Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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散歩の達人
 先日の「Hanako」の西荻窪&吉祥寺特集に次いで、「散歩の達人」が西荻窪&荻窪特集を組んでいる。
 ここにも、おいしいお店がズラリ紹介されている。意外に、近くを歩いていても気が付かなかったカフェやレストラン、居酒屋、ラーメン屋、パン屋などこだわりのお店が多く、これからまたまた探訪の楽しさが増えた次第だ。
 こういう雑誌は、付箋を貼ってひとつずつチェックしておかないと、つい見逃してしまう。
 これから、休日は西荻探訪+吉祥寺+荻窪詣でと、忙しくなりそうだ(笑)。
 でも、実際に行ってみると、雑誌で推奨しているほどではなかったり、自分の味覚に合わなかったり、サービスがよくなかったりと、いろいろなことが判明する。
 そのなかで、本当に自分に合うお店を見つけていくわけだ。そして気に入ったお店があると、私は完全なリピーターになる。
 さて、「散歩の達人」に掲載されているお店はどうだろうか。ひとつずつゆっくり訪ねていこうっと。
 今日の写真はその雑誌の表紙。これは西荻のいまや名物となったカフェ、松庵文庫。絵になるから、表紙に向いているよね。


| 西荻はおいしい | 23:05 | - | -
伊藤恵
 自分の信じた道をひたすら歩み、でき得る限りの努力をし、夢に向かって邁進すれば、必ずいい結果が得られる。
 今日の伊藤恵のピアノ・リサイタルは、その意味合いを教えてくれた。
 伊藤恵はシューマンのピアノ曲全曲録音で知られるが、いつかシューベルトのピアノ・ソナタも演奏・録音したいと願っていた。
 彼女はドイツ留学時代にブレンデルのシューベルトを聴き、その命を削るような演奏に触れて自分はまだまだだと思い、長年シューベルトは自分のなかで封印してきた。
 ようやくそれを解く時期が訪れ、2008年から8年連続演奏会でシューベルトの作品と対峙することになった。今日はその最終回で、ピアノ・ソナタ第19番、第20番、第21番がプログラムに組まれた。
 彼女は先日のインタビューで、シューベルトのこれら晩年のソナタの難しさをことばを尽くして語っている。
 まず、第19番は、ベートーヴェンを敬愛するシューベルトがその思いを乗り越え、自身の語法と音楽性を確立した作品。
 決然とした出だしから、伊藤恵の今回のリサイタルに対する強い意志を読み取ることができる。全編に美しいカンタービレがちりばめられ、情感豊かで起伏に富んだ曲想が特徴。伊藤恵は、転調の妙を際立たせ、変化に満ちた楽想を鮮やかに描き出していく。
 続く第20番は、古典的な構成とスケールの大きさをもつロマンあふれるソナタ。第1楽章からシューベルトならではのロマンティックな旋律が現れ、第2楽章では孤独感や寂寥感が前面に浮き彫りになり、シューベルトの歌曲「冬の旅」へといざなわれるようだ。
 こうした旋律美と様式感は、伊藤恵の得意とするところ。第3楽章の軽妙洒脱なスケルツォ、第4楽章の歌心あふれるロンドへと進むうちに徐々にシューベルトのリートの世界が濃厚になる。
 前半が終了した時点で、ひとことトークが挟み込まれた。
「ようやく高い頂のふたつを登った感じです。ハンス・ライグラフ先生にはいつも、こんなすばらしい作品を演奏できることは何と幸せなことか、シューベルトに感謝するようにといわれました。あとひとつ登りたいと思います」
 そして後半は、最後のピアノ・ソナタ第21番の登場。この作品こそ、伊藤恵がエベレストのような高い山へと登頂する気分を抱いているのではないだろうか。第1楽章の深遠で大胆な主題が徐々に高揚し、幾重にも様相を変えていく転調による主題がゆったりとしたテンポで奏でられると、私は次第に感極まってきた。
 第2楽章のほの暗く内省的な主題、第3楽章のかろやかな動き、そして第4楽章のすべてが昇華していくようなフィナーレへと突入すると、次第に涙腺がゆるんできたのである。
 マズイなあ、これは、と思ったが、伊藤恵の紡ぎ出す見事なまでに作品と一体化した演奏に、もはや涙が止まらなくなってしまった。
 終演後、楽屋であいさつしたときも、まだ目がウルウル状態。
 すると伊藤恵が「シューベルトの力ですよね。シューベルトがそういう思いにさせてくれるのでしょうね」といって、ちょっぴり涙目に…。
 彼女は、すべての演奏が終わったとき、ステージから聴衆に向かって語りかけた。
「みなさんとともにシューベルトのシリーズを無事に終えることができました。一緒にシューベルトの旅をしていただいて、本当にありがとうございました。今日は、みなさんから力をいただき、弾き終えることができました。これから少しお休みをいただき、また新たな方向を目指して進んでいきたいと思います」
 この謙虚さ、誠実で率直で常にまっすぐ前を向いて作曲家と対峙していく。その演奏は、私に強いエネルギーを与えてくれた。
 なお、5月13日には「シューベルト ピアノ作品集6」の録音もリリースされ、そこにはピアノ・ソナタ第18番と第21番が収録されている(フォンテック)。
 今日の写真は、私が目頭を押えて涙をこらえていたため、彼女もちょっと涙目に。それほどすばらしいシューベルトだった。
 恵さん、ありがとう!!


 
| クラシックを愛す | 22:41 | - | -
牛田智大
 若いアーティストがデビューし、少年から青年に変わっていくとき、その成長の速さに驚かされる。
 牛田智大も、デビュー時は小学生だった。それが中学生になり、いまや高校生だ。
 声変わりし、「伊熊さん、ご無沙汰しています、こんにちは」と低い声であいさつされると、ヒェー、別人だワ〜という感じ。
 今日インタビューで会ったら、またまた大きくなっていて、もう170センチを超えたとか。伸び盛りだからあたりまえだけど、成長著しい。
 今日のインタビューは次号の「ぶらあぼ」に掲載される予定だ。
 次なるコンサートは7月7日(火)、文京シビックホールでミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団との共演により、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏することになっている。
 今日はその話を中心に、6月にリリース予定の新譜のこと、いま師事しているロシアの先生の教え方、プレトニョフから学んだことなどを聞くことができた。
 特にマエストロ・プレトニョフにまつわる話がとても興味深く、牛田智大はロシアのピアニストであり指揮者である彼から、非常に多くのことを得ているようだ。それが今回のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の演奏に生かされるに違いない。
 今日、改めて驚いたのは、手がとても大きくなったこと。以前は9度がぎりぎり届くくらいだったのが、いまは10度が楽々届くようだ。それにより、チャイコフスキーの冒頭の連打も自然に演奏できるようになったと喜んでいた。
 今日の写真は、インタビュー後の牛田くん。身長は伸びても、声が低くなっても、顔の表情はあまり変わらない。なんだかホッとしたりして(笑)。


 
| 親しき友との語らい | 22:11 | - | -
ウェーベルンの作品
 昨日のチョン・キョンファのリサイタルで、とても印象に残った作品がある。アントン・ウェーベルン(1883〜1945)の「ヴァイオリンとピアノのための4つの小品」である。
 これは、キョンファがインタビューのときに語っていたことだが、200年以上前のベートーヴェンと現代の聴衆を結び付けるために、その中間に位置する作品としてプログラムに入れたという。
 1910年に作曲された作品で、まず、ゆったりとしたテンポの静けさあふれる第1曲で始まる。ヴァイオリンは弱音が主体で、耳をこらさないと聴こえないほどの静謐な響きが全編を支配している。これに瞑想的なピアノが加わる。ここではヴァイオリンは弱音器を用いている。
 第2曲は、急速なテンポで、幅広い強弱変化が特徴。かなり攻撃的な音楽となる。
 第3曲は、再びヴァイオリンが弱音器を用い、やわらかな響きと浮遊感のある高音を奏で、ピアノとの音の融合を目指す。
 第4曲は、ウェーベルンらしい新たな試みに満ちた音楽がヴァイオリンの特殊性あふれる響きと、変化に富んだピアノで奏され、短い曲想のなかで多くのことを雄弁に語る。
 キョンファは、この作品に対し、「各曲には永遠、闘い、諦念、勇気という感情が込められ、それらがベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタにも共通項を見出すことができる」と話していた。
 ウェーベルンの作品を評して、シェーンベルクはこういったという。
「たったひとつの動きだけが描かれた小説、ひと呼吸のなかで表された悦び」。
 わずか数小節だけの作品が、キョンファの研ぎ澄まされた音とケヴィン・ケナーの抑制された音により、不思議な小宇宙を描き出すように響き渡った。
 私は室内楽がとても好きで、特に奏者が類まれなる集中力を発揮し、聴き手も奏者とともに呼吸するような緊迫感に富む瞬間がたまらないのだが、キョンファのウェーベルンは、まさにそうした貴重な数分間を生み出した。
 次回、彼女にインタビューをする機会があったら、ぜひこのウェーベルンの作品に関してより深い話を聞いてみたいと思う。
| クラシックを愛す | 22:40 | - | -
チョン・キョンファ
 1月末にソウルでインタビューしたチョン・キョンファが、この4月に来日公演を行い、今日はサントリーホールで最終公演があった。
 プログラムは、ピアノのケヴィン・ケナーとようやく作り上げることができたというベートーヴェン・プロ。前半がヴァイオリン・ソナタ第5番「春」と第7番で、後半にウェーベルンの「ヴァイオリンとピアノのための4つの小品」を入れ、最後はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」で締めるという構成である。
 取材記事にも、インタビュー記事にも、さまざまなところで綴ったことだが、チョン・キョンファの演奏は、ケガを乗り越えて復活してから大きな変貌を遂げた。以前は野生動物のような俊敏性と挑みかかるような凄みを見せる演奏だったが、現在はよりヒューマンな色合いが濃くなり、ピアニストとの協調性を大切にしている。
 彼女はこのベートーヴェン・プロをケナーと集中的に練習し、日本公演に備えていると語っていた。
 実は、彼らはこのプログラムをまず日本公演で披露し、これから各地で演奏にかけていく。秋にはヨーロッパ公演も控えているという。
 キョンファの演奏は確かに変容し、音色も作品に対する取り組みも、異なっていた。だが、驚異的な集中力と、作品の内奥にひたすら迫っていく奏法に変わりはなく、とりわけ各曲の緩徐楽章が心に染み入る美しさに彩られていた。
 彼女はインタビューのときに、「ヴァイオリンとピアノのデュオは、両楽器が完全にひとつの“声”にならないといい演奏は生まれません」と語っていたが、まさにケナーとの音の融合を目指し、ふたりの思いがひとつになるよう、濃密な音の対話を繰り広げた。
 終演後、楽屋を訪ねると、日本ツアーがようやく終わり、かなり疲労している様子だった。明日日本を発ち、その後ソウルで2公演あるそうだ。それゆえ、まだ彼女は緊張が続いている様子だった。
 今日の写真は、楽屋でひと休みするキョンファ。ただし、外にはサインを求めるファンの長い列ができていた。大変だろうけど、いま再び演奏できることがたまらなくうれしいといっていたから、ひとりずつていねいにサインをしてくれるのではないだろうか。そしてもう1枚は、プログラムの表紙。
 またそんなに時間を置かずに、ぜひ来日してほしいと願う。胸の奥にずっしりとした深い印象をもたらしてくれる演奏だから…。




 
 
| クラシックを愛す | 22:44 | - | -
国際コンクール
 今年は5年に1度のショパン国際ピアノ・コンクールと4年に1度のチャイコフスキー国際コンクールという、2つのビッグな国際コンクールの重なる年だ。
 チャイコフスキー・コンクールに参加する人の名前はすでに現地のサイトで発表されているが、今日はショパン・コンクールの予備予選を通過した人の名前が発表された。
 ショパン・コンクールは今年の応募がとても多く、2014年12月1日に書類が締め切られた段階で450名のエントリーを数え、まずDVD選考が実施された。
 この段階で160名となり、予備予選が行われたわけである。今日の発表で84名が通過し、第1次予選に参加することができる。
 チャイコフスキー・コンクールは6月15日から7月4日までモスクワ(ピアノ、ヴァイオリン部門)とサンクトペテルブルク(チェロ、声楽部門)で、ショパン・コンクールは10月3日から20日までワルシャワで開催される予定だ。
 私のよく知っている若きピアニストの名前もあり、いよいよ近づいてきたなあと、胸が高鳴る思いがする。
 最近は、仕事で知り合いに会うと、必ず聞かれる。
「伊熊さん、チャイコフスキー・コンクールとかショパン・コンクールは聴きに行くんですか」
 どうやら、私は両コンクールの取材に行くという顔をしているらしい。だが、実際はまだ何も決めていない。
 コンクールの取材は昔から数多く行ってきたが、時間と経費がたくさん必要だ。現在はフリーランスゆえ、どこかから依頼がない場合は、すべて自費になり、とても大変である。
 というわけで、大金持ちではない私は、思案に暮れている。
 取材に行くにしても行かないにしても、経過と結果は大いに気になる。現在はネットの発達により、リアルタイムで演奏を聴くことができるようになった。
 さて、今年はいかなるスターが誕生するだろうか。
 各国の参加者の名前を見ながら、あれこれ想像している。
 

 
 
| 情報・特急便 | 22:28 | - | -
木之下晃さん
 音楽写真家の木之下晃さんが、去る1月12日に亡くなり、今日はブルーローズ(サントリー小ホール)で「お別れの会」が催された。
 木之下さんには、単行本の写真をお借りするなど、とてもお世話になった。特に印象に残っているのは、彼の「声」。特有の声質の持ち主で、思ったことははっきり口にし、いろんなことを話してくれた。
 もっとも鮮明に覚えているのは、私が独立したときにいってくれたこと。
「人とつるんじゃいけないよ。アンタのよさが失われるから」
 当時、私は独立したてで、さまざまな問題を抱え、それにどう対処していいか日々悩んでいた。仕事先で会った木之下さんは、いつも私をはげましてくれ、印象に残ることばをかけてくれた。いまでも、そのことばは私の胸の奥にずっと残っていて、守らなげばならないミッションのように思える。
 木之下さんは、こういうことを話すとき、けっしてやさしく話すタイプではなく、ちょっぴりコワモテ。私はいつも木之下さんに特有の声で話しかけられると、背筋がピシッとする気持ちになったものだ。
「お別れの会」の最後に奥さまの登茂枝さんにごあいさつをしたとき、「人とつるむな」といわれたことを話すと、彼女はこういった。
「ごめんなさいね、勝手なことばかりいって。そんなこといったら、あなたが孤独な立場になってしまうかもしれないじゃない。思いついたことをすぐ口にする人だったものだから、気にしないでね」
 いえいえ、私はこの木之下さんのことばをとても大切に胸にしまい、大きな指針を得たと思っているんですよ。
 今日は木之下さんの次女で、ラジオの仕事をされているという貴子さんが司会をし、とても立派に大役をこなしていた。
 会は、小山実稚恵が演奏するショパンの作品で開幕し、関係者のお別れのことばがあり、木之下さんの仕事ぶりを伝える映像が流され、ホールでの会はひとまず幕を閉じた。次いでサントリーホールのロビーで歓談となり、360人という大勢の人々がそれぞれの形で木之下さんの思い出話に花を咲かせた。
 帰り際、紙袋をいただいたが、そのなかにはこの日のために編集したという「音楽写真家 木之下晃 たいせつな出会い」と題された冊子が入っていた。
 ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、小澤征爾、マリア・カラス、ロリン・マゼール、ウラディーミル・ホロヴィッツをはじめとする世界の巨匠たちを撮り続けた木之下さんの写真と文(中日新聞・東京新聞夕刊での連載)が掲載されたものだった。
 木之下さん、すばらしい写真を残してくれてありがとうございます。ひたむきに仕事をされる姿を見て、いつも勇気をもらっていました。
 いまは先に天国に旅だった巨匠たちに再会し、またまた驚異的な集中力を発揮してシャッターを押しているかもしれませんね。
 デジカメの時代になってもフィルムにこだわり、モノクロの写真で自身の美学を貫いた木之下さん。その写真は「音楽が聴こえる」と称されているが、私は「演奏が見える」感じがする。アーティストが演奏している姿が鮮明に浮き上がってくるようで、想像力を喚起されるのである。ずっと写真をながめていると、その奥から音が立ちのぼってきて、演奏姿が見える感覚にとらわれる。
 木之下さんは「自身の作品を後世に残したい」という夢を抱き、木之下晃アーカイヴスを作り上げた。今後は、これがいい形で引き継がれ、より発展していくことを願ってやまない。
 今日の写真は、ブルーローズのステージに飾られた白い花々と、スクリーンに映し出された木之下さんの生き生きと仕事をする姿。
 もう1枚は、「たいせつな出会い」と題された木之下さんの冊子。




 
 
| 親しき友との語らい | 21:15 | - | -
ライナー原稿
 原稿を書くという仕事のなかに、CDやDVDのライナーノーツがある。
 よく知っているアーティストや、デビュー当初から聴き続けている人、インタビューを何度も行っている人、さらに期待する新人などのライナーが多い。
 こうした原稿を書いたCDやDVDが仕上がって送られてくると、私はこれまで書いたライナーのCDを置いている棚に収納する。
 もちろん、完成した製品はとても大切だから、最初からじっくり聴くことにしている。
 最近では、映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」のDVD化に伴い、新たにショパンのピアノ協奏曲第1番ほかを演奏しているものが特典映像として加わったため、そのライナーを綴った(ショウゲート)。
 チョン・キョンファの来日記念としてリリースされた再発のなかでは、チョン・トリオによるチャイコフスキーピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の思い出のために」とショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第1番を担当した(ワーナー)。
 そして2005年のCDデビューから10年目を迎えた五嶋龍による、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」とフランクのヴァイオリン・ソナタを収録した録音も執筆した(ユニバーサル)。
 これらは単行本とはまたひと味異なるものの、私のひとつの作品である。大切に棚に並べなくては…。
 芸術は、あらゆる意味で永遠性をもたらすものでなければならないと思うが、これらの録音・録画は、まさにそれを実践している。
 今日の写真は、最近のライナーの完成品3枚。さて、ゆっくり聴かなくちゃ。


 
 
| 日々つづれ織り | 22:03 | - | -
ボルシチ
 大きな仕事が終わり、まさに疲労困憊。
 フィットネスに行くどころではなく、マッサージにも出かけられない。
 こういうときは、まず好きな物をたっぷり食べて体力をつけなくてはならない。
 先日、カフェロシアでおいしいボルシチを味わったため、それが尾を引いているのか、ボルシチが食べたくなった。
 早速、あれこれ買い出しに行き、私の愛用しているクリステルの大鍋でボルシチを作った。「アーティストレシピ」のなかのキーシン・ボルシチである。
 温まることと、たっぷり食べられることと、お肉と野菜が同時にとれることなど、ボルシチはいいことずくめだ。
 これにサワークリームを乗せ、ルーフバルコニーで育てているイタリアン・パセリの粗みじん切りを散らせば、出来上がり。
 そんなところへ、うれしいニュースが飛び込んできた。
 以前レコード会社を退職したEさんが、他のレコード会社の仕事にフリーで加わるとのこと。Eさんは、カフェロシアのブログで書いた、あのオーナーシェフの奥さまである。
 私は以前からEさんが大好きで、ぜひ一緒に仕事をしたいと思っていた。それが早速、実現することになった。うれしい限りである。
 これって、ボルシチが呼び寄せてくれたものなのかしら(笑)。
 今日の写真は、大鍋にたっぷりできたボルシチ。さて、体力つけるゾ。


 
 
| 美味なるダイアリー | 18:07 | - | -
すずらん
 雨ばかり続き、空を見上げると曇天で、肌寒い日々が続く。しかも、こもりっきりで原稿を書いている。
 こうなると、花や植木の手入れはまったくしなくなってしまう。
 今日は晴れ間がのぞいたので、久しぶりにルーフバルコニーの花を見たら、ウワーッ、すご〜い。いつのまにかすずらんがたくさん花をつけているではないか。
 いやあ、ちっとも知らなかった。
 こんな悪天候でも、手入れを怠っていても、しっかり咲いている。なんと健気な…。
 しばし、ちっちゃな白い花々に見とれてしまった。
 これは、昨年買って植えたすずらん。寒い冬にはあまり元気がなかったので、ちょっとウチには向いていないのかなと思っていたのだが、なんと、こんなにも頑張って咲いている。かわいいやっちゃ(笑)。
 チッコリーニのライナー原稿はとうとう最後の1枚になり、なんとか終えることができた。やっぱり疲労困憊ですワ。
 でも、大きな仕事をひとつ終えた安堵感はあり、チッコリーニさまさまという感じだ。そんなところに、「intoxicate」から、チッコリーニの再発7枚を含めた追悼文を書いてほしいと依頼があった。
 ええ、もちろん。チッコリーニに関しては、思いのたけを書きますよ。
 何はともあれ、こもりっきり状態から解放される。からだを少し休めてやらないと、もうバリバリ状態だから、明日はフィットネスに絶対行くゾ。
 今日の写真は、健気に咲いているすずらん。少しはお手入れしてあげないと、いけないよね。

| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 16:13 | - | -
スペイン音楽
 遠い祖先のそのまた祖先がスペイン人だと勝手に思い込んでいる私は、スペイン音楽を聴いていると、なつかしい感覚にとらわれ、過去へと回帰していく。
 今日はチッコリーニのライナーのスペイン音楽の原稿を書いた。グラナドスの組曲「ゴイェスカス」、アルベニスの組曲「イベリア」の選集に、ファリャの「火祭りの踊り」と「粉屋の女房の踊り」が収録された録音である。 
 ライナーは5000字ほどになってしまったが、書く前にCDをじっくりと聴き、至福の時間を過ごすことができた。
 さて、このライナーの仕事も、あと残すところ1本となった。ドビュッシーとラヴェルの管弦楽とピアノのための作品、ピアノ協奏曲という録音である。
 いやあ、結構時間がかかりましたなあ。その間、ずっとチッコリーニの演奏を聴き続け、いまはもう頭のなかがチッコリーニのピアノで満杯状態だ。
 さて、明日は最後のライナーを仕上げる。終わったら、からだの力が一気に失われるのではないかと心配。そうそう、原稿がひと段落したら、フィットネスに行かなくちゃ。幽霊会員のように思われているから(笑)。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:59 | - | -
休日返上で仕事
 今日も、休日返上で仕事をしている。
 チッコリーニのライナー原稿はようやく第5作まで終了し、7分の5の入稿が済んだことになる。あとは2本を残すばかり。
 集中して原稿を書いていると、肩こり、眼精疲労、腰痛に悩まされることになり、ときどきパソコンから離れなくてはならない。
 今日は、そういうときのお助けマン、おいしいジャムティーを入れた。
 紅茶はお取り寄せの美味なるダージリン。そこに昨日カフェロシアで購入したジャムを多めに加える。
 このジャムは、カフェロシアで紅茶を頼むと添えられているもので、花びらのような薄いものがひらひらと広がっていく。
 これはブルガリア製のローズジャム。ふだんロシアンティーで慣れているイチゴジャムとは異なり、とても繊細で不思議な食感をもっている。
 お店で買うことができるため、私は手ぶらで帰ることはできないのである(笑)。
 疲れてくると、甘いものがほしくなるというのは本当だ。
 このジャムティーは、紅茶好きの私には必需品。ダージリン、アッサム、ニルギリなどのオーソドックスな茶葉に合う。
 さて、来週はあと2本のチッコリーニの原稿に集中し、ちょっと羽を伸ばしたい。コンサートにも行きたいし、ゆっくりお料理もしたい。
 今日の写真は、ブルガリアのローズジャム。私はブルガリアは一度も訪れたことがないが、ぜひ行ってみたい国のひとつである。まあ、いまは薔薇の香りでがまんしましょうか。


 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:10 | - | -
カフェロシア
 仕事仕事で体力負けしないように、今日は吉祥寺のロシア&ジョージア(グルジア)料理のレストラン、カフェロシアにランチを食べにいった。
 ここは友人のEさんのご主人がオーナーシェフを務めているお店。吉祥寺のパルコの正面にあるファミリーマートの横の階段を降りた地下1階に位置する。
 お店はロシア人やウクライナ人の店員さんがオーダーをとり、てきばきとお料理を運んでくれる。厨房への注文もロシア語で、なんだか旅をしているよう。
 ランチだからボルシチやピロシキなど、典型的なものを頼んだが、どれも日本人によく合う味で、とてもおいしい。
 デザートが出てくるころにはおなかがいっぱいになった。
 薄味が好みの私はすっかり気に入り、野菜と肉のピロシキと紅茶に入れるジャムをテイクアウトしてしまったほどだ。
 う〜ん、すっかり元気になったゾ。今度は、自分の祖先がロシア人だと勝手に思っている友だちを連れてきてあげよう。
 いろんなメニューがあり、じっくり見ていたら、大好きなペリメニを見つけてしまった。次はこれを食べたいな。
 今日の写真は、ボルシチと横に見えるのが揚げずにオープンで焼いたヘルシーなピロシキ。サーモンのブリニ包みとつぼ焼き。そしてりんごの果肉が入ったケーキにアールグレイ風味のクリームが添えられたケーキ。
 このお店、いついっても満員。海外のお客さまも多いようだ。私も結構ハマっている。







| 美味なるダイアリー | 23:02 | - | -
ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン
 毎年、1月から2月ころにかけて開催される東芝グランドコンサートが、2016年に35周年を迎える。
 このコンサートのプログラム原稿のインタビュー・ページを担当しているため、今回はいち早く来年の情報が届いた。
 節目となる35周年記念コンサートは、ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)が来日することになった。
 このオーケストラは、1742年にプロイセン王立宮廷楽団を母体として誕生。R.シュトラウスやカラヤンらが音楽監督を務め、ドイツ名門歌劇場のオーケストラとして知られる。バレンボイムは1992年より音楽監督を務めている。
 2016年の日本公演(1月31日〜2月25日、全国16公演)では、日本のコンサート史上これまでいずれの外来オーケストラも行っていないブルックナーの交響曲ツィクルス(第1番〜第9番)を東京で実施。加えてバレンボイムの弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲も予定されている。
 なお、2月の公演のいくつかは、ダーヴィド・アフカムが指揮を担当する。
 バレンボイムといえば、一昨年、「家庭画報」のウィーン・フィル特集のときに、ベルリンまで飛んでオペラの上演前にインタビューをしたことを思い出す。ものすごくタイトなスケジュールだったが、ひとつずつの質問に対して、とても理論的に効率よく、的を得た答えを戻してくれた。
 通常、オペラの本番前にインタビューが設定されることはない。このときは、こちらが本番前だからと気を遣っていたのに、当のご本人は涼しい顔。もちろん、手早く終わらせたいという気持ちは見えていたが、それでも日本からきたということで、いろいろと逆に気配りをしてくれた。
 バレンボイムは、以前もインタビューをしたことがあるが、何でも猛スピードでこなす名人だ。睡眠時間も極端に短いそうで、ピアノの練習も指揮活動の間にうまく組み合わせ、両立は問題ないとのこと。
 来春は、ブルックナーとモーツァルトという、まったく異なる曲想の作品をバレンボイムならではの切り替えの速さでこなし、充実したコンサートを聴かせてくれるに違いない。
 彼は最近、アルゲリッチともピアノ・デュオを行い、絶賛されている。いまはピアノを弾くことがたまらなく楽しいようだ。
 疲れを知らないエネルギッシュなバレンボイム、どんな指揮と弾き振りを聴かせてくれるだろうか。
「私はいつも演奏を心から楽しんでいますよ」。こう最後に語ったマエストロのことばが忘れられない。
 
| 情報・特急便 | 23:13 | - | -
春の食材
 春になると、みずみずしい野菜が八百屋さんの店頭に並ぶ。
 なかでも、私のお気に入りはアスパラガスだ。
 ホワイトアスパラガスも好物で、見つけるとすぐに買わなくてはならないような強い衝動に駆られるが、今日は新鮮なグリーンアスパラガスがあったので、そちらを購入した。
 ただし、ゆっくりお料理をしている時間はない。
 というわけで、さっと蒸して生ハムを巻き、エクストラバージンオリーブオイルをまわしかけた。これでもう立派なワインの友が出来上がる。
 ひとつ、おいしく仕上げるコツは、アスパラガスをゆでずに蒸し器で蒸すこと。これで水っぽくなくなる。
 そして茎の方は、食べやすい大きさに切って、タルタルソースを作って添えた。
 私のタルタルソースは、結構みんなに評判がよく、たくさん作ってもすぐになくなってしまうほどだ。
 ゆで卵、きゅうりのピクルス、新玉ねぎをすべて粗みじんに切り、マヨネーズとあえる。最後にかんきつ類の絞り汁を加え、イタリアンパセリのみじん切りを混ぜれば出来上がり。すべてオーガニックの材料を使っている。
 このソースは、お魚のフライやお肉のオーブン焼きなどにもよく合い、ひんぱんに作っている。
 仕事で疲れたからだに、やさしい味わいが染み込み、疲労回復にも役立っている。
 ようやくチッコリーニのライナーノーツの原稿は、7分の2が終了。まだまだ先は長いですねえ。
 今日はチョン・キョンファの日本公演の初日だったのに、泣く泣くマネージメントにお断りを伝え、仕事に没頭した。
 マネージメントの方によると、キョンファはケヴィン・ケナーと目いっぱいリキの入ったリハーサルをしているそうで、ものすごい雰囲気だそうだ。
 私は、こういう話を聞くと、すぐに会場に駆けつけてその様子を取材して発信したくなる。ジャーナリスト根性というのだろうか。
 でも、それができないいまの自分は、なんともはがゆい。
 さて、これからまだまだやらなくてはならないことが山積みだ。
 今日の写真は、アスパラガスのシンプルレシピ。
 そうそう、昨夜は夜中になってひと息つきたくて、ワインの友にそら豆をゆでた。これが止まらなくなって、あっというまに20個ほど食べてしまった。これって、ストレスがたまっているということよね。
 でも、そら豆なら別に太るわけでも、胃にたまるわけでもないからいいか。
 いいわけをしながら、また今夜も何かお夜食がほしくなると、ホント、マズイよねえ(笑)。


| 美味なるダイアリー | 20:50 | - | -
アルド・チッコリーニ
 アルド・チッコリーニの訃報については、以前綴ったことがあるが、その後もいろんなところでチッコリーニの記事を書いてきた。
 そんなとき、ワーナー・クラシックスから《チッコリーニの至芸》と題する7タイトル、リイシューが6月10日にリリースされることになったというニュースが入ってきた。
 担当のOさんから、そのライナーの依頼があり、いろんなことを話しているうちに、7タイトルすべてのライナーを書くことになった。
 ドビュッシーの作品がほとんどで、ラヴェル、グラナドス、アルベニス、ファリャなどが少し加わっている。
 なにしろ7タイトル分で、ひとつは2枚組。曲目解説だけでも膨大な曲数になる。
 チッコリーニは私がこよなく愛すピアニストゆえ、追悼の意味も含め、全タイトルのライナーを引き受けたが、準備に入った段階で、こりゃ大変なことになったと痛感。
 ともかく、曲数が多い。調べても調べても、あとからあとから曲が湧いてくる感じ。まず、曲目解説を仕上げ、そのあとでアーティストについて、演奏についてなど、巻頭言を書くことになる。
 今週はいろいろ出かける仕事が多く入っているが、パスできるものはできる限りパスして、原稿に集中しなければならない。
「仕上がったところから順次、入稿してください」
 Oさんにいわれ、ヒェーッという感じだ。
 どこから仕上がるか、何から完成するか。まだ皆目わからない状態。巻頭言も流用はやめて、全部変えて書きたいし…。
 というわけで、今週は全3万字の原稿と格闘だ。
 今日の写真は、Oさんが送ってくれたチッコリーニのCD56枚入りのボックス(輸入盤)。
「参考にしてくださいな」
 こういわれ、少しずつ聴き始めたけど、なにしろ56枚だ。ゆっくり聴いていると、原稿がまにあわないから、関係のあるところだけ聴くことにする。
 それにしても、チッコリーニは大いなる遺産を残してくれた。その演奏を愛する者にとって、感謝感謝、まさに宝物である。
 このボックスを目の前に飾り、ひたすら原稿を書くことになりそう。いつ終わるのか、いまはまだ暗中模索だ。


 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:20 | - | -
鯉のぼりのエクレア
 急に寒くなったり、20度を超す日があったり、また朝から雨が断続的に降り続いたりと、最近は何を着て出かけたらいいのかよくわからない。
 来週からまた忙しくなるため、今日は春の洋服を探しにニコタマに出かけた。
 いつもデザイン、色合い、サイズなどがピッタリのお店に顔を出したら、またまたすぐにいい洋服が見つかった。
 今日の服装にも合うため、春のジャケットとパンツを購入した。
 このお店の人は、いつもとても感じがよく、ついつい長居をしてしまう。
 さて、お茶を飲もうと思って入ったフォーションのカフェで、とってもキュートなエクレアを見つけた。
 もうすぐ5月。その鯉のぼりをかたどったエクレアである。中にはブルーベリーのクリームが入っている。
 ピンクの鯉のぼりもあり、そちらはストロベリー味だ。なんともかわいくて、食べてしまうのがもったいないくらい。
 私は和菓子が好きで、いつもお菓子に季節を感じているが、ケーキ類でも、こうした季節を先取りしたものがあるとは…。
 今週の週末は「モーストリー・クラシック」と「毎日が発見」の最終校正があり、それがすべて終了したところで、ひと段落となった。
 いよいよ、来週は大きな仕事がひとつ控えている。その準備に入らなくては。
 今日の写真は、愛らしい鯉のぼりのエクレア。もうすぐ5月、早いよねえ。


 
| 美味なるダイアリー | 23:07 | - | -
メディカル枕
 熟睡するには、枕がとても大切な役割を果たす。
 私は夜遅くまで根を詰めて原稿を書いているため、ベッドに入ってすぐに眠れないと、翌日に響いてしまう。
 というわけで、寝具にはとても気を遣い、特にいい枕をずっと探していた。
 かなり前、イタリア製の「メディカル枕」に出合って以来、これをずっと使い続けている。この枕は何年か経つと、販売元から「新しくしませんか」と連絡が入り、古くなった枕を返送すると異なる商品へと姿を変え、再利用されるというシステムだ。
 今回もまた、枕が新しくなった。
 やっぱり、ぐっすり眠れる。本当に、これはもう手放せない。
 でも、ベッドを見ると急に眠気が襲ってきて、仮眠したくなって困るんだよね。枕が「おいで、おいで」と呼んでいるようだ。この誘惑に勝つのは、並大抵のことではない。
 スペイン人はシエスタをよくするけど、私も毎日シエスタをしたくなる。これって一度するとやみつきになり、癖になって食後すぐに眠くなる。
 マズイぞ。そんな癖がついたら、一日の時間の使い方がめちゃくちゃになってしまう。
 それというのも、この安眠枕がよすぎるせいだ。誘惑に負けず、夜だけ仲良くしようっと(笑)。
| 日々つづれ織り | 22:14 | - | -
週末の締め切り
 締め切りが重なると、どうしても時間に余裕がなくなり、コンサートを逃すことになってしまう。
 ここしばらく原稿がたまっていて、コンサートに行くことができない。とてもいい演奏が目白押しなのに、残念無念。
 今日も夜遅くまでパソコンとにらめっこ。からだにいいわけないよねえ。
 ああ、もうコンサートの終わった時間になってしまった。こういう無念さを何度味わったことだろう。
 何はともあれ、今日の締め切りは終わったから、少しだけ、ゆっくりしたいと思う。
 入稿が終わると、私のデスクの上は資料の山で、それを完全に片付けないと次なる原稿が押し寄せて、またまた資料の山ができる。それがデスクの周囲まで広がり、足の踏み場がなくなっていくというわけだ。
 もともとキャパシティがそんなに大きくないため、片付けはいっこうに進まず、いつも資料がとっちらかっている状態。われながら、嫌になる。
 でも、もう週末だから、こまかいことは考えず、明日やればいいか。と安易な方に流れ、デスクのまわりは見ないことにする(笑)。
 いい音楽流して、ワインでも飲むとしましょうか。
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:53 | - | -
きょうだい会
 昨日は、姉や兄とのきょうだい会を行った。
 私は姉がふたり、兄がひとりいて、4人きょうだいの年の離れた末っ子である。
 昨日の幹事は兄で、鶯谷にある江戸名物、豆富料理の根岸「笹乃雪」を予約してくれた。以前、父が教え子たちと食事に行って、とてもおいしいといっていたところだそうだ。
 昨日は冬に逆戻りしたような、とても寒い日。久しぶりに会った4人は、「寒いねえ」と、そればかり。
 しかし、食事が始まる前から姉ふたりのおしゃべりが満開の花盛り。兄と私は相槌を打つ形だが、それでもものすごくにぎやかな会となった。
 個室をとってあったため、思う存分おしゃべりができる。
 お料理は前菜から生盛膾(白酢和え)、笹の雪(冷奴)、あんかけ豆富、胡麻豆富、揚げ物、季節の一品、雲水(湯葉巻き、豆乳蒸し)、うずみ豆富(お茶漬け)、豆富アイスクリームと続いた。
 お豆富だからとたかをくくっていたら、これが大まちがい。途中でもうおなかがいっぱいになり、もう食べられません、というくらいパンパンになった。
 その後、近くのカフェでお茶を飲みながら話の続きをして、ここでも大騒ぎ。さて、ここでお開きかなと思ったら、東京駅まで一緒に行って、「まだ話たりない」ということになり、駅の近くのカフェになだれ込んだ。
 やれやれ、さあ終わりかなと思ったところ、「もう夕食の時間だよね」ということになり、みんながそれぞれ家族に電話。「これからごはん食べて行くから」ということになった。
 実は、私はこの日2本の締め切りを抱えていた。ずっとそれが頭にあり、どうしようかなと思案に暮れていたが、みんなのおしゃべりの勢いに押され、「もう締め切りは伸ばしてもらおう」と勝手に考えるようになった。
 続いて夕食をとり、そこでも一番奥の席を用意してもらい、みんなでしゃべりっぱなし。
 もう夜遅くなったため、ようやく東京駅で解散となった。
 ところが、下の姉と一緒に新宿駅まできたところ、まだ彼女が話し足りない様子だったため、私も新宿駅で降りて、またまたカフェへと突入。
 いったい何時間話していたんだろう。
 帰宅してから、原稿の催促のメールを見て、やっぱり真っ青(笑)。でも、疲労困憊して、とてもこれから仕事をする体力、気力、集中力はない。仕方ないから明日まで待ってほしいと連絡を入れ、今日は朝からねじり鉢巻き。
 その間も他の雑誌の追加記事と、校正が送られてくる。ホールの秋のコンサートのチラシ原稿の依頼も入り、レギュラーで書いているコンサートの情報も送られてくる。
 ヒエーッ、ちょっと遊んでいると、これだよ。
 というわけで、ようやくすべての原稿をクリアし、校正も終わったが、まだまだやることは山積み。おいしいお豆富料理のおかげでエネルギーはなんとかもったが、精神的には「もう勘弁してくれ〜」という感じだ。
 きょうだい会は本当に久しぶりだったため、あまりにも話がたまりすぎたということで、これからは春と秋に幹事持ち回りで行うことになった。
 次回は10月、鎌倉に住んでいる上の姉の担当だ。
 実は、以前は会うと両親のことや家のことなどさまざまなことで意見が食い違い、喧嘩が絶えなかったわがきょうだいだが、昨日は珍しく喧嘩にならず、和気あいあい。みんな年をとって丸くなったのかしら。
 いずれにしても、仲がいい方がいいから、ひと安心だ。私は末っ子ゆえ、昔は小さくて相手にされなかったが、いまは一番若いので、意見も堂々といえる。
 末っ子も捨てたモンではないな。
 でも、みんなよくしゃべるよねえ。あれだけしゃべれば発散するでしょう。
 また、次回、秋の鎌倉詣でが楽しみだ。お姉さま、お兄さま、喧嘩はなしね(笑)。
 今日の写真は、美味なる豆富料理の一部。やっぱり和食はいいですねえ。







 
 
| 日々つづれ織り | 22:19 | - | -
ボブスタイル
 ショートカットがだいぶ伸び、うしろがボブスタイルのようになってきた。
 ここはひとつ、本格的なボブにしたいなと考え、今日は行きつけの美容院に行き、オーナーのIさんに頼んで前髪をカットしてもらった。
 横とうしろ側もそろえてもらい、モダンなボブになった。
 でも、前髪を眉毛のところにそろえて切ると、ちょっと若作りをしているようになってしまうのではないだろうか、と最初は心配した。でも、Iさんはとても腕のいい人だから、安心して任せられる。
 案の定、違和感のないボブに仕上がった。
 さて、明日からいろんな人に会うが、どんな反応だろうか。若作りといわれないように、きちんとメイクもして大人っぽくしないとね(笑)。
 ヘアスタイルをちょっと変えると、服装も問題だ。
 最近は、寒いのか温かいのかよくわからず、何を着て行ったらいいのかとても悩む。私はコンサートなどで夜遅く帰ってくるため、日中の温かさに合わせて薄着をしていくと、とんでもないことになる。最近は、雨も多いし…。
 あと2〜3カ月伸ばすと、落ち着いたボブになりそうだ。しばらくは、がまんがまん。伸ばそうと思うときに限って、なかなか伸びないものなんだよね。
 春になったし、心機一転だ!!
 
 
 
| 日々つづれ織り | 22:59 | - | -
ヴィットリオ・グリゴーロ
 テノールのリサイタルというのは、会場が熱く燃える。
 今日は、東京オペラシティコンサートホールで、ヴィットリオ・グリゴーロのリサイタルが行われたが、フィナーレに近づくにつれ、ヴィットリオの声も絶好調となり、聴衆もヒートアップ、最後はスタンディングオベーションとなった。
 プログラムは、ベッリーニやロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディの歌曲やオペラ・アリアが前半に組まれ、ここでは正統的で古典的な歌唱法が披露された。服装は、ピアニストのヴィンチェンツォ・スカレーラとともに燕尾服である。
 後半になると、タキシードに着替え、トスティから始まり、ガスタルドン、レオンカヴァッロ、クルティス、ダンニバーレなどの歌曲が次々にうたわれた。
 ヴィットリオの声は、感情の起伏を明快に表現し、歌詞に寄り添い、オペラ・アリアではその役柄になりきる。
 ひとり芝居のように饒舌で情熱的で、ここに演技力が加わり、聴衆を引き付ける。
 時折、コミカルな表現を見せて笑いを誘うかと思うと、サッカー選手のようにかろやかに走り回って若々しい様相を示す。
 聴き込むほどに、彼のオペラを聴きたくなった。ピアノとの共演でこれだけリアルな演技と歌唱法が全開するのだから、オペラになったらさぞかしインパクトが強いに違いない。
 先日のインタビューで、近いうちにコヴェントガーデンにおいてアントニオ・パッパーノ指揮で「ウェルテル」をうたうといっていたが、それを聴きたい気持ちが募ってきた。
 彼の声は、やはり幼いころからバチカンのシスティーナ礼拝堂合唱団でうたってきたためか、宗教曲の美しさが宿る。アンコールにうたわれたシューベルトの「アヴェ・マリア」にそれが如実に現れていた。
 こういう演奏会は、プログラムが終了し、アンコールになると、より熱気を帯びてくる。
 今日もドニゼッティの「愛の妙薬」から「人知れぬ涙」、プッチーニの「トスカ」から「星は光りぬ」と続いたころ、声が最高潮に達し、会場は嵐のような拍手が巻き起こった。この段階でジャケットを脱ぎ捨て、蝶ネクタイをはずし、白いシャツ姿になって、曲に没入した。
 私の後方からは男性が何人も、「ヴィットーリオ〜、オー・ソレ・ミーオ!!」と叫んでいる。
 彼は耳に手をあて、もう一度スカレーラと相談。最後にカプアの「オー・ソレ・ミオ」をうたってくれた。
 もう、みんな大満足だ。
 ヴィットリオは舞台上に飾ってあった花を1本1本抜いて投げるわ、ひざまづいておじぎをするわ、投げキスをするわ、サッカー選手のようにひざをついてダーッとスライディングするわ、ものすごいサービス精神を発揮。
 この後、サイン会が行われた。何百人、並んだだろうか。いやあ、すごい日でした。
 やはり濃いですなあ。帰宅してからも、歌声がぐるぐる脳を駆け巡っているもの。
 4月10日にも、もう一度リサイタルがある。聴衆を元気にしてくれるテノール、ぜひ聴いてくださいな。心身が活性化しますよ。
 でも、本音をいうと、フランス・オペラのアリアが聴きたかった。新譜のマスネやグノーにすっかり魅了されてしまったので…。
 ロンドンに聴きにいかないと無理かな。いやあ、それもなかなか難しいし、といいながら、世界のオペラハウスのスケジュールを調べるワタシ(笑)。
| クラシックを愛す | 22:24 | - | -
おしゃべり会
 昨日は、恒例のおしゃべり会をした。
 レコード会社のOさん、Kさんと私の3人で定期的に集まり、近況報告や情報交換、そしてありったけおしゃべりをする会である。
 新宿のおそば屋さん+居酒屋+ちょっとこだわりのメニューをそろえたお店に集まり、顔をそろえた直後からしゃべりっぱなし。
 食事もお酒もとてもおいしく、あっというまに時間が過ぎ、カフェに繰り出してまた続きを。
 こういう会は、本当にストレス発散になり、気持ちが軽くなる。
 お互いに、仕事の立場や内容や人間関係など、すべてがわかっているから、話はツーカーだ。
 昨日はタクシーに乗らず、電車がまだ動いている時間に解散となった。
 ただし、中央線は1時近くでもものすごく混んでいて、金曜日の夜ということもあり、朝のラッシュ並みの混み具合、まったく動きが取れないような状況だった。
 みんな深夜まで遊んでいるのね。あっ、仕事で遅くなった人もいるか。自分が遊んでいたからか、みんなほろ酔い加減に見えてしまった(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 20:31 | - | -
柚子こしょう
 地方に出張すると、その土地の名物といわれるおいしい物が食べられる。
 2月にいった日田では、講演前のランチにうどん屋さんに連れていってもらった。
「伊熊さん、すごくおいしいうどんがあるので、ぜひ食べてください。ただのうどんではありませんから」
 こういって案内されたのは、「けんちゃんうどん」というお店。創業から36年。支店もいくつかあるそうだ。
 ここは麺、だし、具材など、すべて自家製で、オリジナルの味を守り続けている。水郷ひたのこだわりの手作りうどんだという。
 こりゃ、食べてみなくちゃ、いかんでしょう。
 というわけで、お薦めの牛肉ごぼう天うどんを注文してみた。地鶏が乗った方がいいといわれたが、羽のはえている物がすべてダメな私は牛肉だ。
 さて、きました。おおっ、すごいボリューム。でも、うどんも汁も具材も、確かにオリジナリティあふれる味で、スルスルいただける。おいなりさんまで、付けてくれた。
 圧巻は、手作りの柚子こしょうである。
 これを少し混ぜて食べてみてといわれ、柚子こしょうの好きな私は結構たくさん入れてしまった。
 いやあ、きましたよ。キャーッ、きたきた。すんごい効く〜。辛みと香りが怒涛のように押し寄せ、汗まで出てきた。
 でも、ものすごくおいしい。
 帰りに、講演の担当の方が何やら私に包みを渡してくれた。
「伊熊さん、すごく気に入ってくれたようだから、お店の人に頼んで、特別に譲ってもらいました」
 なんと、ちっちゃな入れ物に柚子こしょうが入っているではないか。
 これも自家製で、門外不出のレシピとか。ウワー、どないしよう、もらっちゃった、ヘッヘッヘ、やったね(笑)。
 食いしん坊の私は、こうして美味なるうどんと柚子こしょうを堪能したのであります。
 今日の写真は、その牛肉の甘辛煮とごぼう天が乗ったうどんと、いただいた柚子こしょう。



 九州は柚子こしょうが日常的に使われているそうで、お味噌汁や煮物など、いろんなお料理にちょっと入れるそうだ。
 以前、ピアニストのフランチェスコ・トリスターノが初来日したときに柚子こしょうにハマったといっていたけど、この自家製の柚子こしょうを食べたら、もっとハマるだろうなあ。


 
| 美味なるダイアリー | 13:51 | - | -
ボロディン弦楽四重奏団withエリーザベト・レオンスカヤ
 レオンスカヤのピアノは先日シューベルトを聴いたばかりだが、今日はボロディン弦楽四重奏団との「リヒテルとともに奏でた音楽家たち」と題したコンサートを東京文化会館小ホールに聴きにいった。
 これは先日と同様に東京・春・音楽祭のコンサートのひとつで、シューベルトの弦楽四重奏曲第12番が初めに演奏された。
 その後はピアノが加わり、シューマンのピアノ五重奏曲変ホ長調作品44が前半の最後、そして後半はショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲ト短調作品57が組まれた。
 一番驚いたのは、レオンスカヤの奏法の変化。ソロのシューベルトのときとは打って変わって、1音1音が強靭なタッチで確固たる意思をもち、ひとつの音に魂を賭けているようなピアニズムなのである。
 ボロディン弦楽四重奏団との共演が多い彼女は、彼らの弦の響きをしっかり支え、ときにリードし、4本の弦に語りかけ、叫ぶときもあり、静かにさとすような響きを放つときもある。
 シューマンは情熱的で叙情的で優雅でもあり、ピアノと弦楽器が丁々発止の音の対話を繰り広げる作品。彼らの古典的で伝統的な奏法が作品の幻想的な内容を鮮やかに浮き彫りにし、室内楽作品を聴く醍醐味を味わわせてくれた。
 この夜の白眉は、後半のショスタコーヴィチ。作曲家の真意を存分に理解でき、共感を得ることができるレオンスカヤとボロディン弦楽四重奏団ならではの演奏で、全5楽章からなる大作を一瞬たりとも弛緩することなく、緊迫感と集中力を保ち、高度な技巧と表現で聴かせた。
 バッハ風プレリュード、民謡に根差すフーガ、躍動感あふれるスケルツォ、ゆったりとした間奏曲、自由なロンドと曲が進むうちに、あまりにも内的感情の強いアンサンブルゆえ、ロシアの地へと運ばれていくような感覚にとらわれた。5人はショスタコーヴィチの魂の代弁者となっていたからだ。
 作品が内包する悲劇性、風刺、皮肉、対比、暗い情熱などが、作曲された時代の空気とともに蘇ってきたのである。
 とりわけレオンスカヤのピアノが圧倒的な存在感を放っていた。彼女のような奏法によるピアニストは、近年存在しなくなった。やはりリヒテルの時代を受け継ぎ、そのピアニズムを伝承している人である。
 今日の写真は、終演後のサイン会におけるレオンスカヤとボロディン弦楽四重奏団。





 今回の音楽祭は、生誕100年記念の「リヒテルに捧ぐ」というコンサートが多数組まれている。そして東京文化会館小ホールのスロープのところには、「リヒテルin Japan」 と題した記念写真が飾られ(昆田亨氏撮影)、リヒテル本人によるパステル画や直筆の手紙なども展示されている。



 
 
 
| クラシックを愛す | 23:59 | - | -
ヴィットリオ・グリゴーロ
 イタリアのテノール、ヴィットリオ・グリゴーロが待望の初来日を果たした。今日はインタビューに行き、短時間ながら集中的にいろんな話を聞くことができた。
 昨日の午後、成田に着き、すぐにインタビューをこなし、今日も複数のインタビューに応じるというタフな彼。時差ボケで大変だったようだが、ナマあくびをこらえて、一生懸命ことばを尽くして質問に答えてくれた。
 ヴィットリオ・グリゴーロは「ルチアーノ・パヴァロッティの再来」「ロランド・ヴィラゾンの後継者」といわれる逸材。現在37歳で、もっとも脂の乗っている時期だ。
 トスカーナのアレッツォに生まれ、ローマで育った。幼いころから音楽に才能を示し、美しい高音をもつ声を見出されて11歳から14歳までバチカンのシスティーナ礼拝堂聖歌隊に入隊。オーディションでボーイ・コントラルトに入れられたという。
 ボーイ・コントラルトの方が、ボーイ・ソプラノより変声期後にテノールになるチャンスが多いからだそうだ。
 ソリストを務めたヴィットリオは、変声期後しばらく声を休ませ、17歳からダニロ・リゴーサのもとでレッスンを開始。それまでの歌い方をすべて忘れろといわれ、一から勉強し直したという。
 23歳で史上最年少テナー歌手としてミラノ・スカラ座の舞台に立ち、大成功を収めた。そして2010年、大きな成功が未来への道を拓くことになる。
 コヴェントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスで「マノン」のデ・グリュー役をうたい、「いままでロイヤル・オペラ・ハウスで聴いたもっともすばらしいデビュー」と絶賛されたのである。
 その後は各地の歌劇場から引っ張りだことなり、レコーディングも開始。「イタリア・オペラ界の至宝」と称されるようになった。
 待望の初来日公演は、4月5日と4月10日に東京オペラシティコンサートホールで行われる。息の合ったピアニスト、ヴィンチェンツォ・スカレーラとの共演だ。
 ベッリーニ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、トスティ、レオンカヴァッロ、ダンニバーレの作品がプログラムに組まれている。
 来日記念盤として、美しい宗教曲のアリアを収録した「アヴェ・マリア」、もっとも自分の声が作品に適していると語るフランス・オペラのアリアを集めた「ロマンティック・ヒーロー」(ソニー)がリリースされており、今日のインタビューではその作品についてもいろいろ聞くことができた。



 このインタビューは「日経新聞」とヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書く予定である。
 実は、「ロマンティック・ヒーロー」のCDにはメイキング映像のDVDが付いていて(初回生産限定盤)、そのなかで聖歌隊時代のヴィットリオ少年がソロをうたっている。これがすこぶる自然で清涼で美しい歌声。私は一度でこの声にはまってしまった。
 彼に子ども時代の映像もっとないの、ぜひまとめて発表してほしいんだけど、といったところ、「おっ、気に入ってくれたんだ。じゃ、ソニーに交渉してみるよ」と笑っていた。
 今後はコヴェントガーデンでアントニオ・パッパーノ指揮により、マスネの「ウェルテル」をうたう予定だそうだ。その後はプッチーニの「トスカ」も控えているという。
 情感豊かで繊細で、情熱的でありながらせつなさも表現できる歌声は、まさにフランス・オペラにピッタリ。6歳からフランス語を学んだそうだが、これは父親の薦めだったという。その父親が今回の来日に同行していた。
 お父さんは人とのコミュニケーションの手段として、言語の習得が大切だと息子に教えたようだ。そのおかげで、ヴィットリオは現在6カ国を話せる。
 今日の写真は、ヴィットリオがセルフィー(自撮り)で写したもの。私がインタビューが終わって「ブログ用に写真撮っていい?」と聞いたら、「そのスマホ、ちょっと貸して」といって私とのツーショットをセルフィーで撮ったため「そうじゃないの。アーティストだけなのよ」といったら、自分でピアノの前にすわり、撮影した。
 アーティストがセルフィーで撮ったのは初めて。ちょっとピンが甘いけど、公開しちゃいます。
 さて、4月5日はコンサート初日。どんな歌声が披露されるだろうか。待ち遠しい限りだ。彼はカリスマ性もあり、カッコいい。きっと舞台姿も美しいに違いない。

| アーティスト・クローズアップ | 20:24 | - | -
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