Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

ライナー、プログラム、雑誌の締め切り
 仕事というものは、重なるときはやたらに重なるもので、いまは新譜のライナーノーツ、来日アーティストのプログラム原稿、いつもの雑誌の締め切りがすべて重なっている。
 こういうときは、いつも仕事デスクの前にメモを貼り、ひとつずつやるべきこを書き出し、それを順次消していくのが私の方法だ。
 ひとつ消すごとに肩の荷が下りて、やれやれと思うのもつかの間、次なる原稿が目の前に立ちふさがっている。
 でも、今週からテニスの全米オープンが始まり、夜中にそのライヴが放映される。これ、時差があって、ホントに困るんだよね。すごく寝不足になるから。
 じゃ、見なきゃいいじゃない、そんなに忙しいときに無理しなくたって、といわれるかもしれないが、そこは大好きなテニスのこと、やめらんないのよね。
 今シーズンはロジャー・フェデラーが昨年悩んでいた腰痛から回復し、絶好調。私としては、ぜひ久しぶりにグランドスラム優勝を果たしてほしいと思っている。そのためには、ひとつずつの試合が大切。やっぱ、見なきゃね(笑)。
 というわけで、仕事と趣味の時間をどう配分するか、これが頭を悩ませるところである。
 先日、テレビを見ていたら、もうすぐ開催されるATP上海大会の観戦ツアーの募集をしていた。これはフェデラーも参戦。上海だったら近いから、「ウワーッ、いきたい!」と思ったけど、まあ日程的に無理ですな、クシュン。
 そうこういっている間に、どんどん時間は過ぎていく。原稿は山積み。ひとつずつこなしていくしかない。
 いつものことだから慣れているけど、たまには発散したくなる。でも、カレンダーを見たら、明日でもう8月も終わりだ。ああっ、急がなくっちゃ…。
 
 
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:35 | - | -
樫本大進&エリック・ル・サージュ
 以前から仲のいい、樫本大進とエリック・ル・サージュが日本でデュオ・リサイタル行うことになった。
 プログラムは、フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番、プーランクのヴァイオリン・ソナタ、フォーレのロマンス、フランクのヴァイオリン・ソナタである。
 2015年の1月10日から22日までの間に、全国で11公演が組まれている。
 このチラシの原稿も書いたのだが、音楽事務所のジャパン・アーツのホームページに、先日行ったル・サージュのインタビューが掲載されている。
 ル・サージュと大進との出会い、大進の演奏に対すること、今回のデュオへの思いなどを綴っているので、ぜひ読んでくださいね。
 今日の写真は、その来日公演のチラシ。上質なフレンチ・プログラムが堪能できそうだ。



 
 
| 情報・特急便 | 23:54 | - | -
シンプル・マカロニ・サラダ
 イタリア製のマカロニを手に入れると、必ず作りたくなるのが、とてもシンプルなマカロニ・サラダ。
 材料はマカロニときゅうりとロースハム。この3つだけである。
 イタリア製のマカロニは、冷めても味が変わらず、アルデンテの風合いもそのまま。非常に便利な素材だ。
 まず、マカロニをアルデンテよりも少しやわらかめにゆで、温かいうちにオーガニックのマヨネーズとバルサミコ酢であえる。
 ここにきゅうりを薄く輪切りにしたものと、ロースハムの拍子切りを加えれば出来上がり。
 実に簡単で味もシンプル。でも、これはワインやビールにとても合い、フォカッチャなどのパンにも合う。
 けっして飽きないし、いつの季節でも手軽に作れる。
 もっと味を複雑にしたい場合は、松の実やレーズン、ツナ缶、じゃがいもやブロッコリー、いんげんなどをゆでたものを加えればOK。
 手の込んだ、さまざまな野菜を入れたサラダもおいしいけど、こういうシンプルなサラダが一品あると、胃腸が落ち着く感じ。
 今日の写真は出来立てのシンプル・マカロニ・サラダ。決め手は何といってもイタリア製マカロニ。そしてそのゆで方。
 これにパンとワインがあれば、休日のランチの出来上がり。ルーフバルコニーに椅子を出して、屋外で食べれば、安価な素材なのにリッチな気分が味わえることまちがなし!

| 美味なるダイアリー | 23:35 | - | -
中村紘子
 中村紘子がデビュー55周年を迎えるという。
 その記念アルバムとして、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番&第26番「戴冠式」、そしてショパンの「マズルカ集」を9月17日のリリースする(ドリーミュージック)。
 コンチェルトは山田和樹指揮横浜シンフォニエッタとの共演で、第26番のカデンツァは新垣隆の作曲によるものである。
 今日はその話を聞くために、ご自宅に伺い、インタビューを行った。このインタビューは次号の「レコード芸術」に掲載される予定である。
 彼女と話をしていると、いつも新譜のCDやコンサートの話題から徐々に広がっていき、いつのまにか仕事から離れた話になってしまう。
 今日も、いろんな話題に飛んでいってしまったから、編集担当のKさんはひやひやしたに違いない。カメラマンも、キメのショットを撮らなくてはならないから、時間を気にしていた。
 だが、中村紘子と私はおしゃべりの真っ最中。みなさん、すみませんでした。もっと私が軌道修正をすればよかったのにね(笑)。
 でも、雑談のなかからおもしろい話が飛び出してくることもあるので、こういう場合は、あまり仕事ばかりの話に偏らない方がいいと思うんですよ。
 ただし、原稿を書く段階になると、新譜の話を拾い集め、エッセンスを取り出して書かなくてはならない。これはこれで大変だ。まあ、自業自得か。
 でも、デビュー55周年とは、すばらしいことだ。
「私、1歳でデビューしたので…」
 開口一番、インタビューは彼女らしいジョークで始まった。それからこれまでのいろんな思い出やエピソードを聞いているうちに、次第に話が逸れていってしまったわけだ。
 9月6日から12月19日までは、記念のリサイタルやトーク&コンサートが全国16都市で展開される。超多忙な秋となりそうだ。
 今日の写真は、インタビュー後の1枚。いつも人なつこいワンちゃんと中村紘子を一緒に撮りたかったのに、このときだけどこかにいってしまった。インタビューのときはずっと私のそばにいたのに、残念…。

| 情報・特急便 | 23:28 | - | -
パソコン用語の難しさ
 先日、ホームページのリニューアルのため、デザイン会社に出向いて具体的な打ち合わせをした。
 いよいよ実際の作業がスタートするわけだ。
 ところが、デザイン会社の人たちと話していると、随所にパソコン用語が出てきて、ほとんど宇宙語を聞いているよう。
 みなさん、とても親切で、私がわからないことはていねいに説明してくれるのだが、それにしても頭を抱えてしまうことが多い。
 この担当者のひとり、若い女性が、9月からロンドンに語学留学するという。いまの時代、パソコンに関した仕事をしていく上で英語は欠かせないと判断し、思い切って決断したそうだ。
 パソコンに英語。このふたつを手に入れれば、ホント、怖い物なしだ。世界のどこにいても、仕事はできる。
 彼女の未来に向かって進んでいこうとする前向きな姿勢に触れ、心から応援したくなった。
 しかしながら、私の現実に目を向けると、困難なことが山積みだ。これから実際の作業に移るわけだが、なんともパソコン用語は理解しがたい。
 親しい友人に話したら、彼女はもう新しいことに挑戦するのはあきらめたという。ストレスがたまるからと。
 私の仕事仲間では、タイプがふたつにはっきり分かれる。パソコンは最低限のことを理解するのみで、あとはあっさりあきらめてしまうタイプと、かじりついてでもマスターしようとするタイプと。
 私はなんとか頑張ってできるようにしないと、ホームページが作動しなくなってしまうから、やるっきゃない。
 この分野が得意な人から見れば、初歩的なところでつまづいているなんてなさけないと思うのだろうが、いやはや大変なことです。
「これだけブログを更新しているのだから、もう大丈夫。もっと新しいことをどんどん加えていきましょう。コンテンツを増やして、デザインも一新して」
 そう簡単にいわれても、なんだかからだが硬くなってしまう感じだ。
 さて、これからいろんな作業が待っている。頭を働かせなくちゃ。
 無事にホームページのリニューアルが完成したら、すぐにお知らせしま〜す。そのころは、嬉々とした顔をしていると願いたいけど、きっと疲労困憊しているんじゃないかな(笑)。
  

 


 
| 日々つづれ織り | 22:13 | - | -
ホジャイノフのリサイタル
 ニコライ・ホジャイノフは、プログラムに非常に凝るアーティストである。インタビューでも、常にプログラムは熟考すると答えている。
 今日のリサイタルは、シューマンの「アラベスク」からスタート。次いでシューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」につなげ、前半の最後はリストの「メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」という構成。
 ホジャイノフは以前から抒情的で繊細で緻密な演奏をするピアニストだったが、それが聴くたびにより大きな特徴となり、今夜もシューマンではロマンあふれる詩的な表現が際立っていた。
 しかし、後半のショパンの「子守歌」とピアノ・ソナタ第3番になると、演奏がやや慎重になり、弱音の美しさを前面に出そうとするあまり、音楽全体がおとなしくなってしまった。
 ここがショパンの難しいところである。2010年のショパン・コンクールのときも、ホジャイノフは本選のコンチェルトになったときに、それまでのみずみずしい鮮烈さを備えた演奏から一転し、おとなしい演奏になってしまったからだ。
 コンクールというのは、とかく派手で音量が大きく、ダイナミックな演奏をする方が目立つ。エレンガントでポエティックで深い思考に根差した演奏というのは、影が薄くなってしまうのである。
 ホジャイノフは、小さなサロンで聴くと、味わい深くていい演奏になるピアニストだと思う。彼の繊細なタッチ、こまやかなリズム、作品の内奥にひたすら迫る洞察力の深さは、現代の広いホールではなかなか本来の美質が発揮できない。
 こういうリサイタルを聴くと、本当にいろんなことを考えさせられる。若手ピアニストが国際舞台で活発な活動を展開するためには何が必要なのか、いかにしたら真の実力が評価されるのか、世に出るためにはコンクール以外の手段はあるのか、海外のアーティストのために日本ができることは何か…。
 そして、いま自分ができることは何か、と考える。
 そうしたことに思いを馳せながら、ホジャイノフの6曲にもおよぶアンコールを聴いた。
 ビゼーの「カルメン」より抜粋、シューマンのリスト編曲による「献呈」、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第1番と第5番、ヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「こうもり」より、山田耕筰の「赤とんぼ」というのが、アンコールの曲目。
 ホジャイノフはさまざまな語学に興味をもっていて、日本語にも興味津々。今日のアンコールは、シンプルな日本語で曲目を紹介してから演奏した。
 この公演評は、次号の「モーストリー・クラシック」に書くことになっている。少ない文字数でどう表現したらいいか、じっくり考えなければ…。
| クラシックを愛す | 00:10 | - | -
調布の花火大会
 今夜、18時30分ころからドドーンと遠くで響くような音がし、それが断続的に続いている。
 不思議に思って外を見ると、はるかかなたに花火が見える。
「えーっ、いったいどこでやっているの」
 調べてみたら、「映画のまち調布夏花火2014」(第32回調布市花火大会)だということがわかった。
 18時30分から19時30分まで、約8000発の花火が打ち上げられ、最大号数8号だそうだ。
 わが家の南西に位置し、ルーフバルコニーから眺めることができる。かなり遠くて小さいが、それでもいろんな種類の花火をはっきりと見ることができ、音もリアルに伝わってくる。
 早速、冷えたビールとおつまみを用意し、バルコニーの椅子にすわって花火鑑賞をした。
 そよそよと風が吹いて、なんともいい気分。束の間のリラックスタイムである。
 フリーになってから、きちんとした休日はとれない。原稿の締め切りがあれば、土曜日でも日曜日でも仕事をする。
 今日は、先日インタビューをしたニコライ・ホジャイノフの原稿を仕上げ、夕方までに担当者に送付した。すると、すぐにお礼の返事が届いた。
 彼も、きっと自宅のパソコンで仕事をしていたのね。お疲れさまで〜す。
 というわけで、ひと仕事を終えたころに花火に遭遇したわけだ。
 そうか、これは毎年見ることができるのか。実は、ウチの兄は大の花火好きである。子どものころ、よくお祭りに連れていってもらった覚えがある。
 来年は、兄夫婦を呼んで、ビールと花火でおもてなしをしようかな。
 今日の写真は、はるか遠くに見える花火。約1時間、たっぷり楽しませてもらいました。本当は、「タッマヤー!」と叫びたかったけど、ちょっとまわりを考えて、遠慮してしまった(笑)。


 
 
| 日々つづれ織り | 21:50 | - | -
ニコライ・ホジャイノフ
 ロシアの若手ピアニスト、ニコライ・ホジャイノフのインタビューは何度目になるだろうか。
 2010年のショパン・コンクール時から取材を続け、来日のたびに演奏を聴き、インタビューを続けてきた。
 先日、彼はサントリーホールでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏、25日には浜離宮朝日ホールでリサイタルを行う。
 今日は、そのチャイコフスキーのコンチェルトの話から始めたのだが、いつもながら作品をとても深く研究していて、新たな視点を示してくれた。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書く予定になっている。結構、文字数があるから、詳しく書けそうだ。
 ホジャイノフは、つい先ごろ流ちょうな日本語によるあいさつを動画にアップ、発音も舌を巻くほどうまく、語彙も豊富。ごく自然な話し方にびっくり仰天。
 開口一番、その日本語がすばらしいとほめると、「えへへ」という感じで照れていた。
 彼は毎年のように日本を訪れているが、今年は全部で4回来日。コンチェルトとリサイタルで日本のファンにさまざまなレパートリーを披露している。
 インタビューでは、プログラムを常に熟考しているといい、しかも直前になって変えることもあるといって、主催者をあわてさせた。11月のリサイタルの曲目が変更になるかもしれないと、匂わせたからだ。
 ホジャイノフの話は、とても22歳とは思えない成熟したもの。作品の解釈について語っているときも、昔の偉大な作曲家や作家、哲学者、政治家、詩人らが語ったことばが次々に挟み込まれる。読書家である彼ならではの引用もある。
 25日のリサイタルでは、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」、ショパンのピアノ・ソナタ第3番がメイン・プログラム。このリサイタルのチラシの原稿を書いたのだが、私はそこに「彼は指の練習をするよりも、楽譜を読み込み、作曲家が何をいいたかったかを考える時間のほうが長い」と書いた。
 ホジャイノフは、まさにそういうピアニストである。リサイタルでは、シューマンの空想の世界に迷い込むような作品と、ショパンの最高傑作のひとつが、洞察力に富む演奏で展開されるに違いない。
 今日の写真は、ピアノの前で撮影に臨むホジャイノフと、インタビュー後の1枚。いつ会っても、本当におしゃれ…。





 
| 親しき友との語らい | 22:23 | - | -
鈴木大介&近藤嘉宏
 久しぶりに、楽しいインタビューとなった。
 今日は、ギターの鈴木大介とピアノの近藤嘉宏のふたりが初めてのデュオ・リサイタルを行うというので、それに関したことを聞くため、インタビューを行った。
 これは10月17日にJTアートホールアフィニスで開催されるデュオで、ふたりは10年以上の長きにわたる親友同士だが、本格的なリサイタルでの共演は初めて。
「ふたりで飲んでばかりいて、一緒に演奏しようという話は出なかったんですよね」
「ようやくふたりともこれまでのこと、これからのことを考える年齢になった。いまだからこそできるという感じ」
 私はこれまでひとりずつにはインタビューをしたり、演奏を聴いたり、ライナーを書いたりしてきたが、ふたり一緒に会うのは初めて。
 ふたりはずいぶん性格が違い、話す内容もまったく異なる。だが、不思議に波長が合っている。
 音楽家同士というのは、なかなか心を割って話すというのは難しいと思うが、彼らは何時間も飲みながら話しているというだけあって、本当にウマが合いそうだ。
 このインタビューは次号の「音楽の友」に掲載される予定である。各作品に関しての詳細も綴りたいと思っている。
 プログラムは日本の作曲家の作品がほとんどで、各々のソロも含まれている。委嘱作品が多く、これからもいろんな作曲家に書いてもらい、それを世界に向けて発信していきたいと意欲を示す。
 ギターとピアノ、このあまり聴くことができない組み合わせを息の合ったふたりの演奏で聴く。きっと新たな発見がある一夜になるに違いない。
 今日の写真は「肩を組んでくれる」と頼んだら、さっとポーズをとってくれた1枚。近藤嘉宏がにこやかな笑みを見せているのだが、鈴木大介は「ちょっと笑いすぎだよ〜」とひとこと。このギャップがまたおもしろい。
 いいなあ、こういうキャラクターの違う人と親友になれるのは…。自然体のふたりの絶妙のトーク、お互いをじゃましない話し方を聞いていて、なんだかうらやましくなった。これがすべて演奏に現れるんだろうな。


| 親しき友との語らい | 22:18 | - | -
オルセー美術館展
 先日、夏休みを利用し、国立新美術館で開催されている「オルセー美術館展 印象派の誕生―描くことの自由―」を観にいった。
 20代のころからオルセーは大好きな美術館で、パリにいくと必ず足を運んでいるが、いっこうに飽きることはない。
 絵というのは、観るたびにそのときの印象が微妙に変わる。自分の年齢、環境、生き方が変化するためか、同じ絵と対峙してもまったく同じには観えない。
 だからこそ、何度でもその絵の前にたたずむ。
 今回は、ジャン=フランソワ・ミレーの「晩鐘」にとりわけ引き付けられた。有名な名画ゆえ、何度も見ているが、あまりにも敬虔で静謐で純粋な祈りの様子に、心が浄化する思いにとらわれた。
 そのほか数多くの絵をゆっくり鑑賞したが、やはり今回は「晩鐘」がずっと胸の奥にいすわり続けた。
 美術館にいくと、もうひとつの楽しみは内部のレストランである。新国立美術館にはいくつかのカフェとレストランがある。そのなかで、ポール・ボキューズのレストランで美味なる食事をいただいた。
 今日の写真はその前菜。こういう場所で食事をすると、心が豊かになる感じがする。もちろん、味もいいが、なんといっても雰囲気を楽しむことができる。
 帰りに、あまりにも脳裏に深く刻まれていたため、「晩鐘」のファイルをひとつ手に入れた。これに資料をはさんで、仕事部屋に置いておこうと思う。ふたつ目の写真は、そのファイル。
 この美術館展は10月20日まで開催している。マネの「笛を吹く少年」、モネの「サン=ラザール駅」、セザンヌの「首吊りの家、オーヴェール=シュル=オワーズ」など、印象深い作品が多数出展されている。




 

 
 
| 日々つづれ織り | 22:38 | - | -
アルゲリッチ 私こそ、音楽!
 以前から取り組んでいた、アルゲリッチの3女ステファニーが監督を務めた映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」の字幕監修の仕事がついに完了した。
 これは以前のブログにも書いたように、ステファニーのインタビュー記事、日本語の字幕監修、アルゲリッチについての原稿、曲目表記や音楽関係のチェックなど、さまざまな仕事が含まれている。
 そのマスコミ向けの資料が出来上がり、送られてきた。
 実は、このなかにアルゲリッチに関しての私の記事が掲載されているのだが、この記事が一般向けのプログラムに転載されることになった。
 少しでも多くの人に読んでいただけたら幸いである。
 この映画は、9月27日(土)、Bunkamuraル・シネマほかで全国ロードショーの予定だ。
 これまで音楽に関する映画の仕事は、いつも原稿を書くこと、監督にインタビューをすることなどだった。
 今回、監修という仕事に初めて携わり、実に多種多様な内容を伴うものだということを知った。
 映画というのは、チームで作り上げるものだが、それを放映する日本側の仕事もまた、チームプレーである。
 今日の写真は映画のマスコミ用資料の表紙と、内部のアルゲリッチに関して書いた私の記事が掲載されているページ。
 明日は、ステファニーのインタビュー記事、「フィガロ・ジャポン」の原稿締め切り日である。
 アルゲリッチのプライベートな面に肉薄したこの映画、実の娘だから描写できた面が多く、家族とは何かを考えさせる。






 
 
 
 
| 情報・特急便 | 22:18 | - | -
ロジャー・フェデラーの優勝
 夏はテニス界において、アメリカのハードコート・シーズンである。
 1週間前にはトロントのロジャーズカップが行われ、ファイナルに進んだロジャー・フェデラーは、惜しくもフランスのジョーウィルフライ・ツォンガに敗れて優勝を逃した。
 だが、今週のシンシナティ・マスターズではファイナルでスペインのダビド・フェレールを破り、見事大会6度目の優勝を飾った。
 これはフェデラーにとってツアー通算80回目の優勝にあたり、シンシナティ大会の史上最多記録となる。
 この優勝により、フェデラーは上位8名で行われる今季のATPワールドツアーファイナルの資格を得た。
 もう来週からはグランドスラムの全米大会が始まる。シンシナティ・マスターズは高速のハードコートで、USオープンの前哨戦ともいわれる。
 フェデラーはしばらくグランドスラム優勝から遠ざかっているため、今回の優勝で全米大会に弾みをつけた形となった。
 優勝が決まった途端、久しぶりに喜びが爆発した表情を見せた。第2セットはフェレールのすばらしいプレーに苦しめられたため、いつになく険しい表情をしていたが、ファイナルセットまで集中力は途切れなかった。
 そして優勝が決まった途端、歓喜の雄たけび。観客も総立ちで優勝者を称えた。
 さて、夏休みも終わり、今日から仕事に戻り、早速ライナーノーツやプログラム原稿をこなしている。
 猛暑で大変だが、ロジャーの優勝で一気に気分は盛り上がり、暑さを忘れ、活力が湧いてきた。
 さて、来週からのUSオープンはどうなるだろうか。時差があるため、夜中から明け方のテレビ中継ゆえ、寝不足気味だ。でも、そんなことはいっていられない。ロジャーがグランドスラム18回の優勝を目指すわけだから、必死で応援しなくっちゃ。あっ、仕事もちゃんとしなくっちゃね(笑)。
| 日々つづれ織り | 23:36 | - | -
ホームページのリニューアルの市場調査
 先日も書いたが、ホームページのリニューアルに関して、いろんな人に会い、市場調査を行っている。
 いま、どんな情報が求められているのか、何を発信すべきか、どんなことができるのかを調査しているのである。
 自分ひとりで考えていても、堂々巡りになってしまい、突破口が見つからなくなってしまったため、親しい仕事仲間の意見を聞いている。
 ただし、みんな忙しいため私のために時間をとってもらうのは心苦しいが、今日はレコード会社に出向き、意見を聞いた。
 約束した時間に会社に行くと、なんとクラシックグループの全員が迎えてくれ、会議室に案内された。
「ええーっ、意見を聞きにきただけなのに、みんながそろっているなんて、驚き。だって夏休み前の忙しい時期じゃないの」と私が声を上げると、「大丈夫。みんなそれぞれ日をずらして夏休みをとっているので。今日は全員がそろっている日なんです」といわれ、さらに驚き、やがてその思いは感動に変わった。
 全員が私の話に注意深く耳を傾けてくれ、クラシック界の活性化のためになんとか知恵をしぼり、新たな情報発信をしたいと考えていることに対し、さまざまな意見を出してくれた。
 結局、海外のレコード会社のホームページや評論家、ジャーナリストのブログ、ツイッター、フェイスブックなどを参考にし、私のホームページに新たなカテゴリーを加え、それを充実させていくことが大切ということになった。
 これからそれをじっくりと考え、デザイナーと打ち合わせ、自分ができる範囲で新たな記事を幅広く展開していこうと思う。
 今日は、とても有意義な時間をすごすことができた。いつもこのレコード会社の方たちとはコンサートやインタビューなどで会い、立ち話はするが、じっくり話すことは少ない。
 やはり情報交換は必要である。視点が広がるからだ。
 さて、夏休み前にこれからの方向性が見え、だいぶ心が落ち着いた。
 昨日までは、どこを目指していいのか、何をすべきなのかが明確に見えず、迷いに入っていたため、もやもやしたものが胸のなかを渦巻いている感じだったが、これで進むべき方向が定まった。
 まだまだ試行錯誤の続く日々だが、一歩一歩進んでいくしかない。自分が本当にやりたいことをするのは、何の分野においても困難が付きまとうものだ。でも、少しでも達成できた暁には、達成感を味わうことができる。
 そんなにおおげさなことをいっているわけではなく、これまでの仕事の積み重ねを形にしていきたいだけなのだ。
 今日、時間がないのに集まってくれた人たちの好意に報いるためにも、やるべきことをやらなくちゃ。
 と、考えていたら、急にのどの渇きを覚えた。いま、オーガニックの麦茶のティーバックをちょっとおしゃれなボトルに入れ、ミネラルウォーターを注いで麦茶を作り、冷蔵庫で冷やしている。
 これが実に自然で優しい味わい。何杯も飲みたくなるおいしさで、からだにスーッと入っていく。
 きっと今年も10月初頭くらいまで暑いだろうから、この麦茶は欠かせない。麦酒に麦茶、夏はこれですな(笑)。

 
| 日々つづれ織り | 22:14 | - | -
冬の号の打ち合わせ
 猛暑の真っ只中だというのに、雑誌の企画はもう冬の号に目が向けられている。
 今日は、女性誌の冬の号の打ち合わせがホテルのカフェで行われ、2時間ほど今秋出張するメンバー3人でいろいろなアイディアを出し合った。
 そして、これから具体的に内容を詰め、各人が自分の担当することを進めることでお開きとなった。
 こうなると、暑い暑いとはいっていられない。これからは冬の号に向けて頭を切り替え、より詳細な内容を考えなくては…。
 とはいえ、世の中は夏休みの人が多い。電話もかかってこないし、メールも少ないし、整理に苦労する郵便物や宅急便もほとんどない。
 実に静かな時期である。
 ただし、来週になると一気にお休みモードが終わり、またまた通常の態勢に戻るんだろうな。
 私も週末は夏休みをとり、心の休養をしたいと思っている。
 今日、近所の八百屋さんの入口に貼り紙があり、「10日から20日まで夏休みです」と書いてあった。
 いいなあ、そんなにゆっくり休めるなんて。
 私もいつか10日間くらい、「夏休みです!」と、みんなにいってみたい(笑)。
 
 
 
| 日々つづれ織り | 21:59 | - | -
アフィオラート
 先日、すばらしい色と香りとコクを兼ね備えたエクストラ・バージン・オリーブオイルをいただいた。
 古代ギリシャ時代からオリーブの一大生産地として栄えた南イタリア、プーリアの伝統的な逸品で、古代から伝わる製法を現在も受け継いでいるという。
 ギャランティノ社の自家農園で作られるこのオリーブオイル、2012年に国際オリーブオイルコンテストで「完全なハーモニー」と絶賛されたそうだ。
 生産からボトリングまで一貫して行い、エクストラ・バージン・オリーブオイルだけがすばやく集められ、この古代からの手法が「アフィオラメンテ」といわれるという。
 これらは「アフィオラート物語」として、説明書に綴ってあった。
 よくテレビなどでオリーブの収穫が映し出されるが、この農園も木を揺らしてハンモックの上に実を落とし、ひと粒ひと粒に傷をつけない方法で収穫しているようだ。
 説明書には、当主のギャランティノ氏のテイスティングを経て、ようやくボトリングされると書いてある。
 イタリアは、ワインはもとより、チーズやバルサミコ酢もこだわりの物があり、頑固なまでに伝統を守って作り続けられている。
 このオリーブオイルは、ナマでパンや野菜につけていただくと、まさに天上のひとときが味わえる。
 こだわってこだわって、ようやく完成したオリーブオイル。職人気質をまず舌で感じ、やがてからだ全体でその恵みを堪能する。
 今日の写真は、プーリアからやってきたアフィオラート。一滴一滴が極上の黄金のしずくのように思える。
 もともとケチな私は、ほんの少しずつ小皿に入れ、チビチビといただいている。もったいないもんねえ。ボトルをながめながら、南イタリアに思いを馳せ、ホントにチビッとずつ…。うん、極楽じゃ(笑)。 


| 美味なるダイアリー | 22:22 | - | -
イベット・ジロー
 フランスのシャンソン歌手で、親日家であり、何度も来日公演を行ってわが国にも多くのファンがいるイベット・ジローが8月3日に亡くなった。享年97。低音が魅力的なすばらしい歌手だった。
 イブ・モンタンと人気を分け合う歌手で、「バラはあこがれ」「街角」「あじさい娘」「詩人の魂」などのヒット曲で知られ、晩年は「サヨナラ アデュー・ジャポン」という曲を好んでうたったという。残念ながらライヴを聴くチャンスはなかった。
 実は、私は子どものころからお料理に興味があり、いろんな料理本を買っては楽しんでいたが、1970年に出版された「イベット・ジローの家庭料理」(主婦の友社)という本も購入し、フランスの香りを満喫していたものだ。
 このなかには「ル・ピュイ風豚の足」「うさぎのラム酒煮」「詰め物入り鶏のまる煮」「オーベルニュ風オックステール」などというお料理がずらりと並んでいる。
 まだ若かった私は、フランス料理はとてもまねできないなあと、写真を見ただけで怖気づいた。
 でも、ひとつだけ、いまもずっと作り続けているレシピがある。「トマト入りコーンスープ」だ。ねぎ(またはポアロー)とトマトとスイートコーンの缶詰で作るこのスープは、とてもやさしい味で、作り方もシンプル。このスープのおかげで、私はこの本をずっと自分の料理本の棚に入れてあった。
 この本はもう色褪せてアンティークっぽくなっているが、私の愛読書のひとつである。いまでは、本に出てくるお肉などにも驚かなくなり、自分なりにアレンジして、新しいレシピを考案する参考にしている。
 今日の写真は、その本の表紙。一緒に写っているのはアーティスティック・ディレクターのご主人、マルク・エラン。とても仲睦まじく、「ふたりは永遠の恋人」と周囲の人にいっていたそうだ。
 久しぶりに引っ張り出したこの本、なつかしくて、またいろいろフランスの家庭料理を作りたくなった。イベット・ジローを偲びながら…。


 
 
| 美味なるダイアリー | 21:48 | - | -
渡辺克也
 昨日は、渋谷区文化総合センター大和田さくらホールに、渡辺克也のオーボエ・リサイタルを聴きにいった。
 先日インタビューしたときにも今回のプログラムに関して詳しく話してくれたが、今回はつい先ごろリリースされた「Romance」(キングインターナショナル)の発売を記念して、CDに収録された作品が組まれている。
 まず、パラディールの「演奏会用独奏曲」がゆったりしたテンポでおだやかに奏され、オーボエの抒情的な音色がホールを満たしていく。
 次いでルフェーヴルの「2つの小品」が演奏され、「アンダンテ」「アレグロ」と題された2曲がテクニック的、表現力ともにコントラストを見せ、この時点ですでに、渡辺克也の職人芸とでもいうべき緻密にコントロールされた音楽に魅了される。
 これら2曲はあまり演奏される機会に恵まれない珍しい作品。渡辺克也はトークも交え、そのなかで曲に出合ったいきさつなどを述べていく。
 前半の最後は、ヒンデミットのオーボエ・ソナタ。この作品になり、一気にテンションが上がり、演奏家魂が込められたとでもいおうか、オーボエの多種多様な響きが横溢し、作品の内奥へと聴き手をいざなった。
 後半は、ようやく録音に着手したと語っていたシューマンの「3つのロマンス」からスタート。まさに長年演奏し続けてきた手の内に入った演奏で、あふれんばかりのエネルギーと情熱と濃密な感情表現がほとばしり、心が高揚する思いにとらわれた。
 ここで、彼は「体力をかなり使ったので、少しだけお休みして、ピアノの小林有沙さんに1曲弾いていただきます」とあいさつ。彼女がリストの「愛の夢」を演奏した。
 実は、小林有沙は2013年12月にシューマンとリストを収録したデビューCDをリリースしているのだが、そのライナーノーツを私が担当している。ナマの演奏を聴くのは初めてで、今回は1曲だったが、ぜひリサイタルを聴きたいと思った。
 そしてプログラムの最後は、プレヴィーユのソナチネ。これもふだんあまり耳にすることができない作品だが、非常に美しい旋律に彩られたエレガントでお洒落な感じがする曲で、フランスの薫り高きエスプリを放っていた。
 終演後、楽屋で小林有沙の両親と妹のヴァイオリニスト、小林美樹に会い、しばし立ち話。お父上から「ヴェンゲーロフの本、読ませていただきました」といわれ、うれしいやら照れくさいやら…。
 今日の写真は、サイン会での渡辺克也と、楽屋での小林有沙。さくらホールは初めて訪れたが、渋谷駅から近く、ホールは室内楽に向いていて聴きやすく、オーボエの響きがごく間近に聴こえる。
 オーボエという楽器は、緊迫感に満ちた音色が特徴だと彼が語っていた通り、リサイタルの最初から最後まで耳を研ぎ澄まして聴き入った。
 私はこういう職人芸が好きで、奏者とともに呼吸をしているような感覚になり、集中力をもって聴くことに喜びを感じる。帰路に着くときには、シューマンの「ロマンス」の主題がずっと脳裏を駆け巡っていた。



| クラシックを愛す | 22:02 | - | -
清風園
 今日からまた、新しいコンテンツを増やすことにした。
 以前にも書いたが、わが町、中央線の西荻窪は、何十年も前から経営している古いお店が多い。
 代々店主が変わり、商品も時代に合わせて少しずつ変化してきたものの、古きよき時代の空気をしっかり残している。
 そういうお店をこれから少しずつ紹介していこうと思う。もちろん、新しいお店でお気に入りを見つけたら、そこも紹介したい。題して「西荻はおいしい」。
 まず、トップバッターは、北口駅前にあるお茶やさんの清風園。ここは創業以来76年目にあたり、現在は2代目のご主人と、その息子さんの3代目がお店を守っている。
 いつもお店にいくと、おふたりのおだやかで気配りの効いた対応に心が和む思いがする。昔、こういうお店があったよなあと、なんとなくなつかしい気分にさせてくれるのである。
 このお店でいま一番のお気に入りは、つぶあん入り抹茶もなか。いわゆる抹茶アイスである。猛暑ゆえ、買ってすぐに食べないと溶けてしまうため、お土産にもっていくことはできないが、きっとファンは多いだろうなと思う。1個、150円。
 ここにいくと、いつもおいしいお茶を入れてくれるのだが、夏は冷茶が出てくる。その香り豊かでおいしいこと。深いコクとあと味のよさがやみつきになるほどだ。あまりのおいしさに、それも買ってしまった。京煎茶、1100円。
 今日の写真は、お店の外観、2代目と3代目のおふたり、抹茶もなか、京煎茶。
 お茶好きの人にはこたえられないお店だと思う。お茶以外にもいろんな商品があるから、次はまた別のおいしい物を探そうと思っている。おふたりのやわらかな物腰と表情にも触れたいし…。








 
| 西荻はおいしい | 22:41 | - | -
ダヴィド・ゲリンガス
 リトアニア出身のチェリスト、ダヴィド・ゲリンガスは1946年ヴィリニュス生まれ。モスクワ音楽院でロストロポーヴィチに学び、1970年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝に輝いている。以後、各地で活発な演奏活動を展開し、指揮者としても活躍。後進の指導も積極的に行い、ベルリン・フィルにはゲリンガスの教え子が多数いるという。
 インタビュー・アーカイヴの第58回はそのダヴィド・ゲリンガス。現在はドイツ国籍で、ヴィリニュスのリトアニア室内管弦楽団の常任客演指揮者を務め、2006年4月からは九州交響楽団の首席客演指揮者も務めている。

[弦楽ファン 2006年 第6号]

ロストロポーヴィチ! 彼はまさに新しい領域へと私を導いてくれた

 チェリスト、指揮者、名教授として知られるダヴィド・ゲリンガスは、古典から現代作品まで幅広いレパートリーをもつ。作品の初演にも積極的に取り組み、6月の東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会では、クリスチャン・ヤルヴィの指揮により、ヤルヴィの同郷エストニアの作曲家、エルッキ=スヴェン・トゥール(1959〜)の「チェロ協奏曲〜電子チェロと管弦楽のための協奏曲」の日本初演を行った。

オーケストラはチェリストの音を聴こえなくしてやろうと大きな音でガンガン演奏する(笑)

「チェロ協奏曲〜電子チェロと管弦楽のための協奏曲」が完成したのは1997年。同年3月、スイスのローザンヌでゲリンガスのチェロ独奏で初演が行われている。独奏パートでは以前から愛用しているヤマハのサイレント・チェロが用いられている。
「最初にサイレント・チェロに出合ったときは、隣人といい関係を築くために大いに利用したものです。なにしろサイレントですから(笑)。コンサート終了後、真夜中にホテルで練習するときにも最適。私は新しいことを学ぶ、新しい領域に踏み込むことが大好きで、これはアンプにつなげば音量も自在。ギターのような音も出せる。新しい音楽を作るパートナーとして欠かせなくなったんです」
 トゥールの作品はリズミカルでノリがいい。難解ではなく、チェロの超絶技巧も楽しめる。
「彼は建築家なんですよ。ですからフォルムに対して明確なイメージがあり、コンセプトが決まっている。ここは弾きにくいからこうしてほしいといっても、それを変えることはないですね。作曲家はふたつのタイプがあり、自分の作品はこう演奏してほしいと主張する場合と、最初から演奏家と創造的なプロセスを分かち合うタイプと。トゥールの場合はよくその性格を知っていますから、練習で完璧に内容を把握するように努めました」
 サイレント・チェロにはひとつ興味深いエピソードがある。以前、モスクワ音楽院大ホールでコンサートを行ったときだ。このとき、少しだけ音量を大きくする試みをした。
「ロシアのオーケストラは音量がすごい。これに対抗するため、リハーサルのときにチェロの音量を増やしてみた。するとステージマネージャーが飛んできてオーケストラの音が聴こえないって叫ぶんです。オーケストラというのは、いつもチェリストの音を聴こえなくしてやろうと大きな音でガンガン演奏する。世界中のチェリストはそれにいつも耐えているんです。私はみんなを代表して、ちょっとリベンジをしてみたわけです(笑)」

自分ができないと思ったことをやっていくのが人生なんだ


 ゲリンガスは一見するととても真面目で、演奏と同様に真摯で前向きで自己にきびしい性格だと思われがちだが、実は大のジョーク好き。話の随所に冗談がちりばめられる。
「でも、レッスンはきびしいですよ。いま私のクラスには多くの優秀な生徒がいますが、彼らにいつももっとうまくなりたいのなら練習しなさい、何かを達成したいのならまず練習することと教えています。私は6歳のときからずっと練習練習の日々でした。練習は義務ではなく、必要なものなのです」
 趙静もゲリンガスのクラスで磨きをかけ、昨年ミュンヘンARD国際コンクールのチェロ部門で優勝の栄冠に輝いた。彼女もいつもいっている。「ゲリンガス先生は少し練習を怠ると、すぐに見破るから怖い」と。
「幼いころ母によくいわれたものです。壁にぶつかったり乗り越えられない壁があると感じたら、その先を見なさいと。壁はいつか必ず超えられる。限界は超えるためにあるのだと。そのために練習を一生懸命すればいいのよと」。
 ゲリンガスは子どものころ、練習してもできない箇所があったり、悩みがあるときにはいつも母親に「だって、できないんだもん」と訴えた。すると、前述のことばが返ってきたのだという。
 そして彼女は、スペインの建築家、エデュアルド・チリダのことばを教えてくれた。
「自分ができないと思ったことをやっていくのが人生なんだ」
 母親は何事も最後まであきらめてはいけないという姿勢も植えつけてくれた。できないことにぶつかったら、まずそれにとことん取り組んで終わらせるよう努力する。すると、その先のプロセスが見えてくるといった。
「いま、私のなかにこの教えが生きています。音楽家は常に新しい作品と出合い、それを学び、自分のものとし、自己を発展させていかなければならない。歩みを止めたらおしまいです。学ぶことは生涯続く。終わりのない道程です。恩師のロストロポーヴィチからもこの姿勢を学びました。彼はピアノも弾くし、指揮もする。本当に多才な人で、私にとっては音楽の上で父のような存在です。学生時代からいつもロストロポーヴィチのようになりたいと願っていました。彼は現存する多くの作曲家と友人のような交流をもっていましたが、それを引き継がせてくれました」
 ロストロポーヴィチの話になると、表情が締まる。母親の話のときは柔和な表情だったが、まるで異なる顔がそこには浮かび上がる。
「ロストロポーヴィチに教えられなければ、現代作品への道を歩むことはなかったと思います。彼はまさに新しい領域へと私を導いてくれた。指揮も同様です。私は昔から指揮者やオーケストラ作品への興味を抱いていたのですが、実際に始めたのはロストロポーヴィチの影響が大きいのです」
 
バッハの無伴奏チェロ組曲は私の毎日の糧

 今春から九州交響楽団の首席客演指揮者としてタクトを振っているが、他にもリトアニア室内管弦楽団の常任客演指揮者も務める。
「指揮をしていると、新しい作品に出合えるチャンスが増える。でも、チェロの比重は減りませんよ。バッハの《無伴奏チェロ組曲》は毎日必ず弾いていますし…」
 この作品は10歳のときに弾き始めた。当時のソ連では楽譜を手に入れることも困難を極めたため、自分の楽譜をもつことができ、しかもあこがれのバッハを演奏することができ、喜びでいっぱいだった。第1番から練習をした。
「この作品は私の毎日の糧”です。すべてのチェリストにとってのバイブルともいえます。バッハの作品は尽きることのない泉のようで、いつもその純粋性に心打たれます」
 ゲリンガスは練習に疲れると夫人とともに映画や芝居を見に出かけるという。長男は役者であり、ポップスの作曲家であり、脚本や演出も手がけるマルチな仕事をしている。
「息子が芝居への道を拓いてくれました。彼が作曲したCDで70万枚売れたものがあるんですよ。私の録音は一生かかっても、全部でこの数には到底及ばないのに(笑)。息子には最初チェロを教えたんですが、一家にチェリストはひとりでいいと止めてしまった。でも、先日チェリストの役を演じるんで、20年ぶりにチェロを引っ張り出して半年間弾いていた。なんだかうれしかったですね」
 チェリストは飛行機でも楽器のために一席用意しなくてはならない。いつも楽器ケースはシートにゆったりともたれかかれるように置く。すると客席乗務員にこういわれる。
「あら、お隣の席には女性がいるみたい」
 ゲリンガスは得意満面で答える。
「そうなんですよ。このケースには、実は愛人が入っているんです」
 1761年製のガダニーニのチェロは、1978年からずっとゲリンガスとともにある。購入するときはお金がなく、ロストロポーヴィチに「先生、ぼくのために買ってください」と頼み込んだが、彼はひとこといい放った。
「きみ、人生にはふたつ自分の力で手に入れなくてはならないものがある。妻とチェロだ」
 ゲリンガスがガダニーニを自分の力で手に入れたことはいうまでもない。

 今日の写真はその雑誌の一部。サイレント・チェロを弾いているところだ。


 
 
| インタビュー・アーカイヴ | 22:13 | - | -
ホームページのリニューアル
 ホームページを開設してから、はや3年半が経過した。この間、本当に多くの人から「ブログ、読んでいますよ」と声をかけられた。
 私は長年、新聞や音楽雑誌、一般誌、情報誌などに記事を書いてきたが、ブログほどのリアクションがきたことはない。これは喜んでいいことなのか、はたまた考えなければならないことなのか、思案のしどころだ。
 だが、読んでくれるということはうれしいことなので、単純に喜んでおこうっと(笑)。
 でも、だいぶ仕事の内容が変わったり、単行本が増えたりしたため、ホームページをリニューアルしようと思い立った。
 今日はホームページを作成してくれたデザイン事務所に出向き、具体的な打ち合わせをした。
 このデザイン事務所の方たちは、本当に親身になって考えてくれ、仕事はてきぱき気持ちよく進み、話していてとても気分が爽快になる。
 仕事というのは、いくら自分がこうしたいと思っても相手がそれに賛同してくれなかったり、仕事の進め方が異なったり、時間の使い方が違ったりすると、どうにもうまくいかなくなることがある。
 でも、このデザイン事務所の方たちは、ツーといえばカーというような、意見交換が実にスムーズ。どんなこまかいことに対しても、対応が緻密でわかりやすく、とても前向き。それゆえ、話が弾み、ホームページのリニューアル以外のアイディアなども次々に出て、私も背中を押される思いに駆られた。
 先日インタビューしたヴァレンティーナ・リシッツァが、「私はだれもやらない新しいことをするのが好きなの。人生は一度だから、リスクを恐れず、やりたいことをやる。それで失敗しても、後悔はしないわ。何もしないでいるより、ダメモトでやってみる方がいい」といっていた。 
 この考えに、全面的に賛成である。私もいまの自分に何ができるかをじっくり見極め、独立当初のモットーである「クラシックを広めたい」という考えに徹し、リスクを覚悟で新しいことに挑戦してみたい。
 今日は、長時間にわたって打ち合わせをして、ある方向性が見え、また来週、より詳細を詰めることになった。
 何か新たな方向が見えたら、報告しますね。お楽しみに!!
| 日々つづれ織り | 23:13 | - | -
リパッティとデュ・プレ
 最近は往年の名盤と称されるディスクが、とてもリーズナブルな価格で再発売され、しかもリマスターにより音質は抜群によくなり、とても聴きやすくなった。
「クラシック・マスターズ」と題されたワーナーの廉価盤シリーズは、1枚が1400円、2枚組でも2300円(いずれも+税)という価格だ。
 今回リリースされたなかでは、ディヌ・リパッティが病気を押してステージに立った「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」と、ジャクリーヌ・デュ・プレの代名詞ともいえる「エルガー:チェロ協奏曲」が特別な存在感を放っている。
 リパッティは、不死の病、リンパ肉芽腫症(白血病に似た症状)に侵され、33歳という若さで亡くなった不世出のピアニストである。この最後のリサイタルは、医師の反対を押してステージに立ったが、すでにステージへの階段を上るのも苦労するような状態だったとか。
 しかし、演奏は完璧な構成力と表現力を備え、情感に富み、圧倒的な美を放ち、聴き手の心を揺さぶる。J.S.バッハのパルティ―タ第1番からスタート、自然な舞曲のリズムが胸にまっすぐに響いてくる。なんとかろやかで優美なバッハだろうか。
 次いでモーツァルトのピアノ・ソナタ第8番。母の死に遭遇したモーツァルトの深い悲しみを、リパッティは天上の歌のようにうたいあげていく。
 続いてシューベルトの即興曲が2曲演奏されるのだが、もうこのあたりで、あまりにも美しく異次元の世界へと運ばれる演奏に、涙腺がゆるみ、平常心では聴けない。ウルウルウル…。
 そして極め付きは、最後のショパンの「13のワルツ集」だ。肉体と精神のバランスを失いかけたような鬼気迫る演奏で、綱渡り的な怖さを感じさせるが、演奏はゆるぎないテクニックと絶妙のルパートが全編を覆い、命を懸けてピアノと対峙している様子がひしひしと伝わる。
 残念なことに、最後に予定されていた曲は力尽きて演奏できなかったそうだが、ここにはリパッティの完全燃焼した演奏が詰まっている。何度聴いても、涙がこぼれる、そんな貴重な音の記録である。
 一方、エルガーのチェロ協奏曲は、デュ・プレのために書かれたような曲だといわれている。これを演奏するチェリストは、常にデュ・プレとくらべられるわけだから、大変なプレッシャーと闘うことになる。
 まさにここには命を削るような、もだえ苦しむような、全身全霊を懸けたデュ・プレの演奏が収録されている。1965年8月の録音で、共演はジョン・バルビローリ指揮ロンドン交響楽団。デュ・プレはこの録音で世界的な名声を獲得したが、やがて不死の病である多発性硬化症を患い、1973年に引退した。現役時代は短かったが、彼女の残した功績は人類の遺産ともいうべきもので、カップリングのディーリアスのチェロ協奏曲(マルコム・サージェント指揮ロイヤル・フィル)とともに輝かしい光を放っている。
 エルガーのチェロ協奏曲は、冒頭からはげしく深く重い。デュ・プレは血を流さんばかりにチェロをはげしく情熱的に鳴らし、ときに幻影の世界へと聴き手をいざなう。
 今日の写真はそのジャケット写真。時空を超えたこうした名演奏は、「音楽の世界遺産」とも呼べるものではないだろうか。世界遺産にそうした分野があるといいのだが…。


 
 
  
| クラシックを愛す | 22:59 | - | -
店番の猫ちゃん
 ひとつ原稿が終わると、息抜きに買い物に出たり、仕事部屋の整理に行ったり、近所を散歩して新しいお店を見つけたり…。
 そんなときに、いつも気になる猫ちゃんがいる。
 家の近くの果物屋さんの飼い猫なのだが、この暑さにめげず、毎日陽ががんがん当たるお店の入口に陣取り、ちゃんと店番をしているのである。
 近寄っても、声をかけても、まったく気にせず知らん顔。常にマイペースで、お客に愛想を振りまくことはいっさいなし。
 今日も猛暑のなか、しっかりお店の前で存在感を発揮していた。
 私は昔から猫や犬にはなつかれ、すぐに親しくなれるのだが、この猫ちゃんはちょっと違ったタイプ。ちらっとこちらを見るけど、完全に無視される。
 でも、私もしつこいため、見かけるたびに声をかけている。そのうちに、向こうも諦めて、ちょっとは愛想よくなるかもしれない。
 なあんて、淡い期待を抱いているけど、コヤツは結構頑固っぽい。飼い主以外には絶対になつかないのかも。
 今日の写真は、頑固一徹なニャンコ。ホント、暑いのに、ご苦労さまです。


 
 
| 日々つづれ織り | 22:16 | - | -
適度な運動
 月末入稿がひと段落したと思ったら、もう8月になってしまった。
 今日、久しぶりにフィットネスのクラスに顔を出したら、トレーナーに「月が変わりましたからね、計測しましょう」といわれた。
 いろんなところのサイズを測り、それを前回の記録とくらべていく。
 体重やいろんなサイズはあまり変わっていなかったが、体脂肪率が格段に下がっていた。
「あらあ、すばらしい。このまま頑張りましょうね」
 トレーナーに励まされ、今日は気持ちよく運動をすることができた。
 からだは正直である。こんなにすぐ結果が出るのだから…。
 私は座業が多く、腰痛がひどいため、フィットネスに通うことにしたのだが、体脂肪率が変化するとは思いもしなかった。
 でも、忙しくなると、週1回通うのがやっとという状態。週2回行かれれば、二重丸という感じだ。
 トレーナーによると、腰が痛い、ひざが痛いといってそこをかばって動かさないと余計に悪くなるそうで、痛みと上手につきあいながら少しずつでも動かしていくと、治りが早いという。
 いつも感じるのは、フィットネスが終わってジムから出ると、からだがすごく軽くなった感じがする。血流がよくなるからだろうか。
 ふだん、あまり汗をかかない私は、ここでからだを動かすと、次第に汗がほとばしり出る。これがとてもいいのだそうだ。
 いつもここにくると、適度な運動の大切さを思い知らされる。
 最近、私のまわりでは、ぎっくり腰の人が増えているが、きっとみんな仕事のしすぎで、運動まで手がまわらないのだろう。私も腰痛がひどくならないよう、少しでもからだを動かさなくっちゃ。そして、次回の計測では、もっといい結果が出るようにしないとね。
 
 
| 日々つづれ織り | 21:48 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< August 2014 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE