Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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単行本の打ち合わせ
 今日は、次なる単行本の打ち合わせがあり、アーティスト、出版社の担当者、音楽事務所の人たちと私が集まり、詳細を話し合った。
 こういう話になると、本の進行がもっとも重要になり、私は出版時期から逆算して自分の仕事の配分を考えることになる。
 まず、資料集めと整理、その内容を頭にたたき込んで、不足しているところを次々にインタビューを重ねて埋めていく。
 ただし、アーティストのスケジュールがあるため、時間を調整をしながら、もっとも効率のいいインタビューが行えるよう工夫をする。
 それが済むと、いよいよ原稿に書くことの整理をし、実際に書き始める。
 この本は、12月出版ゆえ、もう時間はあまりない。5月に徹底的な資料整理、6月にまとめてインタビュー、7月に集中的に執筆にとりかかり、8月に入稿というタイトなスケジュールである。
 いやはや、いま抱えている単行本の初校がドーンと出てきているのに、また次なる長い物が控えているというわけだ。
 何はともあれ健康で、1冊書き終わるまで元気にパソコンに向かうことができるよう、心身のケアをしなくてはならない。
 先日、いつも通っている八百屋さんに、おいしそうな新たけのこが並んでいた。この八百屋さんは、自分のところでゆでて、できたてを売ってくれる。
 これが並んでいたら、買わないで素通りすることはけっしてできない。
「今年のたけのこ、うまいよ〜。なに、たけのこごはん、いいねえ。鰹節と煮てもおいしいよ。ほら、やわらかいところ、もっていきな」
 お店の人にこういわれ、喜び勇んで買ってきた。
 あまり置いておくわけにはいかず、原稿の合間を縫って、油揚げと一緒にたけのこごはんを炊いた。
 これは私の得意なレシピ。だれか、ピッタリするアーティストを見つけ、アーティストレシピに加えたいと思っている。はて、だれかな?
 忙しいときは、こういうシンプルでほっこりとした気分になれるごはん物が一番。先日、炊飯器を新しくしたため、かなりおいしくできた。
 今日の写真は、自慢のたけのこごはん。これ、日本人だったら、みんな好きだよね。


 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:48 | - | -
金子三勇士
 ピアニストの金子三勇士は、音楽も語りもまっすぐストレート。正統派で勝負するピアニストであり、リストゆかりのハンガリーの血を受け継ぐ逸材として、リストを得意としている。
 今日3月30日は、ユニバーサルから「ラ・カンパネラ〜革命のピアニズム」でメジャー・デビューを果たした記念の日。ハンガリー大使館でCD売記念レセプション・パーティがあり、ハンガリー政府関係者、CDショップ関係者、マスコミ関係者など大勢が集まった。
 まず、CD収録のショパン「革命のエチュード」、そしてドビュッシー「月の光」、リスト「ラ・カンパネラ」「ハンガリー狂詩曲第2番」がトークを交えて演奏され、最後にアンコールとしてモーツァルトの「きらきら星変奏曲」の一部が披露された。
 金子三勇士は、「世界の舞台を目指したい」と熱く語った。デビュー当初から聴き続けているが、日本とハンガリーというふたつの祖国をもつからか、やはり大陸的なスケールの大きさを感じさせるピアニズムである。
 当初の演奏は若きエネルギーが爆発する直球型だったが、徐々に作品への思いが深くなり、現在は変化球も見せ、多様性が伺える。
 この記念CDの曲目解説の原稿を書き、9月18日に東京オペラシティコンサートホールでのリサイタルのチラシ原稿も担当したため、今回の録音とコンサートに関しては、並々ならぬ思いを抱く。
 今年はリスト没後130年。ハンガリー大使館では、リストの頭部の彫像に見守られながら演奏し、思いのたけを鍵盤にぶつけた。
 今日の写真は、演奏の合間にていねいな美しい日本語でトークを行う様子。記念のケーキをプレゼントされて笑顔に。パティシエ、大使ご夫妻と。ピアノの横に置かれたリストとバルトークの頭部彫像。「伊熊さ〜ん、きてくれてありがとう」と、満面の笑顔を見せてくれた金子三勇士。みんなに好かれるナイスガイである。










 
| アーティスト・クローズアップ | 22:42 | - | -
だいこんの浅漬けゆず風味
 いまは、だいこんとゆずがおいしい時期である。
 これらを浅漬けというか、マリネというか、短時間の酢漬けにすると、とてもおいしい。
 まず、だいこん(中)6分の1を用意する。太いだいこんの場合は、8分の1ほどがいい。約200グラムほど。
 皮をむいて薄めのいちょう切りにしておく。
 にんじんもおいしい季節だから加える。約40グラムほど。中くらいの太さのもので3分の1くらい。これは皮をむいて、千切りに。
 ゆずは小1個。皮は千切りにし、果汁を絞っておく。
 ボールにだいこんとにんじんを入れ、塩小さじ3分1を振ってざっくりと混ぜ、そのまま半日ほど置いておく。
 これにゆずの皮を混ぜて、水気を絞ったらガラス容器に入れ、酢小さじ1、砂糖小さじ2、ゆず果汁を加えて手でもみ、また半日ほど置く。
 先日ブログに書いて紹介した、馬路ずしの素を使っても、おいしくできる。
 今日の写真は出来上がった浅漬け。パリパリとした歯触りと、さわやかな味わいが楽しめる一品。
 だいこんが余ったら、ぜひ作ってみてくださいな。結構やみつきになる味ですよ。



| 美味なるダイアリー | 21:37 | - | -
セドリック・ティベルギアン
 原稿がたまってくると、コンサートに出かけることが難しくなってしまう。
 ただし、公演評を書くことが決まっている場合は、なんとしてもいかなくてはならない。
 今日は、ヤマハホールにセドリック・ティベルギアンのリサイタルを聴きにいった。
 先日アリーナ・イブラギモヴァとのデュオ・リサイタルを聴いたばかりだが、ソロ・リサイタルではまったく異なる奏法と音楽性が味わえるため、楽しみである。
 プログラムは、前半がモーツァルトのピアノ・ソナタ第14番とベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」。後半がショパンの「24の前奏曲」。
 モーツァルトは柔軟性に富むかろやかな音色で始まり、力強いユニゾンもたっぷりと聴かせる。
 ティベルギアンは、いまイブラギモヴァとモーツァルトのヴァイオリン・ソナタのシリーズを演奏している最中だから、このピアノ・ソナタも作曲家に自然に寄り添う形となった。
 続くベートーヴェンの「ワルトシュタイン」は、前進するエネルギーに満ちあふれ、荘重さと厳格さを前面に押し出したピアニズム。
 その反面、ペダルをこまかく踏み込み、素朴で親密的な主題を嬉々とした趣で表現していく。
 ティベルギアンはがっしりした体格で、鍵盤に覆いかぶさるようにして演奏するタイプ。その強音は楽器全体を大きく鳴らすもので、とりわけ第3楽章のコーダが絢爛豪華な響きを放った。
 後半のショパンは、打って変わって、弱音の美しさが際立つ。
 彼のピアノは、弱音が美しい。特にマズルカ風の曲や繊細・優美な主題をもつ曲、色彩感豊かな和声に彩られた曲などにその特質が現れていた。
 休憩時間に、ロビーでアリーナに会った。セドリックの演奏を聴きにきていたのだが、明後日にはソウルに演奏にいき、また日本に戻ってきて今度はキアロスクーロ・カルテットの演奏に臨むという。
 日本では、お寿司やお好み焼きを楽しんでいるそうだ。
 今日のセドリック・ティベルギアンの公演評はヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書く予定で、先日の彼らのデュオは「公明新聞」に書くことになっている。
 今日の写真は、セドリックとアリーナ。彼らは来日するとさまざまな形態の演奏を聴かせてくれるため、多様性が味わえる。セドリックは室内楽が大好きだというから、ぜひトリオを聴いてみたいと思う。






| クラシックを愛す | 23:26 | - | -
仕事の段取り
 仕事の段取りというのは、とても大切なことである。
 いまは、単行本の件でいろいろな人と連絡を取る仕事があり、これが思いもよらぬほど時間と労力がかっているため、疲労困憊の状態だ。
 この間に、女性誌の特集号の12ページのうち10ページを担当していることもあり、その原稿にも追われている。
 さらに、来日アーティストのスケジュールにも合わせなくてはならない。コンサートがあったり、インタビューがあったり…。
 さて、どうやって段取りをうまく行い、時間を捻出するか。
 私の周りの仕事関係の人は、以前私がブログに書いた「時間がほしい!」という内容に賛同する人が多い。みんな同じ気持ちなのね。
 もっとも大切なのは、ひとつの仕事が終わったら、次に向けてしばらくリフレッシュすることである。
 これをせずに次に進むと、集中力が欠如し、いくら時間をかけてもはかどらなくなってしまう。
 集中力というのは、何を行うときにも大切で、ひとつのことに集中できれば、時間が大いに節約できる。
 私の場合は、いろんなことを同時に考えず、ただひとつのことに神経を集中させる。そのことしか考えないのである。
 そうすると、原稿も早く仕上げられるし、内容も納得のいくものができる。
 ただし、その間に電話がかかってきたり、宅急便が届いたり、メールがきたり、さまざまなことが起こると、突如いま行っていることが中断され、また最初から行わなくてはならない状況に陥る。
 本当に、原稿を書くという仕事は、集中力を要する。
 もっとも困るのは、いつ、何時にこれが仕上がるか、まったくわからないことだ。だいたいは想像がつくが、確固たる仕上がり時間は読めない。
 というわけで、私の仕事は休日もなく、朝も夜も関係なく、自己コントロールに委ねられる。まったく、効率の悪い仕事である。
 とまあ、ブツブツ文句をいっていても始まらないから、次なる原稿にかかることにしましょ。 
 こうしてあっというまに休日が通り過ぎていく。また明日から新たな1週間が始まり、ついに3月も終わりになる。早いよねえ、なんで〜という感じだ(笑)。
 今日の写真は、私が最近リラックスタイムにちらちら読んでいる「京都 超 詳細な地図で街歩き」の本。
 こういう本を眺めて、心をニュートラルにする。私は海外の都市の詳細な地図も好きなんだけど、地図って、結構おもしろいんですよ。想像力が喚起されるので…。



 
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 20:32 | - | -
一芯二葉
 日々の仕事のストレスから解放されるためには、パッと気分転換をする必要がある。
 西荻にはさまざまなカフェがあるが、私が心を癒すためにいくのは、北口の小さな路地の突き当りにある紅茶、日本茶、台湾茶の専門店「一芯二葉(いっしんによう)」。
 こここはお茶と自家製のスコーン、ケーク・サレ、ジャム、和菓子などが用意され、店主のこだわりが隅々まで息づいている。
 本当に小さなお店ゆえ、いつも満席。ようやく入れると、もう動きたくなくなってしまうほど、居心地がいい。
 茶葉やスコーンの販売も行っており、私は眼精疲労を軽減するためにブルーベリージャムを購入する。
 まず、席にすわると、デミタスカップのような小さなカップに入ったスターターが供される。今日は、入荷したばかりのネパールの秋摘みだった。
 台湾茶は、阿里山高原茶。紅茶は、アッサム。
 このお店のスコーンは、完全にオーガニックの材料で作られた逸品で、4種類ほどあり、いずれも絶品である。塩辛くなく、さっくりしていて、いくつでも食べられる。
 実は、つい最近、私の親しい友人が病気で入院してしまった。昨日、ようやくお見舞いができるようになったため病院を訪れたが、思ったよりは元気だったのでひとまず安心した。
 しかし、お花をもっていっても飾るのが大変だろうし、何が食べられるのかわからなかったため、手ぶらで顔だけ出した。
 すごく喜んでくれ、1時間以上もしゃべっていたが、私は疲れるのではないかとハラハラ。彼女は仕事が気になっているため、ずっと仕事の話ばかりしていた。
「いまは仕事のことは忘れて、早く治すことを考えなくちゃ。体調が戻ったら、仕事のことを考えればいいんだから」
 こういっても、仕事のことは頭を離れないらしい。
 今日、このスコーンを食べて、「そうだ、これだ!」と思った。とてもシンプル&やさしい味で、しかも自然の素材から作られているから、からだにいいはずだ。来週、またお見舞いにいくときは、これをもっていこう。
 今日の写真は、上からスターターとして出されたネパールのお茶。滋味豊かな味わいだ。次は紅茶、まろやかななかにもこくがあって、紅茶好きの私にはたまらない。スコーンは種類を選ぶことができる。台湾茶は何杯も自分で好きなだけ飲むことができるよう、電熱器とお湯が用意される。芳醇な香りとさわやかな味わいが、あとをひく感じ。最後の写真は、レトロなお店の外観。
 古い建物のなかでゆったり時間が流れ、そのなかでていねいに淹れられたお茶をたしなむ。これでストレスが吹き飛んでいく…。










 
 
 
 
| 西荻はおいしい | 17:11 | - | -
アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン
 昨夜は、王子ホールで行われたアリーナ・イブラギモヴァとセドリック・ティベルギアンのモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会(全5回)の第4回を聴きに行った。
 以前、ふたりに別々にインタビューしたときに語っていたことだが、彼らはこの全5回のプログラムを決めるのに、丸2日を要したそうだ。
 有名な作品ばかりではなく、あまり演奏される機会に恵まれない作品、モーツァルトの幼少期の作品を加え、作曲家の新たな面を浮き彫りにしたいと願ったからだ。
 作品の長さ、調性、関連性、内容、バランスなどを考慮し、まるでパズルを解くような思いでひとつひとつの作品を弾いてはディスカッションし、5回分のプログラムを作っていったという。
 昨夜の第4回は、前半がソナタ第33番、第3番、6つの変奏曲、第27番で、後半が第38番、第8番、第13番、第11番、第34番。
 確かに、ふだんほとんど耳にすることのできない作品が多く、それらに果敢に挑戦するイブラギモヴァとティベルギアンの意欲的な姿勢が音楽全編にみなぎっていた。
 彼らはこれまでラヴェル、ルクー、シマノフスキ、ベートーヴェンなどで共演を重ねているが、このモーツァルトに関しては、「いま、ふたりの気持ちが自然にモーツァルトに向いてきた」ため、チクルスを組むことになったのだという。
 今回、特に印象的だったのは、モーツァルトが7〜9歳のころに書いたソナタ。モーツァルトの音楽を世の中に広めようと、家族が計画した旅行の最中に書かれた作品で、才能の豊かさ、躍動感あふれるリズム、みずみずしい旋律、あふれんばかりの楽想が遺憾なく発揮され、改めて神童モーツァルトのすごさを思い知った。
 モーツァルトはピアノもヴァイオリンも演奏したからか、両楽器の音の対話、微妙な駆け引き、お互いの音の聴き合い、そしてふたつの楽器の融合が実にナチュラルな形で綴られている。
 この日は、通常の19時開演だったが、終演は21時30分を過ぎていた。
 最後の曲は、有名なソナタ第34番。傑作と称される作品で、冒頭からモーツァルトならではのかろやかで明るく晴朗な空気がただよう。
 そのなかに短調の翳りが見え隠れし、えもいわれぬ憂愁の香りが立ちのぼっていく。
 イブラギモヴァとティベルギアンは、今後もまた異なる作品で来日公演が予定されているようだ。詳細が発表され次第、紹介しますね。
 今日の写真は、終演後、ロビーでサイン会に臨むふたり。この日は申し合わせたのか、白を主体に、黒をアクセントに用いた衣裳だった。



 
| クラシックを愛す | 21:38 | - | -
動物が寄ってくる
 子どものころから犬や猫が大好きで、野良猫を拾ってきては母に叱られ、「今度こそ自分で面倒見るから」と泣いて約束するのだが、結局母がすべての面倒を見る羽目になり、またまた叱られた。
 いまはペットを飼うことはできないため、よその犬や猫を見て心をなぐさめている。
 そんな私に、よく犬や猫がすり寄ってくる。やはり動物好きというのは、わかるのだろうか。
 先日、お魚屋さんに行くと、前に並んでいた女性の連れていたかわいい犬が、私を見て急にはしゃぎ出し、足によじ登ろうとする。
「ダメでしょ。ほら、離れなさい。ごめんなさいね」
 その飼い主は必死で紐をひっぱるのだが、ワンちゃんは私の足にへばりついていっこうに離れようとしない。
 私は「あらあら、元気ねえ。なんていう名前?」といって頭をなでたため、飼い主は「ああ、お好きなんですね、よかった」といって安心した表情を見せた。
 あまりワンちゃんがなつくため、そのお店にいた人たちがみんな出てきて、「えらくなつかれたモンだねえ」といって、輪になって眺めている。
 それでは記念に写真を撮ろうと思ったのだが、ワンちゃんは私の足によじ登ろうとしているため、うまく撮れない。
 そこで飼い主の女性に抱いてもらい、ようやくワンショットが撮れた。
 買い物を済ませてその女性が帰ろうとすると、ワンちゃんは「クーン、クーン」と寂しそうな鳴き声を発し、私をじっと見つめている。
 こりゃ、どうしよう。誘拐するわけにもいかず…。
 動物と心が触れ合った日は、なんだか心の奥があったかくなる。でも、またお魚屋さんで会ったら、今度こそさらいたくなってしまうかも(笑)。
 今日の写真は、かわいい“ゆんちゃん”。


| 日々つづれ織り | 22:00 | - | -
カメラータ・ド・ローザンヌ
 フランスの名手として知られるヴァイオリンのピエール・アモイヤルにインタビューしたのは、1月26日のことだった。
 そのときの様子は翌日のブログで綴ったが、彼は2002年に若く優秀な弟子をはじめとする国際色豊かな12人の弦楽器奏者とカメラータ・ド・ローザンヌを創設。
 その初レコーディングで世に送り出したのが、モーツァルトの「協奏交響曲K364&コンチェルトーネK190」と、チャイコフスキーの「弦楽セレナード&フィレンツェの想い出」の2枚のディスク。
 この両方のライナーノーツも担当したのだが、そのCDが送られてきた(ワーナー、3月23日発売)。
 インタビューの内容はもちろんライナー原稿に盛り込み、アモイヤルの雄弁な語りも随所に登場させながら、記事を仕上げた。
 アモイヤルはとても饒舌で、これまでの自身の歩みなどをことばを尽くして語ってくれたが、私はライナーを書かなくてはならないため、新譜に関しての話にもっていきたかった。
 ブログにも書いたが、これがなかなか難しく、いろんな話題に広がってしまい、新譜のモーツァルトとチャイコフスキーの話にどうしても戻ってこない。
 時間が限られているため、私は焦るばかり。
 インタビューというのは、本当に難しいものである。こちらが聞きたいことと、アーティストが話したいことがピタリとマッチするとは限らないからだ。
 それでも、なんとかカメラータ・ド・ローザンヌの初レコーディングの話へと注意を向け、話を聞くことができた。
 この2枚のCDを見ていると、そのときの冷や汗ものの時間が思い出される。
 でも、演奏はすこぶるフレッシュで、前向きな音楽に仕上がっている。
 カメラータ・ド・ローザンヌはこの夏に初来日し、7月3日から11日まで東京、藤沢、名古屋、仙台など全国6公演を行う。
 ゲストを迎えてコンチェルトを組んでいる日もあり、小品から録音で取り上げた作品まで、多彩なプログラムが用意されている。
 アモイヤルが熱弁をふるっていた、若きメンバーたちのアンサンブルの力を、ぜひナマで味わいたいと思う。
 今日の写真は、新譜のモーツァルトとチャイコフスキー。2つジャケットを並べたら、1羽の蝶になった。これは2枚そろえるべきだ、ということかな(笑)。

| 終わりよければ…取材奮闘記 | 22:46 | - | -
チョン・キョンファ
 今日は、朝から買い物に出かけ、お肉や野菜を仕入れてきた。
 早速、「アーティストレシピ」のチョン・キョンファのプルコギ風炒め物を作り、HPにアップした。
 このコンテンツは、まずレシピを考え、次に買い物に行き、お料理をし、アーティスト写真を取り寄せ、お料理の写真を撮り、最後に記事を書く。
 こうしたすべての作業をひとりで行うため、かなりの時間を要する。
 だが、「とても楽しみにしている」といってくれる人が多く、背中を押される思いだ。
 今日のレシピも、そんなに時間がかかるものではなく、材料も手に入りやすく、いつの季節にも合うから、ぜひ作ってみてくださいな。
 本当に、食べるとからだが芯から温かくなるんですよ。唐辛子の力というのはすごいものだと、いつも感心してしまう。
 昨年ソウルに行ったとき、飛行機の隣の席にすわっていた韓国の女性が、機内食に添えられていたコチジャンを全部おかずにかけて食べていた。
 私は、とてもそんな量はかけられない。飛び上がるほど辛くなってしまうから。
 でも、彼女は平気な顔をしてペロリと食べていた。やっぱり、子どものころから食べていると、コチジャンはたっぷり使わないと、物足りないんだろうな。
 今日のキョンファのレシピにもコチジャンを入れてみたけど、自分の好きな辛さに調節してくださいね。くれぐれも飛び上がらないように(笑)。
| 美味なるダイアリー | 16:15 | - | -
モディリアーニ弦楽四重奏団
 フランスの超多忙な若手カルテット、モディリアーニ弦楽四重奏団には、ナントや東京で何度かインタビューをしているが、昨年11月の来日時には、第2ヴァイオリンのロイック・リョーに話を聞くことができた。
 これは「王子ホールマガジン」のインタビューで、今年の9月22日と23日に同ホールで開催される「モディリアーニ弦楽四重奏団withアダム・ラルーム〜シューマン・プロジェクト1842〜」に関して聞くというものである。
 ロイック・リョーはとてもフランクで、どんな質問にも明快な答えを戻してくれる。
 このシューマン・プロジェクトは彼らの長年の夢だったそうで、弦楽四重奏曲第1番と第2番、ピアノ四重奏曲作品47が1日目、弦楽四重奏曲第3番とピアノ五重奏曲作品44番が2日目に組まれている。ピアノは彼らの友人で、いま注目されているアダム・ラルームが担当する。
 この「王子ホールマガジン」は同ホールの会員に配られる冊子だが、ホールのロビーに置いてあるため、自由に入手することができる。
 最初、インタビューを引き受けたときは、2〜3ページの掲載かなと思ったのだが、出来上がってみると、巻頭カラー8ページ、さらに王子ホールの担当者が私にインタビューするというページが2ページあり、なんと計10ページの特集になっている。
 いやあ、驚きました。
 モディリアーニ弦楽四重奏団は、ロイックをはじめ、みんなとても明るく、学生時代の延長のように仲がよく、ズバズバ物をいう。全員が率直で隠しごとはせず、「いい音楽を作り出す」ために常に前向きだ。
 このロイックのインタビューも実に楽しく、彼の本音も聞くこどができた。
 ところが、彼はインタビューが終わると「いろんなこと話せて楽しかったよ。じゃあね、また〜」とにこやかに手を振りながら部屋を出ていこうとした。
 ふと見ると、椅子の下にヴァイオリンのケースが置いてある。
「ロイック、ヴァイオリン、ヴァイオリン!」というと、「ウワーッ、どうしよう。何よりも大切なものを忘れちゃった。頼むから、楽器を忘れたなんて、書かないでよ」
 へへっ、書いちゃったもんね(笑)。
 モディリアーニ弦楽四重奏団は、全員がシューマン好きだそうだが、弦楽器奏者がシューマンが好きというと、変わっていると見られるそうだ。
 シューマンはピアノ作品を数多く書いたが、弦楽器用の作品は少ない。だからこそ、彼らはシューマンの貴重な作品を魂を込めて演奏したいと願っているとのこと。
 ロイックは、各々の作品に関しても雄弁に語ってくれた。
 いま、勢いのあるカルテットとして、世界中から引っ張りだこのモディリアーニ弦楽四重奏団。9月には、シューマンで彼らの底力に触れたい。
 今日の写真は、「王子ホールマガジン」の表紙。右端がロイック・リョー。


| 親しき友との語らい | 22:28 | - | -
佐渡裕
 本日8時、「音楽を語ろうよ」のコンテンツに、佐渡裕の記事をアップした。
 いつもは「ブログしか読まないよ」というかた、ぜひインタビュー記事も読んでくださいな。
 インタビューというのは、記事のなかに書けない話もたくさんある。
 このときは時間に限りがあったため、録音に関した話がメインとなったが、佐渡さんは、レコーディングのトーンマイスターのことに関してもっと詳しく話したいという感じだった。
 というのは、録音のときも編集のときも、非常にすばらしい仕事ぶりで、彼と佐渡さんは何かテレパシーのようなものを感じ合ったとか。
「ぼくがこういう音がほしい、ここはこうしたいと感じていると、即座にそういう音が出てくる。こんなトーンマイスターは、そうそういない。最高のパートナーでした」
 私も海外の録音現場に立ち会ったことが何度かあるが、凄腕のトーンマイスターは、スコアも録音技術もアーティストのこともすべて頭に入っていて、すばらしい職人芸を発揮する。
 実は今日、女性誌の取材でホールの音響設計の第一人者にインタビューをした。その人も、まさしくその道のプロフェッショナルで、海外のホールも担当し、多くの偉大なアーティストから一目置かれている存在。
 そういう人の話はとても説得力があり、しかも面白く、もっといろいろ聞きたいほどだった。
 この人も、ストイックなまでに職人芸を極めていくタイプ。でも、ユーモアもたっぷりだった。記事もぜひ、その雰囲気が伝わるように書きたい。
 
 
 
| 情報・特急便 | 22:29 | - | -
ミシェル・ベロフ
 ミシェル・ベロフのピアノでフランス作品を聴く。こんな心躍るリサイタルが、今夜すみだトリフォニーホールで行われた。
 フォーレのノクターン第1番、第6番から始まり、ラヴェルの「水の戯れ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」と続き、ドビュッシーの「2つのアラベスク」「子供の領分」へと進む。これが前半のプログラム。
 透明感のあるクリアな美音がホールの隅々まで浸透していき、円熟の域に達したベロフのピアニズムが心に響いてくる。 
 ベロフは1950年5月9日、フランスのエピナルに生まれた。10代前半で才能を開花させ、1961年にはオリビエ・メシアンとの運命的な出会いをする。このときベロフは、メシアンの前で「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」から数曲を暗譜で演奏し、この偉大なる作曲家を驚嘆させたという。
 今日は、その「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」から第19番「われは眠る、されど心は目覚め」と第20番「愛の教会の眼差し」が最後に演奏された。
 これぞ、ベロフの真骨頂である。後半のプログラムはその前に、フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」が演奏され、この作品ではピアノをあたかもオルガンのように響かせ、ペダルも非常にこまやかに踏み込んでいた。
 ベロフは1967年に第1回オリビエ・メシアン国際コンクールで優勝している。当時17歳のベロフには、確かな道が拓かれていた。次々と録音も発表し、ワールド・ツアーも行うようになった。ところが、1980年代に入って、突如不幸が訪れた。右手の故障である。
 長年ピアノを弾くことができず、苦難の日々を過ごしたが、完全復活を遂げたのは1990年代初頭。フランスの作品や現代作品を得意としたベロフは、持ち前の美音を武器に鋭敏な感性を遺憾なく発揮して古典派の作品など新しいレパートリーを開拓、ベロフ・ファンを驚かせた。
 現在は世界各地で演奏活動を行うとともに、パリ音楽院で後進の指導にもあたり、チョ・ソンジンを指導していることでも知られる。
 今日のベロフは自信にあふれ、恰幅がよくなったためか、堂々としていた。
 ピアノを弾けなかった時期にジュネーヴで会ったことがあるが、そのときの暗い表情はいまだ忘れることができない。
 本当に復活してよかったと思う。今日のフランス作品は、まさに水を得た魚のような自由闊達な演奏。アンコールのドビュッシー「スケッチブック」より、前奏曲集第1集より「沈める寺」も、凛とした美音が全編を支配し、ホールを静謐な空気に包み込んだ。
 今日の写真は、終演後のサイン会でCDにサインするベロフ。ねっ、体格よくなったでしょ(笑)。

| クラシックを愛す | 23:50 | - | -
さらなる単行本
 単行本の校正が真っただ中というのは、先日のブログに書いたが、さらにもう1冊単行本の依頼が入った。
 昔から懇意にしているベテランのヴァイオリニストの本で、ご本人から直接頼まれたため、お引き受けする形となった。
 今日は、出版社にそのアーティストと一緒に出向き、担当者と初めての打ち合わせを行った。
 そのヴァイオリニストは、2017年がデビュー何周年という記念の年にあたるため、今年の年末に出版しなくてはならない。
 ということは、春いっぱいで全部の取材とインタビューを終え、夏に原稿を書き、夏の終わりには入稿するというスケジュールだ。
 ヒェー、またまた大変なことになったゾ。
 どうして、いつもこうタイトなスケジュールになってしまうのだろう。
 打ち合わせをしていくなかで、時間的な計算が頭のなかをグルグル回り出し、「こりゃ、大変だ。どうしたら他の仕事と同時並行でやっていけるか、どこで時間調整をしたらいいか」と、考えをめぐらした。
 自分が役割を果たす前に、資料をそろえてもらわなければならない。
 まず、アーティストと出版社の担当者がそれを行うことになり、その資料を片っ端から私が頭にたたき込んでいき、たりないところ、追加すべきところ、より深く聞きたいところをインタビューしていくという方法で話がまとまった。
 ひとくちに資料を頭に入れるといっても、これは大変な作業で、集中しなければできない。
 そこで考えた。
 もっとも大切なのは、“健康”である。今春から暮れまで突っ走るためには、体調を整えなくてはならない。
 どんな仕事もそうだと思うが、体調が少しでも崩れると、途端に集中力がなくなる。取材も、書く仕事も、集中力が勝負だ。
 さて、自分ときちんと向き合い、長丁場の仕事に備えて、いま何をするべきかをしっかり考えなくては…。
 
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:28 | - | -
モッツァレラチーズ
 私の作っている「アーティストレシピ」は、音楽家のナマの演奏と録音を聴き、インタビューや取材でその人の話を聞き、素顔にも触れて、そのなかから自然に浮かび上がってきたレシピをそのアーティストに捧げているもの。
 ところが、最近、イタリア生まれやイタリア在住の日本人の話を聞くことが多く、仕事の話をするなかで、私の脳裏にはやたらにモッツァレラチーズが浮かんでくるようになった。
 もちろん仕事の話をしているわけだから、モッツァレラの話はまったくしない。
 話が終わってからも、そんな食べ物の話などする暇はない。
 でも、以前イタリアで食べた、本場の水牛の乳から作られたモッツァレラチーズの味はあまりにも鮮明で、刺激的で、いまだ忘れることができないため、その味が一気に蘇ってきたわけである。
 日本でも、最近は本当においしいモッツァレラを購入することができる。これはパスタやピッツァやグラタンにしてもおいしいが、ナマでいただくのが一番だ。
 くせのないシンプルな味わいで、独特の弾力のある歯ごたえが特徴。
 そうだ、上質のモッツァレラチーズを探し、だれかアーティストのレシピに結びつけようっと。
 今日の写真は、ヴェローナで食べたナマのモッツァレラ。仕事のスタッフ数人でいったレストランで頼んだものだが、まさに極上の一品だった。みんなが手を伸ばし、あっというまにたいらげてしまったことを覚えている。
 イタリアに旅をしたら、モッツァレラをお忘れなく。すばらしい記憶が舌に残る、まさに芸術品です!


 
 
 
| 麗しき旅の記憶 | 22:26 | - | -
ネルソン・フレイレ
 私の大好きなピアニストをさまざまな角度から伝えたいと思い、ブログに「マイ・フェイバリット・ピアニスト」という新たなカテゴリーを作った。
 第1回はブラジル出身で現在はパリでも多くの時間を過ごしているピアニスト、ネルソン・フレイレである。彼は正統的で情熱的でリズムが天に飛翔していくような躍動感あふれる演奏を得意とするが、その奥にはえもいわれぬ内省的で思索的な美質が潜んでいる。
 素顔のフレイレはとても物静かでシャイ。口数は少なくおだやかで、柔和な笑みを浮かべているが、実は気難しいタイプだ。その彼は、情熱的で奔放で完璧主義者のマルタ・アルゲリッチとは親友同志である。
 フレイレとアルゲリッチはともにウィーンに留学したころに出会い、すぐに意気投合。音楽的にも共通項があると感じ、以後50年以上にわたってよき友人としてのつきあいが続いている。
「私がウィーンに行ったのは14歳のとき。両親と離れ、ひとりになって自由を満喫。練習などせず、散歩したりカフェに行ったり、遊びまくっていました。そんなときラフマニノフがシューマンの《謝肉祭》を録音したものを見つけて大感激。自由でクレージーな演奏でした。早速まねをしてレッスンにもって行ったら、先生に唖然とされましたね。マルタに出会ったのもそのころで、最初から自然にコミュニケーションがとれました。性格も音楽もまったく違うのに、なぜかウマが合う。いまでは何もかもわかりあっている感じ。ふたりが一緒に演奏すると、どちらかに演奏が似るのではなくまったく異なった第3の人間が生まれ、その人が弾いているようになるのです。みんなにそういわれるんですよ」
 彼は正統的で重量感あふれるプログラムを組むが、私が楽しみにしているのは、いつもコンサートのアンコールに登場するグルック作曲「オルフェオとエウリディーチェ」より「精霊の踊り」だ。
 ロマンあふれる美しい旋律とゆったりとしたリズムに彩られたこの作品は、聴き手の目を自然に閉じさせ、心身ともに曲に没頭させてしまう不思議な魅力を備えている。
 フレイレが子どものころから敬愛し、いまなお部屋に写真を飾り、彼女の思い出を大切にしているブラジル出身の名ピアニスト、ギオマール・ノヴァエスが好んで弾いていた曲である。
 ノヴァエスはフレイレにとって大先輩にあたるが、彼女はフレイレの才能を高く評価し、さまざまなアドヴァイスを与えてくれたという。
「精霊の踊り」は、ノヴァエスも録音を残している。彼女の演奏はフレイレよりもテンポがゆったりとし、古雅で気高い雰囲気を醸し出している。そしてフレイレの演奏もまた、非常に味わい深く、ピュアな美しさを秘めている。
 世界各地でフレイレはこの作品を演奏しているが、いずこの地でも常に会場はシーンと静まり、ひとつの音ももらすまいとみな神経を集中させて聴き入り、頬を濡らす人も多い。
「私は幼いころから多くの偉大なピアニストの録音を聴いてきました。ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、バックハウス、ギーゼキングなど。ルービンシュタインの実際の演奏を聴いたのは22歳のとき。ホロヴィッツはアルゲリッチと一緒にニューヨークで聴きました。これらはいまでも強烈な印象となって残っています。ルービンシュタインの自由さ、明快さはすばらしい。ホロヴィッツはオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団とのコンチェルトでしたが、マルタとふたりでからだのなかを電流が走るほどの衝撃を受けましたよ」
 2001年、フレイレは長年の沈黙を破ってショパンの作品集をリリースした。以後、シューマン・アルバム、そしてショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」、ベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」などを立て続けに録音している。
「私は束縛されたり、お仕着せが大の苦手。長年、録音からは離れていましたが、新たな気持ちで始めたのは、レコード会社の人たちに好きな時期に好きな作品を録音していいよ、といわれたのでOKしたんです」
 自由をこよなく愛し、海辺を散歩したり、ボーッとしている時間が大切だというフレイレ。リオ・デ・ジャネイロの家には4匹の犬、パリの家には1匹の猫がいる。彼らはフレイレの演奏するヴィラ=ロボスの作品が大好きなのだという。
「ヴィラ=ロボスの作品にはブラジルの魂が込められています。ジャングルや鳥など自然をほうふつとさせる面もあるけど、人々の心温かな気質も感じられる。ヴィラ=ロボスはまったくの独学で作曲家になりました。これを聞いただけでも、ものすごく自由な魂を感じませんか。音楽の壮大さと人間のぬくもり、その両面が共存していると思うんですけどね」
 ヴィラ=ロボスの話は尽きない。
「リオの自宅にはボクサー犬の雌がいて、私がヴィラ=ロボスの曲を演奏すると目がウルウルになるんです。その様子をドキュメンタリー映像に撮ったものが、You-Tubeで見られますよ。《ネルソン・フレイレ その人と音楽》というタイトルだったかなあ。パリの猫もピアノが好きです。彼らはみなヴィラ=ロボスが好きなんですよ。やはりブラジルの作曲家の作品をブラジル人である私が弾くと魂がこもっているから、犬や猫も感激してくれるんでしょうかねえ」
 このペットの話になった途端、スマホでその映像を見せようと必死で探し始め、インタビューは一時中断。彼らの話題になると幸せそうな笑顔になり、犬や猫をこよなく愛すフレイレの素顔がのぞいた。
 そんなフレイレが、J.S.バッハのアルバムをリリースした。パルティータ第4番ニ長調BWV828、トッカータ ハ短調BWV911、イギリス組曲第3番ト短調WV808、半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903ほかという、凝った選曲である。
 最後は「主よ、人の望の喜びよ」(マイラ・ヘス編)で締めくくられるが、ぜひ小さなホールでナマを聴きたいという思いを抱くような、親密的で心に響く演奏。フレイレのバッハは、彼の温かく物静かな性格が全面的に投影された、精緻で静謐で深遠なピアニズムである。
 2014年の来日時に、「フレイレさんはコンサートの選曲や録音に関しても常にマイペースを崩さない人ですが、いまもっとも弾きたい作品は?」と聞くと、こんな答えが戻ってきた。
「よく聞いてくれました、J.S.バッハです! みんな私とバッハは結び付かないと思うようですが、バッハは子どものころから自分のために家で弾いてたんですよ。私の心の糧ともいうべき作曲家です。バルティータと編曲物を組み合わせて録音したいですね」
 このバッハは、何度聴いても、また初めから聴きたくなる、ある種の魔力を秘めている。


ネルソン・フレイレ バッハ
ユニバーサル(輸入盤)478 8449

 
| マイ・フェイバリット・ピアニスト | 22:17 | - | -
馬路村のゆず
 すし飯を作るのは、そう面倒なことではないが、忙しいときにはお助けマンが必要になる。
 私の場合は、高知県安芸郡馬路村の「馬路ずしの素」がそれである。
 これはだいぶ前から愛用している、馬路村のぽん酢しょうゆ「ゆずの村」を買いにいったときに見つけたもので、あまり見かけない貴重な代物。
 ちょっと硬めに炊いたごはん(米1合)に40mlが適量で、あっというまにゆずの香り豊かなすし飯ができあがる。
 いつもは黒酢や赤酢を使って作るのだが、このゆずのすし飯は、なんともさわやかで食が進む。
 ちらしずしにするのがもっとも簡単。時間がないときは、おさしみの盛り合わせを買ってくれば、上に盛り付けるだけでOKだ。
 おさしみは事前にわさびじょうゆに混ぜて味を付けておくと、簡単に食べられる。大葉などを刻んでまぜると、またひと味プラス。
 ちょっと手をかけたように見せるのは、ワザありトッピング。すりごまか炒りごまをパラパラと振りかけ、ゆずの皮の千切りを飾る。
 これで、もう立派なちらしずしになるというわけ。
 今日の写真は、愛用のぼん酢しょうゆとすしの素。
 この生産地には小さな温泉があり、宿泊も可能とか。ゆずの村、ぜひ一度訪ねてみたい。ゆず風呂とか、あるのかな。美肌になりそう(笑)。


 
 
 
 
 
| 美味なるダイアリー | 22:08 | - | -
単行本の初校
 時間がないとアップアップしているときに限って、次々に大波が押し寄せてくる。
 たったいま、単行本の初校がドーンと届いた。
 年末年始の休みを返上し、6日間、ねじり鉢巻きで書き上げた単行本の原稿である。
 いやあ、これはまた、大変なことになった。
 一応、校正を戻すのは3月末まででOKとのことだから、じっくり見ることにするが、なにしろ170ページ分である。
 すぐに最初のページからゆっくり読んで、赤入れをしていきたい衝動に駆られるけど、いやいや待てよ、いま抱えている原稿の方が優先事項だ。
 というわけで、ひとまず単行本は置いておき、すぐに読みたいなあと思う気持ちを極力抑える。
 単行本というのは、書くのはもちろん大変だが、校正がすべて終了し、印刷に入り、書店に並ぶと、もう自分の手から完全に離れた感覚を抱く。
 おそらくこの単行本も、6月発行の時点で、独り歩きをしていくのだろう。
 今日の写真は、届いたばかりのゲラ。厚さもハンパではなく、写真が使用されずにすべて文字だけなので、じっくり読んでいくにはかなりの時間を要する。
 でも、とてもシンプルな読みやすい形に仕上がっているため、安心した。
 さて、校正の時間をいつ確保するかが、大きな問題だ。


 
 
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 14:49 | - | -
CDの選曲とライナーノーツ
 いま、女性誌の付録CDの選曲、解説、ライナーノーツに取り組んでいる。
 この仕事は結構時間がかかり、さまざまな資料を探しながら、ひとつずつ作業を行っていかなくてはならない。
 すでに70分ほどのCD1枚分の選曲は終え、いまは解説原稿に入っている。
 これがまた、時間がかかるんですなあ。
 クラシックの専門語をあまり用いずに、しかも上質でわかりやすく、内容の濃い文章に仕上げなくてはならないため、かなり神経を遣う。
 レコード会社の担当のSさんから、最終決定した曲目の音源が送られてきたため、じっくりと聴きながら原稿を進めている。
 以前も、この女性誌で何枚かそのときの特集に合わせた付録CDを作っているため、仕事のペースはつかんでいるはずなのに、やっぱり時間がかかってしまう。
 私はすっ飛ばして原稿を書くことができず、ひとつずつ集中して書いていくタイプゆえ、まだ半分くらいしか仕上がっていない。
 締め切りは迫っているし、他の雑誌の原稿も催促がきてしまったし、心は焦るばかり…。
 でも、こういうときはちょっと息抜きをして、また新たな気持ちでパソコンに向かう必要がある。
 というわけで、大好きなネルソン・フレイレの新譜を聴くことにした。
 実は、私の愛するピアニストについて、じっくり私見を述べる場がほしいと思い、ブログに「マイ・フェイバリット・ピアニスト」という新たなコンテンツを加えようと思っている。
 最初に登場するのは、フレイレである。
 今日はまだその余裕がないため、一両日中にこのコンテンツをスタートさせたいと思う。
 演奏のみならず、そのピアニストのインタビュー時の様子、素顔など、さまざまな角度から書いていく予定である。
 さて、フレイレを聴こう。
「マイ・フェイバリット・ピアニスト」、お楽しみに〜。 
 
 
 
 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:38 | - | -
堤剛
 今日は、女性誌の記念号のためにサントリーホールを訪れ、堤剛館長にいろんな話を聞いた。
 堤さんには、いつも音楽家としての話を聞いているため、今日の館長としてのインタビューは初めてということになる。
 サントリーホールができる前のことから現在にいたるまで、さまざまなことを聞くことができ、さらに今年の開館30周年の特別企画などについても話が弾んだ。
 インタビューはすぐに1時間を超え、堤さんは館長としてのみならず、チェリストとしてもさまざまな視点から雄弁に語ってくれた。
 この内容は、女性誌の情報解禁とともに詳細を紹介したいと思う。
 インタビュー後、ホールの担当者から、「伊熊さんは、あまり自分が話さず、相手から話を聞き出すんですね」といわれ、自分のモットーを理解してもらうことができて安心した。
 インタビューは、自分がしゃべりすぎてはいけないと思う。相手が気持ちよく話してくれる雰囲気を作る。これが私のモットーである。
 この後、ステージマネージャーの猪狩光弘さんにも話を聞いたが、彼に「私は、しゃべるのが苦手なんです。大丈夫でしょうか」と聞かれた。
 私の返事はこうだ。
「大丈夫です。私は口の重い人や、気難しい人ほど燃えますので。任せてください」
 猪狩さんは、ほっとしたような顔をしていた。
 いざインタビューが始まると、いやいや話が苦手どころか、すごくおもしろい話がボンボン飛び出した。私はどんどん早口で質問を重ねていく。
「こんなので大丈夫ですか。ずいぶんたくさんしゃべってしまいましたが」
 猪狩さんは苦笑しながら、まだ心配していた。
「ありがとうございました、バッチリですよ。記事は任せてください」
 こうして、今日のインタビューは終わった。
 本当に、人の話を聞く、それをまとめて記事にする、というのはたやすいことではないが、私はこれがもっとも得意だ。
 いろんな人の話を聞くと、まさにその人の人生が浮き彫りになる。それを生き生きとした文章で表現しなくてはならない。
 今日の写真は、インタビュー中の堤剛館長。彼は時間が許したら、もっと話したいことはたくさんあるという表情をしていた。私ももっとお聞きしたい。また、機会があったら、今日の続きから始めたいな(笑)。

 
 
 
| 終わりよければ…取材奮闘記 | 23:40 | - | -
時間がほしい!
 もうすぐ今日も終わってしまう。
 ここ数日、締め切りに追われ、その間に取材が入っているため、まったく時間がない状態が続いている。
 明日も午前中から取材が入っているのに、まだ今日の締め切りが終わっていない。
 ああ、また寝不足の顔をして行くの、嫌だなあ。と、ブツブツ文句をいっていても始まらない。
 なんとか、集中力を高めるようにして、原稿を仕上げなくっちゃ。
 でも、もう頭が働かなくなってきたゾ。こりゃ、マズイ。
 私はコーヒーやココア、ナッツ系の物を飲んだり食べたりすると、途端に顔に吹き出物ができる。どうもこれは体質らしく、昔から悩んでいるが、いっこうに治らない。
 中学生のころはニキビに悩み、受験期などには母がおいしいココアを作って夜の勉強の合間にひと息入れたものだが、翌日はまたブツブツができてがっかりした。
「若いときは仕方がないわね」 
 母はこういっていたが、実はこれはニキビではなく、ナッツアレルギーのような体質が原因だったのだ。
 いまはそれがよく理解でき、コーヒーなどは飲まないようにしている。でも、本当は強くて苦いエスプレッソが大好き。
 夜、仕事で集中力が切れてきたときに、「ああ、エスプレッソが飲みたい」と思うのだが、ひたすらがまんがまん。
 うまくいかないもんだわね。
 さてと、もうひとふんばりして、原稿を仕上げなくちゃ。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:54 | - | -
吉川隆弘
 インタビューの場合、そのアーティストが部屋に入ってきた瞬間、「今日のインタビューはうまくいくな」と、直感するときがある。
 今日は、ミラノ在住のピアニスト、吉川隆弘のインタビューが音楽之友社で行われた。この記事は「レコード芸術」に書く予定である。
 彼が入ってきたとき、この直感があった。
 まず、あいさつを交わし、名刺交換をしてインタビューに入ろうとしたら、彼が「伊熊さんのブログを読んだら、オリーブオイルがお好きと書いてあったので、これをもってきました」
 なんと、ワイナリーをもっているイタリアの友人がいて、そこはオーガニックのワイナリーだそうだが、オリーブオイルも収穫できるという。
 ふつうは、オリーブオイルというと、割に小さめのボトルに入っているが、いただいたオイルはワイン用のボトルに入っている。
「おおっ、これは!」
 私は、一瞬絶句。
 エクストラヴァージンオリーブオイル、オーガニック、イタリアと聞いただけで、ワナワナ震えがきてしまった(笑)。
 インタビューは、吉川隆弘がミラノに留学したいきさつ、当地で受けた指導法、大好きだというコルトーとミケランジェリのこと、ミラノ・スカラ座でのオーケストラとの共演など、さまざまな話へと広がっていった。
 もちろん「レコード芸術」のインタビューゆえ、これまでの録音について聞き、新譜のベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第13番「幻想曲風ソナタ」、第26番「告別」、第31番についてもあれこれ聞いた。
 この新譜は、彼が設立したレーベル「イプシロン」の制作による第1弾である。
 吉川隆弘は昔からFM放送をエアチェックし、CDも山ほどもっていて、「レコード芸術」の愛読者だったとか。
「ですから、この場所で、その雑誌のインタビューを受けるなんて、本当に光栄です」
 と、感慨しきり。
 音楽の話からやがてミラノの話に移り、いろんな話題が出た。私もミラノは大好きな都市だが、ひとつ新発見があった。
 私は旅に出たり、出張にいったりすると、寸暇を惜しんでその土地の美術館に足を運ぶ。ミラノでは、もっとも優雅な邸宅美術館と称されるポルディ・ペッツォーリ美術館が大好きである。
 ここはミラノの貴族、ジャン・ジャコモ・ポルディ・ペッツォーリの美術収集を一般公開しているところ。ピエロ・デル・ポッライオーロの「若い貴婦人の肖像」、サンドロ・ボッティチェリの「聖母」などが有名だ。
 その話をしていたら、彼に「アンブロジアーナ図書館&絵画館は、行きましたか」と聞かれた。
 実は、このドゥオーモから徒歩圏にあるところには、残念ながらまだ行ったことがない。ここにはラファエロの有名な、バチカンのラファエロの間を飾っている「アテナイの学堂」の原寸大の下絵があり、とても見事だそうだ。
 レオナルド・ダ・ヴィンチのデッサンや書物、「楽師の肖像」もあり、私がとりこになっていて、その絵が見られればどこにでも行く覚悟はある、カラバッジョの「果物かご」も展示されている。
 さて、また1枚の絵を求めて行くという、旅の構図が出来上がってしまった。
 音楽と美術の話は尽きるところがないが、やがて話はおいしい食の話へと移り、これまたイタリアならではの話をいろいろ聞くことができた。
「とても楽しかったです。ぜひ、コンサートにもいらしてください」
 こういわれ、インタビューは無事に終了。なんだか、イタリアの空気を全身にまとった気分がした。
 今日の写真は、インタビュー後の吉川隆弘。話しているときは、とてもリラックスしたいい表情をしていたのだが、写真を撮るとなったら、ちょっと真面目な顔付きになってしまった。
 いや、これが彼の真の表情かも。音楽もそうだが、真摯でまっすぐに進んでいくタイプ。さて、また彼のベートーヴェンをじっくり聴きますか。
 もう1枚は、とっておきのオリーブオイル。いやあ、見ているだけで幸せな気分になれますなあ(笑)。グラーツィエ!
 なお、吉川隆弘のピアノ・リサイタルは、関西公演 5月25日(水)19:00 西宮市プレラホール、東京公演 6月3日(金)19:00 イタリア文化会館アニェッリホールで行われる予定だ。




 
 
 
| アーティスト・クローズアップ | 21:12 | - | -
セドリック・ティベルギアン
 3月4日、「音楽を語ろうよ」のコンテンツに、フランスのピアニスト、セドリック・ティベルギアンのインタビュー記事がアップされました。
 ぜひ、読んでくださいね。

 彼は、今月、アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)とのデュオ、ソロ・リサイタルが行われる予定。
 昨年9月から10月にかけての来日時にインタビューをしたのだが、このときは新しいカメラを携え、いい写真を撮ろうと必死で対応したのに、見事失敗。
 カメラの扱い方がまだ慣れていなくてうまくいかず、四苦八苦してしまった。
 それを見ていたティベルギアンは、「ちょっと貸して」といって、カメラを自分であれこれ操作していたのだが、「これ、充電が切れているよ」。
 なあんだ、私の初歩的ミスか。どうもうまくいかないと思った。
 というわけで、そこに居合わせたみんなで大笑いして、結局撮れなかった。
 ティベルギアンは、写真を撮るのが大好きで、日本のカメラにはとても興味をもっているそうだ。
 私はカメラが無理ならすぐにスマホで、と対応したのだが、そのインタビューが行われた部屋は照明が強すぎるのか、どうしてもうまく撮れない。
 こういう日は、何をやってもダメなのかもしれないと、途中であきらめた。
 でも、ティベルギアンはソファにすわったり、ピアノを弾いたり、照明の強くない場所に立ったりと、いろんなポーズを取ってくれた。
 ごめん、セドリック。みんなうまくいかなかったワ。
 インタビューではいろんな話を聞くことができたけど、写真だけは失敗。
 というわけで、「音楽を語ろうよ」の記事では、彼のアーティスト写真を掲載している。私の写したいつものインタビュー時の素顔の写真は、なしになってしまった。
 ここで、ちょっとピンの甘い写真を1枚紹介しておきます。インタビュー時のブログでも紹介したものだけど、これを見るたびに、何でも完璧に準備しておかないといけないと、気持ちを引き締めるようになるので(笑)。


 
 
 
| 終わりよければ…取材奮闘記 | 10:24 | - | -
ルドルフ・ブッフビンダー
 ルドルフ・ブッフビンダーが、すみだトリフォニーホールのリサイタルのために昨日来日し、演奏後の今夜機上の人となった。
 なんとタフな人なのだろう。
 私はこの日のリサイタルをずっと楽しみにしていた。
 ホールから依頼されたチラシ裏の原稿には、こう綴っている。

 ルドルフ・ブッフビンダーは、前回完璧なる美に貫かれたベートーヴェン、シューマン、そしてブラームスのコンチェルトを披露して聴き手の心に強い感銘をもたらした。
「私は完璧主義者なんです。どんな作品を演奏するときもたいていは楽譜を8から10版研究し、徹底的に作曲家の意図したことを追求します。ひとつの音符、休符、フレーズ、強弱、リズムをこまかく研究し、少しでも作曲家の魂に寄り添う演奏をしたいと願っています」
 こう語るブッフビンダーの演奏は、ひとつひとつの音符が生命力に満ちあふれ、いま生まれた音楽のように新鮮な空気を生み出す。加えてその演奏はすこぶる精神性が高く、美しく荘厳な大伽藍のような音世界を築く。そしてその奥に、豊かな歌心と踊り出したいような躍動感が顔をのぞかせている。これがウィーン人の気質というものだろうか…。

 今日のプログラムは、前半がJ.S.バッハの「イギリス組曲」第3番からスタート。これは録音がリリースされたばかりだ(ソニー)。私はこの曲にある深い思い出がある。それゆえ、平常心で聴くことができないほどだ。
 しかし、ブッフビンダーの演奏はとてもシンプルで古典的で、しかも各舞曲が躍動感に富み、私の心に自然にスーッと入ってきた。
 次いでベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」。非常にアップテンポでドラマティックな演奏だ。
 冒頭の8分音符の刻みが美しい弱奏で開始されたときから、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの世界に強い引力で導かれていく。
 コラール風な書法、長大なロンド、随所に現れるスタッカート、トリルによる主題など、すべてがベートーヴェンのピアノ・ソナタの様式の転換期に書かれたことを意味し、ブッフビンダーの楽譜に忠実な奏法がその神髄を表現する。
 彼はひとつの作品に取り組むとき、徹底的に楽譜を検証する。ただし、それが演奏として披露されるときには、堅苦しさや難解さはまったく見せず、淡々と流れるように、あるべき姿で奏でていく。
 後半は、ブッフビンダーが得意とするシューベルトのピアノ・ソナタ第21番。これこそ今夜の白眉で、ほろ苦いまでの悲壮感、心の内を絞り出すような哀感に富み、諦念と情念と暗い熱情が全編を支配していた。
 ブッフビンダーは、いつもアンコールでさまざまな側面を見せてくれる。今日も味わいのまったく異なる3曲が披露された。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」第3楽章、J.Sバッハのバルティータ第1番より「ジーグ」、そしてブッフビンダーといえば、シュトラウス2世の「ワルツ作品56 ウィーンの夜会」である。
 最後のアンコールは、「これを聴かないと帰れない」、という聴衆でいっぱい。終演後はスタンディングオベーションとなった。
 今日の写真は、サイン会でCDにサインするブッフビンダー。
 なお、彼は10月にサントリーホール30周年記念公演の一環として行われる、ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルのソリストとして来日する予定だ。


 
 
| クラシックを愛す | 23:51 | - | -
アレクサンドル・タロー
 アレクサンドル・タローのインタビューは、そのつど記憶に残るもので、特にラモーやクープランの録音をリリースしたころのことが印象深い。
 そこで「インタビュー・アーカイヴ」の第67回は、タローの登場。ショパンの「ワルツ集」が出たころだった。

[婦人公論 2007年12月22日&2008年1月7日号]

完璧主義者の表現力

 チェロのジャン=ギアン・ケラスのよき音楽仲間であり、録音でも共演しているフランスのピアニスト、アレクサンドル・タローが10月末に来日、緻密で成熟したテクニックと、深い表現力に満ちた演奏を披露し、ピアノ好きをうならせた。
 1968年生まれ。パリ国立高等音楽院を卒業後、ミュンヘン国際コンクールをはじめとする数々のコンクールに入賞し、ソロ、室内楽の両面で活躍するようになる。
 とりわけフランス作品を得意としているが、名前が広く知られるようになったのは2001年にリリースした「ラモー作品集」。18世紀前半にパリで活躍したジャン=フィリップ・ラモーの鍵盤作品を、貴族的でオペラティックな雰囲気をたたえながらも、近代的な奏法、斬新な解釈で演奏、ヨーロッパで「タロー現象」と呼ばれるブームを巻き起こした。
 次いでリリースされ、またもや人々に衝撃を与えたのは、ラモーと同時代にパリで活躍したフランソア・クープランが、クラヴサン(チェンバロ)のために作曲した「クープラン作品集」。この両者の作品を来日公演でも披露、美しく繊細なタピストリーを織り込んでいくような、熟練した職人芸とも思えるピアニズムを聴かせた。
「ルイ王朝時代の楽器は現代のピアノとはまったく響きが異なるため、アプローチを変えなくてはなりませんが、弱音の出しかた、やわらかな音の表現など、学ぶべきことは多い。最初はもちろんどう表現したらいいかわからず、とまどうことも多かったのですが、徐々に作品の奥深さに魅了され、のめりこんでいきました」
 タローの奏法は、完璧なるテクニックが根底に存在し、その上に多彩な色彩と自由に彩られた音色が躍動感をもってちりばめられている。リズム、タッチ、フレーズの作り方が実に個性的で、装飾音がきらびやかに、ナイーブな感覚を伴って舞い踊っている感じである。
 まさに大人の音楽、ピアノを聴き込んだ人たちが、さらなる刺激と感動を求めて聴くピアノである。その成熟度が遺憾なく発揮されたのが、アンコールで演奏されたショパンのワルツだった。これもすでに録音されている。
「子どものころからずっとショパンを愛してきました。ところが数年前、クープランの楽譜と出合い、両者の音楽にさまざまな類似点があることに気づいたのです。ふたりともからだが弱く、生きる希望を作品に託した。大音響の音楽ではなく、気品あふれる繊細な響きで鍵盤をうたわせるような作品を書きました。これらの響きがドビュッシーらのちの世代の音楽家に大きな影響を与えています。私は昔からピアノを人間の声のようにうたわせたいと考えてきましたから、彼らの曲作りの基本精神に共鳴したんです」
 タローの話しかたも、演奏同様の静けさと繊細さと流れるようなある種のリズムを持っている。そして、気難しさも随所に顔をのぞかせる。
 完璧主義者ゆえの苦悩がそこには感じられる。次なる録音はショパンの「24の前奏曲」だそうだが、録音に関しては楽しさは味わったことがないという。
「録音というのはその瞬間の音楽を切り取ったもの。リリースされたらもうやり直しはきかない。もっとああすればよかった、と常に痛みが伴うものなのです。ひとつのレコーディングが終わってリラックスし、幸福な時間が訪れるかと思うと、けっしてそうではない。CDが店頭に並んだとき、それはもう私の手から離れ、すぐに次なるプロジェクトの準備にかからなくてはならないんです」
 そんな彼のほんの少しの幸福な瞬間は、プールで泳ぐとき。いずれの地でも週に3回は泳ぐ。
「無の状態になれるから。音楽以外にこれといった趣味もないので、プールが友だちです(笑)」
 もうひとつ、タローを特徴づけているのは自分のピアノをもたず、友人の楽器から楽器へと渡り歩いて練習していること。
「この方が集中できるんです。弾きたくてたまらなくなるから。愛しい人に会いたい気持ちと同じです」
 
 今回のインタビューでも、この練習するピアノを求めてあちこち渡り歩く話になった。そこには、思いもかけない場所が登場し、とても興味深かった。少し先の「音楽を語ろうよ」で、紹介します。
 今日の写真は、2007年から2008年にかけての雑誌の一部。彼は最初に会ったときからまったく体形が変わらない。聞くところによると、常に57キロをキープしているそうだ。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:19 | - | -
アレクサンドル・タロー
 J.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は、アリアと30の変奏からなる作品だが、最後のアリアが終わると、再び第1変奏が現れるような錯覚に陥る。
 そして、頭のなかでは、次々に変奏が渦巻いていく。
 今日は、トッパンホールにアレクサンドル・タローのリサイタルを聴きにいった。先日、インタビューでも話を聞いた、「ゴルトベルク変奏曲」である。
 タローの演奏は、古楽器を思わせる凛とした音色が特徴で、柔軟性に富むさまざまな響きが自由闊達な奏法のなかに息づき、芯の強い個性的なバッハが顔を出す。
 装飾音も非常に自然で、それほど多用せず、あくまでもバッハのオリジナルを尊重している。
 ペダルがひとつ大きな特徴を表していて、深く踏み込むときと、ごく浅い踏み込み、さらにひんぱんに小刻みに使う場合と、まったく外してしまう場合など、その奏法は、ピアノ好きにはたまらなく興味をそそられるところ。
 今日はもう遅いため、これ以上書くことはできないが、またゆっくりタローに関しては綴りたいと思う。
 今夜はまだまだ仕事が山積みで、半徹夜になりそう(苦笑)。明日は午前中から女性誌の仕事で、サントリーホールに出かけることになっている。嫌だなあ、寝不足の顔でみんなに会わなければならないなんて…。
 でも、仕方がないよね。締め切りはこなさなくてはいけないし、取材も時間が決まっているし。
 あ〜あ、寝不足でも、疲れていても、なんとかビシッとした顔にならないかなあ。まあ、そりゃ、無理ってもんだわね。あきらめるしかないか(笑)。
 
 
 
| クラシックを愛す | 00:00 | - | -
アリス=紗良・オットのレシピ
 なかなか時間がとれず、HPの「アーティストレシピ」の更新ができなかったが、ようやくアリス=紗良・オットの卵焼き2種をアップすることができた。
 これは、最初ちょっと重ね焼きするコツを要するが、慣れてしまえば結構ラクに焼くことができる。
 こういうおかずがあると、ごはんも進むし、お酒のおつまみにもなる。
 ぜひ、何度か挑戦して、自分の味を作ってくださいな。
 この卵焼きは、これまで「嫌い」「食べられない」といった人はだれもいない。
日本人なら、だれでも大好きな味である。
 和食が大好きなアリスに捧げた一品。おいしいですよ〜。
 
| 美味なるダイアリー | 22:29 | - | -
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