Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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クラシックリクエスト
 今日は、NHK-FMの「クラシックリクエスト」の収録があり、12時にスタジオ入りをした。
 番組のテーマは「聴いて! 私だけの名曲名演決定版」。
 出演者の垣内悠希さん(指揮者)、中川緑さん(NHKアナウンサー)とスタッフが集まり、全体の内容、マイクテスト、番組の進行などを1時間打ち合わせ、いざ13時から生放送開始。
 番組中にもリクエストを受け付けているため、次々に流す曲が変化していく。
 垣内さんとは今回が初対面。でも、彼はウィーンに住んでいるということから、ウィーン好きの私は彼と話していると、「ウィーンの風」を感じるような気がした。
 中川さんが、絶妙のタイミングで垣内さんと私に話を振り、それに対してふたりが答え、次々にリクエスト曲がかかり、リスナーからのコメントも紹介されていく。
 なかなか演奏を聴く機会のない曲や珍しい曲も登場し、音楽というのは本当にその人の人生のなかで大きなウエイトを占めるものだと実感した。
 これが「音楽の力」といえるかもしれない。
 ある曲を聴くと、そのときの自分が置かれた時代、環境、一緒にいた人、その音楽を薦めてくれた人などの想い出が蘇り、まさにそのときにタイムスリップしていく。
 そんな数々の想い出が寄せられ、今回はこれまでの番組のなかで一番多くのリクエストが寄せられたそうだ。
 打ち合わせを含めて7時間スタジオに缶詰だったわけだが、すばらしいスタッフに恵まれ、なんとか乗り切ることができた。
 番組が終了したときには、スタッフ全員と「バンザ〜イ、終わった! お疲れさま〜」とみんなで叫び、スタジオ中に達成感がみなぎった。
 この仕事で、今年は仕事納め。
 実は、番組進行中にも友人や仕事仲間から「ラジオ聴いていますよ」とメールが入り、うれしくて垣内さんに話したら、彼のところにもメールが届いているとのことで、「伊熊さんとのツーショットを送ってあげていい?」といわれ、「エーッ、そんな。写真撮られるの好きじゃないのに」といったけど、とうとう送られてしまった。まっ、仕方ないか(笑)。
 今日の写真は、まだ番組が始まる前に出演者、スタッフが集まったところ。左から中川緑さん、プロデューサーの角茂樹さん、スタッフの青木香子さん、スタッフの矢口盛悟さん、垣内悠希さん。
 このほかにも、録音スタッフがたくさんいてそれぞれの仕事をてきぱきとこなし、フル稼働で番組を完成に導いた。
 みなさん、本当にお世話になりました。ありがとうございます。
 2016年の最後の仕事が気持ちよくでき、感謝しています。
 明日から、私は京都にいきます。


 
 
 
 
| 日々つづれ織り | 22:16 | - | -
怒涛の年末入稿の日々
 各誌の年末入稿が重なり、怒涛の日々を送っている。
 ひとつの原稿が終わるたびに、「あともう少し」「あと何本」と自分を奮い立たせ、青息吐息の状態に少しでも力をつけようと努力はしてみる。
 だが、もうここまでくると眠気は吹き飛び、脳が覚醒し、なんだかヤケになってくる。
 一応、年内の目標はほぼクリアし、明日は29日のNHK-FMの6時間ナマ放送の下調べをしなければならない。
 リスナーからのリクエストという表が送られてきたが、結構マニアックな曲も入っている。
 これをどうやって解説したり、楽しく話せばいいのだろう。「えーっ、こんな曲知らないワーッ」とはいえないもんね(笑)。
 さて、大変だ。かなり時間をかけて調べていかないと、大変なことになるゾ。
 なにしろ6時間だもんねえ。甘い気持ちではダメで、緊張感をもって集中的に調べていかないとならない。
 でも、まだ原稿が完全に終わったわけではないため、その時間も確保しなくちゃ。
 その前に、事務的な仕事がたまっていて、これも片付けなくてはならない。
 あ〜あ、いつになったら私の年末休暇は訪れるのだろうか…。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:28 | - | -
赤松林太郎
 ハンガリーと日本を往復し、ピアニスト、教育者、コンクールの審査員、エッセイストなど多彩な活動を展開している赤松林太郎。
 今日は、今年最後のインタビューとなる彼に会いに、レコード会社に出かけた。
 赤松林太郎は、さまざまな「鐘」の音楽を集めた「そして鐘は鳴る〜And the Bell tolls」(キングインターナショナル)と題した新譜をリリースした。
 ここにはアルヴォ・ペルト、ヘンデル、モーツァルト、シューマン、グラナドス、ジャン・フランチェスコ・マリピエロ、ドビュッシー、スクリャービン、ラフマニノフ、マックス・レーガーの作品が収録され、多種多様な「鐘」にまつわる響きが凝縮している。
 インタビューでは、留学中の話や恩師のユニークな教え、コンクール審査員として思うこと、ピアニストとしての方向性など広範囲な話が次々に飛び出し、さまざまな面に飛び火するため、限られたインタビュー時間では到底聞ききれないほどの内容の詰まった取材となった。
 彼は「虹のように」(道和書院)と題する単行本も出版しており、今日は帰りにその本をいいただいた。
 年末年始のお休みにじっくり読みたいと思う。
 このインタビューは次号の「intoxicate」に書く予定になっている。
 音楽も訴える力が強いが、話し方も実に戦闘的で情熱的で、すこぶる雄弁。まだ話し足りないという表情をされたが、私も聞き足りなかった。
 次回は、もう少しゆっくり時間をとって、戦闘モードの話にじっくり耳を傾けたい。そしてリサイタルも聴きたい。
 今日の写真は、インタビュー中、いろんな表情を見せる赤松林太郎。
 私が「初めまして」と名刺を出したら、「いつも記事をいろんなところで読んでいます。お会いできてとてもうれしいです」と、開口一番にこやかな笑顔を見せながらいわれ、一気に距離が縮まった感じがした。
 彼は「美しいキモノ」でモデルを務めたこともあるそうだ。
 そういえば、着物が似合いそうだよねえ。今度、着物を着てきてくれないかなあ、バチバチ写真を撮るのに(笑)。




 
| アーティスト・クローズアップ | 22:05 | - | -
京小座布団
 京都には歴史と伝統をいまに伝える老舗店が多いが、嵯峨嵐山にある手作り座布団のお店「プラッツ Platz」もそのひとつ。
 明治20年代に西陣で創業し、現在の場所に移ったのは平成2年。いまは手作り座布団ばかりではなく、生活雑貨と家具なども置いている。
 私が目をつけたのは、やはり座布団で、座椅子用の大きめの座布団ではなく、ふだん使っている椅子のクッションとして使う小さめのもの。
 嵐山のお店は雑貨好きの人であふれ、駅からちょっと距離があるものの、みんなお目当ての物を求めてやってくる。
 座布団はいろんな色があり、さまざまなサイズが展示されているが、オーダーもでき、布や形を選ぶことができるという。
 本当に、京都は奥深い。
 こういうお店を訪ねると、どんどん和風の物にハマっていく。
 今日の写真は、自宅の松本家具の椅子にクッションのように置いてみた京小座布団。モスグリーンが大好きな私は、2色のグリーンを選んだ。
 使い込んだ松本家具の古風な椅子に、ピッタリ合う感じ。和と洋の絶妙なマッチングですな(笑)。 


| ゆったりまったり京都ぐらし | 16:00 | - | -
人生は一度きり
 連休もクリスマスも関係なく、仕事仕事の私に、強烈なことばが降ってきた。
 新聞に掲載されていた、ウルグアイ前大統領のホセ・ムヒカ氏のひとことである。
 彼は「清貧」を貫く哲人政治家として知られ、1週間ほど日本に滞在したときの感想を「日本人へのメッセージ」として語った。
 そのなかで、私が強く心を打たれたことばがある。
「日本人は働きすぎだ。もう少し働く時間を減らし、家族や友人と過ごす時間を増やしたらどうだろう。あまりにも仕事に追われているように見えるから。人生は一度きりで、すぐに過ぎ去ってしまうんだよ」
 ごもっともでございます。
 十分にわかっています。
 でも、どうしようもないのです。目の前の締め切りをこなさない限り、私には休みが巡ってこないから。
 しかし、最近このことをよく考える。
「もっと働く時間を減らす」とムヒカ氏が指摘しているように、これを真剣に考えなくてはならない。
 先日、長年の仕事仲間とも、この件について話し合った。
 彼女も、最近は仕事を減らし続け、自分の時間をもとうとしているそうだ。
 私もそうありたい。そうあらねばならぬ。
 今日は、ムヒカ氏のことばが胸に突き刺さってきた。
「人生は一度きり」。まさにこのことを真剣に考えなければならない時期にきている。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:30 | - | -
おいしいイチゴ
 親しくしているピアニストのIさんが、おいしそうなイチゴを送ってくれた。
 箱を開けた途端、「あらあ、きれい。すっごく立派。なんとみずみずしい色をしているのだろう」と、感嘆の声を上げてしまったくらいだ。
 これは静岡県の「紅ほっぺ」という種類で、果肉の美しい鮮紅色と、ほっぺが落ちるほど美味なことから命名されたという。
 確かに、ひと口食べただけで「う〜ん、さすが」と、うなってしまうおいしさだ。
 こんなに立派なイチゴは、ふだんなかなか自分では買えない。
 Iさん、ごちそうさま。まさにほっぺが落ちるほどのおいしさです。
 Iさんのピアノは私の心の奥の琴線に触れるもので、いつも演奏を聴くたびに深い感銘を受ける。ゆっくり、じっくり、胸の奥に音楽が染み込んでくる感じがするのである。
 また、彼女とは仕事抜きで食事会をしたいと思う。いつも本当に楽しく、自然体で、さまざまな話をすることができるからである。
 今日の写真は、鮮やかな色彩の紅ほっぺ。こういうくだものは、本当にからだにじんわりと浸透し、疲れを癒してくれる。
 この連休は、週明け締め切りの原稿が山ほどたまっていて、まったく休みはとれない。朝から晩まで原稿書きである。
 Iさんの心遣いが身に染みる。
 ビタミンを補給したから、今夜はバッチリだ(笑)。



| 美味なるダイアリー | 16:54 | - | -
辻井伸行
 約1カ月半前に、辻井伸行とヨーロッパ室内管弦楽団の「極上のモーツァルト」と題した日本ツアーが終わったばかりだが、いまはバッハの「イタリア協奏曲」、モーツァルトのピアノ・ソナタ第17番、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」と第23番「熱情」のツアーの真っただ中である。
 これは12月14日から2017年3月29日まで、間を置きながら全国で展開される。
 今日はその合間を縫って、来春の「家庭画報」の取材のため、府中の森芸術劇場どりーむホールに出かけた。
 辻井伸行はいつ会っても元気で、どんな質問に対してもことばを尽くして熱く語ってくれる。
 長年インタビューをしているためか、途中からいつも雑談になってしまい、公演で訪れた土地での食べ物の話や、指揮者の知られざる素顔や、海外でのエピソードなどに話が逸れていく。
 仕事の話よりもそういう方がおもしろいため、つい爆笑しながら対話していると、あっというまにインタビューの時間は過ぎてしまう。
 もちろん、今回のプログラムに取り上げた作品について聞いた。
 1カ月半前に話を聞いたときは、バッハを初めて演奏会に取り上げることになり、「イタリア協奏曲」だという話を聞いたばかりだったので、「あのときは、まだこれから各楽章を仕上げていくところだと話していたのに、こんなに早く本番で演奏するなんて、びっくり」というと、「そうなんですよ、早いでしょう」といって楽しそうに笑っていた。
 記事のなかでは、作品にまつわるエピソード、各々の作曲家に対する思いなどを存分に紹介したいと思う。
 今日の写真は、本番前の練習に余念がない辻井伸行。
 カメラマンの写真撮影では、即興で自作を披露していた。

| 親しき友との語らい | 22:22 | - | -
2016年のインタビュー
 いまは各社の雑誌が送られてくる時期で、ある音楽雑誌が「2016年を振り返る」という記事にページを割いている。
 2016年に行われたコンサート、リリースされ録音のなかで、優れたものをリストアップするという企画である。この企画は、他誌でもまだまだ続く。
 今年も、本当にさまざまな演奏を聴いてきた。そのなかで、ベストワンを選ぶのは至難の業である。
 だが、不思議にノートを見ながらあれこれ思い出しているうちに、「これだ!」というものが見つかる。
 コンサートの場合は、そのときの感動が蘇り、録音の場合は、繰り返し聴いている音源が手元にあることに気づくのである。
 整理の悪い私でも、こうしてすぐにベストワンが決まるのだから、整理上手な仕事仲間の評論家たちは、きっと即決しているに違いない。
 でも、選ばれたリストを見ていると、千差万別。本当に人の趣味嗜好というものは、さまざまなのだということがわかる。
 実は、私のなかで、2016年に行ったインタビューでもっともおもしろかったものを5つ挙げてみた。
 プラシド・ドミンゴ
 ファジル・サイ
 ピエール・アモイヤル
 エマニュエル・パユ
 チョン・キョンファ
 この5人である。
 次点がアレクサンドル・タローとラン・ラン。
 こうしてリストアップしてみると、そのときのインタビューの情景がまざまざと蘇ってくる。彼らの生き生きとした表情までも浮かんでくる。
 さて、来年はどんなインタビューに出会えるだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
| 日々つづれ織り | 22:45 | - | -
岩下眞好さんを偲ぶ
 ドイツ文学者で音楽評論家の岩下眞好さんが、15日に脳出血で亡くなった。享年66。
 慶應義塾大学で長く教鞭を執り、名誉教授となられた。
 実は、岩下さんとは1998年に海外出張でご一緒したことがある。
 毎春行われる「東芝グランドコンサート」の先行取材で、翌年のミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団に関する取材であり、プラッソンのインタビューなどを行った。
 このときはトゥールーズ管の演奏を聴いたり、町の取材をしたり、結構のんびりと余裕のある日程だったことを覚えている。
 毎夜、夕食が終わってからホテルの中庭に出て、取材陣みんなで遅くまで飲んでいろんな話をしたが、そのときに岩下さんともずいぶん親しく話すことができた。
 以来、コンサートでお会いするたびに、近況などを話すようになった。
 ところが、この夏、彼が病気で倒れたと聞き心配していたのだが、秋になって元気な姿でコンサートに現れた。
「実は、肺に水がたまって、それをかなりたくさん抜いたので、やせたんですよ。ちょっとスリムになったでしょう」
 こう笑って話す様子から、体調が戻ったと安心していたところだった。
 その矢先の訃報である。
 とてもショックで、ことばが出ない。親しくしている人が亡くなると、その人の思い出が走馬灯のように頭を巡る。 
 岩下さんは、いつもとてもおだやかで優しく、ユーモアも忘れない人だった。
 もう音楽談義ができないことが、とても悲しい。
 謹んでご冥福をお祈りします。
 
 
| 日々つづれ織り | 20:05 | - | -
シュトラウス&ランナーの像
 ウィーンには音楽家の像が数多くあり、それらはいつも人でにぎわい、写真の被写体となっている人気の高い像と、あまり人が訪れない像とに分かれる。
 ブルク劇場の向いに建ち、高い尖塔をもつ市庁舎の公園にあるヨハン・シュトラウス1世とヨーゼフ・ランナーの像は、後者ではないだろうか。
 以前、ウィーン郊外の温泉保養地、バーデンの公園にあるシュトラウスとランナーの像をブログにアップしたことがあるが、こちらは目立つところに建っているためか、多くの人が写真を撮っている。
 一方、市庁舎公園の像は、目立たない場所にひっそりと建っているためか、いつ訪れても人影はない。
 真相は定かではないが、実はこのふたりはあまり仲がよくなかったとか。
 しかし、いずれの像も親しい友人のような表情を備え、当時のウィーンのワルツやポルカなどの舞踏音楽を牽引していた雰囲気をたたえている。
 シュトラウス1世は、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのアンコールの定番、「ラデツキー行進曲」で知られる。これはイタリアを征服した、ラデツキー将軍の凱旋祝賀会で演奏するために書かれた。
 作曲は1848年3月、ウィーンの動乱のさなかに行われている。
 当時、メッテルニヒの圧政に反抗する学生や労働者を中心とした市民が武器をとって立ち上がり、メッテルニヒを失脚させ、皇帝を退位に追い込んだ事件があったが、そのさなかに書かれた。
 このときシュトラウス1世は政府の側に立ち、軍隊の士気を鼓舞するためにこの行進曲を書いたと伝えられている。
 その後、この作品の政治的な色彩は次第に忘れられ、いまでは国民的に愛されるようになり、吹奏楽のスタンダード・ナンバーとしても愛好されている。
 ランナーはシュトラウス一家に先立ってウィンナ・ワルツの様式を確立したことで知られ、シュトラウス1世が「ワルツの父」、その息子のシュトラウス2世が「ワルツの王」と呼ばれるのに対し、「ワルツの始祖」と称される。
 「シェーンブルンの人びと」「宮廷舞踏会」「ロマンティックな人びと」などの作品を次々に世に送り出した。
 当時は、ランナーもシュトラウス1世も自身の楽団を率い、ワルツやポルカやレントラーなどで人々の人気を得、競い合い、「ワルツ対決」とまでいわれたという。
 そのおかげで、いまなお私たちはすばらしい曲の数々を聴くことができるわけだ。
 今日の写真は、市庁舎公園の裏側の入口付近にひっそりとたたずむ、シュトラウス1世とランナーの像。


 
 

 
 
| 麗しき旅の記憶 | 14:48 | - | -
にしんうどん
 京都は、うどんやおそばのだしの味が実に薄味でおいしい。
 私は関東の濃い味に慣れてしまっているが、本当は薄味のおだしの方が好きである。 
 以前、湯沢に仕事部屋があったときは、「しんばし」という人気店のにしんそばをよく食べにいった。 
 ここはいつも行列していて、私がいくのはたいてい週末ゆえ、長蛇の列。
「湯沢のおそばだったら、しんばし」といわれるだけあって、延々と待たされたものだ。
 そのお店のにしんそばは、手打ちのおそばもさることながら、にしんがとてもやわらかくて美味だった。
 京都では、手打ちうどんだ。数件ある「美竹」といううどんのお店には、このにしんうどんがある。
 ここは九条ネギを使っているのが特徴。だしのまろやかさ、うどんのモチモチ感、にしんの独特の味わい、そして九条ネギがマッチし、シンプルながら飽きないおいしさ。
 先日食べにいったときは、とても寒い日だったため、からたの芯から温まった。
 というのは、薄味のつゆを結構たくさん飲んでしまったから。
 お店の外に出ると、お稽古にいく途中だろうか、舞子さんの姿を見かけたのでついパチリ。1枚撮らせてもらった。
 今日の写真は、にしんうどんと美しい舞子さんたち。彼女たちは外国人に囲まれて、大変だった。




| ゆったりまったり京都ぐらし | 23:14 | - | -
カルロ・マリア・ジュリーニ
 そのアーティストの音楽性にも人間性にも強く惹かれ、ぜひ実際に会って話を聞きたいと願ったが、どうしてもインタビューの機会がもてなかったという人が何人かいる。
 機会あるごとにインタビューの希望を出していたのだがかなわず、残念ながら亡くなってしまったという人である。
 イタリアの名指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニはその筆頭だ。
 ジュリーニの音楽に命を捧げているような真摯、純粋、高貴、謙虚、高潔な音楽作りは、聴くたびに心打たれ、ぜひ一度会いたいと思った。
 しかし、ジュリーニはある時期から病気の夫人のそばを離れたくないという気持ちから、あまり海外での演奏を行わなくなった。
 日本でも聴く機会がなくなり、私はあるイタリア在住の知人に、マエストロの自宅にいって話を聞くというチャンスをもらえるかもしれないといわれたが、結局それもかなわなかった。
 ジュリーニは1998年に引退を表明し、2005年に91歳で亡くなっている。
 本当に、かえすがえすも残念である。一度も会うことができなかったからである。
 いまとなっては、残された録音を繰り返し聴くしかない。
 そんなジュリーニの壮年期、1971年にシカゴ交響楽団と録音したベートーヴェンの交響曲第7番がリマスター音源、SACDハイブリットとして蘇った(ワーナー 12月21日発売)。
 ジュリーニは1969年から73年にかけてシカゴ交響楽団の首席客演指揮者を務めている。当時、56歳。躍動感と生き生きとした新鮮な空気をただよわせ、シカゴ響を自由にうたわせ、ベートーヴェンの魂に寄り添うような演奏を聴かせている。
 私はベートーヴェンのピアノ・ソナタやピアノ協奏曲における緩徐楽章(第2楽章)の、えもいわれぬロマンあふれる抒情的な曲想に心が奪われているのだが、この緩徐楽章もみずみずしい演奏で、こよなく美しい。
 これは初演時に拍手が鳴りやまず、アンコールで演奏されたといわれる楽章。ワーグナーが「不滅のアレグレット」「舞踏の聖化」と評したように、ベートーヴェンのロマンティシズムがあふれた傑作である。
 ジュリーニの音楽は、いまなお私の胸に熱き感動を呼び起こしてくれる。こういう指揮者はなかなかいない。
 今日の写真は、CDのジャケット。若きジュリーニの雄姿である。


 
 
| クラシックを愛す | 22:20 | - | -
2017年のスケジュール
 12月に入ったころから、2017年の仕事の依頼が入ってくるようになった。
 もうそんな時期、となんだか実感が湧かないが、スケジュールは立てなければならない。
 今日も、来年2月の予定を聞かれ、すでにオファーを受けているものと照らし合わせ、あちこちに連絡して確認を取り、調整を図ることに。
 いまは各誌の年末入稿の真っただ中で、まだ来年のことまで頭が回らないのが現実だ。
 でも、先方は予定を早く組みたいとのことで、私もうかうかしていられず、一刻も早く返事をしなければならなくなった。
 午前中からあちこちに連絡し、その返事を待ち、ようやく夜になってすべての日程が明らかになった。
 これからもこういうことが続きそうだ。
 もう明日は12月半ば。あっというまに月末、いや年末になりそうで怖い(笑)。
 この時期になると、あちこちのお店においしそうなお餅が並ぶ。先日、西荻の駅なかの月替わりのお店に、新潟のおいしそうな草餅がきていた。
 私がお餅を手に取って見ていると、お店の男性が、「それ、うまいよ〜。ヨモギがものすごくたくさん入っているからね。疲れたときに食べてみて。元気がでるよ」と、いった。
 その「疲れたときに」のひとことで、すぐに買ってしまった。
 なるほど、きなこをまぶして食べたら、すっごくおいしい。いわゆる昔の自然な草餅の味である。
 仕事で気持ちがクサクサしているときは、こういう自然なものを食べるに限る。一気に元気になるから。
 今日の写真は、いかにもたっぷりヨモギが入っているという色をしている草餅。それにしても、年末の気配が濃厚になってきましたなあ。


 
| 日々つづれ織り | 22:04 | - | -
トーマス・イェプストル
 10月初旬のウィーン出張でインタビューをしたウィーン・フィルのメンバーは、みんな誇りをもってウィーン・フィルのことを熱く語ってくれた。
 これはJALの国際便の機内誌「SKYWARD」12月号に掲載されているが、文字数に限りがあるため、インタビューの内容を詳しく書くことはできなかった。
 そこで、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」で、彼らの熱弁を紹介したいと思う。
 まず、ホルン奏者のトーマス・イェプストルに登場してもらおう。
 彼はウィーン・フィル特有のウィンナホルンについて語ってくれ、通常のホルンとはどこが違うのか、そしてウィーン・フィルのオーディションをなぜ受けたのか、このオーケストラでの演奏はいかなるものなのか、ということを楽しそうに話した。
 この記事は、12月22日にアップされる予定である。
 インタビューは、私の好きなカフェ・ラントマンで行われた。楽器をひょいと肩にかつぎ、陽気な笑顔で現れた彼は、とてもラフないでたち。ウィーン・フィルのメンバーというよりも、ジャズかポップスの演奏家のよう。
 いや、そうじゃないな。よく見ると、オーランド・ブルームに似ている。
「クルマが混んじゃって、止めるところもないし、遅れちゃってごめん」
 こういって、フランクに話し始めた。
 今日の写真は、インタビュー後のおどけた表情のイェプストル。



 でも、この写真を「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に使うわけにはいかないから、もう1枚のホルンを抱えたシリアスな表情の方を使おうっと。
 来週アップの記事、ぜひ読んでくださいね。



 
 
| 麗しき旅の記憶 | 22:39 | - | -
金網つじ
 京都は職人の町である。
 昔ながらの道具や工芸品を作っているところが多く、そういうお店を探して訪ねるのがたまらなく楽しい。
 高台寺南門通りに、「金網つじ」という金網工芸のお店がある。
 ここは、「生涯にわたって使っていただきたい“普段使い"の道具」をモットーに、茶こしや豆腐すくい、揚げ物の盛り網など、非常にこまかく編まれた金網の工芸品を販売している。
 すべて手作りのためかなり高価だが、ていねいに編まれた製品を見ていると、値段は関係なく、魅せられてしまう。
 高台寺や南禅寺は昔から豆腐料理が有名だったため、それに華を添えるような形で「菊出し」の技法を用いてこうした製品が生まれたという。
 銅とステンレスがあり、今回はステンレスの方を購入した。
 写真は、豆腐すくいと茶こし。茶こしの方は、目詰まりしたら直してくれるそう。さすがハンドメイドの精神である。
 さて、湯豆腐でもしましょうか。きっと、同じお豆腐でも、味が違うんだろうな(笑)。



| ゆったりまったり京都ぐらし | 23:39 | - | -
石塀小路
 京都の高台寺の近くに、石塀小路と呼ばれる細い小路がある。
 ねねの道の途中、西に入る道で、石塀や板塀が巡らされ、道沿いの建物はほとんどが和風で、町家風のところもある。
 石畳もとても風情があり、静寂に包まれ、古式豊かな自宅をカフェや甘味処にして開放している家が3、4軒ある。
 ここにたたずむと、なぜかイタリアの古都が思い浮かび、アッシジやシエナの小道を歩いているような感覚に陥る。



 その一角にひっそりとお店を構える、紅茶専門店を訪れた。



 コーヒーが主流の京都で、おいしい紅茶を出すところは少ないが、ここは自宅をティールームにしていて、応接間に通されたような感じ。
 ゆったりとした椅子にすわって中庭を眺めると、日々の忙しさがスーッと霧散していく。



 お店では、レアチーズケーキやりんご入り焼きプリンなど手作りのお菓子もあり、紅茶も種類が多い。



 この石塀小路は、何度訪れても飽きない、京都らしい情趣をたたえた場所。こんなところに住みたいなあ、と思ってしまう。
 ただし、高台寺の入口近くに歩みを進めると、もう観光客がいっぱい。一気に喧騒に包まれる。石塀小路の静寂が嘘のようだ。
 
 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 23:40 | - | -
週末の締め切り
 なかなか京都の仕事部屋に行くことができず、仕事仲間から「いつ京都に行くの?」「週末は仕事から逃れて、少しはゆっくりしないとダメだよ」「せっかく京都に居場所ができたのに、無理をしてでも行くようにしないと、もったない」と、さまざまなことをいわれている。
 十分にわかっております。
 みなさん、心配してくれる気持ちもありがたい。
 でも、こればっかりは、原稿がたまっているのを放り出して出かけても、気持ちが休まらない。
 しかし、しかしですよ、今週はなんとかほとんどの仕事をクリアし、週末だけは空けることができるんです。
 というわけで、明日は、朝もはよから出かけます。書評を書かなくてはならない本を抱え、新幹線のなかで読書タイム。
 これも仕事だけど、まあ、新幹線のなかは暇だし、ipodで新譜も聴けるし…。
 今回は、しっかり行きたいところをチェックし、効率よく回る予定。
 京都の情報、お楽しみに〜。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:31 | - | -
ショパンの最後の家
 クリスマスが近づいてくると、以前この時期にパリを旅したときのことが蘇ってくる。
 いろんな作曲家の足跡を訪ねたが、ヴァンドーム広場のショパン最後の家を訪れたときは、広場にクリスマスツリーが飾られていて、とても美しかったことを思い出す。
 ショパンの最後の家はホテル・リッツの向かい側で、現在では1階が宝石店ショーメになっている建物。ショパンが住んだのはその上の階とされている。
 1849年9月末、体調が悪化したショパンは、パリの町はずれのシャイヨー通りにある小さな2階建ての家から、日当たりがよく秋冬を暖かく過ごせるヴァンドーム広場12番地の家に移ったが、ここで2週間後に息を引き取っている。
 この家からは一歩も出られなかったようだ。
 ヴァンドーム広場は、いまでは高級ホテルや商店が軒を並べ、とてもゴージャスな雰囲気。だが、ショパンはこの広場を散策することはできなかった。
 作曲家の生家や住んだ家、作品を書いた家を訪ねると、その家の様子から作曲家のそのときの状態を垣間見ることができる。
 経済状態や精神状態、交流関係まで想像でき、興味は尽きない。
 ショパンの最後の家の前に立つと、ショパンの心の叫びが聞こえてくるようで、感無量だ。
 今日の写真は、クリスマスツリーが美しいヴァンドーム広場。ショパンが住んだことを記す壁面のプレート。建物全体の様子。






| 麗しき旅の記憶 | 23:27 | - | -
パソコンのトラブル
 締め切りが重なっているときにパソコンがトラブルを起こすと、本当に大変である。
 今日は、原稿を書いている途中に通信系統のトラブルで、まったく機能しなくなってしまった。
 さあ、大変。
 どうやっても直らず、これは時間がかかるなと判断し、雑誌の編集担当者に電話を入れた。
 それから格闘し、それでもダメだとわかったため、別のパソコンに原稿を移し、ようやく仕事が再開した次第である。
 こうなると、もうストレスはたまるわ、時間はどんどん過ぎて焦るわ、おなかがすいて気分が悪くなるわ、いいことはまったくない。
 みんな、コンピューターのトラブルは、どう対処しているのだろうか。
 機械に強いわけでもなく、IT用語もチンプンカンプンな私は、本当に困る。
 でも、なんとか事態を切り抜けたが、いくつか明日に持ち越す形となってしまった。編集担当の方、ごめんなさい。
 というわけで、今日はイライラが募り、精神を平静に戻すのにかなり時間を要してしまった。ホント、パソコンのトラブルって、嫌だワ。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:01 | - | -
服部百音
 若きヴァイオリニスト服部百音とは、会うたびにいろんな話に花が咲く。
 今日は先日リリースされたデビュー・アルパム「ワックスマン:カルメン・ファンタジー、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番」(エイベックス)の話を聞きに、レコード会社に出向いた。
 彼女の演奏は11歳ころから聴き続けているが、このショスタコーヴィチは、まさに成長した彼女の姿をリアルに伝えている。
 インタビューでは、ベルリンでのレコーディングの話、これまで受けてきたコンクールの話、レパートリーの話、前回のインタビュー時に話題となったヴィヴァルディ「四季」に初めて挑戦したときの話、さらに今後の抱負まで、情熱的に語ってくれた。
 なかでも、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番に対する熱い語り口が印象的だった。この作品はコンサートやコンクールでも演奏しているが、「もっともっと深く探求したい」と語気を強めた。
「本当にいろんなことが押し寄せた、大変な2016年でした。でも、多くのことを学んだ1年でもありました。その結果、前に進むしかない。いい演奏をするしかない。こう考えて、もう開き直って頑張ります!」
 会うたびに著しい成長を遂げていく服部百音だが、今日は苦しいこと、迷ったこと、悩んだこと、落ち込んだことなど、すべてを乗り越え、割り切った表情を見せる彼女に感銘を覚えた。
 本当に、今年は大変な挑戦がいろいろあった。だが、それらが彼女を大きく成長させた。若手アーティストは、こうして強くなっていく。
 来年はゆっくり自分を見つめ、じっくりレパートリーを広げ、その先の歩みを決めたいという。
 このインタビューは「CDジャーナル」に書く予定である。
 今日の写真は、キュートなレースのブラウスに身を包んだ百音ちゃん。いつもひたむきでピュアで前向きな姿勢に、心が温まる思いがする。


 
 
| 親しき友との語らい | 23:03 | - | -
ドイツ・カンマーフィル
 今日はお昼から試写会とインタビューと合同記者会見があり、その後、東京オペラシティでパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のコンサートを聴いた。
 この試写とインタビューに関しては、来年早々に情報解禁となるため、そこでじっくり紹介したいと思う。
 コンサートの前半は、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」でスタートし、次いで樫本大進をソリストに向かえてベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が演奏された。
 このプログラムに綴ったことだが、大進はマエストロ・ヤルヴィと長年にわたって親交を深めているが、まだ共演をしたことがなく、今回のベートーヴェンを非常に楽しみにしているとのことだった。
 その演奏は、まさに大進の深化と進化を示すもので、指揮者&オーケストラとの音の対話も雄弁で、とりわけ弱音の美しさが際立っていた。
 後半はシューマンの交響曲第3番「ライン」。第1楽章からヤルヴィとオーケストラとの強い絆が感じられる生き生きとした演奏で、世界屈指の室内オーケストラと称されるドイツ・カンマーフィルの底力が存分に表出された。
 とりわけ第5楽章のフィナーレが躍動感あふれ、会場全体を大伽藍のような壮大な音楽が包み込み、終演後の喝采を招いた。
 この公演評は、「公明新聞」に書くことになっている。
 今日は目いっぱい動き回り、さまざまな人に会い、一日中みっちり仕事をしたため、もう帰宅後は疲労困憊。
 でも、特集などの校正が届き、それを全部見終わったら、こんな時間になってしまった。
 ただし、この人の笑顔を見ると、疲れも吹き飛ぶ。今日の写真は、見事なまでの集中力に富んだ上質なベートーヴェンを奏でた樫本大進。終演後の、ほっとした表情だ。ねっ、いい笑顔でしょ。

| 日々つづれ織り | 23:22 | - | -
モーツァルトのCD
 今月は、各社の新年号が出そろう月である。
「家庭画報」の2017年新年号も発売され、例年のように華やかな表紙となっている。
 ここ数年、新年号のクラシック特集に携わってきたが、今回は付録のCD解説だけを担当している。
 モーツァルトの特集が組まれているため、CDもモーツァルトのアルバムで、オペラをメインに、ピアノ・ソナタ、協奏曲、声楽曲などを選曲した。
 こういう女性誌の付録のCD解説を書くときは、できる限り専門語を使わず、しかも内容がきちんと伝わるように書かなくてはならない。
 専門語を使える場合は、非常に表現が簡潔で文章も短くて済むため書きやすいが、専門語を使用せずにその内容を短いことばで端的に表すのは、至難の業である。
 私は独立したときに、10年以上にわたって「Hanako」の連載や特集記事を担当したため、ここでみっちり仕込まれた。
 タイトル、小見出しなどのキャッチの表現も、いまでは割に早く表現できるようになった。
 一般誌は本文のみならず、そうしたコピーライター的な文も要求されるため、最初はどうしたらいいかとまどったが、回数を重ねるごとに慣れ、いまでは直感的に、写真とレイアウトを見ると文が浮かんでくるようになった。
 なんでも、経験がものをいうのだろう。
 でも、どうしてもひとつの文が浮かんでこないこともあり、そういうときは時間ばかり経ち、心は焦るばかり。これもまた、経験上、しばらく他のことを考えたり、お茶を飲んだり、リラックスして気を紛らわせたりして再度挑戦する。
 今日の写真は、「家庭画報」の新年号の表紙と、付録のモーツァルトのCDの表紙。この解説文も、結構時間を要したっけ…。




 
 
| 情報・特急便 | 23:20 | - | -
和食が一番
 締め切りが重なり、食事を作る時間もないときは、栄養補給に出かける。
 今日は、東京ミッドタウンの「酢重ダイニング六角」に出かけ、和食をいただいた。ここは軽井沢の本店に行ってから、すっかりハマっているお店で、調味料などもよく購入している。
 東京ミッドタウンは、私の好きなお店が結構集まっていて、ランチを食べたあとは、いつも顔を出すお店でニットのアンサンブルと冬用のパンツを購入。
 その後、サントリー美術館の一角にある和風カフェで生麩入りぜんざいと緑茶をいただき、下の階で食材や調味料をたくさん仕入れ、重い荷物をもって帰宅した。
 休日はいつも朝から晩まで仕事をしているため、たまにこういうショッピングをしないと、息が詰まってくる。
 来週からインタビューや取材に着て行く洋服もそろったし、おなかもいっぱいになったため、心のなかも温かくなった。
 さて、今日はまたまた連載の記事を書き上げなくてはならない。
 でも、思いっきり遊んできたためか、元気になった。
 今日の写真は、酢重のヘルシーな和食と加賀麩の不室屋のぜんざい。
 やっぱり、和食は一番からだが喜ぶよねえ。





| 美味なるダイアリー | 17:39 | - | -
SKYWARD12月号
 10月初旬にウィーンに出張し、JAL国際便の機内誌「SKYWARD」12月号に書いた記事が、ようやくアップした。
 今月いっぱい、JALの座席前のポケットに入れられているはずだ。
 今月、JALの国際便に搭乗する機会があったら、ぜひ見てくださいね。
 これはカラー13ページの巻頭特集で、写真がふんだんに使用されている。私は、ウィーンの歴史、ウィーン・フィルのこと、ウィーン・フィルのコンサートマスターたちのインタビュー、楽友協会と国立歌劇場の責任者、弦楽器工房のマイスターなどのインタビューを綴った。
 9月から10月にかけては、ロサンゼルスのドミンゴのインタビューとこのウィーン出張があり、ウィーンの記事はすでに終了しているが、ドミンゴの記事はまだまだ続いている。
 新聞、一般誌、女性誌、音楽専門誌、WEB、プログラム、新譜のライナーノーツと、かなりの数の原稿を書いてきた。
 こういう記事の場合、もっとも大変なのは、文章の書き分けである。なんといっても、インタビューは1度だけ。それも時間が限られていた。
 その内容をさまざまな形に肉付けし、書く媒体に合わせて練り直し、読者のことを考えて書き方を工夫しなければならない。
 もちろん、文字数も影響してくる。
 短い記事の場合はエッセンス的なものとなり、長い場合はこれまでのドミンゴのインタビューなどを盛り込んで構成していくことになる。
 さて、これも終わりが近づいてきた。
 昨日はリュカ・ドゥバルグのリサイタルに行き、新鮮な気持ちになって帰宅し、その後、「家庭画報」の特集号の原稿の続きを書き上げた。
 毎日、夜中まで仕事をしているため、のどの調子がまだ完全には治らない。きっと少しゆっくりできるまで、この調子が続くのだろう。
 今日の写真は、届いたばかりの「SKYWARD」12月号。表紙はモーツァルトの像、特集の巻頭ページは楽器とベートーヴェンの像とウィーンの風景。
 いろいろと大変だったけど、こうして出来上がってみると、苦労は吹き飛ぶわねえ、不思議なもんだ。




 
 
| 麗しき旅の記憶 | 23:53 | - | -
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