Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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スタインウェイの特集
 毎月、月末は締め切りに追われる日々である。
 いまは、来月発売のモーストリー・クラシックの「スタインウェイ」の特集記事を担当している。
 結構ページが多く、書いても書いても終わらない。
 もちろんスタインウェイ以外のピアノ・メーカーの記事も含まれるそうだが、私の担当はスタインウェイと、その他3項目。
 土曜日、日曜日も休日返上で仕事をしているが、なにしろ調べることが多く、実際に書くところまでいかない。
 ああ、もう6月も最後だ。半年が終わってしまった。
 アーティスト・レシピの原稿が気になって気になって仕方がないのに、連載とレギュラー誌の原稿が終わらないと、取りかかれない。
 気ぱかり焦って、実際の原稿は遅々として進まず。さて、困ったゾ。
 先日はロジャー・フェデラーがウィンブルドン初の2回戦敗退でものすごくショックを受け、しばらく何も手につかなかったが、これは仕事をしろってことなのね、と気を取り直してパソコンに向かっている。
 さて、もう少し頑張ろう。
 明日は7月。気持ちを新たに後半を乗りきらなくっちゃね。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:44 | - | -
トマト収穫一番乗り
 今日は、お隣さんが作っている家庭菜園のみずみずしいトマトをいただいた。
 今年の収穫一番乗りの真っ赤に熟したトマトで、もいでくれた途端に、昔のトマトの匂いがプーンとした。
 いつも近くのお店で買うトマトは、こういう青臭い匂いはしない。
「うーん、昔の露地物みたい。しっかりした、堅めのトマトですねえ」というと、80歳を過ぎた元気なお隣さんは、「うん、うまいと思うよ。冷やして、塩をつけて食べてみな」と。 
 そうか、トマトは塩をつけて食べるのが一番おいしい食べかたなんだ。
 というわけで、今夜の食卓にのりました、このトマト。
 まずは冷やして、何もつけずに食べたら、ああら不思議、本当に新鮮でとろけるように甘い。
 やっぱり、自分の家で作る野菜はいいですねえ。何も調味料がいらないもの。素材だけで、こんなにおいしいなんて、感動モンです。もっと、採れないかなあ(笑)。
 今日の写真はもぎたてのトマト。プリプリしています、リコピンたっぷりっていう感じ。

| 美味なるダイアリー | 23:00 | - | -
週刊新潮
「週刊新潮」の7月4日号が編集部から送られてきた。
 実は、このなかの「週刊新潮 掲示板」のコーナーに私の記事が掲載されているのである。
 この欄には、以前も一度参加させていただいたことがある。いま、自分が何か探している物とか、読者のかたたちに呼びかけて情報を募るという内容で、以前はクラシックの間口を広げるために日々いろんなことを考えています、何かいい方法はないですかと呼びかけた。
 すると、編集部宛てに多数のかたたちから手紙が届き、それが私のほうに返送されてきた。もちろん、返事はすべてお出しした。
 今回もまた声をかけていただいたので、いま取り組んでいる「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の本のことを話したら、「それでいきましょう」ということになった。
 というわけで、今日送っていただいた雑誌にはそれが出ている。
 でも、まだ原稿はアップしていないし、夏の出版予定だから時期尚早かもしれない。
 これからしばらく待っていると、読者のかたたちからいろんな情報が寄せられてくるかもしれない、楽しみだワ。
 単行本の担当者にこの話をしたら、「えーっ、早く出さないとダメですねえ」といわれてしまった。そうか、やっぱり時期尚早だったんだ(笑)。
 今日の写真はその雑誌の一部。自分で自分にハッパをかけてしまった気分…。 

| 情報・特急便 | 23:02 | - | -
川久保賜紀&上原彩子
 今日は大雨のなか、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートを聴きに、東京オペラシティコンサートホールに出かけた。
 今夜のプログラムはコンチェルト2曲。ベートーヴェンの「エグモント」序曲のあと、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を川久保賜紀が、後半はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を上原彩子が演奏した。
 ふたりは2002年の第12回チャイコフスキー国際コンクールにおいて、ヴァイオリン部門最高位、ピアノ部門優勝を遂げた、いわゆる同期生だ。
 川久保賜紀は、以前より安定した演奏を聴かせ、特質であるのびやかな美音を遺憾なく発揮した。
 上原彩子も、どっしりとした根性のすわった音でベートーヴェンと対峙し、ドイツ音楽を得意とするオーケストラとの雄弁な音の対話を聴かせた。
 このコンサートのプログラムにふたりのことを書いたのだが、デビュー当初から聴き続けていると、演奏の変遷が手に取るようにわかり、非常に興味深い。
 コンクール当時はまだ20代前半だったふたりが、いまや30代となり、堂々たる実力派に成長したのを見ると、感慨もひとしおだ。
 終演後、私服に着替えたふたりに会い、リラックスした表情の写真を撮ることができた。
 ドイツの深々としたほの暗くやわらかい響きのオーケストラに支えられ、川久保賜紀も上原彩子も、自身のもつ最高の演奏を披露した一夜となった。
 今回のオーケストラの日本ツアーは、2011年に予定されていたものだが、大震災の影響で中止となった。それだけに、指揮者もオーケストラも深い思い入れがあるのだろう、彼らももてる最高の力を発揮してくれた。
 それゆえ、とても温かな気持ちで帰路に着くことができた。





 
| アーティスト・クローズアップ | 22:57 | - | -
チョ・ソンジンの成長
 昨夜は、すばらしい才能の成長過程を目の当たりにすることができ、ある種の深い感動を覚えた。
 韓国出身の19歳になったばかりのピアニスト、チョ・ソンジンについては以前もその自然体の演奏と、人柄のよさを綴ってきたが、久しぶりに浜離宮朝日ホールで聴くリサイタルは、彼の才能が飛躍的に伸びたことを示すに十分なものだった。
 前半はシューベルトのピアノ・ソナタ第13番からスタート。大きな特質である美しい音が最大限生かされた演奏で、シューベルトらしい歌謡的な主題を歌曲のようにのびやかに、また、自然な奏法で進めていく。
 チョ・ソンジンの演奏は、以前からからだの使いかたの実に自然なことに驚きを覚えていたが、なおいっそう力が抜け、弱音の美しさが際立つようになった。
 次いでプロコフィエフのピアノ・ソナタ第2番が演奏され、これは昨秋からパリ高等音楽院でミシェル・ベロフに師事して研鑽を積んでいる成果が如実に現れるものとなった。
 チョ・ソンジンは、この変化に富む、非常に前衛的で幻想的であるソナタを、完全に自分の音楽として自信をもって奏でたからである。
 ベロフは、この若き才能に大きな自信を植え付けたようだ。
 チョ・ソンジンは2009年11月、浜松国際ピアノ・コンクールにおいて15歳で最年少優勝を遂げ、2011年6月にはチャイコフスキー国際コンクールで第3位入賞を果たしている。
 だが、この入賞直後にパリ留学を決意していることから、自分に何が足りないのか、何を勉強したらいいのかをじっくり考えたに違いない。
 そしていま、彼の音楽は大きく変貌し、それが後半に演奏されたショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」にリアルに現れていた。
 各々の楽章に変化をもたせ、強弱、リズム、フレーズ、ルパート、テンポ、主題のうたわせかたなど、すべての面において非常に個性的なショパンを聴かせたからである。
 これを聴き、私は次回の2015年のショパン国際ピアノ・コンクールに出場し、優勝を目指すのではないかという思いを強くした。
 説得力があり、存在感があり、そのなかで透明感に満ちた美音を遺憾なく発揮していくチョ・ソンジンのショパン。これはおそらく審査員の心も聴衆の心もとらえるのではないだろうか。
 そしてプログラムの最後には、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を披露したが、これこそパリで勉強しているチョ・ソンジンのすべてを物語っていた。ラヴェルの渦巻くようなワルツのなかから湧き上がるきらめき、ファンタジー、彫刻を思わせるような立体的な響きを超絶技巧をものともしない自然なテクニックでかろやかに、しかも奥深い響きで最後まで一気に聴かせたからだ。
 チョ・ソンジンの演奏は、底力がある。からだはそんなに大きくなく、以前よりもスリムになったが、ピアノを豊かに鳴らすスケールの大きさと、けっしてたたきつけずにおなかに響くような強音は圧巻だ。
 次回また聴くときは、よりいっそう成熟したピアニズムが堪能できるのではないだろうか。
 昨夜は、会場を訪れた同業者が、みんな口をそろえて絶賛していた。すばらしき若き才能は、その場に居合わせた全員の心をとらえたようだ。
 
 
 
| クラシックを愛す | 21:51 | - | -
単行本の追い込み
 先日、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)の単行本の編集担当のWさんと、自由が丘でお茶をしながら最終的な打ち合わせをした。
 彼はとてもおだやかで礼儀正しくて、やんわりと催促をされるので、私としては本当に原稿が遅れ遅れになっていて申し訳ないと、いいわけばかりしてしまう。
 Wさんは、クラシックがとても好きで、特にフルトヴェングラーの大ファンだ。私がインタビューで聞いた記事に書けないようなオフレコの話をすると、すごく楽しそうに聞いてくれる。
 そして、「本当は、そういうの書けるといいんですけどねえ」という。
 まさか、ダメダメ。オフレコだからアーティストが気を許して話してくれるのだから、そうはいきませんよー、ホント残念ですけどね。
 この日はアーティスト写真も全部そろったということで、私のお料理の写真とレシピも入った見本誌のようなものを作ってきてくれた。
 うーん、これがすこぶる楽しい仕上がり。むくむくとやる気が出てきたワ(笑)。Wさんの作戦勝ち!!
 というわけで、7月末には全部の原稿を入稿し、8月に出版予定とスケジュールが決まってしまった。
 ああ、どうしよう、他の原稿もあるんだもん。またまた追いつめられてきたゾ。でも、もう待ったなしだもんね。やるっきゃない。
 いまは暑いの、湿気が多いのなどといっていられず、ひたすら前進あるのみ。フレー、フレーと自分にハッパをかけている。
 
 
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 17:27 | - | -
外山啓介
 今日は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」をレコーディングした外山啓介にインタビューするため、エイベックスにいった。
 彼はこの作品を昨年のリサイタル・ツアーでも演奏し、ついに録音に踏み切った。
 そのカップリングが実に変わっていて、ブラームスの「3つの間奏曲作品117」と「6つの小品集作品118より」第2番間奏曲である。
 まず、選曲について聞くと、とにかくこれらの作品が好きなのだという。そして「展覧会の絵」は、長年自分の弾く作品だとは思わず、さまざまな録音を聴いてきたそうだが、あるときレイフ・オヴェ・アンスネスの演奏を聴き、一気に作品に魅了されたのだそうだ。
 私は初来日時からアンスネスをひたすら応援してきたため、ここでアンスネスの話で盛り上がってしまった。
 それから「展覧会の絵」の各曲に関することをいろいろ聞き、彼は率直にことばを尽くして話してくれた。
 ブラームスに関しては、表現がとても難しく、その奥深さに近づくのにもっとも苦労したと胸中を明かしてくれた。
 外山啓介に会うと、いつもふたりで話があちこちに飛んでいき、雑誌のインタビューという枠からはみ出てしまう。
 今日のインタビューは「レコード芸術」に書く予定になっているが、録音のことを聞いていながら、とんでもないほうに話題が移り、実に多種多様な内容のインタビューとなった。
 外山啓介は、5月から各地でコンサートを行っているが、9月29日にサントリーホールでショパンやラヴェルなどをメインに据えたプログラムでリサイタルを行う。
 彼がショパンに開眼したのは、シプリアン・カツァリスがNHKテレビで行ったショパンの講座を見たことによるという。
 アンスネスといい、カツァリスといい、若いピアニストにこれだけ影響を与えるのだから、その存在感はすごいものがある。
 今度、彼らに会う機会があったら、ぜひこの話をしたいと思う。きっとピアニスト冥利に尽きるのではないだろうか。
 今日の写真はインタビュー終了後の1枚。いつ会っても、ナイスガイ。リサイタル、期待していますよ〜。 

| 親しき友との語らい | 22:19 | - | -
河村尚子
 今日は、河村尚子のインタビューのためにソニーに出かけた。
 彼女にはデビュー以来ずっと取材を続け、デビューCDのライナーも書き、さまざまな講座などでもご一緒している。
 デビュー前に国際コンクールを受けていた大変な時期の話を聞き、いろんな苦難を乗り越えてきたことを知っているため、いま国際舞台ですばらしい活躍をしている姿を見て、本当にうれしい気持ちでいっぱいになる。
 自分が応援してきたアーティストが高みを目指して一気に飛翔していく様子を見るのは、私自身誇らしく感じる。
 河村尚子は、7月に新譜の録音をベルリンのイエス・キリスト教会で行う予定だ。プログラムはショパンのバラード全4曲と、ショパン、シューベルト、ワーグナーの歌のリストによる編曲版という組み合わせ。ずいぶん長い間考えに考えた選曲だそうだ。
 おそらく10月には日本でのリリースが可能になるのではないだろうか。今日のインタビューは、その録音に関して聞き、いつもながら話題はいろんな方向へと広がっていった。
 このインタビューは、「CDジャーナル」に掲載される予定で、新譜のリリースに合わせた時期の号になると思う。
 彼女と話していると、自信といおうか、余裕といおうか、実力派ピアニストとしてのオーラを感じることができた。
 10月にはイルジー・ピエロフラーペック指揮チェコ・フィルの来日公演のソリストとして、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏することになっている。
 いまはチェリストとの共演も多く、今後は室内楽ももっと行っていきたいと意欲を示す。
 今日の写真は、インタビュー後の河村尚子。彼女のピアノは聴くたびに存在感を強く感じさせるようになってきたが、素顔もよりチャーミングになった。
 録音も大いに期待したいと思う。尚子さん、頑張ってね〜。



| 親しき友との語らい | 22:05 | - | -
牛田智大プレミアム・ミニ・コンサート
 今日は、牛田智大のセカンド・アルバム「献呈〜リスト&ショパン名曲集」(ユニバーサル)と、単行本「リトル・ピアニスト 牛田智大」の発売日を記念して、Hakuju Hallでプレミアム・ミニ・コンサートが行われた。
 牛田くんはショパンのマズルカ第37番 作品59-2とバラード第3番を演奏。間にトークを交え、さらにリストの「献呈(シューマンの歌曲による)」とハンガリー狂詩曲第12番を演奏した。
 以前、聴いたときよりもさらに弾き込んだ、手の内に入った演奏を聴かせ、どこか余裕すら感じさせた。
 若いアーティストは、演奏を聴くたびにテクニック、音楽性、表現力などが飛躍的に向上していく。牛田くんも、日々の過酷なまでの練習の成果をそのつど発揮し、音楽がより大きくなっていくようだ。
 終演後、楽屋を訪れたら、「ああ、伊熊さ〜ん」といって両手の指を広げて近づいてきた。その指に指をからませて、あいさつ。うーん、この指の握力も以前よりも数段力強くなったゾ(笑)。
 その後、いろんな関係者とあいさつを交わし、扶桑社の本の担当者のOさんのお誘いを受け、食事会に出かけた。
 牛田くんは、この夏休みは父親の赴任先である上海で過ごし、ピアノ三昧と近くのホテルのおいしい中華料理を楽しむ予定だそうだが、私たちも今夜は中華料理を囲んだ。
 本ができあがるまでには、本当にいろんなことがあった。でも、ようやくこうして世に送り出されることになった。Oさんと、これまでのことをいろいろ話しているうちに、牛田くんの取材をした1年数カ月のことが、走馬灯のように思い浮かんできた。
 この本は、私の単著としては9冊目にあたる。ひとりでも多くの人に読んでもらえるよう、牛田くんのことを知ってもらえるよう、今後は自分のできる限りのプロモーション活動をしたいと思っている。
 今日の写真は、おいしいあんかけ焼きそば。黒酢の酢豚やいろんな野菜の炒め煮などもいただいたのに、Oさんと話に夢中になっているうちに、写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。最後の焼きそばになって、「あっ、しまった」と気付いた次第だ。ああ、残念(笑)。


 
 
| 日々つづれ織り | 23:34 | - | -
モディリアーニ弦楽四重奏団の新譜
 CDのライナーノーツは、締め切りが結構待ったなしで、少しでも送れると大変なことになる。
 いまは、モディリアーニ弦楽四重奏団の新譜のライナーを入稿したばかりだ。
 彼らの演奏を初めて聴いたのは2010年の来日公演のときのこと。その後、ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」などでも聴き、みずみずしい音色と緊密なアンサンブルに魅せられてきた。
 その新譜のライナーノーツの依頼があり、プログラムはドビュッシーの弦楽四重奏曲 ト短調、サン=サーンスの弦楽四重奏曲第1番、ラヴェルの弦楽四重奏曲 ヘ長調。ドビュッシーとラヴェルはカルテットの定番ともいうべき作品だが、サン=サーンスはあまり演奏される機会に恵まれない珍しい作品。
 しかし、埋もれた作品といわれているものの、曲想はサン=サーンスの特質が存分に表現された聴きごたえのある内容。それをモディリアーニ弦楽四重奏団の4人は生き生きと、作品のすばらしさを前面に押し出しながら、自由闊達な演奏を聴かせている。ときおり、彼らの特質であるえもいわれぬ浮遊感がただようのも興味深い。
 実はここで、ひとつビッグニュース。「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」では何度も来日している彼らだが、初めての日本ツアーが決定した。
 2013年9月14日 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール、9月17日 埼玉会館大ホールほか。
 モディリアーニ弦楽四重奏団は、今年のナントの「ラ・フォル・ジュルネ」でも、終演後みんなの拍手が鳴りやまず、何度も何度もステージへと呼び戻されるほどの人気だった。
 今回の新譜も、冒頭から最後まで、一気に聴かせてしまう強い吸引力をもっている。来日が楽しみだワー。
 今日の写真はそのCDのジャケット。名前と楽器がわからなかったら、3月の私のブログに寄って、確かめてくださいなー。面倒でも、お願い。ファーストネームだけでも覚えると、親しみが湧きますから(笑)。



| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 20:40 | - | -
フェデラー、今季初優勝
 たったいま、ドイツのハレで開催されているATPテニス250の試合で、ロジャー・フェデラーが今季初優勝を遂げた。
 いやー、ここまで長かった。
 今年はなかなか優勝できず、ファイナルまで進んでも敗れることが多く、昨シーズン優勝の試合もディフェンディングチャンピオンでありながら、勝利を逃してきた。
 でも、ようやく得意のグラスコートシーズンに入り、準決勝では昨年ファイナルで惜しくも敗れたトミー・ハースに雪辱を果たし、今日はロシアのミハイル・ユーズニーに3セットの末、勝利し、通算6度目の優勝を果たした。
 さぞ、うれしいだろう。ようやく巡ってきた初優勝だから。
 実は、ハレでは過去5度優勝を果たしていることから、町にはロジャー・フェデラー通りと名付けられた道路まである。
 そんなに大切にされているんだから、ぜひとも勝たなくてはね。
 というわけで、フルセットになったため、ハラハラドキドキしながらライヴスコアを見ていたが、ようやく優勝でき、ほっと安堵した。
 今回は、長年の友であるドイツのトミー・ハースと組み、両者にとってのダブルス・デビューも果たしたが、1回戦で負けてしまった。
 実力派同士が組んでも、コンビネーションがうまくいかないと、なかなか結果に結びつかない。だが、このふたりは仲がいいから、きっと今後もダブルスを組むに違いない。
 ああ、よかった。
 これでゆっくり眠れるワ(笑)。ロジャー、おめでとう!!

 
| 日々つづれ織り | 23:31 | - | -
牛田智大の新譜と単行本の発売
 4月の牛田月間の真っただ中のときは、とにかくいま目の前に山積みになっている仕事を片付けなくては、という切羽詰まった気持ちだった。
 ようやく6月に入り、まず「家庭画報」の牛田くんの特集ページが掲載された号が出版され、ここにきてユニバーサルから新譜「献呈〜リスト&ショパン名曲集」、扶桑社から「リトル・ピアニスト 牛田智大」が送られてきて、ひとつの区切りがついた感じだ。
 新譜と単行本は6月19日の同時発売で、こうして並べてみると、ねじり鉢巻きでガーッと追い込んでいたのが嘘のように思える。
 新譜は、ゆっくり聴いてみると、やはりこの1年余りの成長の成果が著しく感じられ、感慨深い。
 本のほうは、じっくりと通して読んでみた。以前も書いたが、やはりああすればよかった、こうすればよかったと足りないところがたくさん出てきてしまう。
 よく、アーティストが録音が終わったら、どうしても納得できなかったり、反省する面や完璧にいかなかったところが出てくるので、2度と自分の録音は聴かないという話をするが、私も同じような気持ちを抱く。
 今回の本は、一応ロングインタビューという形をとっているため、牛田くんの発言をできる限り多く盛り込んだ。
 インタビューは、生き物である。その場、そのときの空気で内容がいかようにも変わる。それをあとで組み立てていくわけだが、あくまでも読者にわかりやすいように、流れを工夫しなければならない。
 ここが一番のポイントである。
 さて、発売後には、どんな意見が聞かれるだろうか。楽しみでもあり、怖くもあり…。
 今日の写真は、CDのジャケット写真と本の表紙。単行本にはウィーンで撮影した写真がたくさん掲載され、華やかで楽しい雰囲気となっている。牛田智大の音楽にように…。







 

 
| 終わりよければ…取材奮闘記 | 22:23 | - | -
週末の締め切り
 毎週、週末になると締め切りできりきり舞いをする。
 今日も、ダニール・トリフォノフのリサイタルに出かけることがかなわず、パソコンにかじりつくことになってしまった。
 彼のリサイタル前の記事を書いたのに、聴きに行かれないとは、本当に残念だ。
 さて、ようやくすべての原稿が終わり、資料やCDなどを整理すると、もうこんな時間。やれやれ、これから少しだけのんびりしようかな。
 そう思って、ATPのサイトをのぞいたら、グラスコートのシーズン開幕のハレで行われている試合で、ロジャー・フェデラーが準々決勝で25歳のドイツのミッシャ・ズヴェレフに6-0、6-0のダブルベーグルで勝利していた。
 わずか39分の試合だったようで、ロジャーにとっては2度目の記録。こういう試合、本当はテレビで観たいんだよね。でも、無理だワ。
 でも、これで気分は一気によくなった。単純だこと(笑)。
 さて、明日と明後日で「アーティスト・レシピ」の原稿がどこまでできるか。来週になると、また他の原稿が控えているから、この休日でできる限り追い込まなくてはならない。
 体力つけて、頑張らなくっちゃ。
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:23 | - | -
今日もヴェンゲーロフ
 今日も、マキシム・ヴェンゲーロフのコンサートを聴きにサントリーホールに出かけた。
「弾き振り公演」と名付けられたコンサートは、J.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調」からスタート。若手ヴァイオリニスト、山根一仁とマキシムとの共演となった。オーケストラは東京フィルが担当、ヴァイオリニストふたりが交互に弾き振りを行う形で、こうしたスタイルでのマキシムの演奏は初めて耳にしたため、とても新鮮な思いにとらわれた。
 次いで登場したのがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲 ニ長調。ここでは当初、マキシムが弾き振りを行う予定だったが、昨日ピアノを担当したヴァグ・パピアンがタクトを振り、マキシムはソロに徹した。
 そのチャイコフスキーは、完全に手の内に入った堂々たる演奏で、子どものころから長年弾き込んできたこのコンチェルトを巨匠的風格をただよわせながら弾ききり、またもや喝采の嵐に包まれた。
 後半はリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」。マキシムはヴァイオリンでソロを弾きながら、楽器と弓を横に置いて指揮棒に持ち替え、それを何度も繰り返しながら第4楽章までじっくりと聴かせた。
 彼は全暗譜で「シェヘラザード」を自由闊達に物語性を前面に押し出しながら演奏し、特有の美音を遺憾なく発揮した。
 マキシムの演奏は本当に地に足が着いた感じで、どっしりと落ち着き、自信に満ちあふれ、苦難を乗り越えて音楽性も表現力も、また人間的にもひとまわり大きくなった。
 終演後、楽屋で、同行している父親のアレックに久しぶりに会うことができた。彼もマキシムと同様とても恰幅がよくなり、ハグされたが、とても手はまわしきれない。それでもアレックは長い間その状態を続けているため、私から先に離れるわけにはいかない。
 それをそばて見ていたマキシムは、「うーん、長すぎ!!」といって笑っていた。
 今日は、ヴァン・クライバーン国際コンクールを聴きにいっていた親しい友人のKさんが帰国してこのコンサートにかけつけたため、彼女とも久しぶりに会うことができ、とても有意義な一夜となった。
 ほかにも、久しぶりにいろんな人に会うことができ、旧交を温める場となった。
 音楽は人と人とをつないでくれるのだ、ということをつくづく感じさせられた日でもあった。
| 親しき友との語らい | 23:57 | - | -
マキシム・ヴェンゲーロフ
 今日は、マキシム・ヴェンゲーロフの演奏を聴きにサントリーホールに出かけた。
 マキシムの演奏を聴くのは、本当に久しぶりである。今回の来日は「ヴェンゲーロフ・フェスティバル2013」と名付けられ、6月10日にオーチャードホールで「ベートーヴェン&ブラームス・プログラム」が行われ、今日は「リサイタル」、明日もサントリーホールで「弾き振り公演」が予定されている。
 数年ぶりに聴く演奏は、なぜかとてもなつかしい感じがした。ヘンデルのヴァイオリン・ソナタ第4番からスタートしたのだが、肩の故障は完全に直り、以前の音が戻っていた。
 太くまろやかで情熱的なマキシムの音が、鍛え抜かれたフィンガリングと自然なボウイングによって私の心の奥に沁み込んできた。
「ああ、これがヴェンゲーロフの音楽だ」
 いつしか、作品はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番に移っていたが、私の心は音に酔いしれていた。
 このソナタでは、マキシムは親しい友人であり、指揮の指導者でもあるピアノのヴァグ・パピアンと、瞑想的で幻想的な曲想を大切に、お互いのコミュニケーションをより密度濃いものにしながら弾き進めていった。
 後半は有名なフランクのヴァイオリン・ソナタ イ長調。耳になじみ深い作品を、マキシムはまさに名人芸を存分に発揮するように美しく奏で、完全復活をアピール。さらに以前より安定した姿勢、自然な脱力、気負いのない演奏で作品のよさを前面に押し出した。
 彼の演奏は完全に変わった。よく、ピアニストが指や腕の故障を乗り越えた後に、演奏が大きく変貌することがあるが、マキシムのヴァイオリンもひと皮むけたといおうか、人生の苦難を経験した人だけがもつ強さが感じられた。
 最後は、サン=サーンスの「ハバネラ」と「序奏とロンド・カプリチオーソ」で締めくくり、真に巨匠的な演奏に会場は喝采の嵐に包まれた。
 鳴りやまない拍手に応えてアンコールを3曲弾いたのだが、3曲目はマスネの「タイスの瞑想曲」だった。
 これまで機会があるごとに、マキシムの本を書いたときにイスラエルのミグダルの自宅でこの曲を聴いたときのことを書いてきたが、今日もこれを聴いた途端、私の脳裏には15年前のあの家の様子が浮かんできた。
 目を閉じてじっと聴き入っていたら、あのときの取材のさまざまなことが蘇ってきて、音楽のもつ不思議な力に心が震えた。
 ある曲を聴くと、それを聴いたときに瞬時にタイムスリップしてしまう。「タイスの瞑想曲」は、私にとってそういう曲である。
 終演後、楽屋で久しぶりにマキシムと会った。
「もうすっかり肩が直ったようで、安心したわ」 
 私がいうと、マキシムはいぜんと変わらぬ笑顔で答えた。
「うん、もう完全に直ったよ、大丈夫。心配してくれてありがとう」
 明日もまた、ヴェンゲーロフ・トーンを聴きにサントリーホールに出かけようと思っている。
 今日写真は楽屋でのマキシム。かなり恰幅がよくなって、ハグをしたら、私の手は両手が届かなかった。顔は細いんだけどね(笑)。

| 親しき友との語らい | 23:48 | - | -
練木繁夫
 今日は、ヤマハ銀座店の裏にあるピアノサロンに、ピアニストの練木繁夫のインタビューにいった。
 長年、アメリカを中心に各地で幅広い活動を行っている彼は、30年間にわたってチェロのヤーノシュ・シュタルケルと共演したことで知られる。
 私は以前も書いたが、シュタルケルの音楽性と人間性の両面に魅せられているため、その話で盛り上がってしまった。
 もちろん音楽の話を中心に聞いたのだが、ふだんのシュタルケルの様子や素顔をいろいろ聞くことができ、とても有意義だった。
 練木繁夫はソロ活動も多く、近年はヴァイオリンの漆原啓子とのデュオも活発に行っている。
 彼はとてもフランクで話しやすく、ひとつの質問に対してさまざまな考えを聞かせてくれるため、インタビューは2時間近くに及んだ。
 この記事はヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書く予定になっている。
 練木繁夫は、演奏も非常に緻密で緊迫感に富み、楽譜の深い読みを感じさせてくれるものだが、ベートーヴェンの楽譜に書かれた強弱記号の話題になった途端、すっくと立ってピアノのところにいき、「ほら、いまのところはこう書かれているけど、実際に弾いてみるとこうでしょう」と、その箇所の違いをこまかく弾き分けて聴かせてくれた。
 ああ、まるでレッスンを受けているようだわ、と一瞬錯覚を覚えてしまったほどだ。
 話題は、オール・ショパンで組み立てた先日のリサイタルから、ベートーヴェンのソナタの話、J.S.バッハが常に自身の根幹にあること、今後はシューベルトの後期のソナタを弾いていきたいことなど多岐にわたった。
 もっとも興味深かったのは、自分で自分を「悪い性格の人間」だと評したこと。音楽を聴く限り、とてもそうは思えませんよ。これはきっと、シュタルケルのちょっと自虐的なユーモア精神がうつったんじゃないかな(笑)。
 このインタビューでは、最後にWEBの読者のために色紙にメッセージを書いてもらうのが恒例なのだが、なんと彼は「インタビューがとても楽しかった」と書いてくれた。
 こういうのは初めてである。お礼をいわれたり、「すごく楽しかった」といわれることはあるものの、それはある程度の社交辞令だと思っている。
 でも、練木繁夫は文字にして残してくれた。ああ、なんという幸せ。この仕事をしてきてよかったと思える瞬間だ。
 ただし、まだ原稿を書いたわけではない。浮かれていないで、彼が納得する、内容のあるいい原稿を書かなくては…。
 今日の写真は、ピアノを演奏している様子を撮影中の1枚。その感動的なメッセージを書いているところ。そして、最後に笑顔の1枚をいただきました。
 練木さん、頑張って、いい原稿書きますからね!!





 
| クラシックを愛す | 22:27 | - | -
アンネ=ゾフィー・ムター
 先日、アンネ=ゾフィー・ムターのリサイタルを聴きにいったことは書いたが、いつ聴いても彼女の演奏は上質でエレガントで心に深く響いてくる。
 インタビュー・アーカイヴ第51回は、そのムターの登場。素顔もとても魅力的で、女が女に惚れてしまうとは、このことという感じ。
 ステージでは、肩ひもなしのマーメイドスタイルのドレスがトレードマークだが、インタビューに現れた彼女は仕立てのよいパンツスーツでピシっと決め、仕事ができるキャリアウーマンといった雰囲気をもっていた。
 うーん、これにも惚れてしまいそう(笑)。

[FM fan 1999年7月12日〜7月25日 No.16]

カラヤンから学んだことはけっして妥協しないこと、常に一歩上のレヴェルをめざすこと
 
 

ベートーヴェンとの対峙

 昨年1年間、ピアノのランバート・オーキスと組んでベートーヴェンのソナタ10曲の全曲演奏会を世界50都市で開いたムターが、今回の来日では古典派から現代作品にいたるまで幅広いプログラムを披露した。
 彼女はベートーヴェンとじっくり対峙したことにより、この作曲家の音楽性から人間性までより深く魅せられ、また自身の今後の方向性までつかめるようになったという。
「ベートーヴェンのソナタ全曲を演奏するというプロジェクトは、自然に生まれたものなんです。1988年にオーキスと私はまず《スプリング・ソナタ》を弾きました。その後もいくつか弾く機会があり、ふたりの間で徐々にベートーヴェンへの気持ちが固まってきたわけです。ハイドンの影響から抜け出して成熟していくベートーヴェンの作曲家しての歩みを順に追っていきたい、そう考えました。
 書かれた順番に演奏していく、これは作曲家を知る上でとても大切なことなんですよ。《スプリング・ソナタ》の前に書かれた作品23のソナタというのはあまり演奏される機会のない短調の曲ですが、このふたつを並べて弾くことにより、暗さから明るさに移行する、暗い冬があるからこそ花が一斉に咲く春が待ち遠しい、そういう気持ちが理解できるのです。
 暗さから明るさに移るというのは、ベートーヴェンの生涯のテーマでもあったわけですし、作品23はベートーヴェンが迷っている時期に書かれたもので、これからいったいどのような方向に進めばいいのか模索中でした。自分の基礎となるバロックに戻るのか、それとも新しい方向性を見出したほうがいいのか。《スプリング・ソナタ》のスケルツォで、ベートーヴェンは初めてヴァイオリンのほうに最初にテーマを与えています。その意味でもこれは全曲のなかで鍵を握る存在ではないでしょうか」
 リサイタルではオーキスがピアノのふたを全開にしている。ムターは音量で勝負するヴァイオリニストではなく、繊細で気品あふれる情感豊かな音を持ち味としているが、その弱音までもが実に明確に美しく響いてくる。
「オーキスは一時期、現代作品を多く演奏していました。私ももちろん現代作品は大好きです。ただし、彼はその後フォルテピアノを弾き、私もベートーヴェンのソナタでこのフォルテピアノと合わせてみたことがあります。
 でも、私の楽器はバロックのスタイルではないので、音楽がかみあわなかった。ただし、フォルテピアノのすぐに反応する音、はっきりとした響き、フレージングなどからは非常に多くのことを学びました。
 いま、私は現代のピアノでふつうのタッチで演奏されても、けっして自分の音量を上げることなく自由に響かせることができる、遠くに浸透していく音で。何でも勉強が大切ですね」

「カラヤンはユーモアがあるほうではなかったので…」

 ベートーヴェンがひと段落した現在、ムターの目はより大きなプロジェクトへと向けられている。それは、「ヴァイオリンの歴史100年を振り返って」と題されたシリーズ。来年から世界各地で演奏していくという。
「いまとりかかっているのはヴィヴァルディの《四季》。これはのちの作曲家に大きな影響を与えた作品。ここから発して、ペンデレツキやウェーベルンの20世紀の作品まで網羅しようと考えています。
《四季》は弾き振りをしているんですが、実は先日若いオーケストラと演奏したとき、ある晩とてもいいコンサートができたんです。それで翌日みんなに向かって“さあ、みなさん、また練習しましょう”といったら、全員にイヤーな顔をされてしまいました。
 彼らは昨日あんなにいい演奏ができたのに、また練習って顔をしている。それで私はザルツブルクでのカラヤンとの思い出話を彼らにしました」
 ムターはカラヤンの秘蔵っ子として知られる。13歳でデビューしたときからカラヤンと数多く共演し、キャリアを積み上げてきた。ところが、カラヤンの素顔はほとんど知らないのだという。演奏中の彼しか知らないと。
「不思議でしょう。みなさん、私がカラヤンのすべてを知っているように思われるようですが、本当は指揮をしているカラヤンしか知らないんですよ。13年も一緒に演奏していたのにね。それもすごくきびしくて、何度もリハーサルを繰り返すカラヤンしか覚えていないんです。
 知り合ってまもないころ、いい演奏ができたのに翌日また最初からリハーサルといわれた。昨日よかったから次のレヴェルにいけるはずだって。カラヤンはユーモアがあるほうではなかったので(笑)、単刀直入にそれを要求する。カラヤンはひとつのレヴェルに到達したら、また最大限の努力をして次なる到達点に向かう、そういう人でした。それが人生の目的でもあった。
 カラヤンから学んだことはけっして妥協しないこと、常に一歩上のレヴェルを目指すこと。これが彼の人生哲学だったのではないでしょうか。そして、いつも現状に立ち止まらず先を見ていた人です。21世紀にまで自分の音楽を残そうとさまざまなメディアを駆使していた。
 彼はけっして難しい音楽を残そうとしたのではなく、名曲を聴きやすく、しかも質を落とさずに幅広い層に伝えた。その姿勢を引き継ぎたいですね」

「平和のために自分ができることなら何でも」 

 ムターはいま若い演奏家の手助けをしたり、チャリティコンサートを積極的な行ったり、カール・フレッシュ・コンクールの再開に向けて努力したり、さまざまな活動を行っている。
「12歳から14歳までスイスの学校でアイダ・シュトゥッキに就いて学んだんですが、彼女は音楽家として人間としてどのように自分を伸ばしたらいいかを教えてくれました。作曲家にまつわる多くの文献を読むことの大切さも先生から教えられたことで、私はそれにより作品に深く入っていくことができた。そして、自分が何をしたらいいか、自分自身で考えるようになりました」
 ムターは戦争に心を痛め、子どもたちの教育に真剣に取り組み、平和のために自分ができることなら何でもすると明言する。ヨーロッパの社交界では、みな彼女の肩ひもなしのドレスをまねするほどの美しい舞台姿を誇るムターは、音楽も内面も一本芯の通った力強さを備えている人でもある。

 ムターは2011年の東日本大震災に深く心を痛め、復興支援プロジェクトの活動に尽力している。それはインタビュー時も現在も変わらない彼女の一貫した姿勢である。
 今日の写真は雑誌の一部。美しく凛とした表情も、まったく変わらない。

| インタビュー・アーカイヴ | 20:24 | - | -
打ち上げ会
 昨夜は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013」の関係者4人が集まり、打ち上げ会が行われた。
 中華料理のテーブルを囲み、今年の内容報告、感想、反省、来年への課題などについて活発な意見交換がなされ、本音もいくつか飛び出した。
 中華のフルコースだったが、個室だったためゆっくり話すことができ、有意義な時間を過ごすことができた。
 まだ来年のテーマは完全に絞られてはいないため、これから夏にかけて詳細が決まりそうだ。
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」は、来年10周年の記念の年を迎える。それゆえ、内容的にも充実したものにしなくてはならないと、関係者一同、気を引き締める思いだった。
 思えば、去年のいまごろからアンバサダーとしての仕事がスタートした。 振り返ってみると、さまざまなことがあり、いろんな新しい出会いがあった。本を書くために真夏のパリに取材に行き、戻ってからはねじり鉢巻きでパソコンに向かい、本が出版されてからは多種多様なプロモーション活動、アンバサダーとしての任務を遂行した。
 あれから1年だ。
 この打ち上げで、ひとつの大きな仕事に区切りがついた感じがした。
 さて、来年はどんなテーマが設定され、いかなる内容になるのだろうか。今度は、もう少し余裕をもって、ゆっくり音楽を楽しみたいものだと思う。
 今日の写真は中華料理の3皿。どれも季節の野菜が用いられて、色彩感豊か。初夏の一夜があっというまに過ぎていった。





   
| 美味なるダイアリー | 21:34 | - | -
初夏の収穫
 お隣の奥さんのお父さんは、80歳を過ぎても矍鑠たるもので、朝から夕方まで自分のお店で目いっぱい仕事をし、時間を見つけては自家菜園を楽しんでいる。
 先日は、この夏初めて採れたというエンドウ豆を「ほんの少しだけど」といっておすそわけしてくれた。
 そして昨日は、「これ、育ててみて」と、かぼちゃの苗をもってきてくれた。
 まだ小さいが、元気な葉をつけている。でも、私はちゃんと育てられるのだろうか。
 お隣では、もう柵や棒を立てて、かぼちゃのツルが伸びていきやすいように準備している。
 さて、いただいた苗はいつツルが出てくるのだろうか。ちょっと不安(笑)。
「水はやりすぎてもいけないし、乾燥しすぎてもいけないんだよ」とか、「ときどき肥料をやったほうがいいよ」とか、いろんなアドヴァイスを受けているため、それを忠実に守れば、花が咲いて実がなるんだろうな、と楽観視している。
 とはいえ、野菜を育てるのは大変だ。毎日、目が離せない。
 これから梅雨に入って日照時間が限られてきたら、どうしようという気持ちもよぎる。でも、まあ、なるようになるさ、と思うしかない。
 お隣さんではいま、なすとトマトとスナップエンドウが元気に育っている。あやかりたいもんだ。
 今日の写真は、いただいたエンドウ豆とかぼちゃの苗。大きくなったら、また報告しま〜す。 



| 美味なるダイアリー | 16:08 | - | -
ユーリ・バシュメット&モスクワ・ソロイスツ合奏団
 昨日は、ユーリ・バシュメット指揮モスクワ・ソロイスツ合奏団のコンサートがあり、オペラシティに出かけた。
 このコンサートはバシュメットの60歳記念公演と銘打たれ、彼の60歳のお誕生日である1月24日にはモスクワでパースティ・コンサートが華々しく開催され、その流れで日本公演も祝祭的な雰囲気に包まれた。
 まず、バシュメットが親しく交流していたアルフレッド・シュニトケの「室内オーケストラのためのトリオ・ソナタ(バシュメット編)」からスタート。静けさと激情、新ウィーン楽派の流れと前衛的な音楽などのコントラストを際立たせた演奏となった。
 モスクワ・ソロイスツは、以前聴いたときよりも響きの深遠さが増し、濃密なアンサンブルが際立っていた。
 この作品の冒頭には、ベルク生誕100周年と関連した「ハッピー・パースデイ」に基づくリズムが現れ、この日の始まりにピッタリだった。
 次いで、シューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ」(クルーグ&バラショフ編)のオーケストラ伴奏版が登場。タクトをヴィオラに持ち替えたバシュメットが、シューベルトの歌謡的な旋律を味わい深く聴かせた。
 この夜は、皇太子殿下がご臨席のコンサートとなった。殿下はヴィオラを演奏なさるから、バシュメットの演奏と作品は、より身近に感じられたのだろうか。盛んな拍手を送られていた。
 後半は、樫本大進がソリストとして加わり、モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調」が演奏された。大進の演奏はデビュー当時から大きな変貌を遂げた。
 ベルリン・フィルでの日々の演奏が、こんなにもひとりのヴァイオリニストの精神性、音楽性、表現力、そしてテクニックに影響するものだと、感慨を新たにした。 
 大進の輝かしくおおらかで天空に舞い上がっていくような音色と、バシュメットのほの暗い情熱、内省的で思慮深く、ときに沈静していくような音色が融合すると、モーツァルトがこの作品に求めたものが深く理解できる。名手たちによる名演を聴く喜びはここにあり、という演奏だった。
 この夜は、終演後に深夜までバシュメットのバースデイ・パーティが行われた。
 もっとも興味深かったのは、音楽事務所が用意した還暦用の赤い衣裳を彼が喜んで身につけたとき。あまりに似合うため、居合わせた全員が大爆笑となった。
 今日の写真は、バシュメットと大進がスピーチをするところ。バシュメットが赤い衣裳をはおったところ。そして、すばらしいデザインのバースデイケーキ。実は、ヴィオラの裏側に、熱燗に目のないバシュメットのために、徳利とおちょこが潜んでいる。これにも大笑いしてしまった。
 こんな粋な配慮に、バシュメットは終始ごきげんだった。



 



 
| クラシックを愛す | 23:26 | - | -
夏の冷房は要注意
 今日は、サントリーホールにアンネ=ゾフィー・ムターのヴァイオリン・リサイタルを聴きにいった。
 プログラムはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ ト長調 K.379からスタート。いつもながらのエレガンスあふれる、繊細で息の長いボウイングの音楽が紡ぎ出され、聴き手を作品の内奥へと自然にいざなっていく。
 次いでシューベルトのあまり演奏される機会に恵まれない「幻想曲」が奏され、25分ほどの長大な作品を一瞬たりとも弛緩せず、シューベルトの主題の美しさを前面に押し出しながらゆったりと奏でていく。
 後半は、現代の作曲家の作品をいつもプログラムに取り入れるムターらしく、今回は生誕100年を迎えたルトスワフスキの「パルティータ」が選ばれた。
 この作品は、ルトスワフスキを敬愛するムターならではの意欲的な演奏で、こうした作品を完全な暗譜で演奏し、しかも自分の音楽としているところが、いかにもムターの実力だ。現代の作品を聴衆へと届ける使命に燃えている彼女は、古典派やロマン派の作品とまったく同様の姿勢で自然に聴かせ、聴き手を作品へと近づけていく。
 そして最後はサン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番をじっくりと聴かせ、ヴァイオリンとピアノの濃密な音の対話を楽しませてくれた。
 実は、今日は会場に注意書きが出された。楽器の保存状態のために、冷房を少し強くするという注意書きである。
 ステージではヴァイオリニストに照明が強く当たるため、楽器に影響が出てしまうのだろう。
 それを事前に知っていれば厚着をしていったのだが、今日は気温が高かったため、麻のワンピースを着て素足にミュールを履いていったため、ものすごく冷え込んでしまった。
 私のまわりの女性の同業者もみなガタガタ。スーツを着てネクタイを締めていた男性の評論家も、「氷のなかにいるようだ」といっていた。
 とにかく、あまりにも寒くて演奏に集中できない。風邪をひくと仕事に影響するため、途中で帰ろうかと思ったが、ムターは大好きなアーティスト。がまんにがまんを重ねて最後まで聴いた。
 幸い、ショートソックスとジャケットをもっていたので、それに助けられた。
 これは教訓だ。夏のコンサートに行くには、外の気温がいくら高くても、ホールのなかの冷房を考慮して対応する物を持参しなくてはならない。
 2時間寒いなかにいだたけで、いまもまだからだの芯が冷えている感じ。なんだか頭も痛い。
 夏の冷房は、本当に考えなくちゃ。麻のワンピース、もうひとつあるんだよね。ああ、いつ着ようかな。重ね着しないとダメかしら。
 ファッション性と、冷房除けは、両立しませんねえ(笑)。
 
| 日々つづれ織り | 22:23 | - | -
ルドルフ・ブッフビンダー、内田光子のコンサート
 今年の11月12日と13日、サントリーホールでルドルフ・ブッフビンダーが弾き振りを行い、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏を行う。オーケストラはウィーン・フィル。
 さらに11月3日、7日には同ホールで内田光子がリサイタルを行う。
 いま、その両者に関して、サントリーホールの情報誌「Enjoy!」の記事を書いているところである。
 ブッフビンダーは、以前インタビューをしたときに、ベートーヴェンのコンチェルトの話を聞くことができたので、それを交えて原稿を書こうと思っている。
 内田光子のインタビューは、もうかなり前のことになるが、今回のプログラムで取り上げるモーツァルト、シューマン、シューベルトの話を彼女が熱っぽく語ってくれたため、それをメインに据えた原稿にしようと考えている。
 秋は、このように大物アーティストの来日が相次ぐ。まだ夏前なので、かなり先のことのように思えるが、原稿に関してはもう秋の公演の依頼が多い。
 こうして、どんどん時間に追われ、あっというまに月日がたってしまうのである。
 クラシックのコンサートの場合、チケット発売が早いため、常にそれに合わせた時期に原稿を書くことになる。
 でも、ブッフビンダーも内田光子のコンサートも本当に楽しみだ。
 先日は、この内田光子のリサイタルが札幌のKitaraであるため、そこでの原稿(CDレビュー)も入稿した。
 もう6月だ。いろいろと押せ押せで、あわただしい毎日だが、今週はテニスのグランドスラム、フレンチ・オープン(ローランギャロス)の真っただ中。ロジャー・フェデラーはベスト8に進み、昨日の勝利でマッチ900勝を記録した。
 というわけで、仕事をしていても気が気ではない。
 そうこうするうちに、ウィンブルドンが始まってしまう。
 ワーッ、いつ仕事をすればいいんだ。テニスはライヴで見ないとつまらないし、なんといっても長時間の試合が多い。ビデオを撮っておいても全部は見られないし、はて困ったゾ(笑)。
 まあ、なんとか折り合いをつけますか。
 
 
| 情報・特急便 | 21:42 | - | -
山形の秘伝豆
 先日、物産展で山形の秘伝豆というものを手に入れた。
 これは大豆や枝豆の一種で、山形ではとてもおいしいお豆として知られ、さまざまな食べかたがあるという。
 まず、乾燥した秘伝豆2カップを3倍の水にひと晩つけて戻し、圧力鍋に昆布10センチとともに入れて中火にかける。
 シューッといったらごく弱火にして8分ほど煮る。
 そのまま10分くらい放置し、小レバーが下がったらふたを開け、砂糖1と1/2カップ、みりん大さじ1、塩小さじ1/2、しょうゆ大さじ5を加えて5分ほど弱火で煮る。
 いつもは大豆で作っているこの煮豆、秘伝豆で作ったら、すっごくおいしい!!
 お豆自体に味があるというか、なんとも滋味豊かな味わいがあるのだ。
 ごはんのおかずにはもちろん、お酒のおつまみにも合うし、おにぎりなどに添えると、もうたまりません(笑)。
 さすが、秘伝と命名されているだけある。初めて食べたが、なんだかやみつきになりそうなお豆である。
 お店の人に聞くと、ひと晩水に浸してからふつうにゆでて、塩少々を振りかけて食べるのが一番おいしいとか。
 もちろん、それもビールにはピッタリでおいしかったが、今日の煮豆も最高だ。
 地方の名産というのは、奥が深い。これだから、食材探しはやめられないのよね(笑)。
 今日の写真は、できたての秘伝豆の煮豆。これは究極の自然食かも…。


 
| 美味なるダイアリー | 21:27 | - | -
家庭画報
 牛田智大の特集記事を書いた、「家庭画報」7月号が出版された。
 牛田くんのページはカラー8ページ。これを書いている間、彼の単行本と新譜のライナーノーツが重なっていたが、こうして無事に雑誌ができあがると、うれしい気持ちと安堵する思いが混然一体となって押し寄せてくる。
 思えば、牛田くんの取材はいつもある種の試行錯誤の繰り返しだった。なんといっても、まだ若いアーティストゆえ、語彙に限りがある。私が変に作り込んでしまっては興醒めとなり、伝えたいことがストレートに伝わらなくなってしまう。
 かといって、彼のことばだけでは、全体量が不足してしまう。
 この1年余り、牛田くんのことをいかにしたら読者にうまく伝えることができるか、そればかり考えてきた。
 取材やインタビューというのは、ときとして非常に難しいことがある。ありのままを書きたいと思っても、それだけではアーティストの真意が伝わらなくなったり、内容的に希薄になったりしてしまうからだ。
 原稿を書いているときに、その難題と常に戦ってきた。
 今後の、私の大きな課題のひとつである。
「家庭画報」7月号では、付録の「夏に聴きたい名曲クラシックCD」の解説も担当した。
 これは切り取って空いているCDケースに入れると、ふつうのCDのような形になるというもので、早速切り取って作ってみた。
 さて、ひとつの仕事が終わり、次なることへと気持を切り替えなくてはならない。また一からスタートだ。
 今日の写真は「家庭画報」の表紙とCD。牛田くんの記事や付録のCDで、ひとりでも多くのクラシック・ファンが生まれることを願って…。





| 終わりよければ…取材奮闘記 | 20:49 | - | -
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