Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

岡崎慶輔 コンサート
 月末の入稿に追われ、息をつく間もない。
 ブログもきちんと書きたいのだが、まだ原稿締め切りをたくさん抱えているため、今夜はあまり余裕がないのが現状だ。

 昨日は、昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワに岡崎慶輔のコンサートを聴きにいった。
 2016年に始まった「第1回ニーノ・ロータ国際指揮コンクール」の優勝者、伊藤翔指揮による神奈川フィルとの共演で、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番である。
 また、時間ができたときに、演奏についてはゆっくり綴りたいと思う。
 今日の写真は、終演後の岡崎慶輔。「汗びっしょりで、すみません」といっていたが、まさにすばらしいブルッフのあとは、熱気を帯びたアドレナリン全開の表情をしていた。
 
| クラシックを愛す | 23:00 | - | -
岡崎慶輔
 ヴァイオリニストの岡崎慶輔には、長年会う機会がなかった。
 彼のCDデビューは2000年12月。「岡崎慶輔デビュー!」と題したアルバムで、R.シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ他が収録され、このライナーノーツを担当した(コロムビア)。
 2005年、難関で知られるミュンヘン国際コンクールで優勝。2008年からはピアニストの伊藤恵とコンビを組み、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタをメインに据える録音シリーズを開始した。
 その最新録音のライナーノーツも担当したことから、なんとかご本人に会えないかと願っていたのである。伊藤恵からは、「慶輔くんが帰国したら、すぐに連絡するから」といわれていたのだが、なかなか帰国はかなわなかった。
 というのは、2010/2011年シーズンからチューリッヒ歌劇場のコンサートマスターに就任し、その仕事が非常に忙しくなったからである。
 ところが、願いはかなうもので、7月30日に昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワで行われる「3つの協奏曲」(伊藤翔指揮神奈川フィル)のソリストのひとりとして帰国。ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏することになったのである。
 今日は、この公演のために帰国している岡崎慶輔に滞在先のホテルで会うことができた。
 ふたりで、「ようやく会えましたね」とあいさつ。ヤマハの「WEB音遊人」のためのインタビューを行った。
 いまのチューリッヒ歌劇場での仕事から話は始まり、留学時代のこと、国際コンクールについて、子ども時代のこと、恩師から得たもの、今後の夢まで、ゆったりとした口調でひとつずつていねいに話してくれた。
「ぼく、山羊座のA型で、ひとつずつきっちり取り組まないと次に進めない性格なんですよ。コンサートマスターに就任したときは、一度にいろんなことをしなくてはならず、本当に大変でした」
 以前は、ずっと緊張していたが、ようやくいまは少しだけ余裕が出てきたとか。精神的に非常に大変なポストのようだ。
 岡崎慶輔の音楽は、美しい音色と情感あふれる表現、うたうような響きが特徴。その演奏は、彼のおだやかな語り口と同質のものを備え、聴き手の心を自由に開放させる。
 ようやく会えた彼は、音楽から想像していた通りの人だった。真摯で率直で気負いがない。
 実は、今回は伊藤恵との対談を予定していたのだが、この時期、彼女は渡欧中である。ご本人も「せっかくの機会なのに、すごく残念」といっていた。
 明日はブルッフを聴くことができる。本当に楽しみだ。
 今日の写真は、インタビュー後の1枚。
 もう1枚は、2016年にリリースされた岡崎慶輔&伊藤恵「Duo5」(フォンテック)。このアルバムは2016年のレコード・アカデミー賞「室内楽部門」を受賞した。ライナーノーツを担当した私は、「バンザーイ!」と叫んだものだ。そのジャケット写真。




 
| クラシックを愛す | 22:05 | - | -
辻井伸行
 毎月、「家庭画報」のカラーページの連載で辻井伸行の記事を書いているが、そのインタビューのなかで、いつも彼は「次にレパートリーにしたい作品はこれです」という話をしてくれる。
 それがあっというまにステージに登場するのである。
 練習に対する集中力、忍耐力、記憶力などには驚くべきものがあり、音楽における情熱には頭が下がる思いだ。
「昔から、ベートーヴェンの後期のピアノ・ソナタは絶対に演奏したいと思ってきました。まず、第30番作品109から始めたいと思います。それからもうひとつ、リストの《超絶技巧練習曲》の《鬼火》も、カッコいい作品なので大好きなんです。これもそろそろ勉強したいなと思っています」
 こう語っていたのは、つい最近のことである。
 ところが、7月2日から7月28日まで行われた「プレミアム・リサイタル」で、ベートーヴェンの作品109と「鬼火」がプログラムに入っていたのである。
 昨日は、紀尾井ホールにこのリサイタルを聴きにいった。前半は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」と同作品109。後半は、ドビュッシーの「映像」第1集と「喜びの島」、リストの「超絶技巧練習曲」より「鬼火」「夕べの調べ」「マゼッパ」。
 ベートーヴェンの作品109とリストの「鬼火」は、短期間で習得したとは思えない完成度の高さで、ただ頭を垂れて聴き入ってしまった。
 終演後、楽屋を訪れ、「この2作品、ついこの間お話を聞いたばかりだったのに、もう登場してすごいですねえ。今日はこの2曲が聴けると思って出かけてきましたが、すごかった!」というと、「いやあ、大変でしたけど、喜んでいただけてよかったです」と、にこやかな笑顔を見せていた。
 いやはや、本当に、辻井さんの類まれなる努力には勇気をもらいます。
 今日の写真は、終演後に着替えをしたばかりなのに、まだ汗びっしょりの辻井さん。熱演でした!


 
| 日々つづれ織り | 22:25 | - | -
奥井紫麻
 1998年のチャイコフスキー国威コンクールで優勝を果たし、いまや世界各地で活発な演奏活動を展開しているロシアのピアニスト、デニス・マツーエフが、次代を担う若手の育成を目指して、昨年モスクワ国際グランドピアノコンクールを立ち上げた。
 その記念すべき第1回コンクールの優勝者と日本人入賞者のコンサートが12月6日、ヤマハホールで開催される。
 グランプリを受賞したのは、2001年10月モスクワ生まれのアレクサンダー・マロフェーエフ。最年少で7名の受賞者のひとりに選ばれたのが、2004年5月生まれの奥井紫麻である。コンサートはこの2名が参加する。
 今日は、奥井紫麻にインタビューするため、銀座のヤマハのスタジオに出かけた。
 彼女は現在13歳。2月からチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院付属中央音楽学校に在籍し、7歳より師事しているエレーナ・アシュケナージに就いて研鑽を積んでいる。
 実は、今年のジャパン・アーツの新年会で初めて奥井紫麻に会ってあいさつをしていたため、再会となった。
 インタビューでは、コンサートのプログラムについて、先生の教え方について、これまで受けたコンクールやコンサートについて、モスクワでの生活について、いまもっとも力を入れて勉強している作品について、幼いころの話から趣味にいたるまで幅広く聞くことができた。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書く予定である。
 奥井紫麻は、どんな質問にも臆せず気負わず、自然体で答えてくれる。にこやかな笑顔を見せながら、いかにもロシアが好き、ロシア作品が好き、ロシア文学が好きといった感じで、モスクワで学んでいることが楽しくてたまらないようだった。
「昔からモスクワ音楽院のホールで演奏することが夢だったんです。歴史と伝統がありますから。今回のコンクールでは入賞後にそのホールで演奏することができ、ものすごくうれしかった」
 いまでは、どんなコンサートもコンクールも緊張せず、思いっきり自分の音楽を奏でることができるようだ。本当にたのもしい存在。すでにヨーロッパ各地で活発な活動を展開している、未来の大器である。
 インタビュー中は、にこやかな表情で話していたが、撮影のときにピアノに向かって弾き出したら、瞬時にピアニストの顔に変った。
 集中力がハンパではなく、ビアノの音色も深々とし、豊かな歌心に満ち、ゲルギエフやスピヴァコフと共演を重ねている実力を垣間見る思いがした。
「夢は、たくさんありますが、次のチャイコフスキー国際コンクールに参加したい。前にトリフォノフのコンクール時の演奏を聴いて、感動したので…」
 おおっ、たのもしいではないですか。チャイコフスキー・コンクールを目指すなどとは、なかなか口にできないものだけど、それを目指してひたむきに勉強すると聞き、彼女の前には大きな海原が広がっている感じがした。
 紫麻さん、応援していますよ。モスクワで精一杯頑張って勉強し、いいピアニストになってくださいね。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。笑顔がキュートでしょ。


 
 
 
| アーティスト・クローズアップ | 23:38 | - | -
中村紘子
 昨年の7月26日、中村紘子が大腸がんのために亡くなった。享年72。
 今日は、彼女の一周忌が自宅で行われ、私も参加した。よく取材に訪れたマンションの一室。もうニ度と訪れることはないと思っていたが、主亡き部屋に一歩足を踏み入れると、そこには大勢の人とあふれんばかりの蘭や百合の花かごが飾られていた。
 私は遺影の前であいさつをしたが、ふと中村紘子が現れそうな気配を感じ、不思議な感慨にとらわれた。
 昨年、東京新聞と西日本新聞に追悼文を寄せた。それを下記に記したいと思う。写真は、西日本新聞の紙面。

[中村紘子さんを悼む ショパンの心 追い求め]

 ショパンのマズルカ、中村紘子さんの訃報に触れ、まず脳裏に浮かんだのがこの作品だった。彼女はデビュー当初からショパンのさまざまな作品を演奏してきたが、なかでもマズルカには特別な思いを抱いていた。
 16歳のころに1955年のショパン国際ピアノ・コンクール(以下ショパン・コンクール)の優勝者、ポーランドのアダム・ハラシェヴィチが来日し、彼の弾くマズルカに魅せられ、「それがショパンにのめり込むきっかけになった」からである。
 ただし、若いころはマズルカを公の場で演奏することはなかった。ショパンの心情を素直に表した日々の日記のような小品ゆえ、大きなステージで演奏するには適さないと考えていたからだ。その思いが年齢を重ねることにより変化し、最近は録音でも取り上げるようになった。そこでは、ショパンの内面を吐露するような作風に寄り添った、情感豊かで滋味あふれる演奏を繰り広げている。
 中村さんは1965年のショパン・コンクールを受け、入賞を果たしているが、このコンクールを受けるきっかけとなったのは、ハラシェヴィチから紹介されたショパンの権威、ビグニュウ・ジェヴィエツキに師事したことによる。ジェヴィエツキ教授がショパン・コンクールを受けることを勧めてくれたのである。
 以来、レパートリーの根幹にショパン据え、長年ショパンの作品を愛奏し続けた。同コンクールの審査員を務めた90年には、ジェヴィエツキ未亡人のもとを訪ね、夫人とともに恩師の墓に詣でている。
「人間にはみなそれぞれ完成地点があるんじゃないかしら。人によって千差万別で、40代で到達する人もいれば10代でできてしまう人もいる。私はとても遅いの。ずっとショパンを弾いているけど、まだ完成していないから。こうしてジェヴィエツキ先生の墓前で、“ショパンの心に近づくには何が必要か”と問うと、答えが戻ってくる気がするの」
 ワルシャワの墓地で語っていたことが思い出される。その後、彼女は自身が受けた教えを次世代へとつなげるべく、後進の指導に尽力するようになる。「教えることは自分の勉強でもある」という信念のもとに…。そして、つい先ごろ話していた言葉が鮮明によみがえる。
「このごろ、ピアノがとても面白くなってきたの。ようやく演奏を楽しむことができるようになってきたのよ。本当に遅いわね」
 奏法の工夫、楽譜の解釈から作曲家の真意に近づくことまで、若いころには見えないことが見えてきたのだという。そして可能ならば、50曲以上あるショパンのマズルカの全曲録音に挑戦したいと意欲を示していた。
 中村さんの演奏は常に前向きでエネギッシュ、聴き手に活力を与えるものだった。その音の記憶はいつまでも色あせることはない。
 彼女と話していると音楽へのエネルギー、ピアノへの愛情、後進の指導への熱意が伝わってきて時間が経つのを忘れる。よく私の仕事に関しても適切な助言を与えてくれ、ときにはきびしい意見を率直に述べてくれた。もう、あの直球勝負の身の引き締まるような言葉を聞くことができないのが無性に寂しい。
 世界中の若手ピアニストの動向もいち早くキャッチし、時代に即した支援も試みた。お料理好きでおしゃれで、話題が豊富。常に人々の輪の中心にいるような存在だった。きっと天国でも、美しいピアノと、華やかな笑顔と、得意の話術で、人気を集めているに違いない。



 

| 日々つづれ織り | 23:13 | - | -
鈴木大介
 私はギターの音色が好きで、内外のさまざまなギタリストの音楽を聴いているが、とりわけ鈴木大介のギターは心に響く。
 彼は新譜をリリースするたびに新たな地平を拓き、ギターの限りない可能性を示してくれる。
 今回、新譜として登場したのは、「森に夢見る〜大聖堂〜バリオス練習曲集」(ベルウッド・レコード)。 
 私は南米が生んだ最高のギタリスト&作曲家と称されるパラグアイのアグスティン・バリオスが大好きで、バリオスの音楽をより深く知るためにパラグアイにいきたいとまで思っている。
 そんな私にとって、鈴木大介のこの録音は、待望の新譜である。
 バリオスの有名な作品からあまり演奏される機会に恵まれない作品まで、多種多様な作品が収録され、作曲家の神髄を伝えている。
 バリオスの音楽は、美しいトレモロが随所に見られ、もの悲しくほの暗く、胸に切々と迫ってくる。それらの音楽を、鈴木大介はじっくりと語りかけるように、また、ささやくように弦を紡いでいく。
 もう、たまらないですなあ。大好きな「大聖堂」など、繰り返して何度も聴いてしまう。主題が頭のなかに居座り、クセになってしまいそうだ。
 鈴木大介のギターのなんと芳醇で奥深く、視覚的な音だろうか。ときにミステリアスで、まさに森の奥へと分け入っていく感じ。
 バリオスの詩的な曲想がひたひたと胸に押し寄せてきて、夢の世界へといざなわれる。特に「最後のトレモロ」は、胸が痛む。
 ああ、困った、だれか止めて。CDが終わらないよ〜。ああ、心はまだ見ぬパラグアイに飛んでいく…。
 今日の写真は、ジャケット写真。


| アーティスト・クローズアップ | 21:55 | - | -
あさりのしぐれ煮
 私はよく隣町の荻窪のタウンセブンに買い物に行き、手に抱えきれないほどいろんな物を購入してくる。
 ここは個人商店や専門店が入っていて、それぞれ吟味した品物を置いている。
 いつも必ず顔を出すのは、お魚屋さん、八百屋さん、お豆腐屋さん、そして佃煮や煮豆などの専門店である籾井商店である。
 ここのうぐいす豆の煮豆やしじみの生姜煮、アミの佃煮などは、自然な味わいで絶品だ。うぐいす豆は母がよく買っていたもので、私にとっては思い出の品である。
 今回は、あさりのしぐれ煮を見つけた。お店の人によると、炊き込みご飯にするとおいしいとのこと。
「おダシや調味料は何もいりませんよ。このままお米と一緒に炊いてください」
 それは便利。早速、新潟のおいしいお米があったので、炊き込みご飯にしてみた。
 これが大成功。ただお米と一緒に炊いただけなのに、ものすごく美味な炊き込みご飯が出来上がった。
 焼き海苔と一緒に食べたり、しょうがの千切りをトッピングしてもいい。おにぎりにしても、よさそうだ。
 籾井商店は昔風のお店で、かたくなに伝統的な味を守っている感じ。その変らぬ姿勢がとても好きで、足繁く通ってしまう。
 今日の写真は、あさりのしぐれ煮と、出来上がった炊き込みご飯。こういうごはんって、日本人だったら、みんな好きだよね。
 私のまわりは、すでに夏バテしている人や、仕事で疲れきった人が多い。これ、おにぎりにしてもっていってあげたいなあ。



| 美味なるダイアリー | 18:23 | - | -
照明の取り換え
 仕事部屋の照明器具が、突然壊れてしまった。
 壊れたというより、電灯が寿命になったので取り替えればいいだけの話なのだが、いまの照明器具が気に入らないため、全部取り替えることにした。
 長年おつきあいのある電気屋さんに相談し、部屋の広さ、照明の明るさ、パソコンを使うときに目が疲れないことなどを考慮し、ちょうどいい照明を選んでもらった。
 週末にかかってしまったため、月曜日に入荷するとのこと。その間、パソコンを他の部屋にもっていって仕事をするか、あるいは手元をスタンドで照らして仕事をするか、ここが思案のしどころである。
 結局、スタンドを使うことにした。
 ふだん、なにげなく使っているものが突然なくなると、とても不便である。仕事部屋の照明がないだけで、夜の原稿書きがとても面倒になる。
 ここはひとつ、パソコンを離れて遊んじゃおうかな、という気分になる。明日、また明るくなってからやればいいかっ(笑)。
 というわけで、今日はたまっている本を読むことにした。ふだん、ゆっくり読書をする時間というのを確保するのがとても難しいからである。
 読まなくてはならない本、読みたい本、読んでおかなくてはならない本、どこかに紹介したい本などが、山積みになっている。
 さて、週末は読書です。これも照明がトラブったおかげ(?)。
 
| 日々つづれ織り | 22:13 | - | -
服部百音
 毎年、「フレッシュアーティスト賞(将来を期待される優れたアーティストを対象とした賞)1名」と「特別賞(クラシック音楽をベースにした活動を行っている個人を対象とした賞(特別賞)1名」で構成されている「新日鉄住金音楽賞」の第27回の受賞者が決まった。
「フレッシュアーティスト賞」は、ヴァイオリンの服部百音。「特別賞」はプロデューサー、舞台監督、技術監督の小栗哲家である。
 18日には、紀尾井ホールで受賞記念コンサートが開催され、前半に小栗哲家のトークが行われ、後半に服部百音の演奏が行われた。
 服部百音は、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル・ソナタ」、エルンストの「夏の名残のバラによる変奏曲」、マスネの「タイスの瞑想曲」、ラヴェルの「ツィガーヌ」をプログラムに組んだ。
 彼女の演奏は何度も聴いているが、「クロイツェル・ソナタ」は初めてである。冒頭からいつもながらの集中力に富んだ、情熱的で前向きな演奏が展開されたが、徐々にテンポが速くなっていき、アグレッシブな奏法が全開。
 服部百音の演奏は、いつも「最後までこの調子で突っ走るのだろうか。大丈夫かなあ」とハラハラドキドキしてしまう。
 もちろんしっかり鍛え上げられた演奏ゆえ、自信にあふれ、一瞬たりとも揺らがないものだが、彼女が11歳のころから聴いている私は、つい演奏家とともに呼吸をしているような、音楽と一体化した思いを抱いてしまうのである。
 終演後、楽屋でそんなテンポの話をすると、「リハーサルのときはもっと速かったんですよ。やはりベートーヴェンだから、深い内容に合った演奏をしなくてはならないため、ずいぶん抑制しました」とのこと。
 これからも「クロイツェル・ソナタ」は、機会があるごとに演奏していきたいと眼を輝かせていた。
 今日の写真は、熱き演奏が終わって、まだその熱気をまとっているような雰囲気の服部百音。ずいぶん大人っぽくなり、淡いブルーの衣裳が成長した姿によく似合っていた。

| 情報・特急便 | 22:38 | - | -
諏訪内晶子
 6月27日のブログに綴ったように、いま諏訪内晶子が芸術監督を務める「国際音楽祭NIPPON」が開催されている。
 今日は、レナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団と諏訪内晶子が共演するコンサートを聴きにいった。
 プログラムは、武満徹の「遠い呼び声の彼方へ!」からスタート。1980年に作曲された作品で、タイトルは20世紀アイルランドの作家、ジェームス・ジョイスの「フィネガンス・ウェイク」から取られたもの。作品の基には「海のモチーフ」があり、広大な海はオーケストラの響きに、ダブリン市を流れるリフィー河は独奏ヴァイオリンで表現される。
 次いで登場したのが、エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35。「ハリウッド協奏曲」というニックネームで知られるように、コルンゴルトがアメリカに亡命してから映画音楽に深くかかわるようになり、映像的な素材をふんだんに盛り込んで書いた作品である。
 1947年にヤッシャ・ハイフェッツのソロ、ウラディミール・ゴルシュマン指揮セントルイス交響楽団によって初演された。これはコンサートで頻繁に取り上げられるコンチェルトではないため、今回はじっくりと作品に耳を傾けることができた。
 終演後、諏訪内晶子にその旨を伝えると、こんな答えが戻ってきた。
「コルンゴルド、いいでしょう。すばらしい曲だと思うわ。あまり演奏されないのは、難しいからじゃないかしら。本当に難しいのよ。でも、マエストロ・スラットキンとは20年以上のおつきあいがあるし、アメリカのオーケストラだから、いい演奏ができると思ったの。すっごく鳴るオーケストラでしょう。今日はどうだった? いい演奏だった? よかったわ、このコンチェルトは、ヨーロッパのオーケストラと共演すると、まったく異なった演奏になるの」
 やはり、コンチェルトは、共演する指揮者&オーケストラによって、大きな違いがあるようだ。
 後半は、チャイコフスキーの交響曲第4番。
 今日の写真は、コルンゴルドを弾き終えたばかりの諏訪内晶子。ほんのひとときの立ち話だったが、コルンゴルドの話は尽きない感じだった。次回のインタビューでは、ぜひ、より詳しい作品論を聞きたい思う。

| クラシックを愛す | 23:13 | - | -
熊本マリ
 ピアニストの熊本マリとは、長年のおつきあいがある。
 今日は久しぶりに会い、新譜の話をいろいろ聞いた。
 これは次号の「intoxicate」のインタビューで、彼女は今回初めて2枚同時リリースを行っているのである。
 新譜は、今年生誕100年を迎えるアメリカの作曲家ウィリアム・ギロックの作品集と、サティの作品集。
 ギロックは、近年ピアノレスナーの間で非常に人気が高く、シンプルで短く弾きやすく物語性に富む曲の数々が愛奏されている。
 生誕100年のメモリアルイヤーを記念し、日本のレコード会社3社と全音楽譜出版社が合同で企画し、熊本マリ(キングレコード)、小原孝(日本コロムビア)、三舩優子(ビクターエンタテインメント)のCDが同時リリースされる(7月26日)。
 今日は、そのギロックの音楽との出合い、録音時の様子、選曲の工夫、ギロックの作品の魅力などをさまざまな角度から聞いた。
 熊本マリとは、いつも仕事の話からどんどん多方面に話題が広がり、いろんなことを自由に話すことになる。今日も近況をいろいろ聞き、今後の活動にも話が広がった。
 近いところでは、8月13日に軽井沢の大賀ホールで「ピアノ バカンス コンサート in 軽井沢」、10月20日に東京文化会館小ホールで「熊本マリの夜会」と題したコンサートが予定されている。
 ギロックに関しては、「あまり日本では知られていないけど、一度耳にするととても印象に残る曲が多い。私はこれを機に、もっとギロックの音楽を広めたいと思っている」と、熱く語っていた。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。
「伊熊さんの写真、私のサイトでも使っていい?」
 ご要望に応えて送ったら、彼女のfacebookに登場するようだ。


 
| 親しき友との語らい | 23:39 | - | -
三浦文彰
 2009年、史上最年少の16歳でハノーファー国際コンクールにおいて優勝の栄冠に輝いたヴァイオリニストの三浦文彰は、ソロ、室内楽、コンチェルトと、幅広い分野で活躍を続けている。
 今日は、Bunkamuraオーチャードホールで「三浦文彰playsモーツァルト&ベートーヴェン」のコンサートがあり、初めて弾き振りをするというので聴きに出かけた。
 前半は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219「トルコ風」で、東京フィルとともにかろやかでみずみずしいモーツァルトを奏でた。
 初めての弾き振りとは思えぬほど落ち着いており、完全暗譜でソロの部分ものびやかである。
 後半は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61。これは長大な作品で、ベートーヴェンの創作中期にあたる「傑作の森」と呼ばれる時期の作品。シンフォニーのようなスケールの大きさと、ヴァイオリン・ソロとオーケストラとのバランスが絶妙で、3楽章ともに名人芸を要する。
 三浦文彰はヴァイオリンを豊かにうたわせ、オーケストラをリードし、ベートーヴェンの神髄へと近づいていった。
 とりわけ第1楽章終盤のカデンツァが印象的で、甘美でのびやかで抒情的なカデンツァに、三浦文彰の成長を見る思いがした。久しぶりに聴く彼のナマの演奏は、大きな変貌を遂げていたからである。
 終演後、楽屋で話を聞くと、弾き振りはとても緊張したそうで、ある指揮者に就いて指揮を学んだとか。
「リハーサルは昨日だけ。いやあ、緊張しましたよ。落ち着いているように見えましたか。僕自身は、最初からものすごく緊張していたんですけどね」といっていた。
 若き才能は、こうしたシビアな経験で大きく成長していく。また次回、どんな面を見せてくれるか、楽しみである。
 今日の写真は、宗次コレクションより貸与された、ストラディヴァリウス1704年製作「Viotti」をもつ三浦文彰。


 
| クラシックを愛す | 22:20 | - | -
ロジャー・フェデラーが新たな歴史を刻んだ!
 たったいま、ウィンブルドン2017(テニス全英オープン)の決勝が終わり、ロジャー・フェデラーがマリン・チリッチをストレートで破り、優勝を果たした。
 フェデラーは、史上最高のグランドスラム優勝第19回を達成し、新たな歴史を刻んだ。
 今回は、第1試合から決勝まで7回の試合をすべてストレートで勝ち上がり、すばらしい成績を残した。
 チリッチは途中で左足を痛め、タオルに顔をうずめて涙を流すシーンが見られた。足の痛さよりも、ここにきて痛みが出たことに対する悔しさだったのだろう。
 フェデラーは、今年のクレーシーズンをすべてスキップし、芝のシーズンに備え、ウィンブルドン優勝に向けて準備をしていた。
 インタビューで、「決勝に戻ってこられて本当にうれしい。ここは特別なコートだ。初日から最終日まで、センターコートはいつもいっぱいだった。また、来年も戻ってきたい」と話した。
 ロジャー、おめでとう! なかなかグランドスラムで勝てなくて、本当に長く辛い日々が続いたと思うけど、ウィンブルドン8回目の優勝は、特別だ。
 さて、もう一度喜びをかみしめよう。
 
| ロジャー・フェデラー | 00:07 | - | -
ジャン=フィリップ・コラール
 フランスにはピアニストが多く、そのなかでキャリアを築いていくのは大変だといわれる。
 そうした状況の下、デビュー当初から個性と実力を発揮、いまや名手と呼ばれる3人のピアニストがいる。
 ミシェル・ベロフ、ミシェル・ダルベルト、ジャン=フィリップ・コラールである。
 彼らはそれぞれ得意とするレパートリーを着実に築き上げ、録音にも積極的に取り組み、来日公演でも印象に残る演奏を繰り広げてきた。
 ベロフとダルベルトにくらべると、コラールの来日はあまり多くない。
 だが、近年はショパンの演奏で高い評価を得たり、実力派の渋い魅力を発揮したりして、ピアノ・ファンを喜ばせている。
 そんなコラールが、ショパンの「24の前奏曲」に次いで録音に踏み切ったのが、シューマンの「幻想曲」と「クライスレリアーナ」の2曲(キングインターナショナル)。
 ショパンの録音後、「再びシューマンに身を浸したくなった」と考え、各々の作品を一から見直し、ひとときも楽譜を離すことなく、シューマンの世界にのめり込んでいったそうだ。
 このシューマンは、まさにコラールのいまの心身の充実を示し、作品の内奥へとひたすら迫り、心の高揚が伝わってくる熱き演奏となっている。
「幻想曲」の冒頭から、ただならぬ熱気をはらみ、彼のシューマンへの思いがひとつひとつの音に宿り、最後まで息が抜けない。
 よく、演奏家とともに呼吸をしているような感覚に陥り、極度の集中力を要求される演奏があるが、コラールのシューマンも、一時も耳を離すことができず、最後まで一気に聴き込んでしまう。
 前回、インタビューをしたときは、ショパンについていろいろ聞いた。それはブログの2014年11月24日に綴っている。
 次回の来日では、ぜひこのシューマンについて話を聞きたいと思う。
 今日の写真は、満を持して録音に臨んだシューマンのジャケット写真と、ジャケットの内部写真。
 名手の演奏は、やはり胸の奥にズシンと響く強烈なものをもっている。 




 
| クラシックを愛す | 22:58 | - | -
樫本大進&アレッシオ・バックス
 いま、樫本大進とアレッシオ・バックスの日本ツアーが行われている(7月8日〜17日、全8公演)。
 昨日は東京オペラシティ コンサートホールでデュオ・リサイタルが開かれた。前半はモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ ト長調 K301からスタート、次いでブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」が演奏され、後半はシマノフスキの「神話―3つの詩」から始まり、最後はグリーグのヴァイオリン・ソナタ第3番で幕を閉じるという趣向である。
 デビュー当時からずっと聴き続けている大進の音楽。これまで幾重にも変容を遂げ、さまさまなプログラムで底力を発揮してきたが、今回のバックスとのデュオでは、音色の芳醇さが際立っていた。
 私は、グリーグのヴァイオリン・ソナタ第3番を聴くと、2007年に訪れたノルウェー・ロストフースのグリーグの作曲小屋が脳裏に浮かんでくる。
 鏡のようなえもいわれぬフィヨルドの美しさ、夏なのに冷涼な空気、初めて経験する静けさ、その場にグリーグがいるような雰囲気を醸し出している作曲小屋など、グリーグの音楽とともにさまざまな景観が蘇ってくるのである。
 これが、音楽のもつ不思議な力だといえるかもしれない。
 デュオというのは共演者によって、大きく演奏が異なる。これまで大進はコンスタンチン・リフシッツとの共演が多かった。リフシッツはときに狂気を感じさせるような、極度の集中力に富んだ演奏をするピアニスト。
 今回のバックスとの共演は、ヨーロッパでは何度も共演しているそうだが、彼は抒情的でバランスのとれた演奏をするイタリア出身のピアニスト。浜松国際ピアノコンクール、リーズ国際ピアノコンクールの優勝者という実力派である。
 バックスは、美しく情感あふれる音色の持ち主だが、もっとも印象に残ったのは、ピアノに向かう美しい姿勢。背筋をピンと伸ばし、脱力のできた自然な奏法でピアノを自在にうたわせる。どんな強音でも、姿勢はけっして崩れない。ルービンシュタインの映像を連想してしまった。
 このコンビで、ぜひブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲を演奏してほしい。そんな思いに駆られた。
 今日の写真は、終演後、汗びっしょりのステージ衣裳から着替え、リラックスした表情のふたり。





 実は、アレッシオ・バックスが2004年にレコーディングした「バロック・リフレクションズ」(ワーナー)が来日記念盤として再リリースされたのだが、このCDのライナーノーツを担当した。バッハやグルック、ラフマニノフなどの作品がバックスの美しい音で紡がれている1枚だ。


 
 
 
 
| クラシックを愛す | 23:25 | - | -
ユップ・ベヴィン
 最近、ドイツ・グラモフォン(DG)は、作曲家と契約を結ぶことが多いようだ。
 2017年4月、DGよりデビューしたオランダのコンポーザー/ピアニスト、ユップ・ベヴィンもそのひとり。
 彼はストリーミング・アーティストとして知られており、ネットでも非常に大きな存在だという。
 これまでリリースしたアルバムも数多くのストリーミングを達成、ネットで「ジェントル・ジャイアント(フレンドリーな巨人)」と称されているそうだ。
 メジャーデビューアルバムとなった新譜は、「プリヘンション」と題され、世界各地のヒットチャートの上位を独占している。
 今日は、オランダ大使館でショーケースがあり、昨日来日したばかりのユップ・ベヴィンが、自作を数曲披露した。
 アップライトピアノのふたを全開し、マイクをセット、その前に2メートル7センチという長身の彼がすわる。その大きな体躯からは想像できないほど、音楽は繊細で瞑想的で抒情的。聴いているうちに、どこか異次元の世界へと運ばれていくような感覚に陥る。
 私は指の見える位置にすわっていたため、彼のピアノ奏法がよく理解できた。
 演奏後はオフィシャルなインタビューが行われ、終演後は「ジェントル・ジャイアント」を囲んで個々に話を聞くことができた。
 私は演奏中、彼が右手の小指をずっと使うことに興味があったため、その質問をぶつけてみた。
 すると、「そうなんです。私にとって、右手の小指は大切な役目を担っています。曲によっては、この指がずっと同じ音を連打し、左手がそれを装飾していくという方法をとっています」
 しかし、通常ピアニストは、薬指と小指は他の指にくらべて弱いと考え、指使いでもこの2本の指はそんなに多く使用しない。
 もちろん、弱い指を鍛え、5本の指が均等に力を発揮できるよう、訓練をするというピアニストも多い。
「私は、左手の小指には主題や大切な旋律をもってこないんですよ。右手の小指に限ります。そうですか、それに気づいてくれたんですね。これからも、この指は私の曲作りの上で、重要な役割を担うと思います」
 ユップ・ベヴィンの音楽は、不思議な世界へと足を踏み入れた感じを抱かせ、神秘的で幻想的で癒しの意味合いも含む。
 世界中の人々に愛されている彼の音楽は、現代という混沌とした世界にこそ必要なものかもしれない。
 私はこれまで会った人のなかでは、2メートル3センチのカナダ人がもっとも身長の高い人だったが、今日はそれを上回る人に会った。
 でも、話してみると、目がとても優しい光をたたえ、その音楽と同様に相手をやんわりと大きな懐に包み込む感じで、温かかった。
 今日の写真は、セットされたアップライトピアノと、異次元の世界から舞い降りたようなビッグなユップ。日本のホテルのベッド、足がはみ出てしまうだろうなあ(笑)。



| アーティスト・クローズアップ | 23:34 | - | -
反田恭平 ピアノ・リサイタル・ツアー2017
 最近は、ピアニストのリサイタルでも、特別仕様のプログラムが用意されているようだ。
 7月8日、反田恭平のピアノ・リサイタル・ツアー2017の初日を聴きにミューザ川崎シンフォニーホールに出かけたのだが、ここで受け取ったプログラムが、実にユニークで興味深いスタイルのものだった。
 小さな薄いボックス状の、一見ギフトボックスのような形状をしたもので、アーティストの名前が書いてあるところを開けると、なかにプログラムと反田恭平の作品に対するメッセージや解釈などが書かれた用紙が入っている。
 なんとお洒落な、印象深いプログラムだろうか。
 ツアーの間、ずっとこのプログラムがアーティストとともに各地を巡るわけだ。
 リサイタルは、スクリャービンの「幻想曲」からスタート。ロシアにいって、初めて取り組んだ作品だそうだ。弾き込んで、弾き込んで、自分の音楽にしたという自信に満ちていた。
 次いで、ドビュッシーの「喜びの島」。この作品は新譜にも収録されており、ライナーを書いた際、彼に話を聞いたとき、「実際に弾いてみるとすごく忙しい曲で、ちっとも喜べない」と笑っていたのが印象的だった。反田恭平は、このように、話がとてもおもしろい。微妙なニュアンスを大切にする奏法だった。
 ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」より「月の光」は、弱音にこだわった演奏で、本人が録音したなかでも「一番自信がある」と語っていた作品。聴こえるか聴こえないかの弱音に、聴衆は耳をそばだてて聴き入った。
 シューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」の5曲は、それぞれ物語を描き出すように、視覚的な演奏を展開した。
 後半は、ショパンの「4つのマズルカ」作品17と、「12の練習曲」作品10というショパン・プロ。新譜には「別れの曲」が収録されているため、この作品について聞いたところ、「苦手意識があって長年弾かなかったけど、いまでは大好きな曲。12曲がひとつひとつの絵画のよう。ツアーでは全曲弾きたい」と語っていたが、やはり全曲演奏されると、ショパンの意図が明確につかめる。
 終演後、楽屋にあいさつにいこうと思ったが、廊下もロビーもごったがえしていて、サイン会の長蛇の列で身動きがとれない。
 反田恭平に会うのはあきらめ、人、人、人をくぐり抜け、ようやくホールの外に出た。
 本当にすごい人気である。また、ツアーの最終日、9月1日に東京オペラシティ コンサートホールに聴きにいこうと思っている。
 今日の写真は、こだわりの装丁が施されたプログラムと、その中身。これは、ファンにとって、いつまでもとっておきたい宝物になるのではないだろうか。




 
| 日々つづれ織り | 22:35 | - | -
反田恭平
 反田恭平の人気がうなぎのぼりだ。
 2015年7月にデビュー・アルバム「リスト」をリリースし(コロムビア)、その後オーケストラとの共演を重ね、2016年にはサントリ―ホールでデビュー・リサイタルを開いている。
 常に話題を提供し、CDをリリースするごとに新たな面を表し、モスクワ音楽院で研鑽を積みながら自身の音楽をじっくりと磨いてきた。
 その反田恭平が、「月の光〜リサイタル・ピース第1集」と題した新譜をリリースし、初のフォトブック「SOLID」を出版した。
 このふたつに関して、HPの「記録から記憶へ」と「選抜情報倶楽部」で紹介している。
 新譜の方は、ライナーノーツを担当し、フォトブックに関しては、帯とカバーの文章を担当した。
 明日は、全国ツアーの初日。ミューザ川崎シンフォニーホールに演奏を聴きにいこうと思っている。
| 情報・特急便 | 22:29 | - | -
京都ネーゼ
 京都は、素材にとことんこだわったレストランや和食屋さんが多い。
 三条通りと木屋町通りの交わるところに位置するイタリアンレストラン、京都ネーゼ(Kyotonese)もそのひとつだ。
 ここはオープンキッチンで、ほどよい大きさのアットホームなレストラン。ただし、シェフのこだわりはすばらしく、ひとつひとつのお肉、お魚、野菜、付け合わせにいたるまで、産地を限定し、細部まで神経が張り巡らされている。
 先日、山田農園のたまごを紹介したが、ここはそのたまごを使った絶品のカルボナーラが人気である。
 もちろん、前菜、メイン、デザート、ワインまでシェフの目は光っている。
 キッチンはとてもいい雰囲気で、シェフの前のカウンター席にすわると、いろんなお料理を説明してくれ、楽しさが倍増する。
 今回は、生ハムの切り方まで教えてもらった。
 ここはランチはなしで、ディナーは18時から24時まで。新幹線で金曜日の夜、京都駅に着いても、電話すると席を用意してくれる。ただし、ふだんは予約でいっぱいの人気店である。日曜日がお休み。
 今日の写真は、山田農園のカルボナーラ、富士幻豚の炭焼き、紀伊長島産のメイチ鯛・コチと水ナスと安藤農園の芽ネギのカルパッチョ仕立て。
 いろんな種類のお料理を少しずつ食べたい場合は、希望を伝えると量を加減してくれたり、パスタの種類も指定できる。
 プロに徹したシェフたちと、楽しい会話、美味なる食事とワイン。京都にいくと、まず足を運びたくなるレストランです。






 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 23:22 | - | -
ネルソン・フレイレ
 今日は、すみだトリフォニーホールにネルソン・フレイレのリサイタルを聴きにいった。
 このプログラムの原稿を担当した私は、当初の曲目の一部が変更となり、ドビュッシーの「子どもの領分」からヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」第4番より前奏曲と、同「赤ちゃんの一族」より3曲になったことを知っていたため、ヴィラ=ロボスをとても楽しみにしていた。
 以前、フレイレにインタビューした際、彼は自国ブラジルを代表する作曲家のエイトル・ヴィラ=ロボスをこよなく愛し、世界各地で演奏し、その音楽を広めたいと熱く語っていたからである。
 プログラムはJ.S.バッハの前奏曲やコラールのブゾーニ編から開始し、次いでシューマンの「幻想曲」が演奏された。
 フレイレは「最近、バッハを弾きたい気持ちがとても強いのです」と話していたが、このバッハも心にゆったりと浸透してくる敬虔で平穏で静謐な演奏だった。時折、オルガンを思わせる荘厳で大規模な音色を交え、フレイレらしい祈りの音楽をホールの隅々まで響かせた。
 シューマンの「幻想曲」は、フレイレの巨匠性が存分に表れた演奏となった。彼は、長年来日が途絶えた時期があったが、近年はひんぱんに来日するようになり、いつのころからか「巨匠」と称されるようになった。この「幻想曲」は、そんなフレイレが聴き慣れた作品に新たな風を吹き込むもので、とりわけ第3楽章のロマンあふれる楽想が心に深い印象をもたらした。
 後半はヴィラ=ロボスが演奏され、やはり「血で弾く」というというのはこういうことかと感じるほど、自然体で母国語を話すような演奏だった。
 最後は、ショパンのピアノ・ソナタ第3番が登場。フレイレは、ショパン国際ピアノ・コンクールの審査員もし、ショパンの作品を熟知している。
「私は、ショパンはけっして声高に叫ぶ音楽ではないと思う。最近の若いピアニストは鍵盤をガンガン力任せに叩き、猛スピードで突っ走るような演奏をするけど、私はそのような演奏はしたくない。ショパンの楽譜をじっくり読み、時代を考慮し、ショパンの意図したことに心を配りたいと思う」と話していたように、彼のソナタ第3番は、ショパンの生きた時代の空気をほうふつとさせるピアニズムだった。
 テンポも、リズムも、フレーズの作り方も、そしてルバートも、すべてにおいて作為的なものや余分なものが何もない。私の脳裏には、いつしかショパンの生家、ジェラゾヴァヴォーラの緑豊かな自然が浮かんできた。
 フレイレの演奏は聴き手の想像力を喚起する、まさに一幅の絵のようである。
 帰りは台風の影響で大雨に見舞われながら、電車の遅延などもあったが、心のなかにはおだやかで温かな空気が流れていた。
 これが「音楽の力」なのかもしれない。この公演評は、先日のダン・タイ・ソンとともに、次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定になっている。
 今日の写真は、リサイタルのチラシ。この顔を見ているだけで、なんだかなごんでしまうよね(笑)。素顔はとてもシャイで、ポツポツと話し、ペットの話になると、途端に雄弁になるフレイレ。愛すべき「巨匠」である。

| マイ・フェイバリット・ピアニスト | 23:04 | - | -
京都大原山田農園
 京都大原に、山田農園という有精卵を製造・販売しているところがある。
 ここのたまごは「野たまご」と題され、京都大原の恵まれた自然、清らかな水と大気のなか、平飼いにより飼育して生まれた「生きている卵」である。
 飼料は鶏が安全でおいしい卵を作るために、吟味した単品飼料を独自に配合して与え、水は湧き出る井戸水を使用している。
 栄養価が高く、おいしいといわれる「野たまご」。京都の老舗の和食屋さんやレストランから注目が殺到しているようで、特に黄味の濃厚な味わいに特徴がある。
 今回は、そのたまごを求めて、山田農園の販売店まで足を運んだ。
 ここは、たまごの販売とともに、カフェも併設されていて、自家製のシュークリームやプリンなどをいただくことができる。
 シュークリームもプリンも、いままで食べたことのない濃厚なおいしさで、ため息が出そう。
 これは、シェフがハマるだろうなと思った。私もすっかりハマった。
 今日の写真は、山田農園の販売店の外観と、静かで落ち着いたカフェ。





 そしてカフェでいただいたシュークリームとハープティ。おまけはプリン。





 京都の食は奥が深い。独自の方法をかたくなに守り、絶対に妥協せず、見事なまでの食材を作り上げている人たちがいる。
 かなり遠かったが、訪ねていってよかったと思った。
「初生卵」という卵があって購入したのだが、これは鶏が初めて卵を生み始めてから1カ月以内に生む卵のことだそうで、ちょっと小さめで1個80円だった。
 東京に戻ってからおいしいお米を炊き、「たまごかけごはん」にしたら、もうやめられません、「シンプル・イズ・ベスト」とはこのことですな(笑)。
 
 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 23:46 | - | -
曼殊院門跡
 京都の修学院離宮と詩仙堂の近くに位置する曼殊院門跡は、交通の便があまりいいとはいえないため、訪れる人が限られ、静かな空気を保っている。
 今回は、国宝の黄不動をゆっくり見ることができた。
 この不動明王像は そのからだが黄色いことから黄不動と呼ばれていて、青蓮院の青不動、高野山の赤不動とともに三不動と呼ばれている。
 この国宝の黄不動尊が置かれている部屋には、おだやかな涼風が流れている感じで、畳の上に正座をしてじっくり対峙することができる。
 他には、狩野永徳・探幽の襖絵の部屋があり、書院建築の大書院も見られる。
 なにより庭園が美しく、遠州好みの枯山水である。
 ただし、現在はいたるところで大規模な修復が行われており、本来の姿を蘇らせようと、工事が進んでいる。
 曼殊院は私が大好きなところで、いつ訪れても心身が洗われるような思いにとらわれる。
 庭園をながめながら自分の内面と向き合う、そんな静かな時間をもつことができる名刹である。
 いまは庭園も部屋も、すべてが撮影禁止。曼殊院門跡の参道だけを写真に収めた。
 この階段を臨む参道は、季節によって様相が変化する。秋は紅葉が美しく、雪が降る真冬もまた、風情がある。いまは真夏の陽光を受け、まばゆいばかりの緑が目に鮮やかだった。


 
| ゆったりまったり京都ぐらし | 22:38 | - | -
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