね。忙しくて、いまはもうまったく無理」
 現在は1988年から音楽監督を務めるピッツバーグ交響楽団と、1993年から首席指揮者に就任したバイエルン放送交響楽団の指揮に加え、ヨーロッパ、アメリカの多くのオーケストラの客演を行う多忙な身である。
 そのバイエルン放響とは1993年4月に来日し、長期日本公演を行った。これは今後5回、1年から1年半おきにわたってわが国で定期的に行うコンサート・シリーズの第1回目にあたり、彼はドイツ・オーケストラ界を代表する名門オーケストラから、高い緊張感に満ちた熱い響きを導き出した。
「バイエルン放響はドイツのエリート・オーケストラ。私のディレクションによるシリーズの最初には、ぜひともドイツ音楽をもってきたかった。それも水準の高い演奏をね。このオーケストラで聴くドイツ音楽だったら文句ないでしょ。磨き抜かれた響きと、からだのなかに沁み込んでいるドイツの伝統が音となって出てくるから」
 この来日時のコンサートは、ワーグナーの歌劇「ローエングリン」から第1幕への前奏曲、シベリウスの交響曲第5番、ブラームスの交響曲第2番というプログラム。これは今回スポンサーとの話し合いのなかからテーマを決めたもので、スポンサーのシンボルキャラクターであるスワン(白鳥)に因んでいる。
「ローエングリン」の主人公である騎士ローエングリンは、白鳥の曳く小舟に乗って登場する白鳥の騎士であり、シベリウスの第5番は、湖を渡っていく白鳥を見て曲想を得たというシベリウス自身の記録が残されている。そしてブラームスの第2番は別名「田園」と呼ばれているように、風光明美な湖のほとりで自然を満喫しながら書かれた牧歌的な交響曲である。
「それらの作品に流れる優雅さ、気品などの表情をテーマとして取り上げた。白鳥は美や音楽の象徴。第1回目のテーマにピッタリなんでね」
 彼はひとつのテーマに基づいてプログラムを作るのが好きなようだ。以前の来日では自然をテーマに全プログラムを組んだこともある。
「本当は演奏する場所、時間、空気などから霊感を得て演奏する曲を決めるのが一番いいんだけど、現在はなかなかそうもいかない。インドの伝統音楽などはいまでもその方法を忠実に守っているけど…。昔はアンコールを100曲ほど書いた紙を聴衆に配って“ところでみなさんはどんな曲が聴きたいのかな”と声をかけ、2時間くらいアンコールをしたことがあったらしいけど、こういうの、いいよね。理想だな」
 いまマゼールは21世紀に向けて新しい試みを行っている。それはピッツバーグの宇宙センターのホールで客席にコンピューターをセットし、聴衆がそこにインプットされている数多くの曲目のなかから聴きたい曲を選び、それがメーン・コンピューターで集計され、聴衆が何を聴きたいかが即座に指揮者に伝わるというシステム。それをすぐにオーケストラが演奏するという方法をとりたいが、これには演奏する側の問題や他のホールでは不可能なこともあり、まだ実験段階とのこと。
「私はこうしたテクノロジーが好きで、昔からいろいろ試みているんだが、ようやくいまになってまわりが私に近づいてきた感じがするよ」
 こういって豪快な笑いを見せるマゼール。彼は演奏もエネルギッシュなら語り口も実にパワフル。なんでも数年前に亡くなった母親が98歳。いまも健在の父親は90歳だそうで、だから自分の寿命は100歳だと信じて疑わない。歯も32本健在で、からだもすこぶる健康。子どもは全部で7人いるが、いまの奥さま、ピアニストのイスラエラ・マルガリートとの間に生まれた女の子は9カ月になったばかりと、またもや陽気な笑い声をたてる。
「私は自分が3歳のころのことをよく覚えているんだ。人は若いころに何をしていたかをとかく忘れてしまいがちだが、つねに相手の年齢に合わせてつきあえば、コミュニケーションはうまくいく。現に私は3歳の子どもとはとてもウマが合う。なぜなら、彼は私のことを3歳だと思っているからね」
 オーケストラの楽員ともこの方法でコミュニケーションをとるのだろうか。最近のマゼールは各地で衝突しなくなり、丸くなったといわれるが…。
「昔はすごく苦労したからね。初めてイタリアでオーケストラを指揮したときなんかひどいオケで、音ははずれているし、音楽はできていないし、指揮できるような状態ではなかった」
 若く血気盛んなマゼールはすぐディレクターに文句をいいにいった。するとディレクターは冷ややかな表情でこういった。
「そういうオーケストラだから、若いきみにまとめてもらおうと思ったんだよ」
 マゼールはこのとき指揮者がそういうオケをまとめる力がないのだったら、職業を変えるべきだと悟ったという。いまようやく自分より楽員のほうが若くなり、意志を伝えるのに苦労しなくなったそうだ。そして最近では、またウィーン・フィルとともに仕事をし、1994年のニューイヤー・コンサートでは再び指揮台に立った。
 ロリン・マゼールは1930年3月6日、フランス中北部ヌイイー・シュル・セーヌに生まれた。父はユダヤ系ロシア人、母はハンガリーとロシアの混血。両親はアメリカ国籍をもっていて、一家はマゼールが生まれるとすぐにアメリカに移住した。
 5歳でピアノとヴァイオリンを始め、その後ウラディーミル・バカレイニコフに就いて指揮法を習い、8歳でアイダホ州立大学のオーケストラを指揮したのを皮切りに、11歳でNBC交響楽団やニューヨーク・フィルを指揮して「神童」と騒がれた。やがて成長したマゼールは、ピッツバーグ大学で哲学と語学を専攻し、音楽の勉強と同時にさまざまな知識を身につけていく。
 1945年ヴァイオリニストとしてデビューしたが、49年にはピッツバーグ交響楽団の副指揮者としてデビューを飾り、以後指揮者としての道を歩むようになる。
 そしてその3年後にはイタリアに留学し、これが大きな転機となった。
「私は5歳のころから音楽を始めたけれど、プロの道に進もうと決心したのは、あちこちで指揮をしてからだから、30歳のころだと思う。子どものころに指揮台に立ったのは、乗馬やスキーをしたりするのと同じ感覚で、それが大きくなってからの指揮活動に影響したとは思えない」
 イタリア留学を終えたマゼールは、1960年最年少で、しかもアメリカ人としては初めてバイロイト音楽祭に招かれ、一躍その名を知られるようになる。
 以後、ベルリン・ドイツ・オペラ芸術監督、ベルリン放送交響楽団音楽監督、クリーヴランド管弦楽団音楽監督などと前述のオーケストラを歴任し、一時はカラヤンのライヴァルともいわれた。数多くの賞も受賞しており、1985年にはイスラエル・フィルの終身名誉指揮者にも選ばれている。
 マゼールの記憶力のすごさは有名で、どんな曲でも完全暗譜。以前は驚くほどスリルに富んだ、はげしく燃え上がる演奏を得意としていたが、最近はグッと渋さが増し、バランス感覚にすぐれた円熟味豊かな演奏に変わってきた。
 だが、ぐんぐん高みへと上り詰めていくような高揚感は依然健在で、聴き手の心を熱く燃焼させるワザもなお一層磨きがかかる。次回の来日でも、手に汗握る迫力ある演奏を聴かせてくれるに違いない。

 今日の写真はその雑誌の一部。いつも上質なスーツでビシッと決めている。
 実は、1985年のニューイヤー・コンサートを聴きにいったときに、アンコールでヴァイオリンを弾きながら指揮していた姿を、かなり前の席だった私はみんなのまねをして写真を1枚撮った。
 この話をすると、マゼールは「その写真ぜひともほしい。あのときのコンサートは思い出深いんだ。次に会うときにはもってきてくれるね」といわれた。ところが、当時はまだネガ。いくら探してもみつからなかった。
 というわけで、私はマゼールに会えなくなってしまったのだ。彼の記憶力のよさを知っているため、逃げるに逃げられない羽目に陥るから(笑)。以来、残念なことにマゼールにはインタビューをしていない。でも、もう忘れたかな…。

| インタビュー・アーカイヴ | 18:44 | - | -
あわただしい季節到来
 12月はあっというまに日々が過ぎていく。
 いまは「アーティストレシピ」の単行本のお料理を作って撮影することに時間を費やしているが、その間にもいろんなところから連絡が入り、原稿書きの仕事に戻ることになる。
 その依頼先のかたたちがみんな焦っていて、なんだかいつもとは違う様子。これも12月だからでしょうね。
 その焦燥感が私にも伝染し、なんだかせかせかと仕事をすることになる。
 それでも、原稿の合間を縫って、今日は2品目のレシピを作って撮影も終えた。
 ようやく峠が見えてきたゾ。とにかく12月中にはすべてのレシピの製作を終え、写真を完成させてしまわなくては…。
 来年に入ってからは、原稿のほうに集中したいから。
 今年の年末年始はまったく休みはとれそうにない。本来は趣味が高じて本の出版にまでなったことなのだから、もっと楽しんでやれるかと思ったが、これが結構ひとつずつ時間がかかることがわかった。
 というわけで、全部の締め切りは1月末と決まっているから、やっぱりのんびり楽しんではいられない。
 レシピを50個書き出し、ひとつずつ写真撮影の済んだものからチェックを入れ、作りかたを再度検討している。
 編集のかたからは、作りかたをできる限り詳しく紹介してほしいといわれているため、調味料なども目分量とか大体とかひとつかみとか、あいまいな表現は避け、大さじ2分の1とか小さじ2とか、具体的に書こうと思っている。
 でも、お料理って、何度も作っているものは、やっぱり適当な分量で作ってしまうものなんだよね。それは今回通用しないわけだ。
 さて、峠を目指して、ひたすら進んでいかなくちゃ。
 晴れて50レシピ作り終えたら、「イェーイ」っと乾杯したくなるだろうな(笑)。
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:28 | - | -
シンプルなレシピが一番
 以前いただいた京野菜の数々は、いろんなレシピで楽しんだが、やはりシンプルなレシピが一番おいしいとわかった。素材がいいため、あまり手を加えないほうがそのよさが生かされるからだ。
 にんじん葉は、しゃきしゃきした歯ざわりと、特有のほろ苦いようなすがすがしい香りを生かすため、さっと塩ゆでし、だし汁、砂糖、しょうゆ、すりゴマでゴマあえに。
 安納芋はゆでずに蒸して、ジャガイモと混ぜ、ほくほくのポテトサラダに。私はいつもポテトサラダの芋類は、蒸し器でゆっくり蒸すことにしている。こうすると水っぽくならず、栄養も逃げずにすべて食べられるから。
 今回はオイルフリーのツナ缶と、マヨネーズ、ホワイトバルサミコ酢であえてみた。
 どちらも実に簡単なレシピだが、いくらでも食べられる飽きのこない味。こういう一品があると、食卓が落ち着く感じがする。
 新鮮でていねいに作られた野菜は、それだけでもう十分においしいわけだから、ほんの少し手を加えるだけでOK。
 今日の写真はにんじん葉のごまあえと、安納芋とジャガイモのツナサラダ。
 でも、こういう素直な味のお料理って、あっというまになくなってしまうんだよね。だれでも、旬の味、余分なものが入っていないお料理ってつい箸が出るし、からだにいいものって自然に舌が欲するんでしょうね。



 
 
 
| 美味なるダイアリー | 22:51 | - | -
伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う
 ついに、単行本の見本誌が送られてきた。
 ああ、表紙を見ただけで感激だ(笑)。なんと、私が送った写真の1枚、アルハンブラ宮殿の写真がオビに使われていた。
 なかにも、10枚以上各地で撮った写真が使われている。
 今夏の一時期はまったく筆が進まず、悪戦苦闘したのが嘘のようだ。当初は12月14日発売といわれたが、最終的に15日発売となった。
 新書は文字がこまかいため、視力の弱い人や年配のかた、パソコンで眼精疲労になっている人には読みにくいと思ったため、最初に編集のかたに「できる限り文字を大きくしてほしい」と頼んでおいた。
 そのかいあって、とても読みやすい大きさになっている。
 新書はあまり写真を掲載しない場合が多いが、今回は編集のかたが私の原稿を読み、「ぜひ、作曲家やアーティスト、絵画、ゆかりの地の写真を入れましょう」といってくれ、何枚か写真が入ることになったという次第だ。
 これでまた、読みやすくなったように思う。
 というわけで、ようやくできました。まずはひと安心。これからプロモーション活動が始まる。
 今日の写真は送られてきたばかりの単行本。できたてほやほやです(笑)。
 PHP新書 12月15日発売 本体760円(税別) 


| 日々つづれ織り | 14:36 | - | -
新編 ピアノ&ピアニスト
 10月中旬にフーフーいって原稿を入稿した、「新編 ピアノ&ピアニスト」(音楽之友社)のムックの見本誌が送られてきた。
 複数の執筆者によって書かれた本で、世界のピアニスト、日本のピアニスト、作品、ピアノの歴史などが網羅されている。
 私も何人かを担当したが、自分の好きなアーティストが必ずしも割り当てられているわけではなく、これまで書いてきた人が中心になっている。
 本音をいえば、私がデビュー以来ずっと聴き続けてきた人や、長年インタビューをしてきた人を担当したいのだが、各々の執筆者がそれをいい出したら収拾がつかなくなってしまうのだろう。
 何年に一度か新しくなるこのムック本、そのつど少しずつピアニストの人選が変化する。長年続けて書いていると、その変遷がわかって興味深い。
 とりわけ、新人の動向に目が離せなくなる。また次回は新たな才能が数多く登場するんだろうな。
 今日の写真は届いたばかりのムックの表紙。うーん、この人選もまた興味深いものがある。担当者はさぞ頭を悩ませたんでしょうね。

| 情報・特急便 | 22:52 | - | -
シマノフスキ 前奏曲
 今日はサントリーホールにクリスチャン・ツィメルマンのリサイタルを聴きにいった。
 実は、今回楽しみにしていた作品がある。ツィメルマンの祖国であるポーランドの作曲家、カロル・シマノフスキの「3つの前奏曲(9つの前奏曲作品1より)」だ。
 実は、明後日アップされるヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書いているのだが、ツィメルマンは以前からこのシマノフスキの作品をリサイタルで演奏することを強く希望していた。
 近年になってようやくそれが実現の運びとなり、今後さまざまな機会にシマノフスキを弾いていきたいと語っていた。
 今日のリサイタルは、生誕150年のドビュッシー「版画」「前奏曲集第1集より」6曲が前半、後半にこのシマノフスキとブラームスのピアノ・ソナタ第2番が組まれた。
 シマノフスキが17歳のときに書いたといわれる初期を代表する前奏曲は、非常にロマンティックでショパンの影響が感じられ、しかもすこぶる流麗で民族色も豊か。ツィメルマンのクリアな音色と流れるような奏法がその美質を際立て、9曲全部を聴きたい欲求に駆られた。
 短調の曲が多く、全編にほの暗い情念を秘め、ときおりひらめきと輝きに富む旋律が顔をのぞかせる。
 ツィメルマンは、きっと今後も来日ごとにシマノフスキをプログラムに入れていくに違いない。ツィメルマンを敬愛しているブレハッチもシマノフスキを演奏したいと語っていたから、彼も機会があればプログラムに加えるのではないだろうか。
 あまり演奏される機会に恵まれない祖国の作曲家を世に紹介することに意義を見出しているツィメルマン。また次回を楽しみにしたい。
 
| クラシックを愛す | 22:50 | - | -
マウリッツハイス美術館展
 週末から神戸市立博物館で開催されている、マウリッツハイス美術館展を見に行ってきた。
 東京で開催されているときは時間がなくて見られなかったため、神戸まで足を延ばした。
 フェルメールやレンブラント、ヴァン・アイク、ルーベンス、ブリューゲル、ハルスらの作品が数多く日本にやってきたが、一番のお目当てはやはりフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」だ。
 会場はかなり混んでいたが、「真珠の耳飾りの少女」の絵の前は人、人、人。30分ほど並んでようやく絵の前に行かれるほどの混雑ぶりだった。
 実際に近くで見ると全体の色のトーンが抑えられ、目の輝きが印象的で、唇や肌のしっとりとした感じがとてもみずみずしく、いま描かれたような新鮮な空気をたたえていた。
 フェルメールの絵は各地の美術館でもうかなりの数の絵を見ているが、この絵は初めて。以前、マウリッツハイス美術館に行こうと計画したが、実行することができなかった。それゆえ、こうしてさまざまな絵に対面することができたのは、大いなる喜びである。
 今日は京都に寄り、紅葉を愛で、京料理を堪能し、お寺を回り、おいしいお土産を買い、心豊かな気持ちになって帰路に着いた。
 神戸でも京都でも、腹八分を超えてたくさん食べてしまったため、なんだかからだが重い。また明日から仕事漬けだから、食べたものはため込むのではなく、エネルギーに変えなくちゃね(笑)。
 しかし、どの土地も猛烈な冷え込みだった。冬の旅はとにかく寒い。でも、久しぶりにゆったりしたので、心のなかはあったかい。
 今日の写真は神戸市立博物館のマウリッツハイス美術館展の看板と、京都二年坂の紅葉。



 
| 麗しき旅の記憶 | 21:38 | - | -
パスカル・ロジェ
 単行本のフランスのところに、私がその音色に魅せられているパスカル・ロジェのことを書いた。
 インタビュー・アーカイヴの第44回はそのロジェの登場。

[FM fan 1997年8月11日〜24日 No.18]

ボルドーの上質な赤を思わせる芳醇で色彩感あふれる音色が身上

 フランスの実力派ピアニスト、パスカル・ロジェはフランス作品ばかりではなく、ブラームスをはじめ、リスト、バルトークなど幅広いレパートリーをもつことで知られる。だが、最近は自国の作品を弾くことに集中し、ステージでも録音でもフランス作品を積極的に取り上げ、その粋で洒脱で色彩感に富んだ演奏で確固たるポジションを確立している。
 彼はふだん着の色合わせも実に巧妙で、その音楽同様美しい色彩感に彩られている。

「私は昔から、“色”というものに非常に強い関心を抱いてきました」

―ロジェさんはいつも淡い色をシンプルに着こなし、その色彩感についあなたの音楽を連想してしまいますが、フランス音楽に宿る色彩感というものをどうとらえていますか。
「今日はちょっとおしゃれをしてきたんですが、それが功を奏しましたね(笑)。私は服装というものはその人のキャラクターを反映するものだと思います。どんな色のシャツにどんな色のタイを合わせるかを考えるのは楽しい作業です。私は昔からこの色というものに非常に強い関心を抱いてきました。
 音楽面で見ると、フランス作品には豊かな色彩が感じられます。それらを学ぶときに絵を見ることは欠かせません。それは印象派ばかりではなく、さまざまな時代の絵がその時代の音楽に少なからず影響を受けているからです。
 よくドビュッシーの作品は色彩と関連づけて論じられますが、フォーレもプーランクもサティもパーソナリティは違いますが、そこにはある共通した色が存在していると思います」
―ラヴェルにはそうした色の共通性はないとお考えですか。
「ラヴェルは特別な色をもっています。音全体がクリアで透明感に満ちている。明確さと正確さが2大要素だと思います。これらフランス作品はよくもやもやした霞がかかったような絵と同じようにいわれますが、私はもっとクリアな響きをもっている音楽だと考えています。
 たとえばモネの《ルーアン大聖堂》を思い出してください。あの絵は全体的に淡い色彩で光もけっして強くない。でも、輪郭はしっかり描かれている。ラインがはっきりしているでしょう。多くのフランス音楽もこのようにラインは明確に表現されなくてはならないんです。そこに繊細さと特有の色を加えなくてはならない。これが一番難しいところですね。
 ただし、プーランクとサティは印象派ではなく、キュービズムの影響を受けていると思います。これらの各作品の表現の違いにはペダルが重要なキーとなります。ペダルで音に微妙な変化をつけていくわけです」

「最近になって、フランス音楽が本当に自分に合っているとわかったんです」   

―最近のロジェさんは、再びフランス作品に戻ってきた感じがしますが…。
「若いころはあらゆる作品を片っぱしから弾いていましたからね。でも、あるときふと気づいたんです。自分がもっとも弾きやすい曲は何か、もっとも表現しやすい分野は何かってね。自分への問いかけです。それでフランス作品に行き着いた。これには長い年月がかかったんです。
 人はキャリアを積むことにより、また年齢を重ねることにより、徐々に目が開かれていくものですよね。より心がオープンになり、考えもインターナショナルになっていく。私もフランス人にしては珍しいとよくいわれますが、フランス第1主義ではありません。いろんな国に行くと必ずその土地になじむように努力し、ことばを覚え、食べ物も土地の物を食べ、自然や風土に親しみ、人々との交流を好みます。
 でも、そうなればなるほど自分の本当に弾きたい音楽というものが突き詰められていって、レパートリーが絞られてくる。最近、フランス音楽が本当に自分に合っているとわかったんです。これは音楽家として、人間としてのアイデンティティの問題かもしれない。ですから、いまはフランス作品を弾くのが楽しくて仕方がない。人生の喜びなんです。
 1999年はプーランクの生誕100年にあたる年ですが、ここに向けていまプーランクのピアノ作品の録音が進められています。プーランクは昔から大好きで、演奏しているとおいしいワインを飲んだときのような幸福感に満たされます。ボルドーの上質な赤を飲んだような。この幸福感を聴いている人にも味わってほしいんです。
 私はつねに演奏を通じて聴衆と密接なコミュニケーションがとれるよう努力しています。その語りかけを受け取ってほしい。
 フランス作品はそれが作られた環境を知ることが大切です。それには絵画、料理、ワイン、自然が欠かせません。さあ、みんなでワインのような音楽に酔いましょう(笑)」

 ロジェの音楽からは絵画が連想されることはもちろんだが、どこからか詩が聴こえてくる感じがする。アポリネールやコクトー、ランボー、プルーストなどの詩を愛するというロジェの音楽は、それ自体が詩の朗読のトーンをもっている。ロジェは、芸術や文化が昔はそれぞれ密接な関係をもっていたのに、現在は分離してしまって残念だといった。彼の演奏は、失われた各芸術のつながりを音という媒体で結びつけている貴重な存在かもしれない。

 今日の写真はその雑誌の一部。モノクロなのでわからないが、とても淡い美しいトーンのスーツとシャツとタイの組み合わせ。うーん、いつもながらの、そのコンビネーションのすばらしさにため息が出るほどだった。

| インタビュー・アーカイヴ | 21:39 | - | -
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