Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ミヒャエル・ザンデルリンク
 エストニア出身の名指揮者、ネーメ・ヤルヴィの家は、息子のパーヴォとクリスチャンのふたりが指揮者になった。
 ウィーンには、クラリネット一家のオッテンザマーが存在する。父のエルンストはウィーン・フィルの首席クラリネット奏者、長男のダニエルも同じくウィーン・フィルの首席クラリネット奏者を務める。次男のアンドレアスは、ベルリン・フィルの首席クラリネット奏者だ。
 こうした父親の職業を継ぐ息子たちというのは、古今東西数多く存在するが、今日はまた指揮者一家のサラブレット的な存在に話を聞くことができた。
 旧東ドイツ出身の名匠、クルト・ザンデルリンクの3男ミヒャエルである。1967年東ベルリン生まれで、最初はチェリストとして活動していた。この一家も、父親と同じく、長男のトーマス、次男のシュテファンともに指揮者である。
 DNAのなせるワザなのだろうか、やがてミヒャエルも指揮者となった。現在は、ドレスデン・フィルの首席指揮者を務め、歴史と伝統を誇る同オケに新風を吹き込んでいる。
 ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルは、ベートーヴェンとショスタコーヴィチの交響曲を組み合わせるシリーズの録音を行っており、2016年にベートーヴェンの交響曲第6番「田園」とショスタコーヴィチの交響曲第6番をリリース。つい先ごろ第2弾がリリースされ、今回はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とショスタコーヴィチの交響曲第10番という組み合わせである(ソニー)。
 今日は、「CDジャーナル」のインタビューでザンデルリンクに会い、新譜の話、偉大な父の思い出、幼いころショスタコーヴィチに会った印象、ドレスデン・フィルの現況、チェリストから指揮者に転向したいきさつ、今後の展望など、多岐に渡る話を聞くことができた。
 ショスタコーヴィチの作品に関する話のときは、あたかも作品をひとつずつ紐解いていくような真摯で論理的で思慮深い話ぶりだったが、子ども時代のことや父親の話になると、にわかに表情がおだやかになり、ジョークも交え、笑顔が絶えなかった。
 185センチ以上ありそうな長身、整った顔、人を惹きつける話術など、あまりにも素敵でイケメンすぎて、インタビューに居合わせた女性陣はみな目がウルウルになっていた(笑)。
 幼いころのチェロとの出合いや、父親とのこと、ショスタコーヴィチの思い出など、興味深い話が盛りだくさん。とても内容の濃いインタビューとなった。
 ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルは、7月1日(大阪ザ・シンフォニーホール)、2日(ミューザ川崎シンフォニーホール)、4日(東京芸術劇場コンサートホール)、5日(アクトシティ浜松大ホール)にコンサートが予定されている。
 小川典子をソリストに向かえたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」や、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」とショスタコーヴィチの交響曲第5番を組み合わせたプログラムもある。
 今日の写真は、なごやかな雰囲気のインタビューとなった際の1枚。彼は、指揮姿もとても美しいと評判だ。レコード会社の担当者いわく、「うしろから見ていると、首から肩にかけての丸みが父親にそっくりなんですよね」とのこと。
 旧東ドイツの名門一家の流れを汲むミヒャエル、ぜひコンサートでその底力に触れてくださいな。 


 
| アーティスト・クローズアップ | 22:44 | - | -
テープ起こし
 取材やインタビューの仕事では、必ずテレコで録音をする。
 私はインタビューの仕事が多いため、その録音テープは膨大な数になる。現在はICレコーダーで録音をしているが、その管理もまた大変である。
 ある程度の数になったら、ファイルをパソコンにコピーする。でも、かなり昔の録音を聞きたいと思うと、それを探し出すのに時間がかかる。
 それもこれも、整理の悪い、私の悪癖ゆえか、探しているものがどこかに紛れ込んでしまうのである。
「なんで、こういうことになるの」
「あのアーティストの録音だけ、どこかにいくって、どういうことよ」
 文句をいっても始まらない。
 すべては私のキャパシティの狭さで、仕事量に対して、整理が追い付かないのである。
 早く、テープ起こしをして、原稿を書かなくてはならないのに…。
 これはテレコに限ったことではない。私は毎日、何かを探している。
 アーティストの資料、古いCD、以前書いた記事、前回の来日時のプログラムなど、いつも「これさえあれば、早く原稿が書けるのに」と願うのだが、なぜかそのときに必要なものだけが見つからない。
 まったくもって、時間の浪費である。
 いつも自転車操業のようで、嫌になる。
 そういえば、以前、あるレコード会社のお偉いさんに、「やあ、伊熊さん、しばらくだねえ。元気? 相変わらず、貧乏暇なしなの?」と面と向かっていわれ、絶句したことがある。
 そりゃあ、いつもバタバタしていて、けっしてお金持ちではないけど、それを単刀直入にいわれるのは、ちょっとねえ。
 周りにいた人は、「彼、ことばをまちがえたのよ」「忙しそうだねえ、といいたかったんだよ」とフォローしてくれたけど、このひとことは、私の仕事ぶりを端的に表しているようだ。
 ものを探してばかりで、余分なことに時間がかかり、けっして優雅に楽しそうに仕事をしているようには見えないのだろう。反省しきりである。
 そういいながら、今日もある原稿を書くために、仕事部屋の資料棚をひっくり返して探しもの。あ〜あ、変わんないねえ(ため息)。
 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:59 | - | -
国際音楽祭NIPPON
 ヴァイオリニストの諏訪内晶子が芸術監督を務める「国際音楽祭NIPPON」が第5回を迎え、5月末から各地で開催されている。
 この音楽祭は4つの柱を立てている。
「イントロダクション・エデュケーション(現代作曲家への委嘱、マスタークラス)」「トップ・クオリティ(諏訪内晶子が音楽仲間である一流アーティストとの対話を重ねて創り上げるコンサート)」「コラボレーションwithアート(美術館や記念館などのコンサート会場以外の空間で演奏)」「チャリティ・ハート(チャリティ・コンサート)」の4つで、今回は東京、名古屋、久慈で開催されている。
 7月には6回のコンサートが予定され、まず4日(三井住友海上しらかわホール)と5日(東京オペラシティ コンサートホール)には、諏訪内と同じ1990年にチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で優勝に輝いたピアニストのボリス・ベレゾフスキーとのデュオ・リサイタルが開かれる。
 プログラムは、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、ヤナーチェクのヴァイオリン・ソナタ、藤倉大の「Pitter-Patter(国際音楽祭NIPPON委嘱作品 世界主演)」、R.シュトラウスのヴァイオリン・ソナ変ホ長調。
 16日(東京オペラシティ リサイタルホール)と17日(トヨタ産業技術記念館エントランス・ロビー)には、戸田弥生(ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、小森谷裕子(ピアノ)、桐朋学園室内楽アンサンブルと諏訪内が共演し、「コラボレーション・コンサート(音楽と言葉)と題したコンサートが予定され、サン=サーンスの「動物の謝肉祭(室内楽版)」、テキスト:谷川俊太郎(子供達による朗読付)ほかが演奏される。
 さらに19日はレナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団と諏訪内との共演で、コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲が予定されている(東京オペラシティ コンサートホール)。
 30日は、久慈市文化会館アンバーホールでチャリティ・コンサートが行われる。出演者は、古部賢一(指揮・オーボエ)桐朋学園室内楽アンサンブルである。
 実は、同音楽祭の第1回のプログラムに、下記のような文を寄せた。あれから5年、諏訪内晶子の夢は、着実に実を結んでいるようだ。

[いまを見つめ、未来へと目を向け、音楽で人々をつないでいく諏訪内晶子の音の架け橋]

 諏訪内晶子は意志の強い人である。子どものころから何でも自分で決め、その責任もまた自分ひとりで背負ってきた。ヴァイオリニストとして人生を歩もうと決意したのも、留学する場を決めたのも、コンクールを受けたのも、すべて自分の意思。チャイコフスキー国際コンクール優勝後すぐに演奏活動をせずに留学して勉強を続けたのも、もっと自己研鑽が必要だと感じたからだ。
「いまのままでいいのだろうか、もっと何かできるのではないか、できるとしたらそれは何なのか」
 彼女は常に自問自答し、生きかたを考え、とことん悩み、そして自らの可能性を追求していく姿勢を貫いてきた。
 3歳からヴァイオリンを始め、小学生のころは医師になりたいと思い、中学生になると興味がスポーツに移り、新体操や陸上競を始めた。ヴァイオリンは続けていたものの、当時は本当にヴァイオリニストになれるのだろうか、自分にはほかの道があるのではないだろうかと、日々迷いながら練習をしていた。
 その気持ちが吹っ切れたのが、江藤俊哉のレッスンを受けてから。最初のレッスンで先生の人間としてのすばらしさに感動し、即座に桐朋女子高校音楽科受験を決意し、次いで桐朋学園大学に進むことになる。国際コンクールを受けることを勧めてくれたのも江藤俊哉だった。イタリア、ベルギー、ロシアのコンクールに参加し、同世代のヴァイオリニストたちの高度な演奏と音楽に対する真摯な態度に衝撃を受け、留学を夢見るようになる。
 そして1990年、チャイコフスキー国際コンクールで優勝の栄冠に輝いたときは、史上最年少の18歳。このときはまずアメリカに行っていろいろなことを経験し、それからヨーロッパの伝統や歴史、音楽とじっくり対峙しようと考え、すぐにニューヨークにわたった。
「ジュリアード音楽院ではドロシー・ディレイ先生に就き、技術的なことに加えて競争のはげしい世界でいかに生き抜いていくか、自分の思いを実現していくには、どのような方法をとっていくべきかなどを学びました」
 実は、留学でまず壁にぶつかったのが語学だった。ジュリアード音楽院は週に一度論文の発表がある。持ち時間は2時間。各国の学生25人ほどの前で自分の研究したものを発表しなければならない。
「毎日机に向かって勉強ばかりしていましたから、もうヴァイオリンが弾けなくなるんじゃないかと不安に駆られました。向こうの人は本当に論文がうまい。自分の考えをまとめることに長けています。ここで自分の考えをきちんと相手に伝えることを学びました」
 その積み重ねがやがて音楽にも反映し、自分のいいたいことをしっかり伝えられる演奏ができれば本望だと考えるようになる。同時期には、提携プログラムを利用してコロンビア大学にも通い、音楽以外の科目の勉強も行っている。その後、シューマンの後期の作品を深く掘り下げて研究してみたいという気持ちが強くなり、国立ベルリン芸術大学に進み、ドイツ作品を中心にさらなる研鑽を積む。
 そして1996年秋、待望のCDデビューを果たし、これを機に世界各地の指揮者、オーケストラとの共演を積極的に行うようになる。ウラディーミル・アシュケナージやユーリ・テミルカーノフからはロシア作品の真髄を学び、パーヴォ・ヤルヴィとは音楽する喜びを分かち合い、サカリ・オラモ、トゥガン・ソフィエフとの共演は新たな自己の発見につながり、ユーリ・バシュメットの弓使いには心を奪われた。さまざまな音楽家と共演するたびに多くを学び、自分の演奏がいかにしたら肉厚なものになるかを模索してきた。
 とりわけ、現存する偉大な作曲家との共演が得難い財産となっている。彼女はデビュー当初から「自分と同時代に生きている作曲家の作品を演奏したい」と語っているが、これまでそうした作曲家の初演もいくつか行ってきた。ポーランドの前衛音楽の第一人者、クシシュトフ・ペンデレツキの作品を演奏したときも貴重な経験をし、2007年のルツェルン音楽祭で初演したハンガリーの作曲家、ペーテル・エトヴェシュの「セヴン」というコロンビア号の宇宙飛行士を追悼する協奏曲が生まれる瞬間にも立ち会うことができ、深い感銘を受けている。
 最近ではイギリスの作曲家、ジェームズ・マクミランが2009年にヴァディム・レーピンのために書いたヴァイオリン協奏曲の日本初演をNHK交響楽団と行い、指揮は作曲家本人が担当した。委嘱作品も積極的に取り入れ、さまざまな作曲家とのコミュニケーションを図っているが、最近ではアンリ・デュティユーと会話する機会を得、この偉大な巨匠とのコラボレーションが可能になりそうだ。
「偉大な作曲家との交流は、多くのものをもたらしてくれます。私は近・現代作品を積極的に演奏していきたいと考えていますが、現代の作曲家の初演をすることは、大きな喜びとともに責任も伴います。でも、パリに住んでからいろんな人との交流が増え、そのなかで成長してきました。夢は新たな共演から生まれる新たな自己の発見と、人々に知られていない作品でいいものを選び、広く世に紹介していくこと。これは演奏家の使命ですから。そして自分をしっかり持つこと。いま、ようやく自分の土台ができてきたという感触を得ています」
 そんな彼女が満を持して大きな夢の実現にこぎつけた。「国際音楽祭NIPPON」の創設である。ここでは「音楽家としての原点に戻りつつ、次の人生へと一歩踏み出したい」という考えのもと、多彩なプログラムを構成した。もっとも印象的なのは共演者。今回は全員が初めて一緒に演奏する人ばかり。だが、彼らの演奏姿勢は諏訪内晶子とまったく同様で、常にひとつのステージに全身全霊を傾け、新たな演奏を生み出し、それを聴衆と分かち合うという面で一致している。
 この音楽祭に登場するプログラムは、諏訪内晶子のこれまでの軌跡をリアルに映し出している。作品や内容が、デビュー当初から現在にいたるまでの彼女の演奏史のような様相を呈し、歩みが凝縮しているようで、思い入れの深さが伝わってくる。
 彼女はいつも「いま」という時代を見つめている。「いま自分が何をすべきか」を考え、それが今回はチャリティ・コンサートやマスタークラスという形になり、音楽家としての意義を見出すとともに、社会に還元することも含んでいる。
 彼女にはデビュー当初から取材を続けているが、一貫して変わらないのは「何でも徹底してやらないと気がすまない」という姿勢。もちろんそれは演奏に全面的に表れているが、今回の音楽祭に関しても徹底的に考え抜き、長年温めてきた夢の実現のために骨身を削って努力した痕跡が伺える。これは夢の第一歩。「いまを見つめる」目は「未来を見つめる」ことへとつながる。諏訪内晶子は持ち前の前進あるのみの精神で音楽と向き合い、音楽の力を信じて未来へと目を向ける。それは大きな夢の架け橋であり、日本から世界へと発信する音楽祭となることを願う気持ちが詰まっている。
 諏訪内晶子を聴く―それは自分を信じてひたすら前進すれば夢はきっと叶うということを演奏から受け取ること。華麗でしなやかな容姿の奥に、とてつもないマグマが燃えたぎっているような底なしのエネルギーは、聴き手を元気にしてくれる。弦の魔術で…。

 今日の写真は音楽祭のパンフレットの表紙。Photo Akihiro Ito



 

 
 
| 情報・特急便 | 23:15 | - | -
オーケストラ・リベラ・クラシカ
 6月24日、三鷹市芸術文化センター 風のホールに、鈴木秀美指揮オーケストラ・リベラ・クラシカの第39回定期演奏会を聴きにいった。
 この日のコンサートは、佐藤俊介がソロを務めるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が前半の2曲目に登場する。
 第1曲目は、このベートーヴェンのコンチェルトが初演された際に演奏されたと思われる何らかの「メユールの序曲」に因み、エティエンヌ=二コラ・メユール(1763〜1817)の歌劇「ストラトニース」序曲が演奏された。
 メユールは、フランス革命期に活動したフランスの作曲家で、パリでグルックの歌劇「タウリスのイフィゲニア」を観て感動し、グルックの助言もあってオペラ作曲家になったという人である。
 この日、演奏された序曲はなかなかナマで聴く機会のない作品で、ハイドンの交響曲第94番「驚愕」と同じ1792年に作曲されているという(プログラムの鈴木秀美の解説による)。
 オーケストラ・リベラ・クラシカは、躍動感あふれる生き生きとした演奏をするオーケストラで、オリジナル楽器で古典派音楽を中心に活発な演奏活動を展開している。チェリストの鈴木秀美が主宰、音楽監督を務め、さまざまなソリストを招いて共演を重ねている。
 メユールの作品も新鮮な味わいに富み、新たな作品に出合えた喜びを感じさせてくれた。
 佐藤俊介がソロを務めたベートーヴェンは、何度も共演を重ねている彼らの息が見事に合ったもので、全編に嬉々とした空気が流れていた。
 佐藤俊介がソロのみならず、トゥッティの部分も一緒に弾いていたのが印象的だった。彼はこの作品をオーケストラのコンサートマスターとして何度も演奏しているだろうから、オーケストラ・パートも熟知している。そしてソロになると、彼のヴァイオリンは一気に熱を帯びる。オケもソロも演奏して、ベートーヴェンの神髄に近づく。彼の個性が全開したベートーヴェンだった。
 後半のハイドンは、オーケストラ・リベラ・クラシカの本領発揮。ハイドンは、オリジナル楽器によるこうした35人編成のオーケストラで聴くと、木管の動機も、ヴァイオリンの半音階的上行も、管と弦のユニークなトリオも、細部まで音がリアルに伝わってきて、作品に近づくことができる。
 この定期演奏会はいつもライヴ収録されているそうで、この演奏ものちにリリースされるそうだ。このオーケストラはいつも聴きに来ているファンが多いようで、終演後のサイン会も、押すな押すなの盛況だった。
 今日の写真は、鈴木秀美と佐藤俊介のツーショット。最初は、ふたりともこちらを向いて、カメラ目線で真面目な顔をしていた。
「う〜ん、おふたりの表情が少し堅いんですけど…」というと、途端にこのポーズ。瞬間にふたりの表情が変わり、しかも同じポーズに。
 やはり、音楽同様、息が合っているのねえ(笑)。こんな写真、ちょっとないでしょ。




 

 
| クラシックを愛す | 22:57 | - | -
フェデラー、ゲリー・ウェバー・オープン優勝 
 ドイツのハレで開催されている、ATPワールドツアー500シリーズのゲリー・ウェバー・オープン2017で、ロジャー・フェデラーが優勝を果たした。
 1週間続いたこの大会、今日は昨年準決勝で敗れたドイツのアレクサンダー・ズベレフ(20歳)と決勝で対戦。6-1、6-3のストレートで同大会9回目の優勝に輝いた。
 フェデラーは、第1セットから強打とスライスをうまく組み合わせた戦術で終始リードを保ち、第2セットも緩急を織り交ぜたプレーで主導権を握った。
 ゲリー・ウェバー・オープンの優勝は、2年ぶり。今季はクレーコート・シーズンをスキップし、芝のシーズンに備えていた。
 7月3日には、いよいよ今年3大会目のグランドスラム、ウィンブルドン(全英オープン)が開幕する。フェデラーは、8度目の優勝をねらっているわけだから、ハレでの優勝は大きな自信になったはずだ。
 長期休養明けのシュトゥットガルトの大会で、ドイツの盟友トミー・ハースに初戦敗退したフェデラーは、立て直しを図ってハレに乗り込んだ。
 もうウィンブルドンまでは1週間しかない。フィジカルを整えて、万全の態勢で臨んでほしい。  
 
| ロジャー・フェデラー | 22:07 | - | -
宮田大
 チェリストの宮田大が、今秋新譜をリリースすることになった。
 まだ、タイトルや発売日などの詳細は決まっていないが、名曲集(愛奏曲集)である。
 そのライナーノーツを担当することになり、今日は彼がリハーサルをしているところを訪ね、話を聞くことができた。
 長年弾き込んできた作品や、最近出合ってとても気に入った作品など、プログラムはバラエティに富んでいる。各々の作品との出合いや、録音時の様子、その作品にまつわるエピソードなどを聞き、さらに共演のピアニスト、フランスのジュリアン・ジェルネについてもさまざまなことを聞いた。
 宮田大は、会うたびに大きな成長を遂げている。いつも真摯で前向き、一生懸命話してくれるため、楽しいひとときを過ごすことができる。
 音楽から離れて雑談になったり趣味の話になったり、話題は広がっていく。
 現在の使用楽器の話も出て、チェロの好きな私は、非常に興味深かった。
 ライナーノーツには、こうした多岐に渡る話を盛り込みたいと思う。
 リハーサルの前だったため、明日のコンサートで共演するピアニストの田村響にも会い、ふたり一緒の写真を撮らせてもらった。
 宮田大はスポーツも好きだが、最近は時間がないため、運動する時間がないと嘆いていた。
「本当は、泳ぎにいきたいんですけどね。ヨガもいいかなあ」
 そう、からだのケアは大事ですよね。でも、スケジュールがいっぱいで、なかなかまとまった時間がとれないようだ。
 新譜に関しては、また詳細が決まり次第、紹介しま〜す。私は完成前の音源を聴かせてもらったが、なかなか味わい深い仕上がり。秋のツアーの前にはリリースされそうだ。
 今日の写真はインタビュー中の1枚と、もう1枚は田村響とのツーショット。




 
| 親しき友との語らい | 22:38 | - | -
シドニーの思い出
 シドニーの出張から帰国し、明日でちょうど1カ月となる。
 この間たまっていた仕事に追われる日々だったが、1カ月経つと、いろんな記憶が蘇ってくる。
 先月、さまざまな写真をブログにアップしたが、もう少しだけ写真が残っている。
 最初は、辻井伸行のコンサートのラジオ放送を担当していたディレクター氏。とてもラフないでたちで、いかにもオーストラリアらしいフレンドリーな人だった。
「NOBUの演奏は、すごいよね。今回も、リスナーにしっかりそのすばらしさを伝えたいんだ」と、熱く語っていた。



 もう1枚は、最終日の打ち上げの食事会のワンショット。お世話になった、シドニー交響楽団の関係者の3人。みんな大の日本贔屓で、何度か来日したことがあるようだ。



 そして、オペラハウスの前に広がる真っ青な海。シドニーでは、プライヴェートヨットをもっている人がたくさんいて、週末になるとセーリングを楽しむ人が多いのだそうだ。



 オペラハウスから見たハーバーブリッジの夜景も美しい。



 最後の1枚は、オペラハウスのコンサートホールのロビーというか、ホワイエというか、いわゆる海に面したテラス。休憩時間には、みんなこのテラスに出て、ワインやビールを楽しんでいる。潮風に吹かれながらのリラックスタイムで、これもまた、シドニーらしいコンサートの楽しみ方である。






 
 
| 麗しき旅の記憶 | 21:51 | - | -
佐藤俊介
 5月15日のブログに綴った、オランダ・バッハ協会の次期音楽監督に就任するヴァイオリニストの佐藤俊介が帰国している。
 今日は、6月24日に三鷹市芸術文化センター 風のホールで鈴木秀美指揮オーケストラ・リベラ・クラシカと共演する彼に、同ホールでリハーサル前に話を聞くことができた。
 佐藤俊介には、もう10年くらいインタビューを続けているだろうか。
 いつもいろんな話題に話が広がり、有意義な時間を過ごすことができるが、今日もバッハ協会の音楽監督就任について、アンサンブルやさまざまな共演について、今後の方向性、使用楽器についてなど、1時間にわたって雄弁に話してくれた。
 この後は、6月30日に浜離宮朝日ホールで、佐藤俊介、鈴木秀美(チェロ)、スーアン・チャイ(フォルテピアノ)のオール・ブラームス・プロのトリオが予定され、7月4日には同じメンバーで六花亭札幌本店ふきのとうホールでコンサートが行われる。
 次いで、7月8日にはユーベル・スダーン指揮神奈川フィルと、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」を横浜みなとみらい大ホールで演奏する。まさに、さまざまな作品をさまざまな共演者と演奏することになっている。
 彼は、インタビューのなかで、自分の枠を決めず、いろんなことをしていきたいと語っていた。
 このインタビューは、HPの「音楽を語ろうよ」に掲載する予定である。今日の写真は、インタビュー後のワンショット。最初に会ったときから、まったく風貌が変わらない。常におだやかで、自分を見失わず、自然体。



 今日は、このインタビューを終えてから、浜離宮朝日ホールに出かけ、第6回仙台国際音楽コンクールのピアノ部門の優勝者、キム・ヒョンジュンの優勝記念演奏会を聴いた。
 プログラムは、前半がモーツァルトのピアノ・ソナタ ヘ長調K.280とシューマンの「謝肉祭」、後半がプロコフィエフのピアノ・ソナタ第2番とショパンのピアノ・ソナタ第3番。
 非常に体幹の強い感じがするピアニストで、冒頭から鍛えられた技巧を存分に発揮、楽器を大きく強靭に鳴らす。
 やはり韓国のピアニストはパワフルで熱く、音楽がエネルギッシュである。
 ただし、「謝肉祭」とショパンのソナタは、もう少しエレガントで抒情的な面がプラスされればいいのだが、と強く感じた次第だ。
 やはりコンクールはスタート台。今後の活動如何により、その道は大きく別れる。日本のコンクール優勝者として、大きく羽ばたいてほしい。
 
 
 
 
| 日々つづれ織り | 23:43 | - | -
CDのライナーノーツ
 CDのライナーノーツを書く仕事は、かなり時間を要する場合がある。
 いま書いている原稿は、あまり演奏される機会に恵まれない作品や珍しい作品が何曲も収録されており、曲目解説に多大な時間がかかっている。
 現在は、あらゆる方法で調べることができるようになったが、それでも、なかなか詳細がわからない場合もある。
 こうして、時間はどんどん過ぎていく。
 ただし、締め切りは迫っているため、急がなくてはならない。依頼先からは、やんわりと催促がくるし、他にやることもたまっている。
 ああ、どうして曲目がこう多いんだろう、と嘆き節が始まってしまう。アーティストは、珍しい作品を演奏して世に紹介したいという気持ちが強いから、当然のことながら、ふだんあまり演奏されない作品も録音する。
 ようやくあれこれ調べてライナーノーツの仕事が終わり、ひと段落したら、もうこんな時間。やれやれ、肩は凝るし、眼精疲労にはなるし、いいことないですねえ。
 この間にも原稿の校正が届いたり、いろんな人からメールがきたり…。
 さて、いまはテニスのグラスコートのシーズンが始まったばかり。仕事が終わったら、テレビ観戦が唯一の楽しみ。少し、頭をクールダウンしないとね。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:14 | - | -
知人の単行本
 仕事仲間といおうか、知人のUさんが何冊目かの単行本を出版したため、そのプロモーションを担当しているHさんと3人で、スペイン料理を食べにいった。
 食事前にUさんにインタビューを行い、本の内容や経緯、詳細などの話を聞き、それを紹介する記事を「ヤマハ WEB音遊人」に書くことにした。
 Uさんは、特有の味わい深い文章を得意とする人で、ファンが多い。音楽にまつわることをエッセイとして新聞に連載し、その連載はすでに30年も続いているというから驚きだ。
 こんなにも長く、ずっとエッセイを書き続けることができるなんて、うらやましい限り。
 この本に関しては、WEBの記事が掲載された後に、詳細をブログでも綴りたいと思う。
 今日はインタビューを終えてから、3人で先日も訪ねた外苑前の「エル プエンテ」にいった。ここは、Hさんの紹介だが、私も大好きなスペイン料理店。
 3人で仕事の話や日常のことをいろいろ話ながら、サングリアを飲んだり、おいしいお料理をいただいたり。
 以前、私は鶏肉が苦手といったら、そのことをシェフが覚えていてくれて、ふたりのお皿には鶏肉が乗っていたが、私のお皿には海老が乗っていた。
 いつも、どんなお料理もおいしくて、つい食べ過ぎてしまうほどだが、今日もお任せで頼んだら、次々に絶妙のタイミングでおいしい一品が運ばれてきた。
 なかでも、みんなで感嘆の声を挙げたのが、「イカ墨のメロッソ」。「スペイン風のおじやです」といわれたが、これがおなかいっぱいなのに、スーッと入ってしまう逸品。
 リゾットとも違う、パエーリャとも違う、なんとも美味なるごはんもの。しつこくなく、すっきりしていて、まさに〆のお料理にピッタリ。
 仕事の話に花が咲き、おいしいスペイン料理をいただき、3人とも笑顔でお店をあとにした。
 今日の写真は、美味なるお料理の数々。スペイン生ハムの盛り合わせ、温かなお魚の乗ったサラダ、マッシュルームのアヒージョとカブのマリネと海老のピンチョス、そしてイカ墨のメロッソ アリオリ添え。
 ガスパチョから始まり、アルボンディガス(スペイン風肉だんご)、バニラアイスのシェリーがけまで、まさにスペインを食べ尽くした感じだった。
 でも、食べてばかりいないで、記事はしっかり書かなくっちゃね(笑)。
















 
 
| 親しき友との語らい | 23:27 | - | -
チェンバロの新譜
 近ごろ、チェンバロの新譜が相次いでリリースされている。
 世界のチェンバリストのこだわりのプログラムで、ベテランから新人まで多種多彩。チェンバロ好きの私としては、毎日ワクワクする思いで、1枚ずつじっくり耳を傾けている。
 トップバッターは、1984年テヘラン生まれのマハン・エスファハニ。アメリカとイギリスで学び、2009年のロンドン・ウィグモア・ホ―ルのデビュー・リサイタルで成功を手にし、2011年にはプロムス室内楽シリーズでJ.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を演奏し、知名度が一気に高まった。
 現在は、恩師のズザナ・ルージチコヴァと密にコンタクトをとるため、プラハを生活の拠点にしているという。
 エスファハニがドイツ・グラモフォンに録音した新譜は、その「ゴルトベルク変奏曲」(ユニバーサル)。楽譜に忠実にリピートを行う奏法だが、冒頭からかなりユニークな演奏。聴き慣れた「ゴルトベルク変奏曲」が新たな作品となって蘇るようで、楽器の音色の変化、テンポやリズムの創意工夫、速度変化、自由自在な装飾音など、全編に新風が吹き荒れる。
 最近、「ゴルトベルク変奏曲」を演奏するピアニストやチェンバリストが多いが、エスファハニの演奏は、脳が覚醒する感覚にとらわれる。
 4月に来日し、心に響く印象的な「ゴルトベルク変奏曲」を聴かせたジャン・ロンドーは、ブログでもたびたび紹介したフランスの新鋭。彼の新譜は、「ディナスティ―王家―バッハ一族のチェンバロ協奏曲集」(ワーナー)。大バッハとその息子たちの作品を交えながらの選曲で、それぞれロンドーの個性が色濃く映し出された演奏。ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、バスーンとの共演で、来日時にインタビューしたときに、「あなたが全体の指揮をしたり、リードしたり、全体をまとめる立場?」と聞いたら、「いやいや、ぼくはただ弾いているだけ。みんな実力者だから、それぞれの立場をしっかり理解している。リハをきちんとしていれば、録音の本番はバッチリ合うよ」といっていた。
 珍しい作品も含まれ、ロンドーのバッハへの深い敬愛の念が凝縮している。
 J.S.バッハの「バルティータ(全曲)」をレコーディングしたのは、イギリスの指揮者、チェンバリストのリチャード・エガー(キングインターナショナル)。子どものころから聖歌隊でうたい、オルガンを学び、やがてチェンバロはグスタフ・レオンハルト夫妻に師事した。
 オペラやオラトリオの指揮が多く、チェンバリストとしての活動も多岐に渡るが、とりわけバッハの作品の演奏が多いようだ。
 この「バルティータ」は、音と音の間(ま)が実に個性的で、いわゆるルバートを多用した演奏となっている。指揮者であるためか、音楽全体を俯瞰した眼が感じられ、演奏はスケールが大きく自由闊達である。
 最後に登場するのは、フランスの名手、クリストフ・ルセ。彼にはずいぶん前に一度インタビューをしたことがある。とても知的で物静かで、エレガントな物腰が印象的だった。また、「インタビュー・アーカイヴ」で紹介したいと思う。
 ルセの新譜は、J.S.バッハ「平均律クラヴィ―ア曲集 第1巻」(キングインターナショナル)。ヴェルサイユ宮殿所蔵のルッカース・オリジナルの楽器(1624年)を使用した演奏で、すべてが自然で、滔々と流れる清らかな水のよう。バッハの時代に回帰したような、そんな印象を抱かせる。
 今日の写真は、4枚のチェンバロの新譜のジャケット。時間を見て、ひとつずつ、じっくり聴きどころを綴りたいと思っている。まずは、ゆっくり演奏を堪能したい。





 
 


 
| 情報・特急便 | 22:31 | - | -
リンツ ショコラカフェ 吉祥寺店
 東急百貨店吉祥寺店の近くに、スイスのプレミアムチョコレートブランド、リンツ(Lindt)のショコラカフェがある。
 ここは各種のチョコレート、マカロン、ケーキ、クッキーなどを販売しているが、奥はカフェになっていて、ゆっくりお茶とスイーツを楽しむことができる。
 リンツのチョコレートは、ロジャー・フェデラーがアンバサダーを務めたことで名前を知り、このカフェにもよく通うようになった。
 お店の入口では、フェデラーの大きな写真が出迎えてくれる。
 私がよくいただくのは、ケーキと紅茶のセット。ケーキはとても濃厚な味わいだが、いわゆる大人の味で、紅茶によく合う。
 仕事で心身が疲れたときには、こうした上質なチョコレートやスイーツが必要不可欠である。
 しばし、日常から離脱し、ゆっくりしたひとときを過ごすと、またエネルギーが湧いてくる。
 今日の写真は、リンツの入口とケーキ&紅茶のセット。このカフェは近々リニューアルをするそうだが、また新しくなったら行ってみようと思う。






| ロジャー・フェデラー | 22:39 | - | -
ダン・タイ・ソン リサイタル
 武蔵野市民文化会館小ホールは、地元の人々に愛されているホールで、チケットはすぐに完売してしまう。
 今日のダン・タイ・ソンのリサイタルもソールドアウトで、熱心なピアノ・ファンが大勢詰めかけた。
 プログラムは、オール・シューベルト。前半は「アレグレット ハ短調 D.915」「12のドイツ舞曲(レントラー集) D.790」「4つの即興曲 D.899」。後半は「ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960」である。
 いずれも、ダン・タイ・ソンのナマ演奏で聴く初めてのシューベルトで、即興曲以外は、新譜に収録されているため、ずっと聴き込んでいた。
 しかし、「4つの即興曲」は、作品のすばらしさを前面に押し出す奏法で、とりわけ第3番が心に深く響いた。
 ぜひ、次回はこの即興曲を録音してほしいと思う。
 ダン・タイ・ソンは初来日から聴き続けているため、その演奏の変遷を考えると、非常に感慨深いものがある。彼の演奏は、自身が語っているように、住む場所、環境、人々との交流などによって、大きな変貌を遂げた。
 今日のシューベルトは、ダン・タイ・ソンの「いまの心身の充実」が存分に映し出されていた。どの作品も、深々とした響きと歌謡性、楽譜の裏側まで読み込む洞察力に富んでいたからである。
 アンコールは2曲。リストの「旅のアルバム」より「ジュネーヴの鐘」と、ショパンのノクターン第20番嬰ハ短調。
 終演後、楽屋で会ったダン・タイ・ソンは、まさに大曲を弾き終え、充実した表情をしていた。










 
| 日々つづれ織り | 23:03 | - | -
ダン・タイ・ソン
 ダン・タイ・ソンが1980年にショパン国際ピアノ・コンクールにおいて、アジア人初の優勝者となってからはや37年が経過した。この間、彼はベトナムからロシア、日本へと移り住み、その後カナダとフランスに拠点を置くようになり、国際舞台で活躍するようになる。
 久しぶりにリリースされた新譜は、シューベルトの作品集(ビクター)。最後のソナタにあたるピアノ・ソナタ第21番をメインに据え、「アレグレット」「12のドイツ舞曲(レントラー)」という構成だ。
 いまでは国際コンクールの審査員を務めたり、後進の指導にも力を入れているダン・タイ・ソン。このシューベルトは、音楽性と人間性を磨き抜いてきた彼の、現在の心身の充実を示すアルバムとなっている。
 ダン・タイ・ソンの音楽はおだやかな音色とゆったりとしたテンポに彩られているが、その奥に静謐な空気が宿る。このシューベルトも作曲家の思いに寄り添い、孤独感と諦念を潜ませている。
「私がショパン・コンクールを受けたころは、まだやせていてからだができていませんでした。上半身を大きく動かして演奏していたものです。あとでビデオを見てすごく恥ずかしかった。ゆらゆら揺れてばかりで音がまったく安定しない、消してしまいたいくらいでした(笑)。その後、先生に指摘されてピアノに向かう姿勢を直し、筋肉もつくようになり、ようやくスケールが大きくエネルギッシュなロシア作品が弾けるようになりました。ショパンに関しても自然な姿勢で自由に鍵盤をうたわせることができ、リズムもテンポも自在に奏でることができるようになりました」
 そしていま、ピアニスト自身が成熟しないとうまく弾けないといわれる、シューベルトの作品と対峙することになったのである。
「モスクワ時代はお金がなくて食べ物に不自由していたため、太るどころではありませんでした。ピアノは体力を要します。ですからコンクール後にとにかく体重を増やそうと努力し、いまのように太ったわけです(笑)」
 当初は清涼で静謐で平穏な美しい音でショパンを奏でていたダン・タイ・ソン。それが徐々に音が肉厚になり、幅も広くなり、音楽が深淵になっていく。現在はピアノ好きがため息をもらすほど、情感豊かで表現力に富む美しいピアノを奏でる音楽家に成長を遂げた。
 明日は、武蔵野市民文化会館でダン・タイ・ソンのリサイタルがある。オール・シューベルト・プロである。私は明日聴きに行く予定にしているが、22日は紀尾井ホールでもリサイタルが予定されている。
 ナマで聴く、ダン・タイ・ソンのシューベルト。どんな美しい歌が奏でられるだろうか。
 今日の写真は、シューベルトの作品集のジャケット。





| マイ・フェイバリット・ピアニスト | 22:45 | - | -
ストレス解消
 最近、私のまわりは仕事のストレスがたまり、体調を崩す人が多い。
 今日は、親しい仕事仲間のTさんに会い、渋谷のホテルのカフェレストランで長時間にわたっておしゃべりをした。
 Tさんも、つい先ごろ大変な病気に見舞われ、ようやく快方に向かったところだ。そこで、「とにかく胸のなかにあるものを全部ぶっちゃけた方がいいよ。ストレス解消をしよう」といって、私は聞き役に徹した。
 何時間も話しているうちに、彼女は徐々に心が軽くなったようで、私も自分の悩みをぶちまけることができた。
 やはり、長年つきあっていて、お互いのことがよくわかっている人と話すと、気持ちが楽になるものだ。
 Tさんも、今日は仕事をせず、英気を養う日にしたようだ。
 でも、午前11時に会って軽くランチでも、と考えていたのだが、気がついたら午後6時半。この間、カレーセット、ケーキセット、ホットサンド、紅茶を4杯も飲んだ。きっと、ホテルの人は、「このお客さんたち、いつまで話しているんだろう」と思っただろうなあ(笑)。
 というわけで、座りっぱなし、話しっぱなしで、かなり心身は疲れたが、心はかろやかで、ふたりとも笑顔で「明日からまた頑張ろう」といって別れた。
 Tさんとは、また来週仕事で会うことになっている。そのときは、アーティストが一緒だから、仕事中心になるが…。
 私は帰宅してから、今日の締め切りをなんとか片付け、ようやく落ち着いた。
 今日の写真は、次々にいろんな物をオーダーしたなかで、おいしかったラズベリーのケーキ。シャーベットも付いていて、しゃべりすぎてのどが渇いたときに、ピッタリのスイーツだった。


| 親しき友との語らい | 23:30 | - | -
デイリーテーブル紀ノ国屋 西荻窪駅店
 6月13日午前7時、西荻窪駅のエキナカにデイリーテーブル紀ノ国屋がオープンした。
 午前中の仕事がひと段落し、ちょっとランチを買いにいこうかなと気楽に考えたのがおおまちがい。
 駅は人、人、人でごった返し、紀ノ国屋は入場制限をしているではないか。
「エーッ、なにこれ。この混雑はいったいなに?」
 女性ばかりではなく男性も多く、みんなお店の人の指示に従って並び、「ここが最後尾で〜す」と、叫んでいる人のあとに並ぶ。
 ようやくお店に入れたが、あちこちの商品を見ることはできず、まっすぐにしか進めない。乳製品、お惣菜、各地の銘菓、お肉、レトルト商品、ワイン、ジュース、くだもの、お寿司、調味料などがぎっしり並んでいて、どれもゆっくり見たい物ばかり。
 でも、スーパーのカゴがぶつかって、すこしずつ進むのがやっとの状態。ようやく焼き立てパンのコーナーに着いたら、ここは別会計になっているという。
 パンをトレイに入れて並び、その会計がようやく終わったら、次は通常の会計の列に並ばなければならない。
 いやあ、ものすごい混雑でした。
 今日は初日ゆえ、みんなどっと繰り出したのだろうが、いやはや、久しぶりに押し合いへし合いの状態を経験した。
 この隣にはコーヒースタンドがあり、店内で購入したパンやお惣菜を持ち込んで食べられるようになっている。これは駅で人と待ち合わせをしているときや、ちょっと時間待ちするときに便利である。なにしろ、改札口の正面なのだから。
 紀ノ国屋は、平日朝7時から午後10時まで、土日祝は朝8時から午後9時まで。もう少しすいたら、ゆっくりどんな商品が置いてあるか、チェックしたいと思う。
 今日の写真は、大混雑の様子。インストアベーカリーの西荻窪駅店限定パンと店内厨房で作るにぎり寿司と丼ものは、あっというまに売り切れ、補充がまにあわないようだった。
 紀ノ国屋がくることがわかった時点で、周囲のスーパーやパン屋さんのリニューアルが相次ぎ、いま西荻は空前のリニューアルブーム。どんどんお店が新しくなっている。
「まるで自分のキッチンのように、自分のスタイルで使える新しい紀ノ国屋」と銘打たれたお店。これを見て、私も自分の仕事を考えた。
 今秋10月から来春3月まで、1カ月に1度、長野市芸術館で「NCAC音楽大学 音楽の分かる大人になろう」と題する講座の講師を担当する。
 いま、そのチラシの原稿を作成しているのてある。
「まるで自分のオーディオルームのように気軽に、自分のスタイルで自由に楽しんで聞くクラシック講座」というのはどうかなあ(笑)。




 
 
| 西荻はおいしい | 22:54 | - | -
小曽根真
 ジャズのみならず、クラシックの世界でも活躍しているピアノの小曽根真と、ジャズ界のレジェンドと称されるヴィブラフォンのゲイリー・バートンは、ついさきごろ日本ツアーを終えたばかり。
 今日は、「家庭画報」のインタビューで小曽根真に会い、今回を最後に引退するゲイリー・バートンの思い出から話に入った。
 バートンは小曽根真にとって、まさに「メンター」ともいうべき存在で、若いころから音楽のみならず、社会人としてのさまざまな姿勢を学んだという。
 小曽根真にはこれまで何度か話を聞いているため、ピアノを始めたころのことや、学生時代のこと、アメリカでの生活などは重複を避け、ピアノが自身の人生にもたらしたこと、ピアノの可能性、今後の音楽的な展望と夢、クラシックを演奏するということ、再始動するトリオのことなどを幅広く聞いた。
 彼は、いつも熱く、一生懸命、雄弁に語ってくれる。
 今日も、あちこちに話が飛びながら、雑談も交え、1時間じっくりと話してくれた。
 写真は、銀座ヤマハのスタジオでのひとこま。今秋は、ニューヨークで開催されるレナード・バーンスタイン生誕100年の記念コンサートに出演する予定で、「本当は、生前にお会いしたかったんだげとねえ」といっていた。
 もうひとり会いたかったのは、フリードリヒ・グルダだという。そこで、私がたった一度インタビューをしたときのグルダの話になり、花が咲いた。
 余談になるが、ゲイリー・バートンは引退後、大学でさまざまな勉強をしたいと学生生活を送るそうだ。「博学のバートン」として知られる彼のこと、より人間性が磨かれ、「レジェンド」にいっそう拍車がかかるのではないだろうか。
 ジャンルが違うので無理だったが、できることなら、私も一度インタビューをしたかった人である。きっと、思い出に残る貴重な話を聞くことができたに違いない。とても残念である。




| アーティスト・クローズアップ | 23:47 | - | -
京紫野大徳寺 興臨院
 京都の大徳寺は、22の塔頭を誇る広大なお寺である。
 そのひとつ、興臨院が春の特別公開となっており、ふだんは見られないところを見学することができた。



 興臨院は、足利時代後柏原天皇の大永年中(1520年代)能登の守護畠山左衛門佐義総によって建立され、畠山家の菩提寺となった。
 のちに前田利光公によって引き継がれ、前田家の菩提寺となったという。
 今回は、表門(重文)から入り、本堂(重文)、唐門(重文)、茶室、庭園(方丈前庭)などすべてを、案内の人の話をじっくり聞きながらゆっくり見て回ることができた。
 なかでも茶室が印象的で、素朴で謙虚で、わび、さびの趣がただよう空間は、日常を忘れさせるようなひとときを味わうことができた。



 もうひとつ貴重なものに出合えた。本堂の渡り廊下の外の庭に植えられている貝多羅樹(ばいだらじゅ)という木で、紙が貴重だった時代、この葉を採って手紙のように経文を記すと、葉の液がにじみ出て、何年間も文字が消えなかったのだという。



 この後、大仙院にも回ったが、こちらは見学客が多くとてもにぎやかで、大層混みあっていた。
 ここでは、水墨画や庭園を見ることができ、「三福茶」と名付けられたお抹茶とお菓子をいただくことができた。
 やはり、ほんのひとときでも京都の空気を吸うと心身が癒され、蘇り、また来週から一生懸命仕事をしようという気持ちが湧いてくる。
 写真は、興臨院の庭園。入口の案内板に「さつき満開」と記されていた通り、見事なまでに手入れされたさつきが美しい色彩を放っていた。




 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 21:57 | - | -
シドニー YUGA
 今回のシドニー出張では、最終日にシドニー交響楽団のメンバーから紹介されたカフェレストラン「YUGA」に出向いた。
 このお店はSt.Johns Road、Glebeにあり、市の中心からタクシーで20分ほどの静かな住宅街に位置している。
 カフェレストランの方はシチリア出身のご主人が、隣のお花屋さんは日本人のフローラルアーティストの奥さまが経営している。
 カフェはとても開放的で居心地がよく、ご主人自慢のエスプレッソも非常に美味だった。
 ここではブランチをいただいたのだが、れいによってお皿に卵料理や大きなパン、野菜が盛りだくさんで、おなかがいっぱいになった。
 お花屋さんの方も、日本ではなかなか見られない花が何種類も置かれ、お店に入った途端、芳香に包まれ、心身が癒される感じがした。
 このとき、ちょうど奥さまのお母さんがシドニーに訪ねてきていて、82歳だそうだが、まったく年齢を感じさせない元気さで、みんな驚きの声を隠せなかった。
「何を食べたら、そんなに若々しくいられるんですか?」
 みんなが聞いたところ、お母さんはひとこと。
「野菜よ。新鮮な野菜をたくさん食べるといいの。私は松本市でひとり暮らしをしているんだけど、自分で野菜を作って食べている。それを漬物にしたり、煮物にしたり、温かいサラダにしたりしてたくさん食べる。畑仕事は楽ではないけど、これが健康の秘訣ね」
 これを聞き、みんなで「う〜ん」とうなってしまった。
 ここのご主人も奥さまも、おふたりとも辻井伸行さんの大ファンで、「訪ねてきてくれて、ありがとう」と、感動のことばを何度も口にしていた。
「ランチだけでなくディナーまでずっといて。シチリア料理のおいしいのを作るから」といわれたが、私たちは夕方には空港に行かなくてはならなかったため、午後にはお店をあとにした。
 今日の写真は、風通しのいい、いかにも居心地のよさそうなカフェレストランと、お花屋さんの外観。







「日本やアメリカのエスプレッソはいかん。私は豆から挽き方から淹れ方まで、すべてシチリア流。これじゃなくちゃね」と、エスプレッソ論を延々と聞かされた(笑)。
 ご主人、ごちそうさまでした! クセになりそうな、濃厚な1杯でした。


 
| 麗しき旅の記憶 | 14:27 | - | -
ニルス・メンケマイヤー リサイタル
 ヴィオラの音色というのは、滋味豊かで心にゆったりと浸透してくるものである。
 今日は、昨日インタビューをしたニルス・メンケマイヤーのヴィオラ・リサイタルを聴きに、渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールに出かけた。
 プログラムは、前半がサント=コロンブ「哀しみの墓」より「涙」、コンスタンティア・グルズィ「新しい世界のための9つの子守り歌」op.49、J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」第5番ハ短調BWV1011。後半がシューマン「おとぎの絵本」op.113、ヒンデミット「ヴィオラとピアノのためのソナタ」op.11-4。
 昨日の話のなかで、メンケマイヤーは「ヴィオラこそ、ぼくが弾きたかった楽器。これは自分の声である」と語っていたが、まさに深々とした抒情的で胸の奥にしっとりと響いてくる音楽は、彼自身の「ことば」であり、「声」であり、感情表現そのものだった。
 とりわけヒンデミットのソナタがエネルギーにあふれ、ドラマティックで、ピアノの松本和将と一体となり、幻想的でロマンあふれる曲想をじっくりと聴かせた。
 たった一夜のための来日とは、なんともったいないことか。もっと多くの人にヴィオラのすばらしい音楽を聴いてもらいたかった。
 次回はぜひ、コンチェルトも聴いてみたい。
 今日の写真は、リサイタルのチラシ。昨日のインタビューでは、現在の楽器との出合いの話がとても興味深かった。
 実際に聴く音は、肉厚で深々とした、低音弦の美しい響きだった。ミュンヘンのヴィオラとチェロの製作家、ペーター・エルベンの楽器である(2006年)。




 
 
 
| クラシックを愛す | 23:38 | - | -
ニルス・メンケマイヤー
 インタビューというのは、そのアーティストの素顔を垣間見ることができるが、本来の性格からその日の体調、時間的な問題、来日してから何日目にインタビューを行うかなど、さまざまな事情がからんでくるものである。
 今日の午後は、ドイツのヴィオラ奏者、ニルス・メンケマイヤーのインタビューを行うため渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールに出かけた。
 メンケマイヤーは、1978年ブレーメン生まれ。さまざまな国際コンクールで優勝を果たしているが、2006年モスクワで開催されたユーリ・バシュメット国際ヴィオラ・コンクールで優勝し、この快挙が世界への扉を開いた。
 メンケマイヤーはソニーと契約し、録音も積極的に行っている。ある種のテーマに基づくアルバムを多くリリースし、ソロ、室内楽、コンチェルトと幅広くレコーディング。
 今日は、ヴィオラを始めた時の話から、現在の楽器との出合い、コンクールでの逸話、共演者のことなど、ヴィオラにまつわる幅広い話を聞かせてくれた。
 メンケマイヤーはとても人なつこい性格で、大の日本好き。話も非常に面白く、尽きるところがない。
「きみ、すごく難しいこと聞くんだねえ」
「その質問、ちょっと考えさせてくれる」
「いまの質問、答えが長くなってもいい?」
 メンケマイヤーはこんなことをいいながら、いずれの質問にも熱意をもって雄弁な答えを返してくれた。
 エピソードも多く、そのつど笑いが渦巻き、彼もずっと笑顔だった。
 このインタビューは、「intoxicate」に書く予定になっている。
 ニルス・メンケマイヤーのヴィオラは、深々とうたう低音の響きが心にストレートに響いてくる。情感豊かで、ドラマ性もあり、非常に説得力がある。いまは、フランスのアントワーヌ・タメスティとともに次代のヴィオラ界を担う存在として、世界中から注目されている。
 明日は、さくらホールでたった一夜だけのリサイタルが開かれる。バッハ、シューマン、ヒンデミットなど多彩なプログラムだ。
 ヴィオラの神髄を聴き取りたいと思う。
 今日の写真は、インタビュー後のニルス・メンケマイヤー。ずっと笑っていたけど、写真を撮る段階になったら、ちょっとシリアスな表情に。


| アーティスト・クローズアップ | 21:10 | - | -
あさりのパエーリャ トマト風味
 原稿の締め切りが重なっているときに限って、おいしい食材に出合う。
 いつも懇意にしている家の近くのオーガニックショップ、長本兄弟商会には、ときどき築地から新鮮な魚介類が届く。
 店長の友人が築地のお魚屋さんで、それを譲ってもらうのだそうだ。
 今日は、見るからにおいしそうなあさりが店頭に並んでいた。
 これを見過ごすわけにはいかない。以前も、このあさりを購入し、パスタのボンゴレビアンコを作ったら、すっばらしくおいしいパスタが出来上がった。
 今日は、ちょっと趣向を変えて、あさりのパエーリャ トマト風味にしようと思い立ち、早速トライ!
 まず、あさり(300グラム)は砂出しをし、水で十分に殻を洗う。
 フライパンにオリーブオイル大さじ2を入れ、にんにく2かけのみじん切りを入れて炒め、あさり、白ワイン50CCを加え、ふたをしてあさりの口が全部開くまで蒸し焼きにする。
 あさりと蒸し汁を分けておく。
 パエーリャ鍋にオリーブオイル大さじ2を入れ、ベーコン100グラムの千切りを炒め、たまねぎ3分の1個のみじん切りも炒める。
 ここに米2カップを洗わずに加えて、透き通るまで炒める。あさりの蒸し汁とブイヨン小さじ1か、キューブの2分の1を加えて水3カップを回し入れ、コショウも少々加える。
 沸騰するまで中火、その後は弱火で20分ほど煮る。この間、焦げ付くようだったら、そのつど水を少しだけ加え、米の芯が少し残る程度まで火を入れる。
 弱火にしてから10分ほどしたら、ミニトマト10個を半分に切って乗せ、最後にあさりを乗せてアルミホイルでふたをし、3分ほど蒸す。
 仕上げにパセリのみじん切りをトッピングして出来上がり。
 今日の写真は、出来上がったばかりのパエーリャ。これはキリッと冷やしたスペイン産の白ワインがピッタリ。それ以外のワインは考えられない。
 おいしいあさりが手に入ったら、ぜひパエーリャに変身させてください。




 
 
| 美味なるダイアリー | 19:29 | - | -
美しい色彩の花束
 コンサートが終わると、ステージではアーティストに花束が贈られる。
 今回、辻井伸行のふたつのコンサートの花束は、とても色彩が美しく、しかも対照的で、それぞれが個性を放っていた。
 写真は、その見事なまでの美を表現している花束。
 コンチェルトのときは、紫と白の組み合わせ。写真では、光線の関係でブルーっぽく見えるが、実際は輝かしく上品な紫色である。
 これに真っ白のばらがエレガントさを添え、なんとも美しい花束だった。



 リサイタルの日の花束は、真っ赤な色が際立ち、はなやかで情熱的で、オーストラリアのまばゆいばかりの陽光を思わせる。



 もちろん各々が馨しい香りを備えていて、花束のそばにいるだけで、心身が癒されていく感じ。
 色の取り合わせと、花の選び方がとても印象に残った。


| 麗しき旅の記憶 | 22:44 | - | -
岡本侑也
 先日、若きチェリスト、エドガー・モローの演奏のすばらしさに心打たれたと書いたが、今日は日本のチェロ界に新星が現れるというニュースが飛び込んできた。
 世界的に権威のあるエリザベート王妃国際音楽コンクールの今年新設されたチェロ部門で、岡本侑也(22歳)が第2位入賞という快挙を成し遂げたのである。 
 岡本侑也は東京都出身。音楽家の両親のもとに生まれ、生後すぐにドイツに渡り、6歳からチェロを始めた。
 ドイツで約10年過ごした後、日本に帰国。東京芸術大学付属の音楽高校を経て東京芸術大学に入学したが、1年生の秋に休学して再びドイツに渡った。そしてミュンヘン音楽大学に留学し、現在もミュンヘンで学びながら活動している。
 エリザベート王妃国際音楽コンクールは、1937年に創設された歴史と伝統を誇る国際コンクール。ヴァイオリンやピアノ部門に今回初めてチェロ部門が加わり、世界中から202人の応募があった。第1次審査は5月8日から始まり、岡本さんはブリュッセルでホームステイしながら参加し、12人のファイナル進出者に選ばれた。
 私はこれまでピアノ部門の取材に何度か訪れているが、厳選された課題曲、審査員のレヴェルの高さ、新曲もありというきびしいコンクールである。
 この難関を突破し、第2位を獲得したことは、本当にすばらしい。ここから彼の音楽人生は大きな変貌を遂げるに違いない。
 ぜひ、近いうちに演奏を聴いてみたい。そしてインタビューも行いたいと思っている。
 いろんなところでニュースが配信されているから、ぜひアクセスしてみてくださいな。
 
| 情報・特急便 | 15:02 | - | -
辻井伸行 シドニー・コンチェルトの夕べ
 今回のシドニー出張では、5月20日に辻井伸行がブラムウェル・トーヴェイ指揮シドニー交響楽団と共演したショパンのピアノ協奏曲第2番を聴くことができた。
 ホールは、先日のブログでも綴ったシドニー・オペラハウス・コンサートホール。かなり大きなホールだが、満席。
 休憩時間には、展望デッキに出ることができる。
 ショパンのピアノ協奏曲第2番は、辻井さんがヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで演奏した思い出深いコンチェルト。この作品に関しての彼の思いは、「家庭画報」の記事で紹介したいと思う。
 このコンチェルトは、シドニーの直前の5月15日に、ベルリンのフィルハーモニー大ホールでウラディーミル・アシュケナージ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団と共演し、耳の超えたベルリンの聴衆から大喝采を受けている。
 その後、シドニーまで移動し、19日と20日にコンチェルトの夕べを開いた。
 いつも感じることだが、辻井さんは時差や気温差などをまったく気にすることなく、長時間のフライトでも元気そのもの。そのコツを聞くと。
「しっかり寝て、たくさん食べて、一生懸命弾くだけです」
 と、笑顔で答えてくれる。本当にタフだ。
 今日の写真は、指揮者とコンサートマスターとのツーショット。おふたりとも「NOBUはすばらしい。ショパンの音楽と一体になっていた。また、共演したい」
 こう口をそろえ、感動した様子を隠さなかった。
 その模様も、記事に書きたいと思っている。








| 麗しき旅の記憶 | 22:39 | - | -
エドガー・モロー
 フランスから彗星のごとく国際舞台に飛翔した若きチェリスト、エドガー・モロー。
 昨日は、王子ホールでリサイタルがあり、久しぶりに精神が高揚する演奏を聴くことができた。
 プログラムは、シューマン「幻想小曲集」、フォーレ「エレジー」、ショスタコーヴィチ「チェロ・ソナタ ニ短調」が前半。後半は、ブラームス「チェロ・ソナタ第1番」、サン=サーンス「オペラ 《サムソンとデリラ》より あなたの声に私の心は開く」、パガニーニ「モーゼ幻想曲」。
 ソナタや超絶技巧を要する作品の間に、美しい旋律に彩られた歌心あふれる小品を挟み込む、こだわりの選曲である。
 いずれの作品も鍛え抜かれたテクニックとあふれんばかりの情感、みずみずしい表現力が息づいている演奏だったが、どんなに超絶技巧を要する箇所も、ごく自然体で流麗な響きを聴かせる。
 私がとりわけ心に響いたのが、サン=サーンス。このオペラ・アリアは大好きで、いつも歌手の歌に聴き惚れてしまうほどだが、エドガー・モローのチェロは、まさしく芳醇な旋律をうたっていて、ノックアウトされてしまった。
 モローは1994年パリ生まれ。4歳でチェロを始めた。
 その名が広く知られるようになったのは、2011年にチャイコフスキー国際コンクールで第2位に輝いてから。その後、一気に国際舞台に飛翔し、2014年にはデビュー・アルバムをリリースした(ワーナー)。
 今日は、そのモローにインタビュー。昨日のサン=サーンスの興奮冷めやらぬ私は、その気持ちを率直に伝えると、日本語で「ありがとう」という答えが戻ってきた。そして「チェロが豊かにうたうといわれると、本当にうれしい。ずっとそれを目指しているから」と素直に喜びを表した。
 モローは、チェロを始めたきっかけ、子ども時代のこと、コンクールを受けたときのこと、年間100回を超すコンサートに関して、昔から何でも自分で決めること、恩師のこと、フランス流派について、今後のレコーディングまで、さまざまな話を実に自然にリラックスした表情で語った。
 昨日のステージでも感じたことだが、音楽も性格も、人に愛されるものを備えている。盟友のピアニスト、ピエール=イヴ・オディクと並ぶと、ホームズとワトソンのように異なった個性が見事なバランスを保っているようで、とても興味深い。
「ヤング・シャーロック」のようだというと、「じゃ、どんな事件を解決しようかな」と話に乗ってきた。
 王子ホールの響きはチェロのリサイタルに最適で、贅沢な空間である。若きモローの説得力のある演奏は、前途洋々な思いを抱かせる。
 長い目で見て応援したい、そう感じさせるチェリストの登場である。今日のインタビューは「CDジャーナル」に書く予定になっている。
 写真は、インタビュー後の1枚。話しているときに髪をくしゃくしゃにしていたので、写真でも髪がボワーン。「この写真で大丈夫?」と聞いたら、「きみはどう? ぼくはいいと思うけど」という答えが戻ってきたので、アップします。ホント、感じのいいナイスガイです! チェロのお好きな方、ぜひ一度演奏を聴いてくださいな。圧倒され、感動が押し寄せ、心に深く響いてきますよ。


| アーティスト・クローズアップ | 22:41 | - | -
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