Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アリーナ・イブラギモヴァ
今日は、トッパンホールにアリーナ・イブラギモヴァのリサイタルを聴きにいった。
プログラムはイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」全曲で、非常にエネルギッシュかつ情熱的で、底力を感じさせる演奏だった。
イブラギモヴァはロシア生まれ。1996年に家族とともにイギリスに転居している。メニューイン音楽学校出身で、2002年にソロ活動を開始した。
現在は指揮や弾き振りをするなど、幅広く活躍。古典から現代作品までレパートリーは広く、今回は満を持してのイザイの無伴奏ソナタ全曲演奏となった。
帰宅してすぐにブログを書こうと思ったら、パソコンがトラブリ、あれこれ試してみたが、ついに新しいパソコンを買わないと無理、という状況に陥った。
というわけで、今日はこれでおしまいです。
明日、すぐに新しいパソコンがくる手はずになったが、Windowsのバージョンが8.1になるため、それを習得しなければならない。ああ、大変だワー。

| クラシックを愛す | 23:11 | - | -
ラン・ラン
 ラン・ランは、いまやクラシックのピアニストという枠を超え、完全なエンターテイナーとしての地位を確立している。
 4月27日にサントリーホールで行われたリサイタルも、いまのラン・ランの輝かしいキャリアを象徴する形となり、すべての演奏がユニークな表現、解釈に彩られていた。
 それがホールを埋め尽くした聴衆の心をとらえ、最後は歓声と嵐のような拍手に包まれ、ラン・ランもそれに応えて両手を広げてステージの全方向の聴衆に向かってそれぞれの場所であいさつ、カリスマ性を発揮していた。
 今回の来日公演のプログラムは、前半がモーツァルトのピアノ・ソナタ第5番、第4番、第8番。後半がショパンのバラード全4曲。
 いずれもラン・ランの強烈な個性が発揮された演奏で、とりわけ印象的なのがルパートの多用と、自在なテンポ。ふつうはこうした演奏を長時間聴かされると、作品ではなく奏者が前面に出るため疲れてしまうが、そこはテクニック完璧なラン・ランのこと。非常に自由闊達、嬉々とした演奏となり、一瞬たりとも演奏が揺るがない。あたかも自身が作曲した曲のように楽しそうに楽器を鳴らし、ピアノと遊んでいるよう。
 最初の1音が響いたときから「ラン・ラン劇場開幕!!」という感を強くした。
 この公演評は、次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定だ。
 というわけで、「インタビュー・アーカイヴ」第56回は、ラン・ランの登場。何度もインタビューを行っているが、今回は大きな飛翔を遂げたころの彼の素顔を紹介してみたい。

[男の隠れ家 2008年2月号]

これからは技巧に頼らず、表現力と音楽性を深めたい

W杯の前夜祭コンサートから映画のサントラ、中国の国家行事まで多彩な活動をエネルギッシュにこなしているラン・ラン。
世界に目を向けたアジア期待の星は、新譜のベートーヴェンのコンチェルトでもワールドワイドに高い評価を受けている。


 中国出身の若手ピアニスト、ラン・ランは、来日ごとに演奏、風貌が著しく変貌していく。1995年に仙台で開かれた第2回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで優勝した。当時は、髪は刈り上げ、中国服が似合う朴訥なタイプだったが、徐々に洗練され、現在では自信に満ちた、国際舞台で活躍するピアニストとしての風格をただよわせるようになった。
 演奏も急速に成熟度を増し、新譜のクリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団とのベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番、第4番では、精神性の高い作品の内奥に迫る内省的な演奏を披露している。
「マエストロ・エッシェンバッハは第2の父ともいうべき大切な存在。ぼくの演奏が新聞で酷評されたときも、彼だけは励まし、勇気づけてくれた。常に、音楽家としてどうあるべきかを教えてくれます」
 数年前までラン・ランの演奏は音のダイナミズムが広く、楽器を豊かに鳴らすエネルギッシュなものだった。スケールが大きく、超絶技巧をものともせず、おおらかさが特徴だった。だが、最近は情感豊かで、繊細さや緻密さなどを重視する奏法に変わりつつある。
「それを教えてくれたのがエッシェンバッハです。技巧に頼らず、表現力と音楽性を深めていくことが大切だと。それを習得するのはとても時間がかかります。ベートーヴェンの第4番は作曲家の苦悩や孤独、心の痛みなどが込められた濃厚な味わいの協奏曲。そこに到達するまでは大変な努力を強いられます。でも、いまはこうした深い洞察力を要する曲が大好きです」
 ラン・ランに会った人は、みなそのエネルギーに圧倒され、おおらかな笑顔に引き込まれ、よく通る声で早口でまくしたてる話術に刺激を受け、大陸的なキャラクターにその音楽を重ねるようになる。現在、25歳。欧米とアジアを飛び回って多忙な演奏のスケジュールをこなし、中国では8本のCMに出演、国家的な行事にも参加し、北京オリンピックでも演奏する。
「前回のW杯では開会式のコンサートで演奏することができたし、先日はアメリカで荒川静香さんのスケーティングに合わせてリストの『愛の夢』を弾いた。映画のサントラにも参加しているし、環境問題の活動も行っている。こうしたことがすべて演奏を肉厚なものにしてくれる。いろんなことに挑戦したいんだ」
 前向きな精神と才気あふれる演奏が指揮者たちを引き付け、ダニエル・バレンボイムやワレリー・ゲルギエフ、ヴォルフガング・サバリッシュらとの共演が目白押し。2008年は小澤征爾と初共演の予定もある。
「もっとも勉強になるのは実践の舞台です。特に偉大な指揮者から学ぶことは多く、一度で何十回もの学校のレッスンに匹敵する。密度が濃く刺激的で、自分が一歩前に進めたと実感することができるんです」
 いま中国ではラン・ランにあこがれ、ピアノを習う子どもが急増中。第2のラン・ラン登場も時間の問題だ。

 このときから現在まで、さらに高いステップへと駆け上がり、ラン・ランはいまやひとつの“ブランド”となっている感じだ。いま、彼は中国の数か所に自身の名を冠した学校を創設し、若手ピアニストの育成に尽力している。その熱意たるやすごいものがあり、最近のインタビューではこの学校のことになると、話が止まらなくなる。
 今日の写真は2008年の雑誌の一部。おしゃれになったよねえ。昔を知っている私としては、驚きっぱなし。いつも会うたびにそのことを口にし、ラン・ランに「また、それだあ」と苦笑されている。


 
| インタビュー・アーカイヴ | 22:31 | - | -
グザヴィエ・ドゥ・メストレ
 先日、4月22日に王子ホールで聴いたモイツァ・エルトマン&グザヴィエ・ドゥ・メストレのデュオ・リサイタルの様子はブログに綴ったが、今日はそのメストレのインタビューに出かけた。
 まず、久しぶりに会えたことに対するあいさつをし、早速、歌手とのデュオに関しての質問から入った。メストレは、昔から声楽に興味があり、歌手との共演はハープの音色が生かせるため、非常に興味深いという。
 演奏を聴いていると、ハープの伴奏に関してはかなりアレンジをしているかと思いきや、「いえいえ、全然。ほとんどピアノ・パートを弾いているんですよ。ハープも右手と左手を使いますから、同じなんです。でも、ペダルに関しては、ハープは7つのペダルを駆使して演奏するので、とても大変です」とのこと。
 メストレは、相手の目をじっと見ながら話す。伯爵家の出身で、いわゆるイケメンだが、素顔は飾らず気負わず、実に自然体。
 どんな質問にも明快な答えが戻ってきて、しかもハープに対する強い愛情が感じられる。
 このインタビューは、「音楽の友」の7月号に掲載される予定である。
 先日のデュオ・リサイタルはとても素晴らしかったが、実はあと1日だけデュオ・リサイタルの予定がある。4月30日(水)19時、東京オペラシティ コンサートホールで行われる演奏会で、こちらはシューベルトの「死と乙女」「野ばら」「糸を紡ぐグレートヒェン」、ベッリーニの歌劇「カプレーティとモンテッキ」より「ああ幾度か」、ヴェルディの歌劇「リゴレット」より「慕わしき人の名は」、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のいとしいお父さん」が予定されている。
 さらにスメタナの「わが祖国」より「モルダウ」がプログラムに組まれているが、今日のインタビューのなかで、メストレは次の録音には「モルダウ」を予定していると語っていたから、これは彼のソロに違いない。
 歌手とのリサイタルでの選曲は、共演する歌手が選んだ作品のリストを見せてもらい、そのピアノ譜をじっくり勉強し、歌手との呼吸に合わせて演奏を何度も練り直していくそうだ。
 メストレは、ウィーン・フィルを退団してソリストになったときは、「きっと小さなホールで少しずつ演奏していくんだろうな」と思ったそうだが、いやいや、そんな考えはすぐに吹き飛んだでしょう。
 いまや各地の名門オーケストラからソリストに呼ばれ、ペンデレツキをはじめとする作曲家に作品を委嘱し、さまざまな室内楽にも積極的に加わり、音楽大学のマスタークラスで指導を行うなど、八面六臂の活躍だ。
「ハープの可能性を追求し、ひとりでも多くの人にハープのすばらしさを体験してほしいんだよね。この楽器は古代から存在し、人間の本能に根ざす楽器という感じがするから」
 こう語るメストレは、端正な容姿に目を奪われがちだが、地に足の着いた堅実な考えをもつ人。演奏は超絶技巧もなんのそのの実力派で、結構力強く、骨っぽい演奏。音色の多彩さが特徴だが、教えるときのもっとも大切なポイントは「フレージング」だそうだ。
 ナマのハープの音は、本当に多彩で新たな発見が数多くある。ぜひ、メストレの美しき姿と美しき音に触れてくださいな。
 今日の写真は、インタビュー後のグザヴィエ。こんなにラフな服装をしているのに、このカッコよさ。まるでモデルのよう…。でも、本人はリラックスしながらポーズをとっている、ニクイんだから(笑)。



 
 
| アーティスト・クローズアップ | 22:22 | - | -
川久保賜紀&江口玲
 最近、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲を演奏するヴァイオリニストが増えている。
 今日は、川久保賜紀がピアノの江口玲と組んで行う「ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会」の第1回を聴きにフィリアホールに出かけた。
 ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、ピアノが主体ともいうべき作品で、デュオを組むピアニストが非常に重要なウエイトを占める。
 川久保賜紀は、多くのヴァイオリニストとの共演で知られる江口玲をパートナーに選び、両者はみずみずしい音色と前進するエネルギーに満ちた躍動感あふれるベートーヴェンを披露した。
 プログラムは古典的な曲想のなかにベートーヴェンが得意とする変奏曲を盛り込んだ第1番からスタート。次いで多分に地味な作品と見られるが、ベートーヴェンならではのユニークな曲想が全編にあふれる第4番が登場。
 後半は川久保賜紀の息の長いフレーズと流麗な響きが存分に生かされる第5番「春」が明るく豊かな歌心をもって奏され、最後はヴァイオリンとピアノの音の対話が非常に充実している第3番が高らかに演奏された。
 なお、第2回は2015年4月25日(第6番〜第8番)、第3回は2016年4月(第2番、第9番「クロイツェル」、第10番)という予定が組まれている。
 川久保賜紀の演奏は、2002年のチャイコフスキー国際コンクールで最高位入賞を遂げた直後から聴き続けているが、当初から聴き手にゆったりと静かに語りかける音楽が印象的だった。
 この公演プログラムにも原稿を寄せたが、そうした彼女の美質が徐々に変容を遂げ、ベルリンを拠点に各地で演奏し、さまざまな室内楽も経験することにより、演奏に深みが増してきた。
 今日のベートーヴェンも、いまの心身の充実が反映し、説得力のあるベートーヴェンとなっていた。
 江口玲のピアノの雄弁さも特筆すべきだ。今日の楽器は、1887年に製作されたニューヨーク・スタインウェイだそうで、フォルテピアノのような響きをもち、古雅な雰囲気を醸し出し、えもいわれぬ繊細さと気品が感じられた。
 その歴史を映し出すような音色が川久保賜紀の1779年製ジョヴァンニ・バティスタ・グァダニーニの芳醇で艶やかな音色と見事にマッチ。
 こういうデュオを聴いていると、作品が生まれた時代へと自然にいざなわれていくよう。
 18世紀後半の弦楽器と19世紀後半の鍵盤楽器によるベートーヴェンの演奏は、当時のサロンをほうふつとさせる。
 フィリアホールはとても親密的な雰囲気をたたえた会場ゆえ、ヴァイオリンとピアノがとても身近に感じられ、音のひとつひとつが明確に聴こえ、すべての音がストレートに響いてくる。
 国際舞台で活躍するふたりの演奏は、続く2回の演奏に大いに期待をいだかせるものだった。
 今日の写真は、終演後のふたりのリラックスした表情。今後、ふたりでレコーディングをする予定もあるそうだ。今回、聴き逃した人は、ぜひ次回のデュオを聴いてくださいな。次回は作品30の3曲ですよ、お楽しみに!!


 
| 日々つづれ織り | 23:18 | - | -
牛田智大
 週末の原稿締め切りと格闘している。
 いま、シュテファン・ヴラダー指揮ウィーン・カンマー・オーケストラと共演してショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏する、牛田智大のプログラムの原稿をようやく入稿した。
 先週は高原の仕事部屋から新しい仕事部屋への荷物の引っ越し、今週は自宅から仕事部屋への荷物の引っ越しと、資料や家具やその他多くの物の引っ越しが続き、てんやわんやである。
 しかし、それもようやくひと段落し、たまっていた原稿を集中して書かなくてはならない状況に陥っている。
 だが、雑事はいろいろ押し寄せてくるものだ。
 仕事部屋のベランダに設置されているエアコンのホースを工事の人に下におろしてもらう依頼をしたり、引っ越しの段ボールの引き取りに来てもらったり…。
 どうしてこう、いろんなことに時間がかかるのだろうか。
 あれこれしているうちに、原稿の催促が入り、ヒエーッ、それそれ、それを優先しなくっちゃ。
 というわけで、あっというまに1週間が過ぎ、明日と明後日はコンサートが続けて入っている。
 すでに5月の予定もどんどん決まっていくし、なんだかあわただしい日々だ。
 こういうときは美容院にいってすっきりするか、と思っていつもの美容院に顔を出したら、ウエーン、レッドテールキャットのルーちゃんが亡くなってしまったとか。
 以前、ブログで元気な姿を紹介したが、4月1日に病気で死んでしまったそうだ。私が最後にこのナマズくんを見たのが3月27日だったから、その直後のことだ。
 このルーちゃんは、テレビや雑誌でも紹介された人気者だったため、美容院の水槽の前には亡くなったと貼り紙が出されていた。
 いろんなことがあった1日だ。
 さて、これから新譜紹介の原稿が始まる。今月の新譜を整理しなければならない。どれから聴こうか。夜は深々と更けていくが、私の仕事部屋は音でいっぱいだ。
 今日の写真は、牛田くんの海外のオーケストラ初共演のチラシ。きっといまは猛練習しているんだろうな。期待大です!!

| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:24 | - | -
じゃがいもの天かすあえ
 家で天ぷらを揚げると、必ず天かすが出る。
 私はそれをていねいにすくってとっておき、ひとつのレシピを作る。
 まず、じゃがいもを食べやすい大きさに切ってやわらかくゆで、熱いうちに天かすをまぶし、最後におしょうゆをほんの少したらり。全体をざっくり混ぜたらできあがりだ。
 これは市販の天かすでは絶対に作らない。天かすもできる限りできたてがいいし、何より自分で作った方が油も衣も納得がいくから。
 もちろん、天ぷらの内容によって、天かすも微妙に味が異なる。もっとも適しているのは、精進揚げか、それに桜エビを加えたかき揚げを作ったとき。
 そんなにリッチなレシピではないけど、こういう素朴なおかずが一品あると、なんとなくホッとする。
 じゃがいもは蒸してもいいし、季節によって、種類によって、調理法を変えている。
 今日の写真は、できたての「じゃがいもの天かすあえ」。これ、日本酒を飲むときのつきだしに、結構向いているんですよ。
 すっごく安価で、作り方も超簡単なのに、男性に人気があります。でも、その前においしい天ぷらを作らないとね。これに時間がかかるから、簡単とはいえないか(笑)。




 
| 美味なるダイアリー | 21:46 | - | -
ミハイル・プレトニョフ
 3月末に招聘元の音楽事務所で、仕事仲間の音楽評論家3人でミハイル・プレトニョフのピアニストとしての復活コンサートに関する座談会を行い、すでにそれはブログにも綴った。
 そのチラシができあがり、音楽事務所から送られてきた。
 チラシの裏面に3人の座談会が掲載されているが、なにしろ文字数に限りがある。というわけで、音楽事務所ジャパン・アーツのホームページには、全文が掲載されることになった。
 寺西さんと青澤さんとは、この文の何倍も語り合い、当初決められていた時間を大幅にオーバーするほど話がはずんだ。
 その熱い語りを読んでいただけたらと思う。
 今日の写真は、日本公演のチラシの表。ピアニスト活動休止宣言から7年半、プレトニョフがついにこの5月、新たなピアニストとしての姿を見せます!!


 
| 情報・特急便 | 22:33 | - | -
モイツァ・エルトマン&グザヴィエ・ドゥ・メストレ
 今日は、王子ホールにモイツァ・エルトマン&グザヴィエ・ドゥ・メストレのデュオ・リサイタルを聴きにいった。
 エルトマンは透明感あふれる美しい高音をもち、モーツァルトを得意とするソプラノ、メストレはウィーン・フィルのソロ・ハーピストを務めた後、ソリストとして活躍しているハーピスト。
 プログラムはシューマンの「献呈」から始まり、シューマン、モーツァルト、メンデルスゾーンの歌曲が数曲ずつうたわれ、休憩後はR.シュトラウスの歌曲が7曲じっくりと演奏された。その後、ベッリーニ、プッチーニのアリアがうたわれたが、その合間にハープのソロもはさみこまれた。
 メストレは前半にモーツァルトのピアノ・ソナタ第15番、後半にフォーレの即興曲第3番を演奏。ふだんピアノで聴き慣れた作品に新たな風を吹き込み、ハープの音色の多様さと、幅広い表現をたっぷりと披露した。
 エルトマンの歌声は、美しく自然で柔軟性に富み、輝かしく祝祭的な響きに彩られている。得意のモーツァルトでは、「すみれ」がとても彼女の声質に合っていて、作品の可憐さとひっそりと咲く花の風情が実に自然に描かれていた。ゲーテの詩をじっくりとうたい込むエルトマンは、いずれの作品でも歌詞を非常に大切にするを歌唱法に徹していた。
 今日のプログラムでは、次々に人気の高い作品が登場。メンデルスゾーンの「歌の翼に」、R.シュトラウスの「あすの朝」「セレナード」、プッチーニの「私のいとしいお父さん」などがエルトマンの鍛え抜かれた声でうたわれると、名曲のすばらしさが倍増した。
 メストレは、ディアナ・ダムラウとも同様に歌曲のリサイタルを数多く行っている。ハープが声の伴奏すると、えもいわれぬエレガントさがただよい、古典的な味わいを醸し出す。しかも美男美女のデュオだ。
 今日は、仕事仲間がみんなこうつぶやいていた。
「どうして神はこんなに二物も三物もひとりに与えるわけ。ズルイ」
 そう、本当にすばらしい演奏で、ため息が出るほど美しいデュオだったため、容姿の美しさ、才能、人気、スター性など、すべてに恵まれたふたりに、「ズルイ」ということばが出てしまったわけだ。
 実は、来週グザヴィエ・ドゥ・メストレのインタビューが入っている。私が彼に初めて話を聞いたのは、ウィーン・フィルに入団したばかりのころ。あれからメストレはソリストとして成功し、いまやオーケストラとの共演も多い。
 美男に、成功の秘密をじっくり聞くことにしましょうか。
 今日の写真は、プログラムの表紙。エルトマンはラフな格好をしているけど、ステージでは超がつく素敵なドレスを着ていた。そのドレス、スタイルがよくないと絶対に着られないというデザイン。またまたみんなの「ズルイ」という声が聞えそう(笑)。


| クラシックを愛す | 23:26 | - | -
事務所の引っ越し完了
 事務所(仕事部屋)の引っ越しが、なんとか終わった。
 本棚、CD棚、仕事机、資料入れ、テーブル、いすからティーカップやお茶まで、ありとあらゆる物が部屋に山積みで、これから時間をかけて少しずつ整理していかなくてはならない。
 思えば、独立してからの物がたくさんたまっている。昨年の自宅の引っ越しのとき、真夏に汗をダラダラかきながらものすごい量の資料、書籍、音源などの整理をしたはずなのに、まだこんなに物があるのかと、しばし唖然。
 でも、これだけ仕事をしたってことよね、と自分をなぐさめ(?)、腰痛がぶりかえさないよう気をつけながら整理をしている。
 それにしても、どうして日々こんなに物がたまっていくのだろう。
 実は、この事務所というか、または仕事部屋というか、はたまた資料室といった方がいいのか、こういう部屋を探すきっかけとなったのは、昨秋「家庭画報」のウィーン・フィル特集の取材で楽友協会を訪ねたとき、すばらしい仕事をしている人たちが、みんな実に感動的な部屋で仕事をしていたことに触発されたからだ。
 そうか、やっぱりいい仕事をする人というのは、いい仕事部屋をもっているんだと、取材そっちのけで感心してしまった。
 それから、仕事部屋探しが始まった。
 もちろん、ウィーンのようにはいかないし、自分の身の丈に合った部屋を集中して探したわけだが、ようやく見つかり、引っ越しまでこぎつけた。
 これから徐々に、仕事が効率よく進むよう物の配置を考え、何がどこにあったら使いやすいか考えていこうと思っている。
 オットー・ビーバ博士の部屋からは、カール教会が目の前に見えた。私の部屋の前は、通りを隔てて大きなマンションが見える。まあ、仕方ないよね、ここは東京なんだから。
 でも、隣は小学校で、その向こうには小さな教会がある。日当たりはいいし、角部屋で、なんとものどかな環境だ。つい、ボーッとしてしまったり、うとうとしてしまう感じ。いやいや、いかんいかん、ここは仕事をするところなんだっけ。
 というわけで、一応、物はすべて入った。あとはゆっくりやるとするか、今日は頑張りすぎて、ちょっと腰にきたしね(笑)。
 
 
 
| 日々つづれ織り | 22:34 | - | -
ピーラー
 業務用のピーラーを手に入れた。
 キャベツの千切りを作ると、まるでトンカツ屋さんかレストランのキャベツのように細く切ることができ、カンゲキものである。
 これは、あまり力を入れずに、半分に切ったキャベツの断面にピーラーを斜めにあて、円を描くようにするとうまくいく。
 いつもは包丁を使って、細く細くと思って切っていたのだが、こういう道具を使うとなんと簡単にできることか。
 キャベツ以外にも、きゅうりやじゃがいもなどに応用することができ、ものすごく便利なものだ。
 これがあれば、「アーティスト・レシピ」の本の写真を撮影するときに大いに役立ったのに、残念だワ。もっと早く手に入れればよかったな。
 私はあまりキッチンの道具を買わず、できる限り包丁でできることはするという、オーソドックスなやりかたでお料理をするため、ピーラーも縁がなかった。
 でも、これは目からウロコだった。
 今度、アーティスト・レシピを考えるときには、キャベツの千切りをつけ合わせにするレシピを考えようっと(笑)。
 今日の写真は、そのお役立ちピーラーと、美しく切ることができたキャベツ。これだけ細いと、ナマのキャベツって結構たくさん食べられるんだよね。


 
 
 

 
| 美味なるダイアリー | 17:31 | - | -
エフゲニー・キーシン
 4月13日を皮きりに5月4日まで、エフゲニー・キーシンのピアノ・リサイタル2014年日本公演が行われている。
 今日はその合間を縫って、帝国ホテルで「記者懇親会」が開かれた。
 音楽ジャーナリスト、新聞記者、音楽雑誌の編集長ら10人ほどが集まり、キーシンを囲んで自由な語りの場となった。
 さまざまな話題が出たが、まず今回のリサイタルのプログラムの話題から入った。キーシンはシューベルトのピアノ・ソナタ第17番とスクリャービンのピアノ・ソナタ第2番「幻想ソナタ」、「12の練習曲」より7曲をプログラムに組んでいる。
 スクリャービンは子どものころからずっと弾いていて、大好きなのだという。これにシューベルトを合わせるという考えは、自然に生まれたそうだ。
 このスクリャービンの話のなかで、ひとつエピソードを披露した。
「子どものころ、歴史の先生がスクリャービンとチェーホフの関連性を話題にしたんです。ぼくはスクリャービンはロマンティシズムあふれる作品を書いた作曲家であり、チェーホフはリアリズムに徹した作風が特徴だと思っていましたので、先生が関連性を説いたときには驚きました。ぼくはこのふたりは対極にある人だと思っていましたので…」
 キーシンは、けっして雄弁なタイプではない。ひとつの質問に対してじっくりとことばを選び、ゆっくり話す。しかし、どんな質問にも誠意をもって答える。
 これは昔から変わらぬ性格であり、いつまでも少年のような初々しさを感じさせる面でもある。
 キーシンのインタビューはこれまで何度も行い、そのつどさまざまなことを聞いてきたが、いつも読書家である彼の知識の豊富さが話のなかに顔を出す。
「指揮をしたいですか」との問いには、こんな答えが戻ってきた。
「ピアノは作品数が多いので、指揮をする時間はありません。もしも、ぼくがヴァイオリンを弾いていたら、もう少し時間に余裕があり、指揮をする時間ができたかもしれませんが…。そういえば、オイストラフは晩年になって指揮活動を少ししていたそうです。でも、フリエールに宛てた手紙では、ヴァイオリンがいかにすばらしいかと書いてあったといわれています」
 ここで、現在のロシアとウクライナ情勢をどう思うかと聞かれ、「非劇的な状況としかいえない」と、困惑した表情を見せた。
 キーシンは、スクリャービンを各地で演奏しているが、多くの人があまりこの作曲家の作品を知らず、演奏を聴いてそのよさに開眼することに無上の喜びを感じるという。
「10年前、メトネルの作品を弾いたとき、ほとんどの人が初めて耳にする曲だったのですが、とてもいい曲だといって感動してくれました。バラキレフが編曲したグリンカの《ひばり》を弾いたときも、同様です。こんなふうに、みんなが知らない曲をぼくが弾くことによって、ロシアへの関心が高まり、ロシアの作品のよさを知ってもらうことができる。これが一番の喜びですね」
 キーシンは、現在ロシア、イギリス、イスラエルの国籍をもっている。それに関しては、「ロシアの文化のなかで育ち、ヨーロッパの民主主義の基礎を築いたイギリスの重要さを理解し、自分の民族(ユダヤ人)としての自覚に目覚めたから」だと説明した。
 キーシンは子どものころから詩集をポケットに忍ばせているようなところがあった。本人は、もうその記憶は薄れているそうで、現在は文学書や芸術に関する本は大変な集中力を要するため、残念ながらツアー中に読む時間はないといった。
 そしてロシアの詩では何かお薦めがあるかとの問いには、何人もの名前を挙げたが、「ロシアの詩人の詩は、ぜひ原語で読んでほしい。日本語訳になった場合、真意が伝わるかどうか疑問だから。できることなら、録音で詩の朗読を聴いてほしい。詩の微妙なニュアンスが理解できると思うから」と締めくくった。
 今日は、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」のキーシンのページにサインしてもらったのだが、「なんでロシア人だとボルシチなの。ウチの母が作るボルシチは肉がまったく入っていないんだよね。スープみたいなので、好きじゃない。絶対に第2作目を書いて、そこにもぼくを登場させてよ。今度はボルシチじゃなくて、ほかの料理にして」と真顔でいわれてしまった。
 そうか、ボルシチは好きじゃないのね。よ〜くわかりました。違うレシピを考えて、どこかで発表するからね(笑)。
 今日の写真は会見中のキーシン。難しい政治がらみの質問を受けて、ちょっとことばを考えているシビアな表情。
 キーシンは、3月10日にカーネギー・ホールで今回と同様のプログラムを演奏し、大絶賛されている。東京公演が楽しみだ。 


 
 
| 日々つづれ織り | 21:42 | - | -
ローズマリー
 以前の家からもってきたローズマリーが、元気に育っている。
 ローズマリーは地中海沿岸地方原産の常緑性の低木で、とても丈夫なため、育てやすい。
 ハーブとして使うことが多く、アンチョビやポテトともよく合い、魚料理の香辛料としても重宝する。
 わが家のローズマリーは、毎年たくさん薄紫色の小さな花をつける。いまがちょうどその時期で、とてもはなやかでキュートだ。
 いろいろ調べてみると、花も食べられるそうだが、ちょっと遠慮したい。ながめているだけで、いいかな(笑)。
 ローズマリーはオリーブオイルとも相性がいい。びんにエクストラバージンオリーブオイルを入れ、ローズマリー、にんにくのスライス、赤唐辛子、黒コショウを加えてしばらく置いておくと、美味なるオイルができあがる。
 これは、パスタやサラダに振りかけてもおいしいし、お魚をソテーするときのオイルとしても使える。もちろん、マリネ用のオイルにもマッチ。
 ただし、ウチのローズマリーは太陽の光をガンガン吸収し、立派に育っているため、葉がとても頑丈で堅い。そのため、マリネなどでお魚と一緒に食べると、バリバリして歯にあたる。
 いやあ、あまりに元気なローズマリーは考えものですなあ。
 先日、植木屋さんの店頭に、まだちっちゃな若々しいローズマリーを売っていて、ついフラッと手が出そうになったけど、いやいや、ウチの元気印を忘れちゃいかんと思ってがまんした。
 今日の写真はいっぱい花をつけている、ガンガンに元気なローズマリー。若い木なんか買ったら、きっとジェラシーものだろうな。がまんがまん…。




 
| 美味なるダイアリー | 20:58 | - | -
ナタリー・デセイ
 フランスの実力派ソプラノ、ナタリー・デセイが初来日公演を行ったのは、2004年9月のこと。彼女の名は、1990年にウィーン国立歌劇場で開かれた国際モーツァルト・コンクールで優勝して一躍世界に知られ、欧米の名だたるオペラハウスに出演、音楽祭からも引っ張りだこの人気となり、来日が待たれていた。
 得意とするオペラの役柄はオッフェンバック「ホフマン物語」のオランピア、モーツァルト「魔笛」の夜の女王からドニゼッティ「ランメルモールのルチア」、ドリーブ「ラクメ」のタイトルロールなど、超絶技巧を要する役やコロラトゥーラ・ソプラノの名曲として知られるアリアが含まれるものである。  
 ただし、2000年ころからヨーロッパの新聞などのインタビューで、「オランピアや夜の女王は高い音を出すだけで面白みに欠ける。私が本当にうたいたいのは内容の充実した役柄であるヴィオレッタ、トスカ、蝶々夫人、エレクトラ、サロメ、マノンなど。そのためには低音域を磨き、表現力もより幅広いものを身につけないとならない」と語っている。  
 初来日公演ではマスネ「マノン」とトマ「ハムレット」のオフェリア、ベッリーニ「夢遊病の女」のアミーナの各アリアが凄みを帯びたすばらしい歌唱で、驚異的な集中力に支配された最後のルチアでは会場が息を殺したように静まり、みな「狂乱の場」に酔いしれた。  
 その後、2010年のトリノ王立歌劇場の日本公演で待望のヴェルディ「椿姫」のヴィオレッタを熱演し、これまでのヴィオレッタ像をくつがえす新しいヒロインを生み出した。        
 彼女の完璧に磨き上げられた歌唱は、どんな難易度の高い箇所でもけっしてゆるがない。高音はコロコロところがる真珠の粒のようであり、また大空に飛翔していくかろやかな鳥のようでもある。
「椿姫」は全幕にわたってほとんど歌いっぱなしの難役。それを幕ごとにあたかも異なった人物のように表情を変化させ、その場のヴィオレッタになりきり、聴き手の心にひとりの女性のはげしい生きざまを強烈に植え付けた。
 そのデセイは、昨秋オペラからの引退を表明したという。とても残念だが、今後は、ソロ活動に専念するのだろうか。
 今回の来日は、そんなデセイの日本におけるリサイタル・デビューとなり、今日は東京芸術劇場で「ナタリー・デセイ&フィリップ・カサール」の歌曲リサイタルが行われた。
 プログラムはクララ・シューマン、ブラームス、デュバルク、R.シュトラウス、プーランク、ラフマニノフ、ドビュッシー、ドリーブというさまざまな作曲家の色とりどりの歌曲が選ばれ、「奇跡の声」と称されるすばらしき歌声を存分に披露した。
 彼女は髪を金髪に染め、シルバーの光沢をもったドレスを前半と後半で着替え、前半は人魚姫のよう、後半は天女を思わせた。
 デセイの声は、聴き手を別世界へといざなう。いずれの作品も心に響くものだったが、とりわけ会場がシーンと静まりかえったのが、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。よく知られた人気の高いこの曲を、デセイは母音の「ア」だけを幾重にも変化させて響かせ、圧倒的な存在感を示した。
 歌曲のリサイタルは、通常は歌手の名前だけが大きく書かれるものだが、今日のリサイタルはピアニストが併記されている。それもそのはず、カサールのピアノはデセイと見事に一体化し、まさしくふたりの音楽は融合していた。歌曲のリサイタルは、声とピアノがひとつになっていなければ、作品のよさは伝わらない。
 今日のカサールは歌手とともに呼吸し、うたい、創造的な音楽を作り上げていた。
 彼はドビュッシーの解釈者として知られ、ピアノ曲全曲演奏を行うなど、この作曲家の作品に精通している。そして、デセイともドビュッシーの歌曲集を録音している。
 今日もドビュッシーを2曲、「現れ」と「アリエルのロマンス」を演奏したが、抽象的で幻想的な歌をピアノが美しく彩り、デセイの香り高き表現に微妙なニュアンスをプラスした。
 もうデセイのオペラを聴くことはできないと思うと悲しさが募るが、こうして歌曲をじっくり聴かせてくれるのだから、贅沢はいえない。
 今夜は、天女の歌で天空にいざなわれた感覚をいだいた。




| アーティスト・クローズアップ | 23:19 | - | -
イアン・ボストリッジ
 昨日は、トッパンホールにイアン・ボストリッジのリート・リサイタルを聴きにいった。
 ボストリッジは来日公演のたびに新たなレパートリーを披露し、聴き手を驚きと発見へと導く名人だ。
 前半はマーラーの「若き日の歌」より2曲、「子どもの魔法の角笛」より3曲、「さすらう若人の歌」。後半はブリテンの「ジョン・ダンの神聖なソネット」、「民謡編曲《イギリスの歌》」より3曲というプログラム。
 ボストリッジは長身痩躯、テノール歌手とは思えぬ風貌の持ち主で、ステージでも非常に大きな動きを見せる。マーラーでは特有の透明感あふれる高音と分厚い中音域、心情を吐露するような低音が遺憾なく発揮され、特に「子どもの魔法の角笛」の「死んだ鼓手」の表現が常軌を逸したすごさだった。
 ボストリッジは戦闘に駆り出され、敵の弾が命中し、死を覚悟する鼓手の無念の思いを赤裸々に、また慟哭するようなはげしい声で表現し、ピアノのジュリアス・ドレイクとともにホールを埋め尽くした聴衆を唖然とさせた。
 彼の歌声は、感情の起伏がはげしく、音のダイナミズムも恐ろしく幅が広い。聴き手に向かってうたうというよりは、自分自身と対峙しながら作品の内奥へとひたすら迫っていく歌唱法だ。
 まるでひとり芝居を見ているようで、一挙手一投足に目が離せなくなる。歌詞のひとつひとつのことばが、舞台役者の台詞のように明晰で明瞭。手の動きやからだの使い方も、シェークスピアを演じる役者を連想させる。
 ボストリッジは、自国のベンジャミン・ブリテンの作品をこよなく愛す。ブリテンはテノール歌手のピーター・ピアーズを生涯の友とし、彼のために数多くの作品を書いているが、「ジョン・ダンの神聖なソネット」もそのひとつ。
 前半のマーラーの作品も戦争と死をテーマとしたものだったが、ブリテンのこの曲も同様のテーマがその底に横たわっている。
 ボストリッジは英語の歌詞になったこのブリテンの作品で、より感情表現がはげしくなり、狂気、嫉妬、嗚咽、呪い、絶望などをからだ全体で現し、病気や戦争や死をときに絞り出すような歌唱法で聴かせた。
 聴き手にも大変な集中力を要求するボストリッジの歌声。1曲終わるごとに、なんだかからだ中の力が奪われていくようで、まさに作品の奥深い部分へと引っ張り込まれる思いにとらわれた。
 この夜、アンコールはシューベルトの歌曲で、これを聴いた途端、安堵感が押し寄せてきた。とりわけ最後にうたわれた「ます」は、ピアノと一体となった生き生きとした演奏で、自由と開放感がみなぎっていた。
 実は、この「ます」には個人的な思い出がある。
 私は音大の4年生のときに母校の高校の教育実習にいったのだが、1年生のクラスの課題曲は「夏の思い出」、2年生のクラスが「ます」だった。
 初見で「ます」のピアノ伴奏を行わなくてはならず、歌の指導どころではない。ピアノ・パートはとても難しいのである。
 あとで担当の先生に「ピアノに集中せず、もっと歌唱指導に力を入れるように」と注意されてしまった。やれやれ…。
 というわけで、「ます」を聴くと、私の耳は歌よりもピアノに引き付けられる。この夜のドレイクのピアノは流麗で躍動感にあふれ、ますの動きがごく自然に連想される見事さ。そりゃ、こういう人には難しくもなんともないよね。
 この日、私がもうひとつ注目したのが、ふたりが着ていた舞台衣装の黒のスーツ。体型は異なるからサイズはまったく違うが、同じ仕立てのスーツだ。
 ボストリッジの着こなしはいつもながらすばらしく、仕事のできるエリートビジネスマン風。白いワイシャツにノーネクタイで、からだをどんなに動かしても、そのスーツはピタリと彼の動きにマッチ。特に後ろ姿が美しい。
 かたやドレイクは、ピアノを演奏するときにひとつボタンで仕立てられたそのボタンをけっしてはずすことなく、楽々と演奏している。
 さすがセヴィル・ロウ(ロンドン中心部メイフェアの通りの名、背広の語源)の国のスーツである。歌手とピアニストがそろいのスーツを着ているというのは、あまり見たことがないが、彼らはステージでの美学を示し、スタイリッシュなたたずまいで演奏の質とともに印象深い一夜を構成した。 
 終演後、隣の席の音楽評論家、Tさんにその話をすると、「よくそんなこまかいところまで見ているねえ。私なんかだれが何を着ていたかなんて、まったく覚えていないよ。さすがだねえ」と感心されてしまった。
 でも、スーツはプラスアルファで、もちろん歌をちゃんと聴いていたんですよ(笑)。
 
 
| クラシックを愛す | 22:56 | - | -
胡蝶蘭
 事務所開きのお祝いに、知人のKさんが美しく立派な胡蝶蘭を送ってくださった。
 Kさんと親しいというお花屋さんが、「一番いいお花を届けてくださいね、といわれましたので、心をこめて作った胡蝶蘭をお持ちしました」と、にこやかな笑顔で届けてくれた。
 ウワー、本当にきれいな胡蝶蘭だ。
 美しくラッピングされていたが、すぐにはずすようにとのことだったので、ラッピングは取り除き、下にお皿を敷いて飾った。
 まだ殺風景な事務所(仕事部屋)が、一気にはなやかになり、生き生きとした感じに変身。やっぱり、美しい花というのは、存在感がありますなあ。
 Kさんにお礼の電話をすると、「もっともっといい仕事をしてほしい、そう願っているんですよ。新しい事務所で頑張ってくださいね」といつものテノールの声でいわれ、電話に向かっておじぎをしてしまった。
 Kさん、ありがとうございます、感謝でいっぱいです。少しでもいい仕事ができるよう、胡蝶蘭を見ながら頑張りま〜す。
 今日の写真は、届いたばかりの美麗な胡蝶蘭。ホント、たおやかでエレガントで美しいよねえ、あやかりたいもんだワ(笑)。


 
| 日々つづれ織り | 23:02 | - | -
金沢の和菓子
 先日、コンサートで知人のTさんにお会いし、金沢のお土産という和菓子をいただいた。
 帰宅してから箱を開けてびっくり。
 古式豊かな和菓子の伝統を踏襲しながらも新しい時代感覚にマッチし、斬新な素材を使用した現代的な美しいお菓子がいくつか入っていた。
 私も何度か仕事で金沢は訪れているが、いつも自由時間があまりないためか、こうしたお菓子を目にしたことはなかった。
 やっぱり、伝統のある町にいったら、少しは町を散策してみないと、ダメですねえ。こんなにすばらしい日本の伝統が息づいている町なのだから。
 このお菓子には粋なネーミングが施されていて、「たろうのようかん カカオ」は、濃厚なチョコレートとカカオと小豆が見事にマッチ。「たろうのようかん 白カカオ」は、生チョコと黒糖がすばらしい融合を見せている。
 さらに「もりの音」は、寒天とブルーベリー、抹茶がミックスされ、「地の香」は、きな粉と和三盆糖とマカデミアナッツが絶妙の味わいを演出。
 いずれも、「和の世界」に斬新性と創造性をプラス。ひと口いただくごとに日本のすばらしき職人ワザに、「う〜ん」とうなってしまうほどだ。
 和食はいまや世界の人々の羨望の的だが、和菓子も同様に奥深く、繊細で、さまざまな素材を生かすことができる特有の世界を築いている。
 Tさん、ごちそうさま。お菓子のおいしさももちろんだけど、古都の伝統や文化などにも触れる感じがしました。ありがとうございます。
 今日の写真は、そのシンプルで美しい箱に入った和菓子。
 これ、海外のアーティストにプレゼントしたら、みんな驚きの声を上げるのではないだろうか。以前、ダン・タイ・ソンにきんつばをもっていったら、すごく喜んでくれたもんね。
 ああ、金沢にいきたくなってきちゃった。仕事ではなく、お菓子屋さん巡りがしたいな(笑)。

| 美味なるダイアリー | 21:19 | - | -
メナヘム・プレスラー
 これまで、こんなにも感動したインタビューがあっだたろうか。
 今日は、昨日演奏を聴いて大感激したメナヘム・プレスラーに待望のインタビューを行った。
 ホテルの部屋に着くと、おだやかで人をふんわりと大きく包み込むような笑顔で迎えてくれた。
 もうそのたたずまいに触れただけで、私は特有の空気を感じ取り、しばしことばが出ない。
 すると、名刺を見たプレスラーは、「ほおっ、評論家ねえ。あなた、昨日のリサイタル聴いてくれた? どんな感想かな」と聞いてきた。
 これを機に、私はどれだけ感動したか、いまもまだ余韻に浸っている、どうしたらあんなに心に響く演奏ができるのか、とあれこれ口走ってしまった。
 まず、インタビューは昨日聴いたすばらしいショパンに関することから始めた。そして話題は徐々に広がり、ボザール・トリオ時代のこと、モーツァルトやベートーヴェンの作品論、多くの生徒たちの演奏に関すること、これまで影響を受けた人のこと、レコーディングに関すること、家族のこと、健康に関することなど、多岐にわたった。
 なかでも印象に残ったのは、「コンサートというのは、自分が楽器を弾けるということを証明する場ではなく、音楽への愛情を表現する場だということ」と力説したこと。
 プレスラーは、何度も「音楽への愛情」ということばを口にした。
 昨日のアンコールで演奏されたショパンのノクターン第20番があまりにも美しく、頭から離れないと私がいうと、彼は「おおっ」と感嘆した声を発し、自分がいかにあの作品を愛しているかを説明した。
「ですから、私のノクターンを聴いて涙が出るといってくれたあなたには、私の音楽に対する愛情が十分に伝わったことになりますよ。私がどれだけこの作品を愛し、その思いを込めて演奏しているか。その愛情を聴いてくれる人たちと分かち合いたい、そう思っていつも演奏しているのですから」
 プレスラーのひとことひとことが私の心に響き、話を聞いているだけで、また涙腺がゆるくなりそうだった。
 このインタビューは今月末の「日経新聞」に書く予定にしている。加えて、とても意義深い内容だったため、その全貌をぜひ紹介したいと思い、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」の連載も考えている。
 彼は、目がよくてメガネはいっさい必要なく、記憶力も完璧。指の動きも問題なしといった。
「年齢を感じるのは、足かなあ。ゆっくりしか歩けないしね」
 趣味は読書だそうだが、それよりも一日中、音楽のことを考えているという。それが一番幸せであり、自分の人生の喜びであり、生きる糧だからと。
 プレスラーは、相手の目をじっと見て話す。その目のなんと優しいことか。演奏と同様、素顔も真摯で純粋でひたむき。
 この様子をどうことばで表現したら、読者に伝わるだろうか。帰りの電車のなかで、私はそればかり考えていた。
 音楽をことばで伝えるのは難しい。それを演奏する人のことばを伝えるのはもっと難しい。ここはひとつ、五感を研ぎ澄まして考えなくちゃ。
 今日の写真は、インタビュー中のプレスラー。ほのぼのとした雰囲気、伝わりますか? また来日の可能性もありそうなので、すっごく楽しみ!!

| アーティスト・クローズアップ | 22:51 | - | -
庄司紗矢香&メナヘム・プレスラー
 なんと感動的な一夜だったことだろう。
 今夜は、サントリーホールに庄司紗矢香とメナヘム・プレスラーのデュオ・リサイタルを聴きにいった。
 私はアーティストがステージに登場したときからその音楽は始まっていると思うが、今日もふたりが姿を現したときから、すでにすばらしいコンサートになることが予測できた。
 庄司紗矢香はウエストのうしろ側にバラがついた美しいサーモンピンクのドレスをまとい、ゆったりとした足取りのプレスラーとにこやかに登場。
 プログラムは、モーツァルトの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ変ロ長調K.454」からスタート。プレスラーの音量はけっして大きくないため、庄司紗矢香も音を抑制し、静けさに満ちたおだやかなモーツァルトとなった。
 次いでシューベルトの「ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲イ長調作品162」が演奏され、幻想的でかろやかで歌心あふれる作風をふたりは相手の音に注意深く耳を傾けながら、二重奏を楽しんでいるように演奏。とりわけ第4楽章のピアノとヴァイオリンの音の対話が密度濃く、テンポの速い部分の呼吸がピタリと合っていた。
 後半は、シューベルトの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ニ長調作品137-1」。今日はふたりの音をひとつもらさず聴こうとする熱心な聴衆がホールを埋め尽くしたためか、このシューベルトも歌謡的な主題を耳を研ぎ澄まして聴いている感じで、奏者と聴衆の間に一体感が生まれた。
 最後は、ブラームスの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ト長調《雨の歌》」。この作品では、庄司紗矢香もプレスラーも自由闊達な演奏となり、哀愁や憧憬に満ちた旋律をのびやかにうたい上げ、ブラームスの傑作をこの上なく美しく、情感豊かに奏でた。
 その余韻が残るなか、アンコールが始まった。
 最初はドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」。ふたりは1曲終わると手を取り合い、寄り添って舞台袖へと歩みを進めるのだが、このアンコールが終わったとき、プレスラーが庄司のドレスの裾を踏んでしまい、ふたりでおっとっと。ここでホール中が笑いに包まれた。
 でも、それが一変して涙に変わったのは、プレスラーがアンコールにショパンの「ノクターン第20番嬰ハ短調」を弾き始めてから。あまりの美しさ、静謐で陰影に富み、表情豊かで心にじわじわと沁み込んでくるピアノに、ホール全体が涙に暮れたような雰囲気に包まれた。
 私も、もうダメだ、こりゃ、あかん、涙腺がゆるんでたまらん、と思って、ハンカチをごそごそ探した。
 すると、ふたりはブラームスの「愛のワルツ作品39-15」をかろやかに弾き始めた。
 うん、これでひと息つけるゾ。なんて素敵なデュオなんだろう。
 そう思ってホッとしていたら、庄司紗矢香がまた目でプレスラーに合図を送り、彼がピアノを弾き始めた。
 ショパンの「マズルカ作品17-4」である。ああっ、ダメだ〜。今度こそ、ハンカチ、ハンカチ…。
 こうして感動的な一夜は幕を閉じた。
 帰路に着く間もずっとプレスラーのショパンが頭から離れず、いまだ余韻に浸っている。
 明日の午後は、いよいよ待ちに待ったプレスラーのインタビューだ。さて、どんな話が出るだろうか。まず、会った途端、今日感銘を受けたことを口走りそうだ。
 あまりにも深い感動を受けたため、今夜は脳が覚醒し、眠れそうもない。
 
| クラシックを愛す | 23:16 | - | -
コンサート続き
 近ごろ仕事仲間が集まると、「来日公演が多いよねえ」「聴きたいコンサートが重なって大変」「最近はオフシーズンがなくなったみたい」という話になる。
 本当に、今春は来日アーティストが多く、しかも同じ日に聴きたいコンサートがいくつも重なるため、聴き逃してしまう場合もある。
 昨日は東京・春・音楽祭「マキシミリアン・ホルヌング&河村尚子」のデュオ・リサイタルを聴くために東京文化会館小ホールに行き、みずみずしく勢いのあるふたりの演奏を聴き、全身に活力が湧いてくる感じを受けた。
 今日は東京オペラシティ コンサートホールで、レイフ・オヴェ・アンスネスの「ベートーヴェンの旅」と題したリサイタルを聴いた。
 昨日も書いたが、アンスネスは体調を崩していながらもなんとか来日を果たし、ひたむきで誠実な演奏を披露したが、やはりからだの芯に力が入らないという演奏になってしまった。
 初来日からずっと聴き続けている私は、最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタ第11番を聴いた時点で、胸が痛くなった。
 いつもと何かが違う。
 真摯で思慮深く、作曲家の真意に沿う演奏だが、アンスネス本来の演奏ではない。その思いは最後のピアノ・ソナタ第23番「熱情」まで続き、やはり体調が万全でないと、ピアノはそれを正直に物語ってしまうことがわかった。
 本人が一番悔しい思いをしているに違いない。
 昨日インタビューのなかで、アンスネスは結婚して家庭をもち、子どもたちがいることにより、何が一番変わったかと聞いたところ、こんな答えが戻ってきた。
「演奏がうまくいかないときでも、落ち込まずに前向きに考えられるようになりました。これで終わりではない、また頑張ろうという気持ちがもてるようになったのです。家族がいることで視野が広がり、失敗などを突き詰めて考えるより、可能性を考えるようになりました」 
 きっと今日のアンスネスは、そのことば通り、前向きに考えようとしているのではないだろうか。
 アーティストも生身の人間である。いいときもあれば悪いときもある。長年アンスネスの演奏を聴いてきて、私もさまざまなことを学んだ。
 彼はそれでもアンコールを3曲も弾いた。
 ベートーヴェンの「7つのバガテル」より第1番、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第22番より第2楽章、そしてシューベルトの「楽興の時」第6番。
 この最後のシューベルトがすこぶる美しく、主題がいつまでも頭に残った。
 次回はぜひ、以前のような生気にあふれ、北欧の涼風をただよわせるような清涼な演奏を思う存分発揮してほしいと願う。
| クラシックを愛す | 22:48 | - | -
レイフ・オヴェ・アンスネス
 レイフ・オヴェ・アンスネスに会うのは、いつも楽しみである。初来日からすでに何年たっただろうか。ほとんど来日のたびにインタビューを行い、いろんな話を聞いてきた。
 今回は、体調を崩して兵庫県立文化センターのリサイタルが中止となり、東京公演もキャンセルになってしまうのかと心配したが、なんとか体調が戻り、無事に来日を果たした。
 今日は武蔵野市民文化会館、明日は東京オペラシティコンサートホールでのリサイタルが組まれている。
 そのなかで、今日のお昼、インタビューが可能になった。
 まだのどの調子が悪いようで、インタビュー前に薬を取りにホテルの部屋に走っていったが、いつもながらの誠実な笑顔を見せながらのインタビューとなった。
 アンスネスは2012年から2014年にかけて、3年がかりでマーラー・チェンバー・オーケストラを弾き振りしてベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏とレコーディングを行っている。
 すでに第1番と第3番がリリースされ、今回の来日前に第2番と第4番が登場した。
 今回はそのベートーヴェンの話を中心に、演奏会で取り上げるベートーヴェンのピアノ・ソナタの話も加え、彼のベートーヴェン観を聞いた。
 実は、この第2弾の録音直前の昨年5月はじめ、12週も早く双子が生まれ、不安定な状態が続いたため、アンスネスは録音を延期せざるをえなかった。その後、日程を調節して11月に無事に録音できたわけだが、その意味でも「このCDは、自分の人生のなかでとても大きな意義をもつものになった」と語った。
 今日、すでに3児の父になったアンスネスと話していて、私は初来日時のシャイで無口で素朴な表情をしていた彼を思い出し、感慨深かった。
 今日のインタビューは、来月末の「日経新聞」に書く予定にしているが、アンスネスのこれまでの歩みをじっくりと書きたいと思い、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に連載を考えている。
 ひとりのアーティストと長年向き合ってくると、その音楽性と人間性の変化に触れることができ、とても有意義だ。アンスネスはいまや「若き巨匠」と称され、国際的な評価が高い。若いころは地味だといわれ、まったく日本では認められない時代があった。
 そのころからの彼の変遷を綴ってみたいと思う。
 今日の写真は、私の「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の自分のページにサインをするアンスネス。真面目な顔をして、自分のレシピを一生懸命見ている。でも、レシピを説明したら、「ヒャーッ」といって笑っていた。
 ここでニュースをひとつ。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」と合唱幻想曲を組み合わせた第3弾は2014年5月にプラハで録音される予定で、12月末にはリリースされることになっている。そしてアンスネスとマーラー・チェンバー・オーケストラはベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏を世界9都市で敢行する予定で、2015年5月には日本公演が実現しそうだ。
 また、詳細が発表されたら、すぐにお知らせしま〜す。


| 親しき友との語らい | 23:42 | - | -
肌寒いお花見
 昨日、用事があって目黒にいったところ、目黒通りが人であふれている。何だと思ったら、みんな目黒川沿いのさくら並木を目指し、ぞろぞろ歩いているではないか。
 そうか、この日曜日でさくらも終わりそうなので、最後のお花見を楽しんでいるのか。
 でも、ときおり雨が降ってくる肌寒い天候ゆえ、みんな傘を片手にちょっと渋い顔。寒くてお花見気分に浸るどころではない。
 広尾の中央図書館にいったら、ここでは図書館前の芝生でにぎやかなお花見大会が行われていたが、やはり雨模様ゆえ、いまいち盛り上がっていない。
 図書館で調べ物をして帰ろうと思ったころ、まだ3時過ぎだったが、もうすでにみんな帰り支度をしていた。
 今年の春は、本当に寒暖の差がはげしい。毎日温度が著しく変化するため、外出するときに何を着たらいいのか迷ってしまう。電車のなかも、ホールでも、風邪をひいている人が多く、咳をしたり鼻をかんだり…。
 私は職業柄、風邪は大敵だ。咳が出ると、とてもコンサートにはいかれないし、インタビューにいくのも躊躇する。
 というわけで、いまはなんとか体調を崩さないよう努力し、できる限りフィットネスに通うようにしている。
 今日は久しぶりにフィットネスにいくことができ、少しだけからだを動かすことができた。本当は1週間に2〜3回いきたいんだけど、どうしても無理だワ。
 トレーナーに明るく元気な声で、「よし子さ〜ん、体調いかがですか〜」と聞かれただけで、「きてよかった」と思える。なんとか血流をよくして、元気に仕事ができるよう頑張らなくっちゃ。
 今日の写真は、目黒川沿いの満開のさくら。今日も結構寒くて風があるから、すぐに散ってしまうんだろうな。私もほんの少しだけ、みんなにまじってお花見気分を味わいました。飲んだり食べたりはできなかったけど(笑)。


 
| 日々つづれ織り | 22:07 | - | -
銀座Hanako物語
 1989年、ピアノ専門誌の編集から独立した私は、ある鬼編集長と知り合った。当時、マガジンハウスの「Hanako」で辣腕をふるっていた椎根和氏である。
 椎根さんは一見コワモテで近寄りがたい雰囲気だったが、とても寛大で、一度信頼した人には大きな心をもって仕事を任せ、思いっきり自由に仕事をさせるという精神の持ち主だった。
 私も知り合った当初は、何をいわれるかと緊張しっぱなしだったが、次第に信頼してくれるのがわかり、その好意に報いるために懸命にいい企画を考え、実践し、少しでもクラシックを好きになってくれる人が増えればという願いから、文字通り不眠不休で「Hanako」の仕事にかかわった。
 最初に出会った日に、椎根さんから海外取材のページをオファーされた。とてつもないページ数で、準備期間もへったくれもない。
 ただ、「おもしろそうな企画だから、やってください。どうぞ自由に。すぐにとりかかって」といわれた。
 ウヒャーッと心のなかで叫び、自分で出した企画ながら、「ど、ど、どうしよう」と内心真っ青。それからというもの、何をどうしたのか、いまでもはっきり思い出せないくらいテンションだけが上がり、たけりくるったように仕事をした。
 そのうちに連載をやってくれといわれ、10年以上、毎週クラシックのコラムを書き続けた。その間も、何度も海外取材が巡ってきた。
 私は当時、独立したばかりでさまざまな人間関係のトラブルに見舞われ、仕事も試行錯誤の連続で、気の休まる日がなく、心身が疲弊していた。あまりにストレスがたまり、夜中に盲腸かとまちがうほどの腹痛にあえいだこともある。
 そんなとき、いつも私の悩みを聞いてくれ、そっと会社を抜け出して食事に連れて行ってくれたのが椎根さんだ。
 彼は長々と私のグチを聞くタイプではない。ちょっと聞いて「ほらっ、うまいモンを食いに行くゾ」と、連れ出してくれるだけ。それがどんなに私のなぐさめになったことか。
 独立してから、本当にいろんなことがあり、ここまでくるのに山あり谷ありの谷ばかり記憶に残っている。でも、椎根さんのような、メンターがいてくれたおかげで、ここまで進んでこられた。
 先日出版した「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の本も、椎根さんがプロデューサーをしてくれたおかげで世に出たのである。
 その椎根さんが編集長をしていた時代のあれこれを綴った「銀座Hanako物語」(紀伊国屋書店)が出版された。私もほんの少し登場している。パヴァロッティの取材に関するエピソードだ。
 この本を読んだ途端、「Hanako」時代がまざまざと蘇ってきた。ものすごく大変だったけど、とてつもなくおもしろかった。
 この雑誌で、一般誌に記事を書く大変さを学んだ。専門語はほとんど使えない。キャッチコピーやタイトルなどを、ズバリと文字数を合わせて考えなくてはならない。クラシックをわかりやすく、しかも質を落とすことなく、端的に綴らなくてはならない。本当にたくさんのことを学んだ。
 まだ最初のころはメールがなく、フロッピーをもって夜中にタクシーを飛ばし、マガジンハウスに何度駆け付けたことか。特集記事を任されたときは、日常生活の基本的なこともできないほど時間がなく、ほとんどトランス状態になったものだ。
 でも、クラシックの特集号が売れたときの喜びは、なにものにも代えがたい幸せな気持ちと達成感に満たされた。
 すべて椎根さんのおかげである。
 今日の写真はその単行本の表紙。創刊からの5年半を、椎根編集長が生き生きと綴っている。


 
| 情報・特急便 | 22:58 | - | -
マキシミリアン・ホルヌング
 今日は、武蔵野市民文化会館小ホールで行われた、マキシミリアン・ホルヌングのチェロ・リサイタルを聴きにいった。
 プログラムはJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」の第4番と第1番を前半と後半の頭にもってきて、前半の終わりにスイスの作曲家、ディーター・アマンが1994年に作曲した「チェロのための作品」を置き、後半の最後にカサドの「無伴奏チェロ組曲」を演奏して終幕するというスタイル。
 ホルヌングは最初はちょっと堅くなっていた感じだったが、声楽家のように徐々に本領発揮となり、音楽が自由さを増し、音量も豊かになっていった。
 なんといっても勢いがある。ただし、若さでガンガン押しまくる演奏ではなく、バッハでは舞曲のリズムを大切に、のびやかな音色を存分に披露した。
 特に、無伴奏の第1番が雄弁な歌を聴かせた。テンポはメッチャ速く、ここだけは若さあふれ、エネルギーが余っている感じ。
 続くアマンの「チェロのための作品」は、チェロのあらゆる奏法を駆使した音楽で、弦をはじいたり、たたいたり、引っ張ったりしていろんな音を出す作風。でも、こういうコンテンポラリー作品もホルヌングは実に楽しそうに演奏し、最後まで弛緩することなく集中力がずっと続き、好感がもてた。
 もっとも印象的だったのは、最後に演奏されたカサドの「無伴奏チェロ組曲」。この作品はとても難易度が高いことで知られるが、3楽章ともスペイン的な主題や民族舞曲のリズムを明快かつ表情豊かに奏で、スペイン好きの私はカタルーニャの風景が脳裏に浮かんでくる思いにとらわれた。
 彼のチェロは「中音域」のうたわせかたが非常に個性的。たっぷりと語り、うたい、心を吐露するように弦を響かせる。
 テクニックはとても優れ、楽器と一体となり、昨日インタビューで語っていた「ひと目ぼれ」のテクラーのチェロとの相性のよさを存分に示した。
 ただし、バッハに関していうと、まだこれからいかようにも変化しうる未知なる部分を多く残している感じがした。次にこれらの作品を聴くときには、より進化した演奏を聴くことができるに違いない。
 今日はちょっと肌寒かったが、満開の桜があちこちで見られた。まさにホルヌングの春爛漫の演奏とあいまって、草木が芽吹いて花が咲く、という感覚を抱いた。
 今日の写真は、終演後、CDのサイン会でにこやかにサインをするホルヌング。

| クラシックを愛す | 21:00 | - | -
マキシミリアン・ホルヌング
 ドイツのチェロ界を担う、すばらしい才能を備えた、未来の大器と称されるチェリストが来日している。
 1986年アウグスブルク生まれのマキシミリアン・ホルヌングである。
 8歳よりチェロを始め、2007年ドイツ音楽コンクール優勝。ソロや室内楽などを演奏していたが、バイエルン放送交響楽団に入団して第一首席チェリストを務めた。しかし、2013年春にソロ活動に専念するため、オーケストラを退団。
 当時から活発な録音を行い、すでにドヴォルザークのチェロ協奏曲とサン=サーンスの組曲&ロマンス、マーラーの「さすらう若人の歌」を自身で編曲した作品を含むチェロの小品集などをリリース。日本では今秋、相次いで新譜として登場する予定だ(ソニー)。
 ホルヌングの今回の来日は、東京では明日の武蔵野市民文化会館小ホールでの「無伴奏チェロ」のリサイタルと、8日の東京・春・音楽祭での河村尚子とのデュオが組まれている。
 両日とも聴くことができるようになったため、非常に楽しみだ。
 その前に、今日インタビューが行われた。
 実際に会ってみると、若く、才能に恵まれ、元気はつらつで、こちらまでなんだか浮き浮きとしてくる感じ。どんな質問にも一生懸命ことばを尽くして話し、ジョークも忘れず、録音に聴く演奏と同様、非常に明快で快活だ。
「いま使っている楽器は2分弾いて、ひと目ぼれしちゃったんですよ」
 デイヴィッド・テクラーの1700年代初頭のチェロで、11年前に出会ったそうだ。以後、「弾けば弾くほど難しさが増す楽器だけど、可能性は永遠」とのこと。いまやホルヌングは、ヨーロッパの著名なオーケストラや音楽祭から引っ張りだこ。トリオなどの室内楽も積極的に行い、自身の音楽の幅を広めている。
 このインタビューは、新譜がリリースされる今秋の「CDジャーナル」に掲載される予定である。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。「うわあ、よく撮れているよ。ありがとう」と喜んでくれた。
 彼はムター財団のオーディションに受かり、ムターとの共演も多い。なんでも、幼いころ半年間だけヴァイオリンを習ったことがあるそうで、その意味でもムターとの共演は意義深いそうだ。
 新しい才能との出会いは、本当にわくわくする。ホルヌングはとても感じのいいナイスガイ。「未曾有の大器」と称されているが、本人はちっとも鼻にかけたところがなく、インタビューが終わって雑誌の担当の方と一緒に地下鉄に乗ろうとしたら、チェロを背負ってマネージャーとともに「ハーイ!」といって同じ地下鉄に乗り込んできた。
 いやあ、ラフですなあ。気に入ったぜい(笑)。


 
| アーティスト・クローズアップ | 22:35 | - | -
てんさい含密糖
 新たに見つけた自然食品店で、てんさい含密糖というのを薦められ、ふだんのお砂糖の代わりに使ってみた。
 てんさい糖は、サトウダイコンが原料で、腸内のビフィズス菌を活性化させる「オリゴ糖」を豊富に含んでいるという。
 カリウム、カルシウム、リンなどさまざまなミネラルも含んでいるため、栄養価が高く、まろやかな甘みでとても自然な味わいだ。
 私はいろんなお砂糖を試していたが、これからはてんさい含密糖にはまりそう。なんといっても、「オリゴ糖」ということばに引き付けられた。
 これはお料理にはもちろん、スイーツなどにも使え、ヨーグルトや紅茶などに入れても美味。ミネラル補給に大いに役立つ。
 疲れたときはからだが甘い物を欲するが、これだったら量を気にせず、かなり多めに入れても大丈夫そうだ。
 オーガニック製品をいろいろ見て歩くのは、本当に楽しい。いくら時間があってもたりないくらい。特に、砂糖、塩、しょうゆ、酢、油脂、味噌など、お料理の基本的な調味料はいろいろ試してみるに限る。これで味がぐ〜んと変わってしまうからだ。
 今日の写真は、新たに私の調味料棚に加わったてんさい含密糖。しばらくこれに目が向き、また少し時間が経過すると、違った物を探しにいくかも(笑)。


 
 
| 美味なるダイアリー | 22:53 | - | -
メナヘム・プレスラー
 もうすぐ、待望のメナヘム・プレスラーの演奏を聴くことができる。
 4月10日、庄司紗矢香とのデュオ・リサイタルで、初めてプレスラーのナマの音楽に触れることができるわけだ。
 庄司紗矢香がプレスラーのピアノを聴き、共演を切望したとのことで、今回の公演ではモーツァルト、シューマン、ブラームス、シューベルトのヴァイオリン・ソナタがプログラムに組まれている。
 プレスラーは、ドイツ、フランス国家から民間人に与えられる最高位の勲章を授与されたピアニスト。1923年生まれで、ボザール・トリオの創設メンバーとして、51年間このトリオのピアニストを務めた。
 現在はソリストとして活躍し、録音も次々にリリースされている。ついさきごろ登場したのは、「奇跡のモーツァルト」と「至宝のベートーヴェン」と称される2枚(キングインターナショナル)。
 もうこれが、涙なくしては聴けないほどの深い感動を与えてくれるディスク。冒頭からズーンと胸に突き刺さってくるようなゆったりとしたテンポ、深々とした音色、洞察力に満ちた、えもいわれぬ滋味豊かな音楽で、頭を垂れて聴き入ってしまう。
 90歳になってなお、現役で活躍していることにも感動してしまうが、解説書で語っている、作曲家の内奥にひたすら迫る姿勢にも感服。
 ぜひ会って話を聞きたいと願っていたら、インタビューが可能になった。来週だが、いまからもう気持ちが抑えられないほどだ。
 きっと含蓄のある話を聞くことができるに違いない。
 今日の写真は、モーツァルトとベートーヴェンの新譜。何度聴いても、うるうるしてしまうのは、私だけだろうか…。

| アーティスト・クローズアップ | 22:32 | - | -
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