Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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清水和音
 最近、地方の音楽ホールのプログラムやコンサートの先取りインタビューなどの原稿が相次いでいる。
 さきごろ、大阪のザ・シンフォニーホールの秋のコンサートに出演するピアニスト、清水和音のインタビューを行った。
 場所は、彼が教授を務めている東京音楽大学で、私の母校だ。
 久しぶりに目白から音大まで歩いて行き、かなり増築されて立派になったホールや校舎、練習室などを見て、しばし感慨に浸った。
 清水和音には、何度も話を聞いているが、いつも歯に衣着せぬストレートな語り口が痛快だ。
 今回は10月9日にザ・シンフォニーホールで行われるピアノ・リサイタルに関して話を聞くことになっていた。
 このリサイタルでは彼が選んだヤマハのピアノ、CFXが初めて使用されることになっている。清水和音はヤマハの新作ピアノが完成するごとに試弾しており、そのつど辛口批評を行ってきたとか。それは、もっといい楽器ができる、もっと上を目指してほしいという彼特有のことばで、一見すると毒舌のように思えるが、実のところ製作者や関係者への温かい心配りが秘められている。
 そんな清水和音も、今回のCFXの完成には「正直いって驚いたよ。すごくいい楽器ができたので」と、率直な感想を述べる。
 リサイタルではそのピアノに合わせて、ショパン、ラヴェル、スクリャービン、リストなどの名曲をプログラムに組み、ピアノ音楽の楽しさを披露する。
 ザ・シンフォニーホールは、「残響2秒」という音響のよさを誇り、音に大きく包まれる感じがするという。清水和音も、ステージ上で、自分の音がとても聴きやすいといっていた。
 ぜひ一度、このホールで演奏を聴いてみたいと願っているが、いまだ実現していない。
 今回のインタビューは、ホールの冊子、「シンフォニア」VOL.4(7月10日発行)に掲載される予定である。
 写真は、東京音楽大学の斬新なデザインの吹き抜けの場所に立つ清水和音。こんなすばらしい建物、私の時代にはなかった。この上がホールになっていて、奥は学生食堂になっている。
 こういうところにくると、時の流れの速さに驚き、自分のなかに流れた年月も感じ、人生を考えさせられますなあ(笑)。


 
| 情報・特急便 | 23:07 | - | -
イザベル・ファウスト&アレクサンドル・メルニコフ
 2012年2月17日のブログに書いて以来、2年数か月ぶりにイザベル・ファウストとアレクサンドル・メルニコフのデュオを王子ホールに聴きにいった。
 今日はブラームス・ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会で、第1番から第3番の前に、ディートリヒ/ブラームス/シューマンが合作したF.A.E.ソナタが置かれた。
 これは1853年に完成を見た作品で、友人同志が冗談まじりに書いたものだったようだ。第1楽章はディートリヒ、第2楽章はシューマン、第3楽章はブラームス、第4楽章はシューマンの作曲による。
 ファウストとメルニコフは、以前にも増して息が合い、自由闊達で自然体で生き生きとした演奏を披露。プログラムが進むにつれ、とりわけメルニコフの成長ぶりが強く感じられた。
 彼のピアノはもうかなり前から聴いているが、年々主張が強く、存在感を増し、雄弁になっていく。
 今日のブラームスも、ファウストのヴァイオリンにピッタリと寄り添いながらも、はげしく強く情熱的に楽器を鳴らし、自分の音楽を奏でていた。
 彼の名は、実力の割には広く知られていない。ソリストとしての活動も多く、ショスタコーヴィチなどでも評価が定まっているものの、日本ではまだ知名度がそれほど高くない。
 以前、インタビューしたときにも非常にシャイで、人を押しのけて前に出ることが苦手という感じを受けた。うつむきながらポツポツと暗い表情で話すため、声が非常に聞きとりにくかったことを覚えている。
 しかし、いったんピアノに向かうと、内に秘めた情熱が一気にあふれ出て、とどまるところを知らないという様子だ。
 ファウストのヴァイオリンは古楽奏法も取り入れた、非常に素直で清涼さをみなぎらせた、おだやかさが際立つ。ブラームスの旋律の多様さと深みのある美しさを前面に押し出していく奏法。
 一方、メルニコフのピアノはブラームスの複雑な感情表現を余すところなく表出していく方法で、ときにソロを演奏しているような独創性を見せる。
 こうしてふたりの共演を定期的に聴いていると、デュオがより濃密になり、コミュニケーションの強さが実感できる。
 今日の写真は、プログラムの表紙。お互いに、いいパートナーを見つけたよねえ。ヴァイオリニストは自分に合うピアニストを探すのに苦労している人が多いけど、ファウストはメルニコフと録音でも共演しているし、今後もきっと長く組んでいくに違いないと思わせるほどの相性の良さだった。


 
| クラシックを愛す | 23:05 | - | -
小林研一郎
 コバケンの愛称で親しまれている指揮者の小林研一郎は、熱血漢である。ただし、それは演奏上のことであり、インタビューではじっくりとことばを選び、静かにゆっくりと語る。
 そのコバケンが2015年の幕開け、1月3日に東京文化会館大ホールの「ニューイヤーコンサート2015」に登場し、東京都交響楽団を振ることになった。ソリストは、ヴァイオリニストの木嶋真優。
 プログラムはJ.シュトラウス兇痢屮錺襯帖埆佞寮次奸廖▲皀鵐謄の「チャルダッシュ」、マスネの「タイスの瞑想曲」、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」、そしてドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」だ。
 先日はコバケンにこのコンサートについて話を聞いたが、いつもながらの内に秘めた熱い思いをじっくりと話してくれた。
 このインタビューは、東京文化会館の公演情報誌「音脈 ONMYAKU」に書くことになっている。
 新春ならではの作品が組まれたこのコンサート。コバケンは聴衆が新たな年を迎えて楽しく耳を傾けることができ、明るい気持ちになれるよう、選曲に心を砕いたようだ。
 コバケンに会うと、いつもいろんな話題が飛び出してきて、つい仕事を忘れて話し込んでしまう。
 今回も、アフリカを旅したこと、若いころの思い出、ハンガリー時代のこと、ドヴォルザークの作品にまつわるとなど、さまざまなことに話が広がり、あっというまに時間が過ぎてしまった。
 コバケンと話していると、自然にエネルギーが湧いてくる。もちろん、演奏は活力と躍動感がみなぎり、聴き手を元気にしてくれるものだが、話をしていても、けっして声高に話すわけではないのに、静かなる情熱が伝わってくる。そこには、不思議な空気が流れる。
 これはいったいどうしてだろうか。
 以前、彼がオランダのアーネム・フィルとの初録音のさい、現地に取材に出かけたが、そのときも同様の空気を感じた。きっと、ひたむきに音楽と対峙し、飾らず、気負わず、自然体で演奏に入り込んでいく姿勢がそう感じさせるのだろうう。もちろん、話をしているときも、一瞬たりとも集中力が途切れず、私はその集中力にあやかりたいと、自分も耳をそばだてる。
 新春のコンサートは、きっとコバケンの音楽に対する情熱が会場を見たし、聴き手もみな心温まる思いになるに違いない。
 今日の写真は、インタビュー後のマエストロ。決められた時間が過ぎても、「まだ、もう少し時間があるから大丈夫ですよ」と、いろんな話をしてくれた。




 
 
| 親しき友との語らい | 23:12 | - | -
アリス=紗良・オット&フランチェスコ・トリスターノ 
 昨日は、アリス=紗良・オット&フランチェスコ・トリスターノのピアノ・デュオ・リサイタルを聴きにすみだトリフォニーホールに出かけた。
 ふたりは4年前に出会い、すぐに意気投合。ついにピアノ・デュオを行うまでになった。
 2013年9月にはベルリンで「スキャンダル」(ユニバーサル)と題したCDを録音。そのレコーディングが終わった後の来日時、フランチェスコにインタビューをしたが、アリスはこの録音のなかに収録されているフランチェスコの新作「ア・ソフト・シェル・グルーヴ」の楽譜を見た途端、絶句し、「ええーっ、弾けな〜い!」と絶叫したとか。
 でも、そこは根性のある(?)アリスのこと、譜面をピアノの下にバーッと散らばして、必死に練習したという。
 その曲は、昨日の後半の第1曲目に登場。フランチェスコのいつもの特徴が色濃く表れた曲想で、グルーヴ感あり、ミニマリズムの側面あり、繊細でささやくような旋律が出てきたかと思うと、突然テクノのようなリズムが巻き起こる。本人いわく、「毎回、演奏するごとに変容していく曲」だそうだ。
 コンサートの前半は、フランチェスコの編曲によるラヴェルの「ボレロ」。彼が原曲の小太鼓によって刻まれるリズムを担当し、アリスが旋律を奏でる。フランチェスコはこの「ボレロ」を2台ピアノのために編曲することを以前から夢見ていたようで、ようやく実現した。
 演奏は、冒頭から息の合ったところを見せ、ふたりの静と動のバランスが瞬時に交替していくところが刺激的だった。
 続いてはドビュッシー(ラヴェル編)の「3つのノクターンより」。彼らは微妙な光を表現するように幾重にも陰影を変化させ、アリスのスタインウェイ、フランチェスコのヤマハCFXの音色の違いが前面に現れた。
 前半の最後は、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。これはまさに若さあふれるエネルギッシュな演奏で、ワルツの旋回がみずみずしい響きで奏され、踊る人々が見えるような視覚的な演奏となった。
 そして後半はフランチェスコの新作に次いで、いよいよこの夜のメイン、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が登場。原始的で宗教色が強く、革新性に満ちたこの曲を、ふたりは体当たりで演奏。
「こんなハードなプログラム、若くなくちゃ弾けないよね」
 友人に会ったとき、彼がいったひとこと。まさしくその通り。
 アリスもフランチェスコもデビュー当初からよく話を聞き、演奏も聴き続けているが、本当にいい演奏のパートナーを見つけたものだと思う。
 性格はかなり異なり、演奏もまったく違うものをもっているが、ふたりがともに演奏すると個性の違いが際立ってぶつかりあい、刺激的なデュオが生まれる。各地でのツアーを予定しているそうだから、もっともっとデュオが濃密になっていくに違いない。
 それにしても、ピアニストはいつもひとりで演奏しなければならないから孤独だ、とよくいうけど、アリスとフランチェスコは幸せだ。こんなにすばらしいパートナーを得ることができたのだから…。
 ふたりともすらりとしたモデル体型で、才能と人気と美貌に恵まれている、性格もいいし。う〜ん、神はちょっといろんなものを与えすぎじゃない(笑)。
 今日の写真はプログラムの表紙。ねっ、スタイリッシュでしょ。


 
| クラシックを愛す | 22:19 | - | -
金子三勇士
 金子三勇士が、幼いころからあこがれ、夢に見ていたゾルタン・コチシュと共演する。
 このニュースを聞いたときから、今日のコンサートを非常に楽しみにしていた。
 彼は2歳のころにハンガリーの祖母からコチシュの演奏するバルトークの「子供のために」のCDをプレゼントされ、きらびやかな音色とストレートな音楽表現に魅せられてきたという。
 そのコチシュに会うことができたのは、彼が2008年のバルトー国際ピアノコンクールで優勝した後。このときに金子三勇士はピアノを聴いてもらい、自分の気持ちを伝えることができた。
 そして今夜、サントリーホールでコチシュ指揮ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団と共演し、リストのピアノ協奏曲第1番を演奏した。
 これまで何度も金子三勇士からコチシュにあこがれてきたという話を聞いてきたため、コンチェルトのステージに彼が登場したときから、私はその心の思いが痛いほど理解でき、つい感情移入してしまった。
 リストのピアノ協奏曲第1番は4つの楽章からなるが、切れ目なく演奏されるため、単一楽章の幻想曲のような趣を備えている。金子三勇士は冒頭からエネルギー全開、華やかな巨匠的なピアニズムをもつ第1楽章、8分の12拍子の美しい緩徐楽章、トライアングルが登場する第3楽章、豪放磊落な第4楽章と、各々の特質を生かしながら一気に聴かせた。
 本当は、作品のよさを味わい、演奏を客観的に聴かなくてはならないのに、ソリストの気持ちと一体化してしまい、終始感情が高ぶってしまった。
 終演後、楽屋を訪れると、三勇士は高揚した面持ちでこういった。
「もう最初から涙が出そうで、こらえるのが大変でした。本当にすばらしい機会をいただき、この共演を計画してくださったみなさんに感謝しています」
 若いアーティストは、こういう貴重な経験を積むことにより、大きく演奏が飛躍する。
 今日のコンサートのプログラムに、私はコチシュの原稿を寄せたが、そのなかで、コチシュが学生時代から指揮者を目指していたことを書いた。彼の指揮は、明快で率直で自然体。コチシュはインタビューのなかで、こう語っている。
「私は、作品の様式というものを大切に考えています。作曲家はそれぞれの作品に独自の様式を盛り込んでいます。それを楽譜から読み取り、作曲家特有の意図を見出さなければ、演奏する価値はありません」
 ピアニストでもあるコチシュの、リストの作品を知り尽くした指揮は、三勇士のピアノをしっかり支え、オーケストラを自由にドライブさせていた。このオーケストラの響きは、多くのオーケストラが国際色豊かに近代的な演奏を目指す方向性とは一線を画し、ハンガリー独自の音色をもち、分厚く土着の色合いを感じさせ、聴き手をかの地へといざなう。
 私は東欧諸国は結構あちこち旅をしているが、なぜかハンガリーだけはいったことがない。それでもハンガリー国立フィルの編み出す音楽は、想像力を喚起し、旅心を刺激するに十分だった。
 今日の写真は楽屋での金子三勇士。興奮冷めやらぬ表情で、頭からまだ湯気が出ているような状態に見えた(笑)。

| 親しき友との語らい | 00:00 | - | -
河村尚子
 デビュー当初からその人の才能を信じ、応援し続けているアーティストが若木がぐんぐん空に向かって伸びていくような活躍を見せると、自分の信じていたことがまちがっていなかったと、自信のようなものが湧いてくる。
 河村尚子は、最初に演奏を聴き、インタビューをしたときから「この人は伸びる」と確信した。
 いまや彼女は国際舞台で活躍するピアニストとなり、録音も定期的にリリースし、ドイツの大学で教鞭も執り、著名な指揮者やオーケストラと共演し、室内楽でも幅広いアーティストと演奏を行っている。まさにこの10年で、大きな飛躍を遂げたピアニストとなった。
「あっというまだったような、でも、いろんなことがあったので、長かったような…」
 先日、インタビューで会った彼女は、日本デビュー10周年を迎えて、感慨深げに語った。
「これまでは教会でのセッション録音でしたが、今回は初めてのライヴ録音です。コンチェルトではもちろん緊張はしましたが、指揮者とオーケストラがすばらしかったため、気持ちよく演奏することができました」
 河村尚子の日本デビュー10周年アニヴァーサリー・リリースCDは、昨秋プラハでイルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルと共演してドヴォルザーク・ホールで演奏したラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と、チェロのクレメンス・ハーゲンとのデュオによるラフマニノフのチェロ・ソナタと、ラフマニノフの前奏曲3曲というラフマニノフ・アルバム。
 彼女は恩師のクライネフからロシア・ピアニズムの真髄を伝授され、ラフマニノフを愛したクライネフの思いをいまも大切に、作曲家の魂に迫る。
 今回のラフマニノフづくしのアルバムは、ラフマニノフのさまざまな面を聴くことができる。このインタビューは「intoxicate」の秋の号に掲載される予定だ。
 河村尚子のこのコンチェルトは、現地で絶賛され、本人も非常に思い出深い演奏となったようだ。
 コンサートは10月9日から11日まで3日間行われ、地下に設置された録音機材のあるところですぐに演奏を聴くことができたそうだ。
「ですから、初日の演奏を聴き、スタッフとともにここはもう少しこうしよう、この方がいいかもしれないと、話し合いをもつことができました。公開ゲネプロもあり、そこには着飾った年配の方々や、きちんとした服装の小学生たちも聴きにきてくれたんですよ。本番よりは安いチケットで入れるため、みんなチェコ・フィルの演奏をとても楽しみにしているようです。こういう制度はすばらしいなあと思いました」
 プラハの町も散策し、歴史と伝統を感じさせる空気を味わいながら、すばらしい音響の美しいホールで演奏でき、貴重な体験をした。
「チェコ・フィルの弦の響きは、本当に特有のものがありますね。ビエロフラーヴェクさんもとてもソリストを大切にしてくれるマエストロで、のびのびと弾くことができました」
 なお、クレメンス・ハーゲンとのデュオは、ドイツのエルマウ城のコンサートホールでのライヴ。この城は上質なホテルとなっていて、そのなかにホールがあり、周囲は一面の緑で、とても環境がいいところだそうだ。
 新譜は、9月24日にリリースされる(ソニー)。
 今日の写真は、インタビューの前日、日本に帰国したばかりという河村尚子。疲れも見せず、元気に答えてくれた。会うたびに堂々と、たくましくなっていく彼女。自信に満ちている感じで、10年間の濃密な歩みが演奏と言動にあふれている。



 
| 親しき友との語らい | 22:11 | - | -
第9回浜松国際ピアノコンクール
 国際コンクールは、毎年開催されるものや隔年で行われるものももちろんあるが、大きなコンクールになると、3〜5年に一度というケースが多い。 
 先日、2015年11月21日から12月8日まで行われる第9回浜松国際ピアノコンクールの記者発表が行われたが、同コンクールは3年に一度のペースで開催されている。
 前回の優勝者は、ロシア出身のイリヤ・ラシュコフスキーだ。
 第9回のコンクールの申し込み受け付けは、2015年2月1日〜4月15日。応募資格は1985年1月1日以降に出生した者(30歳以下)となっており、下限なしとのこと。
 2015年5月に予備審査が行われ、申込者全員分のDVDを視聴する。そして第1次から第3次予選、本選へと進み、12月6日に表彰式が行われることになっている。
 今回から予備審査にベートーヴェンのソナタ、ショパン、リスト、ドビュッシー、ラフマニノフ他の練習曲が選ばれ、予選から練習曲は外されている。
 第1次予選では、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンのソナタのいずれかを選ぶことになり、ここでソナタ全楽章を演奏することになった。
 さらに第2次予選にはふたりの日本人作曲家による新作品のうち、いずれか1曲を演奏するなど、新たな面が加わっている。
 第3次予選は室内楽の演奏で、本選がオーケストラとのコンチェルトとなる。
 審査委員も発表になり、審査委員長は前回と同じく海老彰子。審査委員は、マルタ・アルゲリッチ(アルゼンチン)、セルゲイ・ババヤン(アルメニア)、ジェイ・ゴットリープ(アメリカ)、アンジェイ・ヤシンスキ(ポーランド)、カン・チュンモ(韓国)、マティアス・キルシュネライト(ドイツ)、リ・ジアン(中国/アメリカ)、パーヴェル・ネルセシアン(ロシア)、アンヌ・ケフェレック(フランス)、植田克己という11名で構成されている。
 なお、運営委員長は作曲家の一柳慧で、日本人作曲作品の作曲家は、三輪眞弘、山根明季子。
 記者発表には実行委員会長の鈴木康友浜松市長、運営委員長の一柳慧、審査委員長の海老彰子が出席し、次回のコンクールの概要と新機軸などの発表が行われた。
 来年は、チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノ・コンクールなど世界的に権威のあるピアノ・コンクールが重なる年で、参加者はいずれのコンクールを受けるか頭を悩ますことになる。なお、エリーザベト王妃国際コンクールの2015年は、ヴァイオリン部門となる。
 さて、浜松国際ピアノコンクールには、どんな若い才能が集まるのだろうか、興味は尽きない。
 前回は、コンクールのオブザーバーの依頼を受けていたのに、単行本の最終校正が重なり、結局参加することができなかった。来年は、聴きにいくことができるといいのだが…。
 今日の写真は左から海老審査委員長、鈴木実行委員会長、一柳運営委員長。


 
| 情報・特急便 | 22:33 | - | -
ザ・フィルハーモニクス
 自然にからだが動き出し、手拍子足拍子を伴い、足先でリズムを刻む。心は天空に飛翔してゆき、目元がゆるみ、昂揚感に満たされる。
 今日は、東京芸術劇場にザ・フィルハーモニクスのコンサートを聴きにいった。
 ザ・フィルハーモニクスはウィーン・フィルのメンバーを中心に結成されたアンサンブルで、ウィーンの空気をただよわせながらハンガリー、ボヘミアの作品からピアソラまで嬉々とした表情で演奏する。
 メンバーは、ヴァイオリンのティボール・コヴァーチ、ローマン・ヤーノシュカ、ヴィオラのティロ・フェヒナー、チェロのシュテファン・コンツ、コントラバスのエーデン・ラーツ、クラリネットのダニエル・オッテンザマー、ピアノのフランティシェク・ヤーノシュカの7人。全員が超のつく名手で、しかもジャンルを超えてクラシックからロマ音楽、ジャズまで躍動感あふれる溌溂とした演奏で聴かせる。
 笑っちゃうほどうまく、舌を巻くほど超絶技巧を楽々と演奏。お互いに顔を見ながら、アイコンタクトを取りながら、笑みを浮かべて弾きまくる。
 土の香りのする民族色豊かな作品もあれば、スタイリッシュでロマン的な音楽も登場。すべてが一級の演奏で、テンポの揺らしやリズムを追い込んでいくところ、主題を各楽器に手渡していくところなど、変幻自在。
 入念なリハーサルに基づいた演奏なのだが、あらゆるところに即興性が顔をのぞかせ、聴き手の心をあおっていく。
 コヴァーチのトークも交え、メンバー紹介も行われ、ライヴハウスで聴いているような雰囲気をただよわせていた。
 ピアソラの「オブヴィリオン」では、粋なタンゴのリズムが7人の絶妙なアンサンブルでこれまで聴いたこの曲とはまったく別の新鮮な感覚を生み出し、ブルッフの「コル・ニドライ」では、チェロのコンツが心の歌を奏でた。さらにショウの「スイング・タイム」では、クラリネットのオッテンザマーが小気味よいノリを見せ、一気にエンターテイナーの様相を深め、やんやの喝采を浴びた。
 ザ・フィルハーモニクスは「魅惑のダンス〜私のお気に入り」と「オブヴィリオン〜美しきロスマリン」の2枚のCDがリリースされたばかり(ユニバーサル)。凄腕の超絶技巧が存分に楽しめ、心身が浮き立つ感じになるが、まさに今日のナマ演奏は、彼らの人間性も浮き彫りになり、「ぶったまげたー」というのが正直な感想(笑)。
 日本人は礼儀正しく静かに聴いていて、大騒ぎすることはけっしてないけど、これは海外では会場がどんでもなく熱くなるんだろうな、と思った。
 でも、アンコールが終わったとき、私はつい嵐のような拍手につられ、「ブラヴォー!」と叫んでしまった。
 いやあ、心底楽しませていただきました。これが音楽の力ですねえ。彼らの約半数は恰幅がよく、圧倒されるほどの存在感だったが、音楽はそれ以上の迫力だった。
 帰宅してからも、まだ7人の音が耳の奥で鳴っている。
 今日の写真は、新譜のジャケット。こんな個性的なメンバーです!!


 
 
| クラシックを愛す | 23:58 | - | -
柳澤寿男
 コソボ紛争後、コソボフィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任し、また、バルカン半島(特に旧ユーゴスラヴィア)の民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団を設立して音楽監督を務める指揮者がいる。
 その名は、柳澤寿男。
 最初はトロンボーンを演奏していたが、1996年にウィーンでウィーン・フィルを指揮する小澤征爾の演奏を聴き、指揮者になりたいと決意。以後、佐渡裕や大野和士に弟子入りし、2000年東京国際音楽コンクール指揮部門で第2位入賞を果たした。
 以来、内外のオーケストラを振ってきたが、縁あって2005年マケドニア旧ユーゴスラヴィア国立歌劇場の首席指揮者に就任。その後、コソボフィルをはじめ、セルビア国立放送交響楽団、ベオグラード国立歌劇場、ベオグラード・シンフォニエッタ、セルビア南部のニーシュ交響楽団などを指揮している。
 今日は、マエストロの自宅に取材に伺い、指揮者になったきっかけ、さまざまな人との出会い、戦禍での演奏活動、バルカン室内管弦楽団と進めている「世界平和コンサートへの道」の歩みなど、いろんな話を聞いた。
 このインタビューは、次号の「音楽の友」に掲載される予定である。
「私はインタビューされるのが苦手で…」
 最初はこんなことばから始まったが、いざ質問が始まると、流れるような口調で自身のこれまでの歩みを語ってくれた。
 なかでも、旧ユーゴを中心とする地域での音楽活動の話には熱がこもり、時間がいくらあってもたりないほどだった。
 柳澤寿男の活動は、これまでテレビやラジオ、雑誌、映画などで数多く取り上げられてきたが、音楽専門誌のインタビューは初めてだという。
 こうした地域では、まだまだ多くの問題を抱えていて、実際の指揮活動は困難を極めるようだが、彼はオーケストラのクウォリティを少しでも向上させたいと熱弁をふるった。
 7月5日には、ボスニア=ヘルツェゴビナ共和国のサラエボ国立劇場でバルカン室内管弦楽団のサラエボ公演を行い、ベートーヴェンの「第九}を演奏するため、もうすぐ日本を発つそうだ。
 同地では、民族の違い、宗教の違い、出身地の違いなどを超え、音楽でひとつになろうとみんなが尽力しているという。日本人の指揮者がその旗手となっているとは、なんとすばらしいことだろう。
 バルカン室内管弦楽団とは録音も行い、ショスタコーヴィチの「室内交響曲〜ファシズムと戦争の犠牲者に捧ぐ ハ短調 作品110a」、バルトークの「ルーマニア民族舞踊曲」、ベチリ(コソボの作曲家)の「スピリット・オブ・トラディションよりインパクト・サヴァイバル・ダンス」を収録した「戦場のタクト」と題したアルバムが8月6日ースされる予定だ(キングレコード)。
 今日は撮影込みで1時間の予定が2時間を超え、充実したひとときを過ごすことができた。同行したカメラマンのIさんもマエストロとは親しく、サラエボには何度も足を運んでいるそうで、話に花が咲いた。ふたりはワールドカップのボスニア=ヘルツェゴビナを応援し、ぜひいい結果を出してほしいと願っているため、テレビ観戦にも力が入るという。
 私の役目は、密度濃い内容をわかりやすく端的に、しかもマエストロの熱い思いをしっかり伝える文章を書くこと。こういうインタビューは、身が引き締まる思いだ。
 今日の写真は、インタビュー後の彼の表情。室内にはさまざまな人との交流を示す写真がたくさん飾られていた。


 
 
| 情報・特急便 | 22:43 | - | -
アルド・チッコリーニ
 最後のアンコールが終わると、会場を埋め尽くした聴衆は一斉に立ち上がり、スタンディングオベーションで演奏を称えた。
 今夜は、東京芸術劇場でアルド・チッコリーニのピアノ・リサイタルが行われた。ここ何年か、来日のたびに年齢を超えたエネルギッシュな演奏を聴かせ、そのつど聴き手を驚愕させ、深い感動を与えてくれるが、今日もまた新しい作品を披露して新たな面を見せた。
 チッコリーニは1925年8月15日ナポリ生まれ。のちにパリに移り、フランス国籍を取得している。
 杖を片手に、ステージにゆっくりと歩みを進めてきたチッコリーニだが、ピアノに向かうと一気に全身からパワーがあふれ出る。まずは、ブラームスの「4つのバラード」作品10から。不穏な空気や深い哀しみの表情が見え隠れする作品を、チッコリーニは詩を語るように淡々と、ブラームスの初期の作品ならではのみずみずしい手法を浮き彫りにしながら紡いでいく。
 2曲目はグリーグのピアノ・ソナタホ短調。この作品になって、にわかにチッコリーニのピアノが活力に満ち、グリーグの民族色豊かな主題が生き生きとうたわれ、北欧特有の自然が目の前に広がるような視覚的な演奏になった。
 後半はボロディンの「小組曲」とカステルヌオーヴォ=テデスコの「ピエディグロッタ1924ナポリ狂詩曲」という、興味深いプログラム。
 ボロディンの作品は7曲のマズルカやセレナードなどからなり、それぞれがチッコリーニの腕にかかると、淡い色彩を放つ花束のような風情をもち、とりわけ最後の「夜想曲」が幻想的な美を発していた。
 カステルヌオーヴォ=テデスコの「ナポリ狂詩曲」は、ナポリに古くから伝わる歌を題材に作られた5曲からなる作品で、歌謡性とリズムが際立つ。ナポリ出身のチッコリーニは、子どものころからこの歌に親しんでいたのだろうか。かなり難度の高い各曲の特性を生かしつつ、全編に豊かな歌心を示し、強靭なタッチで締めくくった。
 鳴り止まぬ拍手に応えて、アンコールは3曲。
 スカルラッティのソナタ ホ長調K380を愛らしく躍動感をもって、楽しそうに演奏。次いでドビュッシーの「ミンストレル〜前奏曲集第1巻」は、絵画を思わせる多彩な色を編み出し、ここでもう会場はやんやの喝采に包まれた。
 チッコリーニは「じゃ、もう1曲」というように指を1本立て、ファリャの「火祭りの踊り〜恋は魔術師」をいきなり弾き出した。
 エネルギーはまだまだ十分に残っているよ、といわんばかりの自由闊達な演奏で、スペインの湧き上がるような情熱と土の香り、民族的なリズムを遺憾なく発揮。ここで、聴衆は一斉に立ち上がった。
 チッコリーニは「バイバイ」と手を振りながらステージをゆっくりとあとにし、私は全身が音楽に包まれる幸せを感じながら帰路に着いた。
 今日の写真はチッコリーニのプログラムの表紙。同時代に生きていてよかった、としみじみ感じた一夜だった。

| クラシックを愛す | 23:19 | - | -
末っ子トリオの会
 昨日は、いつもの仲良し3人組が集まる「末っ子トリオの会」を私の事務所(仕事部屋)で行った。
 前日から用意しておいた、前菜数種、かぼちゃのポタージュ、彩り揚げ野菜のマリネ、ミートボールシチューなどを食べながら、おしゃべり三昧。
 私ももちろんだが、二人とも最近すごく仕事がハードで疲れていたため、最初は食欲がなさそうだったが、次第に興が乗ってきて、たくさん食べてくれた。
 このトリオ、実際の仕事は種類が異なるものの、交流関係は似ているため、どんな話題が出てもツーカー。話がどんどんエスカレートして、とどまるところを知らない。
 あっというまに7時間が経過していた。
 今回は、「ボルシチが食べたい」というリクエストがあったのだが、ひとりがちょっと胃腸の調子が悪いということで、大きなお肉はやめてひき肉料理にしてみた。
 それぞれいま抱えている問題や、仕事の悩み、これからのことなどを話し、すぐまた続きをやろう、と約束して別れた。
 次は、和食でも作ろうかな。
 というわけで、わが仕事部屋も、なんとか人を呼べる状態まで片付いてきた。
「それにしても、すごい量のCDと資料だねえ」
 こういわれたが、これでも引っ越しを機に山ほど整理したんだよね。でも、日々増える一方だから、資料の整理は永遠の課題だ。
 夏休みにちゃんと片付けようかな、などと先延ばししているワタシ(笑)。
| 親しき友との語らい | 21:24 | - | -
レ・ヴァン・フランセ
「フランスの風」という名の木管アンサンブル、レ・ヴァン・フランセが10月に来日し、全国で8公演を行う。
 クラリネットのポール・メイエが中心となり、国際的に活躍するフルートのエマニュエル・パユ、オーボエのフランソワ・ルルー、ホルンのラドヴァン・ヴラトコヴィチ、バスーン(バソン)のジルベール・オダン、そしてピアノのエリック・ル・サージュという10年来の友人たちが集まって結成されたこのグループ、来日のたびに根強いファンを魅了し、また新たなファンをも獲得している。
 今日は、ピアノのル・サージュに会い、結成から現在にいたるまでの彼らの経緯とアンサンブルの活躍、各人の魅力までさまざまな面を聞いた。
 ル・サージュとメイエは17歳ころにコンクールの場で知り合い、すぐに意気投合してともに演奏するようになったという。
 その後、いろんな楽器のメンバーが自然に集まり、木管アンサンブルとして演奏するようになった。
 そうこうするうちにグループの名前を考えようということになり、メイエがレ・ヴァン・フランセと命名。みんなが賛成し、以後この名の下で活動するようになったそうだ。
 プログラムを決めるのはさほど難しくはないが、全員のスケジュールを調整するのが至難の業で、いつもメールをやりとりして次なるコンサートを決めているという。
 このインタビューは、招聘元のジャパン・アーツのマスター・インタビューで、音楽事務所のホームページやその他の媒体に書き分けることになる。
 ル・サージュには、昨年の紀尾井ホールのリサイタルの前に話を聞いているため、今回は間を置かずに会うことになった。そのため、彼の語りも結構スムーズで、レ・ヴァン・フランセのメンバーの人柄や音楽性など、あらゆることを聞くことができた。
「昨日、日本に着いたばかりだから、まだ時差ボケで」といい、水をたくさん飲みながら、しっかり質問に答えてくれた。
 エリック・ル・サージュのリサイタルは、明日ヤマハホールで行われる。プログラムはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番、シューマンの幻想曲、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番。
 次なる録音は、ベートーヴェンの最後の3つのピアノ・ソナタで、本人いわく「一生に一度、世界最高峰の山に登頂するような気分」だそうだ。
 各楽器とも、真の実力者が集まったレ・ヴァン・フランセ。10月のコンサートが待ち遠しい。
 今日の写真は、インタビュー後のル・サージュ。メガネをかけてインタビューに応じていたが、「メガネ、はずした方がいいよね」と、このポーズ。誠実でおだやかで、人柄のいい彼の表情がそのまま撮れた感じ…。

| 情報・特急便 | 23:55 | - | -
サッカーとテニス
 土日はサッカーとテニスで、一喜一憂の時間を過ごしている。
 スペインが大敗を喫し、大きなショックを受けているところへ、友人から電話が入り、「優勝を予想していただろうに、残念だったねえ」とひとこと。
 さらに日本が苦戦して、初戦を勝ち切ることができなかった。
 世の中は、もうサッカー一色だろうが、私はテニスが気がかり。
 ようやくいま、ロジャー・フェデラーがハレの大会で優勝を遂げた。でも、彼は幼なじみのマルコ・キュードネリと組んでダブルスも決勝まで進んでいるため、この直後にダブルスの決勝が組まれている。
 もちろんハレの大会は250ポイントの試合ゆえ、テレビ放映はない。準決勝のフェデラーと錦織圭との試合だけは、放映されたが…。
 私はライヴスコアをながめて、エールを送るしかない。
 それにしても、ディフェンディングチャンピオンのスペインの試合は、想像を絶するものだった。
 電話でいろんな人とサッカー談義をしていると、それぞれとてもユニークな意見をもっていて、話が尽きない。
 しばらくは、ワールドカップの話題で明け暮れるのだろう。だれも、テニスの話なんか耳を傾けてくれないしね。
 さて、ロジャーの単複両優勝を願って、ライヴスコアを見ることにしましょうか。
 
| 日々つづれ織り | 23:47 | - | -
週末の締め切り
 週末の締め切りが重なり、まったく動きがとれない。
 ひとつずつ集中力を保って原稿をこなし、ひとつ終わるとしばしリラックス。ワールドカップの初戦、ブラジル対クロアチア戦のビデオを見たり、咲いたばかりの朝顔をながめたり…。
 そうこうするうちに、インタビューの仕事が複数舞い込んできた。そのスケジュール調整をしながら、ノートに書き込んでいく。
 こうしているうちに、あっというまに夕方だ。なんと、時間がたつのは速いことか。
 ようやく今日のノルマを達成し、明日の原稿のテープ起こしをして、そろそろ仕事は終わりに近づいてきた。
 今日はそんなわけで、ひたすら原稿書きで、ブログのネタ切れです。
 こういう日に、私が心身を癒すために使っているのが、ちょっとおしゃれなバスジェルとボディクリーム。いい香りに包まれると、しばしリラックスできる。
 さて、のんびり入浴タイムといきますか。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:15 | - | -
親友とは…
「親友」を得るのは難しい。
 自分がいくら相手を親友だと思っても、相手がそう思ってくれなければ意味がないし、その逆もしかり。
 先日、コンサートホールで知人と話しているとき、友人のKさんが話に加わり、その知人に私のことを「伊熊さんは、私の親友なのよ」といった。
 一瞬驚いたが、それを聞いてとてもうれしくなった。
 Kさんとは、2010年のショパン・コンクールで知り合った。最初から意気投合し、それから親交を結ぶことになった。まだたった3年半余りのおつきあいだが、彼女とは不思議にウマが合い、共通項も多く、何でも自然に話せる。
 そのKさんには、人生のなかで3人の親友がいるそうで、ふたりは学生時代からのつきあいで、海外に在住している。
「その3番目の親友があなたなの。勝手にそう呼んでしまって悪かったかしら。私はずっとそう思っているので」
 いえいえ、私こそ、すっごくうれしいです。
 Kさんは人生の大先輩で、いろんな経験が豊富。海外のさまざまな土地を旅していて、音楽のみならず美術や食にも造詣が深い。
 音楽大学でピアノを教えていた経験から、いまでもお弟子さんが多く、ご自身も勉学心に燃え、好奇心も旺盛だ。
 今夜は、そのKさんの自宅の近くにあるてんぷら屋さんに行き、ゆっくりと食事をしながら音楽談義に花が咲いた。
 いつもKさんに会うと、その前向きな姿勢に触発される。
 私も学生時代からの親友がふたりいるのだが、彼女たちはそれぞれ地方に住んでいるため、そうひんぱんには会えない。
 Kさんとの出会いは、本当に偶然のことだったが、こんなにも心を割って話せる人ができるとは思わなかった。前回のショパン・コンクールの大きな成果である。インゴルフ・ヴンダーの演奏を高く評価したことでも共通項がある。それに加え、いろんなことで趣味や嗜好が似ているのである。
 今後も親交を深めていきたいと思う。
| 親しき友との語らい | 23:50 | - | -
スポーツ観戦
 ふだんから、テレビでスポーツ観戦をするのが好きだ。
 ひとつの原稿が終わると、いま何をやっているのかなと、スポーツチャンネルを見て頭を切り替え、リラックスするのが習慣となっている。
 さて、いよいよワールドカップが始まる。でも、私はテニスファンなので、ウィンブルドンも迫っているから大変だ。
 6月はあれこれ観戦して、応援しなければならない。
 すべては時間との勝負。私はスポーツはライヴで見るべきだと思っているため、ビデオに撮っておいてあとで見るというのは、できる限り避けたい。
 とはいえ、時差があるため、どうしてもライヴで見るのは困難な場合が出てくる。サッカーにテニス、う〜ん、時間がないなあ。
 でも、始まってしまうと、すぐに誘惑に負けて、仕事がどこかにいってしまう。こりゃ、あかんなあ。これからの締め切りは、要注意だ。
 昨日は、ワールドカップの各国の選手から監督、対戦相手、見どころまで掲載された雑誌を購入。すごくこまかく出ているので、これ1冊あれば、なんでもわかる。
 私はキーパーフリークなので、各国のキーパーに注目している。
 この雑誌を見はじめたら、時間が経つのを忘れてしまった。それほどいろんな選手がいて、おもしろい。
 ワールドカップをナマで観戦したのは、もうかなり前のこと。フランス大会のフランス、クロアチア戦だから、1998年だったっけ。なつかしいなあ。あの興奮はいまだ忘れることができない。
 いまは、ロジャー・フェデラーがウィンブルドンの前哨戦として、ドイツのハレ大会に出ている。さて、それも気になるし、やはり6月はとてつもなく忙しいなあ(笑)。
 
 
 
| 日々つづれ織り | 22:11 | - | -
ロストロポーヴィチ博物館
 偉大なチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの家族と深い交流をもつ友人のTさんが、ロストロポーヴィチの生地であるアゼルバイジャン共和国の首都バクーを訪れた。
 Tさんの目的はこの地にあるロストロポーヴィチの博物館を訪ねることで、ロストロポーヴィチの父親レオポルドもすばらしいチェストだったため、博物館はLeopold & Mustislav Rostropoviches House―Museumというふたりの名が付いていたという。
 ここはロストロポーヴィチが4歳まで住んでいたアパートで、現在は博物館になっているようだ。
 今回Tさんは、私の著書「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」と「百年にひとりのヴァイオリニスト ヴェンゲーロフの奇跡」を持参してくださり、ロストロポーヴィチの記事の部分に附箋を貼って、長女のオルガさんに手渡してくれた。
 本は、博物館に飾られるそうだ。
 なんと光栄なことか。のちのちロシア語に訳して、みんなが読めるようにしてくれるのだろうか。
 遠い異国に自分の本が届けられるなんて、想像もしていなかった。Tさん、本当にありがとう。感謝感謝です。ことばになりません、涙が出そうです。
 私もぜひ、機会があったら、バクーを訪れてみたい。
 Tさんは、旅に出るといつもいろんな土地でお土産を買ってきてくれるのだが、今回もさまざまな物をいただき、旅の空気を感じることができた。
 なかでも、私が旅心を刺激されたのが、アゼルバイジャンのお料理本(英語版)。ロシア料理にちょっと似ている物もあり、野菜や魚料理も多い。場所柄だろうか。
 1ページごとに美しい写真が掲載されているため、見ていて飽きない。こういう食事なんだと、文化をかいま見ることもできる。
 今日の写真は、そのアゼルバイジャンのクッキングブック。ぜひ、できる物を見つけて、挑戦してみたいものだ。ロストロポーヴィチに敬意を表して…。


 
| 日々つづれ織り | 22:26 | - | -
ルイ・シュヴィッツゲーベル
 今日はスイス大使館で、アメリカのヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションにおいて第1位を獲得したピアニスト、ルイ・シュヴィッツゲーベルのコンサートと彼を囲んでのレセプションが行われた。
 ルイ・シュヴィッツゲーベルは、スイス人の父と中国人の母のもと、1987年ジュネーヴに生まれた。
 幼いころからピアノを始め、さまざまな土地でパスカル・ドゥヴァイヨンやエマニュエル・アックスをはじめとする多くの先生に師事し、現在はロンドンでパスカル・ネミロフスキに就いている。
 2005年ジュネーヴ国際音楽コンクール第2位(第1位なし)、2007年上記のヤング・コンサート・アーティスト国際オーディション第1位に輝き、2013年から2015年の「BBC(ロンドン)次世代音楽家」に選出された。
 今日のプログラムは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」からスタート、ショパンのバラード第3番、エチュード作品25-7、幻想即興曲へと進み、リストのハンガリー狂詩曲第6番で終幕するという構成。
 ごく間近で聴くためか、若々しくエネルギー全開のピアノで、リストがもっとも彼の資質に合っているように感じられた。
 今年は日本とスイスの国交樹立150周年の記念の年で、コンサートに先立ち、ウルス・ブーヘル駐日スイス大使があいさつされたことばのなかに、「クラシック音楽はユニバーサルなもの」ということばが何度か出てきたが、まさに今日は各国のゲストが集い、シュヴィッツゲーベルも各地で学び、演奏し、容姿もエキゾチック。数か国語を話し、確かにユニバーサルだ。
 こうした新たな才能に出会える機会は、とても貴重だ。次回は、ぜひホールでのコンサートを聴いてみたい。
 今日の写真は、レセプションでのルイ・シュヴィッツゲーベル。スリムで、からだ全体をやわらかく使う奏法だが、ペダリングは結構強靭で派手でしたよ、まるで踊っているかのように(笑)。


| アーティスト・クローズアップ | 23:12 | - | -
マキシム・ヴェンゲーロフ
 昨日は、サントリーホールでマキシム・ヴェンゲーロフのリサイタルが行われた。
 今回の「ヴェンゲーロフ・フェスティバル2014」は、ポーランド室内管弦楽団を弾き振りしたコンサートと、このヴァイオリン・リサイタルが組まれ、いずれも彼が長年弾き込んだ愛奏曲がずらりと並べられた。
 リサイタルの前半は、エルガーのヴァイオリン・ソナタとプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番。後半はトークを交えての小品集となり、午後2時開演のコンサートは4時間半まで続き、最後はスタンディングオベーションとなった。
 私はプログラムに原稿を寄せ、そのなかにも書いたが、ヴェンゲーロフはどんな小品でもまったく手を抜くことなく、完璧に仕上げ、作品のすばらしさ、真の美しさを披露する。
 昨日のリサイタルは、まさにヴェンゲーロフの真骨頂ともいうべき演奏で、常に嬉々とした表情で作品の内奥に深く分け入り、作曲家が作品に託した意図に迫ろうとするものだった。
 音の記憶とは不思議なもので、私の脳裏には初めて聴いたヴェンゲーロフの演奏からイスラエルの自宅で聴いた演奏、さまざまなコンサートで聴いた演奏までもが走馬灯のように現れ、ずっと思い出のなかを旅しているような気分になった。
 もっとも喜ばしいのは、ヴェンゲーロフが実に楽しそうに、充実した表情をしながら演奏していたことだ。盟友のピアニスト、イタマール・ゴランの好サポートを受け、ヴェンゲーロフは以前よりもからだの力が抜け、ボウイングが見事なまでに柔軟性を保ち、弱音の美しさが際立っていた。
 この日の会場には、ヴァイオリンのケースを抱えた若い学生や子どもたちの姿が目立った。彼らはヴェンゲーロフの演奏から学ぶことが多いのだろう。
 終演後、楽屋で会うと、より充実した表情をしていることに感慨を覚えた。「アーティスト・レシピ」の本にサインをしてもらうときも、ヴェンゲーロフのレシピが「ピロシキ」だと知り、「ギャハハーッ」と大笑いしていた。
 こんな笑顔が見られるなんて、数年前は考えられなかった。
 かたわらのオルガ夫人も、父親のアレックも、本当に幸せそうに見えた。
 苦難を乗り越えて、ひとまわりもふたまわりも大きくなったヴェンゲーロフ。巨匠的な演奏は、さらなる高みを目指して成熟していくに違いない。来年もこの時期に来日が予定されているというから、楽しみだ。
 今日の写真は、オルガ夫人とマキシム。彼女が選んだのだろうか、マキシムはとてもおしゃれな装いをしていた。よかった、よかった(笑)。




| 親しき友との語らい | 23:09 | - | -
シューベルト特集
 いまは、今月発売号の「モーストリー・クラシック」のシューベルト特集の原稿にかかりっきりだ。
 シューベルト弾きといわれるピアニストや、楽曲に関して、録音を紹介することなど、さまざまな原稿を書いている。
 ようやく峠が見えてきて、あと1本の原稿を残すのみとなった。だが、明日はマキシム・ヴェンゲーロフのリサイタルがあり、午後の時間帯が使えないため、原稿は夜の作業になってしまう。
 それでも、なんとか終わりに近づき、肩の荷が下りたような感じだ。
 外は大雨が降り続き、ひたすら部屋にこもって原稿を書いていると、心のなかも梅雨のような気分になってくる。
 こういうときは、先日いただいたおいしい紅茶でひと息入れたい。
 友人のKさんが、パリのマドレーヌ寺院のそばにあるマリアージュ・フレールで買ってきてくれた、おいしいダージリン「MONTEVIOT」だ。
 この芳醇な香りと深々とした味わいは、疲れたからだと頭を癒してくれる。なんとぜいたくなひとときだろう。ダージリンのコクのある味わいがパリへといざなってくれる。
 Kさん、ありがとう、元気になりました。
 今日の写真はその紅茶。袋には、1854年創業と書いてある。すごいことだ!

| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:40 | - | -
牛田智大
 若手音楽家の演奏は、聴くたびに大きな変容を見せる。
 今日は牛田智大がシュテファン・ヴラダー指揮ウィーン・カンマー・オーケストラと共演して、ショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏するコンサートを聴きに東京オペラシティ コンサートホールに出かけた。
 これまで、彼のリサイタルはずっと聴き続けてきたが、コンチェルトを聴いたことはなかったため、非常に楽しみにしていた。
 今夜のコンサート・プログラムにも原稿を寄せたが、牛田智大はこのコンチェルトで、2012年のショパン国際ピアノコンクール ㏌ ASIAで優勝を果たしている。
 さらに同年2月のサントリーホールにおける広上淳一指揮、新日本フィルとの共演でも演奏し、このときにようやく「作品が自分のものになった」と感じたという。
 冒頭から特有の繊細な美音が鳴り響き、ほの暗い表情の第1楽章にみずみずしさを放っていく。ウィーン・カンマー・オーケストラは室内オケの編成ゆえ、そうメンバーが多くはないが、結構ダイナミズムの幅が広く、ときおりピアノの音にかぶってしまう。
 牛田智大が大好きだという第2楽章は、ピアノのモノローグのような抒情的な表現が特徴で、彼は弱音を生かしながらゆったりとしたテンポで弾き進めた。この楽章は、ショパン国際ピアノ・コンクールで何度も耳にしているが、ルバートのあり方、主題のうたわせ方、オーケストラとの音の融合など、非常に難しい楽章である。ここでは、ヴラダーの指揮が際立ち、自身がピアニストであるため、ピアノの美しい主題を前面に押し出すよう、オーケストラの響きを極力抑制し、弦のトレモロも静謐に響かせた。
 第3楽章はピアノとオーケストラが自由闊達な音の対話を行い、活気に満ちたフィナーレへと突入していった。
 終演後、楽屋に牛田くんを訪ねると、いつもながらのにこやかな笑顔でちょっぴり安堵の表情を浮かべていた。
 こうした貴重な経験を積むことにより、若手アーティストは大きな成長を遂げる。彼は今回の全国ツアーで、6回このコンチェルトを演奏する。きっとすべてが終了したとき、ショパンのピアノ協奏曲第2番に対する解釈、表現などに多様な変化が表れているのではなだろうか。
 次回、また話を聞くチャンスがあったら、ぜひそれを聞きたいと思う。
 今日の写真は、まだ演奏の余韻が表情に残っているような牛田くん。本当は、ヴラダーと一緒の写真を撮りたかったが、指揮者は後半の演奏があるため、並んでもらうのは無理だった。残念…。


 
| クラシックを愛す | 22:50 | - | -
玄米のおいしさ
 忙しいときのお助けマンのお店を、またひとつ見つけた。
 玄米をおいしく食べさせてくれる、自然食に徹したお米が主流のお店で、野菜料理やお豆腐、汁物など全体に薄味で、からだにやさしい味付け。
 何より、玄米がとてもおいしく、やわらかく炊けているので、すんなり食べられる。
 ざる豆腐も美味で、シンプルさが実にいい雰囲気を醸し出している。
 こういうお店が家の近くにあると、時間のないときにとても助かる。ひと息入れて、またすぐ仕事に戻れるからだ。
 このお店の店長も、おだやかな雰囲気の人。お店で働いている人たちも、飾らず気負わず自然体。いいなあ、ここいう雰囲気。
「とても自然でおいしかったです」と感想をいったら、とても喜んでくれ、「またきてください」と、蓮の搾り汁で作ったというキャンディーをプレゼントしてくれた。これは、のどによさそうだ。
 というわけで、今日の写真は2種類のお料理。器もかなり凝っていて、絵になる感じ。でも、とてもリーズナブルな値段なんですよ。
 また、忙しくて、からだが玄米を要求したら、飛び込もうかな(笑)。




 
| 美味なるダイアリー | 21:45 | - | -
運動不足
 月末入稿がすべて終わったとホッとするのもつかの間、上旬の締め切りが押し寄せてくる。
 毎朝、今日やらなくてはならないことを書き出して仕事用のデスクの前に貼り、それをひとつずつ消していくのだが、なかなか終わらない。
 こうなると、コンサートに出かけることはてきず、当然のことながらフィットネスにも行かれない。からだはバリバリに硬くなり、脳はすっかり疲弊し、運動不足の極致だ。
 でも、いまは余分なことは考えられず、ただひたすら原稿と対峙せねばならない。あと少し、もう1本と自分にいいきかせ、パソコンにしがみつく。
 こういう生活、本当によくないよねえ。
 わかってはいるけど、どうにもならない。こういうときに限って、甘いものがほしくなり、今日はあんみつとプリンを食べてしまった。それでも足りなくて、レーズンの入ったクッキーもひとつ。
 いやいや、あきまへんなあ。下半身が重くなるばかりだ。
 原稿がひと段落したら、フィットネスに飛んでいくゾと前向きに考え、またパソコンに向かう。
 その間にも、各社からいろんな著者校正が送られてくる。これもまた、結構時間がかかるんだよね。とはいえ、しっかり見なくてはならない。
 さて、もっと楽しいブログが書けるよう、早く原稿を終わらせようっと。
 
 
| 日々つづれ織り | 23:03 | - | -
形容詞の使い方
 早いもので、もう6月だ。ここ数日は猛暑で、夏到来の感を強くする。
 今日は先日アドヴァイスをいただいた、「わがメンター」と勝手に思っているSさんの事務所におじゃまし、さまざまな話を聞いた。
 Sさんは、私の文章に関していろんなことをアドヴァイスしてくれ、本や辞書や新聞記事などを見せてくれ、「文章を磨くこと、語彙を増やすこと」を提案してくれる。
 何より、形容詞の使い方に気をつけるようにいわれた。
 そして、アーティストや演奏を称賛するときのことば、ほめことばに工夫を凝らす必要性を説いた。
 音楽をことばで表現するのは難しいと常々感じているが、やはり語彙をもっと増やさないとならないし、その勉強は地道に続けなくては…。
 帰り道、Sさんからいわれたことをしっかり受け止め、いただいた本を読みながら、これは時間をかけてしっかり研鑽を積むべき重要事項だと思った。
「私はもう使わないから、あげるよ」
 Sさんは、長年使い続けて貫禄のついた本を譲ってくれた。手に入れた方がいい辞書も教えてくれた。
 本当に、こういう人のアドヴァイスは貴重である。Sさんは、自分が苦労して学んできたことの一部でも受け継いでほしいと願っているようで、私はその心中察して、胸が熱くなった。
 少しでもいい文章が書けるよう、形容詞の使い方がよくなるよう、ひたすら努力あるのみだ。使い込んだ本をながめながら、気を引き締めた。 

 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:14 | - | -
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