Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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エミール・ギレリス
 現在発売されている「レコード芸術」9月号は、「ヴィルトゥオーゾ・ピアニストの世界」という特集を組んでいる。
 このなかの「20人の評論家の聞く わたしの考えるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト」という人選と、そのなかの第2位になったエミール・ギレリス、第6位になったアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの記事を担当した。
 今日は、ギレリスについて綴ってみたい。
 私の愛聴盤のひとつに、ギレリスの演奏するグリーグの「抒情小曲集」の録音がある。ギレリスは「鋼鉄のタッチをもつピアニスト」と呼ばれ、幅広いレパートリーを誇り、そのいずれもが完璧なるテクニックと深い表現力と音楽性に満ち、ピアノを豊かに大きく鳴らし、生前は世界各地で演奏するたびに嵐のような喝采に包まれたと伝えられている。  
 しかし、この「抒情小曲集」は静謐な美と柔和な色彩感に富み、各曲が詩的で情感あふれる歌を紡ぎ出している。それはあたかもギレリスの誠実で優しく、温かな人間性を表しているようだ。
 彼に関しては、死因もあれこれ取り沙汰され、いまだ謎に包まれているピアニストなのである。
 常にリヒテルとくらべられ、次第にその陰に隠れるようになってしまったギレリス。だが、残された数多くの録音がギレリスの偉大さ、真の天才性をいまに伝え、輝きに満ちた圧倒的な存在感を放つロシア・ピアニズムは、いまなお偉才を放っている。
 その「レコード芸術」のなかでも紹介したが、「ギレリス 1964年シアトル・リサイタル」(ユニバーサル)という新譜が登場した。これは生誕100年を記念して初リリースとなったもので、1964年12月6日にシアトルのオペラ・ハウスで開かれたリサイタルのライヴで、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」からプロコフィエフのソナタ第3番、「束の間の幻影」、ドビュッシーの「映像 第1集」など、多彩な作品が並ぶ。
 曲が終わるごとに嵐のような拍手が巻き起こり、アンコールも収録。もちろん録音は古いが、会場の熱気が伝わってくるような臨場感がある。
 ギレリスは、本当にナマを聴きたかったと切望するピアニストである。残された音の記録は、聴き手の記憶に残る偉大なる財産である。
 今日の写真は、シアトル・ライヴのジャケット。ギレリス、48歳のときの姿である。





| マイ・フェイバリット・ピアニスト | 22:58 | - | -
全米オープンテニス
 今年最後のグランドスラム、全米オープンテニスが始まった。
 ロジャー・フェデラーがひざの故障で半年間の休養に入り、この大会も欠場しているため、ちっとも興味が湧いてこない。
 以前、あるアーティストにインタビューをしたとき、ブラジルのレーシング・ドライバー、アイルトン・セナが好きで、レースをずっと観戦していたが、1994年に亡くなってからは、まったくレースに興味がなくなってしまったと語っていたことを思い出す。
 やはり、自分の応援しているアスリートがいないと、その大会は遠い存在になってしまうのだろうか。
 オリンピックが終わり、本当なら全米オープンにかじりつきたいところだが、どうもトーンダウンしている。
 もっとも、仕事が山積みゆえ、テレビ観戦どころではないから、ちょうどいいのかもしれない。
 なんだか、寂しいが…。
 ニューヨークは時差の関係で、ライヴ中継を見ようと思うと、当然のことながら寝不足になる。
 まあ、ときどきのぞいてみる程度でいいかな。
 これはきっと、仕事をしろということなのかもしれない。
 とにかく、ロジャー・フェデラーの一日も早くひざが回復することを願ってやまない。来年は、初頭から試合に復帰することを宣言しているため、治療の効果は上がっているのだろう。それを楽しみに待つしかない。
「私はスーパーストロングになって戻ってくる」
 フェデラーはこう語っている。たのもしいじゃないですか。
 私はひたすらこのことばを信じて、待っている。ファンとは、そういうものなんですね。
| ロジャー・フェデラー | 22:11 | - | -
かつおのそぼろご飯
 週が明けたら、出張の予定が次々に決まってきた。
 まず、9月中旬から下旬にかけてのロサンゼルス、そして10月初旬のウィーン。
 このスケジュールの合間を縫って、単行本の原稿と取り組まなくてはならないし、新譜のライナーノーツなども重なっている。
 というわけで、あれこれ予定を立てていたら、頭のなかがパニック状態になってきたため、気分転換にお魚屋さんに出かけた。
 いつも親しくしているお魚屋さんのおじさんふたりと話していると、すごく気持ちがおだやかになり、不思議なことにストレスが霧散していく。
 今日は、このお店で作られたというなまり節がお薦めだというので、ちょっと味見させてもらった。
 ふつうなまり節というと、なんとなく硬くて、いつ作られたものなのかわからない場合が多い。
 でも、今日食べたなまり節は、やわらかくて新鮮で、「サラダの上にこのままほぐして乗せて食べてもうまいよ」といわれたように、すごくおいしい。
 ふた切れ買ったのに、ひとつおまけしてもらっちゃった。いつもこのお店の人たちは、「これももっていけば」と、おまけしてくれる。
 早速、かつおのそぼろご飯に乗せるそぼろを作った。
 まず、なまり節を皮や骨を除いてほぐしていく。大体、200グラム強あった。それをお鍋に入れ、しょうゆ大さじ4、砂糖大さじ2、みりん大さじ2を加えてほぐしながら弱火で煮ていく。
 汁気がなくなったら、しょうがのすりおろし20グラムを混ぜ合わせ、火を止めれば出来上がり。
 今日の写真は、新鮮ななまり節と、変身後のそぼろ。これを炊きたてのご飯の上に乗せ、好みでしょうがの千切りをトッピングすれば、美味なるかつおのそぼろご飯の出来上がり。
 さて、これをたくさん食べて、出張の大変さや締め切りに追われているストレスを解消しましょうか。





 
 
| 美味なるダイアリー | 18:22 | - | -
カポナータかラタトゥイユか
 連日パソコンに向かっていると、ゆっくり買い物をしたりお料理をしたりする時間がない。
 こうした状況では、まとめて作っておくことが必要。
 野菜料理がひとつあれば、お肉にもお魚にも対応でき、栄養面でもプラスになる。
 私が夏になると必ず作るのが、カポナータ、またはラタトゥイユ。さまざまな夏野菜を炒め煮し、野菜の水分だけで煮込む簡単レシピだ。
 イタリアのカポナータは、白ワインビネガーを少し加えるのが特徴。フランスのラタトゥイユは、基本的に酢は入れない。
 まず、厚手の鍋ににんにくのみじん切りとオリーブオイルを入れて香りを出し、なす、ズッキーニ、ピーマン、パプリカ、たまねぎ、セロリ、にんじん、いんげんなど、好みの野菜を炒めていく。
 塩とコショウ少々で味をつけ、あとは野菜の水分だけでじっくりと煮込んでいく。しばらくしたらミニトマトを加える。
 途中で白ワインビネガー適量を振り入れ、ざっくりと混ぜてさらに煮込む。
 これは温かいうちに食べても、冷やして食べても美味。
 今日の写真は、出来立てのカポナータ。生ハム、スモークサーモン、モッツァレラチーズ、オリーブの実の塩漬け、ゆでたアスパラガスの半熟卵添え、皮つきポテトのフライと、おいしいパンを添えれば、イタリアンな夕食の完成。
 時間のないときにはお薦めです。もちろん、おいしい赤ワインは必需品ですゾ(笑)。

| 美味なるダイアリー | 11:56 | - | -
愛するキッチン用品
 お料理が大好きな私は、いろんなキッチン用品を集めている。
 魚の皮を取ったり骨を抜くはさみ、ホットケーキや目玉焼きの型、りんごの芯抜き、トマトなどをくり抜くベジココスプーン、粉をまんべなく振るマラカス粉ふるい、お菓子やお料理の型を抜くセルクル、野菜の皮をこまやかにむくピーラー、小型の泡だて器、イタリア料理には欠かせないピザカッター、ひとり用の生姜おろし器、メロンやアボカドに便利なくり抜き器など、さまざまな道具がお料理の幅を広げてくれる。
 バーミックスも必需品である。それから、クリステルのお鍋。包丁も用途に合わせて、いろいろ備えている。
 こういうキッチン用品を見ていると、自然に気持ちがなごみ、仕事の忙しさをしばし忘れることができる。
 このなかで、もっとも重宝しているのが魚の骨抜き。いわし、あじ、さばなど、まるごと買ってきてざばくときには、なくてはならない道具である。
 私はにんじん入りのホットケーキやドライフルーツを練り込んだパンケーキをよく作るため、、ホットケーキの型もひんぱんに登場する。
 こうした道具の専門店に出かけると、時間を忘れてあれこれ見てしまう。
 だれでも趣味の世界は我を忘れて没頭するものだろうが、私がもっとも楽しみにしているのが、食材探しとキッチン用品巡り。
 でも、最近はその時間がとれないんだよねえ。せめて、いまあるものでなんとかお茶を濁すとしましょうか。
 今日の写真は、いろんな用途のキッチン用品。まだまだ、もっともっと欲しい(笑)。


 
| 美味なるダイアリー | 18:21 | - | -
首のコリが悪化
 美容院に行くと、最後に頭部と首と肩のマッサージをしてくれる。
 そして、いつもいわれる。
「すご〜い、コリコリですよ。ものすごく堅くて、ほぐしきれません。仕事のしすぎですよ。パソコンから少しは離れた方がいいですよ」
 ハイハイ、ごもっとも。よ〜くわかっています。でも、離れると仕事にならないんです。
 というわけで、コリコリは続いていく。
 特に首のコリがひどく、どうもこれは眼の疲れからきているらしい。
 まあ、だましだましやっていくしかなく、自然食品店から勧められたカシスのジュースを飲んだり、いろいろ眼にいいことは試みているが、酷使しているため、追いつかない。
 パソコンを日々使うみなさん、どうぞ私のように首がコリコリにならないよう、くれぐれも気をつけてくださいね。
 そうそう、ブルーベリー&ルテインもいいそうですよ。お試しあれ。
| 日々つづれ織り | 23:31 | - | -
綱渡りの日々
 単行本のテープ起こしに手間取っている。
 なにしろ、そのアーティストに何日間にも渡り、何時間もインタビューをしているため、膨大な量のテープ起こしをしなければならない。
 出版社の担当者が、「テープ起こし、私やりますよ」といってくれたのだが、私の場合は、テープを聞きながらその場の雰囲気を思い出し、文章を考えていくタイプなので、人に頼むことができない。
 夏休みの間に、京都の仕事部屋ですべてやってしまおうと思っていたのだが、これが甘かった。
 なかなかはかどらないのである。
 というわけで、ここ数日なんとか集中して行い、ようやく峠を越した。
 これから全体を俯瞰し、各々の章立てを考え、コンテンツを見極めながらこまかい作業に入っていく。
 今週中になんとか全体像をつかまなくてはならない。
 実は、今日また海外出張の依頼が入った。10月のウィーンである。
 9月には、次の単行本でロサンゼルスに取材に行かなくてはならないため、できる限り先延ばしにしてもらい、10月上旬にしてもらったのだが、ロスの日程がまだはっきりしないため、綱渡り状態になりそうだ。
 実は、2013年も今年とよく似たような状態だった。あの年は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のアンバサダーに就任したため、2月にナントの「ラ・フォル・ジュルネ」に取材に出かけた。
 この年は、自宅の引っ越しを9月上旬に控え、連日荷物の整理に追われていた。ところが、親しい仕事仲間から「どうしても」と頼まれ、8月に急きょイタリアの音楽祭の取材に出かけることになった。
 帰国後は、まさに真夏の狂想曲である。
 引っ越しをしててんやわんやの時期に、9月末から10月にかけてウィーンとベルリンに出張した。
 さらに追い打ちをかけるように、この年は単行本が3冊出版された。いったいどうやって乗り切ったのか、いまでは思い出せないくらいだ。
 それと似たようなことが、今年また巡ってきた。
 これからどう仕事の配分をし、からだのケアをし、ちゃんと仕事をこなしていけるか、じっくり考えないとならない。
 なんとか、心身ともにいい状態で臨めるようにしたい、願いはただそれだけである。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 21:43 | - | -
ルドルフ・ブッフビンダー
 今日、ルドルフ・ブッフビンダーの「アーティスト・レシピ」を公開した。ぜひ、見てくださいね。 
 私はブッフビンダーのピアノが大好きなのだが、彼はインタビューは、かなりしにくい人である。
 まず、作品論をあまり語ろうとしない。そういうことはもうあらゆるメディアで出尽くしているから自分がいまさら、という考えだ。
 それでも、なんとか新譜に関する考えとか、録音の内容などを聞き出そうと試み、四苦八苦していると、突然、饒舌になる。
 それは、楽譜の版に関する質問をしたときである。
 ブッフビンダーは完璧主義者で、ひとつの作品を演奏するときにはいくつもの版を研究し、明らかなミスプリントがあると、楽譜の出版社に訂正を申し出るという。
 しかし、出版社はなかなか応じようとしない。
「ですから、私は自分が調べ上げた作曲家の自筆譜の音符や記号をすべて提示して、ここがこうまちがっている、作曲家の真意はこうだと説明するのですが、相手はなかなか耳を貸そうとしない。いまさら面倒だと思っているのでしょう。でも、それでは作曲家に敬意を表することにはならないし、明らかなまちがいがあるのですから、訂正すべきです」
 ブッフビンダーは、この話題になるとにわかに表情が変わり、雄弁になり、熱弁をふるうために顔が真っ赤になっていく。
 こうした作曲家への真摯な思いとたゆまざる研究が、あの聴き手の心を震わせる演奏を生むのである。
 記事にも書いたが、10月にはまた来日し、ブラームスを演奏する。ブッフビンダーはブラームスのピアノ協奏曲も作曲家の自筆譜を所有しているそうだ。
 さて、どんなブラームスが生まれるだろうか、ひたすら楽しみだ。
| 巨匠たちの素顔 | 23:03 | - | -
さくらアイス
 リオ・オリンピックで日本人選手の快進撃が続いている。
 今朝の男子400メートルリレー決勝は、燃えに燃えてしまった。
 4人ともすばらしい走りで、しかも予選よりもタイムが短縮している。
 今回のオリンピックをテレビ観戦して感じたことだが、最近の若いアスリートは国際試合を数多く経験しているからか、本番で緊張する様子があまり見られない。
 以前は、日本人は本番に弱いといわれていた。
 だが、今回は本番になると自身のベストタイムを出したり、ラウンドが進むにつれ、より強く早く美しくなっていく。
 本当に4年後の東京オリンピックが楽しみである。きっとチケットは早々に売り切れるだろうが、ぜひ何かの競技をナマで観たいと思う。
 この東京オリンピックは、「日本のおもてなしの心」が大切だといわれている。そこでひとつアイディアが湧いた。
 先日、京都の仁和寺の二王門前の和風カフェでいただいた「さくらアイス」がとてもおいしかったので、ぜひこれを日本の夏の風物詩として提供してはどうか、と考えたのである。選手村でも配ってほしい。
 東京オリンピックは、猛暑との闘いである。暑さと湿度の高さで選手も関係者も観客も相当にまいると思う。そんなときに「さくらアイス」があれば、日本の味が堪能できるのではないだろうか。
 これは、いわゆるさくら餅のような味わいで、さくらの葉かさくらの花の塩漬けが入っているような感じ。暑さがしばし忘れられ、しかも甘さと塩辛さのバランスがとてもいい。このお店では、アイスの下に、抹茶のカステラが敷かれていた。まさに、和のテイストである。
 会場で売ったら、飛ぶように売れると思うけどな。
 今日の写真は、その「さくらアイス」。まだ4年あるから、どこかのジェラートメーカーが作ってくれるといいんだけど…。


 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 22:03 | - | -
タチアナ・ニコラーエワ
 ロシアの名ピアニストと称されたタチアナ・ニコラーエワが亡くなったのは、1993年11月22日のことだった。享年69。サンフランシスコの病院で急逝したと伝えられ、当時このニュースは世界中のファンを悲しみの淵へと追いやった。
 ニコラーエワは生涯現役を貫いたピアニストである。このときは13日に同地で行われたリサイタル中に脳動脈破裂で倒れ、急遽入院、昏睡状態が続いていた。
 ニコラーエワは1924年5月4日ロシアのペジツァ生まれ。モスクワ音楽院でピアノと作曲を学び、1950年にライプツィヒで開催されたバッハ200年祭の記念コンクールで優勝し、以後バッハ弾きとしての名声を確立する。1959年からは母校で教鞭をとり、ニコライ・ルガンスキーをはじめとする多くの優秀な弟子を育てた。
 このバッハ・コンクールの審査員のひとりだった作曲家のショスタコーヴィチは、ニコラーエワの演奏にインスパイアされ、かねてからの課題であった「24の前奏曲とフーガ」を1950年から翌年にかけて作曲。1952年にレニングラードで行われた公開初演は、ニコラーエワが行っている。
 この作品はバッハの「平均律クラヴィーア曲集」をモデルとしていながら、全曲の配列はショパンの「24の前奏曲」と同じ形をとっている。各曲はトッカータ、ソナタ形式、幻想曲などさまざまな要素が取り入れられ、ピアニストとしてもすぐれた腕を持っていたショスタコーヴィチの力量が遺憾なく発揮されたものとなっている。それゆえ、難曲が多く、現在ではステージやレコーディングなどで取り上げられる回数にも限りがある。
 ニコラーエワは1989年に来日したさい、リサイタルでこの全曲を演奏するという快挙を成し遂げた。その完璧で敬虔な美しさに彩られた演奏は、いまだ脳裏に深く刻み込まれている。
 彼女はサンフランシスコのステージで倒れたときも、この作品を演奏していたのである。自分が初演した作品を演奏しているときに意識がなくなるなんて、悲しい事実ではあるが、演奏家冥利に尽きるのではないだろうか。ピアニストとして、なんという劇的な幕の閉じかただろう。
 ニコラーエワは、晩年は各地の国際コンクールの審査員も多数務め、取材に訪れたときにたびたび顔を合わせることがあったが、いつも静かな笑みをたたえ、その表情はバッハの「平均律クラヴィーア曲集」第1巻第曲の前奏曲、またはショスタコーヴィチのハ長調の前奏曲のような雰囲気をただよわせていた。
 もう一度、あのすばらしい演奏が聴きたい、あの静かな笑顔に会いたいと願うのは私だけではないだろう。
 そんなニコラーエワが残した平均律の演奏は、まさに人類の貴重な遺産ともいうべき録音。彼女は13歳のときからロシアの4つのピアノ流派のひとつ、アレクサンドル・ゴリデンヴェーイゼルに師事していたことからもわかるように、正統的なロシア・ピアニズムを継承している演奏家である。ニコラーエワは生前、ゴリゼンヴェーイゼルの教えは正確な技巧と楽譜への忠実さをモットーとしたものだったと語っていた。
 まさに「平均律クラヴィーア曲集」の録音は、その師の教えを映し出すかのように楽譜の深い読みに支えられている。何度聴いても、また最初から聴きたくなり、けっして飽きることがない。
 常に新しい発見があるニコラーエワの演奏、彼女はいまだ私たちの心のなかに生き、その音楽を通してバッハの魂を伝えてくれる。
| マイ・フェイバリット・ピアニスト | 22:43 | - | -
サンソン・フランソワ
 今週公開のヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」のテーマは、サンソン・フランソワ。彼の名を口にしただけで、私はどこか異次元の世界に運ばれていくような不思議な感覚にとらわれるほど、このピアニストに魅了されている。
 HPの各コンテンツの左下のバナーからアクセスできるので、ぜひ読んでいただきたいと思う。
 フランソワのピアノは、限りないファンタジーとロマンと馨しい香りを備え、聴き手を夢見心地にしてくれる。
 現在は、ピアニストは若いうちから幅広いレパートリーを身に着けることを余儀なくされる。しかし、フランソワは本当に自分が弾きたいと思う作曲家の作品しか演奏しようとしなかった。
 モーツァルトはあまりにも自分に近いと考え、近づこうとしなかったし、ベートーヴェンやブラームスは敬遠していた。その代わり、ショパンを熱愛し、ドビュッシーやラヴェルを愛奏し、リスト、プロコフィエフ、シューマンのコンチェルトをワールドツアーで何度も演奏した。
 フランソワは神童として幼いころからピアノに天才性を示し、自由奔放な性格でイヴォンヌ・ルフェビュールやマルグリット・ロンらの先生を困惑させたが、まさにその人間性を映し出す演奏が大きな魅力となっている。
 たとえばショパン。フランソワの弾くショパンのバラードやスケルツォは霊感にあふれ、即興性も感じられ、自然ながら独創性に満ちたルバートは、ため息がこぼれるほどに美しい。ワルツもポロネーズもノクターンも、だれの演奏にも似ていない唯一無二のもので、ショパン自身が聴いても納得したであろう個性と自由と自然な空気が息づいている。
 ラヴェルの音楽もまた、フランソワで聴くと作曲家のすばらしさを改めて知らされる。ラヴェルはこまやかで知的で洗練された作品を書き、その奥にはユーモアとウイットが潜んでいる。その真髄をフランソワは鋭敏な感性で嗅ぎ取り、イマジネーション豊かなラヴェルの世界を絵巻物のように繰り広げる。そこからは19世紀末のパリの空気、一種のデカダンスの雰囲気もただよってくる。
 ドビュッシーもまた、特有の色彩感とひらめき、魔法のような音色で演奏される。聴き慣れた作品をフランソワの録音で聴き直すと、まるで違った音の世界が広がり、古典的な奏法でありながら、いつの時代でも決して古さを感じさせないみずみずしさと妖艶さがただよっていることに驚きを覚える。
 弟子を持たなかったフランソワに7年間も師事したというブルーノ・リグットに話を聞いたことがあるが、フランソワのレッスンを終えると、あたかもモーツァルトやショパンに会ったように興奮したそうだ。フランソワは文学や絵画を例にとり、小節線にとらわれないようにといい、歌手のように旋律を歌わせる大切さを教えてくれたという。
 お酒とタバコとコーヒーを大量に摂取し、ジャズを愛し、作曲や詩作を行ったフランソワ。46年の濃密な人生のなかで残された録音は聴き手の心を高揚させ、至福のときを味あわせてくれる。それは貴重な遺産であり、私の宝物であり、生涯の心の友でもある。
 今日の写真は、最近リマスタリングにより新たにリリースされた、ショパンの夜想曲(ワーナー)。1966年の録音だが、見事なまでに馨しい香りを放っている。


| マイ・フェイバリット・ピアニスト | 22:27 | - | -
仁和寺
 真言宗御室派総本山の世界遺産に認定された仁和寺は、子どものころ両親に連れられて訪ねたのが初めてである。
 ここは、いつ行っても、重厚な二王門から奥に続く広い参道が印象的である。
 まず、御殿を訪れ、庭園と宸殿と書院をゆっくりと回る。
 写真は、宸殿の極彩色で描かれた襖絵。


 
白書院より南庭を眺めていると、日常を忘れ、時間を忘れ、ただ無の状態になる。写真は、回廊から庭を望むところ。



 一度、外に出て参道を歩いていくと、仁和寺の特徴である低木の御室桜が出迎えてくれる。桜の季節にぜひ訪れたいものだ。 
 やがて美しくバランスのとれた五重塔が姿をを見せ、威風堂々とした金堂へと歩みを進める。写真は、五重塔と金堂。





 今回は世界各国からの観光客が多く、みんな猛暑のなか、汗びっしょりになりながら写真を撮り、ゆっくりと見て回っていた。
 ここは観光地でありながら、恐ろしく混雑している感じではなく、比較的ゆっくり見ることができる。
 とにかく、夏の京都はものすごい暑さである。境内を歩いたり、バスを待ったり、道を歩いたりしているだけで、全身の水分が奪われていく。
 板敷の廊下にすわり、じっと庭園を眺めていると、自然の涼風をからだにまとうことができて、静けさとおだやかさに身も心も癒されるが、一歩外に出ると、途端に肌を射すような強い陽光にさらされる。
 そこで、仁和寺の二王門を出た正面にある茶屋で、涼を取ることにした。
 このお店でいただいたのが、「さくらアイス」。御室桜から命名しているのだろう。ほのかに桜の香りがする、とてもおいしいアイスクリームだった。
 次回はぜひ、桜を愛でたい。そして宿坊と食堂のある御室会館で、お食事をいただきたいと思う。なあんて、食べることばっかり(笑)。
 
 
 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 22:50 | - | -
京都の五山送り火
 8月16日は、京都の五山送り火である。
 今日はテレビ中継があり、それを見ながらマンションのテラスでどこかの送り火が見られるのではないかと思ったが、京都の人もびっくりするほどの大雨に見舞われ、ナマの送り火を見ることはできなかった。
 まず、20:00に「大文字」が点火され、5分ずつずらして「妙法」、「船形」、「左大文字」、「鳥居形」と点火されていく。
 テレビでは特別番組を組み、各々の送り火にかかわる人々の様子、1年間の準備の仕方、送り火の歴史と伝統などを詳しく紹介していた。
 やはりこの地で味わう送り火の空気は特別で、先祖への感謝の気持ちが湧いた。
 来年こそ、早めに予約をして、いずれかのホテル、レストラン、ビルなどで鑑賞したいという気持ちになった。 
 それにしても、京都は毎日午後になると、どしゃぶりになる。雷が鳴ったり、はげしい雨になったりするが、しばらくすると嘘のようにカラリと晴れる。
 ところが、今日に限って夕方から雲行きが怪しくなり、送り火の点火時刻になったとたん、ザーザー降り。
 保存会の人たちの熱意と努力と根性で、それぞれの送り火は無事に点火され、五山すべてが無事に成功し、夜空に赤々と火が灯った。
 実に感動的な瞬間だった。
 さて、来年こそ、間近で見るゾ。
 観光局では、「五山送り火」の見える場所のリストを作っているため、それをもらってきて研究している。
 来年は雨が降りませんように…。
 
 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 21:31 | - | -
おからハウス
 京都の仁和寺と妙心寺の間に、おからハウスという精進料理のお店がある。
 ふつうの一軒家の一階がお店になっていて、この家の女性が経営している。
 猛暑のなか、訪ねてみると、優しい笑顔で迎えてくれた。
 予約をしておいたため、奥のお座敷に通され、涼しい和室ですっかりくつろいだ気分。なんだか、昼寝をしたくなってしまった。
 お料理はおからやお豆腐などが主体で、五穀米のごはんもとてもおいしい。
 ひとつずつ説明してくれ、聞いているだけでからだが元気になりそうだ。
 京都の夏はとにかく暑い。カンカン照りのなか、こういうおばんざいのランチをいただくと、疲れが吹き飛ぶ。
 写真は、おからハウスの外観と盛りだくさんのランチ。このほか、おからコロッケやゆば豆腐もあり、飲み物もデザートもすべてオーガニック。
 これから暑いなかをお寺巡りをするには、体力をつけなくちゃね。
 というわけで、心のこもったお料理をいただき、胃も心も休まった。








 
 
 
| 美味なるダイアリー | 22:26 | - | -
仕事と休養半々の夏休み
 ようやく夏休み前の原稿の入稿がすべて終わり、ホッとひと息。
 明日からしばらく京都の仕事部屋に行き、仕事と休養半々の日々を過ごそうと思っている。
 仕事の方は、次なる単行本のインタビューをしたテープ起こしの作業だ。
 かなり長時間に渡る録音があるため、ふだんの仕事をしながらだと、なかなかはかどらない。
 そこで、夏休みの期間に、一気に集中してテープ起こしをしようと考えた。
 休養の方は、五山送り火を見ること。これは16日の夕方からである。
 というわけで、今年の夏休みは暑い京都で過ごすことになった。昨年も、この時期に猛暑の奈良に出かけたっけ。
 まあ、東京にいても暑さは変わらないから、京都の方が気分が変わっていいか。
 本当は、比叡山延暦寺に出かけようと計画をしていたのだが、仕事もしなくてはならないため、今回は遠出は避け、仁和寺に行こうと思っている。
 また、涼し気なお寺の写真をお届けしま〜す。
 私の「旅の友」は、ボーズで聴く音楽。京都は、新幹線で東京から2時間18分ほどなので、オペラだったら1演目、器楽や室内楽だったらCD2枚分聴いていれば着いてしまう。
 今日の写真は、わが友、ボーズのヘッドホン。これ、いい音しているんですよ。やわらかい響きで、長時間聴いていても、まったく耳が痛くないから大のお気に入り。


 
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:50 | - | -
類まれなる集中力
 リオ・オリンピックの熱戦が続いている。
 内村航平の鉄棒に賭けるひたむきな目と類まれなる集中力に満ちた表情、完璧なる演技を見て、国際コンクールの本選の舞台におけるピアニストと同質のものを感じた。
 幼いころからその道ひと筋に歩み、長年の研鑽の結果を本番の場で披露する。
 もちろん、スポーツと音楽ではまったく内容が異なるが、ひたすら技術を磨き、メンタルとフィジカルを整え、自分のもてる最高のもので勝負するという面では似ている。
 以前、ノルウェーのトランペット奏者、オーレ・エドワルド・アントンセンにインタビューしたとき、彼が冬季オリンピックの委員のひとりになっていると聞き、その話で盛り上がったことがある。
「スポーツ選手と音楽家はすごく似ている面があるんだよ。ぼくの国では、主としてウィンタースポーツの選手だけど、メンタル面のケアを非常に重視しているんだ。そこにぼくが呼ばれるわけだけど、本番のステージでふだんの自分の能力を存分に発揮するためには何が必要かということが話し合われる。話ばかりではなく、自分を信じるためには何が必要か、幼いころから培ってきたものをいかにしたら100パーセント出せるか、緊張しないためにはどうしたらいいかなど、いろんなことをチームを組んで解決していく。とても興味深いプロジェクトで、ぼくはここで音楽家として何が必要かということをトップ・アスリートたちから学んだ。指導する立場なのに、いろんなことを学ぶことができるんだよ」
 アントンセンはさっぱりしていて自然体で、とてもナイスガイ。演奏ものびやかで、涼風を感じさせるような美しい響きをもっているが、そうした演奏の奥にアスリートから得た精神が息づいているようだった。
 まだまだオリンピックはこれからハラハラドキドキの競技が続きそう。ただし、リオとは昼夜が逆。毎日、寝不足だよねえ。
 もう夏休みに入った人が多く、仕事の連絡は少ないため時間的には余裕が出てきたが、それにしても、眠い眠い(笑)。
| 日々つづれ織り | 23:25 | - | -
メール・インタビュー
 メールの発達により、仕事の仕方が大幅に変ってきた。
 まず、原稿依頼の方法が電話からメールに移り、ほとんど固定電話にはかかってこない。
 固定電話が留守電になっていると、すぐに携帯の方にかかってくる。
 外出先でその電話を受け、「それじゃ、詳細はメールで送っておいていただけますか。戻り次第、見ますので」と、返事をしておく。
 これで、メールに原稿依頼が入ってくるというわけだ。
 最近多いのが、メール・インタビューという方法。海外にいるアーティストにメールでインタビュー内容を送り、その答えを送ってもらい、インタビュー原稿に仕上げるというやり方である。
 このメリットは、経済的な面と時間的な面。海外に出張して話を聞かなくて済むし、時間の節約にもなる。
 デメリットは、一方通行のインタビューになること。一問一答の形になるため、それをインタビューらしい原稿に仕上げなくてはならない。
 まあ、私はそういうの得意だけどね、なあんて…。いえいえ、けっして自慢しているわけでも、楽しんでいるわけでもありませんよ。
 だって、この場合は、実際にアーティストに会って話をしているわけではないため、生き生きとした原稿を書くのは至難の業だからだ。
 私は、人に会って話を聞くのが好き。メールのやりとりだと、限界がある。
 でも、戻ってきた答えから、最大限その背後にあるアーティストの姿勢や精神や思いを読み取り、原稿に託していかなくてはならない。
 つい先ごろも、ベルリンに留学している日本のピアニストにメール・インタビューをすることになり、雑誌の担当者に質問状を提出した。
 もうすぐその答えが戻ってくるため、それをもとに原稿を仕上げる。
 本当に世界は狭くなったと感じる。取材の方法がどんどん変化していくからだ。さて、今後はどんな新しい方法が出てくるのだろうか。
 仕事の内容や方法が変るのはいいけど、そういう変化にいつもすぐに対応しなくてはならないから、大変だよねえ。パソコンで眼精疲労がすごい、などといっている暇もなく、次々に新たなことに挑戦しなくてはいけない。
 私はけっしてメカに強い方ではないけど、周りの仕事仲間を見ると、私よりもこういうことに苦手な人がいて、そういう人はもうまったく新しいことはやらなくなってしまう。こうなると、どんどん置いていかれてしまう。
 いやはや、世の中の急激な変化に着いていくのは、ホント大変だワ。

 
| 日々つづれ織り | 22:38 | - | -
夏休み前の追い込み
 各社の担当者から、夏休み前の入稿の催促が入り、いやが上にも焦ってくる。
 お盆の時期には早めに印刷所が稼働しなくなるため、その前「なんとしても原稿がほしい」という切羽詰まった状態なのである。 
 それを聞いて、独立したころに週刊誌を3冊受け持っていたことを思い出した。
「Hanako」と「ぴあ」と「アサヒグラフ」である。
 週刊誌の連載を抱えていると、ゴールデンウィーク進行、夏休み進行、秋の休日が続く前の進行、年末進行、お正月進行と、次々に早い進行が襲ってくる。
 1週間に2回の締め切りがあったり、雑誌が重なったりして、何をしているのかわからなくなるような状況だった。
 しかも、当時はFM誌も2冊担当していたため、これらは隔週刊誌である。
 もう、スケジュール帳に締め切り日を書き込んでいても、いつもぐちゃぐちゃで、頭がパニックになりっぱなし。
 締め切りに追われる仕事というのは、本当に心が休まらないものだ。いったいこれを何年続けているんでしょうね(笑)。
 というわけで、今年もいまは“巻き巻き"の状態。ひとつずつ仕上げ、担当者に送り、予定表の上から消していく。
 私はひとつ締め切りが終わると、必ず一服して(タバコではなく、ティータイム)、気持ちを切り替える。
 いまはオリンピックのビデオを見てひと休みしているのだが、リラックスするどころか、気分が高揚してしまう。本当に、鍛えられた肉体とワザと強いメンタルには感動する。
 さて、まだまだやらなくてはならないことが山積み。私の夏休みは、いったいいつ訪れるのだろうか…。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:02 | - | -
フェンネルのポタージュ
 ライナーノーツの仕事に追われている。
 各レコード会社の担当者から、こんな連絡が入る。
「このアーティストだったら、伊熊さんですよね」
「この人、すばらしい新譜をリリースするんですよ、ぜひお願い」
「忙しいと思いますが、このアーティストだけはどうしても…」
 こういわれると、一瞬引き受けようかどうしようかと迷うのだが、結局、担当者の熱意に押されてしまう。
 こうしてライナーノーツがたまっていく。
 今日も、今秋来日するアーティストのチラシ原稿の校正はくる、雑誌の記事の校正が相次ぐ、そしてライナーノーツをようやくひとつ終えたと思ったら、曲目解説を1曲抜かしているといわれ、あわててそれを追加入稿した。
 時間に追われていると、こういうことがあるから困るよね。
 そうこうしているうちに、新聞の連載記事の締め切りが迫ってきた。
 あっ、植木に水やりするの、忘れていた。ちょっとルーフバルコニーをのぞいたら、枯れそうな気配の植木があるではないか。しんなりしていて、元気がない。
 あらあら大変、すぐに水やりをした。
 夕食の準備もあるし、なんでこうやることが次から次へとあるんでしょうね。
 ようやくいろんなことを片付けて、さて、新聞の原稿だ。
 とまあ、ここ数日はあたふたあたふた。せっかく見つけたフェンネルをまだポタージュにしていない。
 フェンネルは、なかなかお店に並ばない野菜である。見つけるとすぐに購入する。これはイタリア人が大好きな野菜だ。
 私はたまねぎ、にんにく、じゃがいもと一緒にバターとオリーブオイルで炒め、ブイヨンをいれたスープでやわらかくなるまで煮込み、牛乳を加えてバーミックスでトロトロにし、ポタージュを作る。
 でも、まだ時間がない。野菜は鮮度が大切だから、早めに作らなくっちゃ。
 よしっ、明日は仕事よりフェンネルを優先するゾ(笑)。
 今日の写真は、調理されるのを待っているフェンネル。千切りにして使うけど、葉だけはとっておいて、最後のトッピングにする。
 ああ、早くおいしいポタージュ、飲みたいなあ。


| 美味なるダイアリー | 23:44 | - | -
仕事仕事の休日
 週末からたまっていた原稿と格闘し、まったく休日という感じがしない。
 もちろんフリーの場合は曜日は関係ないから仕方ないが、それにしても終わりが見えない。
 今日も何本か入稿し、気がついたら、もうこんな時間になっていた。
 楽しいブログを書きたいと思っているのだが、パソコンに向かってずっと原稿を書いているだけの生活なので、新しいネタがない。
 オリンピックの開会式はちらっと見たが、それだけで、あとはずっと缶詰状態。健康によくないよねえ。
 わかってはいるけど、どうにもならない。
 というわけで、締め切りがひと段落ついたら、また何か楽しい話題をお伝えします。
 というところへ、友人のKさんからメールが入り、ライプツィヒでゆっくりしているとか。いいよなあ、ひたすらうらやましい。
 さて、彼女に返事でも書きますか。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:46 | - | -
フェデラーとワウリンカ欠場
 もうすぐリオ・オリンピックが始まる。
 私はテニスをとても楽しみにしていたが、スイスのふたり、ロジャー・フェデラーとスタン・ワウリンカはけがのために欠場となってしまった。
 フェデラーはひざの手術の経過がよくないらしく、今シーズンのすべての試合の欠場を表明、リハビリに励むことになった。
 ワウリンカも先ごろ、オリンピックに参加できないことを発表、これでスイスは大きな戦力を失ったことになる。
 フェデラーはワウリンカと組んで北京オリンピックのダブルスで金メダル、ロンドン・オリンピックはシングルスで銀メダルに輝いている。
 リオではシングルス、ワウリンカとのダブルス、マルティナ・ヒンギスとのミックス・ダブルスに出場する予定で、当初は大きな話題となったが、すべてがなくなってしまった。とても残念だ。
 オリンピックというのは、みんな自国の選手を応援するものだから、私のように他国の選手に注目しても、テレビ放映はかなわない。観ることができないから、結果だけを調べることになる。
 それにしてもサッカーの日本の最初の相手、ナイジェリアは、リオに到着したのだろうか。
 これからいろんなニュースが日々入ってくるに違いない。
 スポーツ観戦の大好きな私は、仕事をにらみつつ、いろんな競技を見たいと思っている。
 今日の段階では、まだ聖火の最終ランナーが発表されていない。サプライズがあるそうだが、いったいだれなのだろうか…。
| ロジャー・フェデラー | 23:24 | - | -
シソの実のつくだ煮
 八百屋さんの店先で、シソの実を見つけた。
 シソの実といえば、お刺身などにほんの少し薬味として添えられている以外、あまり目にすることがない。
 ただし、今回は30本ほど束になって袋に入っていた。
 エーッ、こんなにたくさん。これ、どうやって食べるんだろうとお店の人に聞いたところ、「つくだ煮にするのが一番」と教えてくれた。
 早速、初挑戦。
 まず、30本ほどのシソの実のついた枝からシソの実をこそげ取り、さっと水洗いして水気をしっかり切る。
 鍋に50CCのだし汁を入れ、しょうゆ大さじ2、砂糖大さじ2、酒小さじ1を加え、このなかにシソの実を入れて汁けがなくなるまで中火で煮る。
 これは、白いごはんにも合うが、おにぎりの具として最高。
 炊きたてのごはんで小ぶりのおにぎりを作り、ひと塩の鮭を焼いてほぐし、上に乗せる。そのトッピングとして、シソの実のつくだ煮をパラリ。
 これを焼きのりで包んで、パクリとひと口。ウワーッ、いくらでも食べられるおいしさ。
 ぜひ、シソの実を見つけたら、お試しあれ。止まらなくなるおいしさですゾ。
 今日の写真は、盛りだくさんのシソの実。それがつくだ煮に変身。そして、おにぎりのトッピングへとホップ・ステップ・ジャンプ!









 
| 美味なるダイアリー | 22:28 | - | -
単行本の打ち合わせ
 2冊の単行本のほぼ同時進行を抱えていると、だんだん頭が混乱してくる。
 今日は、海外の大物歌手の本のアメリカのマネージャーが来日したため、宿泊先のホテルに出向き、写真のセレクトやインタビューのスケジュールなどを話し合った。
 なんとか、9月にロサンゼルスでインタビューができそうだ。
 ただし、これが前半になるか、後半になるかで、私の執筆の時間に大きな影響が出るため、決定するまで気が気ではない。
 海外取材というのは、取材する時間のみならず、実に多くのことがからんでくるため、それらをひとつずつクリアしていかなければならず、時間と労力を要する。
 すべては、取材の数時間のための準備である。
 その前に、資料をすべて頭にたたき込んで、どのような構成にするか、実際には何を聞くか、どういう風にまとめるか、書く時間はどのくらいかかるのか、全体像をつかまなければ進まない。
 今日、ある知人に「その単行本って、いったいどのくらいの文字数なわけ?」と聞かれ、「約9万字」と答えたら、「400字の原稿用紙で何枚?」と再度質問が帰ってきた。
「えーっ、いまは原稿用紙で書いていないからわからない。9万字を400で割って」といったら、「暗算、苦手で…」と電卓を出した。
 そして、「キャーッ、とんでもないねえ、よくやるわ、それも2冊も…」といって絶句していた。
 そう、まさに絶句です。私だって、好んで2冊重なって引き受けたわけではなし、たまたまこういう時期になってしまったわけ。
 まだまだ両方の本の取材や資料集め、その読み込み、構成などに時間をかけなくてはならず、いつ終わるともわからない、出口の見つからない長いトンネルに迷い込んだ感じ。
 こういうときは、集中してひとつずつじっくり時間をかけて向き合っていくに限る。私はもともと一度にふたつのことはできないタイプ。器用な方ではない。
 そういう性格は十分知っているため、自分なりの方法で対処するしかない。
 それにしても、高く大きな山をふたつも登頂するのは、体力と気力がいるわねえ。夏バテなんかしていられないゾ。好物の抹茶アイスでも、食べちゃおうかな(笑)。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:24 | - | -
追悼文の難しさ
 中村紘子の追悼文を書いていて、その難しさに困惑している。
 新聞の担当者からは、だいたいの内容を聞いていたのだが、いざ書き出してみると、なかなか思うような内容にならない。
 中村紘子には、長年に渡り、取材やインタビューを行ってきた。日本のみならず、海外でも取材を続け、いろんな話をしてきた。
 そうした思い出が山ほどあって、何に焦点を当てたらいいのか、わからなくなってしまったのである。
 新聞と雑誌の記事の書き方は、まったく異なる。今回は、まず新聞が最初である。ここでつまずいていては、これから先が思いやられる。
 だが、どうにもうまくいかない。
 一度、原稿を入稿したが、やはりいろんな注文が入ってきてしまった。
 そこで初めからやり直し、全面的な書き直しとなった。
 ようやく仕上がったが、どうしてこんなに時間を要したのか、自分でも不思議だ。
 追悼文というのは、その人に対する思いが強いと、なかなか自然な形で書けないのかも知れない。それを思い知った感じがする。
 これからまだ雑誌の追悼文が2本控えている。なんとか内容が重ならないように、あれこれ考えを巡らして、中村紘子の想い出を率直に綴らなくてはならない。
 今日入稿した原稿は、東京新聞の8月3日(水)の夕刊に掲載される予定である。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:41 | - | -
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