Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ルノー・カピュソン
 ブルッフのヴァイオリン協奏曲は、ルノー・カピュソンが2015年5月にパリに新しくできたホール、フィルハーモニー・ド・パリで録音した新譜がリリースされている(ワーナー)。このライナーを担当したため、録音にはじっくり耳を傾けていたが、今日はレナード・スラットキン指揮フランス国立リヨン管弦楽団との共演により、ライヴを聴くことができた。
 ブルッフのヴァイオリン協奏曲は、カピュソンの美質が遺憾なく発揮されるコンチェルトである。技巧的なレチタティーヴォ、旋律美、重音奏法などが自然に表現され、極限まで感情を抑制しながらも作品への敬愛の念があふれ、音楽が濃密なものとなっている。
 ルノー・カピュソンは「特別な音」をもっているヴァイオリニストである。流麗で透明感のある情感豊かな美音は、即座にカピュソンの音とわかる強い個性に彩られている。
 2015年6月7日にはNHK交響楽団の定期公演に出演し、ラロの「スペイン交響曲」を演奏した。指揮は、近年注目を浴びているフランスのステファヌ・ドゥネーヴ。この作品は演奏される機会に恵まれているとはいえないが、5楽章構成の聴きごたえのある作品。スペイン色濃厚で、ハバネラやボレロのリズムが随所に顔をのぞかせ、甘美で民族色あふれる旋律が全編を覆っている。
 カピュソンは冒頭からオーケストラと完全に融合する妙技を披露し、躍動するリズム、豊かな歌心を備えた主題などを美しく自然に弾き進めた。その演奏からはスペインの歌が聴こえ、乾いた空気がただよい、聴き手を異国の地へといざなった。
 使用楽器は1737年製グァルネリ・デル・ジェス。50年間アイザック・スターンが使っていた楽器だが、すでに10年ほど使用しているため、カピュソンの音になってきたようだ。
 今日は、まさに楽器の特質を存分に生かした美しく濃密な響きを発揮、ブルッフのロマン的で情熱的な曲想をたっぷりと披露した。
 アンコールは「タイスの瞑想曲」。オーケストラをバックにこの名曲を官能的な音色でじっくりと聴かせた。
 今日のプログラムのメインは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」。スラットキンがラヴェル編曲版に少し手を加えた版で演奏し、緊密で劇的で壮大な絵巻物のような演奏を繰り広げた。
 アンコールはオッフェンバックの「ホフマンの舟歌」と、スラットキンの「ツイスト・カンカン」。フランスのオーケストラ特有の色彩感とかろやかなリズムを遺憾なく発揮した。
 ところが、楽屋でカピュソンのにこやかな表情の写真を撮ったのに、スマホがトラブルを起こし、写真に縦線のようなものが入ってしまった。
 もう、大ショック…。明日、修理にいこうと思っているけど、機械というのは突然こういうことになるから、困る。せっかくいい写真が撮れて、ルノーも「うん、いいねえ」といってくれたのに、残念無念。
 というわけで、今日は写真はありません(涙)。
| クラシックを愛す | 23:19 | - | -
次なるアーティストレシピは?
 HPの「アーティストレシピ」のコンテンツは、多くの人が楽しみに読んでくれるようだ。
 いつも予告を入れているため、次はチョン・ミョンフンで、レシピも考え、お料理も済ませ、写真もすでに用意ができている。
 しかし、まだ記事を書く時間がない。
 こういうときは気ばかり焦って、コンサートに出かけたり、インタビューにいったりしていても、「ああ、早く記事をアップしなければ」と、内心おだやかではない。
 これは締め切りが決まっているわけではないから、そう焦らなくてもいいと思うのだが、やはり少しでも多くHPの更新をしたいと思うため、気持ちが前のめりになるのである。
 とはいえ、いまはかなりの来日ラッシュ。連日すばらしいアーティストのコンサートが目白押し。
 今日も紀尾井ホールでNanaのデビュー・リサイタルがあり、一生懸命弾いている姿を見て、「頑張って!」と心のなかでエールを送った。
 帰宅してからも原稿の締め切りが重なっているため、それらを片付け、ようやくブログに取りかかったという次第だ。
 でも、ウィンブルドンも気になるし、ユーロ2016のビデオはたまっているし…。
 どうして、こう時間がないんでしょうねえ。まあ、スポーツ観戦を飛ばせばいいだけの話なのだが(笑)。
 明日は、ミョンフンの記事が書けるかなと思ってノートを見たら、あらら、大変。締め切りが2本あって、ひとつはすごく時間のかかる原稿だ。
 夜は、サントリーホールにレナード・スラットキン指揮フランス国立リヨン管弦楽団の演奏を聴きにいく予定になっている。なんといっても、大好きなルノー・カピュソンがブルッフのヴァイオリン協奏曲を弾くのだから、聴き逃すわけにはいかない。
 明日もまた、巻き巻きの時間で一日があっというまに過ぎそうだ。
 アーティストレシピは、週末にアップすることにしま〜す。
| 美味なるダイアリー | 23:29 | - | -
イングリット・ヘブラー
 夏になると、思い出すシーンがある。
 1990年7月、ザルツブルクでイングリット・ヘブラーと一緒にランチを食べたときのことが蘇ってくるのである。このときの様子は著書「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」に綴ったが、なぜか、私のなかでは夏とこのランチが結び付いている。
 もうひとつ、「ヘブラーと夏」で思い出すのは、1994年6月に東京で聴いたリサイタル。そのときの演奏会の様子を「ショパン」に書いたのだが、今日はそれを振り返ってみたいと思う(1994年8月号)。

強さと信念のモーツァルト

 ヘブラーのモーツァルトを聴くと、目の前にザルツブルクの風景が浮かんでくる、と以前なにかに書いたことがあるが、今回もやはり最初からこの感覚がおそってきて思いを新たにした。私が聴いた6月8日東京芸術劇場のプログラムは、ピアノ・ソナタ ヘ長調K.332からスタート。これは有名な「トルコ行進曲」の陰に隠れた作品といわれているものの、モーツァルト好きには聴き逃せない味わい深いソナタである。
 ヘブラーはそんな地味でありながらも含蓄の深い旋律を淡々と、しかも気品をもって弾き始めた。第1楽章の明るく素朴な主題はまるでザルツブルクの澄んだ夏空のように、また、緩徐楽章のこまやかな装飾音は真珠の粒がころがるように、そして奔放なフィナーレはザルヅァッハ川の滔々とした流れのように…。
 まだ会場が十分に温まっていないためか、ヘブラーのピアノは鳴りが悪いように聴こえたむきもあるようだが、けっして派手ではない、こうしたモーツァルトの内面を吐露するような作品から始めたところに、私は現在のヘブラーの心境を垣間見る思いがした。
「モーツァルトは、私の心に一番近い」と語るヘブラーは、モーツァルトの街ザルツブルクに住み、モーツァルトと同じ空気を吸い、モーツァルトを肌で感じて生きている。多彩なレパートリーを誇るピアニストが多いなか、ヘブラーはあくまでもモーツァルトにこだわり、モーツァルトをライフワークとし、モーツァルトに生命を賭けている。
 そんなピアニストが弾くモーツァルトが、人の心を打たないわけがない。ヘブラーはとても優雅で真摯で心温まる会話をしてくれる人だが、一本芯の通った強さも感じさせる。その強さはモーツァルトに賭ける信念のようなもので、それがそのまま音楽に現れている。
 ヘブラーは後半に幻想曲K.475とソナタK.457を演奏した。前半より乗って感じられたのは、作品のもつ劇的な要素ばかりではないだろう。彼女は、憂いと不安な表情を見せる旋律では、あたかも泣いているようなうたいまわしを見せ、情熱に駆られるアレグロでは毅然と立ち直って強く前進するような気丈な音楽を聴かせた。
 ああ、こういう微妙な喜怒哀楽の表情こそ、モーツァルトに欠かせないものなのだ。
 そんな感慨に浸っているところに、アンコールのショパンのノクターン第20番が飛び込んできた。いやあ、これは聴き手の気分をまるごと変えてしまうような意表を突く選曲で、ヘブラーの業師ぶりにビックリさせられましたね。ひたすら内省的な響きで勝負するのですから…。
 ただし、こういう曲はもう少し規模の小さなホールでじっくり聴きたいと思ったのは、ぜいたくというものだろうか。
 今回、ヘブラーのピアノから、ひとつのことを長く続けることの大切さを学んだような気がした。ヘブラーは今年デビュー40周年を迎える。みずみずしいモーツァルトを弾いてデビューした彼女は、いま余分なぜい肉をそぎ落したシンプルで清らかなモーツァルトに到達した。ここまでたどりつくのに40年という年月を要したわけだ。
 さて、今後はどんなモーツァルトを聴かせてくれるだろうか。再びあの美しい風景に出合えることを楽しみにしている。

 今日の写真は、その雑誌の一部。ヘブラーはこの6月20日に90歳のお誕生日を迎えた。もう来日公演は無理だろうか。もしも可能なら、またザルツブルクでランチをご一緒したいと密かな願いを抱いている。




| クラシックを愛す | 22:46 | - | -
五嶋龍
 五嶋龍は、会うたびに身体つきが変っていく。
 今日は、久しぶりに会ったら、また以前よりも腕やももが太く、体型が変っていた。
「玄米食中心の食事に変えたんですよ」
 糖分も制限し、栄養をしっかり考え、体力をつける食事を心がけているという。
 五嶋龍はコンサート、テレビ出演、空手、練習と、まさに「時間がたりない」という生活を続けるなかで、いかにしたら体力をつけられるか、集中力をもってステージに臨めるかを考え、食事を変えることに行きついたのだそうだ。
 今日のインタビューは、「家庭画報」のかなり先の号の掲載で、2017年3月21日に東京芸術劇場で行われるエリアフ・インバル指揮ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団との共演についての話題がメイン。このコンサートでは、五嶋龍が初めてメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏することになっている。
 このコンサートに関しては、2016年8月に詳細が発表される。
 そのメンデルスゾーンのコンチェルトに関すること、学生時代の思い出、最近手がけていること、「題名のない音楽会」の司会について、趣味や近況などを聞き、とりわけ食事を変えた話が一番盛り上がった。
 今日は時間に制限があったため、メインの話題の後に食の話が出たのだが、五嶋龍は「この話、もっとゆっくり話したいんですよ。いろいろ詳しく話さないと理解してもらえないので。本当にじっくり考えて実践しているんですよ」と、口調は熱くなるばかり。
 だが、次の予定が入っているそうで、彼は後ろ髪を引かれるような表情をして、インタビューの部屋をあとにした。
 次に会ったら、また食事療法の話に花が咲きそうだ。
 食事を変えたら、ここ2年ほど集中力と持続力が増したそうで、もっと極めたいといっていた。う〜ん、かなり熱が入っているなあ(笑)。
 来春のメンデルスゾーンは、気合の入った演奏になるに違いない。
 今日の写真は、雑誌のグラビア撮影があったため、スーツ姿だが、この後すぐに着替え、Tシャツ、半ズボン、スニーカーにリュックといういでたちに変身。まあ、腕とももが太いこと。これも食事によるものかしら、それともジム通い?


 
| 親しき友との語らい | 22:57 | - | -
かき氷の季節
 そろそろかき氷の季節である。
 京都は夏暑くて、冬寒い。もう、6月からかき氷のお店に人がいっぱいである。
 先日、30度近い真夏の気候になったとき、河原町の町家を改造した和風モダンの「omo cafe」で、かき氷を注文した。名物の宇治金時である。
 出ました〜、これでもかと山盛りになった宇治金時が。
 食べても食べてもいっこうに減らない超ビッグなかき氷で、なんと、あずきは最中や鯛焼きほど入っていて、抹茶は底の方までびっしり。
 こういうすごいかき氷をいただくと、もうからだは完全に真夏モードになり、頭の芯までガンガン冷えてくる。
 東京で食べるかき氷の3倍はありそうだ。
 これを食べて、頭をクリアにし、しっかり仕事をしなくちゃという気分になった。
 今日の写真は、超ド級の宇治金時。京都は水がおいしいから、最後までしっかりいただいたけど、それにしてもおなかが水分で満杯になった感じだ。




 
| 美味なるダイアリー | 22:29 | - | -
フジコ・ヘミング
 昨日は、夕方から「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)の本で仕事に携わった人たち8人が集まり、錦糸町で中華料理をいただいた。
 その後、すみだトリフォニーホールに移り、全員でフジコ・ヘミングのリサイタルを聴いた。
 フジコさんは長い日本ツアーで疲れが出たのだろうか、ステージに登場するときに右足を引きずっていた。
 演奏は、いつもながらのピュアでおだやかでゆったりと心に響いてくるもの。
 今回、仕事仲間の人たちは初めてナマの演奏を聴くという人が多く、みんな「心が癒される」「こんなピアノは聴いたことがない」「ストレスや悩みがスーッと消えていく」「気持ちが浄化する」「まるで乙女の音楽のよう」と口々に語っていた。
 終演後、楽屋に顔を出し、フジコさんに今回の本のお礼をいうと、すぐに足のことを話し出した。
 ただし、人がたくさん詰めかけてきたため、個人的な話をすることができず、「またFAXするわね」といったら、わかったという表情でうなずいていた。
 その後、仕事仲間3人で飲み直し、帰宅は深夜。
 いろんな人に会い、さまざまな話をし、長時間にわたったため、かなり疲れたが、心はフジコさんの音楽で満たされていた。
 足の状態が心配なので、今日の夜にでもFAXを送りたいと思う。伝えたいこともたくさんあるし…。
 そんなこんなで、楽屋は大混雑のため、写真を撮ることができなかった。
 仕事仲間のひとりがいった。
「フジコさんって、すごくかわいい」
 人間はいつまでもかわいさを失いたくないものだと、このことばを聞いて思った。

 
| クラシックを愛す | 11:20 | - | -
ユーロ2016
 UEFA EURO 2016(ユーロ2016)の真っただ中である。連日、寝不足の人が多いのではないだろうか。
 ようやくベスト16が出そろい、以下の組み合わせとなった。

 スイス×ポーランド
 ウェールズ×北アイルランド
 クロアチア×ポルトガル
 フランス×アイルランド
 ドイツ×スロバキア
 ハンガリー×ベルギー
 イタリア×スペイン
 イングランド×アイスランド

 私はずっとスペインを応援しているが、次はイタリア戦だ。この組み合わせは決勝に匹敵する。
 今回のスペインは決定力不足といわれ、片やイタリアはスペイン戦に向けてアイルランド戦に主力を温存して臨んだ。
 いやはや、どうなることか。
 今回は、スウェーデンのズラタン・イブラヒモビッチが、代表を引退すると発表し、話題となった。彼は「王としてやって来て、伝説として去る」ということばを残し、パリ・サンジェルマンも今期限りで退団する意向を示している。
 ユーロ2016は、私が以前から知っている選手も多く参加しているが、新しい顔も多く、世代交代が著しい。
 スペインも、なんとか頑張ってほしいとひたすら願う。
 スポーツ観戦は、できる限りライヴで観たい。結果がわかってから観ても、ハラハラドキドキはしない。
 でも、ユーロ2016はほとんど夜中から明け方の放映である。辛いよねえ(笑)。
 今日の写真は、WOWOWの月刊プログラムガイドのユーロ2016の関連ページ。来週からいよいよ決勝戦がスタートする。
 寝不足に拍車がかかるなあ。いつ、仕事したらいいんじゃ〜。


 
| 日々つづれ織り | 23:33 | - | -
晴雨兼用の傘
 京都は、職人の街である。
 この道ひとすじの職人さんがたくさんいて、それぞれこだわりの逸品を作り出している。
 いまは梅雨の季節ゆえ、雨傘が手離せないが、急にカンカン照りになることもあり、日傘も必要となる。
 この時期は、冷房除けのジャケットやカーディガンも手放せないため、出かけるときは荷物が多くなって困る。
 それゆえ、晴雨兼用の傘は必需品だ。
 京都には仏光寺の近くにsatou(parapluie de“merci”パラプリュ・デュ・メルシー)というオリジナルの傘やさんがあって、ここはほとんどがオーダーである。
 ただし、私は何カ月も待っていられないため、すでに出来上がったものを見せてもらった。
 すると、真っ先に目がいったのが、グリーンの晴雨兼用の傘。本当はモスグリーンが好きなのだが、これは鮮やかなグリーン。でも、組紐のようなもので傘をまとめ、持ち手は木作り。
 まさに願ったりかなったりの一品である。
 こまかいところまで神経が行き届いたすばらしい作りの傘で、傘入れに立てかけておいたら、すぐになくなってしまうほど魅力的。
「これにします!」
 といって購入したが、お店や建物の入り口にある傘立てには入れられないなあ、といっても傘を入れる袋もないし、と思っていたら、お店の人が「これでよかったら」といって、渋いブルーの布製の袋をプレゼントしてくれた。
 ああ、これで安心。どこか建物に入るときは、この袋に入れてしまえば、傘立てに入れずに済む。
 ながめればながめるほど、細部まで配慮の行き届いた傘である。今年の梅雨から真夏まで、この傘が私のお出かけの「友」となりそう。
 今日の写真は、雨と強い日光から守ってくれる晴雨兼用の傘。どこかに置き忘れでもしたら、泣くに泣けない(笑)。


 
 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 21:22 | - | -
ロリン・マゼール
 指揮者の記憶力にはいつも脱帽してしまう。
 あんなに厚いスコアを全暗譜し、スコアなしで演奏する人も多く、特にズービン・メータと小澤征爾の暗譜力には定評がある。
 ロリン・マゼールも、飛び抜けた記憶力の持ち主だった。
 マゼールに関しては、ひとつ苦い思い出がある。
 1985年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを聴きに行き、アンコールのときに私が客席から撮った写真をマエストロが熱望したのに、当時はデジカメではなかったため、フィルムを紛失してしまい、見つからなかったのである。
 その後、インタビューで会うたびに写真のことを聞かれ、とうとう私はマゼールのインタビューを断らざるを得なくなった。
 マゼールが亡くなったときは、本当に心から「ごめんなさい」と謝罪したものだ。あんなに写真を欲しがっていたのに、ついに渡すことができなかったのだから…。
 彼は、プロのカメラマンが撮った写真ではなく、私が撮った写真を見たがった。
「プロのカメラマンの写真は、たくさんもっているよ。もちろん、ニューイヤー・コンサートの写真だって、山ほど見ているさ。でもね、きみがわざわざ日本から聴きにきてくれ、しかもアンコールのときを待って一瞬で撮ったという、その写真は、私にとってはとても価値のあるものなんだよ。あの時期は、もうウィーン・フィルとの関係が微妙な状態で、精神的にはとても複雑な思いを抱いて指揮台に立った。そんな特別なコンサートなんだ。それを聴きにきてくれたんだろう。絶対に、フィルムを見つけてほしいんだよ」
 何度もこういわれたのに、私の整理が悪くて、マゼールの生前にはフィルムは見つからなかった。
 ところが、出てきたのである。
「キャーっ、こんなところに紛れていたんだ」
 私はその写真を見つけ、マゼールのお墓に捧げたいと思ったほどである。
「マエストロ、本当にごめんなさい。いまごろ見つかったんです。遅すぎましたね。でも、あったんですよ、写真が。マエストロがヴァイオリンを弾きながら、アンコールを演奏している写真が。ああ、そのときの演奏を思い出しました。一緒に思い出して、写真を見たかったのに、返す返すも残念。写真を見ながら、当時の思い出を聞きたかったのに…。いつの日か、この写真を携えて、お墓参りに行きますからね」
 私はこう心のなかで話しかけた。
 この写真にまつわる記事は、2012年12月11日のブログに綴っている。興味のある方は、寄ってみてくださいな。
 今日の写真は、ようやく見つかったその貴重な写真。ただし、客席から撮っているので、アングルもピンもそんなによくない。でも、この1枚は、私にとって、マゼールとの大切な思い出につながる。
 ああ、それにしても遅すぎた…。

| 巨匠たちの素顔 | 22:11 | - | -
ベートーヴェンの家
 ベートーヴェンの曲目解説の原稿を書いていたら、急にハイリゲンシュタットの風景が脳裏に浮かんできた。
「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた家はもちろん現存し、内部も見学可能だが、その他にも引っ越し魔のベートーヴェンは、あちこちに居を移している。
 ハイリゲンシュタットの小さな広場には、ベートーヴェンが住んだ家を記した石造りの地図が掲げられ、これを見るとあちこち転々としていた様子がわかる。
 作曲家の足跡をたどる旅は、その人の人生をたどる旅でもある。
 ベートーヴェンの住んだ家には遺品、直筆楽譜、手紙、楽器、生活用品などが展示され、ベートーヴェンを身近に感じることができるが、補聴器、杖、クスリ箱などはあまりにも生々しく、身につまされる。
 今日の写真は、ハイリゲンシュタットの広場に掲げられた家の位置を記す地図。
 実は、この近くにとてもおいしいレストランがあり、この地図の写真を見ると、レストランの美食までもが思い出される。
 旅の記憶とは、不思議なものだ。次々にいろんなものが浮かんできて、五感を刺激する。
 ただし、この街を訪れると「ハイリゲンシュタットの遺書」の文面が強烈すぎて、そのあとに何を食べても、どこか胸が痛い…。


  
| 麗しき旅の記憶 | 23:16 | - | -
神尾真由子
 月日が経つのは本当に速い。
 先日、神尾真由子にインタビューをしたとき、このことをつくづく思い知らされた。
 彼女がまだ学生のころからインタビューを続けてきたが、チューリッヒで海外録音をしたときには現地に赴き、取材記事とライナーノーツを担当した。
「あれ、何年前でしたっけ?」と、私。
「2008年です。もう8年も前ですよ」と、彼女。
 そうか、8年ねえ。もちろん、その後も神尾真由子の演奏は聴き続け、チューリッヒからニューヨークに移った後も、話を聞いてきた。
 そして、彼女の人生は大きな変化を見せる。
 ミロスラフ・クルティシェフとの結婚、息子の誕生。現在は、サンクトペテルブルクと日本を行ったり来たりしながら、演奏活動と家庭生活の両立に尽力。「あっというまに時間が過ぎる」とのこと。
 今回のインタビューは、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書く予定にしている。
 神尾真由子はいま、日本とアメリカでの演奏が多く、クルティシェフはロシアとフランスでの活動が多いそうだ。
 ふたりはチャイコフスキー・コンクール後から長年に渡ってコンビを組んできたが、10月から11月にかけて、日本各地でデュオ・リサイタルを行う。
 プログラムはブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番、第2番、第3番というAプロと、ベートーヴェン、ブラームスにショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ラフマニノフ、チャイコフスキーなどのロシア作品を組み合わせたBプロの2種が用意されている。
「ふたりとも、ずっとブラームスのソナタを弾きたいと思っていたんです。彼が特に切望していて…」
 神尾真由子は、あまり雄弁な方ではない。逆に、クルティシェフはものすごくよくしゃべり、プログラムなどにもこだわり、一家言をもっている。
「性格はまるで違いますね」
 それが両者を惹きつけたのかもしれない。この作品に関しては、記事でじっくり触れたいと思う。
 彼女は、「まず時間の確保。毎日、いかに練習する時間を見つけるかを考えています。最低、3時間は通して練習したいので」
 公私ともに忙しい昨今だが、不思議に彼女は落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
 いつも会うごとに髪型が変わり、カラーも異なっていたが、今回は黒髪のまま。
「もう染めないの?」と聞くと、「時間がないんですよ。実は、私、美容院に行くのが嫌いで」とのこと。
 それからテレコを止めて、しばし仕事以外の話を。彼女は美容院に行くと、仕事のことや私生活や、いろいろ聞かれるから嫌なのだという。
「仕事は何をしているんですかから始まって、今日は仕事ないんですか、どんな仕事ですかとか、いろいろ聞かれて面倒。だから、なんにもしていないんです〜とか答えちゃう。ああ、面倒くさい」
 これを聞いて、私は神尾真由子の性格は根本的に変わっていないと感じ、妙に安心した。
 そのシニカルな受け答え、なんだかなつかしい(笑)。年月が経ったことをいっぺんに忘れてしまった。
 彼女は、早い話、人と話すのがそんなに得意じゃないんだよね。私は美容院であれこれ話すのって、仕事を忘れられるひとときだから楽しいけど、人によってこんなにも違うのね。
 今日の写真は、一見すると落ち着いた表情に変わった神尾真由子。でも、個性的な性格は変わっていないんだよねえ。
 秋のデュオ・リサイタルが待ち遠しい! 演奏は、どんな変貌を遂げているだろうか。
 なお、最新録音は、2014年リリースの「愛のあいさつ&夢のあとに 神尾真由子ヴァイオリン・アンコール集」(ソニー)。


 
| 親しき友との語らい | 23:31 | - | -
京野菜
 京都には、特有の野菜がたくさん存在する。
 私は錦市場が大好きで、ここは一日中いても飽きることはないと思うほど、興味深いところだ。
 昔から続いている魚、かまぼこ、卵、豆腐、乾物、お茶などの専門店が所狭しと並び、いまは連日押すな押すなの大混雑。
 季節の京野菜を並べている八百屋さんも、けっして素通りはできない。
 東京ではなかなかお目にかかれない珍しい野菜が多く、ついついお店の人に「これ、どうやって食べるの?」と聞いてしまう。
 いまは外国人の観光客も錦市場には数多く訪れ、だしまき卵やお魚のカルパッチョ、和菓子や揚げたてのコロッケなどをその場で頬張りながら、そぞろ歩きをしている。
 というわけで、京都は料理好きにはたまらない街である。
 私はいろんな食材をひとつずつ吟味しながら、「これはアーティスト・レシピに使えるな」「今度、この千鳥酢を使ってレシピを考えよう」とか、いろいろ考えながら楽しんでいる。
 今日の写真は、彩り豊かな京野菜がずらりと並んだ錦市場の八百屋さんの店頭。
 季節ごとに種類が変わるため、毎回新たな発見があって興味は尽きない。本当に京野菜は、美しい。こんなお店が東京にあったら、毎日通うんだけどねえ(笑)。


 
 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 22:34 | - | -
辻井伸行
 6月7日から19日まで、辻井伸行とオルフェウス室内管弦楽団の全国ツアー(10公演)が行われている。
 今回はオール・ベートーヴェン・プログラムで、AからDまで4つのプログラムが組まれている。
 今日は、「プロメテウスの創造物」序曲からスタートし、ピアノ協奏曲第3番のソリストに辻井伸行が登場。後半は交響曲第7番が演奏された。
 今回のオルフェウスとの共演では、辻井はピアノ協奏曲第3番と第5番「皇帝」をプログラムに載せている。
 私は「皇帝」はこれまでの演奏で聴いたことがあるため、今回は第3番の方を選んだ。
 第3番は、ベートーヴェンの青年期を代表するコンチェルトで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲のなかで唯一短調で書かれ、しかも交響曲第5番と同じハ短調が用いられている。
 それゆえ、デモーニッシュな面と、雄渾でたくましい響きと、華麗さと抒情性と幻想性など、多彩な表情に彩られている。
 辻井伸行は、第1楽章からオルフェウスをリードするような姿勢を見せ、ぐんぐんテンポを上げていく。カデンツァでは生き生きとしたリズムを前面に押し出し、歯切れよいテンポで弾き進めていく。
 最後は、一気にオーケストラとともに爽快なクライマックスを築き上げた。
 終演後、楽屋を訪れたら、汗びっしょり。髪がちょっと短くなったためか、髪もいまのエネルギーを表すように爆発していた(笑)。
 いま、私は10月末から11月にかけてヨーロッパ室内管弦楽団と辻井伸行の共演によるモーツァルトのピアノ協奏曲第26番「戴冠式」の原稿を書いている。
 そこで、辻井さんに「戴冠式」についてひとことコメントをもらうと…。
「この曲、大好きなんですよ。ヨーロッパ室内管弦楽団と共演できるのは、すっごく楽しみ。特に第2楽章が印象的なんですよねえ」といっていた。
 今日の写真は、汗がほとばしる終演後のNobuくん。いつも元気です!


 
 
| クラシックを愛す | 23:22 | - | -
束の間の楽しみ
 毎日、どうしても原稿の入稿が夜半になり、疲労困憊してしまう。
 いまは、その束の間の休息をテレビのテニス観戦に当てている。
 ロジャー・フェデラーは、しばらく背中の痛みで欠場していたが、ようやくグラスコートシーズンに向けて復活してきた。
 いまはドイツのハレ大会に出場している。
 時差の関係で、私が仕事を終えてひと休みするころに、ちょうど試合が始まる。
 ただし、まだ全面的な体調回復とはいかないようだ。もうすぐ、ウィンブルドンが始まる。ぜひ頑張ってほしい。
 世の中は、サッカーのユーロ2016で盛り上がっているが、私はひたすらテニスである。
 さて、今日のロジャーの調子はどうだろうか。
 仕事が終わってボーっとした頭で、エールを送り続けている。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:45 | - | -
中村芙悠子
 新人のデビューには、ひと目見てその人の特徴がわかるキャッチが必要となる。
 ビクターからデビューするピアニスト、中村芙悠子のキャッチは、「女神すぎる癒し系ピアニスト」
 彼女は8月24日に「ピアノ愛奏曲集」と題したCDでデビューを飾り、9月24日(土)には東京文化会館小ホールでピアノ・リサイタルを行う予定だ。
 デビューCDに収録された曲は、ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」やラヴェルの「水の戯れ」、シベリウスの「樹木の組曲」、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」など。リサイタルでは、ハイドンのピアノ・ソナタ ハ長調、シューマンの「花の曲」「謝肉祭」他が組まれている。
 先日、「CDジャーナル」のインタビューのため、レコード会社に出向いて話を聞いた。
 実は、中村芙悠子はミス日本コンテスト2016では約1500人のなかから東日本大会(26人)に進出した美貌の持ち主。
「でも、最終選考には残りませんでしたが、とてもいい経験になりました。ステージの上で自分をどう表現するか、それを学んだ気がします」
 目の大きな美女だが、音楽の話をし出すと、目いっぱい表情を変えながら雄弁に語る。
 作品が内包する物語性をとらえ、自分なりのイメージを描いて曲を仕上げていくという。
 2カ月前からベルリンに留学し、「いまは見るもの、聴くものがすべて新鮮で、楽しくてたまらない」そうだ。
 できる限り長くドイツにとどまりたいと意欲を示し、自分を一から磨き直したいと真摯な一面をのぞかせる。
 これまでハノイ国際ピアノコンクール第2位、東京音楽コンクール第3位という入賞歴があるが、今後も大きな国際コンクールに挑戦したいという。
 今日の写真は、ビクターのシンボルマーク「ニッパー」の絵を自身が描いたホワイトボードの前で。
「下手なんですけど、絵を描くの大好きなんですよ」
 ぜひ、ドイツでさまざまな経験をし、表現力豊かなピアニストに成長してほしい。


  
| 情報・特急便 | 23:32 | - | -
ドミトリー・マスレエフ
 今年は、昨年の国際ピアノ・コンクールの優勝&入賞者の演奏を聴く機会が多い。
 今日は、チャイコフスキー国際コンクールの優勝者、ドミトリー・マスレエフのリサイタルを聴きに、浜離宮朝日ホールに出かけた。
 彼には昨年の来日時にインタビューを行い、今回の来日公演のチラシをはじめ、さまざまなところで記事を書いてきた。
 昨年8月に聴いたのは、ゲルギエフ指揮PMFオーケストラとの共演によるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番で、リリカルな面と楽器を大きく豊かに鳴らす面の両面を披露し、優勝者としての底力を見せつけた。
 さて、デビュー・リサイタルはどうだろうと、大きな期待を抱いてリサイタルに臨んだ。
 まず、オープニングのJ.S.バッハのパルティータ第1番で、私は彼の真の実力を知る思いに駆られた。
 1音1音が磨き抜かれ、説得力があり、バッハの様式をピアノで見事に表現していたからである。
 次いでシューマンのピアノ・ソナタ第2番、シューベルト/リストの「水に寄せて歌う」、リストの超絶技巧練習曲集第8番「狩」と続く。
 まさにロシア・ピアニズムを体現し、隅々まで神経を張り巡らした繊細で情感豊かな表現と、けっして鍵盤を叩くことなくピアノを豊かに鳴らす術を遺憾なく発揮。「新たな才能の発見」に心が震えた。
 昨年のチャイコフスキー・コンクールは、輝かしい未来を予感させる才能が多く現れ、多くの入賞者が個性を生かし、コンクール後の活躍が目立つ。
 だが、優勝者のマスレエフは、特別な才能の持ち主のようだ。
 ベレゾフスキーもゲルギエフも絶賛しているように、彼の磨き抜かれたバランスのとれたテクニックは比類ない。何より、音に説得力があり、迷いがない。
 後半は、チャイコフスキーの18の小品から4曲、メトネルの「忘れられた調べ」第1集より第1番「追想のソナタ」と続き、最後はサン=サーンス/リスト/ホロヴィッツの「死の舞踏」でヴィルトゥオーソ的な演奏を繰り広げた。
 そのあとが、またすごい。アンコールを6曲も演奏したのである。
 私はのこのなかで、とりわけスカルラッティが心に響いた。ものすごく速いテンポで演奏されたため、あっというまに終わってしまったが、本当はもうちょっとゆっくり弾いてほしかったな(笑)。
 マスレエフの演奏は、とにかくテンポが速い。しかし、どんなに急速なパッセージも弾き飛ばすことはなく、音がクリア。もっとも印象的なのは弱音の美しさで、叙情的な曲想の奏法が際立っている。
 近年、若手ピアニストの演奏はずいぶん聴いてきたが、ラファウ・ブレハッチを初めて聴いたときの衝撃に次ぐ感銘を受けた。
 ぜひ、近いうちにまた異なる作品をたっぷりと聴きたい。
 今日の写真は、演奏後のマスレエフ。終演後、楽屋に戻るなり、「メガネ、メガネ」といいながらメガネを探しに部屋に入っていった。
 どうやら、ふだんはメガネが離せないようだ。
「写真撮りたいけど、メガネをかけたままでいいの?」と聞くと、「うん、もちろん」との答え。これがふだんの表情です。
 もう1枚は、アンコールの曲目リスト。ねっ、すごいでしょう。時間に余裕があれば、まだまだいろんな曲を弾きたい、という感じだった。
 スリムなからだのどこにそんなエネルギーが??




 
| アーティスト・クローズアップ | 23:19 | - | -
仙台からの風
 仙台国際音楽コンクールのヴァイオリン部門が終わり、11日からピアノ部門が始まった。
 今年は単行本が重なっているため、両部門とも聴きにいくことができない。
 いつもこのコンクールを聴きにいっている友人のKさんが、仙台からかまぼこを送ってくれた。
 彼女が、「笹かまぼこはいろんなお店があるけど、ここが一番よ」と、太鼓判を押す白謙蒲鉾店の「石巻名産 白謙の笹かまぼこ 極上」である。
 仙台にはいけないが、Kさんのおかげで、仙台からの風が吹いてきたような感覚を抱いた。
 国際コンクールは、長丁場である。予選から本選までずっと聴くと、その演奏家の全貌が見え、何を得意とするかということも理解でき、コンクールならではの緊張感と集中力と、その日の体調までも手に取るようにわかるようになる。
 これがコンクールの醍醐味である。
 手に汗握る瞬間も生じ、審査発表ではみんな一喜一憂する。
 私は80年代後半から、世界各地の国際コンクールを取材してきた。コンクールはスタート台といわれるが、その当時の優勝者&入賞者がいまも第一線で頑張っている姿を見ると、感慨深いものがある。
 逆に、いつのまにか名前を聞かなくなってしまう人も多い。
 笹かまぼこをいただきながら、いろんなコンクールの取材を思い出してしまった。
 特に、いまでも胸が痛くなるのは、コンクール時にはすばらしい演奏をしたのに、その後、若くして亡くなってしまったふたりのピアニストのことを思い出すときだ。
 旧ソ連出身ウズベク人のアレクセイ・スルタノフの演奏を初めて聴いたのは、1995年のショパン国際ピアノ・コンクールでのこと。このときスルタノフは、圧倒的なテクニックを披露し、優勝の呼び声が高かったものの、第1位なしの第2位をフランスのフィリップ・ジュジアーノと分け合い、その結果に満足できず表彰式をボイコットした。
 その後、彼は闘病生活を続け、2005年にアメリカで亡くなっている。
 1987年のエリーザベト王妃国際音楽コンクールで優勝したアンドレイ・ニコルスキー(無国籍)は、これから世界に飛翔していこうとした矢先、自ら運転したクルマで事故を起こし、亡くなってしまった。
 コンクールは悲喜こもごも。その後の人生も、本当にさまざまである。
 そんないろんなことを、このかまぼこは思い出させてくれた。味覚とは、不思議なものである。
 今日の写真は、名品の笹かまぼこ。プリプリしていて、本当においしい。


 
| 美味なるダイアリー | 21:08 | - | -
マキシミリアン・ホルヌング
 前回からだいぶ時間が空いてしまったが、本日、「音楽を語ろうよ」のマキシミリアン・ホルヌングの記事をアップした。
 とても才能のある人なので、今後が楽しみである。
 ぜひ、記事を読んでくださいね。
 ホルヌングは以前ブログにも書いたが、とてもフランクな性格で、私がインタビューを終えて電車に乗ったら、すぐあとにチェロをヒョイとかついで同じ電車に乗ってきた。
「ハーイ、さっきはありがとう」
 こういいながら、電車の奥にズンズンと歩いていった。
 なんだか、もう長年にわたり東京に住んでいるような、この町に慣れているような感じで、その気楽で自然な態度にクスリと笑ってしまった。
 チェロの好きな方、注目株ですよ。
 
 
| 情報・特急便 | 21:27 | - | -
吉川隆弘
 乃木坂の近くにあるフランス料理の老舗、シェ・ピエールは、友人のKさんとよくいくレストランである。
 今日は、イタリアからリサイタルのために帰国しているピアニスト、吉川隆弘と彼のマネージャーのYさんと3人で、シェ・ピエールで食事&おしゃべり会をした。
 吉川さんは、ドビュッシーの録音をしたばかりで、いま編集の真っ最中だそうだ。その新譜を含め、今度、私のHPの「音楽を語ろうよ」に出演してもらうことになった。
 そのスケジュールを話し合い、10月15日にはサントリーホールのブルーローズでリサイタルが行われるため、その前に記事を書くことになった。
 吉川さんのイタリアでの話、私の仕事の話などいろいろ話題が広がり、あっというまに3時間半が経ってしまった。
 この季節は、ホワイトアスパラガスがおいしい。今日は、前菜に3人ともホワイトアスパラガスのサラダを頼んだ。
 お魚料理もお肉料理もデザートも、もちろんワインもとてもおいしく、パリの一角にあるようなアットホームなお店の雰囲気のなか、ゆっくりとおしゃべりを楽しむことができた。
 今日の写真は、前菜のホワイトアスパラガスのサラダ。もう1枚は、お店のアニバーサリーにフランスパンのビゴのお店から送られたという記念のパン。「シェ・ピエール」のロゴが記されている。




 
 
| 日々つづれ織り | 23:53 | - | -
そら豆のひすい煮
 時間がないときほど、料理熱が湧いてくるから困る。
 いまは、そら豆がおいしい季節である。
 私はそら豆が大好きで、八百屋さんの前にこれが並んでいると、素通りはできない。
 いつもは、たださっと塩ゆでして、ビールやワインの友として食べるのだが、ときにはひとつのおかずにしたいと考え、ちょっとだけ手を加える。
 もっとも簡単で、いくらでも食べられるのが、「そら豆のひすい煮」である。
 まず、大き目の鍋にそら豆がひたひたにかぶるくらいの水を入れ、昆布を10センチほど入れてだしをとっておく。
 そら豆1キロ(正味300グラム)は、さやをむいて中身を出す。
 たっぷりの湯に塩大さじ1を入れ、そら豆をさっとゆがき、冷めたら皮をむく。
 昆布を入れた水を火にかけ、沸騰する直前に昆布を出す。ここにそら豆を入れて砂糖大さじ2、みりん大さじ4、塩少々、しょうゆ大さじ1で調味。2〜3分煮たら出来上がり。火を止めて、そのまま冷ます。
 器にそら豆を入れ、かつおぶしをトッピングしたら食卓へ。
 これは季節を感じるレシピで、お酒のおつまみに最適。好みで味を濃くすると、ごはんのおかずとしてもよく合う。
 そら豆はごはんに炊き込んだ、そら豆ごはんも上品でおいしい。
 でも、だれでも経験があると思うが、さやから出すとき、なかにたくさんのお豆が入っているとうれしくなり、ほんのちょっとしか入っていないとガッカリする。なかにたくさん入っていますように、と願いながらさやをむくのも、またそら豆の楽しさかも。
 今日の写真は初夏の風物詩、「そら豆のひすい煮」。自分の好みの味にして楽しんでくださいな。


 
| 美味なるダイアリー | 22:55 | - | -
浜田理恵
 フランス在住のソプラノ、浜田理恵は、長年フランスを中心に数多くのオペラに出演し、日本では後進の指導も行っている。
 彼女が、親しい作曲&ピアノの三ツ石潤司と組んで、新たな試みに挑戦することになった。
 先日、フランスから一時帰国している浜田理恵にその話を聞くことができた。
「言葉は歌い、音楽は語る」(9月22日16:00東京文化会館小ホール)と題されたオリジナルの舞台で、ジングシュピールがもっとも近い形だという。テキストはルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」をもとに、英語が用いられ、日本語で小品のつなぎを補っていく。
 共演者もいて、舞台衣裳もオリジナルの物が制作され、いまや徐々に形と構成が見えてきた段階だという。
 これまで長年オペラの世界に身を置き、既存の作品を表現してきたが、三ツ石潤司と何か新しいことをしたいということで意見が一致、三ツ石潤司・音楽遊戯「アリスの国の不思議」(新作初演)の運びとなった。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書く予定である。
 そこでは詳しい内容をお伝えします。彼女の意欲的な語りを再現しながら…。
 今日の写真は、インタビュー中の浜田理恵。ずっとフランスで活動を展開している彼女の話はとても興味深く、最近のオペラ界のことから、フランスの経済事情、今年のバカンスの過ごし方まで、幅広い内容を聞くことができた。
 今年の夏休みは、家族とローマで過ごすそうだ。ああ、真夏のローマは酷暑なのに…。余計なお世話か(笑)。




| 情報・特急便 | 22:55 | - | -
リュカ・ドゥバルグ
 ギドン・クレーメルは、国際コンクールで優勝を逃したものの、すばらしい才能を持ち合わせている新人を見つけ出すのが得意である。
 以前、ジョージア(旧グルジア)出身のピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリにインタビューしたとき、2008年のルービンシュタイン国際ピアノ・コンクールで彼女の第3位入賞が決まった直後、クレーメルが直接電話をかけてきて、共演したいといったという話を聞いた。
 カティアは優勝したわけではなかったため、この申し出にはかなり驚いたという。クレーメルはインターネットのライヴ配信でコンクールの演奏を聴いていた。
「ギドンは優勝、入賞は関係ない。私はきみの演奏が気に入ったから、一緒に演奏したいと思ったんだといったの。本当に感激したわ」
 以後、クレーメルはカティアと何度も共演し、トリオも組み、日本でも演奏を披露し、新人である彼女が世に出ていくために力を尽くした。
 そして今度は、2015年のチャイコフスキー国際コンクールで、優勝の呼び声が高かったものの第4位という結果に終わったフランスのピアニスト、リュカ・ドゥバルグとの共演である。
 リュカは、コンクールの全部門参加者のなかで、唯一モスクワ音楽評論家賞を受賞した。演奏曲目のなかでは、第1次予選で演奏したラヴェルの「夜のガスパール」が衝撃的な演奏としてとらえられ、一気に人気が高まった。
 リュカのもとにも、クレーメルからコンクール直後に電話が入り、共演が決まったという。
 リュカのデビューアルバム「スカルラッティ・ショパン・リスト・ラヴェル」(ソニー)は、まさに新たな光に照らされているような輝かしいアルバムで、私は冒頭のスカルラッティのソナタ イ長調K208(L238)の柔軟性に富む詩的で官能的な弱音にまいってしまった。
 今日は、クレーメルとリュカのデュオ・リサイタルがサントリーホールで行われ、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ、同「夜のガスパール」、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番、フランクのヴァイオリン・ソナタが演奏された。
 スリムな容姿のリュカは、指もものすごく長い。そのしなやかな指から紡ぎ出される弱音は、録音で聴いた衝撃を上回るもので、演奏はかなり個性的。主題のうたわせ方、強弱のバランス、音と音との絶妙の間などが特有のこだわりに基づいている。クレーメルのヴァイオリンとの丁々発止のやりとりでも、一歩もひけをとらない。
 クレーメルは真の天才ゆえ、いずれの作品もいつもながらの完璧な奏法と表現力に根差したものだが、リュカはそこに新鮮な空気を送り込んでいく。
 よく、ステージから楽屋に戻るとき、若手演奏家は大先輩に遠慮して自分はさっとうしろに身を引くものだが、リュカはクレーメルの肩に手を置いたり、ふたりで話ながら、スタスタと前に歩いていったりする。
 まったく臆することなく、自然にふるまう様子は、すでによきパートナーとしての地位を確立しているように見えた。
 今日の写真は、新譜のジャケット。リュカは11歳という遅い年齢でピアノを始め、まったくピアノを弾いていない時期もあり、理学や文学を学んでいたそうだが、レナ・シェレシェフスカヤ教授と巡り会い、ピアニストを目指した。いまやゲルギエフをはじめとする偉大な指揮者からも共演のオファーが絶えないという。
 ぜひ、近いうちにリサイタルを聴きたい!


| アーティスト・クローズアップ | 22:49 | - | -
クラウス・フロリアン・フォークト
 約70分、幻想的で内的エネルギーに満ちた想像性に富む歌声を全身にまとい、別世界で浮遊していた。
 なんという幸せな時間だろうか。
 こういう瞬間を「至福のとき」と表現するのだろう。
 今日は、東京文化会館小ホールに、クラウス・フロリアン・フォークトのうたうシューベルトの「美しき水車屋の娘」を聴きにいった。
 彼は新国立劇場で「ローエングリン」をうたっていたが、今日はリートである。しかも、小ホールというぜいたくな空間でのリート・リサイタル。
 すぐそばでフォークトがうたっていると、臨場感あふれ、こまやかな息遣いまで聴こえ、ともに呼吸をしているような感覚に陥る。
 いつもはオペラの舞台衣裳を身に付けているためわかりにくいが、ノーネクタイの白いシャツに光沢のある上着をはおっている服装だと、分厚い胸から繰り出す呼吸がリアルに伝わってくる。
 先日、オーボエのモーリス・ブルグと若尾圭介のインタビューにおいて、「音楽家に大切なのは呼吸法」という話で盛り上がったが、まさに歌手はこれに尽きる。
 フォークトのブレスは、からだが微動だにしない。完璧なる呼吸法がなされていて、どんなに強いパッセージや長い旋律をうたうときも、ブレスはいつ行っているのだろうと思うほど自然である。
 しかも、ひとり芝居のように歌詞の内容に合わせて抑制された演技を加え、豊かな声量を絶妙にコントロールし、詩と音楽の融合を図る。
 まさに、繊細で精確で完璧なるブレスが必要となる。
 シューベルトの美しい旋律が、フォークトの声にかかると立体感を帯び、創造力を喚起し、ホールの隅々まで水車屋の空気で満たされていく。
 以前の来日時にインタビューしたとき、とてもラフな格好でにこやかな笑みをたたえ、ごく自然な感じで現れたが、今日も終演後は人あたりのいい笑顔を見せた。
 オペラ歌手のうたうリートは、本当に印象深い。彼の高音は非常に強靭で輝かしく張りがあり、小ホールの空気を揺るがすほどだった。
 ピアノは息の合ったヨブスト・シュナイデラート。オペラのコレペティトールやバイロイトのマスタークラスのピアノを担当しているピアニストで、フォークトのオペラティックな歌唱にピタリと寄り添っていた。
 こういう魂が浄化するような歌声を聴いた日は、脳が活性化するためか、いつまでも眠くならない。
 テノールがうたう「美しき水車屋の娘」は、やはり最高である。曲の数々が、いつまでも頭から離れない…。
 今日の写真は、リサイタルのチラシ。やっぱり「白鳥の騎士」の風貌だよねえ(笑)。
 でも、世界的なスター歌手なのに、フォークトはとても気取らないフランクな性格で、終演後に楽屋の出口で長蛇の列となって待っているファンのひとりひとりにサインをしたり握手をしたり話をしたり…。サービス精神旺盛で、それもごく自然にこなしてしまう。それゆえ、またまたファンが増えてしまう。

| クラシックを愛す | 23:37 | - | -
フジコ・ヘミング
 フジコ・ヘミング「たどりつく力」(幻冬舎)の出版を記念し、フジコさんの演奏や語りなどが紹介される番組が放映されることになった。
 NHK「おはよう日本」の6月8日(水)朝7時10分くらいからの放送で、時間は少し流動性があるという。
 私はビデオをセットすることにした。
 これからいろんな書評や書籍紹介記事などが出てくるだろうが、いま書店では新刊書のところに平積みされているところが多く、小さなサイズの本でありながら、かなり存在感がある感じだ。
 本はもうひとり歩きを始めている。
 6月24日にはすみだトリフォニーホールにリサイタルを聴きにいくことになっているため、そのときに彼女に会えるのが楽しみである。
 さて、どんな番組が放映されるのだろうか。
 朝早いですが、ぜひ見てくださいね。夜型の人は、私のようにビデオセットをお忘れなく(笑)。
 今日の写真は、昨秋のインタビュー時に撮ったもの。そのときのブログにはタバコをくゆらしている、リラックスした1枚を掲載したが、これは真剣な表情で話しているときのワンショット。

| 情報・特急便 | 12:51 | - | -
ヤマハ・ガラ・コンサート
 今日は、ヤマハ・ガラ・コンサートを聴きにオーチャードホールに出かけた。
 これはヤマハ音楽振興会創立50周年記念のコンサートにあたり、ヤマハ音楽教室在籍生、同出身アーティストのさまざまなスタイルの演奏が行われた。
 共演は、大友直人指揮東京交響楽団。
 実は、私は「ショパン」の仕事をする前に、ヤマハ関係の記事を書いていた時期があり、このときに北海道から九州まで各地の音楽教室の取材を行っている。
 今日はとてもなつかしい気持ちが湧いてきて、ヤマハの音楽教室が1954年からスタートしたと知り、感慨深かった。
 すでに500万人が音楽教室から巣立ち、現在では海外でも多くの音楽教室が稼働しているという。
 9歳から13歳の音楽教室在籍生のオリジナル作品の演奏に続き、エレクトーンプレイヤーの渡辺睦樹、作曲家の大島ミチルの作品がオーケストラとともに演奏され、最後はピアニストの上原彩子の登場。
 彼女の代名詞とも呼ぶべきチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を堂々たる演奏で聴かせ、2時間半に渡るコンサートの幕を閉じた。
 終演後、レセプションがあり、アーティストや関係者と会って話をし、ようやく4時間におよぶ仕事が終わった。この記事は、次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定である。
 上原彩子と会ったら、「ちょっと太っちゃって、ドレスがきつくて大変だった」と、笑っていた。
 今日のドレスは、真紅のウエストラインを絞ったデザイン。チャイコフスキーを演奏するときは、かなり前に体重をかけてガッと踏ん張るため、おなかの部分がきつかったようだ。
 この真紅のドレスは、50周年の記念イヤーを祝す意味合いが含まれているそうだ。
 彼女のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、何度も異なる指揮者、オーケストラで聴いているが、常にパワー全開、フィナーレまで一気に聴かせる。今日も、ドレスの色と相俟って、熱く激しく燃えたぎるようなピアニズムを披露した。
 やっぱり、このコンチェルトは、彼女の名刺代わりの作品だ。
 
 
| クラシックを愛す | 23:39 | - | -
吉川隆弘
 今日は、九段にあるイタリア文化会館アニェッリホールに吉川隆弘のピアノ・リサイタルを聴きにいった。
 プログラムは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第26番「告別」からスタート。彼は2015年にイプシロン・インターナショナル株式会社を設立し、同社よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第13番「幻想曲風」、第26番「告別」、第31番の録音をリリースしたばかりだが、その「告別」をじっくりと聴かせた。
 次いでリストの「巡礼の年第2年イタリア」より「婚礼」「物思いに沈む人」「ペトラルカのソネット104番」「ダンテを読んで:ソナタ風幻想曲」を演奏。長年、ミラノに暮らし、イタリアで活動している彼らしく、イタリアの空気をまとったピアニズムが全開した。
 後半は、リストの「巡礼の年第3年」より「エステ荘の糸杉に機Оゲ痢廖屮┘好徳颪了綽供Оゲ痢廖屮┘好徳颪諒水」。これらは視覚的な演奏で、ローマ郊外のエステ荘の風景が浮かんでくるような感覚にとらわれる。
 実は、来週、吉川さんに会う予定が入っているため、そこでまた演奏について、イタリアについて、さらに近況などを聞きたい思っている。
 今日はもう日付が次の日の土曜日になってしまったが、まだ1本原稿が残っているため、仕事をしなくてはならない。
 吉川隆弘の音楽に関しては、また次回詳細をお届けしたいと思う。
 今日の写真は、プログラムの表紙。ヴィッラ・エステの噴水の写真が掲載されている。


 
| クラシックを愛す | 00:00 | - | -
広瀬悦子
 パリで学び、1999年マルタ・アルゲリッチ国際コンクールで優勝の栄冠に輝いたピアニストの広瀬悦子が、あこがれの存在だというシプリアン・カツァリスと組んでピアノ・デュオ・リサイタルを開くことになった(12月1日、かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール)。
 プログラムはチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」より、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(世界初演)、ベートーヴェンの交響曲第5番より第1楽章(広瀬)、同交響曲第7番より第2楽章(カツァリス)、同交響曲第9番より第4楽章(2台ピアノ)他が組まれている。
 この「火の鳥」はギリシャ系の作曲家に編曲を依頼した作品で、すでにカツァリスと広瀬悦子はパリで録音を行っている。
 その録音の話を中心に、今日は「CDジャーナル」のインタビューを行った。
 カツァリスとは、私が「ショパン」にいたころからのお付き合いで、パリの自宅まで取材に訪れたことがあり、「Hanako」のクラシックの連載を書いていた時代に、この雑誌の特別イヴェントで彼を招待し、演奏してもらったこともある。
 このときは、1日だけの演奏のためにパリから飛んできてくれ、成田から練習場に直行、練習魔、完璧主義者の一面を見せ、「Hanako」の関係者を驚かせたものだ。
 そんな完璧主義者のカツァリスとの録音は大変だったそうで、広瀬悦子は6日間におよび、全神経を集中させ、「ボロボロになりました」と、苦笑していた。
「でも、あらゆる面でものすごく勉強になり、すばらしい経験でした」と、初共演を述懐していた。 
 なお、カツァリスは10月に来日し、10月14日に浜離宮朝日ホールでリサイタルを行う。
 彼のプログラムへのこだわりは相当なものだが、今回もよく知られた作品からあまり演奏される機会に恵まれない作品まで多岐に渡っている。
 このときに、今度はカツァリスに会い、ピアノ・デュオの話を聞くことになっている。
 もうひとつ、12月7日には東京オペラシティコンサートホールで11時30分からの「ポーズ・デジュネ(フランス語で昼休憩)」と題された約60分のコンサートが組まれ、ここではカツァリスと広瀬悦子がチャイコフスキーの「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」から何曲か演奏する。
 広瀬悦子は、もうパリに住んで15年になるという。とても暮らしやすいと感じていて、仲間とさまざまな室内楽を楽しんでいるようだ。
 来月は、エカテリンブルクでドミトリー・リス指揮ウラル・フィルとチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をライヴ収録するそうで、カツァリスとの録音が終わってホッとするのもつかの間、いまはそちらに気持ちが向いているようだ。
 彼女には長年に渡って話を聞いているが、演奏同様、性格も主張が明確で芯の強さを感じさせるようになってきた。
 やはり、海外で活動している人は強くなっていくのだと実感。そうでないと、生き残れない世界だから。
 この「火の鳥」のほんの一部を聴かせてもらったが、まさにふたりの火花が散るようなエキサイティングな演奏。これから音源の編集に入るそうで、これまた大変だと彼女は笑っていた。
 今日の写真は、スリムながらたくましさを身に付けた雰囲気の広瀬悦子。どんな難題もバシッ、バシッと切り抜けていくんだろうな。あやかりたいものだワ(笑)。


 
| 情報・特急便 | 22:51 | - | -
バッハを愛す
 長年、連載を続けているヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」で、「バッハを愛す」というシリーズを始めた。
 バッハにまつわるさまざまな話題を毎週綴っていくもので、すでに5回の原稿を入稿している。
 HPの全コンテンツの左下にバナーが設けられているため、そこからアクセスできる。ぜひ、読んでくださいな。
 このサイトの記事は、2010年8月から書き始めた。すでに6年目を迎えることになる。
 基本的には、ウィークリーで記事を入稿する。何を書くか、どんな内容にするかなど、すべて書き手に委ねられているため、本当に自由なサイトである。
 できる限りニュース性をもたせたいと思っているが、ときには長いものも書きたくなるため、今回はJ.S.バッハにフォーカスした。
 以前は、アーティストのインタビューを何度かに分けて書く、「アーティストの本音トーク」を続けたこともある。
 通常のインタビューは1時間だが、雑誌や新聞の記事はスペースが限られているため、たくさんの有意義な内容を聞いても、ほとんど捨てることになってしまう。
 これに常々、頭を悩ませていた。
 もっと長く書けるスペースがないだろうか、せっかく興味深いことを聞いたのにお蔵入りになってしまうとは、なんともったいないことかと。
 WEBの記事の場合、文字数はかなり自由である。長い記事を綴っても大丈夫だから、制限なしに思いっきり書くことができる。
 というメリットを生かし、「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」では、視野を広げてあらゆる内容を綴ってきた。
 今後も、短期間のシリーズものや、連載ものを考えていきたいと思う。
 「バッハを愛す」は、まだまだ続きますよ。お楽しみに〜。
 今日の写真は、アイゼナハのバッハ博物館の前に立つバッハ像。


 
| 情報・特急便 | 22:57 | - | -
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