Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

連携企画 アート×ミュージック セミナー
 昨日は、東京・丸の内の三菱一号館美術館で開かれている「奇跡のクラーク・コレクション――ルノワールとフランス絵画の傑作」(5月26日まで)と、5月の連休に開催される「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の連携企画として、3月29日に東京国際フォーラムのホールD7で行われる「フランス絵画と音楽をより深く楽しむためのセミナー」の打ち合わせに出かけた。
 これは三菱一号館美術館館長の高橋明也さんと、LFJクラシックアンバサダーの私が対談の形でセミナーを行うもので、各々のトークと両者のトークセッションのふたつで構成される形である。
 時間は19時開演で、20時30分終了という予定が組まれている。
 高橋館長には初めてお目にかかったが、いろんな絵画のお話やフランス印象派の画家たち、その時代背景、文化にまつわることまでお聞きし、とても貴重な時間をすごすことができた。
 私のトークのなかでは、音楽を随所に盛り込むことになり、これから関連したCDとDVDを探そうと思っている。
 会場は220名が入れるそうで、これから一般の人々への募集が始まる。それぞれのホームページで詳細が発表されるとのこと。
 参加費は無料である。
 私は絵も大好きなので、この企画はとても有意義であり、私自身学ぶところも多い。高橋館長のお話を少し聞いただけで、無性に美術館に足を運びたくなってきた。まだクラーク・コレクションを見ていないが、できる限り早くゆっくりと鑑賞したいと思っている。
 さて、その前に私の役目として、話の内容に合う音楽探しをしなくては…。セミナーに参加してくれる人たちが大いに満足してくれるよう、いい選曲をしなくてはならない。
 でも、いつもながら膨大な音源があるため、そのなかから目指すCDとDVDを見つけ出すのは時間と根気がいる作業になりそう。
 これは週末の大仕事になりそうだ、やれやれ(笑)。少しでもいい仕事をしたいと思ったら、その準備は大変な労力がいるものなのね。
| 情報・特急便 | 23:03 | - | -
ひと足早く春
 今日は、牛田智大の単行本用の最後のインタビューに出かけた。
 彼は、最近会うごとに身長が伸びた感じがし、表情も大人びてくる。もちろん、演奏も聴くたびに進化を遂げている。
 これまでのインタビューで足りない部分を聞き、さらに新たな情報も聞き出し、取材はすべて完了した。
 この本は、次のセカンドアルバムのリリースと同時期に出版されることになっており、いまのところ、6月下旬の予定だ。
 それを逆算すると、4月末が原稿締め切りとなる。目の前に「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が迫っているときで、はて、どうなるのかいな、と考えたら、おそろしくなった(笑)。
 インタビュー後、打ち合わせで扶桑社のOさんと表参道のティールームに入ったら、ここのケーキが果物いっぱい、カラフルですばらしいデザイン。お皿の上にひと足早く春が訪れた感じで、Oさんと「食べるの、もったいないねえ」としばし眺めていたくらい。
 今日の写真はOさんのケーキが安寧芋とクルミのケーキ、私のケーキは黒いちじくとイチゴのケーキ。どちらも真っ白なお皿にパウダーシュガーで模様が描かれていて、ホント、食べるのがもったいない。でも、ペロリと、おいしくいただきました(笑)。
 牛田くんは忙しいにもかかわらず、元気でにこやかで前向きな姿勢を崩さなかった。彼にも「春」を感じた。
 さて、単行本の骨子を考え、いい本が書けるようがんばらなくちゃ。



| 美味なるダイアリー | 21:12 | - | -
LFJクラシックアンバサダーの仕事
 今年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(LFJ)」のクラシックアンバサダーを仰せつかり、公式本を書いたり、ナントに出張したりと、さまざまなことをこなしているが、これが結構いろんな種類の仕事で、新たな人との出会いも多い。
 テレビやラジオ出演では、ふだん接することのない分野の人々に初めて会うことも多く、また、新聞や雑誌のインタビューでは、思ってもいないことを聞かれたりする。
 それゆえ、常に緊張感を伴う。もっとも、いい意味の緊張感だが…。
 自分がインタビュアーのときは、どんなに偉大なアーティストに会っても、ほとんどアガッたり、緊張して頭が真っ白になることはないのだが、インタビューを受けるとなると、違った意味の集中力が必要になる。
 これからも、まだまだこの仕事は多くの予定が入っている。
 花粉症はなんとか漢方薬が効いて、だいぶ沈静化した。あとは、5月の連休のLFJまで、体力と気力と集中力を切らさないようにしなければならない。
 今日は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のホームページに、私の公式本の紹介ページがオープンした。とってもうれしい。
 さて、5月まで、なんとか突っ走らなくては…。
 
| クラシックを愛す | 22:13 | - | -
イングリット・フジコ・ヘミング パリの演奏会
 今回のフランス出張の最後、パリでイングリット・フジコ・ヘミングのリサイタルを聴くことができた。
 1月、フジコさんとFAXと電話のやりとりをするなかで、私が2月4日にナントからパリに移り、5日までパリで仕事をすると伝えると、早速彼女から電話がかかってきた。
「いまね、ブダペストのコンサートから戻ってきたばかりなの。向こうもパリもずっと雪よ。あなた、ちょうどよかったわ。私、2月4日にパリでコンサートをするのよ。ぜひ、聴きにきてちょうだい」
 当日、出張でご一緒した音楽ジャーナリストの片桐卓也さんをお誘いし、20時にアテネ劇場にいった。なんでも、片桐さんはだいぶ前にこの劇場を訪れたことがあるそうで、とてもなつかしいと話していた。
 19世紀の面影が残るこの劇場の正式名称はアテネ・ルイ・ジューヴェ劇場。フランスの俳優で演出家でもあり、劇団主宰者でもあったルイ・ジューヴェの名が冠されている。
 創設は1893年で、パリの第9区、オペラ座の近くに位置している。偶然のことながら、今回パリで宿泊したホテルがつい目と鼻の先だったため、とても便利だった。
 当日のプログラムは、ムソルグスキー「展覧会の絵」やシューマンの「謝肉祭」をはじめ、ラフマニノフ、J.S.バッハ、リストの作品なども組み込まれた多彩な選曲で、2時間半は優に超える長大なリサイタルとなった。
 もっとも印象的だったのは、日本で聴く演奏とはまるで異なり、自由でのびやかで、開放感と歌心に満ちあふれていたこと。やはり、彼女はヨーロッパで演奏するほうが性に合っているらしい。
 しかし、大風邪をひいていて、ときどき鼻をかんだり、咳きこんだりしていた。
 アテネ劇場は外観も歴史を感じさせるが、内部もまた古きよき時代の息吹を感じさせ、そこでフジコさんの音楽を聴くと、19世紀にタイムスリップしたような感覚にとらわれた。
 終演後、楽屋を訪れると「もう、風邪がちっとも抜けなくて、咳がひどいために眠れないのよ」と話すため、私が差し入れの日本茶とお餅を渡すと、「もっと話したいけど、風邪をうつしちゃうからダメなの」とのこと。
 ちょうど私が飛行機のなかでなめようと、よく効くせきどめのキャンディをもっていたため、それを少しあげようかなと思って出すと、「あら、ありがと」といって、缶ごともっていってしまった。
 ああ、帰りの飛行機のなかは、どうしたら…。まっ、いいか(笑)。
「じゃ、またすぐに日本に帰るから連絡するわね」
「ええ、待っています。お大事に」
 こういって別れ、いま聴いた演奏の余韻を楽しみながら、すぐそばのホテルまで帰った。
 フジコさんの海外での演奏は、初めてのミュンヘンでの海外録音、カーネギーホール・デビューと聴いてきたが、いつも日本での演奏とは大きく異なる。今回も、以前よりもずっとすばらしい演奏になっていて、その努力に頭が下がる思いがし、感慨深かった。
 今日の写真はアテネ劇場の外観と、内部と、プログラム。彼女はいつもながらの個性的なドレスの上に、日本の着物をはおっていた。 





| 親しき友との語らい | 21:33 | - | -
「渡辺真知子〜恋の予感」に出演
 今日は、綜合放送AMラジオ「渡辺真知子〜恋の予感」にゲスト出演し、単行本の話やそれにまつわるアーティストの話、執筆中の苦労話から旅のことまでさまざまな話をした。
 歌手の渡辺真知子さんにお会いするのは、もちろん初めてである。
 ところが、会った途端にふたりで意気投合。収録中は話がどんどんそれ、いろんな方向に話題が飛んでいった。
「私、伊熊さんが入ってきたとき、目が合った途端、同じテンションの高さをもつ人だと直感したの」
 彼女にこういわれ、私も本当に同じ気持ちを抱いた。
 真知子さんはとってもテンションが高く、おおらかで自由できさく。「声が大きくて」と、ご自分でもおっしゃっていたが、私も声はよく通るといわれる。
 それに違う世界で仕事をしているにもかかわらず、話していてまったく違和感がない。音楽という共通項があるからだろうか。
 とってもチャーミングな笑顔の持ち主で、テレビで見るよりもほんわかあったかい感じがする。
「ああ、ワインでも飲みながら、一緒に音楽の話をしたいワ〜」
 こういわれ、私もぜひそうしたいと思うが、こうした出会いは一度で終わるのかもしれない。
 だからこそ、とても貴重な対談のひとときだった。
 このラジオ放送は、地方のAM局にいろいろ配信されるそうだ。東京では聴くことができないのが残念。
 今日の写真は、対談が終わって雑談をしていたときの真知子さんの表情。ねっ、あったかい感じでしょ。
 もしも、もう一度お会いするチャンスがあったら、今度は仕事抜きでいろんな話をしたいな。
 そうそう、今日のディレクターが渡してくれた用紙のなかに、「伊熊さん、マシンガントークで有名だそうです」と書いてあった。えっ、彼は私のブログを読んでくれたのかしら。マズイ、ゆっくり話さなくちゃ、と最初からちょっとだけブレーキがかかった。
 でも、収録が始まってしまえば、いつものまま。真知子さんもガンガン明るくよく通る声で話すため、それにつられてつい(笑)。
 とても楽しいひとときでした。みなさま、ありがとうございました。

| 日々つづれ織り | 22:51 | - | -
「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」の電子書籍発売
 昨年12月に出版した「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書)の電子書籍が発売された。
 いち早く購入した友人に見せてもらったところ、とても見やすい。
 文字の大きさも変えられ、改行も画面に合わせて最適な位置に自動変更され、操作は簡単、いつでもどこでもアクセスできる。
 写真も大きなサイズで見ることができ、感動してしまった。
 すごい時代になったものだ。なあんて、時代遅れなこといっているよ、と笑われそうだ。
 私のこれまで出版した単行本では初めての経験ゆえ、なんだかとても不思議な感覚にとらわれた。
 自分の書いた本がこんな形で読まれるなんて、本当にびっくり。
 電子書籍のファンの友人は、重い本を何冊も持ち歩くことなく、ノートPCやタブレット、スマートフォンなどで気軽に読むことができ、暗いところでもOK、やめられないそうだ。
 私の本は599円から600円という価格がつけられている。通常の紙による本よりも安いから、それもお得感があるのかも。
 なにはともあれ、初めての電子書籍、感慨深いです(笑)。
 
| 情報・特急便 | 20:41 | - | -
マシンガントーク
 昨年12月、洗足学園音楽大学で行った「音楽プロデュース論」の講座で講義を聞いた学生たちのレポートを、担当のO先生が送ってくださった。
 全員のレポートにこまかく目を通したが、もっとも印象に残るのは、私がとても早口だと書いてあること。
「先生が早口すぎて、アーティストの名前が全部聞きとれませんでした」
「すさまじい量の情報を一気に紹介してくれ、とても勉強になった」
「90分が短く感じました」
「音楽の世界観が広がった」
「本当に好きなことを仕事にしていると感じた」
 と、いろんな感想があった。
 なかでも、「マシンガントークに圧倒された」「マシンガンのように高速で発射されるトークに耳が着いていかれなかった」というのがたくさんあり、思わず大笑い。
 先日の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の記者会見のスピーチでも、似たようなことをいわれたが、私は時間が限られているとどんどん早口になってしまい、もともと声は通るほうなのでマイクを無視してガンガンしゃべりまくる。
 でも、音大の講義でこれではいけませんよね。反省しています。
 にもかかわらず、この「マシンガントーク」という表現がとても気に入ってしまった。今度から使わせてもらおうっと(笑)。
 これから「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のアンバサダーの仕事上、ラジオ出演がいくつか控えている。美術館の館長との対談も予定されている。
 そういうときに「マシンガントーク」にならないよう、十分に気をつけなくてはならない。
 でも、音楽の話になると、自然に力が入り、口がなめらかになって一気に飛ばしてしまう。またみんなに「話が聞きとれない」といわれないようにしないと、ラジオの場合は特にマズイ。用心、用心…。
 その昔、教育実習で高校に行き、シューベルトの「ます」をピアノを弾きながら作品の説明し、さあ生徒たちに歌ってもらおうと思ったら、「先生、早口でいっている意味が聞きとれません」「ピアノを弾かないで、ゆっくり曲のことだけもう一度話してください」「最初のシューベルトは、というところ以外早すぎてわかりませんでした」といわれ、真っ青。
 あとで担任の先生に「あがらず、あわてず、ゆっくりと」といわれ、大恥をかいた思い出がある。
 別にあがっているわけじゃないんだよね。
 今後もこれを教訓に、ゆっくり落ち着いて、みんなが聞きとれるような速度で話さなくちゃ。
 でも、大昔の失敗がちっとも教訓として生かされていないところをみると、やっぱり「マシンガントーク」は直らないのかも(笑)。
 
 


| 日々つづれ織り | 22:07 | - | -
金子勝子先生
 今日は、雪がちらつく寒い日となった。でも、こういう日は花粉はあまり飛ばないのかな。でも、外出時のマスクは欠かせない。
 午後から牛田智大の単行本のために、彼が小学校1年から師事していた金子勝子先生にインタビューをするべく、扶桑社のOさんとともにご自宅に伺った。
 先生はとても熱心にことばを尽くしてあらゆる面から牛田くんのことを話してくださり、あっというまに2時間が経過した。
 実は、先生のマンションは建て替えのために壊されてしまうそうで、すぐ隣に新しく建設されるマンションに入居するまで1年半というもの、他のところに移らなくてはならないとか。
 そこで、先生のお写真とともに、牛田くんが一生懸命レッスンを受けたお部屋の写真を撮らせていただいた。この部屋もなくなってしまうわけだから。
 さて、来週もう一度だけ牛田智大のインタビューがあり、それで取材は最後となる。あとはひたすら書くことに専念しなければならない。
 いまは頭のなかで何にスポットをあてようか、どういう展開にしようか、どこをふくらませようかと、いろんなことがグルグル。
 まあ、先生にお話を聞くことができたわけだから、それを随所に盛り込みながら、自然に流れるようにしていこう。
 あとは時間だけだ。さて、これがもっとも難しい問題。自分の生活の基本を執筆中心にし、あとはすべて犠牲にしていかなくてはならないからだ。
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のアンバサダーの仕事も次々に入ってくるし、他の原稿もあるし…。
 なにはともあれ、花粉症を早く治し、体調をもとに戻さなくては。
 ああ、マスクとおさらばするのはいつのことになるやら…。



| クラシックを愛す | 22:29 | - | -
花粉症の対策
 以前からアレルギー性鼻炎に悩まされていたが、薬を飲むほどではなかった。
 ところが、フランス出張から戻った途端、鼻水は流れっぱなし、くしゃみと咳は出る、おまけに涙目になって顔がボロボロ。
 こりゃ、いかん、人に会えないと思い、お医者さんにいって薬をもらってきたら、これが強すぎて頭がボーッ、思考能力ゼロ。からだはだるくて使いものにならず、原稿を書くどころではない。
 いろいろ調べ、漢方薬にたどり着き、今日はそれを買いに上野までいってきた。
 いまは2回飲んだだけだが、あらら、不思議、気分が少しだけ戻ってきた。
 やっぱり、ふだんあまり薬を飲まない私は、漢方薬のほうが効くみたい。このお店の葛根湯も風邪のひき初めにひとつ飲むだけで、すぐに効く。
 というわけで、さて、原稿原稿っと。
 東京国際フォーラムから依頼されているナント・リポートと東京の「ラ・フォル・ジュルネ」への期待などを書き、いまようやく写真も何点か送った。
 明日は出かける仕事があり、人に会うから、鼻グズグズ、のどイガイガはやっていられない。マスクをして、なんとか外は切り抜け、内部に入ったら、マスクをはずしてきちんとしなければならない。
 今日、漢方薬のお店の人にいわれたのだが、疲労や寝不足、ストレスなどが潜んでいる花粉症を誘発するのだとか。
 出張から戻って一気にその症状が出たのだから、「うーん、すべての理由がそこからきているなあ」と納得。
 でも、これまで花粉症にはなったことがないため、話を聞くだけで、実感が湧かなかったが、これが実に大変なんですよ。
 自分がなってみて、初めてよくわかった。とってもやっかいな症状です。
 みなさん、寝不足、ストレス、疲労は避けてくださいませ。一度こんな症状になったら、ふつうの生活はできませんから。仕事にも力が入らず、集中力は欠け、持久力もなく、やたらに眠い。
 ホント、困ったものです。なんとか薬をしっかり飲んで治さなくちゃ。
 漢方薬さまー、頼りにしています。治してくださいなー(笑)。 
| 日々つづれ織り | 22:39 | - | -
ダン・タイ・ソンのテレビ出演
 ダン・タイ・ソンは子ども時代、ベトナム戦争のために疎開し、その地で苦労しながら音楽とのかかわりを続けたことで知られる。
 以前書いた私の本「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」でも戦禍の様子はこまかく綴ったが、彼はこの時期のことをいまでも強烈に覚えているという。
 そんな彼が、NHKのBS1「TOMORROW beyond3.11」に出演することになった。題して「ダン・タイ・ソン〜ピアノは人生〜」。
 これは、日本と縁の深い外国の人々が東日本大震災後の日本を旅し、復興に向けて歩み始めた日本の姿を世界に伝えるドキュメンタリー・紀行番組である。
 2月19日(火)の午後2時からの放送で、ダン・タイ・ソンは福島県の相馬市と福島市を訪れ、ベトナム戦争中における自身の人生を振り返る。
 そして、被災地から避難した子どもたちのために開設された福島市のピアノ教室を訪ね、子どもたちに音楽を通してメッセージを送るという内容になっている。
 ぜひ、見てくださいね。
 
| 情報・特急便 | 21:47 | - | -
マリア・ジョアン・ピリスのシューベルト
 2月27日にユニバーサル(グラモフォン)からリリースされる、マリア・ジョアン・ピリスの「シューベルト:ピアノ・ソナタ第16番&第21番」の見本盤が届いた。
 これはライナーノーツを書いたために早く送られてきたもので、早速聴いてみる。
 ピリスのシューベルトは、1996年と97年に録音された「即興曲集」が大ベストセラーを記録しているが、あれから15年を経て待望のピアノ・ソナタがレコーディングされたことになる。
 ライナーもこの「即興曲集」のことから書き始めた。なぜなら、これは私の愛聴盤のひとつだからである。今回は6000字ほどの分量があったため、ピリスのことをさまざまな面から書くことができた。
 ピリスの音楽は常に凛として潔く、情感豊か。聴き込むほどに深く魅せられ、作品の内奥に導かれる。そして涙がこぼれそうになるほど、その演奏は真摯でピュアで奥深い。
 今回のピアノ・ソナタも、原稿執筆のための試聴盤が送られてきてから何度聴いたことだろう。だが、いくら聴いてもけっして飽きることはなく、終わるとまた最初から聴きたくなる不思議な魔力を備えている。
 ピリスには、長年インタビューや取材を続けている。彼女はいつも本音で話してくれ、その人間性にも強く魅せられている。
 3月にはベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン交響楽団とともに来日して日本ツアーを行い、モーツァルトのピアノ協奏曲第17番K.453とベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番を演奏することになっている。こちらも非常に楽しみだ。
 ピリスは小柄なため、日本にくるといつも洋服をいくつかまとめて買っていく。特に好きなのはシンプルな木綿のブラウス、牧歌的なロングスカート、重ね着ができる薄手のカーディガンなど。
 私もそうした種類の洋服が好きなので、いつもふたりで洋服を褒め合うことになる。
「ねえ、それどこで買ったの? 私にわかる場所だったら教えて」
「そのピアス、自然な感じでステキ」
「そのブラウス、飽きたらちょうだい」
 こんなことをいうピリスは、なんだかアーティストというよりは、長年の友人のよう。でも、彼女は偉大なピアニストである。
 もうひとつお互いに好きなのが、カゴバッグ。夏に会うと、私がカゴをもっているので、ピリスはいち早くそれに注目。一度はとられそうになった(笑)。
 なんでも、彼女の自宅兼練習スタジオ兼仕事部屋では、「ジョアンのカゴ」と命名されたカゴバッグがあり、いつもピリスがそれを抱えているため、みんなが大切な用件や伝言があるとそのカゴに入れていくのだとか。
 今度、ピリスに会うときは、どんな格好をしていこうかな。
 今日の写真は新譜のジャケットのピリス。飾らず気負わずひたむきに生きているピリスの表情を見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
 さて、また最初からCDを聴こうっと。


 

 
| アーティスト・クローズアップ | 22:33 | - | -
ナントでのインタビュー
 ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」では、何人かのアーティストにインタビューをすることができた。
 それらのテープ起こしをし、原稿をまとめ、さまざまな雑誌や新聞で発表していこうと思っている。
 いま考えているのは、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」「婦人公論」「赤旗日曜版」「日経新聞」などで、それぞれ書きかたや内容を変えなくてはならない。
 まず、今日は今月28日(木)の日経新聞の夕刊用に、ナントでの様子と東京公演の情報を綴った。
 ヤマハのWEBでは、5回連続でミシェル・コルボ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、フェイサル・カルイ、カニサレス、アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーのインタビューを書こうと思っている。いずれも興味深い内容を聞くことができ、とても意義あるインタビューとなったからである。
 週末にはせっせとテープ起こしをして、なんとか少しずつでも原稿を進めなくてはならない。
 こんなことを考えているときに、ふとナントの会場であるシテ・デ・コングレの2階にあるアーティストラウンジの食事を思い出した。
 ここはランチとディナーに分かれていて、アーティストや関係者がみんな一緒のフロアでお皿をもって並び、それぞれ好みのお料理を係の人から取り分けてもらうスタイル。大きなテーブルにはワインとミネラルウォーターがドンと置いてあり、パンや生野菜とデザートは自由に自分でとりにいくことができる。
 いま演奏が終わったばかりのアーティストや、オーケストラのメンバーに混じって食事をすることができる場所で、とても自由で開放的な居心地のよいところである。
 今日の写真はある日のランチ。お肉やお魚料理と野菜料理を選び、「これとこれ、ちょうだい」というと「はいよっ」とたっぷり盛りつけてくれる。
 ナントは野菜料理が多く、さすがフランスは農業国だと実感する。
 ここで、ちょっと内緒の話。ピアノのボリス・ベレゾフスキーはからだの大きさで有名だが、彼はあっというまに2皿たいらげ、また列に並んでいた。うーん、いくら食べてもたりないんだろうな。
 フェイサル・カルイの近くのときは、デザートをとりにいったのでもどってきたお皿をちらっと見たら、チーズが5きれも乗っていた。ヒェー、こんなにチーズが好きなんだ。
 でも、こんな盗み見は趣味よくありませんねえ。どうも食事中もジャーナリスト魂が首をもたげ、取材モードに入ってしまう。いかんいかん、アーティストに失礼だよね。といいながら、その人の嗜好を垣間見るのはやめられませんな(笑)。これもアーティストラウンジの魅力かも。ヘヘヘッ。
 その人の食べ物の趣味は人間性を反映し、さらに演奏に関係するもんね、などと勝手にいいわけしている私。
 アーティストに知られたら、そばにくるなといわれそう…。


 
 

 
| 親しき友との語らい | 23:08 | - | -
エル・ムンド 海外リポート
 ナントで撮影した「ラ・フォル・ジュルネ」のテレビ放映の日時が決まった。
 NHKのBS1「地球テレビ エル・ムンド」で、2月21日23時からである。このなかの海外リポートの7〜8分枠である。
 でも、同日撮ってもらったアーティストへのインタビュー中の写真が送られてきたが、これがとんでもなく疲れた顔をしている。
 うわあ、どうしよう。
 テレビもきっと、疲労と時差ですさまじい顔をしているのではないだろうか。といっても、もうどうすることもできない。トホホ…。
 みなさん、私の表情は完全に無視して、ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」の様子に集中してくださいね。
 あああ、ユーウツ。
 だから旅先での撮影は嫌なんだよね、とブツブツ。
 でも、今回の取材にご一緒した音楽ジャーナリストの片桐卓也さんが、たまたま私たちが撮影していた道路の向こう側を通りかかり、「おっ、やってるやってる」というので、1枚パチリと撮ってくれた。
 これは貴重な写真で、早速送っていただいたので、これを掲載しちゃいます。
 今回はずっと一緒にいたため、3人のクルーとすっかり仲よくなってしまい、彼らの写真を今度は私がパチリ。
 向かって右からディレクターの有馬雄太さん、中央が音声のジェレミ・ブリゴさん、左がカメラの渡辺兼三さん。
 有馬さんはフランス在住のディレクターで、音楽のみならずさまざまな分野の仕事を行っているそうだ。とても真摯でおだやかで人あたりがよく、仕事熱心な人である。
 ブリゴさんはマイクの袋のなかやジャケットのなかにバナナやリンゴを隠しもっているという、とってもユニークな存在。写真でも渡辺さんの肩のところにバナナが見えるでしょう。笑ってしまいます。
 渡辺さんはお父さんが日本人でお母さんがフランス人。バイリンガルで、優しい目をしたナイスガイ。私が日本語で名前を書いてと頼んだら、すぐに書いてくれたけど、「最近、漢字を書くことがなかったから、ひどい字になっちゃった」と苦笑い。書き順は滅茶苦茶だといっていた。
 こんな3人の息はぴったり。彼らのハードな仕事ぶりが、21日には見ることができる。
 有馬さん、ブリゴさん、渡辺さん、大変お世話になりました。今後も、いい仕事をしてくださいね。





 
| 情報・特急便 | 22:40 | - | -
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013 記者発表
 今日は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013」の記者発表会に参加するべく、東京国際フォーラムのB5のホールにいった。
 関係者や担当のかたから資料を受け取り、さまざまな人とあいさつを交わしたり、名刺交換をする。
 あらかじめ決められた一番前の席にすわり、スピーチの出番を待つ。
 今年は5月3日から5日まで開催で、テーマは「パリ、至福の時」。無料コンサートを含め150公演が予定され、有料公演は135公演。海外からは500人のアーティストが来日し、国内のアーティストも300人参加する。
 なお、チケット一般発売は3月16日に決まった。
 こうした概要や基本方針、スケジュールなどが次々に発表され、ようやく自分の出番がきたときは、すでにアーティスティック・ディレクターやプロデューサーがナントでの様子やこれからの東京での公演などについて多くのことを語ったあとだったため、そこでは話されなかったことを選び、即興で約7分間のスピーチを行った。
 だが、結構時間が押していて、巻きが入っている感じだったため、早口でガンガンしゃべりまくった。
 ナントでのコンサートの様子、アーティストのインタビューの抜粋、パリでの取材の内容、東京公演への期待など、いつもの早口に拍車がかかる。
 会見がすべて終了した後、みんなから「熱いスピーチだったねえ」「すっごくメリハリがあって、よかったよ」「まるで自分もナントにいっているみたいだった」「早く音楽が聴きたくなった」などとおほめのことばをいただき、お世辞だとはわかっていても、うれしい限り。それぞれの人にていねいにお礼をいい、いろんな人と歓談した。
 実は、会見後に「読売新聞」の撮影があったため、それを行ったが、カメラマンがものすごくエネルギッシュな人で、びっくり。
「ポスターの前に立ってください」
「はい、左向いて、もう一度右向いて」
「記者に向かって話している感じを撮りたいから、ずっと話していてください」
「手振り見まねがほしいから、もっと両手を動かして」
 みんなが見ている前でいろんなポーズをとるはめになり、いやあ、まいりました。
 その後もいろんな人と話をし、無事に会見は終了した。
 今後もアンバサダーとして、ラジオ出演や雑誌の取材などが入り、美術館の館長との対談なども計画されている。
 しばらくは「ラ・フォル・ジュルネ」一色になりそうだ。
 私はいったい、いつ「アーティストレシピ」の本の原稿を書けばいいのだろうか。ムムム、悩み多き…。
 今日の写真は、会見終了後アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタン氏のかこみ取材の様子。
 マルタン氏は常に疲れ知らず。あやかりたいものだ。私は短期集中型ゆえ、集中力が途切れるとへとへとになってしまう、いかんなあ(笑)。


 
| 終わりよければ…取材奮闘記 | 22:30 | - | -
LFJ2013記者発表に参加
 明日14時から東京国際フォーラムで行われる「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013」の記者発表会で、7分間スピーチをすることになった。
 主催者や関係者に混じってアンバサダーとしてゲスト出演し、ナントで体験した音楽祭の様子や感想を伝え、東京公演への期待を促すというものである。
 今日はその準備としてさまざまな資料を読んで頭にたたき込み、ナントでインタビューしたアーティストの話を思い出し、東京公演のこまかいプログラムを読み込んだ。
「ラ・フォル・ジュルネ」のプログラムは、何年たっても速く読み込むコツがつかめない。まず、タイムテーブルとアーティストと曲目のすべてを読み、並行して行われているコンサートの詳細をつかみ、どれとどれが重なっているか、どれを優先すべきかをチェックしていく。
 ナントでも、これを毎日つかむのが大変で、取材やインタビューなどが入ると、聴きたいものを逃してしまうということが多々あった。
 明日は、なんとか効率よく多くのアーティストの様子を伝え、東京公演に大いなる期待を抱いてもらえるよう、さまざまな内容で話を進めたいと思う。
 着ていく洋服を用意し、資料もそろえ、いろんな準備をしたが、一番肝心な疲れた顔をしていてはいけないので、睡眠はたっぷりとった。
 さて、記者発表会はどうなるだろうか。
 いつもながらのぶっつけ本番で、なんとか乗り切ろう(笑)。
| 情報・特急便 | 22:30 | - | -
ロッテルダム・フィルハーモニー
 今日は、友人のKさんとサントリーホールにヤニック・ネゼ=セガン指揮ロッテルダム・フィルハーモニーのコンサートを聴きにいった。
 出張から戻って、初めてのコンサートである。
 プログラムは前半がヤン・リシエツキのピアノによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。後半がラフマニノフの交響曲第2番。
 だが、ネゼ=セガンが体調を崩し、前半のコンチェルトは指揮者なしの演奏となった。リシエツキにプログラム用のインタビューをしたとき、マエストロとの共演を非常に楽しみにしていること、ふたりで曲目を決めたことなどを聞いていたため、その密度濃い音の対話を期待していたが、リハーサルでみっちり音楽を作り上げていたのだろう、指揮者が不在でもオーケストラとピアノとの雄弁な対話を聴くことができた。
 リシエツキは以前も書いたが、1995年ポーランド人の両親のもと、カナダに生まれた。飛び級をするほどの知性の持ち主で、ピアノも非常に知的で構成力に富み、なにより音の美しさが際立つ。
 決して鍵盤をたたかず、繊細で情感豊かでやわらかく歌う音色で、ベートーヴェンの美しい音楽を嬉々とした表情で紡いでいく。
 突然、指揮者なしの本番となったが、リシエツキは落ち着いて弾き降りをこなし、オーケストラとの相性のよさを示した。
 後半はネゼ=セガンが登場し、ロシア的な力強さとほの暗い空気がただよう旋律を高らかに歌い上げ、息が長くスケールの大きな起伏に富んだ作品の内奥に迫るべく、全身全霊を傾けて指揮に没頭。体調の悪さはみじんも感じさせなかったが、楽章の合間に水を口に含む様子が痛々しかった。
 なんでも、今朝突然体調が悪化し、吐き気を催したそうだ。疲れで胃腸がやられたのだろうか。
 今日は1月31日から始まったロッテルダム・フィルハーモニーの日本ツアーの最終日。もうひとりのソリスト、庄司紗矢香のコンサートは聴くことができなかったが、このオーケストラとネゼ=セガンのピタリと合った呼吸は存分に堪能することができ、今後の両者の活躍が楽しみとなった。
 しかし、まだ私の体調は本来の調子に戻らない。もう少しゆっくり睡眠をとることが必要なのかもしれない。
 連休明けにはまたスケジュールがびっしり入っている。なんとか明日までにはもとに戻さなくては…。
 Kさんが心配して、おいしいチョコでくるんだミニパームクーヘンをくださった。帰宅してから紅茶を入れ、スイーツをいただき、演奏を反芻した。
 Kさん、ごちそうさま。なんとか元気を取り戻します。
| クラシックを愛す | 22:52 | - | -
単行本のインタビュー記事
 先月から単行本のプロモーション活動に参画し、インタビューなどを受けているが、その記事が次々に掲載されている。
 出張中に「しんぶん赤旗」(2月3日)と「聖教新聞」(2月6日)に記者が書いてくれた記事が掲載された。
「しんぶん赤旗」は、とても感じのいい若い女性記者で、彼女とはさまざまな話がはずみ、時間を忘れて長時間話し合ったことを覚えている。
 その記事は本の紹介はもちろんのこと、私がクラシックに出合ったときのことにスポットがあてられている。タイトルは「『田園』聴き景色がフワーッと」。
 こういうインタビューを受けていると、はるかかなたにタイムスリップし、自分の子ども時代が鮮やかに蘇ってくる感じがする。
 一方、「聖教新聞」はベテランの男性記者で、彼とは以前から何度か原稿のやりとりがある。
 タイトルは「ピレネー山脈を越えた音楽家たち」「学び合い、才能を何倍にも増幅」。
 こちらの記事は、フランスとスペインの音楽家たちの交流、各々の個性、私がなぜそうした土地を訪れることになったかに焦点があてられている。
 彼とも話がはずみ、インタビュー時間を過ぎても話題が尽きず、結局近くにお茶を飲みに出かけた。
 そして今日は、弦楽器の専門誌「サラサーテ」のインタビューを受けるために会社に伺った。
 この担当の女性編集者は私の音大の後輩で、ピアノ科を卒業後ヴァイオリンを始めた人。いまでもずっと演奏を続けていて、アマオケで演奏するのが夢だったという。
 ここではナントの「ラ・フォル・ジュルネ」の話、単行本の話から始まってあちこちに話題が飛び、あっというまに2時間が経過してしまった。
「サラサーテ」の記事は、3月2日発売号に掲載されるそうだ。
 こうして仕事をしている間にも、今回「エル・ムンド」の収録を担当してくれたフランス在住のディレクターから問い合わせのメールが入ったり、他からもさまざまなメールが送られてくる。
 いまはすべて「ラ・フォル・ジュルネ」一色という感じ。帰国した翌日には、「婦人画報」の「養生日記」の原稿を急いで入稿した。
 これは1週間にわたり、健康や美容に関し、どんなことをしているかを綴るもので、出張前のドタバタの時期に体調を整えるためにしていることから、出張中に心がけていることまでを書いた。次号に掲載される予定である。
 そんなこんなで、連日いつもながらの突っ走り状態が続き、ちっとも疲れが取れない。今回は一緒にいった多くの人が胃腸の調子が悪くなったり、風邪でダウンしたり、熱が出たり…。
 幸い、私はフランスにいる間はなんとかもったが、いまになって疲れが出てきた。一番困るのは、顔に疲れが出ることだ。早くなんとか調子を戻さなくては。
 こういうときは、しっかり食べるにこしたことはない。といいながら和食がおいしくて、ガンガン食べまくっているので、下半身が重くなってきてしまった。
 こりゃ、いかん。食べた分、動かなくちゃ、余計にみっともなくなってしまう(笑)。
 今日の写真は「しんぶん赤旗」と「聖教新聞」の記事の一部。Nさん、Fさん、本当にありがとうございました。





 
 
| 日々つづれ織り | 22:11 | - | -
ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」取材
 19回目を迎えた今年の「ラ・フォル・ジュルネ」のテーマは、L'heure exquise(至福の時)。1850年から現在までのフランスとスペインの音楽を壮大なパノラマとして描き出すもので、ビゼーからブーレーズまで多彩な作曲家の作品が取り上げられ、とりわけ1870年代から1940年代までのフランス音楽史の黄金期といわれる時代の作品にスポットがあてられていた。
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」でも同様だが、ナントも朝9時からコンサートがスタート、並行して複数の大中小のホールでコンサートが行われ、最終公演が開演するのは23時というものもあり、まさに一日中多数のコンサートが行われている。
 ホワイエでは無料コンサートも開かれ、連日何万人もの聴衆が会場に訪れ、押すな押すなの満員状態。
 私はコンサートを選び、会場に足を運び、いくつもはしごをして取材をし、その合間を縫ってインタビュー行い、たくさんのアーティストに会う。
 このインタビューはヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」「婦人公論」「日経新聞」などに順次書いていこうと思う。
 また、記事掲載日が決まり次第、発表しま〜す。
「ラ・フォル・ジュルネ」はひとつのコンサートが45分から長くても60分ほどの時間枠ゆえ、次々に会場を移り、異なる演奏を聴いていくことが可能なのだが、さすがに夕方近くになると集中力が落ちてくる。
 クレール・デセールとエマニュエル・ストロッサーのピアノ・デュオによるフォーレ、ラヴェル、ビゼーを聴いて大人のピアノに酔いしれ、ジャン=ジャック・カントロフ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアのファリャを聴いてスペインへと心が飛翔し、モディリアニ弦楽四重奏団のサン=サーンスで音楽からさわやかなエネルギーをもらう。
 ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ合唱団のフォーレとデュリュフレを聴いて、ぜひ今回のインタビューではデュリュフレについて質問しようと決め、フェイサル・カルイ指揮ラムルー管弦楽団のかろやかで躍動感あふれる演奏に触れ、マエストロの指揮姿に「ダンシングコンダクター(踊る指揮者)」と命名した。
 私がその官能的な音色に惚れているルノー・カプソンのヴァイオリン、実力派のピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュ、モディリアニ弦楽四重奏団のアンサンブルによるショーソンは、もっとも印象に残った演奏のひとつといっても過言ではない。
 スペインのギタリスト、フアン・マニュエル・カニサレスのロドリーゴの「アランフェス協奏曲」は、フラメンコギターとクラシックギターが見事な融合をなしていたし、ポリス・ベレゾフスキーをはじめとする多くのアーティストによるサン=サーンスの「動物の謝肉祭」は、その場でイラストレーターが絵を描いていくというライヴならではの手法がとられていた。
 こうした音楽性と表現力と集中力に富んだ上質なコンサートが次々に行われるため、息をつく暇もないほど。
 また少しずつ詳細を書いていこうと思う。
 今日の写真は会場のシテ・デ・コングレ、町のなかに立っていた「ラ・フォル・ジュルネ」の看板、そして記念のラヴェルが貼られた白ワイン。








 

 
| クラシックを愛す | 23:32 | - | -
ナント情報スタート
 昨夜、無事にナントとパリ出張から戻った。
 いやあ、今回は朝から晩までずっとコンサートとインタビュー、取材が続き、疲労困憊。さすがにまいりました。
 とはいえ、情報はたくさん仕入れ、さまざまな人に会い、新たな発見も盛りだくさん。目いっぱい走り続けた1週間だった。
 ナントはずっと雨模様で、ある日は風がものすごく強く、傘はまったく役に立たないほど。みんなずぶぬれになりながら「ラ・フォル・ジュルネ」の会場であるシテ・デ・コングレにやってきたが、だれひとり不満げな顔をしていないのが印象的だった。やっぱりお祭り気分で楽しんでいるのね。
 ナントでの「ラ・フォル・ジュルネ」はもうすっかり年中行事として定着していて、人口30万人弱なのに、チケットは15万枚も売れている。しかも、10万枚は即日完売だったとか。これにはびっくり。
 着いたその日の午後から「ラ・フォル・ジュルネ」に行き、ずっと1日中ここにいっぱなし。ランチもディナーも内部のアーティストラウンジで音楽家や関係者にまじって食べ、外で食べたランチは1回、ディナーも最終日だけだった。
 さて、1日目のスケジュールはすさまじいものがある。
 31日の1時半に羽田を出発して、31日の朝6時20分にパリに着き、3時間ほど待ってナントに着いたのは10時40分。それからホテルに行ったが、まだチェックインができないということで、みんなで名物のクッキーLUの工場跡地をリニューアルしたレストランに行ってランチをいただいた。
 それから自由行動。私はPR会社のHさんと新聞社のUさんと一緒に旧市街の町散歩へと出かけた。この日しかそれができないからだ。
 本当はナント美術館で絵をじっくり見たかったのだが、改装中でダメだとわかった。それゆえ、教会に行ったり、お土産を買ったり、町のあちこちをまわってまずは足慣らし。
 その後、チェックインをしてホテルに荷物を置き、いざ会場へ。
 2007年に初めて来たときも感じだが、ナントはフランス人が「住みたい町」のひとつに挙げているほど人気の高いところ。おだやかな雰囲気で自然に恵まれ、海も近く、人々の歩みはゆったりとしている。トラムやバスが走っているが、徒歩で十分にまわれる広さもいいのかも。
 今日の写真は、名物の塩キャラメルやクッキー、キャンディなど、いろんなお菓子を美しくディスプレイしていたお店の外観と、試食をガンガン勧めてくれたオーナーと、スイーツの棚。このオーナーは、自分がブログに登場するとわかり、大喜び。「もっと食べて」と、また甘いものを勧められてしまった。
 それからホテルの窓から撮った外の風景。私の部屋は最上階の5階のお城が見渡せる部屋で、時間の流れが止まったような静けさに包まれていた。
 お料理の写真は、ランチの2皿。牛肉の煮込みと、さまざまなお肉の乗ったサラダ。このサラダのドレッシングが気になり、ナントに住んでいるNさんに聞いたところ、イチゴやペリー類を入れたワインビネガーを使っているそうで、ナントではこれが結構多いそうだ。
 このちょっと甘めのビネガーがお肉の匂い消しの役目を果たし、オリーブオイルと混じるといい感じの味わいになる。このビネガー、あとで探しました。
 明日からは「ラ・フォル・ジュルネ」のレポートで〜す。











| 情報・特急便 | 23:22 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  
<< February 2013 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE