Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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「日経新聞」の新年会
 昨夜は、「日経新聞」の連載ページの関係者が一堂に会し、六本木で少し遅れた「新年会」が行われた。
 会員制のアメリカ関係のレストランで、敷地の広いこと。六本木のまんなかに、こんな緑豊かな広大な場所があるなんて、驚いてしまった。
 1年ぶりに会う人や、何年も会っていない人に久しぶりに会うことができ、話が弾んだ。
 お料理は、濃厚なカニのポタージュ、シーザーサラダ、6オンスのローストビーフ、アップルパイのアイスクリーム添えというフルコースだったが、もっともおいしかったのは、最初にワインやビールと一緒に出されたコーンブレッド。
 さくさくした生地で、粒々のコーンがたくさん詰まっていて、いくらでも食べられる感じ。みんなでおかわりのリクエストをしてしまったくらいだ。
 食後はロビーに移り、全員で記念撮影をし、いろんなお土産までいただいて、お開きとなった。
 私の仕事関係者は、みんな年末忙しいため、忘年会ではなく新年会をすることが多い。今日で1月も終わりだが、まだまだ新年会と称した飲み会がいくつか予定されている。みんな話がたまっていて、話し出すと止まらない。
 さて、次なる新年会はどんな話題が中心となるのだろうか。
 今日の写真は、美味なるコーンブレッド。実は、このレストランはオープンキッチンで、広いスペースの向こうにキッチンが見え、シェフやパティシエがてきぱきと働いている姿が見えた。
「ああ、このコーンブレッド、教えてほしいなあ」
 私がこういうと、席の隣と前に座っていた人たちが、「伊熊さん、厨房にいって、習ってきたら」と勧めることしきり。そうよね〜、ホントにそうしたいワ。このコーンブレッド、作ることができたら最高だろうなあ。
 今日の写真は、その一番人気のコーンブレッド。私の知っているレシピでは、こういう味は出ない。う〜ん、レシピ、盗みたかったなあ(笑)。


  
| 親しき友との語らい | 21:21 | - | -
サンクトペテルブルク・フィル
 なんと心に響くチャイコフスキーだろう。こんなピアノ協奏曲第1番を聴いてしまったら、他の演奏は聴けなくなってしまう。
 それほど、昨夜聴いたユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィルの前半で演奏されたエリソ・ヴィルサラーゼのピアノは印象深かった。
 冒頭の特徴ある主題から、打鍵の深さが違う。ロシアの大地を思わせる響きで、けっして鍵盤をたたくことなく、分厚く野太い音があふれ出る。
 ああ、チャイコフスキーとは、こういう音楽なんだ。そう思わせるピアノだ。長大な第1楽章は、ロシア民謡からとった主題が幾重にも変容していき、木管とピアノとの対話が実に雄弁に展開されていく。
 ヴィルサラーゼのピアノは、ダイナミックでドラマティックだが、細部まで神経が張り巡らされた緻密さが際立ち、すべての音がクリアゆえ、音楽が明晰で主題の展開や各々のリズムが明確に聴きとれる。テミルカーノフは、オーケストラを豊かに鳴らすが、その音にピアノが消されることはまったくない。
 第2楽章のフルートやオーボエとピアノとの音の美しい対話は、まさにチャイコフスキーのメロディメーカーとしての本領発揮だが、それをヴィルサラーゼはロシアの空気をただよわせるように演奏。私の脳裏には、チャイコフスキーが愛した広大な自然が浮かんできた。
 指揮者、オーケストラ、ピアニストの3者が紡ぎ出す、絵巻物のような音世界。それをからだ全体で受け取ることができ、至福のときを過ごすことができた。
 第3楽章になると、ヴィルサラーゼのピアノはロシア舞曲のはげしさや荒々しさを表現、テミルカーノフは静と動のコントラストを絶妙なタクトで表現し、オーケストラとピアノの融合を図っていく。
 このオーケストラは、テミルカーノフが芸術監督と首席指揮者を務めてから25年になるが、非常に柔軟性に富み、けっしてパワーで押すことなく、情感に満ちた音楽を奏でる。
 チャイコフスキーが終わると、ヴィルサラーゼの「別格」を思わせる演奏に、しばし席が立てないような放心状態に陥った。カデンツァもすばらしく、いままで聴いたこのコンチェルトとは異なった作品を聴いたような、新たな作品に出会ったような感覚を抱いた。
 後半はラフマニノフの交響曲第2番。さまざまな相反する要素が含まれたこの作品を、テミルカーノフはすべての面を有機的に結び付け、オーケストラからもてる最大限のよさを引き出し、説得力のある演奏を展開した。
 終演後、テミルカーノフの75歳を祝してパーティが開かれた。アーティストも何人か参加したため、いろんな人に会うことができた。みんな演奏に心底酔いしれたとのことで、私も感動を思いっきりことばにし、会話が弾んだ。
 今日の写真は、テミルカーノフのスピーチの様子、ジャパン・アーツの元会長の中藤さんをはさんでテミルカーノフとヴィルサラーゼ。実は、この写真、中藤さんに「ねえねえ、私は久しぶりに彼女に会ったので、ぜひ写真を一緒に撮ってもらいたいんだよ」とオファーされたもの。そこで私は「マエストロと3人一緒がいいんじゃないですか」と提案し、こういう形になった。
 それから小山実稚恵、仲道郁代とお嬢さんの真琴さん、庄司紗矢香。もうひとり高関健とも話したが、その最中にマジックが始まってしまったため、写真を撮り損ねてしまった。
 それから、バースディケーキ。これがフルーツいっぱいで甘すぎず、生クリームも軽い感じで、ものすごくおいしかった。
 マエストロ、おめでとうございます。これからも、ずっとすばらしい演奏を聴かせてくださいね。この感動は、本当に忘れがたいものですから。











| クラシックを愛す | 23:52 | - | -
原稿の感想
 ここしばらく、結構書くのが難しい原稿と向き合ってきた。
 ひとつは、先日も少し触れたが、3月に来日公演を行うオスロ・フィルのプログラム原稿で、ノルウェーの風土や音楽、そしてこの地を旅したときのことを織り交ぜて書くというもの。それにプラスして、コラムが2本ある。
 どんな内容にしたらいいか悩んだ挙句、ノルウェーの全体像が浮き彫りになる形にした。担当のIさんと話したら、「ぼくのまわりには、ノルウェーにいった人がほとんどいないため、この国のことはよくわからないのです」といったからだ。
 Iさんは当初、国民楽派の原稿を要望していた。だが、私がグリーグにまつわる話や他の音楽家の話をしていくうちに、彼の方でノルウェーという国の紹介や現状、人々の様子などを中心に書き、そこから音楽へと発展させていく形をとってほしいと提案をしてきた。
 というわけで、全部で5600字ほどの原稿を仕上げ、先日入稿した。
 それがデザイン処理され、土曜日に校正が送られてきた。文章のなかに登場する景色や楽器、グリーグなどさまざまな写真がちりばめられた楽しいページに仕上がっている。
 その校正戻しをすると、デザインのAさんと編集のIさんからすぐに返事のメールがきた。彼らも休み返上で仕事をしている。
 そのなかで、原稿に対するとてもていねいな感想が綴られている。こうした感想を述べてくれると、とてもやりがいがあるし、次なる張り合いも出る。
 もうひとつは、3月から4月にかけて開催される「東京・春・音楽祭」のプログラムのピアノに関する原稿で、5つの都市にまつわるピアノ音楽の特徴や聴きどころを書くというもの。これも、どういう形で書いたら、コンサートに足を運んだ人たちが興味をもって読んでくれるかと、ずいぶん頭を悩ませた。
 ようやく、その土地の歴史や文化、芸術、人々の気質などがピアノ音楽に影響をおよぼすという内容で進めようと判断し、5000字の原稿を書いた。
 これを日曜日に入稿すると、担当のFさんからすぐに返事が届いた。彼もまた、不眠不休で仕事をしているようだ。
 その返事に、いたく感動してしまった。彼は、「難しい内容を提示したのに、自分が考えていた120パーセントの内容の原稿で、とても感謝している」と綴られていたからだ。
 こういうふうに、すぐに原稿の感想を聞くことができると、本当にうれしい。あれこれ悩んでいたことも、必死でパソコンに向かっていたことも、すべて忘れられ、心がほんわかと温かくなる感じがする。
 担当のみなさま、率直なご意見とていねいな対応、ありがとうございます。とても勇気が出ましたよ。プログラムができあがるのを楽しみにしていま〜す。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 21:06 | - | -
スタニスラス・バブリンカ
 今日は全豪オープンの男子ファイナルの日だ。
 セミ・ファイナルでロジャー・フェデラーを破ったラファエル・ナダルに、ロジャーの弟分、スタニスラス・バブリンカがどう挑むのか、ハラハラドキドキしながらテレビ観戦した。
 結果は、バブリンカがグランドスラム初優勝を成し遂げ、スイスのNO.1プレイヤーとなり、ランキングも第3位に浮上。
 スタン(バブリンカの愛称)は、終始攻めのテニスをし、サーブも好調。ただし、ナダルが腰痛で調子を崩すと、自身のテニスにも影響し、一時は「メンタルの弱さが出た」などといわれた。
 だが、スタンはひるまなかった。最後まで迷いのないテニスをし、夢を達成した。きっと、ロジャーも大喜びしているだろう。
 スタンはいつもいっている。
「ロジャーは、ぼくのファースト・サポーターなんだよ」
 可愛がっている後輩にランキングで越されても、笑顔でスタンを称えるに違いない。
 ロジャーもきっとよりモチベーションが上がり、新コーチのステファン・エドバーグともっともっとハードなトレーニングを積んでいくのだろう。
 ロジャーも2013年のシーズンは腰痛に悩まされ、けっしてそれをいいわけにはしなかったが、思うような試合ができなかった。今年は体調も戻り、全豪オープンではキレのいいテニスが戻ってきた。
 エドバーグ・コーチはいう。
「ロジャーは、3月以降もっとよくなるよ」
 ああ、うれしい。全盛期のフェデラーの動きにさらに磨きがかかり、ネットプレーも充実してきた。次なる試合が楽しみだ。
 スタン、おめでとう!! 夢がかなったね。もっと上を目指して頑張って。
 ロジャーが敗れたときは本当に落胆したが、スタンが頑張ってくれたおかげで、心が晴れ晴れとした。これがファン心理というものなのだろう。
 スタンは一時期、食生活の乱れからかなり太り、感情むき出しのテニスに走った。それがロビン・ソダーリングを育てたマグナス・ノーマン・コーチにつき、からだを絞り、めきめきと実力をアップさせてきた。
「最後まであきらめなかった」
 スタンはインタビューでこう答えている。そうそう、そういう気持ちが見ている人に勇気を与えてくれるんだよね。
 スタン、ありがとう。明日からまた私も前向きに仕事に取り組めそうです。ちょっと単純かな(笑)。 
| ロジャー・フェデラー | 22:17 | - | -
アーティストの本音トーク
 WEBの記事は、本当に多くの人が読んでくれる。昨年から「もっとクラシックを広めるためには何が必要か」とずっと考えていたが、自分ができるところから少しずつ始めることにした。
 ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」にこれまで幅広い記事を書いてきたが、今年から「アーティストの本音トーク」という4回連載のインタビュー記事を綴ることにした。
 いつもアーティストに貴重な時間をもらってインタビューをしても、書くページは限られている。それゆえ、ほとんどさわりのようなことしか書けない。
「もっと文字数があればなあ」
 常にそう思ってきた。というわけで、雑誌や新聞のインタビューではなかなか書けなかったことを4回に分けて書くことにした。
 第1回は、来週木曜日の30日のアップ分で、クリスティアン・ゲルハーヘルの登場だ。
 彼の話は、とても真面目で作品に寄り添う姿勢を崩さないものだったが、そのことばの端々に本音がのぞいていた。それをそのまま書いていきたいと思う。ゲルハーヘルのキャラクターがそこから浮かび上がり、それが歌に全面的に反映していると思うからである。
 今年はときどき、こうした連載のロングインタビューをこのWEBで紹介していきたい。各回はそんなに長くなく読みやすい分量にし、その人の演奏や録音を聴いてみたいと思ってもらうのが目的だ。
 それにしても、ゲルハーヘルの話はわかりやすく紹介するのが難しい。いいたいことはわかるのだが、彼のことばをそのまま文章にすると、かなりわかりにくい。こういう人を第1回にもってくるのは、ちょっと考え物かもしれないが、なにしろ演奏がすばらしかったので、トップバッターはゲルハーヘルしかいない、と判断した。
 ぜひ、サイトに寄ってみてくださいな。私の苦労の賜物ですから(笑)。
| アーティスト・クローズアップ | 21:40 | - | -
レイフ・オヴェ・アンスネス
 ノルウェー出身のピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスとは、初来日以来のおつきあいになる。
 当初は欧米の人気に日本が追い付かず、コンサートも空席が目立ち、地味なピアニストと見られていた。
 そのころの悩んでいたアンスネスの姿もよく知っている私は、しかしながら彼の真の実力を信じ、自分の耳も信じ、ひたすら応援し続けた。
 いまや真の巨匠の道を着実に歩むようになり、近年は風格すらただようようになった。もちろん、演奏は自信に満ちたものとなっている。
 そんなアンスネスが4月に来日することになり、兵庫県立芸術文化センターから「初来日以来、これまでのアンスネスの歩みを綴ってください」との依頼が入った。
 そこで、「インタビュー・アーカイヴ」第53回はアンスネスの登場。これまで何度もインタビューをしてさまざまな話を聞いているが、まずは初来日のときの記事を紹介したいと思う。

[FM fan 1993年8月30日〜9月12日 No.19]

ノルウェー人は一度親しくなったら、生涯の友になる

 スウェーデンのペーテル・ヤブロンスキー、フィンランドのオリ・ムストネンとともに北欧の若手3羽烏ともいうべきノルウェーのピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスが初来日した。
 今回はベルゲン・フィルとの共演で得意のグリーグのピアノ協奏曲を披露したが、グリーグの生誕150年にあたる今年は、各地でこの作品を演奏して大きな反響を呼んでいる。

――昨年2月、ベルリン・フィルの定期演奏会へのデビューでグリーグのピアノ協奏曲を演奏し、大喝采を受けましたね。そしてこの来日直前の6月15日にはベルゲン国際フェスティヴァルのグランド・ガラ・コンサートでも同曲を演奏したばかりとか。
アンスネス ええ、もう今年はグリーグ漬けです(笑)。このフェスティヴァルではいつも最終日にグリーグの協奏曲が演奏されることになっていますが、自分がそこで弾くことができるなんて、まるで夢のようでした。
 ノルウェーではいつもグリーグが演奏されていると思われがちですが、一部の作品をのぞいてはほとんど演奏されません。学校でもあまり教えてくれませんし。ノルウェーでは、この生誕150年祭でようやくグリーグが日の目を見た感じです。今年はどこにいっても彼の音楽ばかりかかっていますから。いまではグリーグはポップス歌手なみの人気を誇っています。
 ピアノ協奏曲は以前からさまざまなオーケストラと共演していますが、ベルリン・フィルとの共演は特別なものでした。室内楽的な、とても親密的な演奏ができました。ベルリン・フィルの人たちはリハーサルの最中もお互いにいろいろなことを話し合いながら音楽を作っていくんですね。この協奏曲には多分に室内楽的な要素があると以前から感じていましたので、それが確認できてとてもうれしかった。
――アンスネスさんは、ヒンデミットにも非常に関心をもっていらっしゃるようですが。
アンスネス ぼくはたった1度コンクールを受けたことがあるのですが、そのときにヒンデミットの「ルードゥス・トナリス」が課題曲のなかにあったのです。それ以後、この作曲家に魅せられています。彼が生きた時代、特に1900年から1920年ころですが、マーラーやR.シュトラウス以後、シェーンベルクやベルクが台頭してくるまでの時代の音楽に強く惹かれています。
 ぼくはなんでもきちんと決めて行うタチなので、今後のレパートリーに関しても、1995年までこまかく決めていますが、そのなかにもこの時代の作品を入れています。
――計画的で慎重なタイプなんですね。話し方もシャイな感じですし。
アンスネス スカンジナヴィア人の特質なんでしょうね。でも、ノルウェー人は大きなことはいいませんし地味ですが、一度親しくなったら生涯の友になるといわれているんですよ。
 グリーグの作品もけっして派手ではないけど、心に訴えかけるものをもっているでしょう。きれいな空気と広いスペースを感じさせる。そんな情景が浮かぶ演奏を目指しているんです。

 当時、アンスネスは口数は少なく、上目遣いに相手を見るようなシャイな性格だった。このとき、印象的だったのが、宿泊先のティールームでインタビューをしたのだが、そこにおいしそうなケーキが並んでいた。それを食べたいのだが、ひとりで注文するのは恥ずかしいといって、「一緒に食べてくれない」といわれた。もちろん、そこに居合わせた全員がケーキを注文。アンスネスは大喜びでケーキを食べていた。
 かなり年月が経過し、私がその話を思い出してすると、彼は「えーっ、きみ、とんでもないことを覚えているんだね。恥ずかしいから忘れてよ」といって、顔を真っ赤にしていた。なつかしい思い出である。
 今日の写真はその雑誌の一部。いまとはずいぶん顔の印象が違うでしょ。これでも、一生懸命「笑顔でね」と頼んだんですよ。
 実は、北欧3羽烏のヤブロンスキーとムストネンとアンスネスを称して、私は「藪蒸庵」と勝手におそば屋さんのような名前で呼んでいた。ヤブ・ムス・アンですよ、おわかりでしょう(笑)。

| インタビュー・アーカイヴ | 19:57 | - | -
斎藤雅広さんとランチ
 今日は、ピアニストの斎藤雅広さんと東京駅のすぐそばにあるモダン・シチリア料理のレストランでランチをいただいた。
 これが久しぶりに味わうすばらしいシチリア料理で、出てくるお皿がすべて圧巻のレシピ。素材を生かした薄味の味付けで、ソースが絶品。とてもていねいな作りで、ひと口食べると「う〜ん」とうなってしまうほど。
 前菜が3種類出て、その後にパスタとお魚とお肉料理が続き、デザートも2種類。いやあ、まいりました。なんという美味なるコース。
 斎藤雅広さんとは長年のおつきあいで、グルメの彼は、いつもいいお店を紹介してくれる。今回のお店も一度ではまってしまった。女友だちと一緒にきたいな、家族や親戚の集まりにも最適と、もう次なる計画を抱いてしまうほど。
 石造りのがっちりした建物で、天井が高く、瀟洒な雰囲気で、とてもエレガントな内装。斎藤さんが親しくしているシェフソムリエを紹介していただいたが、この人がまたとても感じがよく、まさに「おもてなしの心」を知り尽くしているプロフェッショナルだった。
 斎藤さんが「伊熊さんはお料理の本も出しているんですよ」なあんて、彼に紹介してくれるものだから、すっかり親しくなってしまった。
 ぜひ近いうちにだれかを誘って再訪したいと思った。
 斎藤さんとは、お互いの近況を報告したり、今年の彼のスケジュールを聞いたりして、楽しいひとときを過ごした。
 今日の写真は、前菜をいただいている斎藤さんの笑顔。お料理のおいしさがこの表情に現れているよね。それからお魚料理(サーモンのポワレ、ウイキョウとミニトマトのソース、根セロリのピュレを添えて)とお肉料理(子牛のソテー、マデラ酒のソース)とデザート(オリーブオイルのアイスクリームとガトーショコラ)。
 本当に至福のときを過ごすことができました。ごちそうさま!!
 今夜はロジャー・フェデラーが全豪オープンでアンディ・マレーに勝利し、セミファイナルで宿敵ラファエル・ナダルと戦うことが決まった。背中と腰の痛みから解放されたフェデラーは、全盛期を思わせる躍動感あふれるテニスを披露している。ロジャー、頑張れ。次もいい試合をしてね。
 今日はそれもあって、心のなかがほんのり温かい。









| ロジャー・フェデラー | 22:31 | - | -
友人とのおしゃべり
 昨日のアバドに対するコメントが、今日の「産経新聞」の朝刊に掲載された。
 その記事は以下の通りである。

 [聴衆に語りかけた]
 最初はとても若々しく、聴衆に近い存在の指揮者が登場したと感じた。カリスマ性はもちろんあったが、非常に理知的で、作り出す音楽は常に聴衆に語りかけるタイプのものだった。

 さて、一昨日の日曜日には、友人夫婦が新居に遊びにきた。彼女とは高校時代からのつきあいだから、気取らず気負わず自然体にふるまえる。
 ご主人とも長いつきあい。それゆえ夕方の5時から宴が始まり、12時までずっと話がはずみ、久しぶりにいろんな話題に花が咲いた。
 用意しておいたメニューは以下の通り。
 前菜は、冬野菜のマリネといわしのオイル漬けとフォカッチャのグリッシーニの生ハム添え。
 スープは、かぼちゃのポタージュ。
 パスタは、キャベツとアンチョビの生パスタ。
 メインは、なすとひき肉のムサカ。
 ワインは、イタリアでいくつもの賞に輝いた赤を用意した。 
これに、近所のフランス料理店特製のプティフールをデザートにし、ロシア紅茶を添えた。
 全員がそれぞれおかわりをしてくれ、たくさん食べてくれた。これが一番うれしい。
 7時間も話していたのに、まだまだ話し足りないということで、今度は彼らの家に夏ごろにいくことにした。
 本当に、「親友」と呼べる人とのおしゃべりは尽きることがない。身も心も温かくなり、10代のころとなんら変わることなく話せる。
 今日の写真は、前菜のひと皿。このオイル漬けのレモンは国産のオーガニックの物だから、安心して食べられる。ローズマリーとパセリは、わが家のバルコニーの菜園から採ってきたもの。こういうハーブがすぐ間近にあると、とても便利だ。もっといろんな物を植えたいな。みんなが「えーっ、いいねえ」といってくれるので、ちょっと自慢(笑)。


 
| 親しき友との語らい | 16:42 | - | -
クラウディオ・アバド
 今日は、サントリーホールにクリスチャン・ツィメルマンのリサイタルを聴きにいった。
 この会場で、悲しいニュースを耳にした。私の大好きな指揮者、クラウディオ・アバドがボローニャの自宅で亡くなったのである。享年80。
 昨年10月、7年ぶりに来日することになっていたが、体調がよくないとの理由で中止となった。このときは、しっかり静養してまた元気な姿を見せてくれるのではないかと期待していたが、それもかなわぬこととなってしまった。
 思えば、1973年のウィーン・フィルとの初来日以来、アバドの演奏は数多く聴いてきた。日本公演のみならず、海外でも演奏を聴き、インタビューはできなかったが、ルツェルンでは楽屋で少しだけ話をさせてもらったこともある。
 いつもとても魅力的で、胸がドキドキするような、素敵な人だった。
 アバドは、ロッシーニの「ランスへの旅」の20世紀蘇演を1984年のロッシーニ音楽祭で行い、1989年には日本でも演奏を披露した。そのときの明快で闊達な指揮は、いまでも脳裏に深く刻み込まれている。
 今日は、開演前にツィメルマンによるアバドへの弔辞が会場に流され、それから演奏が始まった。
 プログラムはベートーヴェンの後期3大ピアノ・ソナタ、第30番、第31番、第32番。いまツィメルマンがもっとも弾きたいと願っている作品で、繊細かつ精密、内省的で、深い思考に根ざしたベートーヴェンだった。
 これまで多くのピアニストによるベートーヴェンの後期3大ピアノ・ソナタを聴いてきたが、アバドの訃報に触れたからか、心のなかにぽっかりと空いた穴にベートーヴェンの音楽が沁み込み、魂が揺さぶられるような思いを抱いた。
 これまでインタビューを願ったが、それがかなわずに亡くなってしまった指揮者が何人かいる。テンシュテット、ジュリーニ、そしてアバド。
 コンサートの合間に、「産経新聞」のEさんにアバドに対するコメントを求められた。明日の朝刊に掲載されるのだろうか。
 今夜はひとり、アバドを偲びたいと思う。
| アーティスト・クローズアップ | 22:33 | - | -
洋服直し
 よく、強風にあおられて傘の骨が壊れたり、靴のかかとが擦り減ったり、洋服の直しが必要になったりする。
 そういう物は捨ててしまう方が早いのかもしれないが、気に入っている物の場合は、直して使いたくなる。
 ウチのそばに、何でもすぐに直してくれる、とても便利なお店を見つけた。
 傘や靴やバッグなど、修理の担当者の手が空いているときは、その場ですぐに直してくれる。洋服など、すそ上げや寸法直しなどは、たいてい翌日仕上げだ。
 先日、とても気に入った仕事用のジャケットを買った。紳士用のような生地で、とても手触りがいい。ところが、ほんの少しだけ、袖が長い。というわけで、お店で直してもらわず、早速いつもの直し屋さんに相談した。
 ちょっと時間はかかるけど、きれいに直せるという。ああ、よかった。
 今日はそれができあがり、受け取りにいった。
 いやあ、本当にきれいに仕上がっていましたよ。感激…。
 すぐに着て、仕事にいきたい感じだワ(笑)。
 こういうお店が近所にあると、とても助かる。皮のコートのボタンがとれたときも、自分ではなかなかつけられないため、すぐに駆け付けた。
 修理代もとってもリーズナブル。助かりますなあ。
 今日の写真は、袖丈が直ったジャケット。さて、次に出かける場合は、これを着ていこうっと。

| 日々つづれ織り | 20:58 | - | -
音楽事務所の新年会
 今日は、音楽事務所JA恒例の新年会に出席するため、ホテル・オークラに出かけた。
 この会では、しばらく会えなかった雑誌の担当者やアーティスト、仕事関係のさまざまな人に会うことができる。
 今日も、以前ある雑誌の連載をしていたときに担当してくれた編集者に久しぶりに会うことができ、話が弾んだ。彼女とは、サッカー観戦にも一緒にいった仲だ。また一緒に仕事したいね、という話になった。その前に、まずは飲み会でもしようと…。
 多くのアーティストにも、新年のあいさつをすることができた。
 そして大きなスクリーンに今年来日するオーケストラやバレエ、器楽奏者、歌手などの情報が写し出され、これをながめるうちに、いよいよ今年も音楽シーンが本格的なスタートを切ったという感を強くした。
 今日の写真は、ずらりと並んだアーティストたち。それぞれの近況や、今年の抱負、これからの演奏予定などが紹介された。
 みなさん、今年もすばらしい演奏を聴かせてくださいね。期待していま〜す。


 
 
 
| 親しき友との語らい | 18:28 | - | -
フィットネス再開
 引っ越しがあったり出張が続いたりして、どうしてもフィットネスに通えなくなり、やめてから数カ月が経つ。
 そろそろからだがなまってきて、腰痛もぶり返してきたので、新しい町でいいところがないかと探していたら、ようやく見つかった。
 今日は無料体験にいき、私にとても適している内容だったため、入会の手続きをした。
 明後日に第1回目がスタート。最初から5回だけは、トレーナーがマンツーマンで対応してくれ、以後は自由に自分でいろんなマシンやストレッチをすることができる。
 なんといっても、予約が不要で、いつでも参加できるのがうれしい。しかも、所要時間はたった30分。これですべての運動が効率よくできるシステムだ。
 家から近いこともあって、長続きしそうな予感。
 今日の無料体験を行ってくれたトレーナーもとても感じがよく、自然な対応だった。これだったら、遠慮したり、無理したり、頑張りすぎずにできそう。
 とはいえ、やはり仕事が立て込んでくると、どうしても短時間であっても通うことが困難になってしまう。
「最初からあまり張り切りすぎず、週に1回でもいいからきてください。とにかく、長く続けることが大切なんです」
 こういわれ、「なるほどな」と納得。とかく私は最初からスパートしてしまうタイプゆえ、つい息切れして続かなくなってしまう。これまで何度そういう経験をしたことか。
 今度は、ひたすらゆっくりペースでいこう(笑)。
 その後、友人から電話がかかってきて、仕事で忙しい彼女もからだに異変が起きているようだった。マッサージにひんぱんに通っているとのこと。
「お互い、体調には気をつけようね。健康が一番大切だから」
 こう話して、近いうちに新年会をやることになった。
 今日は、身長、体重からいろんなところのサイズをチェックされ、体脂肪や心拍数も計られ、現在のからだの様子をズバリと指摘された。これから1カ月ごとにこれらを計り直し、記録していくのだという。
 う〜ん、こりゃ本格的だわい。どうやら私は上半身の力が強く、下半身が弱いらしい。予想していた通りだ。
 これから少しずつそれを改善していくことになった。血流をよくすることが必須だそうだ。
 とにかく、いい仕事をするためには、健康でなくてはならない。そのためには、なんとしてでも通わなくっちゃ。あっ、そうやって気負っちゃ、いけないんだっけ。ゆっくり、ゆっくりと。頑張りすぎないようにと。自分にブレーキをかけるのって、難しいなあ。
 
 
| 日々つづれ織り | 21:05 | - | -
サッカー、テニス、ノルウェー、いわし
 1月12日(現地時間)、セリエAの名門ACミランに移籍した本田圭佑が、アウェーのサッスオーロ戦でデビューを果たした。
 後半20分にピッチに登場、38分には得意の左足で鋭いシュートを放ったが、惜しいことにポストを直撃、得点にはいたらなかった。本当に残念。
 でも、本田が投入されてから劣勢だったミランに攻撃のリズムが戻り、「ONDA、ONDA」のコールのなか、本田は確かな存在感を示した。
 イタリアの新聞はほとんどが好意的で、ポスト直撃のシュートは「不運のオスカー賞」とまで書かれた。
 連休は、コンサートやサッカー観戦で寝不足気味。週が明けたら、いよいよ全豪オープンが始まった。ロジャー・フェデラーは今シーズンからステファン・エドバーグをコーチにつけている。今日の初戦は無事にストレート勝ちを収めた。
 そんなこんなで原稿が滞っている(いいわけにならないか)。いまは3月に開催される「東芝グランドコンサート」のプログラム原稿で、ノルウェーの記事を書いている。
 今年はいまヨーロッパで熱い視線を浴びている指揮者、ヴァシリー・ペトレンコとオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の来日が予定されているからだ。
 先日、ソリストを務める諏訪内晶子のインタビュー原稿は入稿したのだが、編集担当のIさんからノルウェーの記事を書いてほしいとの連絡が入り、2007年にかの地を訪れたときのことを思い出し、土地、文化、音楽、作曲家、画家、人々の気質などについて原稿をまとめている。
 今日は、その合間を見て、れいの昔からやっている魚屋さんに顔を出した。とても新鮮ないわしを見つけ、それを3枚におろしてもらい、あさりも買った。
 いつもながら、ていねいにおろしてくれるご主人が、「今年は暖冬だったから、いわしの脂がなかなかのらなくてね。ところが、ここしばらく急に冷え込んだため、こんなに脂ののったいわしになったんだよ。これはぜひ、さしみで食べてよ。絶対うまいから」と教えてくれた。
 このお店でこういう話を聞きながら、今日のお薦めをゲットするのはとても楽しい。鮮やかな包丁さばきを間近に見ることができるのも貴重だ。
 家に戻って、さっそく大きめにざくざく切って、大葉、しょうが、ごまを少し入れてあえ、おしょうゆをタラリ。最後に梅肉を少しプラスして、すし飯を用意して乗せた。そのおいしいこと。ご主人のお薦めのいわしは、本当に新鮮で脂がのっていて、ぷりぷりだった。
 残りは、オイル漬けを作った。これは日曜日に学生時代の友人夫婦が遊びにくるため、そのときの前菜のひとつにしようと思っている。
 あさりは、ボンゴレ用ににんにくとタカノツメを入れたオリーブオイルでざっと炒め、白ワインを加えた。これでパスタさえゆでれば、おいしいランチの出来上がりだ。
 今日の写真は、魚屋さんがきれいにおろしてくれたいわし。包丁を2種類使って、ていねいに処理していく。プロの手さばきは、ため息が出るほどで、見とれてしまいましたよ(笑)。

| ロジャー・フェデラー | 22:23 | - | -
ロジェ・ムラロ
 昨日は、午後3時からトッパンホールで行われたロジェ・ムラロのリサイタルを聴きにいった。
 ムラロは1959年フランスのリヨン生まれ。オリヴィエ・メシアンに認められ、世界各地でメシアンをはじめ、ラヴェル、リストなどを中心に幅広い活動を展開している。
 この日のプログラムはラヴェルのピアノ作品全曲。2度の休憩をはさみ、ムラロは精力的に演奏を行い、終演は6時半。非常に集中力のある演奏だったため、聴く側はかなり疲労困憊したが、ムラロはまだまだ弾けそうな様子で、明るく手を振ってステージをあとにした。
 実は、「モーストリー・クラシック」の新年号の「1月のお薦めコンサート」に、ロジェ・ムラロのことを書いた。

 
 ロジェ・ムラロは常に聴き手が驚愕するようなプログラムで衝撃に満ちた演奏を行う。今回はラヴェルのピアノ作品全曲演奏(12日トッパンホール)。2004年の日本デビューで披露した作品の再来で、10年を経て成熟したラヴェルを聴かせる。彼の演奏はとてつもないエネルギーを秘め、異次元の世界へと連れ去るもの。ムラロの洒脱で機知に富んだ個性的なラヴェルに酔いしれることができそう。

 記事にはこう綴ったが、まさにその通り。彼のラヴェルはあいまいなところがまったくない。音楽は明晰で説得力に満ち、音はクリアで、ひとつひとつの響きに意味をもたせる。
 からだも大きいが、指も非常に長く、その大きな手が雄弁な音を紡ぎ出していく。ラヴェルのピアノ作品は、主題、リズム、和声進行などが際立ち、微妙な情趣も必要。ウイットとユーモア、エスプリも表現せねばならず、ときにシニカルな表情も顔を出す。
 私はラヴェルの作品が大好きで、ラヴェルの音楽を聴くとさまざまなイマジネーションが湧いてくるが、ムラロのピアノを聴いているうちに、一昨年単行本を書くためにパリのラヴェルの家を訪れたときのことが浮かんできた。
 ムラロは、よく奇才とか異才などと称されるからか、ちょっと変わったタイプに見られがちだ。しかし、ステージに登場したときから、いわゆる気のいい人という感じ。にっこりすると、とてもチャーミングだ。
 ただし、ピアノに向かうと一気にエネルギーが爆発。類まれな集中力を発揮し、ラヴェルの世界へと没入していく。
 ピアノ作品全曲はいずれも洞察力に富んだ、鍛え抜かれた演奏だったが、とりわけ「夜のガスパール」が印象に残った。これはラヴェルの最高傑作といわれる作品。「オンディーヌ」は、水の精の非現実的な響きを妖しげに奏で、哀しいまでの美しさを表現。「絞首台」では、不気味な鐘の音色を執拗なまでの響きで鳴り響かせた。最後の「スカルボ」は、ムラロの真骨頂。疾風怒濤のようなエネルギッシュでドラマティックな演奏のなかに、客観性を備えた第3者的な冷めた目をしのばせ、それがかえって不気味な感覚をもたらした。
 3時間半におよぶ長大なリサイタルの最後は、「ラ・ヴァルス」で締めくくり。いつまでも頭のなかにその主題が居座るような、インパクトの強いワルツを披露した。
 今日の写真は、ロジェ・ムラロの演奏会のチラシ。顔もインパクトが強いよね。NHKテレビが入っていたから、近いうちに放映されると思う。ぜひ、注目を!!

| アーティスト・クローズアップ | 21:28 | - | -
レストランの朝市
 近所のフランス料理の老舗レストランが、毎月第2日曜日の朝8時から11時まで開いているグルメの朝市にいった。1月だけは第3日曜日となっている。
 朝市といっても、レストランだから野菜などの食材を売っているわけではなく、お料理したものを販売している。
 このレストランは昔からずっと町のシンボル的な存在で、いまは別館もあり、その前の駐車場に簡易的な椅子と机を並べ、シェフが総動員で並んでお料理を販売している。
 メニューは、仔羊の炭火焼き、幻のポークカレー、ハヤシライス、オムレツ、キッシュ、パスタ、ハンバーグ、パティシエ特製のサンドイッチ、パイ生地のピザ、カニクリームコロッケ、ポテトコロッケ、エビフライ、あさりのスープ、はまぐりのスープ、パティシエが作るパンと盛りだくさん。グラスワインも生ビールもカフェオレもりんごジュースも蜂蜜も売っている。
 私が参加した9時過ぎにはすでに別館のなかはいっぱいで、外のテーブルも満席。ざっと100人以上の人たちが寒さにもめげず、わいわいと楽しそうに食べている。
 ひとつずつのお料理の列に並び、注文してここで食べるかテイクアウトかを伝え、容器に入れてもらう。
 今日は、すべてテイクアウトで数種類をゲット。かなり時間がかかったが、家で食べたら、とてもシンプルでおいしい味だった。
 オムレツはシェフがふたり並び、その場で焼きあげて、トマトソースをかけてくれる。スープもアツアツだ。どんどん売り切れてなくなってしまい、もっと早い時間帯にこないとダメだとわかった。
 来月は8時開店とともに並び、別館のなかで食べようと決めた(笑)。
 なんだか雰囲気はお祭りのようで、身も心も温かくなる。値段もリーズナブル。でも、レストランの味だ。
 今日の写真は、その朝市の様子。これを始めた人はホント、すばらしい。老舗レストランの名前にあぐらをかいていないで、みんなが気軽に味わえる方法を考え出したのだから。まさに、アイディア勝ちだよね。ごちそうさまでした〜。



| 美味なるダイアリー | 22:51 | - | -
元気な山茶花
 引っ越しをしたときに、前の家の庭やベランダで育てていた花や植木を全部もってきた。
 今度の家はルーフバルコニーがいくつかあり、そのひとつに植木の鉢をずらっと並べた。
 ただし、以前は南側に置いていたのでやたらに元気だったが、今回は南西向きの場所に置くしかない。どうなるかなあ、と心配したが、この寒い時期にもめげず、山茶花が元気にたくさんの花をつけた。
 おおっ、きみたちは元気だねえ。よかった、よかった、咲いてくれて。
 そういえば、前の家のときも、ガンガンに日光が当たるところよりも、ちょっと日陰になるところに置いたほうがよく咲いたっけ。山茶花はそういう場所のほうがいいみたい。
 でも、失敗もある。先日、ハープをたくさん植えたと書いたが、バジルは枯れてしまった。どうも寒さと日陰が苦手みたい。
 ガーデニングは、いろいろ試してみないとわからない。
 ずっと前にワーグナーの楽劇に出てくるからと、とねりこを植えたのだが、引っ越し後には元気がなくなってしまった。これから少し移動させるか、何かいい方法を見つけなければならない。
 これから次第に温かくなってきたら、南向きのほうにいろんな花を植えようと思っている。いまは寒さでマリーゴールドもかなり苦戦している。
 本当は、四季折々の花を楽しみたいのだが、まだまだ実情を把握するのに時間がかかりそうだ。そのうちに、場所と植木や花の適性がわかってくると思う。
 今日の写真は、健気に咲いている山茶花。これ、もう10年以上ウチにいる植木。きっと場所が変わって最初はとまどっただろうなあ…。


 
| 日々つづれ織り | 22:45 | - | -
クリスティアン・ゲルハーヘル シューマン第2夜
 もう、ことばがない。この深い感動を表す的確なことばがみつからないのである。
 今日は、クリスティアン・ゲルハーヘルの「シューマン歌曲集の夕べ」第2夜を聴きに王子ホールに出かけた。
 プログラムは前半が「6つの歌曲」作品107全曲と「詩人の恋」作品48全曲。後半が「ゲーテの《ヴィルヘルム・マイスター》による歌曲集作品98aより4曲、「メランコリー」作品74-6《スペインの歌遊び》作品74より、「哀れなペーター」作品53-3《ロマンスとバラード第3集》作品53より、「心の奥深くに痛みを抱えつつ」作品138-2《スペインの恋の歌》作品138より、「悲劇」作品64-3 《ロマンスとバラード第4集》作品64より、「隠者」作品83-3という構成。
 昨日インタビューしてシューマンの歌曲集に対する考えを聞いたからか、ひとつひとつの作品がより深く心に響き、作曲家の魂に寄り添う歌声に、別世界へと運ばれるような感覚を抱いた。
 とりわけ印象的だったのが、「詩人の恋」。これは音大のときにレッスンで学んだからか、16曲がそれぞれとてもなつかしく、心のなかでともにうたってしまった。
 今夜のプログラムは、高音を駆使した部分が多く、ゲルハーヘルのあたかもテノールを思わせるようなのびやかで抒情的な高音が存分に堪能できた。あまりナマを聴く機会のない作品も多数登場し、シューマンの歌曲の奥深さを知らしめた。
 いまでも「詩人の恋」の「美しき5月」や「あれはフルートとヴァイオリン」「光あふれる夏の朝」「夢の中で泣いた」「毎夜きみを夢に見る」などの旋律が脳裏をよぎり、主題が口からこぼれ出る。
 ゲルハーヘルのすばらしい3日間は終わってしまったが、彼の歌声を聴きながら、「今年はいい年になる」という予感がした。
 この熱い感動は、しばらく消えそうもない。私はシューマンが大好きなのだが、こんなに多くの歌曲をじっくり聴いたことはない。これから録音を探して、シューマンの歌曲をもっと研究したいという気持ちが湧いてきた。
 それもこれも、ゲルハーヘルのおかげである。クリスティアン、ありがとう!!
| クラシックを愛す | 23:58 | - | -
クリスティアン・ゲルハーヘル インタビュー
 インタビューというのは、聞き手が思っているような答えがアーティストからなかなか引き出せない場合、瞬時に次なる手を打たなくてはならない。
 今日は、待望のクリスティアン・ゲルハーヘルのインタビューが可能になったため、頭のなかは聞きたいことであふれていた。
 実は、2011年の来日の際、インタビューを申し込んでいたのだが、あのときはマーラーの歌曲をうたったため、「本人がとてもナーバスになっているから、インタビューには応じられない」と、担当者から断りの返事がきた。
 まず、そのことを話し、今回は話を聞くことができてよかったというと、本当にすまなそうな顔をして「申し訳ない。ずっと待っていてくれたんですね。ありがとう」と、誠意あることばが戻ってきた。
 ゲルハーヘルは、どんな質問にもことばを尽くしてじっくりと話してくれるのだが、その内容はすこぶる真面目。自分の個性を前面に出さずに、あくまでも作品に寄り添うことが大切で、作曲家に敬意を表すことがいい歌をうたうことにつながる、という話を延々とする。
 こういう話は、もちろんとても重要な意味合いをもつのだが、原稿に書くと、あまりおもしろい記事にはならない。だからといって、その話を夢中でしている最中に話題を変えることはできない。
 当然のことながら、私は内心焦り、もっとおもしろい話題、ゲルハーヘル自身の個性が感じられる話題へと移れるよう、質問をあれこれ変えていく。
 だが、本人は大真面目ゆえ、「あっ、さっきちょっといい忘れたんだけど」といって、また元の話題に戻ってしまう。
 新譜のマーラーの歌曲の録音に関しても、今回の公演プログラムであるシューマンの歌曲についても、同様の真摯な答えが戻ってくる。
 それはそれで、私はとても興味があるけど、いざ記事にした場合、なかなか苦しいものがある。本人の本音が見えてこないからだ。
 そこで、一気に方向転換して、変声期後のことや子ども時代のことへと飛躍させてみた。
 すると、最初はヴァイオリンやヴィオラを弾いていたけど、ものすごく下手だったこと、友だちに「女の子がいっぱいいるから」と誘われて合唱団に入ったこと、J.S.バッハの音楽は大好きだったけど、オペラは大嫌いだったこと、両親が毎日曜日ラジオでバッハの「カンタータ」を聴いていたため逃げ出したことなど、いろんな面白い話が飛び出してきた。
 こうなると、しめたもの。インタビューはスムーズに進む。私がバリトンが好きだと話すと、奥さまも同様で、「私がテノールだったら、結婚してくれなかったかも」といって、このときばかりはにこやかな笑顔を見せた。
 このインタビューは、次号の「婦人公論」と、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」で何度か連載したいと思っている。
 ゲルハーヘルは、今シーズンのベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務めることになっているが、これは大きなプロジェクトが8つ予定され、ソロのみならず室内楽も組まれているそうだ。
 彼の話し方はとても知的でていねいで、ときおりものすごくナイーブな目をする。傷つきやすく繊細で、本来は内向的な性格のようだ。
 あのステージでの力強く柔軟性に富んだ、分厚い胸からほとばしるような強靭な歌声とは異なる素顔に、新たな驚きを覚えた。
 でも、握手は目いっぱい力強く、「イタタッ」と思うほど強い握り方だった。
 明日はまた、シューマンを聴きに出かける。あくまでも作品に忠実に、と話していたゲルハーヘルの歌声をまたからだ全体で受け止めたい。
 今日の写真はインタビュー前に撮った1枚。見せたら、「オー・マイ・ゴッド!」といっていた。でも、撮り直しして、といわれなかったから、載せちゃおうっと(笑)。

| 終わりよければ…取材奮闘記 | 20:31 | - | -
クリスティアン・ゲルハーヘルの3日間
 ああ、なんて幸せなんだろう。こんなにすばらしいバリトンは、久しぶりに聴いた。
 多くの人は、男性の声楽家の場合、テノールが大好きだという。でも、私は昔からバリトンのファンである。
 今日は、いまもっとも勢いのあるドイツのバリトン、クリスティアン・ゲルハーヘルのリサイタルを聴きに王子ホールに出かけた。
 今回は8日と10日の王子ホールでのリサイタルが組まれており、オール・シューマン・プログラム。今日は前半が「ミルテの花」作品25より7曲と「リーダークライス」作品39全12曲、後半が「ライオンの花嫁」と「12の詩」作品35全12曲。
 以前からゲルハーヘルの声に魅了され、いつもナマを聴くのを楽しみにしている。王子ホールは、すぐそばでうたっているのを聴くことができるため、臨場感にあふれ、声のこまやかな変化まで耳にすることができる。
 正統派の歌唱法で、詩を大切に、さまざまな表情を駆使しながら、シューマンの文学的で知的で情感あふれる作風をひとつずつストーリーをもたせながらうたい込んでいく。
 聴き進むほどに感動が胸のなかに広がり、美しくやわらかな高音では涙がこぼれそうになり、語りかけるような中音域ではうっとりと夢見心地になり、さらに迫力のある低音では音符のひとつひとつが胸に突き刺さってくるようだった。
 シューマンのリートはこれまで何人もの歌手で聴いてきたが、ゲルハーヘルのひたむきな歌唱は、聴き手にも集中力を要求するもので、目と耳が離せない。1曲終わるごとに、私もしばし息継ぎをし、次の曲に備える感覚に陥った。
 とりわけ「リーダークラウス」がすばらしかった。アイヒェンドルフの詩に曲がつけられたこの歌曲集は、自然への賛美が綴られ、そのなかに深い悲しみやひそやかな繊細さ、星の明るさやものうい気配、春の喜びなど多彩な表情が顔を出す。
 シューマンのロマンあふれる旋律は、次々に表情を変化させ、ピアノのこまやかな音との融合を見せ、聴き手をあたかもドイツの深い森へといざなう。
 ゲルハーヘルの変容していく歌声にピタリと寄り添うのが、盟友のピアニスト、ゲロルト・フーバー。リートの伴奏はとても難しいが、長年ともに演奏してきたふたりだけに、あうんの呼吸だ。
 実は、明日ゲルハーヘルにインタビューする予定である。あまりにも心に響く歌声を聴いたからか、インタビューに胸高鳴る思いだ。こういうことは珍しい。
 そして10日には、再び王子ホールでシューマン・プログラムの第2夜を聴く予定。今日はなかなか寝付けそうもないから、これからゲルハーヘルのCDを聴こうと思っている。
 ああ、まだ彼の声の余韻がからだ全体を覆い、シューマンの音の世界から抜け出せない。
 あまりボーッとした顔をしてインタビューにいくのはまずいから、明日はちゃんと仕事の顔に戻さないと(笑)。
 今日の写真はプログラムの表紙。最近の写真はみんな凛とした表情ばかりだが、私が最初に彼の写真を見たときは、パパゲーノのようなコミカルな顔をしていた。その後、ヴォルフラムをうたい、つい先ごろマーラーの歌曲集の録音で世界的な評価を得た。う〜ん、聞きたいことが山積みだ…。

| アーティスト・クローズアップ | 23:39 | - | -
ショパンの家の窓から
 これまで、数多くの作曲家の家を訪れた。
 ショパンの生家、ジェラゾヴァ・ヴォーラの家にも何度かいっているが、いつもショパン・コンクールの時期ゆえ、ワルシャワは「黄金の秋」と呼ばれる黄葉の時期にあたる。
 もちろん、ワルシャワから車で30〜40分ほどの郊外であるジェラゾヴァ・ヴォーラ村も黄葉の真っただ中。不思議なことに紅葉は見当たらず、ほとんどの樹木が黄色に染まっていて、その美しさといったらない。
 私はいつも作曲家の目線に合わせ、部屋のなかから外に向けて写真を撮る。すると、えもいわれぬ美しい景観が、あたかも額縁に入った絵のように写真に刻印される。
 ショパンの生家は、近年新しいビルが入口に出来、造園も手が加えられ、以前の古色蒼然とした雰囲気は一変した。
 でも、生家からながめる外の景色は昔のまま。ここにくると、いつも限りない静寂と、平穏な空気と、緑豊かな環境に心癒され、去りがたくなる。
 ショパンの音楽がどこからともなく聴こえてくる、そんな思いを抱く。
 今日の写真は、生家のサロンから撮った外の景色。マズルカが聴こえてくるような感じがしませんか。

| 麗しき旅の記憶 | 21:49 | - | -
箸やすめのかまぼこ
 今日は仕事初めで、さまざまな人からメールが届いた。
 しかし、実際は昨日から原稿を書き始めている。というのは、担当者が仕事初めの今日、朝一番で原稿をチェックすることになるからだ。
 最初の仕事は、樫本大進のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲録音のライナーノーツ(ワーナー)。昨年までにリリースされた全集にDVDとボーナストラックが付いたもので、2月に新たにリリースされる予定。私の原稿は、樫本大進とコンスタンチン・リフシッツのデュオ結成から現在までの歩みをたどりながら、彼らの音楽に触れるというもの。
 改めて録音を聴き直してみると、本当にふたりの進化と深化がわかり、感慨深い。
 ようやく昨夜遅く原稿がまとまり、夜中に入稿した。そして今日は、いよいよ本格的な仕事の始動となった。
 そんな合間を縫って、ちょっと箸やすめを作った。お正月のかまぼこが残っていたからである。かまぼこを薄く切って2種類の具をはさんだ、ちょっとしたおつまみで、これでかまぼこは無事にすべて終わった。
 かまぼこは真ん中に切れ目を入れ、ひとつは梅干しの果肉をほぐしてはさむ。もうひとつは、ゆず味噌を作り、最後にゆずの皮の細切りをトッピング。それぞれ大葉で包んだら出来上がり。
 さて、今日からまた仕事に励まなくっちゃ。お正月には時間があるため、原稿の下調べや資料の整理がはかどるかと思ったが、まったくダメだった。やっぱり、目の前に「締め切り」という壁が迫らないと、やる気にならないものなのね。というわけで、今日からその壁をいくつも乗り越えていかなくてはならない。まあ、自業自得か(笑)。
 今日の写真は、かまぼこの梅&ゆず味噌はさみ。これ、日本酒はもちろん、スッキリ味のワインにも合うんですよ。ぜひ、かまぼこが残って困っていたら、作ってみてくださいな。



 
 
 
| 美味なるダイアリー | 20:43 | - | -
ファイト・バッハの家


 寒くなると、いつも思い出すのが、2009年1月にJ.S.バッハの取材で訪れたドイツのことだ。
 このときは100年ぶりの寒波到来で、マイナス27度を経験し、とんでもない寒さにこごえたものだった。ほとんどの取材が屋外で、建物の内部に入る場合も、教会や城や宮殿ゆえ、暖房はいっさいない。
 顔までスカーフで覆い、目だけ出している状態。それでもガタガタ震えっぱなし。ようやくランチでレストランに入ったときは、顔から湯気が出て、まつ毛が水分でくっつきそう。冷凍庫に保存してあったお肉が解凍されていくような気分を味わった。
 このときは、バッハゆかりの地をたくさん回った。アイゼナハ、エアフルト、アルンシュタット、ワイマール、ケーテン、ハレ、ライプツィヒなど。なかでも印象的だったのが、ヴェヒマールである。
 ヴェヒマールは中部ドイツ、チューリンゲン地方のゴータ近郊に位置し、バッハ一族の源流ともいうべき、白パン職人のヴィトゥス(ファイト)・バッハがハンガリーから移住して住み着いた場所である。
 ファイト・バッハは1577年ころに没したと伝えられているが、音楽を愛好し、パンを作るかたわらツィトリンゲン(ツィターの一種)を演奏し、楽器をパン工房に持ち込んで粉をひく合間に演奏していたという。ここから音楽家系バッハ一族が育まれていくことになる。
 そのパン工房を訪ねたのだが、昔の姿そのままに保存され、まるで16世紀にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。
 とりわけ興味深かったのが、説明をしてくれた男性の衣裳。当時のパン職人の格好をしていて、「遠くまでよくきてくれた」とばかり、熱心に説明してくれた。そして工房のあちこちには楽器が展示してあるのだが、それをゆっくり見せてくれた。
 このときばかりは極寒の外部の空気を忘れ、しばしバッハの祖先に思いを馳せたものだ。
 今日の写真はそのガイドを務めてくれた男性(上)と、パン工房の内部。
 ロケバスに乗って訪れたため、交通手段は定かではないが、おそらく個人ではこられない場所であり、二度と訪れることはないだろうと考えると、とても貴重な場所に思えた。他の都市はバッハ自身に関係のある土地だが、ここヴェヒマールは、その祖先の住んだ土地ゆえ、そんなに訪れる人もないようで、ガイドの男性はとても別れを惜しんでくれた。いまでもその表情を鮮明に覚えている。
 旅とは、こうした人との出会いが心に刻まれるもので、その記憶はいつまでたっても色褪せることがない。




 
| 麗しき旅の記憶 | 22:34 | - | -
服部百音
 若い才能は、聴くたびにぐんぐん成長し、テクニックも表現力も増し、未来への大きな期待を抱かせる。
 14歳のヴァイオリニスト、服部百音もそのひとり。彼女の演奏は、2010年12月24日に聴いたが、今日は外山雄三指揮東京フィルハーモニー交響楽団のニューイヤーコンサートに出演するというので、オーチャードホールに出かけた。
 午後3時開演だったが、さすがにお正月の渋谷は混んでいる。駅からホールまで歩くのに、人をかきわけ、かきわけ、ようやく進むという状態だった。もちろんホールも満杯。祝祭的な気分に満ちていた。
 服部百音は、ワックスマンの「カルメン」幻想曲を演奏した。彼女はいま、ザハール・ブロンに師事しているが、この作品はブロン門下のヴァイオリニストがほとんどステージで演奏するもので、私もいろんな演奏家で聴いてきた。
 服部百音の演奏は、以前聴いたときとは格段に成長し、自信に満ちあふれていた。実は、彼女は数多くの国際コンクールのジュニア部門で優勝を果たしているが、以前にもニュースとして書いたように、2012年にロシアのノヴォシビルスク国際ヴァイオリンコンクールで17歳以上のシニアの部を飛び級で受け、見事グランプリを受賞している。そうした難関を経て培われた自信に違いない。
 終演後、楽屋を訪れると、にこやかな笑顔を見せてくれた。ノヴォシビルスクのコンクールのことを聞くと、一気に早口で話し出した。
「5月なのに、ものすごく寒かったんですよ。手が冷たくなってしまって、大変でした。順番を決めるくじを引いたら、私は1番最初になってしまって、朝8時くらいから演奏しなければならなくなったんです。本選はもっと遅い時間になりましたが、とにかく2週間すごい数の課題曲があって、大変な思いをしました」
 それでグランプリに輝いたのだから、すごいことだ。
 そんな彼女は、手が痛いといって「こんなになっちゃって」と手を見せてくれた。それを見て、私は大ショック。皮がむけ、豆ができ、手のひらはボロボロになっていて、指にはテープが貼られている。
 こんなになるまで練習しているとは…。思わず手を握り締めてしまった。
 ブロン門下のヴァイオリニストはみな過酷な練習に明け暮れ、コンクールで優勝や上位入賞を遂げ、国際舞台へと飛翔していく。服部百音も、その道を歩んでいる。
 百音ちゃん、体調に十分気をつけ、頑張ってね。あなたの音楽には、聴き手を幸せな気持ちにする力が備わっているのだから。
 今日の写真は楽屋での百音ちゃん。ふだん話しているときはキュートな笑顔がステキなのだが、写真ではちょっとお・す・ま・しかな(笑)。


 
| アーティスト・クローズアップ | 22:49 | - | -
一年の計は元旦にあり
 昨日は、新住所の管轄内である神社に初詣にいった。
 午後一番でいったつもりだが、すでに境内はたくさんの人であふれ、みんな静かにお参りの順番を待っていた。
 この神社は初めて訪れたが、古木が多く、落ち着いた雰囲気。これからお祭りを見にきたり、さまざまな行事に参加したいという気持ちを起こさせた。
「一年の計は元旦にあり」という。今年の私の計は、常に、どんな状況にあっても、「いま自分にできる最高のことをする」こと。
 これをモットーに、前向きに走り続けたいと思っている。
 しかし、これはいうのは簡単だが、実践するのは難しい。いろんな壁がそのつど前に立ちはだかるからである。
 でも、目標を立てるのはいいことだもんね。とにかく、自分にできることを精一杯やるしかない。
 以前、私の応援しているテニスのロジャー・フェデラーがインタビューに答えて、こんなことをいっていた。
「ぼくは若いころ、大切なコーチを飛行機事故で失った。そのときは立ち直れないと思うほど大きなショックを受けたけど、やがてこう考えるようになった。人生には限りがある、やるべきことをやらなくては、と。そう思ったことで、ぼくの目標が定まり、暗いトンネルから這い出ることができた。いまは恩師の死を無駄にせず、やるべきことに向かって進んでいるよ」
 このことばは、常に私を奮い立たせてくれる。まだナンバーワンになる前の若いロジャーが語っていたことばだが、とても心に響いた。
 さて、今日の写真は初詣に訪れた神社。あまり大きくないため、とても親密な感じを受ける。これからたびたび訪れることになりそうだ。




 
 
 
| 日々つづれ織り | 20:53 | - | -
ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート
 新年、明けましておめでとうございます。
 たったいま、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのライヴ中継が終わった。
 昨年取材したさまざまなことが思い出され、バレンボイムの指揮も、ウィーン・フィルの演奏も、例年よりも身近に感じることができた。
 ウィーン・フィルの取材は、昨年さまざまな人のインタビューなどを紹介してきたが、最後に登場するのはこの人、ウィーン・フィルの楽団長である第1ヴァイオリンのクレメンス・ヘルスベルク。今年最初のブログの登場人物である。
 ヘルスベルクは1980年にウィーン・フィルに入団し、1997年に楽団長に就任。メンバーから信頼され、何度も全員の選挙により楽団長に選ばれている。
 この役目は大変な重責で、仕事は山ほど。インタビューに訪れたときも、ウィーン・フィルのツアーから戻ったばかりで、執務室のデスクの上は、書類がうず高く積まれていた。
「ちょっと留守にすると、やらなくてはならないことがたまってしまって大変なんです。もちろん私はヴァイオリニストですから、演奏が第一ですが、楽団長としての仕事はいくら時間があっても足りないくらいですよ」
 完璧なる民主性を貫くウィーン・フィルは、各人がそれぞれオーケストラの仕事を行い、自分の演奏と生活に責任をもっているという。
「休む暇もない生活ですが、演奏を始めた途端、天にも昇る気持ちになり、音楽に身も心も委ねることができます。ウィーン・フィルのメンバーは、おそらくほとんどの人がそうだと思いますが、演奏することを仕事だとは考えていないと思います。すばらしい作品を演奏することができる、その幸せをかみしめ、喜びを抱いて演奏しているのです。ですから、どんなに疲れていても、嫌なことがあっても、演奏を始めたらスーッと忘れてしまう。偉大な作曲家の作品のなかに入り、音楽と一体となり、みんながひとつの家族のようになるのです」
 今日のニューイヤー・コンサートも、まさにヨハン・シュトラウス・ファミリーの曲、生誕150年のリヒャルト・シュトラウスの曲と一体化し、みんなが喜びをもって演奏していることが伝わってきた。
 先日、バレンボイムのところでも書いたが、今日のニューイヤー・コンサートのライヴCDは1月22日にソニーからリリースされる。そのライナーノーツにバレンボイムにインタビューしたときのことを綴った。
 今日の写真はインタビュー時のヘルスベルクさん。リヒャルト・シュトラウスのスケッチ画(もちろんオリジナル)の前に立ってもらった。
 さて、2014年はホームページを少しだけリニューアルしたいと思う。ブログを初めてから3年、本当に多くの人から「いつも読んでいるよ」といわれ、そのつどうれしさをかみしめている。
 今年はもうちょっとグレードアップする予定。もっともっと楽しく読んでもらえるよう、頑張りま〜す。
 それでは、今年もどうぞよろしくお願いいたします。



 
| 麗しき旅の記憶 | 22:24 | - | -
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